成城学園

2025年3月 9日 (日)

私立学校の教育の質の展開(01)成城学園の生徒の視点

成城学園のホームページに、NHK(2025年2月26日)でも取り上げられている「除染によって取り除かれた土を2045年までに福島県外で最終処分することについて、自分たちの世代の問題と感じ、同じ若い世代に広く伝えようと取り組んで(NHK)」福島学カレッジで最優秀賞を2年連続受賞した高校2年生の記事が掲載されています。

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(言葉の世界で溢れている成城学園)

NHKの記事を読む限りでしか、その研究内容はわからないですが、3・11に対する情報や知識を自分たち世代はどのくらい知っているのか理解しているのか事実を丁寧にリサーチするアンケートやインタビューを重ねています。たとえば、自分たちが将来解決しなければならない大きな課題「除染で出た土などを2045年までに福島県外で最終処分すること」についてなど1000人以上の声を集め分析しています。

★アンケートやインタビューの過程で、福島の復興は進んでいると思っていたが、そうでないことを知って調べてみたいという反応などもあったようです。

★復興の光と影を見出し、私たちやマスメディアが見落としている盲点がまずどこにあるのか、社会学的想像力を働かせながら、リサーチし、その盲点をまず多くの人と共有していく活動は凄いことだと感じました。

★福島学カレッジの知のリーダーは、東京大学大学院情報学環の開沼博准教授です。社会学者で、参与観察をするアクティブでもある研究者ですから、福島学カレッジにかかわる多方面から参加しているスタッフとそこに応募してきた生徒と多くの時間対話をしていることでしょう。

★中道・知識・外部に対するものの見方・考え方が劣化している今日、ポピュリズムの刹那的な価値観にどこまで対抗できるかどうかわからないけれど、真摯に情熱的にミッションを果たすべく、中道・知識・外部への眼差しを次世代に共有していこうとしているのでしょう。

★内部に閉じこもって固定された価値観や考え方、感じ方から開かれるための知は次世代にとっては大変重要な資質・能力です。その出発点の1つに社会学的想像力があるのでしょう。福島学カレッジに参加した高校生がその視点を学び、実践研究をしたり、広めるパフォーマンス企画をしたりして、次世代に拡張しようとしているのでしょう。

★成城学園の高2生もそのミッションとパッションとイノベーションを自ら多くの人と協働して生みだし、そこからクエスチョンを立ち上げ続けていくのでしょう。そのような生徒がたまたま成城学園から生まれたのでしょうか。そうともいえるし、やはり経験をベースに対話やディスカッションを大事にし、常に問い続けるコンセプトを共有している言葉の世界がある成城学園の教育の影響もあるのではないでしょうか。

★もちろん、数少ない情報では、それは憶測にすぎませんが、そういう期待を抱けることは私自身にとってはありがたいことです。

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2024年4月10日 (水)

青柳先生の教師のあり方=Beingは構造論的実存主義

★昨日、成城学園の青柳圭子先生のところに伺いました。東京私学教育研究所で実施した「私学教員のための組織マネジメント研修」の研修コードについてご意見を聞くためでした。研究所の研修コードは、ベースが「思考コード」で、同研修の委員である青柳先生は「思考コード」について熟知されているので、研修中から対話していた経緯があります。組織マネジメントのメインテーマは、「自分が変わる」ことによって「他者も変わる可能性」を体感するワークショップでした。自分から自己へ自己から自分へという、主観と客観の在り方が対話的主観に変質していく自分。

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★そんなことをあちこち飛び回りながら対話していると、そういえばと、新刊「シリーズ学びとビーイング~学び続ける教師のあり方(Being)とは?」を頂きました。青柳先生ご自身も寄稿されていたので、対話しながら目を通すと驚きました。今対話していることがすでに青柳先生は論考しているのです。

★『子どもの学びを支える、私たちの「Being」』がタイトルですが、このタイトルが論稿のコアコンセプトでした。教師のあり方とは、ひとり教師のあり方ではないのです。もちろん、教師一人ひとりそれぞれの「あり方」なのですが、それは子供の学びのあり方と同僚のあり方、そして学校のあり方、社会のあり方など関係総体の中で、オリジナルの「あり方」が生まれてくるという息吹がタイトルを通して論稿全体に広がっていました。

★大変哲学的です。ハイデガーとかフッサールとか実存主義というか現象学的というかそんな哲学的な対話が青柳先生とは展開されるのですが、今回の論稿もそうです。

★しかし、一方で青柳先生はフィールドワークという現場に身を置いて感じたり考えたりする方ですから、構造主義的というか文化人類学的でもあるのです。

★さらに、韓愈の思想から、あり方とやり方と迷いを払拭する道/未知の探究の発想を取り出しています。まさにやり方と道/未知を探究する泉としてのあり方を語ります。

★そうして、その泉はどこから湧き出るのか。生徒と同僚など多くの人との対話から生まれるのだと。互いの主観を大切にしながら対話的に主観が成長していくわけです。主観と客観の二項対立が生み出す個性の無化を対話的主観によって取り戻す生き様というあり方。「私たちのBeing」となるわけです。ここは現象学的ですね。

★AI時代は「やり方」はもしかしたらAIにかなり任せることができます。しかし、AIは道/未知を探究することは今のところありません。既存の情報を分解し統合することは得意です。しかし、教師は道/未知を前にして不安になりながらも希望を同時に生み出す泉が内面にコンコンと湧いています。それが枯渇せず豊かになっていくことが今後大事になるでしょう。

★いかにしてか?その解答の大きなヒントを青柳先生は経験的に直観しています。そして、今後中高と大学で授業を通して生徒と学生と対話していくことによって、言語化されていくことでしょう。楽しみです。

★それにしても、韓愈とトゥールミンを青柳先生は大切にしていますね。両者とも思想家であり哲学者です。青柳先生の深い学びのあり方の源泉の1つでしょう。特に韓愈はいわば思想のルネサンスを巻き起こした詩人でもあります。

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2024年2月24日 (土)

22世紀型教育準備へ(15)成城学園 森の小径を歩いていくと世界が開かれる 随所に茶室の仕掛け

★先日、成城学園に伺いました。青柳圭子先生と同校創設者澤柳政太郎のアート・プロデュースの発想を不易流行とするプロジェクトについてお聴きするのが目的でした。成城学園のキャンパスは、大名庭園のランドスケープが埋め込まれています。大名庭園は、大きな池の周りを散策できるように設計されていて、その道行のところどころに橋が架かっていたり、茶室があったり、東屋があったり。もちろん同校のキャンパスのど真ん中に池はありませんが、広いオープンスペースがあるわけです。

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★その広い敷地を歩いていくと、森の小径を抜けていくところがあります。まるで茶室の躙り口に向かって歩いていくような感覚です。そしてその小径の坂を上っていくと急にキャンパスが空にそびえ立つ感じでパッと開かれます。そして、また校舎に入ると今度は言葉の森の空間が広がっています。

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★校舎の中の空間は、クリエイティブなスペースとロジカルなスペース(非日常空間と日常空間)が、伸縮自在に非対称的だったり対称的だったりと展開していきます。「未知」であり「道」でもある空間です。歩くという時間も加わりますから。時空デザインがすてきです。具体的にはいずれどこかで詳しく述べたいと思っていますが、一度拝見しただけでは捉えきれないですね。

★中高が、両翼になって建っていて、それをつなぐ架け橋であるデッキから眺める景色は山頂から眺めているような。まさに大名庭園ですね。大名庭園は、スモールコスモスのメタファーだし、未来の都市創りのメタファーでもあります。実際、世界は明治前夜に日本に出合い、江戸の大名庭園がひしめいているランドスケープを見て、ここはパラダイスだと感嘆し、現在にも影響を与えている環境都市建設の原型になりました。イギリスのレッチワースの田園都市が有名ですね。

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★政府のデジタル田園都市構想のルーツは今は幾つかしか残っていない大名庭園だったのです。この田園都市構想は、そもそも国分寺崖線の延長上にある二子玉川を見下ろす瀬田に居を構えた政治家たちがイメージしたアイデアです。この瀬田から少し東にシフトすると五島美術館があります。もともと五島慶太翁の自宅ですね。この自宅も国分寺崖線の地形を生かした大名庭園になっています。

★それに、もともと田園調布を開発した渋沢栄一の息子と五島慶太翁の壮大な東急電鉄の構想自体が、都市の周りを電車や車が走り、都市の中は環境にやさしい環状型の理想都市レッチワースをモデルに構想していて、グランドデザインは五島慶太翁だったのです。いや、渋沢栄一の息子が見てきてレッチワースです。いやレッチワースの田園都市を構想したエベネザー・ハワードです。いやハワードがモデルにした大名庭園です。

★ハワードの生きた時代は、イギリスが産業革命後世界の覇者になっていく時代です。そしてその繁栄の光とは真逆の影が深く広がってもいた時代です。労働条件は最悪で、女性や児童の生活環境の悪さ、貧困格差、そして環境の悪化が進んでいた時代です。環境都市、貧困格差のない都市と農村(自然)と人間性の循環を果たそうとする理想都市をデザインし、田園都市を実際に構築しました。理想のコミュニティで、19世紀末から20世紀初頭にかけて、イギリスばかりかドイツにも広がっていったのです。このとき、大名庭園やその中で営まれた日本文化の様々なツールや芸術作品がヨーロッパに広がり、ジャパノロジーがウィーン世紀末で広がります。

★その広がりにストップをかけたのが、2つの世界大戦です。しかし、戦後の世界人権宣言やWHOの健康概念の宣言から理想的都市計画が模索されました。何せ戦争によって荒廃した都市の脱構築は世界中で必至でしたから。特に1972年の「成長の限界」と「Only One Earth」という、現在のSDGsにつながるテーマが前面に出てからは、レッチワースは環境にやさしい都市創りの再びモデルになり、現在に到っているわけです。コンパクトシティーとかスマートシティーとかの源流は、そこですが、ルーツはなんと大名庭園。

★この理想都市構想が世界の息吹となっていた時、大正自由教育の拠点が成城学園です。国分寺崖線の延長上にある成城台地で学園都市構想が立ち上がった時期です。成城学園構築が先か成城学園都市構築が先か、調べていませんが、この国分寺崖線上にICU、成城学園、田園調布があるというのは何か発想のつながりがあるはずです。文化人類学的にはラインの構造というものでしょうか。

★そして、そのような壮大な日本の都市構築の不易流行としてのグランドデザインが、成城学園のキャンパスと校舎の時空に埋め込まれていることに驚いています。

★青柳先生の、成城の森を拠点に、他校の自然と都市と生徒の精神的成長をつなげていく壮大な教育グランドデザインは、ビジネスプロデュースとは違うアートプロデュースそのものです。大名庭園は、日本の建築業界を創った、実際に丸の内の赤レンガの東京駅やその周辺の街並みはジョサイア・コンドルが弟子と共に設計したのですが、そのコンドルが、ヨーロッパに報告して伝えたアート作品だったのです。

★そういえば、今は丸の内に移って、閉館されていますが、岩崎家の静嘉堂文庫は、国分寺崖線上の岡本の地に建っています。

★建築は、もともとアート作品だし、ランドスケープの中にどう配置するかというのはアートプロデュースです。もちろん、今ではビジネスモードの部分が前面に出ていますが、背景にはそういうことです。

★青柳先生は、ルビンの壺よろしく、ぞの図の部分と地の部分をひっくり返そうということ。つまりコペルニクス的転回をプランしているのでしょう。私立学校の教育を、ビジネス市場からアート市場に転換する。新しい学校都市構想ですね。今後が楽しみでなりません。

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2024年2月11日 (日)

2025年変化する中学入試(28)ザ・成城学園に期待

★2月6日、小澤征爾さんが逝去されました。そのことについて、成城学園のサイトでもご冥福をお祈りするコメントが掲載されています。成城学園の卒業生であると同時に、当時子供のための音楽教室が桐朋女子に移管されていて、反田恭平さんなどを輩出している桐朋女子高校音楽科設立のタイミングで高校から今の桐朋学園大学音楽学校に進んだということです。そして、貨物船に乗船し、スクーターを持参して渡欧したわけです。そこからは、もう破竹の勢いで、世界の小澤になっていくのは周知の事実ですね。

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★当時は、まだ1ドル360円の固定相場制の時代です。今のように海外にだれでもが行ける時代ではありませんでした。私の叔父が小澤征爾さんと同世代で、今の芸大ではなく、まだ東京音楽学校のころそこで学び、どうやってイタリアに行ったのかわかりませんが、モナコというテノール歌手に弟子入りしていました。花は開かなかったのですが、イタリア国籍を取得して、当時留学事情は、今のように完備していなかったので、芸大の留学生はイタリアでパスポートやビザなどの関係で困ったら(当時の治安はよろしくなかった)、ローマの本間を頼りにせよといわれていたと、あとで叔父にお世話になったという建築デザイナーに聞きました。

★叔父はときどき帰国し、小学生1年ころ私にピアノを手ほどきしてくれました。残念ながら私はピアノはまったくダメで、すぐにやめてしまいました。ただ、その叔父のことや中学生になったときに知ることになる小澤征爾さんの今でいうグローバルなアクションは、今でも私のロールモデルの1つです。とはいえ、海外に飛び出すことはなかったし、こうして静かに生きているわけです。

★ただ、叔父に憧れて、高校は叔父の母校に進みました。母校は自由気ままな教育が行われていたし、下宿をしていたので、同じ下宿の先輩後輩とよく議論をしていました。大学は東京だったので、カトリックの寮で3年間過ごしました。愛光、静岡聖光、ヴィアトール洛星、六甲などのカトリック学校出身の寮生が多かったですね。先輩を頼って公立出身の私が混じっていたのは、異例だったかもしれません。

★しかし、自由な校風で高校生活を送っていたので、寮生活はすぐになじめハッピーだったし、いろいろな中高の教育があるものだとそのときに大いに刺激をうけました。

★それぞれの寮生が通う大学の授業もひょうこひょうとついていき、講義を聞いたり、そこの教授と話をしたり、牧歌的な時代でした。そんなとき、成城大学の先輩もいて、クラシックの話をよく聞いたものです。マーラーの2番復活は小澤征爾さんのLPレコードで聴いたと記憶しています。

★大江健三郎さんがノーベル賞を受賞した時、私の居住地が大江さんの自宅までバスを使えば1時間かからないので、なぜか拝みに行きました。ただ単に大江健三郎さんの若い時の私学論と自分のお子さんを私立学校に通わせてからの私学論がシフトしていたので、気になっていただけなのですが。そのときに、成城学園のあたりも歩きながら、なんともいえない学園都市の空間に魅了されたものです。

★その後島根県で小泉凡さんと出会うこともあり、成城学園出身だという話で盛り上がったりしたました。そのとき、凡さんが大江さんに今のノーベル文学賞受賞者のラインナップをみていくと、小泉八雲の時代が来ましたよと声をかけられたという話を聴いて、小澤、寮時代、大江、小泉という成城学園にかかわる何かを感じていました。

★そして、キーンツハイムにあるアルザス成城に立ち寄る機会があったり、アルザス成城が活用していた元修道院の場所を活用していろいろな教育プログラムを企画する仕事をしたりして、成城学園への憧れみたいなモデルが私の中にできたような気がします。今後のアルザスと日本の教育についてヒアリングに羽田孜元首相のところまででかけていったりもしたほどでした。

★また、お世話になった東京私立中学高等学校の副会長だった實吉先生が、よく「ゆるやかな理念共同体として私学論」を語ってくれたとき、江原素六や福沢諭吉、新渡戸稲造、内村鑑三、石川角次郎を≪私学の系譜≫のルーツとして論じるのはもちろんいいが、本間さんは公立出身だろう、私立と公立の融合点を探れる澤柳政太郎を忘れているんじゃないか、もっと勉強したほうがよいよとアドバイスをくれたときがありました。

★實吉先生は麻布出身なので、麻布の創設者江原素六を大切にしていましたが、私学と官学の現状で一線を画する時と未来を考える時では、区別していて、柔軟な視野を広げていました。

★澤柳政太郎と言えば、成城学園の創設者です。21世紀型教育でPBLをデザインしていく時、たしかにそのルーツである成城学園に学ぶことは必須でした。ただ、そのときは、まだ私は、ハワード・ガードナー教授とシーモア・パパート教授に影響を受けていたということもあります。またローティを通してデューイの重要性を知ってはいたのですが、ローティーの哲学をじっくり探究する時間がなくて、なにより難しくて、デューイは後回しになってしまいました。

★ところが、思考コードを制作している途中で、成城学園の青柳先生と対話の機会を頂けるようになり、高校に勤務するようになってから、さらに直接お話しできる機会を得ることができ、成城学園が近くなってきました。そして澤柳政太郎の文化遺伝子に直接触れる経験が持てたし、ダイレクトにデューイの本を読めばよいと気づくやそこからは、成城学園が、「ザ・成城学園」であるという認識が確立していったわけです。境新一教授のゼミの学生とも親交があり、ますます「ザ・成城学園」だなと。

★なぜ澤柳政太郎なのか。最近業界人や異業種のリーダーから2045年以降の学校の姿を具体的に問われることがあるのですが、そのときのロールモデルは「ザ・成城学園」ではないかと思っているからです。

★今年の中学入試の出願数では、昨年爆増でしたから、隔年現象でしたが、定員確保には全く影響がないわけですが、ただ帰国生入試の出願数が増えているのです。これは今年の帰国生入試は減少傾向で、2月1日以降の国際生入試が増加傾向という、外国語を学んでいる受験生の新たな胎動が生まれている中、逆に帰国生入試で人数が増えているのというは、「ザ・成城学園」のなんらかの魅力が海外に知れ渡り始めたということでしょう。

★「ザ・成城学園」。成城学園という一つの私立学校というだけではなく、私立学校全体そして教育全体、そして成城学園という都市と大学と初等中等教育学校、幼児教育という関係性の新しい世界都市モデルという意味で、今後の期待がかかります。

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2024年1月 6日 (土)

2024年中学入試(34)成城学園 アート・プロデューサーが生まれる学校 ガブリエルと境教授から着想を得て

★新年になって、マルクス・ガブリエルの「アートの力: 美的実在論」を読んでいました。なんとか本文までは読みました。昨年6月に邦訳発刊されていますが、邦訳の原典は、2018年にフランス語版で出版されているものです。ガブリエルは、多言語を自由に操るといわれています。最初からドイツ語ではなく、フランス語で出版したのかもしれません。アートはやはり、パリからという発想だったのかもしれません。もちろん、私の妄想です。ガブリエルは、カント的な構築主義とはことなるアートという力の存在を想定していたので、あえてフランス語でかなと思っただけです。

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★昨年の夏、成城学園の青柳圭子先生に、キャンパスの空間や森の空間、山々の空間で生徒がどう感じるかについて対話をしました。島皮質のAWE体験で盛り上がったのですが、このAWE体験プログラムを青柳先生はアート・プロデューサーとしてデザインしていたということに、ガブリエルの同書を読んで気づいたのです。

★青柳先生は、OB・OGと協力して、生徒自身が自分の興味と関心を可視化し、追究していく探究プロジェクトを多数行っていますが、その興味と関心こそアートの力という存在の現われだったのです。アートというのは、論理的に構築されもしますが、そもそも構築を促す興味と関心は、最初から構築されているのではないはずです。

★ガブリエルは、そのことをおそらく語っているのだと思います。興味と関心という情動は、アートの力として、幼少期から今ここに到るまでの自然とのふれあい、人間とのふれあい、多様な問題との直面などなどすべてが関係して創られてきたものです。そして、それは人生をかけて豊かにされていくものです。

★成城学園は幼児期から大学院までの総合学園です。ですから、その人間が主観を廃しながら論理的に構築する産物ではなく、主観も客観も超えて、アートの力が生徒1人ひとりの人生全体の関係性から生まれてくる居郁デザインがなされているのだと思います。それが大正期から連綿と続いている大正自由教育の理念の具現化だったのかもいしれません。しかし、一般には、その力を主観的だとか恣意的だとかいう言葉で壁を創り、こじんまりとした平凡ないわゆるわかりやすいという平均的な認識が構築されてそれが生活を支える政治経済活動のルーチンが構築されてきました。

★ところが、パンデミックによって、そのような平均的な生産社会にこだわっていたのでは、乗り越えられない新しい問題がたくさん現れてきました。自然と社会と精神の関係総体をアート・プロデュースしなくては、地方と都市の格差は広がるばかりだし、都市の中でも格差は広がるばかりです。気候変動は激しくなるばかりです。なぜなら、パンデミックによって、平均的なものはすべて機能停止し、平均を超える認識と行動をしているものに富が集中しているからです。放置しておくと、自然と社会と精神の結合はどんどん分断されていきます。

★したがって、このような富の集中による格差は、全体の関係性の軽視につながり、その広く全体を結びつける力が、つまりアートの力が弱くなったとき、地政学リスクは破壊的なクライシスを生み、気候変動はますます八岐大蛇のように手に負えなくなってくるわけです。パンデミック以降、それがますます増幅しているのは、偶然ではないでしょう。

★そんなことを考えて生成AIと会話しながら検索していたら、成城大学の境 新一教授の論文「アート・プロデュース論の枠組みとその展開― デザイン思考と戦略情報の抽出に関する考察 ― 2016年」に出遭いました。少し引用します。

「アート・プロデュースの概念構成には,アートとビジネス,プロデュースとマネジメントの要素だけでなく,技術/テクノロジーが必要であり,その基礎となるのが様々な情報である。さらには,芸術,歴史,文化,思想,社会,経済という人文・社会科学分野に加えて,自然科学分野である工学の知識をも包括する,感性と知性をあわせ持つ,総合的な創造性を探求する必要がある。また,従来の分析主体の細分化,専門化した縦割り思考とは異なり,幅広い知識と個別技術を組み合わせながら,人間中心にシステムを構築する,総合・統合の思考が必要であり,そうした能力をもつ人材を育成することも求められよう。そのため,美的・機能的な側面を基本に,横断的な知識の融合と豊富な実習体験を通して,概念創造から個別の作品,商品の創造・管理まで,新しい価値を備えたシステムを創造する必要がある。 」

★もしこれを経済やビジネスという枠を外して(括弧にいれて)読んでみると、ガブリエルとも親和性があるなあと感じたのです。もちろん、哲学と経済学とのアプローチは違うでしょうが、「分析主体の細分化、専門化した縦割りの思考」という要素還元主義的な発想ではなく、「幅広い知識と個別技術的を組み合わせながら、人間中心にシステムを構築する、総合・統合の思考という関係総体主義的な発想という点で親和性があると思うのです。

★そのような関係総体主義的な発想をもつ人材を育成するために、「美的・機能的な側面を基本に,横断的な知識の融合と豊富な実習体験を通して,概念創造から個別の作品,商品の創造・管理まで,新しい価値を備えたシステムを創造する必要がある」。つまり、アート・プロデュースなのだと。

★青柳先生が共に探究プロジェクトをデザインしているOB髙木生太さん(外資系のコンサルタント)とサイバー上ですが、対話をしたことがあります。また、一般社団法人ビーラインドプロジェクト起業メンバーの一人仲野想太郎さんと和洋九段女子のミニプロジェクトを開催したことがあります。仲野さんは、成城大学3年生です。

★そして、髙木さんも仲野さんも境新一ゼミの先輩後輩の関係なのです。昨年仲野さんは和洋九段女子の地方創生のプロジェクトにも同行しています。なぜなら、このプロジェクトと境教授は連携していたため、ゼミ長としてサポートに入っていたのです。

★私は知らないうちに、成城学園のアート・プロデュースに魅了されていたということに気づき驚愕し感動しているのです。成城学園グループは、まさにアート・プロデュースできる人材が育つ教育環境をデザインしているのですね。

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2023年11月 9日 (木)

成城学園 文化人類学的体験を通して哲学する

★前回は、C1英語の学びは日本の教育を変えるレバレッジポイントになると話しました。なぜなら、無意識のうちに英米の哲学的シンキングが身につくからです。東大の松尾豊教授や千葉工大の伊藤穰一学長のように、AIも人間も多言語であれば能力の精度は上がるのだと語るのも、メタ哲学とかメタ思考が互いに相互補完するからです。実はこのメタ思考の相互補完が大事であれば、C1英語に限らずいろいろあるのです。

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 GLICC Weekly EDU 第146回「成城学園中高 つながる体験学習ー自然体験、海外体験の意味」

★たとえば、成城学園の教育が格好の例です。相互補完する教育プログラムが多すぎて、最近GWE(GLICC Weekly EDU)で、同校の青柳先生のお話は、一つのテーマを深堀するのがルーチンになってきました。説明会では概要の話にならざるを得ないのでしょうが、動画では1つのテーマを深堀することができます。

★最近では、成城学園の6年間通しての体験プログラムのデザインについてお聴きできました。すると、なるほどこれは文化人類学的な体験だなと感心してしまいました。ロジカルシンキングはもちろん大切だし、ふだんから成城学園は実施しています。

★しかし、そのような「科学的思考」ではとらえきれない、レヴィ・ストロースが見出した「野生の思考」を体験の中で開発していくのだということがわかりました。「野生の思考」とは最近のフレーズでいえば「非認知能力の思考」ということでしょう。

★レヴィ・ストロースは、「科学的思考」と「野生の思考」のバランスを考えていたと思います。まさに両思考様式の相互補完ですね。

★実は、別のGWEの回では、青柳先生は、国語の授業の中でトウールミンモデルを活用しているとお話しくださったことがあります。京大の松下佳代教授も「探究」の中で、推奨している手法ですね。松下教授の中でも「探究文化」と「受験文化」の相互補完の話が出てくると思いますが、要は相互補完ですね。それがあるから一つの方向性に固執しない「訂正する力」が東浩紀さんではないですが作動するのでしょう。

★それはともあれ、トゥールミンモデルも、イギリスの分析哲学者トウールミンの開発したモデルです。まさに哲学シンキングそのものなのです。

★ですからC1英語ではなくても、青柳先生のようなC1日本語をトレーニングする授業があれば、メタ哲学が作動して、体験とメタ哲学が相互補完し合うわけです。このC1日本語をもってして、生徒が他教科を学ぶと自己組織化された教科横断が生徒の内面で作動するのです。

★おそらくそのような生徒は多言語に関心を持つでしょう。大正自由教育から今もその燈を燃やし続けている成城学園の日本の教育における歴史的意義はこういうめちゃくちゃ具体的状況に生きているのです。この具体的状況という生の中に浸って教育を創り続けている教師の存在。これこそ、具体的生の中で、教師や生徒という仲間と共に生を創り上げる文化人類学的所業であり、そしてその中で哲学する姿です。今、シリコンバレーで文化人理学的なアクションとその中で思考する哲学シンキングが重要だとされていますが、成城学園はすでに大正時代から行っていたのです。

★なんといっても、100年前に生まれた文化人類学は、デューイと相互補完関係にあったのですから当然です。

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2023年11月 1日 (水)

2027年から移行措置が始まる新学習指導要領がヤバイ!?

★少子高齢化やエネルギーの転換、AI時代突入など、2027年から移行措置が始まるだろう新学習指導要領の改訂射程が次のような座標で表現できると予想します。

【学びをめぐる環境視座】

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★現状でもこの射程をビジョンに収めている私立学校はたくさんあります。しかし、もしかしたらやっているにもかかわらず、哲学なんてやっていないとか起業家精神も授業では育ててないとか、AIなんてまだこれからだとか、学びではなくまだ勉強だよなあとかいう声も聞こえます。

★確かに、まだまだ気づかれていないかもしれないし、部分的かもしれません。また文部科学省が直接このようなことをいう可能性は少ないかもしれません。

★しかし、シリコンバレーをはじめとする世界各地のイノベーションバレーが常にクリエイティブ×イノベーティブを進めるにあたり、マインドフルネスや哲学コンサルタントなどをいれているし、プロジェクトという学びは必須ですし、そもそも起業家精神であふれています。しかもThink globally, Act locallyというグローカルマインドがそれです。今やコンピューターサイエンスは生成AIをはじめとするAIイノベーションは当然の流れです。

★したがって、文科省や経産省がこの流れを無視することはないでしょう。

★まして、世界中が日本の田園都市構想にヒントを得た(そのことを日本人は知らずに軽視しているが、東急電鉄はそれを保守している)スマートシティーやエコシティーへ移行するわけです。

★上記の学びをめぐる環境視座が必要です。この視座を各学校の教育にあてはめてみて、どのくらい重なりがあるか?重なっている部分が多いほど選んだ方がよい学校です。塾も同様です。

★この視座は、孫泰蔵さんや伊藤穣一さんの考え方のレンズにも重なります。

★成城学園の青柳先生が、大学で教職教養の講義をされているようですが、そこで孫さんの「冒険の書」を紹介されたということです。素敵で過激ですね。しかし、教師志望者にとって未来の学校で教鞭をとる時は、上記の【学びをめぐる環境視座】が拡張していることでしょう。

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2023年10月 7日 (土)

成城学園の魅力 多様な国内外の体験学習の意味

★昨夜、GLICC Weekly EDU 第146回「成城学園中高 つながる体験学習ー自然体験、海外体験の意味」で同校の青柳圭子先生(広報部部長)のお話を聴けました。中学から高校まで、海や山の大自然の中で体験からオーストラリアやイギリス、カナダ、アメリカなど多様なプロジェクトがマルチスパイラルを描きながら深く広くなっていきます。

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★高校の修学旅行は20コースあって、選択制だし、複数参加しても構わないというのですから、生徒の主体性が豊かになったいることを示唆しています。

★海や山の体験の3つの基本要素は、高校卒業までのプロジェクトにまで共通しています。それに英語だとか多様なアドベンチャーとか意思決定とGRIT精神などが自分事として高次に内面化されていきます。

★その3つの意味や具体的にどうプロジェクトが発展していくのかについてははぜひご視聴ください。

★今回さすがだとまたまた感じ入ったのは、このプロジェクトを企画し準備し実行しリフレクションする一連の過程の中で、生徒のみならず、教師も学び成長するのだと青柳先生は語るのです。

★学校の改革とか教育の改革とかは、制度的な改革ばかり注目されがちですが、実は生徒も教師も成長するというトランスフォーメンションが持続可能であることが、学校や教育の質がアップデートしているということでしょう。

青柳先生が学内外で活躍し、経験を積みながら理論も蓄積しているので、「意味付け」という哲学的洞察力が鋭く豊かなのです。受験生・保護者だけではなく、学校の先生方も必見です!共に影響し合いましょう!

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2023年9月12日 (火)

Awe体験ができるキャンパスが重要な訳 成城学園のキャンパス

東洋経済ONLINE2020/11/05 9:00の記事「大自然に触れた人の脳が驚くほど活性化する訳 ちっぽけな自分を感じ利他的に動きたくなる」は脳科学者岩崎 一郎先生(医学博士)が書いています。岩崎先生は、大草原や大海原、あるいは星空など、自然を前にして圧倒される経験のことをAwe(オウ)体験として紹介し、このAwe体験が人間のセルフレスや創造性を豊かにすると語っています。そして、大脳皮質のうち特に島皮質が関係していると。このAwe体験をもちろん知っている私はすぐにfacebookに投稿しました。すると同じくAwe体験を大事にしている成城学園の広報部長青柳先生は、この記事に共感を示され、コメントを書き込んでくださいました。

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(写真は成城学園のサイトから)

★青柳先生が共感されたのは、もちろんご自身生徒と共に山々を登頂する教育実践家でもあるからでしょうが、それがオール成城学園の教育の通奏低音として響き続けているからだとふと思ったのです。

★そして、サイトを検索して調べてみようと、同学園サイトを開いてみました。するとすぐに上記の写真が目に飛び込んできました。なるほど!と感動。というのも、このエントランスの階段は、大自然を呼び覚ます空間だと思ったからです。

★おそらく、階段を登らなくても、校舎に入れるようになっているはずですが、あえてこの階段を設計したわけです。このような階段や丘の上の私立学校は、登下校の時に大自然の息吹を覚醒するようにアフォーダンスされているのだと気づいたのです。

★イサム・ノグチの二つの庭園を見ればそれはわかります。1つはたとえば、パリのユネスコの日本庭園、もう一つは札幌のモエレ沼の庭園。両方ともイサム・ノグチの設計です。前者はいわゆる日本庭園風のモチーフですが、後者は完全にイサム・ノグチの彫刻で編成されています。前者は自然とイサム・ノグチのアイデアの融合ですが、後者はイサム・ノグチのアイデアが前面にでています。ピラミッドのような彫刻というか小山、プレイランドというなだらかなスロープを上り下りできる平たい広大な台形型の平原など。

★イサム・ノグチは、これらの作品は人々が歩いたり触れたりしたとき、はじめて彫刻は完成すると考えていました。多くの人のクリエイティビティが響き合うからでしょう。つまり、多くの人の島皮質が活性化する空間ということです。

★Awe体験の特徴として、岩崎先生は、アメリカ・アリゾナ州立大学のシオタ博士の研究を引用して、次のようなことを挙げています。

①マインドフルネスを行ったように、何ごともありのままに受け取ることができるようになる

②心と身体をリラックスさせる

③好奇心を引き出す

④人と心のつながりを作る

⑤利他の心を引き出す

⑥身体を健康にする

⑦創造性を引き出す

⑧希望に満ちた状態になる

⑨幸福感が高まる

⑩嫉妬心など、ネガティブな感情が少なくなる

★良いことばかりですね。もちろん、過ぎたるは及ばざるがごとしですが、基本セルフレスや創造性を生み出す島皮質に良い影響を与えるというのがAwe体験であるという脳科学の成果は、実感として合うような気がします。

★こうして考えると、リアルな自然体験の重要性が明快に科学的に裏づけられるし、Awe体験を覚醒するキャンパスの設計デザインもまた大切であるということになりそうです。

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2023年7月 7日 (金)

成城学園の社会科の入試問題から見える 成城学園の複眼思考力を育成する教育

★成城学園の中学入試問題は、興味深いものが多いので、ホームページで公開されたらときどき見てみます。今年も面白い問題ばかりですが、1回目の社会科の2番目の問題は、ちょっと感動的でした。

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★この課題文の理解には、深い学びが必要です。というのも、覚える問題というより、世界地図を眺めていたり、日本の地形を眺めていたりしていると推理して解ける問題が多いのです。問いのつくりも実におもしろいですね。

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★問2などは、「ロシア」を答えるのではなく、ロシアを説明している文を選ぶというラテラルシンキングを稼働させる問いがつくられています。世界地図を眺めておく必要があります。中学入試の段階ですから、世界地図を鳥瞰していればまずはよいのですが、この問題は、中高では地政学的な文脈で探究していくことが予想できますね。

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★また産業構造の転換を考える問題なのですが、当然中高では、この延長線上に未来の産業を探究する学びの場があることが予想できます。他にもSDGsに関連するような問いも出題されているし、鉄鉱石生産国ランキングを応えるような問いは、暗記というより、地質学的な想定というかパンゲア時代に知の冒険をするような学びが中高にあるのだろうなあとワクワクしてしまう問題でした。

★要するに、地形学、地政学、地経学、地質学、未来学など、複眼的な思考を養う深い学びが中高で行われていることが予想できる問題なのです。

★先に掲載した課題文の背景にこんなに多角的なアプローチが広がっているのです。学びとは何か?そのモデルが成城学園にはあります。それが分かる入試問題。すてきですね!

 

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