成城学園

2022年5月 1日 (日)

成城学園の魅力を支える物語スパイラル

青柳先生の成城学園の魅力を語るその方法の中に、魅力が映し出される仕掛けがあります。今回青柳先生は、3の累乗のスパイラルで語りました。大きく3章に分け、さらにそれぞれの章を3節に分類して語っていきます。その章や節の順番は、思考コードでいうA軸からはじまりB軸、C軸という広がりで話していきます。

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★しかし、おもしろいのは、A軸の章であっても、鈴木さんと対話することによって、A→B→Cのサイクルを回転させる対話になっていきます。随所にそのような話になりますから、デノテーション(外延:要するに形式知)の話の中からコノテーション(内包:要するに暗黙知)を見える化していきますから、そのたびに、小さな花が開花し、視聴している側は魅せられます。

★対話とは、デューイにとっては、ダイアローグです。ダイアローグとは、このような物語スパイラルを広げ上昇気流を生み出していく弁証法のことも意味しています。これもまたリベラルアーツの伝統ですね。ソクラテスの対話から始まって、デューイが批判的に継承したヘーゲルの弁証法です。

★官僚主導の近代教育のベースをつくり、今も継承されているヘルバルト主義は、このヘーゲルの対話を切り捨てる立場から出発します。

★成城学園が大正自由教育のスタースクールであり、先生方が未完の民主主義の教育を完成させるべく今もチャレンジしている姿が、青柳先生の物語る仕掛けに魅力的に映し出されています。

★ヘーゲルは哲学者としてよりもギムナジウムでカリキュラム改革を行った校長先生の顔の方が私にとっては親近感があります。詩を愛し、芸術を愛し、たくさんの生徒や学生と対話をし、紆余曲折を超えたからこその幸せな5人家族との暮らしを送り、最後はコレラに感染しこの世を去ります。VUVAの今の時代に重なる生き方ですね。

★そして、対話と歴史を重視していたのですが、ヘーゲルは若いころ、実は話下手だったというのは、どこか興味深いですね。

★デューイは、民主主義という立場からヘーゲルと対峙しましたが、ヘーゲルの生徒や学生と哲学対話をしたところには、PBLの根っこを見つけていたのかもしれません。

青柳先生が、学園生活そのものがPBLですからと語ったととき、デューイが教育は人生の準備ではなく、人生そのものだと言ったことを思い出しました。そして、大哲学者と言われているヘーゲルが、まだ哲学者として地盤を固められない時代に、中等教育で活躍し、そのとき生徒と共につくった今も読み継がれている「哲学入門」が、のちの大哲学に発展したというのを思い出しました。

★中等教育が成城学園のような教育の魅力を生み出すとき、ヘーゲルがそうだったように、すでにそこに未来が開花しているということでしょう。その花の咲いている姿に魅了されない人はいないでしょう。

★さて、この魅力を、成城学園の在校生が先生方と一緒になって説明会を作り、公開します。まさに生徒にとって、説明会作りもPBLです。同校のサイトにはこうあります。一部紹介いたします。詳しくはサイトをご覧ください。

 中学校見学会「成城学園に集まれ!!2022」

 さて成城学園中学校高等学校では、小学校4年生から6年生のお子様を対象とした学校見学会“成城学園に集まれ!!2022”を開催します。中学受験を考えている皆様に成城学園の雰囲気を感じていただければという思いから、体験型の見学会を企画して今年で20年目を迎えます。コロナ禍により一昨年度は中止、昨年度はオンラインでの開催でしたが、今年は従来の形に戻して開催することを計画しています。
 内容としては「成城学園での学校生活」をよりイメージできるように「体験教室」と並行して「見て!聞いて!私たちの学校」と題した学校紹介を行います。 「見て!聞いて!私たちの学校」では在校生が生徒の学校での様子や部活動、行事について紹介します。この学校紹介は、説明会等での保護者向けの説明ではなく、小学生に向けて成城学園の魅力を紹介する形で行います。また、「体験教室」は科学実験やクイズなどの他に、成城学園の伝統ともいえる芸術やスポーツの分野での企画をそろえ、皆様をお待ちしています。この2つの企画の両方に参加していただくことで、成城学園が大切にしている教育について、保護者の方だけでなく、実際に入学するお子様にもご理解いただけると考えております。

★成城学園の魅力をぜひ満喫してください!
 

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2022年4月30日 (土)

成城学園 生徒が自分で自分の学びをデザインする

4月22日(金)、成城学園の広報部長の青柳圭子先生が、GLICC Weekly EDUにZoom登壇。同番組主宰の鈴木裕之さん(GLICC代表)と対話しました。成城学園は、大正自由教育のスタースクールであるのはあまりにも有名ですが、今国際秩序がゆらいでいる事態が対岸の火事ではない状況下にあって、大正時代のお話で終わらない、現代的価値を示唆する重要拠点です。そのことがよくわかる対話が行われています。

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 (GLICC Weekly EDU 第76回「成城学園 青柳先生との対話ー成城学園の魅力をつくる先進的で豊かな授業」)

★というのも、青柳先生が語る言葉が、いわゆる文部科学省が学習指導要領で使っている言説をただ振り回すのではなく、すっと自然に青柳先生ご自身の言葉で置換えて、成城学園の建学の精神の泉で浄化して語っているからです。

★新学習指導要領は、あたかも未来の教室に向けて学びを変えていく意欲をみせた言説をたくさん使っています。そのことは、私立学校にとっては、とてもやりやすいわけですが、私立中学に通う生徒は全国の中学に通う生徒の7%にすぎません。93%は、公立で、公立では、なかなか転換が難しいのです。

★なぜかというと、成城学園は、105年前に、当時文部官僚だった澤柳政太郎が、新教育を施行する実験学校として設置した学校です。ジョン・デューイなどをはじめとする民主主義を生み出す教育を実践しようと新しい教育観・教育実践がはじめて導入されたのです。

★一般に新しい教育といったとき、そうでない教育についてあまりはっきり言及されないのですが、デューイは「民主主義と教育」の中で、インストラクショニズム的な合理的な指導案に基づいた(=マスプロダクションの象徴であるT型フォード・モデルに重なる)近代教育を徹底的に批判しています。

★澤柳政太郎は、文部官僚でしたから、日本の近代教育が、このヘルバルト主義の流れを汲むことを知っていたはずです。国力を高める労働力を生み出す教育が、当時の先進国に追いつけ追い越せという優勝劣敗主義に突っ走っていることの危うさに気づいたはずです。この官僚主導の近代国家づくりは、民主主義を成熟させないということを身に染みていたはずです。

★成城学園で行われているPBLは、たしかにデューイなどの当時の進歩主義的な教育哲学者や実践家に今も基づいています。しかし、それは決して古いことではないのです。よくデューイを持ち出すと、そんな昔の学習理論はと言い出す人いますが、そのようなことを語る方のベースは、もっと古いヘルバルト主義に基づいているのです。

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★したがって、古いとか新しいとか言う話ではなく、今繰り広げられている世界のデモクラシーの危機を見て、デューイが提唱した「民主主義と教育」は、未完であって、まだ実現していないのだと考えたほうが適切でしょう。そして、なぜ未完なのか?デューイの発想が絶対的で完成されたものではないのです。現代化していく必要があるわけです。

★それを成城学園は今も実践しています。青柳先生は、デューイの時代にヘルバルト主義に対して「学習者中心主義」が唱えられたわけです。それは、学習指導要領でも「主体性」とかかわれています。OECD/PISAのエージェンシーという言葉に影響されてもいます。

★しかし、この「主体性」をどのように創っていくのでしょうか。ヘルバルト主義のわかりやすい事態は、学年、クラス、教科時間割の一連のシステムです。このシステムは今も厳然としてあります。これに則っていくと、「主体性」はなかなか生まれません。

★では、この時間割に象徴される教科主義を、全部探究にしてしまえばよいのか。そういう学校もあります。成城学園も105年前は、ドルトンプランを取り入れていましたから、そのような発想があったかもしれません。

★しかし、この発想は、時間概念が、デノテートで、コノテーションを深く考える発想が学習デザインを行う側にないのです。ミウラオリなどの茶室発想が加わることで、つまりアート発想が加わることで、ヘルバルト主義のはずが、全く違う価値観に転換するということが可能です。

★それを成城学園は実現しています。デノテーションというのは形式的表現です。ですから、「学習者中心主義」というのはデノテートな表現です。青柳先生は、デノテーションとコノテーションはコインの表裏なので、「学習者中心主義」や「主体性」を「生徒が自分で自分の学びをデザインする」とコノテーションを引き出す表現に置換えます。

★そして、今回の対話の中で、この「デザイン」をさらに「デザイン思考」プログラムを生徒自身が探究していく教育実践をしているのだという話を展開していきます。

★つまり、成城学園の先生方と対話するとすぐに了解できますが、青柳先生のように、デノテート(外延的)な表現を、1つひとつ丁寧にコノテーション(内包)を引き出す創造的な転換を果たしている先生が多いのです。

★このデノテーションとコノテーションの往復ができるレトリック(修辞法)は、リベラルアーツの基本の1つです。ヘルバルト主義は、このリベラルアーツを実用的な教育を優先して斬り捨てていくことになります。もちろん、ヘルバルト自身はそこまで考えていなかったでしょう。

★このヘルバルト主義の系譜については、最近教育学の中でも研究され始めています。日本の近代社会、現代社会を下支えしてきた教育の中に織り込まれているヘルバルト主義の痕跡を見出したときに、ようやく日本の教育のどこを変えるとよいのか問題の所在が明らかになるでしょう。

★現状の教育改革(?)は、ここが明らかになっていないので、表面的な変化になってしまっている可能性もあります。

★成城学園は、105年前の建学当時から、この問題の所在を認識し、その解決に向けて教育実践を新しいイノベーションを取り入れながら積み重ねています。そこを見出す受験業界の編集者が現われてくると、成城学園の現代的価値を受験生と共有できるでしょう。すでにノイタキュード代表の北岡優希さんがそこにチャレンジしています。そもそもGWEそれ自体が主宰者の鈴木さんの新たな着想によって成り立っています。

★教育の新しい価値は、学校のチャレンジングな実践とその実践の価値を見出す編集者のコラボレーションが欠かせません。そういう時代がいよいよやってきたと実感できた青柳先生の表現でした。(つづく)

 

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2022年1月29日 (土)

2022年ホンマノオト21で描くビジョンを考える(33)成城学園 想像力は知識より重要である。

★首都圏模試センターの出願倍率速報(2022年1月28日現在)によると、成城学園の出願総数の前年対比は、91.5%。人数でいえば、あと101人で100%を超えるので、2月1日までには到達するだろうと思いながらもふと疑問が浮かびました。それは、成城学園の伝統的かつ革新的教育の質については、中学入試のマーケットでは定着しています。それゆえ、もう少し100%に接近していてもよいのではないかという疑問です。

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★そこで、同校のネット出願のページを調べてみました。すると、なんと26日で1回目も2回目も締めきられていたのです。つまり、この前年対比の結果は26日から動いていないというわけです。

★ネット出願だから、前日ギリギリまで開いているだろうと思い込んでいました。この締め切りの「設定」は実におもしろいですね。そういえば、麻布、開成、武蔵もはやばやと締切っています。

★成城学園は2回目については、直前受付として「2022年2月1日(火) 17:00~2022年2月2日(水) 15:00」を設定しています。最終的には、ここで前年対比は、100%を超えるでしょう。

★私立学校の広報というのは、ビジネスキャピタル的な発想というより、プロフェッショナルキャピタルとしての発想が前提になっています。そのキャピタルの前提は3つありますが、この締め切り日の設定は、そのうちのディシジョンキャピタルが作用しています。

★同校サイトの校長・副校長のブログを開くと、アインシュタインのこんな言葉が飛び込んできます。「Phantasie ist wichtiger als Wissen, denn Wissen ist begrenzt. 想像力は知識よりも重要である、というのも知識は限られているからだ。」

★ドイツ語やフランス語も選択できる環境なので、このような「言葉」が刻まれるのでしょうが、多言語と想像力という発想が根付いているのがわかります。26日で締め切って、直前受付をまた設けるという意志決定。ここには、そのような発想を大事にしてくれる志願者へのメッセージが込められているのでしょう。

★昨年の国語の問題では、二人の登場人物のものの見方の違いについて、比較分析をして、記述する問題が出題されていました。社会では、戦争と技術革新の関係を推理して論述する問題が出題されていました。

★まさに知識を問うて終わるのではなく、想像力の翼を広げる問いを出題しています。

★知識は伝統です。想像力は革新的な発想を生み出します。締め切りの「設定」という決断にも、成城学園のクオリティが反映しているとは!感動です。

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2021年8月29日 (日)

工学院の卒業生仲野想太郎さんとの対話

★今年工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)を卒業生て大学に進学した仲野想太郎さんとZoom対話をしました。以前、田中歩先生とのつながりでインタビューをしたことがあったということもあり、総合型選抜で入学したその後の話を聴きたいと思ったからです。やはり、思った通り、総合型選抜の準備に取り組む背景になった実践的学びが生きていました。

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★その理由は何か?またつくづく工学院の教育は先進的で、大学や社会で役立つベースができるという話にも花が咲きました。

★そして、何より田中歩先生をはじめ同校の先生方が<共感>という言葉や行動を大切にしているように、仲野さん自身もまた<共感力>に満ちていました。

★中高一貫校の質は、6年間だけでは完全にはわからないとしみじみ感じ入りました。

★仲野さんには、GLICC Weekly EDUに登壇していただくことになりました。卒業生が語る工学院、総合型選抜が大学生活を豊かにするなどなどまだ未定ですが、そのようなことを対話できると思います。新しい切り口の学校選択の話やどの学校でも、受験生も知りたい総合型選抜の取り組み方を明快に語る仲野さんの登壇をご期待ください。

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2021年6月11日 (金)

成城学園(03)青柳先生の授業の挑戦 思考コード×対話型論証×ピア

<GLICC Weekly EDU 第32回 青柳圭子先生との対話―成城学園「革新的伝統と革新的未来」>で、青柳先生と対話した際、授業の話題が当然出たわけですが、思考コードと対話型論証、そしてピアによる議論を組み合わせた新しい「主体的・対話的で深い学び」を展開されているということでした。画期的授業です。

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★たいていの場合、国語の授業では、各単元終了後、ファクトとオピニオンをそれぞれ考えて小論文を作成するという授業が多いわけです。多いと言ってもアクティブラーニングやPBLでない場合は、最後の小論文を作成するところまではいかないでしょう。

★ですから、「たいていのアクティブラーニングやPBLのような授業では」と条件をはっきりさせたほうがよいかもしれません。

★さて、どこが画期的かと言うと、このような小論文は、まだ思考コードでいえば、B2くらいですが、青柳先生はそれをC3に変換するためにトゥルーミンモデルによる「対話型論証」を活用します。

★ファクトとオピニオンで論じている中にある根拠を反証する議論をするわけです。もちろん、個人ワークでもそこまで一人で行うことはできますが、それでは、素朴な反証しか出てこない場合が多く、予定調和的です。

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(青柳先生との対話で本間が独断と偏見でイメージした図)

★そこで、青柳先生は、反証者(あ)、(い)、(う)・・・というように多様なピアで議論していこうというのです。

★自分の枠を仲間と協働して開放するわけですから、B2レベルからC3レベルに飛ぶ可能性が大です。

★もともと、成城学園は、最初からピアという関係性から学ぶシステムになっているようです。

★したがって、この思考コード×対話型論証×ピアという3つを一体化させる学びを展開するのは自然な流れなのかもしれません。

★とにかく、青柳先生は熱心にリサーチされます。そして、多くの先人の知恵を受容し、独自の授業として構成していくわけです。

★一度小学校から大学までの成城学園の先生方と対話をしたことがありますが、みな青柳先生と同じように、研究熱心で、共通の基準を探りながら、独自性を発揮していく進取の気性に富んだ才能の持ち主でした。

★教師どうしの在り方がすでにピアとしての存在です。

★成城学園のこのような教育は、自主自立を立ち上げられる個人が成長する場でありますが、その個人は<ピアとしての自己存在>だと思います。そしてその<ピアとしての自己存在>である生徒同士が対話型論証を協働していくのですから、学びのシナジー効果が溢れでるのは必然です。成城学園の雰囲気が魅力的なのは、その背景にこのような学びで満ちているからでしょう。

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2021年6月 5日 (土)

成城学園(02)近代的自我から出発しない第三の≪私学の系譜≫

青柳圭子先生と対話していて、成城学園の自学自習や自治自律、個性尊重ででてくる自己は、近代的自我ではないなあと気づきました。明治期の≪官学の系譜≫と対峙した≪私学の系譜≫には2つあると思ってきました。1つは、内村鑑三や新渡戸稲造、天野貞祐、河井道などのクリスチャン私学人や京都学派の流れをくむ私学人の系譜。もう一つは、官僚内部から日本近代社会を自浄しようとした高橋是清のような私学人の系譜だと思っていました。≪官学の系譜≫にしても二つの≪私学の系譜≫にしても近代的自我をめぐり、その乗り越えの方法の差異だと思っていたのです。

★しかし、青柳先生との対話を通して、澤柳政太郎を創設者とする成城学園は、クリスチャンや哲学者ではなく、教育思想家の影響を受けていて、近代的自我そのものから出発していなかったということに気づきました。つまり、第三の≪私学の系譜≫なのだと。

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★というのも、大正自由教育の時代は、すでにフッサールの現象学がありました。フッサールだけが感じていたのではなく、ペスタロッチやデューイもおそらく近代的自我から出発したのでは、「児童中心主義」はうまくいかないと感じていたに違いありません。経験や直観を大切にしていたのが何よりだし、ディスカッションや協働活動を大切にしていたのもその証拠だと思います。

★つまり、外から見たら個人なのですが、内面はインターサブジェクト(相互主観)的な存在が構成されているというところから出発していたのでしょう。

★私たちの内面は、自然に触れたり、他者と対話したり共同作業をしたり、そこに道具が介在して、それら全体が構成されてできているという構成主義的な考え方です。プロジェクト学習を、デューイをはじめ多くの教育者が提案し、実践してきました。ドルトン・プランもその一つでしょう。

★成城学園もその影響を受けますが、日本の当時の官学は、ヘルバルト主義ですから近代的自我の形成のための5段階インストラクションシステムです。実は、これはどういうわけか、創造的プロセスが削除されて、「基礎→応用→発展」という教授法になってしまいます。

★ヘルバルト主義でも創造的な要素を想定していたのです。しかしながら、それは5段階の枠の中での創意工夫ですから、近代国家の制度をはみ出すわけにはいかなかったのでしょう。近代国家を作ろうとしている条件下での教育で、はやくも崩すわけにはいかなかったという気持ちはわかります。

★ところが、官学でも師範学校では、創造性を維持したヘルバルト主義とデューイのようなプロジェクト学習を融合するような日本独自の教授法が生まれます。奈良女子の木下竹次の学習現論などはどうもそのようです。

★おそらく澤柳政太郎は、国の文部政策や大学にもかかわっていましたから、同じように両方のよいところをアレンジしていたはずです。

★それこそが、当時の日本の歴史的条件の中で、子どもたちが幸せに生きる道を最適化したのだと思います。近代的自我がいかなるものか哲学的に前提とするのではなく、現実の中で子どもたち自身が生きていく内面的エネルギーをどう生み出していくのか、それには相互主観的な個性が大切だったのでしょう。

★もちろん、これらは憶測にすぎないので、引き続き青柳先生と対話をしていかなければならないのですが、成城学園の教育指標が、個人から始まるのではなく、ピアから始まったり、青柳先生の対話型論証という反証可能性を内包した対話と言うことは、近代的自我の発想ではもはやありません。この今の成城学園の教育の根っこが澤柳清太郎にあったのだとしたら、やはりそれは第三の≪私学の系譜≫の流れだからでしょう。

★そんなことを妄想しているわけですが、いかがでしょうか(汗)。あくまでアブダクション的思考ということで。。。

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成城学園(01)青柳先生と成城学園の革新的伝統と革新的未来について対話する

★昨夜、<GLICC Weekly EDU 第32回 青柳圭子先生との対話―成城学園「革新的伝統と革新的未来」>で、成城学園の広報部部長の青柳圭子先生と対話をする機会を頂きました。先生とは以前から思考コードと成城学園の教育指標のコンパラティブスタディーをさせて頂いたり、新たな私学の広報の在り方などについてご教示いただいたりしています。

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★また、青柳先生は、そもそも成城学園自身が大正自由主義教育の拠点であるということもあり、日本の近代教育に新たなページを開いた同学園創設者澤柳政太郎についても研究されています。当時やはり教科としては国語教育が新しい学習理論の風を巻き起こしていましたから、国語科教諭であり、大学でも教鞭をとっている教師の教師として、青柳先生はデューイやペスタロッチなどの影響を受けたはずの当時の成城学園の国語教育もリサーチし、その革新的伝統を引き継ぎながら革新的未来を拓く新しい国語教育の理論を実践の中で脱構築しています。

★今回は、そのような教育の歴史に学にながら、革新的伝統を現代化している成城学園の教育についてもお話を聞けるチャンスもいただきました。そこに確かに革新的未来があると実感しました。詳しくはぜひYouTubeをご覧ください。成城学園の歴史的功績と現代そして未来においていかに意味があるか目からウロコとなるでしょう。青柳先生、お忙しいにもかかわらず、気づきの多い機会をありがとうございました。

★本ブログでは「成城学園」というカテゴリーを新たに追加し、第三の≪私学の系譜≫としての意義を今後もメモしていきたいと思います。

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