入試市場

2022年12月21日 (水)

ドネラ・プロジェクト(21)「主体的」の意味のアップデート キェルケゴールとウィトゲンシュタインとデューイを超えて

★「主体的・対話的で深い学び」の「主体的」という言葉は、極めて重要です。対話は、主体的でなければできないし、深く考え学び表現していくには、主体的な構えが必要なのはいうまでもありません。がしかし、受動的に対し能動的ぐらいの意味ぐらいしかなかなかピンとこないのが、「主体的」という意味です。学習指導要領では、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体化の充実とか述べられています。いずれも「主体的」であることが求められます。今更ですが、今なぜ「主体的」なのでしょう。

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★鈴木佑丞さんの「<実存哲学>の系譜」は、そのことを考えるヒントになります。この本を読んで、ヘーゲルというのは社会や世界を考える時のキーパーソンなのだということがよくわかりました。ヘーゲルこそが、キェルケゴールがヘーゲルを批判することによって展開した<実存哲学>を生む実存主義者だったということに気づきました。

★ヘーゲルは主観と客観を乗り越えるあるいは統合する着想を描いたわけです。弁証法と訳されるダイアローグを打ち立てたわけです。要するに対話です。「主体的・対話的で深い学び」はまるで、精神現象学的対話の上昇気流をひっくり返したような考え方ですから、ここにもヘーゲルはちゃんといるわけです。

★そのヘーゲルは、しかし、主観を大切にしていましたから、ドイツ法学界からは捨てられます。サヴィニーが法実証主義的展開をしていきます。法学界ではヘーゲル派は一掃されます。

★一方教育界でも、その主観は堅固な教育学体系を組み立てる知識で抑圧されるようになっていきます。ヘルバルト主義の台頭です。これに対して、ヘーゲルもヘルバルトも批判してプロジェクト学習のような経験主義的かつ民主主義的教育をデューイが展開していきます。

★ヘーゲルは、その当時はそれほど権威があるといった感じの哲学者ではなかったのではないかと。結構苦労の連続の人生で、まさに実存的でだったと思います。今では大哲学者のカテゴリーに入っていますが。

★だからこそ当時一世を風靡したのかもしれません。でもそのヘーゲルをキェルケゴールは批判をし、その批判が<実存哲学>ではない実存哲学の系譜として20世紀の哲学をカタチづくっていったというわけです。ヘーゲルは主観と客観を統合しようとしたけれど、結局客観的な制度という物質主義を生み出してしまったわけです。その危険性を察知したのかキェルケゴールは、ヘーゲルから主観を取り戻すべく「主体的」な思考を展開していったのかもしれません。

★その「主体的」思考をウィトゲンシュタインはさらに発展させた。そういえばウィトゲンシュタインの仲間であるラッセルは、ヘーゲルを徹底的に批判しているし、そこらへんからイギリスの分析哲学もヘーゲルを批判して展開していますよね。

★ルソーカントーヘーゲルの流れが、そこから3つに批判的に枝分かれするのです。デューイのプラグマティズム、キエルケゴールの系譜実存主義、サヴィニー&ヘルバルトという近代国家主義。いずれも「主観」をどう捉えるかが重要だったわけです。

★主観を才能とみるか、主体とみるか、個人ととらえるか。

★しかし、ヘーゲルとかの影響はあまりない科学の世界からシステム思考が50年前に大きく広がりました。この思考はメンタルモデルを包摂していますから、ある意味主観と客観を統合しています。

★主観は精神で、客観はシステムという二元論ではなくて、主観と客観をつなぐのがシステム思考というのでしょう。ドネラ・プロジェクトは、「主観」をアップデートすることも役割ということがわかりました。

★こんなふうに、鈴木佑丞さんの本は、20世紀の教育は「主観」をめぐる話だったということに改めて気づく重要な補助線でした。そしてそれゆえ、「主観」のアップデートとして「主体的」という言葉もまたアプデートされつつあるのが現状だというのこともはっきり見えてきました。

★なぜなら、キエルケゴールの時代と決定的には違うのは、地球環境の限界がみえているということです。その限界がみえていない時代は、世の中がどんなにひどい状態であろうが、自分がどう誠実に生きるかでサバイブできたわけです。しかし、現状は自分がどんなに誠実に生きる主体的思考を発揮しても、地球環境の限界を乗り越えることはできません。

★主体的というのは、個人の主観の問題ではなく、もちろん、この地球環境の限界を生み出した制度の問題でもなく、関係性の問題なのです。主体的な関係性をどうつくるか。主体的に関係性をつくるのではなく、関係性そのものが主体的なのです。個人の枠内をはみ出るのが「主体的」なのでしょう。

★独断と偏見ですが、同書を読んで、気づいたことはそんな感じです。

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2022年12月 3日 (土)

ドネラ・プロジェクト(15)星の杜高校一期生の出願前年対比197%!それが示唆する時代背景に思いを馳せる。

★今年、北関東で唯一のカトリック校で、女子校から共学校に大転換した星の杜。来年度第1期生の出願が締めきられたようです。この改革のディレクターの1人に21世紀型教育機構理事の石川一郎先生がいます。その石川先生が同じくディレクターの小野田一樹さんのSNSをシェアしていました。

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(写真は同校サイトから)

★その内容は、次年度の 星の杜高校 第1期生の願書受付が終了し、前年比 197%となったということです。素晴らしいですね。全く新しい学校を作ろうと、構想から2年、その過程は、ブレークスルー会議が頻発していたことでしょう。ここらへんは、いずれ石川先生にお聞きしようと思います。

本ブログでも、星の杜の勢いについて6月にご紹介していました。その勢いが幾何級数的に高まったのでしょう。石川先生がお忙しく、なかなかお会いできなかったというのは、そういうことなのでしょう(笑み)。

★東京でも、今年から赤羽の星美がサレジアン国際になり、来年度から世田谷の目黒星美がサレジアン国際世田谷としてスタートします。両者とも高人気です。カトリック女子校が共学になり、20世紀型教育とは全く違う21世紀型教育(21世紀型教育機構が意味している概念ではなく、20世紀の教育に対する意味。ただし、重なるところは多い)に真剣に取り組むと、復活するというのがカトリック学校の傾向かもしれません。

★クリスマスシーズンです。どこのご家庭でも、街々でもクリスマスツリーが設置されています。ほとんどの場合、ツリーのてっぺんには五芒星(ペンタゴン型の星)が飾られています。

★黄金比でデザインされた美しい星ですね。カトリックでは、その星はキリストの身体を意味します。カトリック校の星の杜の「星」にはそういう意味もおそらくあるのでしょう。もちろん、そういう意味は、全面にはでてきていませんが、創造と貢献というビジョンやチェンジメーカーというストラテージには、それを思わせるものがあります。

★キリスト自身チェンジメーカーですから(笑み)。

★しかも国連でも、世界共通の最上位のルールとしてゴールデンルールを認めています。カトリックの意味する五芒星が象徴するものと同じです。

★21世紀型教育機構の理念も国連が使う意味でのゴールデンルール(文言はマタイの福音からです。クリエイティブクラスとケアリングクラスの象徴です)を設定しています。サレジアン国際のシスターは、21世紀型教育はカトリックと親和性があると言っているくらいです。カトリック学校は、これまで超進学校としてのカトリック学校以外はなかなか苦戦しているのですが、それぞれの21世紀型教育へのトランスフォーメーション(この言葉もカトリック的ですね。「新しい人を着る」と言います)によって、超進学校化しなくてもサバイバルできるカトリック校が誕生する波が確実に生まれてきました。

★なお、一般財団法人東京私立中学高等学校協会は東京の私学が一丸となってそれぞれの21世紀型教育を押し進めていくことを今年宣言しています。昨年から構想されていました。私も21世紀型教育機構の理事として、同機構の同盟校以外にそれぞれの21世紀型教育が拡張されていくことは、Z世代、α世代にとって善きことであると歓迎します。

★何せ、ムーンショット構想2050やWeb3.0の動きは加速しています。VUCAと呼ばれていますが、実はかなり予測可能な事態になってきています。VUCAを乗り越える新次元の21世紀型教育、それはもはや22世紀型教育に突入するということでしょう。

★私の越境的な仲間では、今新次元プロジェクトが5つ立ち上がり、結局、多次元言語×数学×システム思考あるいはアクターネットワーク×アート(もちろん大学受験のイメージではなくシン・リベラルアーツのイメージです)なんだという話になっています。英語とICT(AIで一本化されつつあります)はそれを22世紀に適用し社会実装する必須の道具です。結局100年以上前に、J.デューイが生み出したプラグマティズムやPBL、道具主義、経験主義などの現代化をしているだけのことなのかもしれませんが。

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2022年11月 3日 (木)

今年の総合型選抜を通して見えたこと

★11月1日・2日、総合型選抜の第一弾の結果がドーンとでる日程でした。勤務校は、一学年の定員が80名です。ですからその40%が総合型選抜の結果がでる時でもありました。ですから、7月から10月にかけて、志望理由書ー面接ー口頭試問ー小論文をセットで準備する日々が続きます。小さなキャンパスは、朝から夜(放課後20:20まで100分学習などがあるので)まで、授業以外の時間は、哲学的な対話で満たされます。

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★①「志望理由書」の書き方とか、②「面接や口頭試問」の臨み方、③「小論文」の書き方とか別々にも行いますが、やはり、一貫性や循環を生み出すためには、セットで行うことが肝要です。ですから、勤務校では、セットで生徒と向かい合うのは担任です。そして、①、②、③の強み弱みを分析して、弱みのセクションは、生徒の大学での学びや研究の分野に合わせて他の教員がサポートする体制になっています。

★それゆえ、毎年、7月から10月は、実は11月は指定校推薦が同じように行われるし、5月6月は準備段階に入っているので、半年以上は、対話に満ちているのが勤務校なのです。もちろん、定期テストの時は質問対話が行われているので、一年中対話で満ちている学校です。

★ですが、総合型選抜や指定校推薦に立ち臨むときの対話は、定期テストの時の対話とは差異があるのは、ご想像の通りです。

★その差異が生まれるのは、総合型選抜や指定校推薦の対策対話は「①×②×③×体験」というのが、本当のセットだからです。この体験の意義や価値について学内では、常に議論になりますが、概ね学びのスキルや未来や自らの世界をつくるときのコアになる信念というマインド(ガイストという意味でのマインドですが)を生成するのに必要なのが体験だというのは共通認識ができています。

★この共通認識があるので、部活や行事、授業、学校説明会、課外活動などすべてにわたって生徒が主体的に考え、判断し、アクションを起こすことになる決定的な体験環境をセットするべく教師はプロデュースやコーディネートを行っているわけです。

★授業や探究ゼミは、全員が参加する体験だと読み替えてコア体験としていますし、それぞれの興味関心を進化させる有志が集まるプロジェクト体験は、バッファー体験として行っています。そして、「志望理由書×面接・口頭試問×小論文×体験」をワンセットで循環させるので、コア体験とバッファー体験は有機的に結合します。この結合は、教師や生徒によっても強度やアプローチに当然違いが生まれるので、多様なミニイノベーションが生まれるのです。

★したがって、「体験」は、今目の前のファクト的な体験を楽しむ「現在体験=da体験」ではなく、パラダイム転換に将来繋がる可能性のあるコペルニクス的転回「的」な決定的な体験をするという意味での「源体験=ソース体験」をコーディネートすることが大切です。

★もっとも、実はこのコーディネートは、どこか場所を用意するとか、外部の専門家を呼ぶとかではないのです。もちろん、時間や場所、人、もの、情報、カネは結合しますが、その結合のプロセスが内的PBLになっていることが肝要です。この内的PBLは、生徒自らが問いを設定し、その問いの探究を広め深めていくマインドとスキルと寛容性のシステム思考でできています。

★教育としては、ここまで到達しているので、そのクオリティはなかなかだと勤務校の先生方はすごいなあと実感しています。

★しかし、さらに合格を勝ち得るためには、「志望理由書×面接・口頭試問×小論文×源体験×B1英語」が必要になります。B1英語というのは、英検2級をとれる英語力環境というわけです。この環境があれば、カトリック特別入試である総合型選抜バージョンの試験に十分対応できます。つまり、上智などカトリック系の大学の実績は80名定員で10%以上合格してしまうのです。

★今年勤務校でも、6人上智を受験し、6人合格しています。来年以降はB1英語をB2英語にアップグレードします。大学全入時代の波もあるので、実績としては、さらに伸びると思います。しかし、一般に、「志望理由書×面接・口頭試問×小論文×体験×B1英語」をワンセットで循環できる学びは、受験だけ考えればやりすぎだと思います。たとえば、塾だと体験や英語まで具体的に結びつけるには特別プログラムででもなければコスパからいってやらないでしょう。むしろ、生徒は、この循環の中の弱みを強みに変えるために、弱みの部分を選択してそこを塾で鍛えてもらうパターンが多いでしょう。実際、そうやって、再び勤務校の教師と対話するという生徒も中にはいます。塾の機能としては、そういう弱みを強みに変える場として重要ですね。ただ、学校教育では、ワンセット循環環境をつくり、受験勉強以上の学びになっているわけです。

★でも、それが教育の本意だし、塾と違うということは学校当局が意識したほうが経済合理性を生み出せると思います。それはともかく、生徒が英検2級から英検準1級以上の英語の能力にシフトすると、これだけで、世界大学ランキング250位以上の海外大学の道も拓けてしまうのです。「総合型選抜」や「指定校推薦」の入試制度を逆手にとって、生徒の潜在的能力である1人ひとりの才能が開花するプロデュースあるいはコーディネートをすることが教師次第でできてしまうのです。

★ちなみに勤務校の外部団体が出している高校入試の偏差値は50です。ということは、中学段階の5教科の内申平均が3(5段階)の生徒が大多数です。でも、それは生徒の潜在的能力の評価スコアではなく、中学時点で行っていた受験勉強の結果にすぎません。勤務校の3年間で、その潜在的才能は、<源>体験をベースにしたコペ転的対話で、開花します。中学時点での内申5教科平均が3を切っている生徒も、上智大学に実は多数合格しているのです。

★しかし、カトリック的な意味合いで、愛の導者である教師の存在はおそらく最も重要だと思います。対話というマインドとスキルとビジョンを共有する教師陣。言語能力を日本語だけではなく、英語にも挑戦する教師。数学科と国語科の教師などは、生徒がやるならと自分たちもいっしょに2級に挑戦しゲットしています。そして、2級では、必ずしも英語で思考する力が未熟でも取得できる程度の経験値であることを身をもって理解しています。だから、もっともっととなります。このような教師が生徒とかかわれば、生徒もあるときはフラットな関係ですが、あるときはまた謙虚に耳を傾けるリスペクトする存在にもなるわけです。高校生は、もう大人です。そのくらいの使い分けができる社会性はもっているものです。

★教師がマインド、スキル、ビジョンを豊かにしていける環境は、研修よりもある仕掛けが重要です。それは工学院や聖学院、かえつ有明などはオリジナルの仕掛けを持っています。聖パウロ学園もオリジナルの仕掛けを持っています。それはオープンになっていますが、まさか、教師のマインド、スキル、ビジョン、もちろん、アクションを豊かにする仕掛けだとはなかなか気づかないでしょう。それに気づけば、すばらしい学校教育が開かれます。そして、その気づきは自ら実感しなければ、人から聞いていたとしても、なんだそんなことととなります。そう言った途端、そこで、コペ転的視点が喪失します。

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2022年8月27日 (土)

チエコトバ代表谷口梨花さんと対話~新しいキャリアデザインの小中高の出発点としてのモンテッソーリ教育

★チエコトバ代表谷口梨花さんと新しい子供観、新しい教育観について対話しました。小中高教育の現行学習指導要領は、「主体的・対話的で深い学び」や「探究」に象徴される新しい学びや評価にシフトしました。しかしながら、なかなか変わらないというもどかしさもあるのも否めません。それはなぜか?学校組織や人材育成方法が変わらないからだという話もあります。たしかに、それもあるでしょう。しかし、谷口さんのお話をお聴きして、幼児教育の問題もあるかもしれないということに気づきました。

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GLICC Weekly EDU 第92回「これからの小中高大のキャリアデザインの出発点は幼児教育~モンテッソーリ教育」

★もし、多くの幼児がモンテッソーリ教育を受けていたら、その子たちが小中高時代になったとき、「主体的・対話的で深い学び」や「探究」に結びつきやすかっただろうなあと強烈に思いました。

★谷口さんのお話に耳を傾けていると、モンテッソーリ教育によって、子どもたちがどんどん人間の本質を広げ深めていく自己変容のベースを創っていくシステムがわかります。

★幼児期に自己変容のプロセスをいろいろな機会で体験できるのがモンテッソーリ教育だということです。もしこの自己変容体験を幼児期にしていなければ、大人になっても誰かから与えられたり指示されなければ動けなくなってしまうのかもしれません。

★逆に幼児期に自己変容プロセスをたくさん経験していれば、そのプロセスを小中高に適用していけるのであろうと思いました。

★谷口さん自体は、モンテッソーリ教育の現代化を企図しています。それは、STEAMやリベラルアーツの現代化が希求されている小中高教育につながっていくことでしょう。

★非認知能力があれば、学力を向上させ、チャレンジングな自己変容マインドも持てるようになると言われています。

★チエコトバは、それを大切にするモンテッソーリ教育をベースにしています。

★幼小中高の制度上の一貫性ではなく、教育の質の一貫性を生み出す出発点は、どうやらモンテッソーリ教育にヒントがありそうです。詳しくはYouTubeをご覧ください。

★谷口さん、貴重なお話を、ありがとうございました!

 

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2022年5月22日 (日)

首都圏の住みたい街と私立高校在籍者数シェア

★大東建託(東京都港区)は居住満足度調査を実施。その結果を「いい部屋ネット 住みたい街 ランキング2022<首都圏版>」として集計。その結果、住みたい街ランキングの1位は「世田谷区」、2位は「港区」、3位は「武蔵野市」となったようです。これをみて、私立学校が多い地区ではないかと思い、東京都のデータを調べてみました。

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★高校在籍者において私立高校在籍者数のシェアを区別ごとに算出し、多い順位並べました。すると港区や世田谷区はシェアが高いですね。私立高校が多いエリアということでしょう。私立高校が多ければ、住みたい街になるかどうか、その相関があるかどうかはわかりませんが、何らかの関係はあるでしょう。

★市部も調べてみました。

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★やはり武蔵野市のシェアは高いですね。成蹊、聖徳学園、吉祥女子などがすぐに浮かびます。住みたいと私立学校の存在はやはり何か関係ありそうですね。小金井市も私立高校の在籍者数シェアが高いですが、ICU高校、中央大学附属高校、東京電機大高校がすぐに思い浮かびます。やはり何か関係があるのかもしれません。

★とにもかくにも、東京都の私立高校の在籍者数シェアが58%というのは、他のエリアにはないことですし、世界でも大都市に私立学校が集結しているというのも珍しいでしょう。

★そして、同じ東京でも区部と市部では、そのシェアには差があります。やはり都心に近い方が多くなるのでしょう。もちろん、武蔵野市や小金井市のように郊外として都心と連動しているところは別です。

★区部でも都内の郊外エリアに接続しにくいところは私立学校の在籍者数のシェアがそれほど高くないというのは、私鉄やJRなどの電車の存在が関係しているのかもしれません。

★交通便と私立学校と住みたい街。要は立地はポイントです。立地が良いとは言えない勤務校は、その制約を超える構想力が必要ということでしょう。

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2022年5月16日 (月)

Discover 私立一貫教育2022 東京私立中学合同相談会 変化と普遍 本質と革新(01)私学の教師の仕事は本質的

★昨日、東京国際フォーラムで、「Discover 私立一貫教育2022 東京私立中学合同相談会」が開催されました。ウィズ・コロナの開催とあって、参加者は申込制でした。時間指定人数指定です。1万人定員のところ4万人を超え、抽選となったということです。2014年以来、大学入試改革、学習指導要領の改訂、パンデミック、ウクライナと続く国際社会秩序の動揺、高インフレによる衝撃にもかかわらず私立中学入試の受験生は増え続けています。不安定な世の中だからこそ、不測の事態に対応できる学習環境を選ぶというコトなのかもしれません。

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★開催10時の30分前、相談会の準備をしていた東京の私立中学184校の先生方に、一般財団法人東京私立中学高等学校協会の会長近藤彰朗先生(八雲学園理事長・校長)から挨拶としてのエールがおくられました。

★パンデミックをはじめ、この予測不能な事態の中で、先頭に立って私立中学の先生方は、創意工夫して、生徒の命を守り学びの機会を守り続けている。いかなる事態にあっても屈しないで、未来をつくる生徒の精神と知恵が育つ環境を創意工夫して乗り切っている。このような本質的な仕事をしている先生方は、医療従事者の方々と同じように、エッセンシャルワーカーであると確信していると。

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★たしかに、オンライン授業で乗り切らざるを得ない時は、オンラインで、しかしリアルな体験がなければ、多感な時代の人間の成長は豊かにならない。そのため、感染症対策を厳しくしながらも。ぎろぎりのところで創意工夫しながら行事や部活や体験授業を行っているのだと。

★現場で、教師は生徒共にリスクをマネジメントしながら、知識のみならず、感性や知恵も豊かにする総合的な教育を実践しています。いかなる事態にも屈せず、勇気をもって正しい言動を大切に生きる体験をしています。もしかしたら、このような状況のデメリットを自分たちを生徒と一緒に強くする経験値を高めているといっても過言ではないでしょう。

★こうして、私立学校は時代の要請に応じて、創意工夫をするがゆえに、新しい教育を展開していきます。しかし、時代の要請は、時代の不安を何とかせよという要請ですから、その不安に屈することなく勇気をもって世界を巻き込み生きていくという建学の精神が時代を超えて存在し続ける普遍的根っこは変わりません。

★コロナ、ウクライナ、フクシマなどの世界の問題が身近な問題と一致しているVUCA時代の真っ只中で行われたのは歴史的な意味があるのだと思います。

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2022年5月11日 (水)

高校の新学習指導要領によって際立つコト~聖パウロの国語の試みから

★今年の高校1年生から、新学習指導要領が実施されています。実際現場でやってみて、興味深いことと現実とのギャップがみえてきました。というのは、新学習指導要領と高大接続がまだまだマッチングしていないのです。教科書をやっているだけでは、従来と変わらない一般選抜の内容だと乗り切れないのです。一方で、総合型選抜はいけそうです。

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★たとえば、「現代の国語」では、論理的文章が中心なのですが、国語科主任の高橋先生は、文化人類学や文学などをクロスオーバーして、PBL型授業を展開します。グーグルクラスルームというプラットフォームを活用しながら、スライドや小論文をやりとりし、エンパワーメント評価とかフィードバックとかリアルでもサイバー上でも対話ができます。

★芥川龍之介などは、文学的なアプローチだけではなく、龍之介がその当時、つまり近代の読み解きをしていた法哲学的な視点があります。当時の社会情勢について、親友恒藤恭(当時京大教授)と夜を徹して話したそうです。それでも当時を2分していた社会価値観の両方に納得がいかず、第3の道を探っていたらしいのです。

★そのような論理的文章と文学的文章を背景にまで深めていけばたしかにクロスオーバーになります。

★しかし、一般選抜はそこまで求めないし、古典の勉強もしっかりやらねばなりません。ところが、この路線の学びが、新学習指導要領の国語の学びでは手薄になるかもしれません。

★そこで、進路指導部では、放課後でそこを補填する講座を開いているわけです。ヴェリタス、カリタス、100分学習という3つの体制が、すでにあったわけですが、進路指導部長は、この時間をさらに有効活用する仕組みを考えています。

★私立学校だから、柔軟に理想と現実を結び付ければよいのですが、果たしてそれでよいのかどうか。

★学習者中心主義でいくし、海外大学を希望する生徒もいるので、結局学習指導要領以上のことをやることになるので、現場は対応していきますが、学校の働き方改革を唱えていても、高大接続循環がうまくいかないと、結局はそんな改革もうまくいきません。

★はてさて、それぞれの学校で創意工夫してというのなら、もっと自由な設定をデザインすればよいのにと思うのは私だけでしょうか。

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2022年4月 2日 (土)

Gのチカラ(01)GLICC代表鈴木裕之氏 eduJUMP! に登場!

★2089年から21世紀型教育を見通すと、これからは3G×Dの時代であることは間違いありません。3G×Dとは、グローバル・グリーン・グリット・デジタルということです。Dは3Gの中内包されていますから、Gのチカラと総称してよいでしょう。Gのチカラは21世紀型教育の駆動力です。

このGのチカラを育成している21世紀型学習塾GLICCを経営しているのが鈴木裕之代表です。21世紀型の学習塾を標榜している唯一の学習塾です。そして、Gのチカラが作用している多様な拠点を取材している岩辺みどりさんが、鈴木さんにインタビュー。その記事がeduJUMP!に掲載されました。

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★記事のタイトルは「インター生、帰国子女…… グローバルキッズの中高選び」で、グローバルキッズが日本社会においてどのような中高選択ができるか、最近の潮流の情報が語られている貴重な記事です。

★さらに、まだ見え隠れして前面にはでていませんが、あるインパクトが内包されている記事です。記事執筆の岩辺みどりさんのプロフィールは、同記事でこう記載されています。

「一橋大学社会学研究科地球社会専攻修士課程修了。日経系列の出版社で雑誌編集記者とし て経験を積んだ後、退社し、独立。学生時代にオーストラリア、アメリカ、イギリスなど に留学し、20カ国以上を旅する。多様性のある社会をテーマに、ビジネスからライフスタ イル、教育まで幅広く取材、執筆する。二児の母。」

★岩辺さん自身グローバルキッズの先駆けだったのです。Gのチカラの側からみると、日本の強みも弱みも明快に見えます。岩辺さんは、その弱みを強みに転換すべく、いろいろ仕掛けています。

★その一環として、21世紀型教育機構の加盟校も注目し、私立中高一貫校のアップデートインパクトを生み出す記事も幾つか手掛けています。

★しかし、今回は、学校以外にもそのような転換拠点(トランスフォームセンター)を見出したようです。

★さりげなく、国際生・帰国生が進む中高のカテゴリーがデザインされた図が掲載されていますが、これはグローバルキッズの選択カテゴリーと置き換えたらどうなるかという話が背景にあります。

★コロナ、ウクライナ、フクシマが象徴する転換への痛みがニューノーマル時代の生活と密着している今日、国際生・帰国生<国内生という既成概念は崩れています。もはやZ世代はグローバルもデジタルも当たり前です。これからの中学受験生はα世代ですが、この世代はGのチカラが当たり前の世代です。

★ということは、国際生、帰国生、国内生はすべてグローバルキッズとして包摂されます。

★しかし、このような新概念を今の中高の制度カテゴリーでは、収まり切れません。

★というわけで、いずれ文科省あるいは大学は、公立学校と私立学校以外に、インターナショナルスクールを1条校に相当するとみなすカテゴリーを作成せざるを得なくなるでしょう。

★小学校5年、6年で英語を教科化したがゆえに、そうなるのは、文科省も大学も織り込み済みなのかもしれません。すでにTPPの議論が盛り上がっていた2011年ごろから、その目論見はありましたから、ようやくという感じです。

★実際イギリスのパブリックスクールやインターナショナルスクールも日本にやってきています。

★従来は日本の大学を考えるとインターナショナルスクールから日本の中高という流れにならざるをえなかったのです。もしインターナショナルスクールからIBのディプロマなどで大学に行くとなると、それは誰にでも行けるわけではない狭き門でもあります。

★ところが、今は多くのグローバルキッズが英語でも学べる拠点の一定量を欲求しています。公立学校、私立学校、インターナショナルスクールとはまた違うGコミュニティーが出現するでしょう。その一つがGLICCです。GLICCは、学習塾ですがイナターナショナルスクールの機能も活用できるのです。

★多様性の時代とはそのような流れが生まれるものですね。GLICCに限らずどんどん生まれてくるでしょう。

★岩辺さんの眼はそのようなオールタナティブなG拠点を見通しているわけです。

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2022年3月29日 (火)

2089年から考える21世紀型教育(08)湘南白百合の最前線 新しいコーディネート、新しい高大連携、自己変容、変わらぬ気遣い

★湘南白百合の最前線は、新しいコーディネート、新しい高大連携、生徒の自己変容、変わらぬ気遣いで満ちています。前回ご紹介した教頭水尾先生との対話と同校のfacebookを照合すると、そのことがはっきりします。

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(写真は、湘南白百合のfacebookから)

★「新しいコーディネート」というのは、従来から外部の団体、たとえば政府や企業、NPOとのコラボレーションは、どこの学校でも行われていました。しかし、次のような同校のfacebookのコメントを読めば、従来とは違う「新しいコーディネート」が行われているのが了解できます。

<今日・明日の2日連続で、ドローンを飛ばして空撮動画を撮り、それを編集して映像作品を作ろう、という探究講座を実施しています。講師は、B'zやONE OK ROCKのライブ映像なども手がける船津宏樹氏。栄光学園の生徒も一緒に参加しています。
ドローンの構造を学んだ上で、どんな映像作品にしたいかチームで考え、中庭でドローンを飛ばした生徒たち。青空と湘南の海、そして満開の桜という抜群のロケーションの中、思い描いたような映像を撮ろうと試行錯誤し、うまくドローンが飛ぶと歓声が上がっていました。協働し、楽しみながら創造力を磨く本講座、今日の映像を素材に明日は編集作業に入ります。 >

★男子校「栄光学園」の生徒も参加という、外部の中に専門家だけではなく、近隣の学校の生徒も参加し、プロジェクトを遂行してしまうというわけです。これは画期的です。コンテストとかではなく、探究の講座としてコーディネートしているのですから。

★「新しい高大連携」というのは、従来から大学の先生を招き講演を聴くという連携はどこの学校でも行われていましたが、湘南白百合の高大連携は先に進んでいます。やはり、次のコメントを読んでいただくと、新しさがすぐにわかります。

<【湘南白百合×逗子開成×サレジオ 3校合同探究オリンピック】
今日は本校を会場に「明日の思考力コンテストin湘南 春の陣」と称して、3校の中学生による探究コンテストを実施しました!
チーム分けはアプリで実施し、男女混合メンバーで臨みました。初めはぎこちなさが感じられましたが、次第に打ち解け、プラレールを使った課題をはじめ、答えのない問いに挑戦しました。


普段は別々の学校で学ぶ生徒達ですが、それぞれの持ち味を発揮し、短時間でチームを作ってチャレンジした経験は、貴重なものになったことでしょう。


最後に「問いを持ち、協働して探り、新たな智をつくる」ことについて、講師の 学芸大学 西村先生のレクチャーを受けた生徒達でしたが、まさにその一歩を踏み出す一日になりました。>

★この高大連携は、湘南白百合、逗子開成、サレジオの生徒が協働する探究講座です。学芸大の先生がレクチャーするだけではなく、プラレールなど学習ツールを介在させていることから、各校の教師も講座デザインに参加していることがわかります。大学の先生、中高の先生、生徒が三位一体となってワークショップを行うというのは、これもまた画期的です。

★そして、このような活動を通して、生徒1人ひとりが問いを立て、協働し、新たな智をつくるという「自己変容」を生み出しているというのも想像するに難くありません。

★このような「新しいコーディネート」「新しい高大連携」を企画運営することができるのはなぜか?「自己変容」を教師も生徒も期待し、実現してしまうのはなぜか?それは、次の変わらぬ気遣いの眼差しがあるからです。

<今日の午前中は、新中学1年生のご家庭への学校公開日でした。今年も入学式は保護者の方のご列席は1名までとするなど、ご家族でご来校いただける機会が少ない中、少しでも学校の様子を体感していただける機会になればと実施しました。
中庭の桜も少し咲きはじめ、ご来校になったご家族は思い思いに写真撮影をされたり、入学にむけて想像を膨らましていた様子でした。4月からの新入生の入学を、生徒・教職員一同、楽しみお待ちしています!>

★「気遣い」というのは、一つ一つの行為に価値を生み出すことだということが、この文章から見えてきます。価値とはある意味コンセプトです。コンセプトは目標を示唆もするわけですが、何よりそれは価値があること、一連の行為のエネルギーであることが大事です。

★見学会をやるのは、マーケティング的な意味もあるでしょうが、それ以上にこのコロナ禍のためなかなか会えなかったその痛みを共有し、それを解消しようという大事な意味があるというのがわかります。

★桜の花の存在が、家族の愛情を象徴する行為を誘うということもわかります。さりげないけれど、とても大切な価値意識がそこには現れています。そして、チーム湘南白百合のおもてなしの心。このおもてなしの気遣いは、未来への可能性を広げることです。

★かくして、イベントのプレゼンテーションやパフォーマンスは、新しい価値ある世界に巻き込む魅力を生み出すことなのだというが了解できます。改めて勉強になりました。ありがとうございます。

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2022年3月25日 (金)

2089年から考える21世紀型教育(06)反自己啓発というパラドクス ウェルネス症候群を超えるには

★最近おもしろい本を斜め読みしました。スヴェン・ブリンクマン教授の新しい翻訳書「地に足をつけて生きろ! 加速文化の重圧に対抗する7つの方法Evolving (2022/3/9) 田村 洋一 (翻訳)」がそれです。

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★次の目次をみると、かなり挑発的です。

イントロダクション 生き急ぐ人々
第1章 己の内面を見つめたりするな
第2章 人生のネガティブにフォーカスしろ
第3章 きっぱりと断れ
第4章 感情は押し殺せ
第5章 コーチをクビにしろ
第6章 小説を読め ―― 自己啓発書や伝記を読むな
第7章 過去にこだわれ
結論 加速文化におけるストア主義 

★しかし、世の中が政治経済や生命の危機に直面している時には、人間とは何かが問われますから、このような本が緊急出版されるものです。私たちはこのような本におそらく善い影響をうけるので、それはよいことでしょう。1995年の関西淡路大震災、サリン事件に襲われたとき、ソフィーの世界という高校生対象の哲学物語がベストセラーになりました。2011年の東北大震災の時も、ルソーをはじめ啓蒙思想のルネサンスがありました。そもそもバブルがはじけた1990年代の経済の空白時代にヒットしたのは「清貧の思想」でした。

★ですから、今回もそのサイクルだろうと思いましたが、反自己啓発だったり、内省を批判したり、オットー・シャーマーを名指しで批判したりしていたので、反自己啓発はともかく(私自身も商品化された自己啓発ものは、枠組みに収納される心理学の悪用だと思っています)、それ以外は、私自身への批判でもあるかもしれないと思い、kindle版がまだでていないのに、ハードカバー本で購入しました。ルーペ―を通して読み進むので、全編を読むのは辛いですね。それで、つい斜め読みになります。

★それでも、驚いたことに、私の批判どころか、私とシンクロするところばかりなのです。なんというパラドクスだと微笑みながら大笑いしながら読みました。

★要するに、あらゆる物事は物象化(典型が商品化)されるので、それに対してネガティブなストア主義的視座でとらえようということです。

★≪私学の系譜≫としての21世紀型教育は、あくまで権威や権力に屈しない啓蒙思想的な影響を受けた建学の精神といういう意味での伝統を保守し、それぞれの時代の革新に応じてアップデートもしようということですが、ブリンクマン教授の言っている21世紀というのは、加速文化をコモディティ化するトレンドを批判しているわけで、そうではなく、過去を大事にし、歴史という物語を大事にしろということですから、まさにこの精神は21世紀型教育そのものです。

★いずれにしても、21世紀の影の部分であるwell-beingを商品化してしまってそれに依存してしまっているウェルネス症候群から解放されるには、閉鎖的な内面をリフレクションするのではなく、地に足をつけ、内面と外界がつながった身体の内省化の協働によってWorld Makingをやっていこうよということです。それが21世紀型教育のManagement Learningです。

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