PBL

2020年9月17日 (木)

思考コードがつくる社会(10)東京私立女子中学校の入試問題の思考特性

★晶文社の「2021年首都圏中学受験案内」の思考コードのデータで、東京の私立女子校が出題する入試の問いのうち、B3とC軸の問題の割合を抽出してみました。国算でB3問題を出題している割合と思考力入試でC軸を出題しいる割合に注目しました。B3は国語算数の問題の中での割合を計算。C軸は、思考力入試の中で、C1C2C3の合算の割合です。両方とも100点満点で換算してあります。すると、65校中31校が、クリエイティビティ度を問う問題を出題していることがわかりました。東京の私立女子中学校の48%は、何らかの形で入試の段階でクリエイティビ度を測る問いを投げかけているということなのです。

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★データが煩雑なので、単純にB3の割合とC軸の割合を混ぜて、ソートすると、次のようになりました。

1:聖ドミニコ 80
2:目黒星美 60
3:北豊島 58.5
4:淑徳SC 57.5
5:東京女子学園 57.5
6:大妻多摩 55
7:大妻中野 55
8:共立女子 50
9:女子聖学院 50
10:白梅清修 42.5
11:共立女子第二 40
12:佼成学園女子 40
13:神田女学園 39.5
14:十文字 39
15:東京純心 37.5
16:桜蔭 36
17:藤村女子 33.4
18:品川女子 32.5
19:桐朋女子 31
20:トキワ松 30.5
21:光塩女子 30
22:東京家政学院 30
23:中村 30
24:富士見丘 30
25:女子学院 12.5
26:豊島岡女子 11.5
27:昭和女子 10
28:鴎友学園女子 8
29:雙葉 4.5
30:学習院女子 3
31:江戸川女子 1 

★江戸川女子のように、割合は少ないですが、B3問題にまでチャレンジしている女子校は、当然カリキュラムポリシーでも創造的思考を大切にしているということが見え隠れするわけです。

★B3は、論理的思考の軸なのに、なぜクリエイティビティが測れるのかと思われる方もいるでしょう。B3を出題する学校が少ないので、そこは単に難問だと思われがちです。たしかに、難問なのですが、論理的に積み上げていくだけでは時間内に解けないのです。考えるプロセスを創意工夫する必要があります。これはまさにクリエイティビティなのです。

★C軸の問いは、実際に正解のない解を、生徒が自分なりに創る創造性が必要なものです。プロセスだけではなくコンテンツも必要です。要するに作品ですね。

★実は、今後世界が求めるクリエイティビティは、プロセスのクリエイティビティとコンテンツのクリエイティビティの両方を充実していなければなりません。クリエイティビティの社会実装ということです。常識や従来のやり方を変容させかつ新しい作品やアイデアを生みだす。C3は、そのような両面備えたクリエイティビティへの問いなのです。晶文社のデータは、この2つの因子が入り込むとわかりにくくなるので、当然、創造的思考は作品が創られるかどうかで判断されます。そのような曖昧性はデータにはなかなか反映されにくいのです。

★そこは、少し今後解釈をしていきますが、今回は、しばらくは、晶文社のデータをシンプルに活用していきます。

★ソートをみると、聖ドミニコ学園のクリエイティビティ度の割合が高いですね。1学年80名という小さな学校だし、共学の附属の小学校からの内部進学の生徒がいますから、卒業してしまう男子生徒の分の募集です。ですから目立たないというのが実情です。

★しかし、ゆったりした豊かな時間を過ごせる教育環境だし、進学実績も驚くほどよいのです。海外大学も毎年進学しています。ダンスやコーラス、美術などの教育も豊かで、芸術系の大学も毎年多いですね。

★女子校と言えば、大妻グループ、共立グループが思い浮かびます。伝統校ですが、新機軸も次々と仕掛けてきます。やはり、クリエイティビ度が高い教師がいるということですね。思考コードをこうやって活用してみると、教育の中身や教師の特徴も予想できます。

★もちろん、あくまで推理ですから、興味と関心がわけば、実際に足を運びたいものです。ですから、はやくコロナ収束を願うばかりです。

★クリエイティビティと言えば、桐朋女子です。やはり上記のリストの中にちゃんと位置していますね。

★C軸ではないのですが、B3を出題している学校に、桜蔭、女子学院、雙葉、豊島岡女子も入っています。東大合格実績だけにこだわっている教育ではないことを示唆しています。

★もちろん、入試問題だけで、創造性に満ち満ちている学校かどうかはわかりません。女子美のように、クリエイティビティ豊かな生徒が受けに来るのはわかっているので、作品だけではなく、プロセスの創造性のポテンシャルを見るために、論理的思考の基礎は最低限みておこうとうする学校もあるからです。

★ですから、あくまで参考としてのデータなのですが、時代の精神と呼応していることもまた否定できないのです。

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2020年9月16日 (水)

PBLで世界は変わる(03)アサンプション国際小学校 内なるエネルギーを豊かにする対話

★昨夕、アサンプション国際小学校の先生方とPBLについて対話を行いました。今回は森本先生がコーディネーターで、いつもとは違い、フリーな対話を行いました。

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★いつもは、PBLの小さき泉をワイガヤで対話して、そこからPBLの竜巻が生まれるというシナリオの対話なのですが、今回は、PBLの意義や生徒の成長の発達段階だとか、現場の授業で生徒が興味関心をもったり、没入していく仕掛けはありやいなやとか、実はPBLを学校を上げて実施している学校はほとんどなく、自分たちで創っていく必要があるとかいうPBLの前提条件や価値論が話題になりました。

★PBLの背景や価値について、改めて共有して、泉のエネルギーを豊かにするシナリオを森本先生はコーディネートしました。

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★小さく始めて、大きく育てるという学びのパターンの逆を行ったわけです。

★ミクロからマクロへというシナリオからマクロからミクロへというシナリオと置き換えてもいいかもしれません。

★実際には、ミクロからマクロへ向かう時、そのつど広がらない理由や壁に気づいて、そこで質疑応答を行いながら軌道修正していきますから、両方を往復するのですが、これだと、速度がゆったりなのです。

★しかし、マクロからミクロへというシナリオで始めるのは、速度感があり、ダイナミックなのですが、その分ハードルが高いのです。宙に浮いたままになってしまいがちなのです。

★よく俯瞰してという言葉を使う人がいますが、多くの場合、現場を見ないで、俯瞰するので、かゆいところに手が届かないわけですね。

★ところが、アサンプション国際小学校の先生方は、現場でPBLのチャレンジをしていますから、マクロから入ったほうが、一気呵成に疑問を解消できるというわけです。

★そのうえで、またミクロから始めてみる。そういうミクロからマクロ、マクロからミクロという2つのシナリオの循環が起こると、大きなPBLの竜巻が生まれるでしょう。阿弥先生といい、森本先生といい、婦木先生といい、海見先生といい、それ以外にも多くのPBLコーディネーターがいるアサンプション国際小学校は、生徒にとって希望の学校ですね。

追伸:マクロから入ると、私のような年寄は話が長くなります。先生方、耳を傾けて下さり、感謝申し上げます。

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2020年9月15日 (火)

PBLで世界は変わる(02)ノートルダム女学院の場合 生徒が<新しい学びの経験>を共有していく

★昨年、ノートルダム女学院中高(以降「ND」)は、教育のアップデートを開始しています。そして、今期のパンデミックで、一気呵成にオンライン授業をフルセット(オンディマンド×プラットフォームで課題配信×テレビ会議システム)で行い、それはさらに加速しました。

★ソサイエティ5.0やVUCAの時代と呼ばれて久しいですが、新型コロナウィルスは、それは遠い未来ではなく、いまここですでに起こっていることを世界同時的に示したのでした。

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★それでも、動けた学校もあったし、動けない学校もありました。危機感を感じながらも、自粛が解除になってから、元に戻る反作用もあります。もちろん、さらにアップデートを果敢に行っていく人も学校もあります。ノートルダム女学院は、アップデートにチャレンジしていく学校です。

★ある日中1の3クラスの授業をいくつか拝見しました。すると、社会の森兼先生は、カースト制度について調べ、その問題点を見出し、解決策を考えて、プレゼンするPBL授業を行っていました。森兼先生は、中身の深さとか論の組み立て方とかは、中1だから完璧なものは求めません。調べ方や、編集の仕方、チームワークなど、これからの学びで大切な方法を、試行錯誤しながら悩みながら身につけていくことがこの時期大切ですと。

★そして、遠くの国の話と自分の身の回りとを比較して、同じ問題があることを知り、自分ごとであることも知って欲しいのですと。関心や好奇心は、他者や出来事への愛から生まれるのだと。森兼先生は、ケアフルでフィードバックでは鋭くかつ温かいメッセージを投げかけます。カトリック学校の真骨頂です。

★数学の北島先生は、中1では代数が担当です。方程式や関数(特に微積)や数論につながっていく式の計算の基礎の授業を展開していました。自分で考える姿勢、考える過程をていねいにたどる授業展開でした。北島先生は、リアリスティックなリフレクションをその都度、生徒自身、生徒同士、黒板でのプレゼンなどで行っていきます。

★計算は手順を暗記するのではなく、分解と合成という数学的思考の基礎が詰まっている。この基礎が次への応用や発展にもつながる。6年後、自分のやりたいこと研究したいことのためのモチベーションが高ければ、この数学的思考の基礎力は必ず役に立つと。長年多くの専門家が議論し、多様な目がはいって編集されている教科書は、その数学的思考の基礎を生徒とひもといていく体験をするのには適していると。根源的な基礎の意味を語ってくれました。

★星野先生の英語の授業は、調べたことを英語でキーノートやパワーポイントでまとめ、プレゼンしたり、1人ひとりの生徒の作品をギャラリーウォークをしながら、ピアエンパワーメント評価をしていました。タブレットを1人1台活用して学ぶ自然な姿に驚愕でした。もちろん、生徒の皆さんは、オールイングリッシュに挑んでいました。

★英語のノートルダムと言われているのは、なるほど納得でした。中1からこのようなシーンが、あの高2、高3のディーン先生をはじめとするネイティブスピーカーの先生方のスペシャルな授業に結びつくのだと感じ入りました。

★理科の村田先生の授業は、昆虫類やクモの生態について授業を展開していました。虫というのは、世界でその数が人間よりもはるかに多い生物で、生態系にとって欠かせないとか、ゴキブリを研究する大学の研究室の話とか、牧野先生の植物学の話など、多様なエピソードを瞬時に挟み込みながら、生徒の虫に対する恐怖心を好奇心に転換していく見事な博物学的なPBL授業です。

★実際に野に観察に行くことはできませんからと、タブレッドに資料を配信し、その映像をみながら、生徒に昆虫類やクモの違いがわかるように図式化する作業時間も設けていました。フロー状態(没入状態)はPBLの醍醐味です。村田先生は、観察して図式化するという学びは科学的思考の基礎をつくる入口なのですと。

★フィールドワークも大切ですが、いつもそれができるわけではないので、デジタル環境を効果的に活用していくことはやはり大事だとも。

★別の時間で数学の中村拓先生の授業を拝見して、驚愕だったのは、生徒が三角形の合同条件を自ら議論してチームで見つけていくというゲーム感覚のPBLを行っていたことです。ルールや法則、あるいは公理をはじめに教えてしまうのではなく、自ら発見していく体験を大切にしていますと。

★生徒は教科書にない4番目のルールを発見してもいました。2つのチームがそこに到っていました。教科書を突き抜ける授業。

★しかしながら、なぜ合同条件は3つなのだろうと、中村拓先生は問いを投げかけます。生徒たちは思考をフル回転させていました。中村拓先生は、いろいろ発見していくプロセスを体験する。そして、一見違う物でも見方を変えれば同じだと気づいたりする。そんな置換操作をするのも数学的思考の基礎です。基礎とは易しい問題をやることを意味するのではないと。代数と幾何の授業という違いはありますが、北島先生と中村拓先生のND数学科の共通点は、数学的思考の基礎を大事にすることなのだと了解できました。

★ND教育開発センター長の霜田先生は、PBLをやろうというのは、共有していますが、何か一つのマニュアルをみんなでやるというのではなく、本間さんもいっている5つの基本要素(前回紹介しました)の組み合わせは共通していますが、アプローチは様々でいいんですと。観察をベースにしていたり、社会課題をベースにしていたり、数学的思考や科学的思考をベースにしていたり、ピアプレビューをベースにしていたり。

★大事なことは、それぞれの教師のPBLを生徒はみな体験するということなのです。本間さんが見学してくれた中1の先生方がそれぞれのPBLを実施することによって、生徒は小学校では体験してこなかったPBL体験をしているわけです。

★1人の先生だけがPBLをするのではなく、多くの教師がチャレンジすることによって、生徒は<新しい学びの経験>をドーンと受け止めます。PBLは、学力や非認知的な面をサポートしますが、人間存在の価値の気づきが生まれてくる場でもあります。しかし、それは自ら気づかなければ自分の血肉にはなりません。しかも、生徒によって嗜好性が違いますから、いろいろなアプローチのPBLが行われることの方が相乗効果は生まれやすいのですと。

★そう語る霜田先生の高2の授業を覗くと、生徒たちはその見出した価値をGoogleサイトでホームページを作成して発信する編集活動を行っていました。アメリカの学校だと、最終的に本として出版して、果たして市場価値を得られるかという教育まであるわけです。まさにPBLの醍醐味です。

★しかし、お金がかかりますね。クラウドファンディングもいいのですが、その前に、今ではホームページは簡単にできますから、そこをうまく使ってみようかなと思ったのです。パンデミックでオンライン授業を実施しながら、新しいアプローチも発見できましたと。

★自らサイトを立ち上げる時に、SNS上の様々な問題にも気づきます。フェイクニュースが表現の自由問題でなかなか解決できないというリーガルマインドも学びます。18歳成年はもう直です。自分の良心や正義の重要性とそれだけでは解決できない紛争もあるということに気づくわけです。倫理と法のせめぎ合い。霜田先生は哲学の先生でもありました。

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PBLで世界は変わる(01)学内シェアと世界シェアの相乗効果

★PBL(Project Based Learning)という学びの環境を創る学校が増え始めています。PBLとは何か定義がわからないと叫ばれる時代は去ったかもしれません。もちろん、定義にこだわる人もまだまだ多いですが、自然科学のような法則の定義みたいなものではないので、それぞれPBLを行う人の定義から出発するのがよいわけです。

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★そして、学校の場合は、アドミッションポリシー、カリキュラムポリシー、ディプロマポリシーがあるので、その3ポリシーに連動する形でPBLの定義とか方針とかできていきます。各学校の3ポリシーは独自のものですが、それでも一般的なPBLとして次の5つは共通しています。

①根源的問い:テーマやBig questionを自ら見出し追究する。

②システム思考:そのために「リーサーチや経験→仮説→対話あるいは議論→検証の編集→表現→公共的な発信→・・・」という思考の作業工程の循環の輪=システム思考を豊かにしていく。

③最近接発達領域:生徒は①にいきなり到達できない。そのため生徒の発達段階に合わせて、ファシリテートやコーチをしながらケアやサポートをする。

④リフレクション:思考コードやメタルーブリックに基づいたルーブルックによるリフレクションを随時行う。

➄存在の価値:最終的に、生徒は「私とは何か」「私のやりたいことは世界にどうかかわるのか」という自らの世界観のプロトタイプを生み出しては、リファインし続ける生涯学習PBLを生み出していく。アイデンティティは成長する。

★このような5つの共通点をベースに、各学校のミッションと3ポリシーなどに基づいた手法や価値を組み合わせていくことになります。教師の役割もファシリテーターやコーチ以外のものも学校によってはあるでしょう。

★そして、1人ひとりの教師が自分のPBL授業のデザインを磨いていくのですが、学校というのはチームワークが大切です。いや学校に限らず、人間は社会的動物ですから、チームワークを創ったり、互いに信頼関係を築いたりすることは大切です。

★そのために、互いのPBL授業の想いや方法をシェアしていきます。

★まずは、教科でシェア、そして同時に、各教科間で学内シェアをしていくわけです。

★そして、世界では、PBLの動きは初等中等教育ばかりではなく大学でも広がっています。したがって、世界とのシェアも必要です。とはいえ、いきなり海外の先生方と始めるのはハードルが高いので、図にあるように世界で活用されているPBLに関する学習理論や教育方法、教授法など多角的なレンスを通してリフレクションしながら行っていきます。

★そのうち、オンライン授業をすでに多くの学校で行っていますから、海外の先生方とシェアしていくことになるでしょう。

★いずれにしても、「PBLの自己マスタリー→学内シェア→世界シェア」の循環を豊かにしていくことになります。

★もともと、医療現場や看護の現場でチームワークは重要だし、命に係わる問題は、今回のパンデミックもそうですが、新しい問題や課題が現場で生まれます。未知との遭遇は生命の現場では常に生まれています。昨今のPBLはそういう医療現場から生まれてきたものです。

★そして、医療現場のように生命の危機に常にさらされているわけではないように見える私たちの日常生活も常に生命にかかわっています。生命は、たんなる物質システムでも機械システムでもありません。では何か?誰も正解を持っていませんね。

★定義や法則がなければダメだと叫ぶ方も、実は絶対的定義や法則の正解がまだできていない生命を生きているのです。しかし、それを解明しなくてはいられないのが私たちでもあるのです。PBLとは私たちの生命とは何かを追究するプロジェクトです。多角的なアプローチで、そして新しいアプローチを生み出しながら、人類は誕生したときからずっとPBLを生きてきたと考えることもできるのです。

★日本の大学だけではなく、海外の大学も、独自の入試制度と同時に共通した接続方法としてPBLに対応する入試制度をつくりつつあります。日本の学習指導要領に対応する入試制度の発想そのものが問われる時代でも実はあるのです。オンラインで世界はつながっているので、このウネリを止めることは難しいでしょう。

★そのような世界的視野からみて、慶応のようなAO入試が生まれたことを、今一度再認識したいものです。

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2020年9月10日 (木)

聖パウロ学園 イノベーティブエデュケーター(04)吉留先生のCuriosity-Drivenなサイエンス

★吉留先生の化学の授業はCuriosity-DrivenなPBLです。聖パウロ学園の教師は、PBL授業を行っていますが、「リサーチ→思考(対話や議論、小論、物語創作などを通して)→プレゼンテーション」という3Xサイクルは共通しています。そのうえで、それぞれ特徴的なPBLをするのです。化学の吉留先生の授業は、そう!Curiosity-DrivenなPBLです。つまり、生徒たちが好奇心に突き動かされてサイエンス思索をしていく授業です。

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★実験室にこもり大学の研究室で行うような白衣を着て実験しているのではなく、徹底した科学的な思考を多様なアプローチでシミュレーションしていく授業です。

★たとえば、ベンゼンという化学物質がでてきたら、教科書定番の置換の仕組みを覚えるだけではないのです。ベンゼン誕生エピソードから身近にある洗剤や衣服、殺虫剤、薬品などに使われているケースをたどっていきます。

★そして、使い方を間違えると、身体に有害なことまでイメージを飛ばします。マインドマップが頭の中でどんどん広がっていきます。

★当然、ベンゼンの使用についてはリーガルマインドも発動します。法律で、ベンゼン使用の自由の制限をするわけですから、とても大切なテーマですね。

★ベンゼンというあの有名な亀の甲羅型モデルの物質にかかわる学際知をがんがん学んでいきます。

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★もちろん、学際知の驚愕に好奇心を燃やす生徒もたくさんいる一方で、覚醒しない生徒もいます。そんなとき、吉留先生は、臨機応変に、シミュレーションゲームをします。イオンカードゲームなどで、元素のどんな組み合わせでどんな物質ができるのか、競うゲームです。ボードゲームとは、なぜか最終的には大いにもりあがります。やっている最中に覚えていなかった化学記号や物質に出会い、無性に知りたくなるなんてことはしばしばですね。

★そんなことも交えながらとにかく好奇心を膨らませ、それにナッジ(背中を押され)され、生徒はサイエンス的な思考を楽しみ深めていくわけです。

★吉留先生は、ベンゼンは人間が神の領域に踏み込んだ科学の世界の1つです。部活の後に使う洗濯洗剤が、そんなすごいことなんてとなるわけです。実際SDGsなど学ぶとき、この人工的な有機化合物は、大いに問題を引き起こすわけですから、化学物質の両刃の剣という矛盾にぶちあたるわけですと。

★プラスティックゴミの問題も、ただ使わなければよい、減らせばよいという道徳的・倫理的な意識だけではなく、科学的にクリティカルシンキングを学ぶコトは、実効的な社会課題解決のアイデアを出すときにはとても大切です。吉留先生は、物事を精神論的に解決するのは限界があるのは、今回のパンデミックで思い知らされましたと。経済と自粛のジレンマの解決不能な状況に直面し、世界同時的に共有されたわけです。そこを一歩進めるには、科学的思考力が極めて重要だと思いますと吉留先生は科学者らしく語ります。

★好奇心に突き動かされて、デザイン思考や哲学的思考だけでは、解決不能な領域に進むには、サイエンスの力は必要です。STEAMと言われたとき、実際には、テクノロジとエンジニアリングを活用していればサイエンスも行っているとなりがちです。科学的思考なきSTEAMやデザイン思考が、経済や産業の復興には役立ちますが、地球規模の環境問題を解決するには力不足なのです。

★吉留先生は、神の領域で自分たちはどうするのか?生徒といっしょに考えていく授業はワクワクしますよと。その通りです。

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2020年9月 9日 (水)

PBLの再定義の時代(02)探究と教科の5つのパターン。そしてどのタイミングで外部ネットワークと組むか。

★新学習指導要領になって「探究」というキーワードがここ数年各学校で議論され、実践されています。そして武蔵野大の日野田校長のように、外部ネットワークを取り入れて、先生方に研究する時間を作りだしたいという展開もメディアが注目していますね。それもいいと思います。特にメディアはこの手の話好きですよね。だって、外部ネットワークウェルカムということは、自分たちももてなされるという話だからです。そもそも日野田校長もメディア誘導術が得意です。ナッジと装いながらマーケティングやブランディング誘導をいつの間にかしてしまうのです。普通の人にはなかなかできませんから、とても勉強になりますね。

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★広尾学園や三田国際のように、直球マーケティング手法でないところが、日野田校長の次世代私学広報手法の新鮮さです。

★私のように本質にこだわったり、小難しいことを言っていると、日野田校長や大橋清貫学園長には、マーケティング的にはアウトとよく言われます。大橋学園長には、思考コードなんてわかりにくいよとかつて言われましたが、なるほどそうかあ、それなら価値があるなあと思う偏屈な私です(笑)。三田国際は思考力入試はやらないでしょう。マーケティング的には意味がないからです。

★そうはいっても、お二人と私はPBLという言葉を活用する点では一致するんですね。もっとも、大橋学園長はPBL=Problem based Learningで、日野田校長と私はPBL=Project based Learningです。日野田先生は、シリコンバレーやMITのPBLで、私はJ.デューイから連綿と続くPBLの背景を探って新しくしたものです。ちょっと日本的なマインドフルネスも入っています。

★一口にPBLといってもみな違うんです。それでよいのです。生徒獲得のためには、また生徒や保護者に理解を共有するには、ワクワクすればよいのであって、難しいことはどうでもよいというのが、今日の教育界では主流かもしれません。

★しかし、目を国際バカロレアやカナダやオーストラリアなどのグローバルジチズン教育などに向けると、難しい話は深イイ話で、それがかえってワクワクするねとなり、まあ、いろいろなんです。

★さて、探究の話ですが、必ず議論されるのは、探究と教科の関係です。それから探究は必ずしもPBLではありません。グループワークをやりながら調べ学習が中心の探究はPBLではないのはすぐにおわかりでしょう。

★授業もPBL型授業とは限りません。

★ここらへんの差異は、しかし、メディアはスルーしますよね。それはそうです。生徒の枚面的な成長に興味があるのではなく、外から見えて新しい情報であればよいのですから。しかし、教育とは、日常の持続可能な活動なのです。そのようなクオリティを追跡することはメディアはないですよね。なぜなら、クオリティは主観的なものですから、事実として記事にすることはとっても難しいからですね。私はメディアを批判しているのではありません。クオリティについては保護者自身が見るレンスを持った方が良いのではないかと提案しているだけです。

★探究と言っても、上の図のように、教科との関係で5つのパターンがあります。いろいろな学校(オンライン授業以降、各学校が動画PRをしていますから)を見て、私が独断と偏見で分類しました。したがって、そうではないといわれてもよいのです。私がいいたいのは、保護者なりにこういう分析レンズを磨いてはということです。見方は人によって違います。ですから、最近そのような進取の気性に富んだ保護者と対話をしながらレンズの厚みを増し、ますます磨き上げているわけですが、みなさんもそうされるといいのではと思うのです。

★さて、しかし、現状で乖離型の探究と教科の関係が多いでしょうね。探究は探究、教科は教科となって、教師は探究と教科の関係を深く考える必要性を感じてない場合が多いでしょう。

★ところが、教科の中でアクティブラーニングだとかPBL授業を行っている学校は、まだ交わりはないのですが、どこかで結合するのではという思いは響き合っている併存型というのもあります。

★日野田校長は、この段階で外部ネットワークを結び付けます。日本の教員免許取得や教育学部では、まだここらへんの学習理論や教育学を実装するプラクシスはやっていないので、アプリやコーチ、ファシリテーターは外部ネットワークを使った方がはやいし、その間に教師は学んでいきます。

★こうなってくると、探究も、授業もPBL型になりますから、必然的に教科横断型の学内雰囲気がでてきます。

★これで、かなりよいでしょう。世界大学ランキング300位くらいの海外大学はこの学びの経験はテコになります。

★しかし、それ以上の海外大学となると、IB型の探究と授業結合が必要です。ここになると、外部ネットワークはなかなかつなぎにくいものです。国際バカロレアのことを熟知し、ワークショップまで行えるコーチやファシリテーターはなかなかいません。IB機構の認定したIBコーディネーターと学内の先生方が研修を内製化していくことになります。

★そして、世界制作型になるとリベラルアーツ型探究とPBL型教科は包摂関係になり、完全な一体型です。ここになると、学校の教師自体が全員クリエイティブリーダーで理想的な学校となります。

★彼らは、他の学校に研修講師と招かれて、外部ネットワークを取り込むのではなく、外部ネットワークとして頼みにされる高い価値のある教師集団になっているのです。

★このような最高のチームが運営している学校は、世界でもあまりないでしょう。個人として優秀な教師はだいぶでてきました。しかし、最高のチームを共創しているメンバーの一人としての優秀な教師こそがこれからは必要です。もちろん、これから生まれてくる兆しはあるのですね。

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PBLの再定義の時代(01)自由制限の限界を超える時代到来。忍び寄るパターナリズム。ゆえに学力のみならず人生を生み出す拠点へ。

★今回のパンデミックは、世界同時的にあらゆる自由思想を覆してきました。リバタリアンや功利主義の他者に危害を加えない限りすべて自由という危害原理は、あっさり打ち砕かれました。他者に危害を加えているかもしれないし加えていないかもしれない。感染しているかどうかわからない中づり状態では身動きがつかなかったのです。自らの身体を守るには自粛という制限を受け入れざるを得なったのです。

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★コンサバの人びとも、エゴむき出しになり法の支配の中でマスクを着けない自由を叫べども、自ら感染し、マスクを装着して自粛せざるを得ないシーンを世界に見せつけました。

★リベラリズムも、福祉のために救済経済を発動すれども、それも限定的であることがわかり、経済的に自由を守る手立てがとれなくつつある焦燥感が膨らんでいます。

★コミュニタリアニズムは、自粛という行動をとるのはなんなくできるのですが、その基準である最高善を果たせるのかどうかは、パンデミックの科学的解明がまだできていないため、その信頼性・正当性・妥当性はわからないままなのです。

★今回のパンデミックの科学的早期解明への期待はされているのですが、いまだ明らかでないため、私たちの行動の自由を保ちながら最低限の規制を法制化することもできず、既成の倫理基準も定まらないまま、トリアージに突入していたり、自粛警察が暴走したり、自律神経の機能が破綻したり、精神的に困窮したり、経済困窮に陥いったり・・・・。

★世界規模で、従来の自由な判断、自由な行動を自ら行うことができないでいるわけです。

★そして、この自由な行動をとれない理由が、自己責任なのか、他者からのあるいは社会からのサポートなのか、干渉によるものなのかわからないという問題が浮上してきています。

★つまり、守らなければという思いが過干渉になる抑圧というパターナリズムがニューノーマルな生活空間に静かに広まっているのです。

★法律も倫理もここをチェックできないのです。個人の判断で自由に本当に自粛したりマスクを装着しているかどうかは実は正解がいまのところないのです。

★このまま放置しておくと、気づいたときには不自由な社会が出来上がるのがニューノーマルとなりかねないのです。

★これを回避するには、私たちはリフレクション対話を繰り返し、クリティカルシンキングを共に発動していく必要があります。特に、18歳成人未満(現状は20歳未満)である幼児・児童・生徒は、リーガルマインドのトレーニングも倫理判断のトレーニングもうけていません。道徳を押し付けられるパターナリズムはおこなわれているかもしれません。これはこれで問題ですが、これとて問題だと判断するリーガルマインドや倫理判断を養うにはどうしたらよいのでしょう。そのトレーニングの場は、リフレクションあふれるPBLが拠点となるでしょう。

★もちろん、大人も、マイクロ・プロジェクトをそれぞれ生んで、対話とリフレクションを展開していくことは重要です。

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2020年9月 6日 (日)

工学院インパクト(11)工学院のPBL授業は、最高の人生のつくり方を学ぶ場!

★今回の片瀬先生の家庭科のPBL授業の多次元モニタリング分析の対話を通して、多くの気づきを共有できましたが、私自身が驚愕したのは、生徒1人ひとりが自分の「最高の人生のつくり方」を体験し学ぶ場だったという気づきでした。

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★「最高の人生のつくり方」を生徒が体得するには、才能を見出すこととそれを実際に活かす努力が必要ですが、それだけでは自分の才能やアイデアを社会実現できません。つまり画竜点睛を欠くわけです。詰めが甘いということです。ところが、工学院の家庭科と保健体育は、どちらも実習や実技というプラクティスをベースにしますから、スキルを磨きあげるという活動があるわけです。

★才能―努力―スキル―実現というプロセスがPBL授業の中で体験できるのです。なるほど、これは田中歩先生(教務主任)がいつも語っているGRITマインドです。

★この点に関しての対話も盛り上がったわけですが、そのプラクシスの生徒の非認知能力を鍛えていくストーリーは、基本的にはUカーブでした。

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★柴谷先生(保健体育科)が、浅い問い→深い問い→自己への問いというUカーブの流れで授業展開しているという話をしているのを聞いて、上のような図をイメージしました。そして、さらに柳田先生(社会科)と臼井先生(国語)の話を付け加えると次のような図にイメージが拡大しました。

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★常に最後までやり遂げたとき、実は次がまたあるという授業なのです。これは、田中歩先生の授業の展開ですね。達成したと思ったら、少しハードルを上げるというか、さらに深い問いを投げかける。あるいは生徒が自分で自分に投げかける。したがって、Uカーブのボトムの点だけをつなぐとポジティブな軌跡を描くようにデザインされているのです。紆余曲折在るけれど、常にポジティブな精神を保てる秘密がここにあるわけです。

★こうした最高の人生のつくり方を学べるPBL授業をデザインする教師は、ファシリテーターというよりコーチだったということに改めて気づきました。

★もちろん、ファシリテーターのロールもしますが、それだけでは、社会実装にはいきません。実績も成果もでないでしょう。やはりコーチングは重要です。そうでなければ神は細部に宿るということができないのです。神が細部に宿る時、画竜点睛を欠かない人生のデザインができるのです。

★今回対話をした先生方は、ファシリテーターでもありますが、名コーチでもあります。こういうリーダーシップは、「熟慮」「共感」「共創」「語り部」「交渉力」を統合しているすぐれたナチュラルリーダーです。

★メンター田中歩先生の野望は、タイトルリーダーだけではなく、このような最高の人生のつくり方を生徒にエクササイズできるコーチング力あるナチュラルリーダーが生まれてくる機会をファシリテートしているのかもしれません。

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2020年9月 5日 (土)

工学院インパクト(10)私はどんな結婚観を抱いているのか?生命と結婚の人類史。

★民法改正によって、2022年から、140年ぶりに改正された成年の定義が施行されます。18歳成年になるということですね。高校卒業時になるのです。ですから、これからの中高生はその準備をしなくてはなりません。今回の片瀬先生の家庭科のPBL授業やその授業とダイレクトに連動している柴谷先生の保健体育の授業は、そこを見据えているということでした。

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★民法改正によって変わることは、結婚の時期が、女性も男性も18歳からということです。高校卒業同時に女性も男子も成年として家庭を持つことができます。契約やクレジットカードや10年パスポートや多くの点で法的に変わります。今までのような倫理観をベースにする授業だけではなく、社会生活すべてに存在する法律が適用されるわけですから、リーガルマインドも学ぶ時期でもあります。

★しかし、そう言われてもピンとこない部分もあるでしょう。成人するということは即法律的な意味での男女の契約である結婚という話なのだと言っても、頭で分かっても自分事にはなかなかならないのは世の常です。

★そこで、事実としてどのような結婚のスタイルがあるか調べ、その結婚について感じたことや自分の考えを書いてプラットフォームで授業前に送信するという反転学習から入りました。

★このさりげない問いですが、これは慶應義塾大学の法学部のFIT入試(総合型選抜)B方式で出題する問いのスタイルと同じです。リーガルマインドでは、存在から規範が生まれるのか、存在から規範は生まれないのか、存在と規範の関係は重要な法の基礎症ということになっています。

★婚姻は長い間男性と女性が結ばれてきたという事実が存在しているから、それが結婚なんだとするのか。それは時代や社会がそうしてきた要因があり、だから男女でなければならないということではないのだとするのか、そもそも事実とは存在とはを巡って法的紛争は紛糾するのです。

★ですから、まず世界にはどんな婚姻形態が存在しているのか生徒は調べることになったのです。単婚、複婚、異類婚、同類婚、同性婚、おめでた婚、ドラクエ婚、VR婚など、さすがじゃデジタル世代だけのことはあって、様々な婚姻の形態を調べてきました。

★その中から一つを選んで調べていくというような学びを行ったり、日常当たり前のはずの婚姻も、明治の民法と現行の民法を比較スタディをすると違うことがわかります。

★最近のニュースで報道されたタイでもようやくパートナシップ法案が通過したという記事を読んで、国によっても考え方や価値観が違うということも話し合ったようです。

★人口推移表や人類誕生来の世代がどのくらい続いているのかなどデータを読み込みながら、婚姻と子孫の関係も考えたということです。

★その歳、同性婚についてミニデイべーとをするなど、結婚の価値と法律のズレをどうするのかなど視野は広まり深まてちきました。しかし、一方で結婚と誕生があれば、別れもあり死もあります。人間の存在とは、そのすべてに直面します。そこをさけることなく、正面から見つめる授業が片瀬先生の授業だったのです。

★保健体育の授業でも、結婚と妊娠という生命の誕生の議論、同時に中絶などの社会的、文化的、政治的問題を語り合うそうです。しかし、なんといっても女性のケアの問題やハラスメントの問題など身近な法律問題についても対話するそうです。

★ケア、倫理、そして法律。それらを考えるうえで、文化人類学、カルチャラルスタディ、フェミニズム学など多角的なアプローチをする授業が工学院の家庭科と保健体育で行われてきたのです。

★柳田先生が、社会科の授業では、そこを触れたくても、そこまで触れる機会は創れていないけれど、その人として大切なことを自分のこととして考えたり思いを馳せる授業でなくては確かに意味がないと。改めてそこを盛り込んだ授業デザインをしたいと。

★そういうわけで、自らハードルを上げて、次回のPBL多次元モニタリング分析会で自身のPBL授業のプレゼンをするということになりました。

★このモチベーションの高さとそれを誘う仲間たち。恐るべし(汗)。

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工学院インパクト(09)家庭科×保健体育科 人間にとって大切なコトにかかわる自己存在をみつめる 英検や総合型選抜にもつながる

★片瀬先生の家庭科のPBL授業は、「反転授業→講義→ミニディベート→リフレクション→テスト(論述もあり)」という流れになっています。思考コード的には、知識の発見、論理的構築、クリティカルシンキング、クリエイティブシンキングが埋め込まれています。何より、リフレクションは、常に自分だったらどうするという自己存在への気づきを大切にしています。

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★いきなり自己とは何かと問うのではなく、身近なニュースや情報、出来事などから気づきが生まれる反転学習と講義をしてからミニディベートやピア・シンク&シェアを通して掘り下げていきます。するとドキッとしている自分にぶち当たります。このときケアが必要な時もありますが、片瀬先生は信頼関係を創るのにものすごい時間をかけていますから、生徒もそこを乗り越える勇気を持っています。だから、チャレンジするのです。自分ならどうするか?自分が大切にしている価値とは何だったのか?その価値を大切にするならば、自分の言動はこうなるのだと。

★このU型のストーリーは、柴谷先生の保健体育の授業も田中歩先生の英語の授業も同様だし、柳田先生の先生の社会の授業、臼井先生の国語の授業もそのバリエーションではあると。

★実はこのUのストーリーの構造は、物語構造論的には、最も人々が大切にしているシークエンスです。そして、現実はそうでないからこそ好まれるのでしょう。人気のスヌーピーなどは、小学生と話していると、⋂カーブなんだけど、おもしろい、いったいなぜだろうともなりますが。

★ともあれ、この授業のストリー展開、子供たちはどーんと自分や仲間との世界に没入していきます。このときの興味と関心の持ち方は、反転学習のときのものとは違うのではないかというZoom対話にもなりました。

★そして、授業と物語のU展開の大きな違いは、授業は生徒自身がそのUカーブを生きるのですが、物語はあくまで読者です。工学院のPBLは、自分とは何かを、家庭科や保険の授業で身近な社会で起きている問題を自分が引き受けて考えることによって、物語を眺めているだけではなく、その物語に実際にダイブする授業です。家庭科と保健体育科のPBL授業は、自分とは何か?人間にとって大切なものは何か?その大切なものは引き受けるかどうか?など実際的な地平で哲学する授業だったのです。

★それは、柳田先生の社会科の授業もそうです。ただ歴史的事実を並べ、その背景を調べ、歴史の物語を客観的に眺めているわけではないというのです。もし自分が吉田茂だったらそのとき自分はどうするというような主観も大切にしていると。臼井先生の国語の授業もそうです。現代文で学ぶ小説や論説文は、心情の変化や文章の論理構造を分析して終わりではなく、社会を見る目、自分を見る目を実装します。

★田中歩先生も、生徒たちがC1(英検1級レベル)を目指すプロセスで、2級、準1級とクリアしていくけれど、そのレベルでは、科学や政治、経済、心理学など様々な社会課題についてスピーチしたりエッセイライティングを創っていくが、それには、結局片瀬先生や柴谷先生のようなPBL授業を行う必要があるし、身近な社会課題はニュースに関心をもつ、つまり他者に興味と関心を持つということを生徒と大切にしていると。

★それはまた、自分とは何かをプレゼンする総合型選抜の膨大な書類や志望理由書、課題に対応する力にもつながると。

★マザー・テレサが愛の反対語は無関心であると語ったのは有名ですが、工学院の先生方が興味と関心を生徒が抱けるようになるPBL授業をデザインしようとしているのは、無関心の反対語である愛に満ちているからということだと気づきました。

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