聖パウロ学園

2021年9月16日 (木)

多層的・多極的課題意識 総合型選抜の要 工学院型

★大学入試は、推薦入試や総合型選抜の準備がピークを迎えようとしています。志望理由書や小論文について、勤務校の教員も日々面談対策で対話が溢れています。私も時々手伝いますが、学年団や担任、進路指導部の教員の情熱や行動力、サポート力に頭が下がります。

★そんなこともあり、9月24日のGLICC Weekly EDUでは、工学院で出会った仲野想太郎さんと同番組主宰の鈴木裕之さんと総合型選抜について対話します。

Photo_20210916053401

★仲野さんとは幾度かZoomで対話してきて、それについて、本ブログでも触れています。仲野さんの課題意識の分厚さには圧倒されるのですが、そのイメージは次の図のネットワーク型モデルです。

Photo_20210916053601

★志望理由書には、好奇心や興味・関心について当然触れるのですが、それが階層モデルで言えば、どこまで深堀しているのか、ネットワークモデルでは、どれぐらい多角的あるいは多極的な意識のアプローチがあるかによって、課題意識の分厚さ、質の高さが決まります。

★小論文にしても、与えられる社会課題を自己課題と照らし合わせて考えていくのか、多層的あるいは多極的に捉えていくかでは全く違います。

★そして、生徒と対話する時、論述する時は、順序づけが大事なので階層モデルになりがちですが、対話は多極的に対話してみるとその生徒の根源的な志向性が現われてくる場合が多いです。

★階層モデルを使うと、深堀するのは時間がかかり、時間切れで途中で終わったままになりがちです。

★授業も結局講義形式だと深堀出来ず、知識習得で終わりがちです。やはりPBL型が必要です。

★仲野さんは、工学院の21世紀型教育本格推進一期生で、総合型選抜をネットワークモデルの環境で学びました。工学院型の総合型選抜準備をしてきたスーパーモデルです。24日に対話できるのが楽しみです。

|

2021年9月10日 (金)

生徒理解と集合論と現象学的還元と本質直観

★先日、勤務校の数学科と一橋大学の今年の数学の問題🈩を通して、数学的思考が経済や経営、法律などにどう役に立つのかディスカッションしました。本日は日本大学文理学部の土屋弥生准教授に生徒理解と現象学的還元や本質直観がどう関係しているかご教示いただきました。

51kbmd7xw0l_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_

★私たちは、普段、物事を理解する時に、認識の眼鏡を通すわけですが、素朴なまでにその眼鏡がないかのようにコミュニケーションをとっています。その眼鏡を自覚して先入観や偏見を外すことが現象学的還元というものらしいです。

★これをするのに、多角的な面からクリティカルシンキングをするのもいいのですが、現象学的還元は省察という行為によって、セルフリフレクションする方法です。

★この現象学的還元を作動させないで、コミュニケーションをとると、当たり前のものになっている眼鏡で、他者を観ます。他者も同じようにみます。すると、そこには互いの志向性が何か確認しないで理解しますから、当然トラブルが起きます。

★しかも恐ろしいことに、この互いにズレた他者理解をしていることに気づかないまま行き着くところクラッシュするわけです。けんかになる場合もあるでしょう。一方がストレスを感じて事件が起こることもあるでしょう。

★相互現象学的還元による間主観形成が大事だということです。

★しかし、それはいかにして可能か?省察とは何ぞや?

★それは、数学科と話し合った集合論の視野をもつことだということにつながりました。

★現象学的還元をせずにコミュニケーションをとっていると、それぞれ違う部分集合をみて、話をしているわけで、かみ合いません。また部分集合を包摂する全体集合に気づきませんから、視野狭窄になります。

★結局、コミュニケーションを救うのは数学的思考による現象学的還元をし、そもそも互いに何を志向しているのか、本質直観できる見通しを持つ必要があります。

★フッサールは、当時のナチスの台頭を生み出してしまう学問の危機を現象学的還元し、警鐘をならしますが、排除されます。しかし、歴史を振り返れば、フッサールのものの見方考え方は、見事に危機を生み出すメカニズムを見破る方法論をもっていたことを証明しています。

★したがって、今もまだまだ存在する抑圧的組織を解体し健全な組織に蘇生するには現象学的還元が有効だということでしょう。

★そして、その現象学的還元の省察は、数学的思考によって達成されるのです。3人の数学の先生方、そして土屋先生、ディスコミュニケーションの解除の方法のヒントを頂きました。ありがとうございます。

|

2021年9月 4日 (土)

World Makingの時代 覚書(04)インプロプレゼン いまここに存在の価値が溢れ出る

★セカサクワークショップは、気になるニュース2つぐらいを紹介し何か結びつきがないか関係の発見を1分間くらいで発表するインプロプレゼンを行います。一回目は夏休み前に課題として出しておいたのですが、できなかったという生徒もいます。やってないんですと声をかけてくる生徒もいますが、大丈夫アドリブでやればよいからというと、意外にもいいんですかと。スマホとかクロムブックを開いて、すぐに調べ始めます。

Photo_20210904133001

★この時期ですから、東京オリパラのこととか、コロナ感染症のこととか、医療従事者の方々のこととか、女子高生がSNSで事件に巻き込まれたこととか、アフガニスタンの現状とか、映画のニュースとか、様々語ります。

★あくまで、即興、アドリブOKです。みんなの前にすたすた歩きでて、照れくさそうに身体をくねくねさせながら、懸命に話します。このゼミを選択したということもあって、インプロプレゼンを拒否する生徒はいません。ニュースはデータです。気づいたことは主張です。なぜ気づいたのかは理由付けです。三角ロジックのプロトタイプがちゃんとあります。

★また、GRITマインドも発揮しました。

★かりに拒否する生徒がいたとしても、IH(伊東×本間)とこうして拒否する対話をしたということで、十分かけがえのない存在の価値を表明しているわけだから、いまここにいっしょにいるということを改めて感じてみようかと、凄いことだよねこの瞬間いまここで出会っているなんて。一回性の重さを共有することがインプロプレゼンの大きな役割です。内容はこの段階では問いません。

★世界とはいまここに一回性のものとしてあるけれど、それを瞬間の永遠にすることはいかにして可能か?答えがすぐに出るはずはありません。ただ、いっしょに存在を承認することからセカサクワークショップは始まります。

★今回は全員がチャレンジしました。そして、互いにその姿を見て、すでに生徒1人ひとりが世界を持っていることを互いに感じたと思います。

★自分とは何か?照れくさくて少し斜めにずらしてくるケースもありますが、その心がすでに世界なのです。ただ、その世界が内在的光なのか壁なのかは本人が気づくしかありませんが、今回のメンバーは、最初は照れくさてもその仮面をパカッと勇気をもってはずし、話し出すと深い思考となんといても思いやりがにじみでてきました。

★世界があるなあと語ると、みなウンと顔を縦に振っていました。マインドセットを互いにしたわけです。ようやくセカサクワークショップが本格的に始まります。ここからは伊東教諭にバトンを渡しました。一気に盛り上がったのでした。

|

World Makingの時代 覚書(03)12人の生徒×2人の教師×教室空間×サイバー空間×付箋紙×三角ロジック×思考コード×解決視点×世界制作方法 小さくてダイナミックなワールドが映し出される

★ダ・ビンチの最後の晩餐。あのシーンから、2001年目、世界人口の30%はキリスト教の宗教コードを持つ時代になっています。12人から始まっているのです。裏切り者のユダも出ますが、ちゃんとその席を埋める新しい使徒も誕生します。そのうちの1人がパウロです。

★そんなわけで、14の探究ゼミのプロジェクトチームは生徒が12人前後です。ラウンドテーブルと呼ばれているソクラテスメソッドの対話の手法が、米国のエスタブリッシュスクールで行われていますが、やはり生徒は12人ぐらいですね。なぜか12というのは、生産的・創造的で思いやりあふれるマインドフルネスが生まれやすいのです。そんなわけで、勤務校の探究ゼミも1プロジェクト基本12人で構成しています。

Img_1197

★伊東教諭とコラボしているセカサク(世界の作り方)ワークショップが、昨日から始まったのですが、ワークショップは、基本アーキテクチャーあるいはアフォーダンスあるいはナッジというファシリテーションデザインで行います。

★そのアーキテクチャーの構成要素は次の9つで、掛け合わせます。12人の生徒×2人の教師×教室空間×サイバー空間×付箋紙など学習ツール×三角ロジック×思考コード×解決視点×世界制作方法。足し算にはしません。

★ですから、生徒が教室にはいってくると、机には学習ツールやテキスト、アドレス、そして上記の写真のような雑多な札がおいてあり、生徒はそれぞれ1つずつとって、自由にすわります。すでに伊藤×本間(IH)のセカサクワークショップに参加したことのある生徒は、自由に座っても、どうせ移動することになるということを知っていますから、すんなり座りますが、初めての場合、どこにするか迷います。

★すでにここで生徒の行動と意志と情緒、思考があらわれでていて、それぞれの世界がちらちらします。

★せっかく席についたところで、番号札が同じ数字の生徒がチームであることを告げ、席を移動します。

★この体験が大事ですね。デザインの構成要素を足し算にすると、たんなるチーム分けになります。

★掛け算にするには、あとで議論や三角ロジック400字論述を行うので、そこにうながるような問いを投げます。「チーム分けを<作る>にはどうやってやったらいい?」と。ゴツゴツした文ですが、<作る>という言葉を挿入することもわすれてはなりません。何せセカサクですから。

★生徒はいろいろ言いますが、だいたいゲーム感覚です。ルールとか制度をつくってとか。具体的にはジャンケンとか整列してとかでてきます。

★自由でいいじゃんというのもでますか。だいたいその二つのパターンです。で、今の札で分けられてしまったというのはどういう意味があるのか問います。ルールや制度でもあるけれど、何か違うなあとキョトンとしています。そこでAmazonで購入したことあるとか、アプリの話とか、マックの昔の椅子の話とか投げます。これはメタファー推論を促す問いです。

★世界作りには、エピソードやレトリック(メタファー)は欠かせません。つまり、チームを作るところからセカサクは始まているのです。

★そんなわけで、自由とかそうでないとかという話は、「道徳的視点」だねとか、みんなは「ルール」の視点を活用したねとか、それから、番号に値段がついていたらどうなるとかいうと、それは取り合いになるかもと。つまり「市場」の視点で分けることもできると。そして、そう今回のは単純すぎるけれどアーキテクチャーの視点だねと。

★問題を見つけて、解決策を考える時、多くの場合、意識や道徳レベルで終わってしまうので、気づくのをまつのもよいのですが、高校段階ですから、あまり時間もないので、そこは対話しながら誘導してしまいます。ここはインストラクションですね。ただ、対話はします。思考実験的な体験を何度も繰り返すことによって、学際的・教科横断的な視点が芽生えてもきます。

★というわけで、足し算ではなく掛け算だというメタファーを使ったわけです。

★で、こんな些細な3人チームを4組<作る>こともセカサク(世界作り)なんだよとリフレインレトリックを使います。ああ~という視線を投げてくる生徒とまだピンとこない表情の生徒もいますが、そこはそっとしておきます。

★かくして、セカサクは、フィールドワークや外部の方々と結びつくことも貴重な体験ですが、小さな動きも体験として意味を含む仕掛けをします。教室で、2089年の世界作りができるのです。というか、2089年からバックキャスティングすれば、フィールドワークもチーム作りも五十歩百歩です(笑)。尺度やモノサシのパラメーターを変えてデザインすることが必要です。

★日本の学校教育は、どこまでいっても算数で数学に変換しないんです。素朴と言えば素朴でよいのですが、ダイナミズムは指数関数的に変容しますから足し算では解決できませんね。

|

World Makingの時代 覚書(02)プロセスフォリオがまだオンラインでできないわけ 技術の進化が追いついていないだけ

★セカサク(世界の作り方)ワークショップを勤務校の数学科の伊東教諭と協働しているわけですが、1人でやっているとなかなかできないプロセスフォリオのモニタリングが手に取るようにわかるのです。写真にあるような成果物や最後に書く三角ロジック400字論述は、あくまでポートフォリオです。

Sekasaku

(伊東教諭とコラボ。セカサクワークショップで、「トリアージ」の思考実験を行ったときの成果物の一部。)

★プロセスフォリオとは、それぞれの成果物を創っているとき、思考・情緒・行動の3つの過程や絡み合いをモニタリングするわけです。すると、生徒1人ひとりの才能が見え隠れします。最終的な三角ロジック400字論述も、その論述の添削だと、書き方の学びに終わってしまう場合もあります。そのような論述になったのは、

❶マインドセットの過程

❷リサーチする過程

➌議論する過程

❹問題を発見する過程

➎問題を解決する過程

➏プレゼン成果物を編集する過程

➐プレゼンしている過程

➑フィードバックの過程

★このような8つの過程のそれぞれを形成的評価をしていくわけです。その形成的評価のルーブリックは、思考コード(勤務校の場合は、Paul Learning Code)でフィードバックしていくわけです。

Photo_20210904105901

★すると、各課程9つのコードで見ていきますから、9の8乗通りの視点が必要になります。また、一つの過程で組み合わせが複数ありますからたいへんです。ルーブリック使用だと、固定されてしまい。生徒の才能がみえてこないのです。

★そして、1人でワークショップをやっていると生徒のフロー状態に巻き込まれるので、俯瞰できません。ある生徒が考え込んでいる時、他のメンバーはどんな心情でいるのか、どんな行動をとっているのか、察知できません。まして、オンラインになるとそれは技術的にまだ無理です。

★写真や動画、テレビが断片情報しか流せないのと同じです。もちろん、そこから推理すればよいのですが、不確実すぎます。

★伊東教諭とコラボしながら改めてわかったのは、

1)思考コードをルーブリックとして使うより、学習の行動を変幻自在に生徒が自然と変容させるアーキテクチャーとしての使い方が有効だということ。

2)オンラインでは、まだまだプロセスフォリオはできないということ。たんに技術の進化の問題だったり、機材の複雑性・高コストだったりしますが。

3)よってICTやAIによる個別最適化は、今のところ21世紀型教育ではなく、あくまで20世紀型教育の領域でしかできないということ。

★しかし、広報的には、このことを表現するのは難しく、スモールサイズだからこそ、参加する生徒の実感が、じわじわと浸透していくのであって、大規模校だと、心ある教師が何かやっている程度で終わるということもわかりました。

★カリキュラムマネジメントとマーケティングの両立はいかにしたら可能か?まだまだやらなければならないことはあるなあと。チャレンジングな局面が立ち上がってきたわけです。

|

2021年9月 2日 (木)

ビッグアイデア まだない価値を生み出す方法 これもまたセカサク

私が尊敬する染谷先生(文化学園大学杉並のSTEAM教育リーダーであり広報部長補佐・理科主任)のfacebookを見て、ワクワクしました。STEAMというとすぐにICTとなりがちです。染谷先生もICTの達人ですし、STEAMプロジェクトではICTを使った探究が満載でしょう。

240781783_179205657647653_88212345645921

(写真は、染谷先生のfacebookから)

★しかし、今回は持続可能な循環型農法の探究の一環として、有機農法の方々とコラボして何やらおもしろそうなことをやっているというではないですか。どうやら菌を使うらしいですから、生命科学や化学の考え方がベースでしょう。たしかにSTEAMのS(サイエンス)が活躍するわけですね。もちろん、観察や実験などでICTは普段使いになっているでしょう。

★このプロジェクトは明らかに、今までなかった価値を創造する研究だし、農業である以上、マーケティングにも結び付くので、起業家精神も旺盛になります。

★やはり、ビッグアイデアは、このようなプロジェクトベースの探究学と経営学が結びついたときに生まれるのでしょう。

★循環といったとき、すでに脱炭素社会に向かってサーキュラーエコノミーという循環型経済は展開し始めています。これにSDGsが結合することで、自然と経済社会が結びつきます。

61qgfgil0dl_sx346_bo1204203200_

★これにさらに精神環境が結びつくとガタリの考えていた3つのエコロジーがようやく回り始まるわけです。しかし、ガタリが生きている間は発想で終わっていたわけです。それが今、文杉の生徒のみなさんをはじめ、和洋九段女子、聖学院、かえつ有明、静岡聖光学院・・・・・・など、多くの中高生のプロジェクトが自然と経済社会と精神が循環するNew Nature City構想に結晶しそうです。

Photo_20210902042201

★精神環境を自然と経済社会に結びつけるヒントは、上記のような著書がヒントになると思います。上智大学の経営学科の公募推薦の課題図書です。「絶望を希望に変える経済学」は今年の課題図書ですが、スリリングです。グッドエコノミーだけでは希望に変えられない。信念や思想が掛け算されないとねという趣旨だと思いますが、この信念や思想は、NHKでよく登場してくる哲学者マルクス・ガブリエルさんの「精神=ガイスト」に置換えることができるでしょう。

★このドイツ語のガイストは、英語ではマインドにはならないとガブリエルさんは言うわけです。では何か?スピリチュアリティかな。

★いずれにしても、こういう生徒のプロジェクト活動が、そのまま総合型選抜で大学入試と合成されていく時代がやってきました。

★従来型の受験勉強は、プロジェクト学習は大学入試に役に立たないということで、活躍できませんでしたが、総合型選抜によって受験勉強とプロジェクト学習は等値になってきました。毎日のように、生徒と志望理由書について面接していて実感しています。

★受験勉強でも、ビッグ・アイデアを生むことができる時代。そして、<2089年セカサク(世界の作り方)ワークショップ>は、それらの全体集合として今のところNew Nature City構想ではないかなと。毎日森の中で同僚と対話しながら密かに妄想しているわけです(笑;)。

|

2021年8月29日 (日)

World Makingの時代(01)2089セカサク覚書

★2089年には、Z世代は70代から80代になっています。そのときZ世代はα世代のための未来を創っているでしょう。したがって、私たちは、今目の前に広がっているデストピアをなんとか好循環に転換させる世界作り(セカサク)をしておかねばなりません。あらゆる領域においてです。私は教育の現場にいるので、教育の現場でも行っているわけです。その一つの現実態として教育出動したのが21世紀型教育機構作りでした。同士が集まり今やその価値は教育市場の中では一定のポジショニングを得ています。

Photo_20210829101301

★今、私は同機構のメンバー校の一員で、理事は退いています。機構の新たなビジョンであるWorld Makingというグローバル教育4.0を現場でどのように現実化するか動き始めています。動きながら考えるプラグマティックな性格がゆえに、4月から勤務したばかりなので、イメージが結ぶのに少し時間がかかりましたが、セカサクワークショップができる探究の環境を教頭を中心に学校全体で生成してくれたおかげで、プレ実践も出来、上記のようなイメージが降りてきました。

★men for othersはキリスト教の理念でありますが、ニューヨーク国連の平和のためのギャラリーにも掲げられ、民族や宗教、文化の違いを超えた地球全体の共通の理念となっています。それがゆえ、21世紀型教育機構は前身の21世紀型教育を創る会の時から、機構の理念はmen for othersになっています。アクレディテーションの度にこれは確認されます。

★そのために、世界の人びととSDGsのような社会課題を解決するコミュニケーションができるようになるため、C1英語、PBL授業、ICT(今はSTEAM)、リベラルアーツ、哲学、海外大学進学準備教育などを共有してきました。

★また、men for othersは地球市民にとっての民主主義の理念にも重なります。そういう意味で、19世紀末から20世紀初頭に生まれたパースとジェームズとデューイのプラグマティズムの考え方をベースに100年以上たった今の時代に適合するように現代化する学びの環境を作っています。

★おもしろいことに、彼らの考え方は記号過程としての思考を教育で実現することが即民主主義に結びつくというものです。考えてみれば、当時は近代国家も脆弱だったし、民主主義国家も少数派でした。今でも、民主主義国家は50%を切ると試算するシンクタンクもあるぐらいです。

★したがって、私たちは、プラグマティズムの系譜としての≪私学の系譜≫を引き継ぐ作業をしているのだと思います。そして、2089年には、200年という歳月を通して、プラグマティズム的な民主主義が地球市民社会市場として広がるように実現する教育出動をしておく必要があるのだと考えています。

★私は幸い理事ではないので、自分の考えを自由に言えます。私の考えに賛成してくれる教員といっしょに21世紀型教育機構に寄与できるような実践を自由にできるというのが私の役割です。

★上記の図は、学校だけではなく、他の団体にも当てはまるように一般化しました。21世紀型教育機構のメンバー校のSGT(スーパーグローバルティーチャー)は、今上記の図のワーキング層であるPBL授業のデザインの実践研究を協働して行っています。

★学校改革論は、いつも国家に紐づく制度改革の話や組織開発論、マーケティング論に終始し、授業をいかにデザインするかという話にはなかなかなりません。しかし、同機構は授業デザインをテコにZ世代にとってwell-beingな学びの環境を作っています。結果的に組織も変わり、学校改革は成就し、生徒も集まるという状況になっています。

★このような学校改革の話は、今のところ同機構以外ではあまり聞きません。そこで、同機構の教育研究センターのリーダーSGTが、機構以外にも拡大していくことで、日本全体の教育が変わるという作戦を遂行し始めました。すばらしいですね。

★一方私の方は、勤務校がスモールサイズだということもあるし、カトリック校なのでそもそも理念がmen for othersですから、上記の図のmen for othersと根源システム=記号過程としての脳神経身体宇宙全体のシステム思考がつながる試みを始めました。同僚の先生方も幾人か協働してくれています。

★スモールサイズということは、組織論や授業デザイン論、経営論に関しては複雑ではないのです。まして、私立学校なので国家に縛られることはありません。民主国家としての法理念とmen for othersとしての規範は共通するところが大なので、縛られているのではなくて、共有しているだけです。

★したがって、理念と根源システムがダイレクトに結びつくかどうかが見えやすいのです。

★サイズが大きくなると、それぞれの層の規範が必ずしも一貫性がないので、葛藤を起こし、目先の解決に時間がとられ、根源システムにはたどりつかないし、そうなると理念はスローガン化します。

★そうならないようにモニタリングしているのが、21世紀型教育機構のアクレディテーションの役割でしょう。

★こうした上記の7つの層が循環し、一貫性がでてくる世界を創るというのがWorld makingです。同機構のおもしろいのは、同一システムで動いているわけではないのです。それが国際バカロレア機構と違います。

★国際バカロレアの姉妹コミュニティであるラウンドスクエアに近いあり方だと思います。加盟校の私立学校がそれぞれ独自性を発揮するコトが大事です。しかし、同時にIDEALSという理念は共有しています。

★国際バカロレアの10の学習者像、ラウンドスクエアのIDEALSという理念は、最終的にはmen for othersに収束します。

★そういう意味では、このようなコミュニティが互いに世界に広がっていくということは2089年の世界作りに大いに貢献するでしょう。21世紀型教育機構が、世界と結びつくコミュニティになることがグローバル教育4・0の目標でもあります。

★マイルストーンとしてまずは2027年に日本の中等教育段階での学びの実践が大きく変わることになると思います。そのビッグバーンは21世紀型教育機構も契機の1つになると思います。

|

2021年8月24日 (火)

セカサク・ワークショップ(02)ネルソン・グッドマンの発想実装に挑戦

★ネルソン・グッドマンという数学者であり哲学者の発想に久しい間着目してきたが、勤務校の先生方と対話している過程で、すでにそれは各教師の着想の中に暗黙知としてあることに気づきました。この暗黙知を形式知化する、つまり記号化の過程を目に見えるようにするチーム作りが私の役目だと明快になったのが4月から8月にかけての有意義な時間でした。

Photo_20210824231801

★ネルソン・グッドマンの発想とは、上記写真の「世界制作の方法」の中のたとえば次の言葉です。

「世界は何から作られているのか。世界はどのようにして作られているのか。その制作にさいして記号はどのような役割をはたしているのか。さらに世界制作は知識とどのように関連しているのか。これらの問いを正面から取り上げなくてはならない。たとえ、完全無欠で最終的な答えがはるか先にあるとしても。」

★完全無欠ではないかもしれないけれど、先生方はその一つの解答を持っています。ただ、教科横断的に真摯に正面からオープンダイアローグをしないと、その暗黙知を形式知化しようという動きがでてきません。

★多くの研修では、だれかの形式知を背景にもったシステムを紹介され、それを持ち帰って授業に適用しようとする。そのとき、自分なりのシステムを深層に置いたままにしておき、いつしか忘却してしまいます。

★勤務校の教師と対話していて、それぞれの推論システムが表現され共有されました。このことは得難い経験です。そして、おもしろいのは、ここに広報副部長が参加していて、広報という領域で表現できる部分とそうでないことをきちんと区別できるということです。一般には、こんな難しいことは広報してもウケないから無用だと無視されます。

★多くの経営陣の場合は、なおさらです。

★しかし、教務はある意味開発部門だし、実践部門です。パソコンのわかりやすい使い方と複雑なシステムの両方を研究して、日々改善しています。広報部は、さらに、そのわかりやすさが生徒のモチベーションと学力にいかに役立つか、受験生と保護者と共感できるプレゼンの創意工夫をします。

★どの局面も必要です。しかし、多くの場合、わかりやすさだけが強調され、そのノウハウが活用されています。ヘビーユーザーで構わないと言えば構わないのですが、総合型選抜は、複雑なシステムを探究したうえで、ユーザーフレンドリーな社会貢献解決策を見出すことが求められます。そういう時代です。

★勤務校では、教師全員がICTを活用しますが、ICTで生徒と思考を共有するのではなく、記号の過程システムを見出す推論方法を共有しています。そしてこの記号の過程システムは、教師1人ひとり違うし、実は生徒1人ひとり違います。

★面倒見がよいということは、一つの記号過程システムをすべての生徒にインストラクトすることではないのです。1人ひとり違うシステムを見える化するソクラテス的産馬術対話をすることです。

★昨今のICTを活用した個別最適化は、一つのシステムをすべての生徒が活用できるようになるためのものです。生徒によって、理解度が違うので、一斉授業ではなく、個別にその段階に応じた問題を提示し、あくまで他人のシステムを強要することです。

★そのシステムを使える生徒は成績があがります。そうでなければ停滞します。しかし、それは能力がないからではないのです。能力を封印されているからです。

★もちろん、小難しいことを生徒と共有しようということなど毛頭いっていません。むしろ生徒1人ひとりの記号過程システム=世界制作の方法が自然と浮き出てくるようなアーキテクチュア―=仕掛けを創ろうということです。その仕掛けを、<セカサク・ワークショップ>と勝手に呼んで、夏期講習で実践しました。数学的思考がどうしても必要です。ネルソン・グッドマン自身が数学者でもあるので、数学科の伊東先生とこの夏期全部で1800分の授業を協働しました。

★セカサク・ワークショップは、完全無欠ではありませんが、共に手ごたえを感じています。これからも挑戦は続きますが、実践までようやく到達したので、日々伊東先生とはリフレクションしていますから、その備忘録としてこのシリーズをしばらく続けていきたいと思います。

|

セカサク・ワークショップ(01)多様なアプローチが1つの理解に到達することの重要性

★今年の4月から勤務校で始めたことの1つは、数学とことばの交差点としての記号とは何か?その記号が生み出す過程は思考なのかアートなのか?つまり世界を創る(セカサクと呼ぼうと思います)とはどういうことなのか?などを探究しつつPBL授業の質的変容を試してみることでした。理論優先ではなく、すべての授業で行いつつ、動きながら考えるという実際的手法でまずは進んでいます。20%ルールを共有して、通常授業の中に生徒の思考作用が活性化する問いを生み出すという動きをしています。

Dsc06791

左から伊東教諭(広報副部長)、小島綾子教諭(教頭)、佐藤教諭(数学・情報)、松本教諭(教務部長)

★勤務校は21世紀型教育を推進しています。ですからPBL授業を行っているわけですが、PBLを構成するアクティビティの中にはレクチャーもあります。したがって、一つの単元を授業する時、あるときはレクチャー一色、あるときは議論一色となってとりあえずはよいわけです。

★これは教員全員が同じ思いです。とはいえ、やはり人によって違います。単元によって違います。勤務校は高校だけでの私立学校ですから、どうしても、知識を無視できません。

★この場合、一般的には、知識を覚えてから考えるという発想になりがちです。しかし、これは、必ずしもすべての生徒の学力をアップするということにはならないのです。

★知識は覚えなければしかたがない場合もありますが、定着するのは結局知識を活用した時です。それから知識を発見した時です。さらには複数の知識を組み合わせたとき、それが混合ではなく、化合する場合がありますが、そのとき知識を創造することになります。このレベルは生徒が最もワクワクする瞬間です。

★ですから、覚える、知る、使う、混ぜる、化ける、創るといった知識のダイナミズムがポイントです。このことはみな了解済みです。であるならば、毎回化けるとか創るという時間を20%設定したならば、モチベーションアップのきっかけが増えるのではないかと仮説を立てたわけです。簡単に言えば、覚える、わかる、できるという流れですが、覚えるにはどうしたらよいか、わかるにはどうしたらよいか、できるにはどうしたらよいのかの仕掛けづくりは、意外とそれぞれの教師の暗黙知の中に隠されています。

★それから、勤務校はカトリック精神を大切にしていますから、そのできるには、社会貢献実装が含まれます。そこまで、授業で、それぞれの教師が行っています。

★ところが、教師が自分自身でも気づいていない場合があります。そこで、20%ルールを意識することで、暗黙知を自ら形式知化できるかもしれないと。

★そして、それを共有すれば、学校全体で知識のダイナミズムが生まれるのではないかと。知識のダイナミズム。それは記号の生成過程であり、思考ということでしょう。何度も繰り返しますが、ここでいう知識は、既知のものだけではなく未知のものも含み、その両極を往復し、渦巻きになっていく記号の過程が思考です。

★結果的に、その過程が映し出される段階になったとき、ようやくモニタリングができるのですが、そうなるまで1年かかるでしょう。とはいえ、1年後にそれを行うというのでは遅いので、教頭(国語科教諭)と教務部長(数学科教諭)と広報副部長(数学科教諭)と情報・数学の教諭とで、それぞれが20%ルールで繰り広げている自分の視点を共有するミーティングを同時並行していきました。

★同じ文章、同じ詩、同じ写真、同じグラフを見て、自分ならどう理解していくのか、どう新しい視点を発見するのかなど1学期はミーティングをしていきました。授業研究の前に、ケース研究です。

★すると、4人とも同じ理解に行き着くのですが、そのアプローチが4通りであることがわかりました。衝撃でした。なぜなら、教科横断とは一つの方法を共有することではななかったのです。多様な方法で同じ理解に行き着くという経験だったのですから。

★つまり、それぞれの世界作りが同一のモノへと収束するのです。

★そして、同時に衝撃でした。多様な理解の方法のうち一つを生徒に教えた場合、実はマッチングしているかどうかの違いが学力差を生むかもしれないということです。つまり、マッチングしていない生徒は理解ができないとか能力が低いとかいうことではなかったのです。(つづく)

|

2021年8月10日 (火)

高校の21世紀型教育の今(03)ダイナミック思考に転換できるか?!つまりは、対話型思考というコトか?

★ここ数年、文化人類学が注目されています。その理由は、あのクロード・レヴィ=ストロースの「野生の思考」に象徴されるような、自然や弱者、未知とどう接するかが問われている時代だからでしょう。その流れで、縄文時代も注目されています。

★それで、谷中修吾さんの「最強の縄文型ビジネス イノベーションを生み出す4つの原則」 (日本経済新聞出版)という本や鷲田清一さんと山極寿一さん共著の「都市と野生の思考」(インターナショナル新書)も出版されていました。ポスト・パンデミックではどうなるのか?それとPBLがますます注目されているので、もう一度斜め読みしてみました。

Photo_20210810092201

★谷中さんの弥生型ビジネスと縄文型ビジネスを「弥生型思考」と「縄文型思考」とラベルだけ置換えてみてみましょう。

Photo_20210810093501

★実に分かりやすいし、レヴィ=ストロースの野生の思考が縄文型思考と重なるというのもわかります。しかし、文化人類学的に、果たしてこのように分けられるのかどうかは、リサーチしてみないとわかりません。レヴィ=ストロース自身、野生の思考=縄文型思考とはしないでしょう。

★PBLというのもそうです。実はプランイングするPBLとアドリブ型PBLというのが実際にはあって、それは参加者の状況によるわけです。

★現状の高校の21世紀型教育は、学習指導要領を無視できない以上、弥生型思考をベースにしたPBLをやらざるを得ないのですが、勤務校の場合は、カトリック校ということもあり、協調的で感謝オリエンテッドな要素もあふれています。もちろん、協調的です。しかし、直感型かというとやはり限られた時間と資源を運営するためには、計画的にならざるを得ないのです。

★教科授業はコンプライアンスベースで探究ゼミはフリーダムベースというのはありかもしれません。

★さてさて、どうするのか?やはりポストパンデミックの都市計画は、里山都市計画にならざるを得ないでしょう。SDGsもより鮮明に強化されるでしょうから、そうなっていくでしょう。そうすると地政学的には日本の役割は大きいわけです。

★里山は計画的に運営しないと荒廃してしまいます。しかし、そこに棲む動植物との接し方は直感的な推論からまず始まります。どの里山も、その土地の自然条件によって違います。はじめから調査しつくされているわけではありません。ですから仮説推論は直感的に始まります。実際に草木を刈りながら整えていくと、思ってもいなかった植物が生えてきたりするものです。

★それに、ベートーヴェンのピアノ協奏曲5番のカデンツアは、ピアニストとオーケストラの協調的な即興性が腕の見せ所です。

★ジャズのセッションもそうでしょう。今ではすっかり出来上がっていますが、モーツアルトのキラキラ星変奏曲も、出来上がる前は即興的だったでしょう。

★PBLは問題解決型学習なのか価値創発型学習なのか?これも、弥生型思考VS縄文型思考だとか農耕型思考VS狩猟型思考とかと同じ発想の二項対立です。

★ルソーの自然状態と社会状態の発想もそうかもしれません。ただ、ルソーはそれをつなげようとしました。全体意思と一般意思を区別しながら。しかし、現実は、法実証主義VS自然法論の対立構造から抜け出ることはできませんでした。

★とこらが、脱炭素社会の未来の一般意思の形成環境は、AIによる計算に委ねることができます。

★それはマズイのではないかという考え方も当然あります。しかし、直接民主主義が可能になるということでもあるし、さらにメタ直接民主主義もあるということでしょう。

★これがザッカー・バーグさんのいうメタバースの世界の到来ということかもしれません。

★様々な二項対立のダイナミックな統合プロセスがポストパンデミックで起こるのでしょう。そもそもダイアローグいという対話システムは、互いの合意点を放棄するか妥協するか創出するかというダイナミックな過程です。

★結局のところ、シンプルに、対話型というダイナミック思考ができるようになることが高校時代のゴールなのかもしれません。

|

より以前の記事一覧