入試市場

2022年8月27日 (土)

チエコトバ代表谷口梨花さんと対話~新しいキャリアデザインの小中高の出発点としてのモンテッソーリ教育

★チエコトバ代表谷口梨花さんと新しい子供観、新しい教育観について対話しました。小中高教育の現行学習指導要領は、「主体的・対話的で深い学び」や「探究」に象徴される新しい学びや評価にシフトしました。しかしながら、なかなか変わらないというもどかしさもあるのも否めません。それはなぜか?学校組織や人材育成方法が変わらないからだという話もあります。たしかに、それもあるでしょう。しかし、谷口さんのお話をお聴きして、幼児教育の問題もあるかもしれないということに気づきました。

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GLICC Weekly EDU 第92回「これからの小中高大のキャリアデザインの出発点は幼児教育~モンテッソーリ教育」

★もし、多くの幼児がモンテッソーリ教育を受けていたら、その子たちが小中高時代になったとき、「主体的・対話的で深い学び」や「探究」に結びつきやすかっただろうなあと強烈に思いました。

★谷口さんのお話に耳を傾けていると、モンテッソーリ教育によって、子どもたちがどんどん人間の本質を広げ深めていく自己変容のベースを創っていくシステムがわかります。

★幼児期に自己変容のプロセスをいろいろな機会で体験できるのがモンテッソーリ教育だということです。もしこの自己変容体験を幼児期にしていなければ、大人になっても誰かから与えられたり指示されなければ動けなくなってしまうのかもしれません。

★逆に幼児期に自己変容プロセスをたくさん経験していれば、そのプロセスを小中高に適用していけるのであろうと思いました。

★谷口さん自体は、モンテッソーリ教育の現代化を企図しています。それは、STEAMやリベラルアーツの現代化が希求されている小中高教育につながっていくことでしょう。

★非認知能力があれば、学力を向上させ、チャレンジングな自己変容マインドも持てるようになると言われています。

★チエコトバは、それを大切にするモンテッソーリ教育をベースにしています。

★幼小中高の制度上の一貫性ではなく、教育の質の一貫性を生み出す出発点は、どうやらモンテッソーリ教育にヒントがありそうです。詳しくはYouTubeをご覧ください。

★谷口さん、貴重なお話を、ありがとうございました!

 

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2022年5月22日 (日)

首都圏の住みたい街と私立高校在籍者数シェア

★大東建託(東京都港区)は居住満足度調査を実施。その結果を「いい部屋ネット 住みたい街 ランキング2022<首都圏版>」として集計。その結果、住みたい街ランキングの1位は「世田谷区」、2位は「港区」、3位は「武蔵野市」となったようです。これをみて、私立学校が多い地区ではないかと思い、東京都のデータを調べてみました。

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★高校在籍者において私立高校在籍者数のシェアを区別ごとに算出し、多い順位並べました。すると港区や世田谷区はシェアが高いですね。私立高校が多いエリアということでしょう。私立高校が多ければ、住みたい街になるかどうか、その相関があるかどうかはわかりませんが、何らかの関係はあるでしょう。

★市部も調べてみました。

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★やはり武蔵野市のシェアは高いですね。成蹊、聖徳学園、吉祥女子などがすぐに浮かびます。住みたいと私立学校の存在はやはり何か関係ありそうですね。小金井市も私立高校の在籍者数シェアが高いですが、ICU高校、中央大学附属高校、東京電機大高校がすぐに思い浮かびます。やはり何か関係があるのかもしれません。

★とにもかくにも、東京都の私立高校の在籍者数シェアが58%というのは、他のエリアにはないことですし、世界でも大都市に私立学校が集結しているというのも珍しいでしょう。

★そして、同じ東京でも区部と市部では、そのシェアには差があります。やはり都心に近い方が多くなるのでしょう。もちろん、武蔵野市や小金井市のように郊外として都心と連動しているところは別です。

★区部でも都内の郊外エリアに接続しにくいところは私立学校の在籍者数のシェアがそれほど高くないというのは、私鉄やJRなどの電車の存在が関係しているのかもしれません。

★交通便と私立学校と住みたい街。要は立地はポイントです。立地が良いとは言えない勤務校は、その制約を超える構想力が必要ということでしょう。

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2022年5月16日 (月)

Discover 私立一貫教育2022 東京私立中学合同相談会 変化と普遍 本質と革新(01)私学の教師の仕事は本質的

★昨日、東京国際フォーラムで、「Discover 私立一貫教育2022 東京私立中学合同相談会」が開催されました。ウィズ・コロナの開催とあって、参加者は申込制でした。時間指定人数指定です。1万人定員のところ4万人を超え、抽選となったということです。2014年以来、大学入試改革、学習指導要領の改訂、パンデミック、ウクライナと続く国際社会秩序の動揺、高インフレによる衝撃にもかかわらず私立中学入試の受験生は増え続けています。不安定な世の中だからこそ、不測の事態に対応できる学習環境を選ぶというコトなのかもしれません。

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★開催10時の30分前、相談会の準備をしていた東京の私立中学184校の先生方に、一般財団法人東京私立中学高等学校協会の会長近藤彰朗先生(八雲学園理事長・校長)から挨拶としてのエールがおくられました。

★パンデミックをはじめ、この予測不能な事態の中で、先頭に立って私立中学の先生方は、創意工夫して、生徒の命を守り学びの機会を守り続けている。いかなる事態にあっても屈しないで、未来をつくる生徒の精神と知恵が育つ環境を創意工夫して乗り切っている。このような本質的な仕事をしている先生方は、医療従事者の方々と同じように、エッセンシャルワーカーであると確信していると。

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★たしかに、オンライン授業で乗り切らざるを得ない時は、オンラインで、しかしリアルな体験がなければ、多感な時代の人間の成長は豊かにならない。そのため、感染症対策を厳しくしながらも。ぎろぎりのところで創意工夫しながら行事や部活や体験授業を行っているのだと。

★現場で、教師は生徒共にリスクをマネジメントしながら、知識のみならず、感性や知恵も豊かにする総合的な教育を実践しています。いかなる事態にも屈せず、勇気をもって正しい言動を大切に生きる体験をしています。もしかしたら、このような状況のデメリットを自分たちを生徒と一緒に強くする経験値を高めているといっても過言ではないでしょう。

★こうして、私立学校は時代の要請に応じて、創意工夫をするがゆえに、新しい教育を展開していきます。しかし、時代の要請は、時代の不安を何とかせよという要請ですから、その不安に屈することなく勇気をもって世界を巻き込み生きていくという建学の精神が時代を超えて存在し続ける普遍的根っこは変わりません。

★コロナ、ウクライナ、フクシマなどの世界の問題が身近な問題と一致しているVUCA時代の真っ只中で行われたのは歴史的な意味があるのだと思います。

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2022年5月11日 (水)

高校の新学習指導要領によって際立つコト~聖パウロの国語の試みから

★今年の高校1年生から、新学習指導要領が実施されています。実際現場でやってみて、興味深いことと現実とのギャップがみえてきました。というのは、新学習指導要領と高大接続がまだまだマッチングしていないのです。教科書をやっているだけでは、従来と変わらない一般選抜の内容だと乗り切れないのです。一方で、総合型選抜はいけそうです。

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★たとえば、「現代の国語」では、論理的文章が中心なのですが、国語科主任の高橋先生は、文化人類学や文学などをクロスオーバーして、PBL型授業を展開します。グーグルクラスルームというプラットフォームを活用しながら、スライドや小論文をやりとりし、エンパワーメント評価とかフィードバックとかリアルでもサイバー上でも対話ができます。

★芥川龍之介などは、文学的なアプローチだけではなく、龍之介がその当時、つまり近代の読み解きをしていた法哲学的な視点があります。当時の社会情勢について、親友恒藤恭(当時京大教授)と夜を徹して話したそうです。それでも当時を2分していた社会価値観の両方に納得がいかず、第3の道を探っていたらしいのです。

★そのような論理的文章と文学的文章を背景にまで深めていけばたしかにクロスオーバーになります。

★しかし、一般選抜はそこまで求めないし、古典の勉強もしっかりやらねばなりません。ところが、この路線の学びが、新学習指導要領の国語の学びでは手薄になるかもしれません。

★そこで、進路指導部では、放課後でそこを補填する講座を開いているわけです。ヴェリタス、カリタス、100分学習という3つの体制が、すでにあったわけですが、進路指導部長は、この時間をさらに有効活用する仕組みを考えています。

★私立学校だから、柔軟に理想と現実を結び付ければよいのですが、果たしてそれでよいのかどうか。

★学習者中心主義でいくし、海外大学を希望する生徒もいるので、結局学習指導要領以上のことをやることになるので、現場は対応していきますが、学校の働き方改革を唱えていても、高大接続循環がうまくいかないと、結局はそんな改革もうまくいきません。

★はてさて、それぞれの学校で創意工夫してというのなら、もっと自由な設定をデザインすればよいのにと思うのは私だけでしょうか。

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2022年4月 2日 (土)

Gのチカラ(01)GLICC代表鈴木裕之氏 eduJUMP! に登場!

★2089年から21世紀型教育を見通すと、これからは3G×Dの時代であることは間違いありません。3G×Dとは、グローバル・グリーン・グリット・デジタルということです。Dは3Gの中内包されていますから、Gのチカラと総称してよいでしょう。Gのチカラは21世紀型教育の駆動力です。

このGのチカラを育成している21世紀型学習塾GLICCを経営しているのが鈴木裕之代表です。21世紀型の学習塾を標榜している唯一の学習塾です。そして、Gのチカラが作用している多様な拠点を取材している岩辺みどりさんが、鈴木さんにインタビュー。その記事がeduJUMP!に掲載されました。

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★記事のタイトルは「インター生、帰国子女…… グローバルキッズの中高選び」で、グローバルキッズが日本社会においてどのような中高選択ができるか、最近の潮流の情報が語られている貴重な記事です。

★さらに、まだ見え隠れして前面にはでていませんが、あるインパクトが内包されている記事です。記事執筆の岩辺みどりさんのプロフィールは、同記事でこう記載されています。

「一橋大学社会学研究科地球社会専攻修士課程修了。日経系列の出版社で雑誌編集記者とし て経験を積んだ後、退社し、独立。学生時代にオーストラリア、アメリカ、イギリスなど に留学し、20カ国以上を旅する。多様性のある社会をテーマに、ビジネスからライフスタ イル、教育まで幅広く取材、執筆する。二児の母。」

★岩辺さん自身グローバルキッズの先駆けだったのです。Gのチカラの側からみると、日本の強みも弱みも明快に見えます。岩辺さんは、その弱みを強みに転換すべく、いろいろ仕掛けています。

★その一環として、21世紀型教育機構の加盟校も注目し、私立中高一貫校のアップデートインパクトを生み出す記事も幾つか手掛けています。

★しかし、今回は、学校以外にもそのような転換拠点(トランスフォームセンター)を見出したようです。

★さりげなく、国際生・帰国生が進む中高のカテゴリーがデザインされた図が掲載されていますが、これはグローバルキッズの選択カテゴリーと置き換えたらどうなるかという話が背景にあります。

★コロナ、ウクライナ、フクシマが象徴する転換への痛みがニューノーマル時代の生活と密着している今日、国際生・帰国生<国内生という既成概念は崩れています。もはやZ世代はグローバルもデジタルも当たり前です。これからの中学受験生はα世代ですが、この世代はGのチカラが当たり前の世代です。

★ということは、国際生、帰国生、国内生はすべてグローバルキッズとして包摂されます。

★しかし、このような新概念を今の中高の制度カテゴリーでは、収まり切れません。

★というわけで、いずれ文科省あるいは大学は、公立学校と私立学校以外に、インターナショナルスクールを1条校に相当するとみなすカテゴリーを作成せざるを得なくなるでしょう。

★小学校5年、6年で英語を教科化したがゆえに、そうなるのは、文科省も大学も織り込み済みなのかもしれません。すでにTPPの議論が盛り上がっていた2011年ごろから、その目論見はありましたから、ようやくという感じです。

★実際イギリスのパブリックスクールやインターナショナルスクールも日本にやってきています。

★従来は日本の大学を考えるとインターナショナルスクールから日本の中高という流れにならざるをえなかったのです。もしインターナショナルスクールからIBのディプロマなどで大学に行くとなると、それは誰にでも行けるわけではない狭き門でもあります。

★ところが、今は多くのグローバルキッズが英語でも学べる拠点の一定量を欲求しています。公立学校、私立学校、インターナショナルスクールとはまた違うGコミュニティーが出現するでしょう。その一つがGLICCです。GLICCは、学習塾ですがイナターナショナルスクールの機能も活用できるのです。

★多様性の時代とはそのような流れが生まれるものですね。GLICCに限らずどんどん生まれてくるでしょう。

★岩辺さんの眼はそのようなオールタナティブなG拠点を見通しているわけです。

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2022年3月29日 (火)

2089年から考える21世紀型教育(08)湘南白百合の最前線 新しいコーディネート、新しい高大連携、自己変容、変わらぬ気遣い

★湘南白百合の最前線は、新しいコーディネート、新しい高大連携、生徒の自己変容、変わらぬ気遣いで満ちています。前回ご紹介した教頭水尾先生との対話と同校のfacebookを照合すると、そのことがはっきりします。

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(写真は、湘南白百合のfacebookから)

★「新しいコーディネート」というのは、従来から外部の団体、たとえば政府や企業、NPOとのコラボレーションは、どこの学校でも行われていました。しかし、次のような同校のfacebookのコメントを読めば、従来とは違う「新しいコーディネート」が行われているのが了解できます。

<今日・明日の2日連続で、ドローンを飛ばして空撮動画を撮り、それを編集して映像作品を作ろう、という探究講座を実施しています。講師は、B'zやONE OK ROCKのライブ映像なども手がける船津宏樹氏。栄光学園の生徒も一緒に参加しています。
ドローンの構造を学んだ上で、どんな映像作品にしたいかチームで考え、中庭でドローンを飛ばした生徒たち。青空と湘南の海、そして満開の桜という抜群のロケーションの中、思い描いたような映像を撮ろうと試行錯誤し、うまくドローンが飛ぶと歓声が上がっていました。協働し、楽しみながら創造力を磨く本講座、今日の映像を素材に明日は編集作業に入ります。 >

★男子校「栄光学園」の生徒も参加という、外部の中に専門家だけではなく、近隣の学校の生徒も参加し、プロジェクトを遂行してしまうというわけです。これは画期的です。コンテストとかではなく、探究の講座としてコーディネートしているのですから。

★「新しい高大連携」というのは、従来から大学の先生を招き講演を聴くという連携はどこの学校でも行われていましたが、湘南白百合の高大連携は先に進んでいます。やはり、次のコメントを読んでいただくと、新しさがすぐにわかります。

<【湘南白百合×逗子開成×サレジオ 3校合同探究オリンピック】
今日は本校を会場に「明日の思考力コンテストin湘南 春の陣」と称して、3校の中学生による探究コンテストを実施しました!
チーム分けはアプリで実施し、男女混合メンバーで臨みました。初めはぎこちなさが感じられましたが、次第に打ち解け、プラレールを使った課題をはじめ、答えのない問いに挑戦しました。


普段は別々の学校で学ぶ生徒達ですが、それぞれの持ち味を発揮し、短時間でチームを作ってチャレンジした経験は、貴重なものになったことでしょう。


最後に「問いを持ち、協働して探り、新たな智をつくる」ことについて、講師の 学芸大学 西村先生のレクチャーを受けた生徒達でしたが、まさにその一歩を踏み出す一日になりました。>

★この高大連携は、湘南白百合、逗子開成、サレジオの生徒が協働する探究講座です。学芸大の先生がレクチャーするだけではなく、プラレールなど学習ツールを介在させていることから、各校の教師も講座デザインに参加していることがわかります。大学の先生、中高の先生、生徒が三位一体となってワークショップを行うというのは、これもまた画期的です。

★そして、このような活動を通して、生徒1人ひとりが問いを立て、協働し、新たな智をつくるという「自己変容」を生み出しているというのも想像するに難くありません。

★このような「新しいコーディネート」「新しい高大連携」を企画運営することができるのはなぜか?「自己変容」を教師も生徒も期待し、実現してしまうのはなぜか?それは、次の変わらぬ気遣いの眼差しがあるからです。

<今日の午前中は、新中学1年生のご家庭への学校公開日でした。今年も入学式は保護者の方のご列席は1名までとするなど、ご家族でご来校いただける機会が少ない中、少しでも学校の様子を体感していただける機会になればと実施しました。
中庭の桜も少し咲きはじめ、ご来校になったご家族は思い思いに写真撮影をされたり、入学にむけて想像を膨らましていた様子でした。4月からの新入生の入学を、生徒・教職員一同、楽しみお待ちしています!>

★「気遣い」というのは、一つ一つの行為に価値を生み出すことだということが、この文章から見えてきます。価値とはある意味コンセプトです。コンセプトは目標を示唆もするわけですが、何よりそれは価値があること、一連の行為のエネルギーであることが大事です。

★見学会をやるのは、マーケティング的な意味もあるでしょうが、それ以上にこのコロナ禍のためなかなか会えなかったその痛みを共有し、それを解消しようという大事な意味があるというのがわかります。

★桜の花の存在が、家族の愛情を象徴する行為を誘うということもわかります。さりげないけれど、とても大切な価値意識がそこには現れています。そして、チーム湘南白百合のおもてなしの心。このおもてなしの気遣いは、未来への可能性を広げることです。

★かくして、イベントのプレゼンテーションやパフォーマンスは、新しい価値ある世界に巻き込む魅力を生み出すことなのだというが了解できます。改めて勉強になりました。ありがとうございます。

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2022年3月25日 (金)

2089年から考える21世紀型教育(06)反自己啓発というパラドクス ウェルネス症候群を超えるには

★最近おもしろい本を斜め読みしました。スヴェン・ブリンクマン教授の新しい翻訳書「地に足をつけて生きろ! 加速文化の重圧に対抗する7つの方法Evolving (2022/3/9) 田村 洋一 (翻訳)」がそれです。

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★次の目次をみると、かなり挑発的です。

イントロダクション 生き急ぐ人々
第1章 己の内面を見つめたりするな
第2章 人生のネガティブにフォーカスしろ
第3章 きっぱりと断れ
第4章 感情は押し殺せ
第5章 コーチをクビにしろ
第6章 小説を読め ―― 自己啓発書や伝記を読むな
第7章 過去にこだわれ
結論 加速文化におけるストア主義 

★しかし、世の中が政治経済や生命の危機に直面している時には、人間とは何かが問われますから、このような本が緊急出版されるものです。私たちはこのような本におそらく善い影響をうけるので、それはよいことでしょう。1995年の関西淡路大震災、サリン事件に襲われたとき、ソフィーの世界という高校生対象の哲学物語がベストセラーになりました。2011年の東北大震災の時も、ルソーをはじめ啓蒙思想のルネサンスがありました。そもそもバブルがはじけた1990年代の経済の空白時代にヒットしたのは「清貧の思想」でした。

★ですから、今回もそのサイクルだろうと思いましたが、反自己啓発だったり、内省を批判したり、オットー・シャーマーを名指しで批判したりしていたので、反自己啓発はともかく(私自身も商品化された自己啓発ものは、枠組みに収納される心理学の悪用だと思っています)、それ以外は、私自身への批判でもあるかもしれないと思い、kindle版がまだでていないのに、ハードカバー本で購入しました。ルーペ―を通して読み進むので、全編を読むのは辛いですね。それで、つい斜め読みになります。

★それでも、驚いたことに、私の批判どころか、私とシンクロするところばかりなのです。なんというパラドクスだと微笑みながら大笑いしながら読みました。

★要するに、あらゆる物事は物象化(典型が商品化)されるので、それに対してネガティブなストア主義的視座でとらえようということです。

★≪私学の系譜≫としての21世紀型教育は、あくまで権威や権力に屈しない啓蒙思想的な影響を受けた建学の精神といういう意味での伝統を保守し、それぞれの時代の革新に応じてアップデートもしようということですが、ブリンクマン教授の言っている21世紀というのは、加速文化をコモディティ化するトレンドを批判しているわけで、そうではなく、過去を大事にし、歴史という物語を大事にしろということですから、まさにこの精神は21世紀型教育そのものです。

★いずれにしても、21世紀の影の部分であるwell-beingを商品化してしまってそれに依存してしまっているウェルネス症候群から解放されるには、閉鎖的な内面をリフレクションするのではなく、地に足をつけ、内面と外界がつながった身体の内省化の協働によってWorld Makingをやっていこうよということです。それが21世紀型教育のManagement Learningです。

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2022年2月21日 (月)

学校が変容するというコト(10)21世紀型教育機構の新しい学校の作り方 10年後に学校の景色が完全に変わる

★昨年、21世紀型教育機構は創設10年を迎えました。昨日、2021年度の最終定例会が行われ、4月から新しい次元の学校市場を創る準備が整いました。そのための離陸式が、昨日行われたのです。この新しい次元の学校市場のリーダーシップ&コミュニティシップを発揮するのはSGT(スーパーグローバルティーチャー)です。グローバル化×デジタル化×グリーン化ベースのPBLを自在に行えるクリエイティビティを生成することができるプロフェッショナルです。

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★21世紀型教育機構の加盟校がそれぞれに自由に行っているPBLは、ハーバードやMITメディアラボ、スタンフォードなどで研究されているPBLと肩を並べるほどです。これらの大学で行われている学問的なPBLは、英語で書かれているために、何か凄いもののように思えますが、読んですぐに了解できることは、私たちも創意工夫している方法論と同期します。

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★上記の本のようにハーバードなどで協働して研究された成果は、著者1人の力でできたものではなく、ダイバーシティ&コラボレーションで生まれているということをはっきりと語っています。もともとプロジェクトという研究による成果なので、日本の教育関連の書籍のようにTTP(徹知的にパクる)が当たり前で、クレジットを明らかにせず、あたかも自分のアイデアだけでできたかのような勝ち組負け組の枠の中で、偏差値などを批判したり、学校を批判する自家撞着は回避されます。

★ところが、21世紀型教育機構の加盟校の先生方は、そんな自家撞着は起こしません。互いのアイデアを尊重し、それを共にブラッシュアップしようというコミュニティシップを発揮しています。

★そのようなSGTがたくさん集い、その互いのアイデアを最適に活かしたSGTをたたえる表彰が行われたのです。

★称賛の声は、偉そうにこれはこうしたほうが良いという指摘をする愚かなものではありません。もっとこんなものを共に創っていこうというエンパワーメント型のエールを贈り合うものです。

★しかし、この10年前からそうだったわけではありません。脱偏差値主義を標榜し、その偏差値市場の中で、別の市場を創出しようというやり方でした。その市場では機構以外の学校も21世紀型教育風の教育を行ったとき、それをなんちゃって21世紀型教育だと差別化しようとして必死になったものです。

★しかし、それは結局旧エリート主義に対する新エリート主義の勢力拡大を図ることに自ら陥ってしまったというわけです。しかし、10年経って、同じ偏差値市場の中で、そんな競争をしていたのでは、日本の教育を変えたり、今後ますます困窮する日本社会を救うことができないと気づいたのです。

★今後は、SGTの活動が教育の質を変えることになり、同時に新しい次元の市場を創ることになります。偏差値市場はそのままあってもよいのです。それをどうのこうの言っている暇はありません。新しい別次元の市場を創り、豊かにしていけばよいだけです。そのことに21世紀型教育機構は気づいたのです。

★ライフシフトの時代です。マルチワークの時代です。偏差値市場と別次元の市場のパラレル教育経済社会があって構わないのです。どちらの市場を選択するかは、保護者や子どもたちの私事の自己決定にすぎません。それによって、両者がシナジー効果をだすのか、どちらかが消失するのか、それはわかりません。それぞれぞれが真理を遂行していると信じて行っていけば、自ずと結果はでます。

★とはいえ、この別次元の教育市場は、欧米ではすでにたくさん生まれています。

★日本経済新聞などでは、このことに日本の教育が気づかない理由が最近書かれています。1月31日の記事を読んで、はっとしました。

★いったいそれは何?TTPを回避するために、今ここでは述べません。4月以降それが徐々に見える形になります。秘密主義ではありません。同志には共有されますから。TTPと同志が共有することは似て非なる行為です。エゴかMFO(Men for Others)かの違いです。

★今回のパンデミックショックで、エゴよりもMFOが大切であるということが世界で共有されています。エゴ市場からMFO市場へトランスフォームする時代がやってきました。この流れは、21世紀型教育機構だけではなく、首都圏模試センターも別のアプローチでつくっています。

★2024年に合流して大きなベクトルが現われると確信しています。

★10年前、21世紀型教育機構の教育の基礎作りをしていたとき、多くの人はC1英語なんかできるわけでがない、PBLなんて大学合格実績を生み出せない、ICTを推進している学校は偏差値が低い学校だと一笑に付していました。思考コードを否定したり、思考力入試を否定したりする人もたくさんいました。しかし、真理は自由を生み出すのだと信じ、機構の先生方はみんなでセミナーを開催して、真理の道を追究してきたのです。

★もっとも、今、そういうことを言う人はいません。逆に「21世紀型教育」という言葉は一般名詞になったよねと言われます。

★時代を創るキーワードを生み出したということは、その時点で、空が灰色になったということです。それは再びミネルバが飛び立つ合図です。新しいMFO市場はライフシフト時代を促進する市場です。4月以降、知の女神ミネルバと共に、21世紀型教育機構は新たな動きを生み出していきます。大いに期待しましょう。

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2022年2月18日 (金)

学校が変容するというコト(05)「キャリアガイダンス vol.429 2019.10」は重要な意味を問いかけています。

★パンデミックショック直前に発刊された「キャリアガイダンス vol.429 2019.10」は、今読み返すと極めて重要な視点が掲載されています。当時、私は中高一貫校の学校との付き合いが中心でしたし、高校だけの学校も21世紀型教育を推進していました。そのため、編集長の山下真司(当時)さんの巻頭言の次の言葉は、見過ごしていました。

<では、新学習指導要領の前文や総則に記されている「持続可能な社会の創り手」を育てるために、どのように学校づくりに取り組んでいけばいいのでしょうか。新たな学びをカリキュラムの中核にして、リソースを集めて新しい学校を創る、そんな先進的な事例もあります。しかし、いわゆる多くの“普通の学校”はどうすればいいのでしょうか。そして、先生方に求められるものとは?

未来を目指した改革こそが、多くの生徒たちの将来、そして社会が変わっていくことにつながると信じています。doingではなくbeing 先生方の思いと強みを大切にしながら、未来を共創する学びに取り組む学校が増えていくことを願っています。> 

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(このイラストの吹き出しがポイントです)

★今、私の勤務校は高校だけですから、中高一貫校とは違う高校の具体的状況について、以前よりは少し見えてきました。日本の教育において、大事なコトは、山下さんの指摘する「普通の学校」が、教員の思いと強みを大切に「未来を創る主体」を育む学校づくりへ共に向き合うことです。

★そのためには、学校の組織カルチャーがどう変容し、教員のメンタル(あるいはマインド)がどう変容するとよいのか、それが問題なのだなあと。

★そのヒントは、同誌でインタビューされている菊地栄治教授(早稲田大学)の語りにあります。

★菊地先生は、教育社会学で苅谷剛彦先生もポジティブに引用していますから、私立中高一貫校に関しては、教育社会学の多くの教授がそうなように批判的かもしれないなあと思いながら読みました。

★どうやら私学の歴史的な経緯からきちんと検証し、たんに富裕層の子弟が通う学校だからという批判はしていないことに気づきました。私立公立両方の問題を社会科学的に冷静に見ているのです。

★私立中高一貫校でも、併設型は高校入試があり、そこは菊地先生が構想している高校改革のビジョンが当てはまります。よって、そのような公平な視点で論じている菊地先生の本も読んでみようと思うに至りました。

★いずれにしても、しばらく、高校1学年は100万人います。私立中高一貫校と公立中高一貫校に通学している生徒は約10%です。たしかに、この10%の生徒の通う学校は、新たな学びをカリキュラムの中核にして、リソースを集めて新しい試みをしています。

★しかし、パンデミックショック以降明らかになったのは、10%のみならず、他の90%の「普通の学校」こそが、すべての生徒がwell-beingになるための学びの機会を設定する必要があります。

★そのための学校の組織カルチャー、教員のメンタルはどう変わるとすてきなのか?同誌を大切なヒントにしたいと思います。もし、100万人通うすべての学校が変容したら、日本の政治経済社会はディストピアを脱することができるはずです。学校教育はいろいろ批判されますが、実は重要な無形資産が蓄積されていく機関です。そんなことに改めて気づきました。山下さん、ありがとうございます。

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2022年2月16日 (水)

学校が変容するというコト(01)学校と向き合うコトは「老い」と向き合うコトに似ている つまりデジタルネイチャーと向き合うコトなのです。

★今、私は勤務校と向き合い、学校林という森と向き合い、21世紀型教育機構と向き合い、多くの生徒たちと向き合い、先生方と向き合い、保護者と向き合い、家族と向き合い、教育市場と向き合い、とにかく日々多くの他者と向き合いっています。つまりライフシフトの時代とは、私と多様な自然や社会や精神といった他者と向き合うコトを意味します。そして、その私も他者も「老い」と向き合うわけです。「老い」とは「誕生から死」という一回性の歴史であります。そして、この他者とのかかわりがあって初めて自分と向き合うということが言えます。

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★落合陽一さんの新著中に、落合さんが養老孟司さんと対談している章があるのですが、それを読んで、そんなイメージが広がったのです。国語の先生からしたら、「自分事」というのは他人事の反対語として構成上認められなくはないが、違和感ありという言葉です。

★なぜ違和感があるかというと、自分事はすでに他人事とかかわってはじめて成立するので、反対語にはならないからでしょう。

★それに、落合さんと養老さんの対談を読めば、「老い」の到達点「死」は、一人称である「私」は語ることができず、三人称という「it」でコトはすまされないコトでもあります。「死」という具体的状況は、結局二人称である「あなた」とかかわる中で知り得ることです。

★さらに私は自分の「誕生」も語り得ません。記憶としてあるという話もありますが、実感はないですね。かくして、私自身は、私自身の「誕生から死」までの歴史を完全に語ることはできません。二人称とのかかわりの中で物語るコトができるだけです。

★学校というのも、同様ですね。私は、勤務校の誕生の時を知りません。勤務校の「死」を迎えるコトも知り得ません。しかも、学校組織は私と違い「死」を迎えるコトは、森と同じで悠久のかなたでしょう。

★学校の歴史は、いまここで学校のメンバー、学校の置かれた状況などとかかわるコトでしか物語れないのです。

★かくして、自分事としての歴史は他者と向き合い関わり合うコトでしか物語れないのです。

★落合さんと養老さんの対談で、そのかかかわる他者には、当然人工と一体化した自然に広がっていきます。落合さんの新しいテクノロジーと自然が一体化した概念「デジタルネイチャー」と「老い」はどう向き合うのか。それが問題です。

★「老い」はデジタルネイチャーと向き合うコトで、エントロピーの増大を遅らせ、持続可能な状態という「変容」を生み出します。「私」は日々細胞の多くが入れ替わることによって、持続可能な変容を生み出しています。

★一方、「老い」は、放っておくと、その変容ができななくなり、それが止まった時、「死」を迎えます。そうならないためには、持続可能な変容という一見パラドキシカルな行為を余儀なくされます。それがデジタルネイチャーと向かい合うコトです。身体の一部が器械で代替されたり、臓器の一部が人工臓器で代替されたり、衣服もスーパースーツになったり。。。

★どうですか?学校が変容するというコトは、まるで、「老い」が持続可能な変容をとげるのと似ているでしょう。成績や勤怠処理のデジタル化やオンライン授業、AIによる個別最適化。。。

★学校もまた、デジタルネイチャーと向かいながら持続可能な変容をしていくのです。デジタル化、グリーン化がキーワードなのは、そういうことなのでしょう。そして、向き合うコトや関わるコトというのは、一人称や三人称を二人称化する気遣い=ケアということでしょう。

★デジタル、グリーン、ケア。DGCシステムの活用を持続可能な変容を生み出すプロジェクトにするコトが、学校が変容するコトと重なるでしょう。

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