思考コード

2022年5月 1日 (日)

成城学園の魅力を支える物語スパイラル

青柳先生の成城学園の魅力を語るその方法の中に、魅力が映し出される仕掛けがあります。今回青柳先生は、3の累乗のスパイラルで語りました。大きく3章に分け、さらにそれぞれの章を3節に分類して語っていきます。その章や節の順番は、思考コードでいうA軸からはじまりB軸、C軸という広がりで話していきます。

Denoconnotaion

★しかし、おもしろいのは、A軸の章であっても、鈴木さんと対話することによって、A→B→Cのサイクルを回転させる対話になっていきます。随所にそのような話になりますから、デノテーション(外延:要するに形式知)の話の中からコノテーション(内包:要するに暗黙知)を見える化していきますから、そのたびに、小さな花が開花し、視聴している側は魅せられます。

★対話とは、デューイにとっては、ダイアローグです。ダイアローグとは、このような物語スパイラルを広げ上昇気流を生み出していく弁証法のことも意味しています。これもまたリベラルアーツの伝統ですね。ソクラテスの対話から始まって、デューイが批判的に継承したヘーゲルの弁証法です。

★官僚主導の近代教育のベースをつくり、今も継承されているヘルバルト主義は、このヘーゲルの対話を切り捨てる立場から出発します。

★成城学園が大正自由教育のスタースクールであり、先生方が未完の民主主義の教育を完成させるべく今もチャレンジしている姿が、青柳先生の物語る仕掛けに魅力的に映し出されています。

★ヘーゲルは哲学者としてよりもギムナジウムでカリキュラム改革を行った校長先生の顔の方が私にとっては親近感があります。詩を愛し、芸術を愛し、たくさんの生徒や学生と対話をし、紆余曲折を超えたからこその幸せな5人家族との暮らしを送り、最後はコレラに感染しこの世を去ります。VUVAの今の時代に重なる生き方ですね。

★そして、対話と歴史を重視していたのですが、ヘーゲルは若いころ、実は話下手だったというのは、どこか興味深いですね。

★デューイは、民主主義という立場からヘーゲルと対峙しましたが、ヘーゲルの生徒や学生と哲学対話をしたところには、PBLの根っこを見つけていたのかもしれません。

青柳先生が、学園生活そのものがPBLですからと語ったととき、デューイが教育は人生の準備ではなく、人生そのものだと言ったことを思い出しました。そして、大哲学者と言われているヘーゲルが、まだ哲学者として地盤を固められない時代に、中等教育で活躍し、そのとき生徒と共につくった今も読み継がれている「哲学入門」が、のちの大哲学に発展したというのを思い出しました。

★中等教育が成城学園のような教育の魅力を生み出すとき、ヘーゲルがそうだったように、すでにそこに未来が開花しているということでしょう。その花の咲いている姿に魅了されない人はいないでしょう。

★さて、この魅力を、成城学園の在校生が先生方と一緒になって説明会を作り、公開します。まさに生徒にとって、説明会作りもPBLです。同校のサイトにはこうあります。一部紹介いたします。詳しくはサイトをご覧ください。

 中学校見学会「成城学園に集まれ!!2022」

 さて成城学園中学校高等学校では、小学校4年生から6年生のお子様を対象とした学校見学会“成城学園に集まれ!!2022”を開催します。中学受験を考えている皆様に成城学園の雰囲気を感じていただければという思いから、体験型の見学会を企画して今年で20年目を迎えます。コロナ禍により一昨年度は中止、昨年度はオンラインでの開催でしたが、今年は従来の形に戻して開催することを計画しています。
 内容としては「成城学園での学校生活」をよりイメージできるように「体験教室」と並行して「見て!聞いて!私たちの学校」と題した学校紹介を行います。 「見て!聞いて!私たちの学校」では在校生が生徒の学校での様子や部活動、行事について紹介します。この学校紹介は、説明会等での保護者向けの説明ではなく、小学生に向けて成城学園の魅力を紹介する形で行います。また、「体験教室」は科学実験やクイズなどの他に、成城学園の伝統ともいえる芸術やスポーツの分野での企画をそろえ、皆様をお待ちしています。この2つの企画の両方に参加していただくことで、成城学園が大切にしている教育について、保護者の方だけでなく、実際に入学するお子様にもご理解いただけると考えております。

★成城学園の魅力をぜひ満喫してください!
 

|

2022年3月31日 (木)

2089年から考える21世紀型教育(11)聖学院 本橋先生に聴く 新しいトランジション M型思考力入試も一つの起点

★昨日一年ぶりに、聖学院の本橋先生と対話をしました。明日、GWE(GLICC Weekly EDU 第73回「聖学院中高ーグローバル思考と数学的思考から生まれる賜物:本橋真紀子先生との対話」)で対話するので、そのブレストという感じだったのですが、広く深い話をじっくりお聴きすることができ、1年の空白が私の拙い想像力によってでも埋めることができたような気がします。ありがとうございました。

Motohashi

(卒業式の写真は聖学院のサイトから)

★詳しくは、明日お話しいただけますから、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。

★それにしても、聖学院というのは、まさに「賜物」=「タラント」=「タレント」=「存在価値としてのかけがえのない才能」が、自然体で豊かになる学校です。

★本橋先生は、先日高校の卒業生を送リ出したばかりです。中1から共に暮らし、共に悩み、共に学び、共に変化を生み出してきた6年間。このような経験を本橋先生は、3度も積み上げています。

★本橋先生の6年間生徒と共にするときのマインドの特徴の1つは、トポロジーです。多様性の中にアイデンティティを共に創っていく数学的思考が適用されています。それからもう一つは、生徒が巣立つためにめちゃくちゃ試行錯誤をしているのを見守る眼差しが光っています。

★なぜか、生徒は卒業する時に、本橋先生にバラの花束を贈るそうです。さすが男子校というわけでしょうか。本橋先生の涙腺がとまらない様子が目に浮かびます。

★21世紀型教育機構がスタートした時、同士校と思考力セミナーを共有するワークショップを行っていました。ある男子校で行ったとき、その学校の男性教諭のみなさんが、一瞬にして生徒がマインドセットされ、協働体が現われるのに驚いていました。初めて会った生徒でもそうなのですから、6年間共にしたら、生徒がどれほど変貌・変容するのか想像するとワクワクします。

★実際、大学合格実績は、昨年同様よかったということです。そのことについて、特段本橋先生は多くを語りません。6年間生徒1人ひとりが紆余曲折ありながらもがんばったトランジションの成果で、十把ひとからげで語ることはできないのでしょう。それに学年や進路指導との協働もあるので、そこは控えるという謙虚さが、本橋先生らしいし、聖学院流儀の雰囲気でもあります。

★その6年間の紆余曲折・試行錯誤・山あり谷ありの豊かな体験を通して成長していくあるいは変容していく生徒の言動をサポートしてきた本橋先生のキャリア観というのは、いわゆる進路指導とは違います。

★いわゆる進路指導とは、偏差値データを分析して、偏差値をどのように上げるか、スコアの伸びに注目して行っていく指導のことをいいます。もちろん、それもやるでしょうが、偏差値データは参考にはしますが、それは外から与えられたモノサシです。

★それに囚われるのは、only one for othersの精神ではないのだと本橋先生はきっぱり。モノサシは内側から生まれてくる自分モードのものでなければ。でもそれは独りよがりではやはり自分の弱さに囚われることになるのだと。自分の弱さを解放するモノサシは他者のために貢献することにもなるものであると。

★世の中では、自分軸とかいわれたり、アイデンティティといわれるものですが、徹底的に外部の押しつけに囚われていないかどうか柔軟に思考する数学的思考が鋭いですね。似ているようで全く違うものと違っているようで共有できることがあるものとの差異は、体験と数学とそしてグローバル言語をミックス、あるいは越境できる知恵が必要だと。そして、その知恵を生み出す源泉はアートなのだと。

★それが生まれる起点の1つが思考力入試から始まっているのが聖学院です。明日、そこらへんを具体的抽象的に本橋先生からお聴きすることになると思います。鈴木さんの主宰するGWEは、メタ的な次元の話が多いのですが、ありがたいことに、共感してくださる方々も徐々に増えているということです。

|

2022年3月30日 (水)

2089年から考える21世紀型教育(10)クリティカル&クリエイティブシンキングがカギ 入学時偏差値が低くても、大学に合格するケースはたくさんある❶

★高校入学時偏差値が低くても、大学に合格することは可能な時代がすでに到来している。偏差値30代で早稲田大学に合格したというケースがメディアが大きく取り上げることはよくある。たしかに、出発点が30代で、早稲田大学や慶応に入るのは、そう多くはない。しかし、そういうメディア受けする大学でないケースをみると、初めは低いが合格時にはグーンと伸びているというケースはかなり多い。わたしたちは、その事実を大切にしなくてはならない。受験業界の価値意識は高偏差値のランキングだが、それは生徒1人ひとりにとっては、そんなに関係ない。「人生における存在価値」と「高偏差値ランキング価値」は相関がないからだ。そもそも大学に行こうが行くまいが、「人生における存在価値」はあるのだから。にもかかわらず、あたかも偏差値ランキング価値と短絡的に結びつける人も多く、それは困ったことだが、それもいずれ、このようなケースが多いことを広く共有することで、それは間違っていると気づくだろう。

D_20220330080101

★さて、その事実とは、先ほどから言っている「高校入学時、大学入学者ゾーン(以降「Dゾーン)にいなくても、大学入学者ソーンにシフトする生徒はたくさんいる」という事実である。

★そして、なぜそういうことが起きるのかというと、それはクリティカルシンキングとクリエイティブシンキング(2つを「C軸思考」と呼ぼう)を「身につける新しい学び」が高校で展開されるようになったからだ。展開されていると言っても、まだまだ少ないから、そのような新しい学びを展開しているところでは、Dゾーンシフトできる生徒が多数あらわれると言った方が現時点ではよいかもしれない。

★いずれは、今回の新学習指導要領で、すべての高校がこの新しい学びを展開せざるを得ないので、どの高校からもこのDゾーンへシフトすることが可能になる。しかし、100万人の高校卒業生に対して、大学総定員は約55万人だから、限界はあるだろうと思われるかもしれない。しかし、数年で80万人時代がくる。それでも25万人は行き場がないではないかと思うかもしれないが、海外大学がオンラインで入学できるようにどんどんなっていく。

★ハーバード大学やスタンフォード、MITなどがメタバース領域で行うことは可能。そんなことは2025年には現実になっているだろう。

★世界中経済格差があるが、そんなことを放置していたら、世界の大学が干上がってしまう。それを考えるのもC軸思考。C軸思考の重要性がDゾーンシフトを偏差値を超えて起こり、それがある沸点に行き着いたとき、そのタイミングで海外大学が日本にどっと参入する。そのシナリオはすでにTPPの議論がされている段階であったものだ。

★そんなことより、なぜC時思考を身に付けるとDゾーンに移れるのか?それは、もともと偏差値は知識・技能の領域しか測定できなかったのであるからだ。この領域のうち、知識・理解を「A軸思考」と呼び、ロジカルシンキングを「B軸思考」と呼んでおこう。

★すると、A軸思考と知識を論理的につなぎ合わせるB軸思考までは、偏差値で測れたのだが、C軸思考は実は測れない。その一つの例として、次のような日比谷高校の推薦入試で出題された小論文(令和3年度:東京都が公表)を見てみよう。

小問1
SDGsの目標の相互の関連性を踏まえた上で、目標の一つである「2 飢餓をゼロに」という目標に対して「農地を増やす」という解決策を考えるとき、これにより良い影響が及ぶと考えられる目標と、悪い影響が及ぶと考えられる目標をそれぞれ一つずつ示し、その理由を説明する。120-140字
小問2
図2、3を踏まえて、日本が世界をリードしてその取り組みを発信できる目標を示し、その理由と具体的な取り組みについて説明する。420-460 字

★これは、演繹(ディダクション)や帰納法(インダクション)で論証できない。あくまで、仮説として推理(アブダクション)していくものだ。つまり、三角ロジックのうち、データ部分はあくまで妥当性のあるものを推理して論じていくというもの。妥当性をそなえなければならないから、たんなる思い付きではダメで、クリティカルシンキングが必要。そのうえで、小問2のようにクリエイティブシンキングを発揮する問いのデザインになっている。さすがだ。

★この問いのデザインは、東大の帰国生対象の小論の作り方と同期する。今年も出会った帰国生2人が東大に合格したが、知人に頼まれ、2時間ぐらいのワークショップを手伝った。日比谷高校の入学時にこのようなC軸思考をもって入れば、卒業時に、この2人のようなハイレベルC軸思考を身に付けることはできるだろうと予測するのは難しくない。もちろん、私の経験値に過ぎないが。

★しかしだ。この推薦入試は、日比谷高校だけが行うのではなく、多くの都立高校や私立高校でも実施している。SDGsのデータや情報を踏まえて、未来を創る方向性の問いのデザインは、多くの学校でも実施している。そのとき、日比谷高校を合格した生徒の答案と偏差値が50前後の私立高校を合格した生徒の答案を見比べることが、もし可能であれば、驚くべき事実が判明するはずだ。

★どんな事実か。大差ないという事実だ。

★もちろん、語彙量やどんな言葉を選択するのか、表現の巧みさの違いはある。しかし、このような小論文は「人生における存在価値」が土台になってしまうから、その土台では大差ないというか差がつけれれない。だから、得点をつけるとしたら、語彙、言葉の適切な語用、論理的繋がり、適切な表現技法などなど。

★しかし、大事な事実は、この「人生における存在価値」が育っているかどうかである。偏差値が高くても育っていないこともあるし、偏差値が低くても育っていることがある。

★なぜそんなことがおこるのか?そして「人生における存在価値」を土台とする新しい学びが大学に合格するかどうかだけではなく、今後重要になってくるのはなぜなのか?それを考え、勤務校で実践していきたいわけである。(つづく)

 

 

 

 

|

2022年3月29日 (火)

2089年から考える21世紀型教育(09)中原淳教授の「経営学習論」 ピーター・センゲの「学習する組織」を超える視座

★中原淳教授の「経営学習論」は興味深い。ピーター・センゲの「学習する組織」を無視はしていないが、実証的にそれを超える作業を丁寧に行っている。そして、実証的な論調がゆえ、ピーター・センゲのような創造的な閃きがなさそうな表現がゆえに、一見すると静態的なトーンで進むのであるが、行き着く先は、スーパーダイナミズムである。

51f6hnzzvql_sx353_bo1204203200_

★いかにダイナミックなのかは、読み手によって変わるだろうから、それは手に取って読んでいただきたい。もちろん、私は相変わらず斜め読みで申し訳ないが、刺激を受けたことに違いはない。

★何が刺激的かというと、ピーター・センゲを超えていくということは、21世紀型教育そのものが変容するということなのである。それは確かに画期的だ。これまでの21世紀型教育は、20世紀の物質文明依存主義からの脱却だった。脱偏差値なんて言説は同じ意味である。ピーター・センゲのシステム思考が知的で精神的な活動の好循環をもたらす発想であり、物質文明が破壊してきたこの循環の回復だった。

★しかし、人類は誕生するや物質を道具として、その道具を介して文明や文化を構築してきたわけだ。したがって、今後、私たちは、物質と精神とか身体と精神のような二分法はとらない。この二分法は、組織において、現場主義的な知と理論知をわけてきた。

★これは、極端に言えば、中等教育機関と高等教育機関(大学)は違うという話につながってきたし、企業においては、現場主義と研究主義とは違うと二分されてきた。受験と教育は違うというのもそうだ。

★どこの領域でもシンクタンクがあるが、やはりシンクタンクは現場と乖離してきたというか、そう話されてきた。

★デジタル化という新しい道具によって、その二分化の壁をクリアしようということなのだ。デジタル化を進めたくない人は、二分化が居心地がよいからである。ただ、二分化を進める便利主義はデジタル化推進者の中にも大勢いて困るのだが。

★ローカルとグローバルという二分化も、この二分化と同期する。デジタル化やSNSを規制したいという動機付けは、二分化という格差主義によって利益をうる層がいるからである。

★ドネラ・メドウズの生み出したシステム思考は、この二分化を限りなく越境していく発想だった。それがゆえに、彼女の発想は小学生にも浸透する勢いだった。しかし、今はその勢いは限定的だし、その後継者の1人であるピーター・センゲも理論知の中に収納されてきている。

★二分化は近代化の十八番であったが、その出発点においてもう一つの近代化があった。それは、法実証主義による制度設計によって、無視されてきた。その出発点において、デューイやパース、ジェームズは回復しようとしたし、最近ではハワード・ガードナー教授がアート知によって回復しようとしている。

★20世紀型の失敗を問うているだけでは、21世紀型のビジョンは、独り立ちしない。その点、21世紀型としての経営学習論が立ち上がる突破口を中原淳教授は語り始めている。

★ただ、二元論ではなく、多元論的一元論なので、複眼的視座で関数的変容把握をする必要があるのではないかとは思う。つまり、思考コード的発想であると思うわけである。

|

2022年3月16日 (水)

成長と思考コード(01)八雲学園の生徒の成長 思考コードでみる

★八雲学園のサイトの記事がとても興味深いのです。その記事とは「3月の文化体験教室は映画「今日も嫌がらせ弁当」を鑑賞しました。」です。この記事の中には、中1~中3までの生徒11人分の振り返りが公開されています。しかも、どれもきちんと「主張+根拠」が記述され、それに「内省」「クリティカルシンキング」「共感」「応用」・・・などなどの内容が付加されています。

Yakumo_20220316164201

(八雲学園は、毎月文化体験教室を実施しています)

★そしてその付加されている量と質によって、成長がわかります。きれいに中1から中3になるにつれて、その付加された度合いが高くなるようになっています。この記事を読めば、八雲生は確実に成長していくのだとそのプロセスが了解できます。11人の文章を思考コードで分類してみました。赤〇が女子、青〇が男子です。思考コードの領域の番号と学年を刻印しておきました。

Yakumocode

★B1というのは、「主張+理由」の構造で文章が書かれています。

★B2というのは、「主張+理由+対照的なものの見方」。

★B3は「主張+理由+対照的なもの見方+メタ認知的視点+etc.」となっています。

★C1は「主張+理由」ですが、その主張が母の想いをかなり広く深く推理している書き方をしています。

★C2は、C1の構造に、さらに付加的な内容が加わっています。

★C3は、B1からC2まですべてを活用しています。こんな感じです。

Photo_20220316202501

★リフレクションとして、深い内省と母と子の関係をメタ的に認識し、そのうえで、未来の自分は母としてどう生きるかまで覚悟を決めているわけです。

★中3になったときに、このような複眼的でクリティカルな思考様式を思考のルーチンとするわけです。この思考ルーチンがベースになって、高校になって直面する社会課題や自分の関心のあるるテーマを考えていくわけですが、このC3思考ルーチンが身についているからこそ深堀していくことができます。

★広い視野深い内面的世界を組み立て行こうとは言うは易く行うは難しであって、中1から中3までのこのような思考ルーチンを身に付ける文化体験や行事をプロジェクト化して取り組む八雲の総合的な教育力のなせる業です。

★これから、受験生の保護者が思考コード的なレンズを身に付けると、八雲学園をはじめとする本物の教育を実践している学校を発見することができるでしょう。

 

 

 

|

2022年3月 8日 (火)

学校が変容するというコト(20)首都圏模試センター「高校受験情報誌」プロジェクト始まる❶

★首都圏模試センターは、今のZ世代やα世代が活躍する場である近未来社会が垂直的階層性を水平的多様性にシフトして、すべての人々が幸せになって欲しい。well-beingを生み出したいという会社の理念に基づいて、偏差値だけではなく多次元評価軸として思考コードを開発しました。昨年からあらゆる領域で普及を開始。特に新タイプ入試のように骨太の思考力全開の動きをリサーチし、情報共有を広げて、そのような学校の動きを支援してきました。

Photo_20220308131502

(首都圏模試センター取締役・教育研究所長北一成さんから頂く)

★その結果、新タイプ入試は激増し、偏差値以外の評価軸で私立中高一貫校に入学する生徒が増えてきました。そしてその生徒の学びや学園生活のトランジション(軌跡)を追跡すると、多様な教育活動でプロジェクトリーダーシップを発揮し、大学も東大レベル以上の海外大学に進学するケースが激増したのです。

Photo_20220308132001

 

★これによって、偏差値序列で人生が決まるわけではないことが、わかってはいたけれど、実感できなかった以前とは価値観が大きく変わりはじめました。偏差値で測ることができない新タイプ入試だけ受けて、私立中高一貫校に入学する受験生も増えてきたのです。

★まだまだ垂直階層化はありますが、それは市場においてはone ov themで、いろいろなクラスが生まれ、水平的多様性ができつつあります。

★しかし、これはまだ中学受験生の話です。私立中高一貫校のほとんどが、高校募集もします。その高校募集はまだ垂直階層化が解かれていません。98%以上の生徒が高校に進学し、中学卒業段階で浪人生を出さないという文部科学省の意図もありますから、垂直階層化に収まるように配分されるのが現状です。

★垂直階層化による生徒のメンタルへの圧力は強く、それがきっかけで、体調を崩したり、不登校になったり、人間関係をうまくつくれなかったり、多くの亀裂が生まれています。

★それをなんとか解放できないか?その強い想いが首都圏模試センターのパッション、ミッションになって、20校近くの学校の先生方と「高校受験情報誌」の編集過程で画期的解決法を見出そうというプロジェクトが動き始まました。

★毎週のようにZoomミーティングがあり、現状把握と思考コードの応用方法を探っています。

★そして、なかなか突破口が見つからないのは、なぜかがわかってきました。

|

2022年2月25日 (金)

学校が変容するというコト(13)グローバル教育の新たな展開 聖パウロ学園の大久保先生

★海外の大学院で研究していたということもあるのかもしれませんが、聖パウロのグローバル教育部長で英語科主任の大久保先生は、Thinking Routines Toolを自在に使いこなします。このToolはアプリとかデジタルな何かという物ではありません。短いQuestionを生徒に投げかけながら、自明性を開いていきます。身近な出来事や一般に当たり前と思われているものの見方や考え方を問い返しながら、生徒でも世界の思想家と同じ視座に立てるようになるのです。

Okubo_20220225131901

★英語の授業のときだけでも部活の時間だけでもなく、HRや探究の時にも問いかけます。生徒たちは、初めは驚きますが、徐々に視座を高くしていきます。

★グローバル教育というと、英検2級以上のためのトレーニングとか海外研修旅行とか中長期の留学とか思い浮かべるでしょう。もちろん、そのようなプログラムも大久保先生は英語科の同僚といっしょにプロデュースしていきます。

★しかし、大久保先生は、それはグローバル教育の一部でしかないのだと。

★思考コードのすべてのドメインを生徒自身が身につけることこそが重要なのだと。すなわち、パンデミックショックや今回の平和を揺さぶるような危機ドミノに遭遇した時に、自分は何ができるのか自分はそもそも何ものなのか意思決定し、多様な人々とディスカッションしながら問題解決のために協働していく構想力を身につけることが重要なのだと。

★黄金律を内なる光とし、高い視座と創造力、そしてケアリングを発揮していく生徒が生まれるグローバル教育の環境を作っているのが大久保先生です。

★今回のパンデミックや危機ドミノにおいて、ある共通のイノベーション(政治的に高度な問題なのでここでは具体的には控えます)が急務となっています。それを実現するには高い視座と創造力が必要です。また、そのイノベーションが必要だと確信するには、両方の危機において困っている状況下におかれた人々をケアする過程から生まれてきます。

★そのようなダイナミックで繊細な発想力と実行力を世界の人びとを巻き込んで発揮していくグローバルリーダーを生み出すことがグローバル教育の真骨頂でしょう。もちろん、英語ができなければ、そもそも世界の人とディスカッションができません。このことを忘れてはなりません。

★大久保先生の目からウロコの発想。パウロのグローバル教育の源泉です。

|

2022年2月17日 (木)

学校が変容するというコト(03)2022年慶応義塾大学 文学部小論文の問い 「正義論」をモチーフにThinking Routinesの取り組み

★今年の慶應義塾大学の文学部の小論文は荒谷大輔教授の「使える哲学」の【第4章正義ー「権利」への欲望】から。第4章のうち、正義というのは、自由と平等を保障するともいえるが、その正義や正しさを成立させる自由とか平等って何んだろうという問題提起のところで終わる切り取り方をしていました。

418t96pu0ds_sx339_bo1204203200_

★この章の最初の部分(つまり出題された箇所)は、リバタリアニズムとしての正義論を、ハーバーマスとロールズが、それぞれのアプローチで批判している話が中心ですが、それが権利をどう扱うかによって、正義論の構成が変わるという問題提起がなされています。この部分を慶応大学は、要約させ、正しさについて自分の考えを論じなさいと問うわけです。

★ハーバマスの考え方は、彼の著書「公共性の構造転換」から引用しています。ロールズは「正義論」からです。今年の新高1から新しい学習指導要領になり、「公共」という科目ができるわけですが、その教科書には、ロールズは扱われているはずです。そういうトレンドも配慮してなのか、このような問いを出題したのでしょうか。

★それとも、パンデミックショックによって、新しい資本主義とかグレートリセットとかいう新しい考え方が時代の精神ということもあり、文学部としては時代のパラダイムを読み解くという観点からこのような問題が出題されたのでしょうか。果たしてそうなのかそうでないのかはわかりませんが、本質的な問題ですね。

★法学部で出題されても良いぐらいです。

★ただ、法学部だと、この文章の続きを出した方がそれらしくなります。もっとも、この後の権利についての論考は、ホッブスとロックについてで、自然法と実定法の葛藤とそこからうまれる権利に対する考え方の相違についてですから、これは、東大でも京大でも名古屋大でもよく出題されるテーマなのでそう難しくないわけです。

★その点、今回の問題は、その権利が生まれ出ずる「正しさ」という前提を問い返し、概念と社会の葛藤を考えさせる根本的な基礎的問題になっています。

★「正しさ」を多様な価値から接近して捉え返すわけですから、大学に入ってから探究や研究をする際に必要な複眼思考とセンス・メイキングの思考の基礎を持っているかどうか診断する問題です。

★この思考の基礎を診るには、モチーフを「正しさ」にする必要は必ずしもなく、オックスブリッジの「りんご」について説明せよとか「カタツムリ」には意識があるかなどのようなモチーフでもよいのです。

★実は、この思考の基礎は、最近ではハーバードのプロジェクトゼロなどで研究されている、思考力育成のプログラムのシークエンスの最初のThinking Routinesと呼ばれているメソッドです。

★このプログラムのシークエンスの最終段階は探究ベース思考になります。

★そういう意味では、入学する前に、この最初の段階を身に着けてくるようにというメッセージがこめられていると言えましょう。

★これは、慶応義塾大学だけではなく、多くの大学で課される小論文の思考力のレベルだと考えてよいと思います。

★すると、一般入試で求めらる思考力というのは、このThinking Routinesだとおそらくなるでしょう。

★一般入試ですから、高校の教科の授業で行う思考力レベルは、ミニマムには、Thinking Routinesレベルはやっておかなければならない時代になたっということです。教科で扱う思考力と総合的な探究の時間で扱う思考力のレベルは戦略的に分けて統合するカリキュラムがよさそうですね。

★学校が変容するのに、必ずしも大きなプログラムを導入する必要はなく、日々の教科授業にこのThinking Routines Toolを埋め込むだけで、ケミストリーが起こるのではないかと思っています。

|

学校が変容するというコト(02)聖学院 問いの戦略がヒカル

★先日21世紀型教育研究センターのリーダー児浦先生(聖学院21教育企画部長・国際部長・広報部長・マルチプレイヤー)の話を聞いていて、なるほどそうだなと感じたこと。それは、聖学院の先生方はみな「問いの戦略」を体得しているなあということです。その象徴が思考力入試におけるデザインです。

Photo_20220217104601

★日本では、まだまだ英語教育が遅れているので、グローバル教育で旗がなびきます。またデジタル化も産業構造が硬くて相当おくれています。ですからデジタル化のことをイノベーティブ教育だと考えまたまた旗がなびきます。

★ところが、欧米では、英語はあたり前ですし、デジタル化も教育では日本に比べ相当進んでいます。したがって、この2つを教育の柱としても、それがなんだということになります。でも、それがゆえに、今の日本では、英語とデジタル化の教育は重要なのです。

★それはともかく、欧米では何を大事にしているかというと、思考力を育成する壮大な緻密なダイナミックなプログラムの実践です。それこそがイノベーティブなのです。ハーバードのプロジェクトゼロとかMITメディアラボとかで幼稚園から大学にかけてまで、思考力ベースのプログラムが日々更新され蓄積され、議論され現場でシェアされというプラットフォームがあちこちに広がっています。

★ハーバードのプロジェクトゼロなど、各国の教師が参加し、全米どころか、たとえばオーストラリアなどにも飛び火して現場の教師がシェアして活用しています。

★21世紀型教育研究センターの先生方が実践しているPBLや思考力入試で毎年生成される問いという無形資産は、量としてははじまったばかりですから少ないですが、クオリティとしてはプロジェクトゼロの先生方に匹敵します。もし、英語で21世紀型教育研究センターのSGT(スーパーグローバルティーチャー)のみなさんが参加したら、一目も二目も置かれ、そのデザインやツールをシェアさせてくださいということになるでしょう。

★しかし、このことを知っている人は、日本では数少ないのです。まったくもって日本の教育は損をしています。

★それはともかく、それがゆえに、問いの戦略を小さく始めて大きく育てるアイデアを持っている先生方があふれると、言い方を変えると、すべてのクラスで「問いの戦略」デザインが展開されると、学校は自ずと変容するのです。

★聖学院は、「問いの戦略」が光り輝いています。子どもたちの未来を描く保護者にとって、それは希望のランターンになるでしょう。

|

2022年2月12日 (土)

思考コードについて近頃感じるコト(02)外延の明快さと内包の深遠さの多面体 明快さだけでは社会課題は解決しないが、わかりやすさの神話が内包の深遠さにマスクをかける ICTの個別最適化がクリエイティビティを阻むかも ICTのパラドクスを解くために外延と内包を往復する

★最近というか、昔から、常に<わかりやすさ>という<ひとの壁>(養老孟司さん風に)にぶつかっています。教育現場では、そう簡単ではないからというわけではありません。現場は<わかりやすさ>を求めて<複雑>にするのが常です。というのも<わかりやすさ>とは大切なプロセスや一貫性をつくるための関係性をショートカットしてしまうのです。

★ショートカットは見た目は合理的ですが、プロセス循環を無化するので、非合理的な場合もあります。ところが、このプロセス循環は目に見えませんから、思考停止しているとショートカットしてしまいます。これは何も教育現場に限らず、<わかりやすさ>やAIなんかで<効率性>を求めることを鼻を膨らませて得意げに語る方々にあるあるケースですね。それもしかし、世の常です。

Photo_20220212195001

★だからといって、ICTやWebを否定しているわけでは毛頭ありません。実際この3週間は、オンライン授業でしのぎました。ですから、目に見える明快な部分ももちろん必要ですが、これは外延的な表現です。その表現の背景に関係性が入れ子のようにつながっています。これは目に見えないというレトリックは使いますが、目に見えない=わかりにく=ないものにしようという短絡思考、つまり思考停止してしまうのも世の常です。

★養老孟司さんは、こういうのをかつて<バカの壁>と呼んだわけですね。

★でも、<バカの壁>の真骨頂は、その目に見えない部分を<わかりやすく>表現してくださいよお~と著作権を平気で奪取するような口調で語ってくるのです。しまいには、わからないのはあなたのせいだと夜遅くに電話をかけてきたりする始末です。かつて思考コードの件ではよくどなられました。そのような叱るのを何とも思わない人材のいる職場がハッピーなわけないですね。

★かくして、思考コードを巡っては、組織のリーダー論が透けて見えるリトマス試験紙にまでなってしまっているなあと最近つくづく思います。もちろん、勤務校では、すんなり思考コードを活用して対話できるし、仲間の多くの学校の先生方とも語り合えます。そういう学校は、生徒募集がうまくいく傾向にもあります。

★ところが、思考コードについて対話している時に、対話ではなく正解を教えてくださいという場になってしまうときがあります。それは思考コード=ルーブリックだと外延的表現に固定して考えたいというインストラクション型症候群の人に多いですね。

★図に表したように、思考コードは、左の図のように9つの領域を外延的表現であらわしています。しかし、実際授業という生ものでは図の右のように、9つのそれぞれの領域に入れ子のようにまた9つの思考コードが現われるのです。思考コードのフラクタルになっているのです。これが思考コードの内包的関係性です。

★この複雑性に耐えられなくなって、ルーブリックでインストラクションしてしまおうという思考停止が生まれる現場では、知の雰囲気がふくらまないのです。インストラクション型症候群が蔓延してしまうでしょう。

★インストラクション型症候群蔓延防止のために、対話は欠かせません。勤務校の数学科の教師と入試問題研究をしていると、その問題をC軸思考という深淵にアクセスするにはどうするかとか、A軸の問いの中でもC軸はマインドセットできるねとか関数関係の話になります。複素平面的どうのこうのとかなっていくと、私はついていけなくなりますが、私の役割は場が知の雰囲気を膨らませていくようになる触媒ですから、いいねいいねと思っています。

★かつて私がいいねいいねというと、楽観的だとか軽薄だとか深くないとかおよそ軽薄なことを深刻な顔で強迫観念的表情で向かってくる人もたくさんいましたが、創発の機会損失を行う養老孟司さん風にいうと<バカな壁>同然の人もいましたね。

★一方で、探究だ、個別最適化だとか、すてきな試みですが、思考コード=ルーブリックになると、実は偏差値とあまり変わらないのです。いやむしろ基準を恣意的に固定することになっていることに気づいていないという厄介な雰囲気が生まれる時もあるのです。

★関数というのは、たしかに図式化すると座標軸が現われますが、座標軸はいったいどこに設定されているのでしょう。見える化は固定化です。<わかりやすい>ですが、そこで終わらず、再び関数方程式化する必要があるでしょう。つまり見える化は外延化であり、関数方程式化は内包化です。

★数学的思考とは、外延と内包を自在に往復できることです。外延は個別解です。内包は全体解です。個別解と全体解に分析するのが固定化であり、その両方を往復するのが統合です。したがって、数学的思考とは、思考そのものです。

★論理的思考とか批判的思考とか創造的思考とかは個別解です。全体解は思考コードです。そしてその外延という明快さと内包という深遠さをルビンの壺発想に収めるのが統合です。

★最近は、こんな話をしてもだいぶ平気だし、このような対話ができるプロジェクティビストの先生方は、極めて実存的で合理的で成果も生み出します。ぶつぶつ不平不満を言ってくる人は、実は何もやらない人だし、好きなことしかやらない人です。

★合理的で数学的な思考をフルに生かしている教師が、何かあったら人知れず朝5時くらいに出勤していたり、さっさと帰宅したかと思えば、構想アイデアを自宅で創って、メールで送ってきてくれたりします。学校が違うにもかかわらず、夜遅くZoomで助言してくれたり、それぞれの学校にいるのに、援護情報を送ってくれたりするのです。互いに苦戦もするときもありますが、必ずや乗り切り、突出した成果に到るものです。

★身体感覚で申し訳ないのですが、共感共振は相互にエンパワーし勇気づけ、善き雰囲気を広げます。市場を浄化するのです!新しい資本主義とは、システム改変も必要ですが、すぐにできることは市場の浄化プレイヤーの協働です。そういうプレイヤーを私はプロジェクティビストと呼びたいと思います。

|

より以前の記事一覧