PBL

2019年10月14日 (月)

PBLの世界(41)武蔵野大学中学校・高等学校の新設「PBLインターナショナル」の意義。

★武蔵野大学中学・高等学校は、来春から高校に「PBLインターナショナルコース」を新設します。ここでいうPBLは“Project based Learning”の略。経産省の主催する「未来の教室」のキーワードですね。インターナショナルコースといえば、すぐに英語力育成というイメージが浮かびますが、PBLを冠にいだくことによって、たんなる英語育成コースではないことが了解できます。

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★いよいよ日野田校長も改革2年目にして<PBL>を前面に出してきたということは、意義深いものがあります。まず改革1年目から、外部ネットワークとつながり多様なプロジェクトを発信してきました。中でもMITが行っている「アントレプレナーシップ研修」は、有名です。そのプログラムが<PBL>で展開されているのは、もちろんです。

★改革1年目は、おそらく合理主義者であり創造的破壊者としてイノベーターである日野田先生は、何を行うのか社会的インパクトを生みだすために、このような外部ネットワークをつかったのでしょう。学内外でなるほどという輪が広まったに違いありません。

★そして、今度は<PBL>の内製化に着手したということでしょう。主体的とか対話的とか、自律/自立したとか、社会貢献的とか、社会協調的というような能力を生かすには、座学の授業では十分ではありません。やはり<PBL>は、最適の学びの環境なのです。

★しかし、<PBL>型の授業やプログラムを今までの教師が全員できるようになるかといえば、すぐにはできないということは、多くの学校のチャレンジで了解済みでもあります。

★全員<PBL>を行えるようにするには、研修を定期的に行う必要があるし、授業リサーチが小まめに行われる必要もあります。それよりも何よりも、<PBL>を好む進歩主義派と<座学>を好む保守派との葛藤の調整が、合理主義者日野田校長としてはコストや労力がかかって、改革が遅れると判断した可能性があります。

★水都国際や三田国際のように、ほぼゼロから学校を組み立てなおす環境にあれば、教師を採用する段階で、英語能力、PBL能力、STEAM能力か哲学能力などがあることを条件とすれば、教師全員が<PBL>を行うことができるでしょう。

★しかし、既存組織を変容させながら改革をしていく場合は、そうはいきません。そこで、「PBLインターナショナルコース」それ自体、プロジェクトとして発信したのだと思います。定員60名ですから、小さく始めて、大きく育てるというセオリー通りの展開でしょう。

★では、ほかのコースは<PBL>はやらないのかというと、そうではありません。ただ、毎回PBL型授業を行うことはないという程度でしょう。それに、まだまだ保護者の方も大学進学準備教育の一環として<座学>が選ばれるのならば、特に問題視しないというのが普通でしょう。

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★東大教授のあの上野千鶴子さんのように17歳の時から座学中心の高校の授業を批判し、2002年には「サヨナラ、学校化社会(太郎次郎社)」(ちくま文庫で2008年に再発刊)で、<PBL>を思わせるアクティブな授業実践の有効性を説くような進取の気性に富んだ保護者が、たくさんいるとは統計的に思えません。

★それゆえ、60名からプロジェクトを開始しようということなのでしょう。

★しかし、イノベーター日野田校長がそこまでして戦略的に行わなければならないほどの<PBL>なのです。世界から日本を見通している日野田校長も避けて通れない<新しい学びの経験>のコアは<PBL>なのでしょう。あの苅谷剛彦教授もアクティブラーニングやPBLの有効性を論じながらも、日本の教育ではなかなか難しいと語っていますが、だからこそ価値があるのです。それゆえ、多くの私立学校は<PBL>に挑戦するのです。学校が挑戦せずして、生徒にチェンジメーカーを求めても、それでは、モチベーションは上がらないからです。<PBL>のすてきなところは、教師と生徒が共に新しい学びを創っていけることなのです。

 

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2019年10月 8日 (火)

PBLの世界(40)世界の変化は迅速に拡散してウネッている 聖学院で感じたこと (了)

★受験業界でどれくらい気づいている方がいるかはわかりません。しかし、とにかく、日本は国際社会からどんどん遠のいています。ジェンダー問題しかり、教育格差然り、経済システムの劣化しかり、通貨システムの遅れしかり、そしてついに哲学まで最先端から置いていかれています。

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★それでも、あと20年は自分たちは生きていけると50代以上の世代は動こうとはしません。そんな中にあって、Z世代自らが自らの未来のパースペクティブを描いている聖学院生と及び生徒と一緒にそのパースペクティブを描こうとしている聖学院の教師は、いちはやく新しい哲学を東南アジアで見つけてきました。

★聖学院だけではなく、工学院の生徒も教師も同様です。

★もちろん、それは東洋大の准教授清水高志氏のように自覚的に理論的に捉えているわけではありません。しかし、最前線の哲学自体が、もはや理性中心主義でもないし、感性中心主義でもありません。多様なものの見方感じ方で理解すればよいのです。

★したがって、「未来を創る教師セミナー」に集った方々は、少なくともこの最先端の哲学の臭いや雰囲気や響きを共感しているはずです。

★日本の転換拠点は、まさにこの最先端の哲学を実践している人々のつながりから生まれるでしょう。

★で、その最先端の哲学とは?それは清水先生の本をどうぞご覧ください。私は本は斜め読みしかしません。草枕に登場する画家ではないですが、インスピレーション型読書ですから、紹介するほど読み込んでいません。

★私は直感的に、最先端の哲学はついに、「主観―客観」図式を「intersubject-ineterobject」図式にシフトしたのだと感じています。なんだ二元論ではないかと言われますか?いいえ、「inter」は、多元論です。あらゆるものが、このinterという繋がりの中で自分を見出すのです。自分であって自分でないわけです。自分は括弧にくくられ、前面に押し出されるのはinterというつながりです。

★国際政治は分断に向かっているように見えますが、それは二元論の多元論に対する最後の挑戦です。

★そうそう、この多元論は、人間の多様性レベルではありません。自然も社会も多元論のパースペクティブで眺めてみる必要がありますね。ミツバチからみた自然、野の菫からみた自然、アリからみた社会、ダニからみた社会・・・。

★そんなばかな?でもカタツムリに意識はあるんでしょう。だとしたら、人間だけの多様性ではリアルな世界は充満しませんね。そんなわけで、カンタンメイヤスーは、祖先以前性を唱えるのです。人間が存在していないときもリアルは存在していたのだと。

 

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PBLの世界(39)世界の変化は迅速に拡散してウネッている 聖学院で感じたこと ④

★現代思想はビジネス書に潜り込み、学問の世界からは身を隠してしまいました。哲学は大事だと叫ばれながらも、ポスト・ポストモダンを見通す哲学は日本では広まっていません。哲学は命脈を絶たれたのでしょうか?いいえ、欧米では全く新しい哲学が勃興し、文化人類学と協働し、新しい地平を見出しています。

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★日本でも教育哲学は注目を浴びていますが、その知見は、カントやヘーゲルで止まっています。それを大事にしてあがめている方もいるようですが、その哲学は未来を見通していないのです。道徳で終わる可能性があります。自ら、倫理を捨て、道徳の自縄自縛に陥ってしまうでしょう。

★そんなことを思っていた時、聖学院の「未来を創る教育セミナー」で新しい哲学がちゃんと動き始めているのに驚きました。先にご紹介した聖学院の生徒たちは、まさに哲学の最前線をすでに歩いています。彼らは英語を自在に使い、カンボジアばかりかタイにも行き、自然も社会も精神も全く自分たちと違うことに直面します。

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★そして、そこには、自分たちとは違うはかなくも豊かな世界が厳然とあるのです。レヴィ・ストロースが先進諸国以上の世界が未開の地にあったのを発見し愕然とし、欧米人の傲慢さを打ち砕いたのと同じ感覚を共感しているのです。

★そこには「主観―客観」図式の近代思考様式とは全く別の思考様式があるわけです。聖学院生は、そこに気づき、次なる世界を模索し活動し始めています。リアルとは、自分の知っている世界だけではないのです。多様なリアルが1つの世界に充満しているのです。その充満しているリアルそのもののパースペクティブを有することができるかどうかが新しい哲学を有しているか否かを決めます。

★そのことに既に気づいている教師もまたファシリテーターの役割を果たしていました。工学院の田中歩先生と聖学院の本橋先生です。田中歩先生は、英語の教師で、世界を経めぐっています。最近では東南アジアや上海にも飛び立っています。

★本橋先生は、最初英語の教師かと思ったほど英語が堪能で、東南アジアの多言語にも造詣が深いのです。数学の教師なのに!もちろん、東南アジアを経めぐっています。

★二人の先生に共通していることは、英語で世界中の人と対話して、共感の難しさとすばらしさを感じる経験値が高いということです。それから、欧米以外も旅しているので、文化人類学的な視点も自然と環境から開発されています。すでにカント的な認識論は超えているわけです。

★あらゆるものを客観的にみることや主観的にみることはもちろんしますが、それ以外の多様なものの見方ができるという柔らかさがあります。ヒーローのような鋼鉄のリーダーシップは発揮しませんが、集まったメンバーが化学反応を起こすジェネレーターとしてのリーダーシップを発揮します。今回もそうでした。≪ineter≫とか≪com≫という媒介こそがリアルなのです。

★新しい哲学は新しい人間を生みだします。新しい哲学は新しい自然へのアプローチを見つけます。新しい哲学は新しい社会を創り出します。未来を創る教師とは、哲学者ではありませんが、哲学者以上に新しい哲学を実践しているのです。

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PBLの世界(38)世界の変化は迅速に拡散してウネッている 聖学院で感じたこと ③

★今回第一部のプログラム、第二部での解題は、内田先生がファシリテーターを果たしました。内田先生はLego®︎Serious Play®︎の資格を有していて、学びのプログラムにレゴを活用しますが、そのレゴをinterObjectとして組み込んでいきます。これは内田先生自身が理事を務めている「日本SEL推進協会」で活動しているEQやシステム理論の統合によって、IQ中心社会に抑圧されていた子供たちをEQやMI、システム思考などの方法論を活用して、いかにして自己開示するかというある意味ライフワークによっているでしょう。

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★このような子供たち自身が、自己への気づきから自己の殻を破りながら創造性そのものを生みだしていく学びの多様な道具立てをしていく授業は、革命的といえるでしょう。ここにはもう「主観―客観」図式はありません。

★内田先生は、手や指が第二の脳と語りますが、それは実はメタファーではありません。むしろ脳というのは頭蓋骨の中にあるというあたかも客観的な先入観をぶち壊しているのです。

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★内田先生のすばらしいところは、授業という実践家であり、同時に多様な学びの理論を習得し、統合しようとしているところです。従来だと、生徒は、主観を排除し、客観的な知識を憶え理解し、その定着度がたった一つのモノサシで評価されてきたのです。

★しかし、内田先生の授業は、実践そのものが多様であり、理論も多様で、一つのものの見方・考え方でものをとらえる固定化した視点を砕きます。

★世界を変えるということは、世界の見方を変えるということでもあります。どんなにいろいろな経験をしても、世界の見方が変わらなければ何も変わりません。1つの見方を定着させる授業と多角的なものの見方に気づく授業と、どちらを世界は選ぶのでしょう。当然後者ですね。

★内田先生の一挙手一投足の描く軌跡は、新しい世界のデザインだったのです。

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PBLの世界(37)世界の変化は迅速に拡散してウネッている 聖学院で感じたこと ②

★今回総合司会は、株式会社カンザキメソッド代表神崎氏でした。神崎氏は、「志望理由書の書き方」「AO・推薦入試の取り組み方」を中心に私立公立問わず、多くの高校でアドバイザーをしています。自身の塾も経営しています。

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★21世紀型教育機構が神崎氏と出遭うのはおそらく必然でした。というのも、氏は、従来型の大学入試問題が「客観主義」で生徒の主観を排除する受験勉強であることに、真正面から挑んでいます。生徒自身がみずからの存在意義を考え抜き、自分が何をするのかパースペクティブを生み出す学びによって大学を目指す方法論に挑戦しているからです。

★この方法論は、「主観―客観」図式の脱構築への挑戦です。ただ自分の想いを述べるだけでは、「主観主義」なだけで、「主観―客観」図式は乗り越えられません。

★しかしながら、この挑戦は、一般入試だけではなく、AO入試や推薦入試もまだまだ「主観―客観」図式で捉えられているために、常に葛藤を抱えます。一般入試は「客観主義」だから、客観的な事実や知識を憶えればよい、AO入試や推薦入試は「主観主義」でいけばよく、何を言っても入りやすいところを受験するからよいのだとなりがちだからです。

★神崎氏は、そうではなく、多様な主観を認めながらも、その主観が独りよがりではなく、共感共鳴できるような主観=intersubjectをどうやって生徒が生み出していくのか。主観から相互主観への成長を生徒と格闘しているわけです。格闘とはオーバーのように聞こえるかもしれませんが、多くの生徒が「主観―客観」図式のフィルターをなかなか壊せないでいるからです。気づきを待ちたいでも、時間がない。。。

★今回聖学院の4人の生徒は、みずからZ世代であることの意味を考えています。したがって、ものの見方・考え方が当然「主観―客観」図式から解放されているのは当然だと思っているでしょう。彼らには「権威と服従」という図式もありません。英語とICTを駆使して、どこにでも行けるし、いろいろなものを創造できます。児浦先生同様ネットワークが充満していますから、なにかやるときに協働することは当然です。

★神崎氏は、だから、この集まりが、いつもの自分の葛藤の空間とは違うので、ときどき戸惑うときもあるでしょう。21世紀型教育機構のキャリアデザインの手法自体多様で、古きも新しも包摂してしまているからです。何せ方法多元論ですから。

★今回バックヤードで私と役割を果たしていたGLICC代表の鈴木氏も全く違うキャリデザインの志向者です。彼の周りには帰国生や留学生しかいません。大学進学準備教育の射程が日本ではなく世界なのです。ですから、実に多様な世界から日本を見つめているわけです。

★かくして、近代のものの見方である「主観―客観」図式から解放された、もちろんその解放のされ方もまた多様ですが、仲間が集まっているのが21世紀型教育研究センターです。新しい哲学のあるいは実存のフィルターを身に着けているひとの集まりということです。

★こういう世界が生まれてきたということは、やはり世界は変わりつつあるのでしょう。

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PBLの世界(36)世界の変化は迅速に拡散してウネッている 聖学院で感じたこと ①

★前回紹介した聖学院で開催された「未来の教師セミナー」を世界の変化と関係づけるとどう考えることができるのか想いを馳せてみました。レゴを使ったり、U理論やEQ、システム思考が背景に在ったり、生徒が参加者といっしょにワークショップを協働していくだけではなく、自らの考えを述べてみたり、ハーバードのアクティビティを活用したり、very50もつながったり、カンザキメソッドと結びついたり・・・。参加者も多様で、教師だけではなかったり。

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★この「~たり」の多様性が、21世紀型教育研究センターというこれまたいろいろな学校の先生がい「たり」する多様性のチームと「1つ」になっています。

★この状況は世界が変わってきた証ではないでしょうか。もちろん、当事者はその変化を感じています。しかし、その変化をどうとらえるかはまだ感覚的でしょう。また、その感覚も多様で、参加しつつ解放されたりしている場合もあるし、戸惑ったりしている場合もあります。感覚でさえも「~たり」なのです。

★このことは、実は哲学自身が水面下で大きく変わってきていることの予兆です。哲学そのものは、今もありますが、現代思想として大学入試問題まで巻き込んで、一大ムーブメントを生みだしていた時代は、1989年ベルリンの壁崩壊後、消滅したかのようでした。現代思想はポストモダニズムをどうとらえるかの足がかり手がかりだったのですが、対象を見失い、古くから存在する哲学という専門領域を細々と残しているかのようでした。

★現代思想は、「主観と客観」という二元論的な認識フィルターを壊し、新しいフィルターに交換しようとしたのですが、結局はできずに、姿を消しました。しかし、ちゃーんとサバイブしています。それはビジネスの世界です。「モノからコトへ」とか「コモディティ化」とか「ティール組織」とかビジネス書の世界でしっかり生きています。

★マーケティングや組織開発論、人材開発論などは、現代思想で彩られています。心理学の世界にも生きているし、実はPBLという学びの理論にも生きています。井庭先生が「パターンランゲージ」でシステム論という現代思想を広めているのもそうですね。デザイン思考やMITメディアラボもそうです。

★EQとかU理論などは、まさに理性中心主義から感性の復権という現代思想の一つのテーマを具現化している理論でしょう。

★ハワード・ガードナーが、MI理論にピアジェとレヴィ・ストロースという心理学と文化人類の複眼視点を用いているのもそうでしょう。

★もちろん、そんなことを意識してビジネス書が書かれているわけではないし、教育学の書籍が書かれているわけでもありません。それがゆえに、問題もあります。現代思想が乗り越えようとした「主観―客観」図式ですが、発展途上だったために、それを継承しようという流れと、わかりやすさという観点から、継承しないで「主観―客観」図式をそのまま使ってしまっている場合があり、一般に、モダニズムのままの思想が拡大してしまっています。

★だからビジネス界でも、変わりそうで変わらないという過渡期がずっと続いています。しかし、過渡期ですから、いずれ変わるのです。そのウネリはゆったりと蛇行していますから、遅々として進まないように見えますが、迅速に拡散しています。でなければ、このようなセミナーは実現しなかったでしょう。

★上記写真には、カンボジアでチェンジメーカーのきっかけを仕掛けたvery50の谷弘氏も写っていますが、東南アジアを拠点に行っているということは、意識しているかどうかはわかりませんが、体験者に文化人類学の視点が自然とはいりこむわけです。これが「~たり」という多様性の発想を体験者にもたらします。

★この発想を一身に引き受けているのが、児浦先生ですね。つねに多様なネットワークで充満している稀有な教師です。このネットワークは多様な視点を児浦先生にもたらしています。おそらく児浦先生が見ているものは、「主観―客観」図式のフィルターでみているまだまだ変わらない人とは全く違うでしょう。

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2019年10月 7日 (月)

聖学院セミナー アイウイングからプレゼンシングへの変容

★昨日6日(日)、聖学院で「第1回未来を創る教師セミナー」が開催されました。秋の学びを楽しみに多くの方が参加していました。同校が行っている思考力セミナーや授業で活用するレゴを素材に「感情・認知・資質能力・創造性」が授業の中でいかに内的連関しながらダイナミックに展開し、生徒も教師も“Hard Fun”のフロー状態にディープにダイブし、そこから水上にでてきたときに、まるで違う価値観を抱き意味付けをしている自分にいかに気づくのか、参加者と共感を深めるセミナーとなりました。

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★参加者は、教師、教育関係者、ジャーナリスト、保護者で、<新しい学びの経験>に高い関心をお持ちの方々でした。しかし、実践しているかとなるとまだこれからという方も多かったので、ファシリテーターの内田先生や児浦先生は、ある程度慎重に前提作りをしながら本番に入っていきました。

★というのも、聖学院や工学院で研修をやるときは、大前提が、大学合格実績を第一義に目標とするというのではなく、生徒1人ひとりの才能が生まれる学びの環境をいかに整えるか、生徒1人ひとりが自らの存在意義をいかに創り出すのかが理念となっているので、生徒や教師が自分の価値のフィルターの多様性を豊かにするディープダイビングしていく学びに抵抗はありません。

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★したがって、プログラムデザインの背景にあるU理論的シークエンスが描きやすいわけです。今回もそれぞれのワークで行われているアクティビティがこのUの弧を描いくようになっていたことが、プログラム終了後内田先生によって解題されました。

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★解題の前に、内田先生のプログラムのスクライビングとアクティビティ分析がされました。

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★聖学院のZ世代の生徒も参加し、驚きの活躍をしていました。

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★スクライビングやアクティビティ分析は、仲間と自分たちの学びの感情・認知・資質能力・創造性をモニタリングする対話で、同じ経験をしてもいろいろな経験があるという共感がうまれるわけですから、分析はハードな部分もありますが、基本気づきが生まれることはUのカーブを描いて解放されて楽しさで溢れるわけです。

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★スクライビングとアクティビティ分析のファシリテーターを行っていた田中歩先生(工学院教務主任)と本橋真紀子先生(聖学院数学科教諭)が途中で笑顔になりましたが、実はこれには意味があったのです。今回、参加者の日常の環境は、21世紀型教育機構の環境とは違います。競争社会の中で果敢に戦っている方ですから、いきなりU理論ベースの研修をやっても、Uのカーブは描けない場合が多いのです。

★それゆえ、内田先生と児浦先生は、用意周到に90分のうち40分準備の時間に費やしたわけです。

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★つまり、20世紀型教育をうけてきた私たちは、つねに競争の中で勝っても負けても傷ついてきました。そのような社会のことを人を幸せにしないシステムとまで揶揄されてきたものです。どうしてそうなのかというと、逆Uカーブを描いてきたのです。

★イカロスの翼で、自らの存在の響きがない人から与えられた目標に向かうことが正義であるという幻想を抱きながら、ひたすら上に向かって飛びます。到達してもしなくても、そこから失速していくカーブを描くのが20世紀型教育の正しさだったのです。

★ですから、鋭くも田中歩先生は、逆Uを結構払しょくできないまま進んでいるということに気づきました。ですから、そこを失速しないで、どうやってプレゼンシングに変容できるかが重要なファシリテーションになるなあと私たちファシリテーターとささやきながらワークショップを軌道修正していきました。

★ワークショップのファシリテーターや司会者は、あらかじめ決められたスケジュールで進む機械的動きはしません。常に刹那に話し合います。別の空間で少し長めの時間をとるときもありますが、今回は互いにささやきながら進んでいきました。

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★何がそうさせたのか、ロジカルには実はなかなか解明できません。しかし、ロゴスとアイコンとシークエンスを組み合わせることによって、多様な視点が生まれ、その周りに渦が生まれます。この渦の中心に聖学院の生徒がいましたから、Z世代という、前世代とは全く違う価値観に自分たちのものの見方が拡大されていくのを感じるまさにプレゼンシングに転換したことを田中先生と本橋先生は気づいて笑みが漏れたのです。

★ファシリテーターは、そこにいる参加者の内的変化の鏡ですから、その表情には自らハラハラドキドキそして喜びも悲しみも反映されます。今回は、Uカーブと逆Uカーブという二次関数曲線同士が、融合して3次関数に変容していました。アイウイング(イカロスの翼の略)からプレゼンシングへの転換というのは、新鮮でした。

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★そのうえで、聖学院の生徒がこの夏カンボジアで自己変容プログラムの体験についてプレゼンしました。Very50と協働して行った貴重な体験だったようです。このプロジェクト体験は授業をはるかに超えた、もしかしたら大学でもなかなか体験できない優れものです。

★時間が限られていたので、細かい話までは聞けませんでしたが、才能が爆発して、1人ひとりが未来を今自分の手にしている力がみなぎっていたことは参加者と共有・共感できていました。

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★今回のセミナーの流れを簡潔にまとめたのは、株式会社カンザキメソッドの代表神崎氏です。授業というPBLとカンボジアプログラムのような教育活動のPBLが有機的につながる実感を共有できたと思います。あるいは化学反応を起こすつながりかもしれません。学校という空間が、才能あふれる学びの場となることこそ<新しい学びの経験>を生み出す源泉ですと。

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★そして、参加者の1人工学院の後藤先生から、今月27日(日)工学院で2つのSTEAMをつなぐフォーラムを行うことのPRもしっかりありました。10月を学びの色で染める21世紀型教育機構の先生方の活躍が続きます。そして、当日は、聖学院同様工学院のZ世代もファシリテーターとして活躍します。

 

 

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2019年10月 5日 (土)

PBLの世界(35)日本の学習指導要領では世界に通じないわけ それを解決するために

★日本語IB校200校目指してという文科省が旗を振って、もう137校(必ずしも日本語ではないが)が誕生したと言われています。しかしながら、DPを受講している人数は、各校20人前後。他の生徒はIBのエッセンスを学ぶということになっている可能性が高いわけです。

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★また、新学習指導要領の中で「探究」というキーワードが随所に出てきます。おそらくIBのDPのプログラムモデルをなぞって、イメージして、上記のような絵を描いている方が多いでしょう。やたら「教科横断型」という言葉を使う方が多いところからもわかります。

★しかしながら、実際にはIBのようにコアカリキュラムの領域が他の教科と結合しているようには、新学習指導要領では有機的に結びつくことは難しいでしょう。標榜することはできますが、現実はバラバラです。なぜなら、IBのように結合するシステムが考案されていないからです。システムなき精神主義。教科横断でなければならないという道徳主義で実効性が薄いわけです。

★探究は、IBのEE(課題論文)とCAS(創造性・活動・奉仕)の部分は行うことができます。すでにそのようなカリキュラムになっているところも多いでしょう。しかしながら、TOK(知の理論)に相当する学びの経験を用意していません。これこそ、有機的に結びつけるシステムの1つです。

★もう1つあります。それは「10の学習者像」です。日本の学習指導要領にこのような考え方があったとしても、あくまで最終的なゴールや理念という位置づけになるでしょう。

★しかし、IBの場合、TOKでもEEでもCASでも教科でも、どの学びの中にどのように10の学習者像が生きているのかそのつどリフレクションされます。

★いまここで学んでいることがどんな人間存在として成長しているのかリフレクションしていくわけです。決して大学に合格するためのテクニックや思考力をトレーニングするわけではありません。TOKと人間存在なのです。それが根源システムです。

★日本の学習指導要領で、そんなリフレクションはまずないでしょう。せいぜい単元や授業の知識の目標が達成されたかどうかのリフレクションで、そこに人間存在を意識することはないでしょう。

★IBでなくても、TOKや10の学習者像に相当するものは欧米の各国の教育の中にはあります。それはクリティカルシンキングと哲学授業です。

★TOKを行わなくてもクリティカルシンキングを入れればそして10の学習者像がなくても、哲学授業があれば、日本の学習指導要領の欠陥を補うことができるでしょう。

★今は、これがないから、思考力ってなんだとか、AO入試や志望理由書を書くにあたって、その前提の構えがなっていないとかいう議論になります。クリティカルシンキングと哲学なんて嫌いだという先生もいっぱいいますね。その場合は、数学的思考を持ち込みます。これは実にシンプルで、強力です。

★この大学入試改革の混乱は、多くの関係者が、クリティカルシンキングや哲学的な素養を持っていないか、数学的思考を決定的にもっていないかどちらかですね。

★だから、フェルミ推定ができずに、いつも現場主義です。現場が困っているからどうしてくれるんだというのは道徳です。倫理ではありません。正義でもありません。

★高校生が真剣に考えない読解力がない自己肯定感が低い、モチベーションが低いと嘆く方も多いですね。自分の小さな理念つまり道徳に合わしてくれないからと嘆いているだけです。

★そもそも大学受験システムそのものが間違っているのですよ。それに合わせること自体辛いですよね。でも社会がそう簡単に変わらないのだから、その中でどうサバイブし、機会を見つけて変えていこうとするのか共に考えていくのが倫理です。

★しかしながら、TOK的視点や10の学習者像のアプローチがなくても、クリティカルシンキングの素養や哲学的素養がなくても、まして数学的思考力がなくても、なんとかできる方法があります。

★それは、教育や学びの基礎である「経験」を記号論的に授業の中に組み込む手法です。多くの人がいやがる枠やフレームやテンプレートですが、記号論的「経験」というフレームはなぜかあまり抵抗感がありません。

★フレームや枠やテンプレートのない思考力や想像力がお化けのように存在していると信じる現場の先生は意外といます。だから、枠組みやフレームやテンプレートは思考力の自由を奪うみたいなあるいはT型フォードのようにベルトコンベアに乗せて物をつくるような間違ったメタファーを使いがちです。

★肉体がなくなっても魂は存在するのだという宗教的というか道徳的発想ですね。

★しかしながら、なぜか活動と思考は一体化ととらえることは疑問がないようです。

★であれば、この記号論的「経験」を活用しようではありませんか。この記号論的「経験」の表現方法の1つが井庭教授の「パターンランゲージ」という記号論的「経験」手法があります。

★それ以外にハーバード大学の「アクティビティタイプ」です。この記号論的「経験」は、U理論やEQ、そしてMIなどの認知的能力非認知的能力全体と親和性が高いものです。

★もちろん、教育学的にも心理学的にも社会学的にも文化人類学的にも哲学的にも言語学的にもかなり深いものがありますが、デューイ的発想ではないですが、記号論的「経験」という道具を使っているうちに自然にそこに新たな世界や思考が生まれてくるのです。システムこそ世界であり思考であるというのはそういう意味ですね。

★デバイスという道具をZ世代が、深い理屈を知らなくても、使っているうちにいろいろなアイデアや発想、思考を生みだしていくのと基本は同構造なのです。これは東洋思想のタオや岡倉天心の茶の道に通じる発想です。

★東洋思想なんて?と欧米の教育をモデルにしている経産省や文科省は思うでしょう。しかし、ヨーロッパ啓蒙思想は儒学にそもそも影響を受けています。思考とは壮大な歴史的遺伝子を継承しています。遺伝子はフレームがなければサバイブできません。

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2019年10月 3日 (木)

PBLの世界(34)香里ヌヴェール学院小学校の西山校長の情熱 生徒の心を動かす

★今春、香里ヌヴェール学院小学校の校長に就任した西山校長の教育の情熱の右に出るものはいないのではないかと思えるほど。生徒が破格に変容する<新しい学びの経験>として英語のディベートを学内に広め、中高の生徒も巻き込んでいます。

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★理事長赤野先生が主宰の聖母女学院グループの教育研究センターで行われているPBL研修会で、西山校長は、英語ディベートの成果についてプレゼンしました。とはいってもワークショップ型プレゼンで、参加していたグループの園長、校長、学院長にミニディベート体験のワークショップを挿入しながら展開していきました。

★西山先生のディベートは、麻布や栄光や豊島岡女子などが実施しているガチなものからスタートするのではなく、即興ディベートを生徒と行いながらだんだん本格的になっていきます。

★参加した中高生は、最初は麻布や栄光に比べて偏差値が違いすぎる、自分たちにできるのかと、予想通り不安だったそうですが、やっていくうちに、思考力は偏差値は関係ないと自分で自分の中につくっていた壁をぶち破り始めたそうです。

★西山先生は、ディベートもPBLの1つのスタイルで、自分の殻を破り羽ばたいていけるGrowth Mindsetを行う場づくりなのですと主張します。けっして英語のスキルだけを小学校の時からトレーニングするわけではないのですと。

★来年に向けての小学校の募集も、昨年比2倍になっているのも、西山先生の情熱が伝わっているからでしょう。もちろん、西山先生は自分の力を過信することなどありません。

★むしろ組織のチームワークをいかに形成するかそこにマネジメントを集中しています。

★西山校長自身がPBLとは何かの意義を知り尽くし、実践家でもあります。たしかに同校の先生方とのチームワークがものすごいことはわかります。しかし、やはり校長の情熱は保護者にはダイレクトに伝わるものです。

★そして情熱家であるだけでなく、誰が見ても賢い方です。ホットハートとクールヘッドの持ち主。天は二物を与えたわけです。いつのまにか関西地区のディベートグロースマインドセットの拠点に香里ヌヴェール学院はなっているそうです。

★赤野理事長の若手校長登用の戦略ははやくも成果をあげそうです。情熱と賢さという破壊的創造者の校長の出現。様々なルサンチマンを愛に変えて前進していくことでしょう。未来の教師の希望であり、生徒が勇気と自信を自ら生み出すエネルギーの源太陽神。それが西山校長の構えです。

 

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PBLの世界(33)聖学院の毎回の授業で生徒は成長する

★昨日、聖学院フューチャーセンターで、児浦先生主宰の「授業デザイン研究会」が開催されました。10月12日(土)の思考力セミナーのプログラムに同僚が参加するデモンストレーションであり、セミナーに込められている授業のエッセンスを「アクティビティアイコン分析」と「思考コード分析」をしました。

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★また、10月6日(日)に同校と21世紀型教育機構と児浦先生がリーダーの21世紀型教育研究センター協働主催による「第1回未来を創る教師セミナー」の準備も兼ねて、内田先生のU理論分析も行いました。

★多角的なアプローチで授業を分析したり統合したりしたけわけですが、それに耐えられる豊かな質の授業が思考力セミナーで行われていることが改めて同僚の先生方とシェアできていたようです。

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★まずは、思考力セミナーに小学校6年生になったつもりで、同僚の先生方が参加。内容は10月12日(土)に行われますのでここでは公開できませんが、同僚力がすさまじく、いろいろな反応を受験生になったつもりでロールプレイしていました。ファシリテーターである本橋先生と内田先生は、その反応をみながら、プログラムを軌道修正していました。

★こうして、本番はもっと洗練されたプログラムになるという仕掛けです。

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★セミナーのワークショップ終了後、すぐにスクライビングをして授業の流れをフローチャート化しました。もうこのスクライビングは聖学院の先生方にとってはお手のもので、授業を議論しながらリフレクションし再構成していきます。

★そして、いつもなら、学びのスタイルを分析するのですが、今回はアクティビティアイコンでフローチャートを置き換えなおしました。そのうえで、それぞれのアクティビティで、生徒はどんな気持ちになっているのか、どんな能力を発揮しているのか、どちらかというと非認知能力の言語化をしていきました。

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★このスリリングな詳しい内容は10月6日のセミナーのワークショップでも行いますので、ここではまだ控えておきます。とにかく、聖学院の先生方が、一時間の授業の中で、生徒の内面のダイナミックな変容(外から見ていると小さなサインでしかありません)を見逃さない目を有しているのに感動しました。このような教師がたくさん存在しているから人気があるのは当然ですね。

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★さらに、そのアクティビティでどのような思考の深さに生徒は没入していくのか「思考コード」分析をしました。先生方は、思考コードをすでに使い慣れているので、思考コードをプラットフォームから引き出さないで、自然に分析していきました。

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★そして、内田先生がU理論(このUは内田を示しているわけではないそうですが、どこか象徴的でした^^)に沿って、各チームが分析した「アクティビティアイコン分析」「思考コード分析」を子供の成長のダイナミズムに「統合」していきました。

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★気づきを生みだした生徒自身が自分の創造性を発見し、それを結晶化していく授業展開を自分たち教師は行っているのであり、その結晶化したプロトタイプを世界に広げていく多様な教育活動の意味を改めて先生方は味わっていました。児浦先生は授業と多様な教育活動が有機的に結合している実感を共有できたとリフレクションしながら研究会を終えました。

 

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