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2025年5月 7日 (水)

「成長」と「自己」❷最終的に自己とは新たなothersとの融合

★自己とは、客体と自分と分割して、その自分を自己とみなすのではなく、客体もまた自己であり、自己と自己´の融合が自己というまわりくどい言い方をしているわけですが、そうしないと、客体に飲み込まれたり、客体が壁になったりして乗り越えられない自分として閉塞状態の自己が現れてしまうため、客体も自己であるとみなした方がよいのではないかという私のn思い込みなのです。

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★自己が学んできた世界は、客体ではなく、自己そのものなのです。ただ、その世界という思い込みの正当性と信頼性と妥当性は、自己たちの対話によって、仮説や実験が立てられ、創造的に破壊されてある程度、自己たちの身体や精神、人間関係が循環しているかどうかによってモニタリングされています。

★その対話のプロセスは、図に至るまでに、4段階がありますが、それはここではすっ飛ばしましょう。その自己たちの対話によって、自己たちの思い込みの世界が崩れる時があります。新たな矛盾が見つかったり、もっと有効な循環ができることに気づいたときです。

★すてきな思い込みも固定観念化したり、既知のものとして形骸化したりします。それをつくっている自己(たち)の知の枠組を創造的に破壊することによって新たなothersが現れるわけです。

★こうして、自己は新たなothersと融合することになります。

★自己たちは、❶から➏段階、それぞれにいるので、たとえば、❶自己と➌自己と❹自己と➏自己との対話になる場合があります。この対話の成熟によって、どの段階に世界がとどまるかは、対話の質によります。

★そして、みなが➏自己たちになった時、それは❶自己たちに再び回帰します。新たな世界は既知の世界になるからです。➏にいたるまでを進化と言い、➏から再び❶に回帰するこの循環全体を永遠回帰と呼びたいわけです。

★発想はニーチェにもらいましたが、ニーチェがこのような自己たちを考えていたかは私はニーチェ学者ではないのでわかりません。

★市民プラグマティスととして、私は「自己」と「成長」を「進化」と「永遠回帰」の循環ループで考えています。子どもたちのキャリアデザインを考える時、進化=成長とすることが、危ないというのは感覚的なものですが、進化=成長という近代的な考え方が、閉塞状態になっていることも否めません。

★しかも、その真価は客体としてみなされている技術の話で、客体と分けられた自分という自己の成長は、その客体に対応できるかどうかで捉えられがちです。それが自分としての自己を世界から疎外することになってしまいます。生成AIをどうとらえかは今後需要ですね。

★それはともかく、要は考え方次第なのですから、前提の「自己」の考え方を転換することで、論理的帰結も変わってくるはずです。大学入試という社会現象も、このことに気づき始めています。一般選抜は、客体と自分を分割して成り立っています。総合型選抜は、自己と自己´の融合が自己であるという前提で成り立っています。

★「自己」に対するものの見方や考え方、価値観が違うだけですから、制度上どちらがよいかわるいかは、それだけでは判断できないのです。ただ、SDGsに象徴されるような事態が起きているのは、自然を自己とみなさず、客体とみなしていることから起きている可能性はあります。自己を守るということは、客体から自分を守るというのか?それとも客体と思いこまれているotheresとしての自己と自分と思いこまれている自己´の融合態を守ろうとすることなのか?

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