創造的破壊

2021年9月 5日 (日)

首都圏模試、2024年、2027年の市場変容に向けてダイナミックに動きを作っています。抑圧市場からウェルビーイング市場へ

本日9/5(日)に首都圏の25会場で首都圏模試センターの小6第3回・小5第2回「合判模試」が開催されています。合わせて20,000人弱の受験生がチャレンジしていると思われます。そして、ここに驚嘆すべき情報誌が配布されています。それは今までとはパラダイム転換を果たしている<shutomo>です。首都圏中学受験生の20%強の受験生の家庭に3年後の2024年、6年後の2027年に中学入試市場が2段階で大変化することをアブダクション的に大胆に推理・編集して、共有しているのです。

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★今までの情報誌と言えば、偏差値動向、入試要項変更情報、学校の教育情報、大学合格実績情報が中心で、情報編集の方法は演繹的な論理が中心でした。しかし、今回のパンデミックで、今まで語られてきた予測不能な時代というのが遠くの話ではなく、いまここで起きてしまっているため、帰納法的論理やエピソード推理以外に、新しい学びである探究で浮上してきた仮説推理(アブダクション)という予測を立てる推論方法も付加した編集になっています。

★同誌は、思考コードを始め新しい評価あるいは推論のモノサシの記事も多角的に掲載しています。その思考コードの眼鏡で見れば、知識・理解中心のA軸や論理中心のB軸を活用した編集から、B軸とクリティカル&クリエイティブシンキングを活用するC軸を活用した編集にシフトしているともいえるでしょう。

★そして、教育出動の大きなウネリとして、親のマインドセットの方法について、教育ジャーナリストでマザークエスト代表の中曽根陽子さんが執筆している論考を掲載しています。親がどのような価値観をもって子供の学びの環境を整えるのか、その学びの環境を有している私立学校をどのような観点から選択するのかについて詳細に論じています。

★昨今の市場の潮流は学歴社会の価値を重視するコンサバ志向と未来の市場で勝ち組になればよいという損得勘定をベースとしたリバタリアン志向の価値観以外に、競争主義ではなく、地球市民が包摂的にウェル―ビーイングになる解決策を探究する学びを重視するリベラリズムや弱者の立場から物事を考え社会全体が最高善としての黄金律を内側で共有する価値観をベースにするコミュニタリアン志向が加わっています。

★今回のパンデミックで、サンデール教授のように、メリトクラシー(日本では学歴社会志向性や勝ち組負け組志向性)を生む社会や考え方を悪とまで言い切るウネリが生まれています。

★中曽根さんも、OECDのPISAから生まれてきた2030年の社会のあるべき姿を目指しているラーニング・コンパスの考え方やSDGsの潮流の話題も紹介していますから、コンサバでもリバタリアンでもないでしょう。やはりリベラリズム的な発想をもとに論考を描いていると思います。

★学歴主義や偏差値主義などコンサバ、リバタリアン的な発想とは違うようです。

★また、さらに驚嘆すべき論考が掲載されています。それは、一般財団法人日本私学教育研究所理事・所長であり、東京私学教育研究所の所長でもある平方邦行先生の論考を掲載しているのです。タイトルは、<『21世紀型教育』と思考コード>です。平方先生は東京のみならず、私学全体の多様な教員研修を全国で展開するプロデュースをしている先生です。

★21世紀型教育の理念は、ニューヨーク国連が掲げているワン・アースの黄金律men for othersです。国連は、この黄金律は、キリスト教のみならずすべての宗教、民族、人種の差を無化する共通の理念だとしています。

★ほとんどの私学の建学の精神はこのmen for othersと通底する理念をもっています。

★そういう意味では、21世紀型教育は、リベラリズムやコミュタリアンのような発想がベースです。

★中学入試市場は、学歴主義の中でいかにサバイブするか、その抑圧的な雰囲気の中で傷ついてしまう子供たちは根性がないとかやる気がないとか精神的に弱いという抑圧市場だったのです。私もそのような市場でクリティカルシンキングを発動しないで生きてきました。しかし、みなさん、そのことをいっしょに振り返り、回心しようではありませんか。

★そういう抑圧市場をウェルビーイング市場にパラダイム転換しようというのが首都圏模試センターの30周年ビジョンだと思います。みなさんこの方向をいっしょに歩みましょう!

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2021年9月 4日 (土)

静岡聖光学院 突き抜けた21世紀型教育 SGM星野校長のマネジメントの本質がわかります。

昨日9月3日(金)、GLICC Weekly EDU 第44回「静岡の地から21世紀型教育を発信ー静岡聖光学院の躍進を支えるニューリーダー星野明宏校長先生との対話」がありました。突き抜けた21世紀型教育を実践している静岡聖光学院のスーパーグローバルマネージャー(SGM)星野校長の話は目からウロコ、納得、覚醒の連続でした。詳しくはぜひYoutubeをご覧ください。

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★21世紀型教育機構にSGT(スーパーグローバルティーチャー)が育つのは、SGMが学校マネジメントを多様に多角的に本質的に行っているのだとしみじみ感じ入りました。

★それにしても、星野校長のストーリーは説得力があります。たとえば、20世紀型教育と21世紀型教育と対立させたかと思うと、統合するのです。ストラクチャーとアンストラクチャーをぶつけたかと思うと循環させるのです。

★コーチングとファシリテーターの差異を語ったかと思うと究極のメンターの覚醒の重要性を語るのです。

★このダイナミックなダイアローグによって、1つひとつのオチが即本質に行き着くので、聴き手を一瞬にして深い世界に巻き込みます。ダイブ感がすさまじく、ジェットコースターに乗っているスリリングな高揚感があります。

★21世紀型教育機構の加盟校がそれぞれ持っている特色をすべてそろえてしまっているのも、同校の突き抜けているところです。ダブル・ディグリーあり、Aレベルあり、STEAMあり、キリスト教ミッションあり、マインドフルネスあり、グローバルイマージョンあり。そしてすべてにワクワクドキドキのPBLが浸透しています。

★その話を矢継ぎ早に聞いていくと視野が急激に広がり天空に膨らんでいきます。かと思うと、ワン・ワンの深い対話があり、すべての人が持てっているコンプレックスや弱みにどこまでもよりそいケアしていくメンター的なマインドが本質的に深く、天空から心のコアに向かって一気にダイブしていくのです。

★ラガーマン(星野校長はイートンが認めるラガーマンです)の特質かもしれません。そういえば、八雲学園のラガーマンである菅原副校長もTの字型トークが得意です。広げるだけ広げて急激に深堀していく。SGMの真骨頂を聴くことができました。すてきな体験をありがとうございました。この体験をYoutubeで共有したいと思います。ぜひご覧ください。

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2021年7月16日 (金)

New Power Teacher(01) 神崎先生 越境知のスーパーバイザー

★前回新しい教師が続々出現していると語りました。その教師方程式とは、New Power Teacher=最先端×教育力×影響力×変容力だと。そしてこの方程式で描かれる微分曲線は瞬間瞬間にsoilfulな響きを奏で続けます。されぞれの項目の強弱が違いますから、その積分関数は、それぞれの特徴を表します。

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(神崎先生との対話はスリリングで知的好奇心満載です)

★たとえば、神崎史彦先生は、学校の教師ではありませんが、塾の講師でもありません。あるときは、学校のカリキュラムアドバイザー、あるときは、探究のスーパーバイザー、あるときはカンザキメソッドで総合型選抜や小論文を教える教師、あるときはスタディーサプリの講師。あるときは、・・・・・・。

★教師でありながら教師でない越境知の魂の人です。

★ご自身の拠点を青葉台から二子玉川に移転する計画もあるようで、幼稚園から大学まで、1人ひとりの生徒と学校という組織の両方の自己変容を生み出す越境知のスーパーバイザーを行おうとしています。自分の会社の仲間や学校など外部ネットワークの仲間と共に。

★輝かしく見える神崎先生の人生は、しかしながら凄まじい生きざまです。だって、越境知ですよ。1つや2つを越境するわけではないのです。毎年増えていきますから、無限なのです。その越境するときの実存はすさまじい空間のゆがみとの直面です。想像を絶するブラックホールの時もあるでしょう。ですから、そこを通り抜けたときのwell-beingもまた格別なのでしょうが、そこまでのプロセスがそおれはもう凄まじいわけです。

★soulfulというのは、そういうことです。背負うモノやコトも大きいということです。しかし、常に再生してwell-beingを仲間と共有するわけです。New Power Teacherの運命ともいえましょう。

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2021年5月 5日 (水)

教育のアップデート~2022年に向けて(16)学習指導要領のIB化は可能か?そういう流れ?とにかくやったほうがよい。

★GLICC代表の鈴木裕之さんの論考が啓発的です。まずは、「IBDPのDual Routeに見る高大接続の意味―グローバルアドミッションの時代➂」をお読みください。IBなんて関係ないと思われるかもしれません。そう一般には関係ないのです。まさに3%の穴の話です。いや3%以下のごく一握りの生徒のお話かもしれません。だからこそ重大な気づきがここにはあるのです。関係ないと言っていると、いつのまにか自分が社会から排除される側にまわってしまうことになりかねません。

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★今回のパンデミックによって、IBのDP最終試験が受けられないという事態が発生しているそうです。でも大丈夫。DPのプログラムの品質の高さが担保されているので、そのプログラムの過程の評価で最終評価もされるからというのです。

★さて、日本の大学入試はそんなことができるでしょうかというのが鈴木さんが突き付ける教育問題です。

★もちろん、昨年の慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスの総合型選抜の一部は、それに近い入試になりましたが、それ以外はそうは簡単にいかないでしょうということです。

★しかし、もし学習指導要領ベースのプログラムがきちんとできれば、それは可能です。そうなれば、小学校から高校まで1200万人の生徒が高品質の教育を受けることができるようになります。

★ばかばかしい、できるわけがない、やれる教師がいないとたいていお決まりの不可能論がでてきそうです。

★しかし、給与を倍増するというのならどうでしょう。IBTeacherのようにたくさん収入が得られるというのであれば、話は別になるのではないででしょうか。現場を見れば、日本の教師は優秀かつ献身的です。

★財務省が認可しないと言われるでしょうか。でも、1200万人がIBレベルの教育を受けられるのです。どれだけ、日本の未来の経済が沸騰し復興するか測り知れないでしょう。

★教師になりたい若者も増えます。自分の子どもにそのような教育を受けさせたいと海外からも移住してくるでしょう。21世紀は間違いなく高品質の教育が経済を規定します。

★経済を豊かにしたければ、経済投資をどこにするかです。

★財務省の方々、文科省の方々、そして政治家の方々、IBを学び、そのエッセンスを機会均等なんて言っていないで、実質的に1200万人1人ひとりに届けましょうよ。

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教育のアップデート~2022年に向けて(15)World Making 3原則 平方先生との対話

★昨日午後、久しぶりに、平方邦行先生と対話しました。対面でお会いするのは2カ月ぶりでしょうか。パンデミックの状況もあったし、入試や卒業式、入学式などもあったということもあります。そして、お互い4月からの新天地への準備もありました。4月から、平方先生は、工学院大学附属中高の校長を任期満了で退任し、一般財団法人日本私学教育研究所の理事・所長、日本私立中学高等学校連合会常任理事、一般財団法人東京私立中学高等学校協会 常任理事、東京私学教育研究所 所長に就任しています。この意味の大きさと深さは説明するまでもないでしょう。21世紀型教育を工学院で実践し、今度は東京、日本へと視野を広めるのです。一方私は、やはりこの4月に自分の民間教育研究所は閉鎖して、カトリック校に勤務しています。教育の一般原理から具体的実践原理へとシフトしたと言っていいかもしれません。

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★平方先生とは20年以上のコミュニケーションをとらせていただいたし、これからもいただくし、21世紀型教育のウネリを創る作業にもごいっしょさせていただいています。私をこの世界に思い切り巻き込んでいただいた師です。教育法規やそれに準ずるルールに基づきながら、そのメリット・デメリットを丁寧に洞察しながら革新的なことを行っていく手法について、いつもご教示いただいています。

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★ともすると、人は革新的な動きだけになりがちですから、平方先生のような法と現実の平衡感覚を前提にした革新手法は実に重要なのです。今回もそんな対話をしながら、今の時代をどうとらえるか、対話しました。これは、毎回お会いした時の必須のテーマの1つです。今回は、World Making 3原則について対話が盛り上がりました。平方先生は教育研究所で、私は勤務校で、それぞれ具体的な構想では違いがありますが、コンセプトは共有しました。具体的な構想の部分はいずれということで、今回は、抽象的ですが、そのときの対話の覚書を箇条書き風にして以下にご紹介します。

 World Making3原則

1)2022年18歳成人を契機に民主主義の根本に立ち還る。
民主主義の根底である、いかなる制約や困難の中でも自由を創る<自由>を探究し続けるかけがえなのない価値志向型人間が生まれる教育環境づくり

2)普遍的精神を共有する3つの世界公用語の推進
「C1言語」と「STEAMベースのリベラルアーツ言語」と「世界共通のワークショップ言語(ことば以上の新しいことば)」の3言語創出の推進

3)哲学に学び、歴史に学び、理数に学び新しい社会構想力を創る
2089年は、Z世代が創り上げた世界となっている。その世界がデストピアではなくユートピアであるには、Z世代自身が協働し自分たちによる自分たちのためのそして人類のための新しい社会構想を創り実践するプロジェクトを実行する。 

2089年から15世紀を展望して、今を位置づける。

いま 新しい政治経済社会創出期

1989年 ベルリンの壁崩壊 グローバリゼーションの始り
1889年 明治憲法の成立 アジアに近代国家が誕生し、≪官学の系譜≫と≪私学の系譜≫の2つが誕生。つまり2つの民主主義の誕生。
1789年 フランス革命 自由・平等・博愛の誕生
1689年 イギリスで名誉革命 権利の誕生
15世紀・16世紀 ルネサンス・宗教改革の時代 民主主義と資本主義と帝国主義の三つ巴の誕生 近代の始り

補説)
脱偏差値とは、一握りの高偏差値の生徒や知識ベースの才能だけに偏るのではなく、水平的で多様な才能を認めることを意味する。その精神は、≪私学の系譜≫の根本である理想的民主主義に立ち還ることである。

民主主義は多様な才能を受容するために、対話をするが、その対話のツールは一般的な意味でのことばだけではない。それゆえSTEAMベースのリベラルアーツ言語が必要だし、その中でもっとも重要だが、破壊的で恐れられたために合理主義が封印しようとしてきた修辞学を文学的な才能が有る人間から解放して共有するためにワークショップ言語を新しく創出する。

この3つの言語すべてを習得する必要はなく、自分の才能を引き出す言語を選べばよいのである。

誰しも考える力を持っている。自分の才能を限界を超える高みに昇華させるためには、先人の哲学に学び、先人の足跡である歴史に学び、それらを学ぶ方法を理数的に明証できる希望の松明を燃やし続ける必要がある。このことが未来性を意味する。

このような学びはどうして価値があるのかというと、プラトン、アリストテレスの時代から考案され実行されてきた社会構想の改善のために価値があるのである。社会は伝統と革新の連続である。自然と社会と精神の循環は、未だ完成されていないし、意外ではあるが、常に未完である。がしかし、より善くするか、より悪くするかは、人間が合理的に行為すると同時に、豊かさを感じる情念というセンサーを研ぎ澄まし、かけがえのない存在価値を追い求めるかどうかにかかっている。

13世紀に民主主義と資本主義の併存する社会の萌芽があったとされているが、その時以来、民主主義は経済社会の在り方によって、未完の民主主義であり続けた。なぜ未完かというと、民主主義の3原則「自由・平等・博愛」がすべて達成されるということはなかったということは歴史をちょっと振り返れば明らかである。

なぜうまくいかなかったのか。これは経済的につまり食べることに関して、人間は完全に自由になることができず、その点において格差の階層構造が複雑になっていった。

この複雑な階層構造としての格差の中で、自由は小さくなってきたが、それでも「思考」の自由を奪うことは誰もできなかった。それゆえ、今の時代、この「思考力」が重要だと言われているのである。

この「思考力」こそ、不自由の中でも、自由を創る自由の力なのである。この自由を創る自由の翼は、先に挙げた3つの言語である。この3つのうちのいずえかの言語を身に着け、「思考」することによって、民主主義の理想をかなえるウネリを生み出せる。

「自由・平等・博愛」を実現するためには、誰も食べることに心配をしないようになる新しい経済社会の実現である。

そんなことはできるのか?可能である。すでに理論的にはZ世代が創り出せるところまでやってきている。

問題は、それを合法的に阻むオールドパワーの制度だ。新しい社会構想は、このオールドパワーの制度をリセットする知的な闘争であり、その必要性をグローバル市民がシェアし立ち臨もうとする情念を燃やす対話であり、理想が貫徹するまでの間、大企業家が、あのメディチ家がダビンチやミケランジェロ、ラファエロに投資したように、新しい社会構想に投資をすることである。

では、その新しい社会構想とは何か?輪郭はできている。問題は、化石燃料や原発を完全廃棄し、それに代わる新エネルギーの開発である。しかも自給自足ができる。

パソコンが1人1台時代がきた次には、エネルギー産出装置が1人1台の時代だ。これによって、市場経済は、まったくの自由な格差のない市場に変容する。

13世紀以来すべてはエネルギー(最初は奴隷という人的エネルギーだったが産業革命によってその人的エネルギーを生む根っこの化石燃料にいきつく))の覇権をめぐっての闘争史だった。エネルギー産出装置を1人1台有することによって、この歴史的覇権闘争に終止符が打たれることになろう。

ただそこまでのデフォルトができるようになるには、13世紀以降蓄積してきた富裕層の資産を世界の人びとに贈与という美しい形で返却をすることである。

もしこれがうまくいかず、デストピアになったときには、地球は本格的な危機に入る。そのリスクを考え、民間で宇宙に移住する計画がSFの話ではなくなっているのは、昨今の宇宙に関する動きで察知できるであろう。

これらの話を理解するには思考コードの<C3>が身体化される程にPBLが行われる必要がある。このC3とPBLという授業の日常こそ未来性の生成エネルギー態である。物質的エネルギー態であるポータブルエネルギー産出装置は、ここから生まれ持続可能になる。

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2021年4月28日 (水)

教育のアップデート~2022年に向けて(08)チェーザレ、ジョバンニ、サヴォナローラの葛藤の行方が2089年を決める

★600年前ルネサンス後期で、ルターの宗教改革が起ころうとしていた時代、フィレンツェでは、メディチ家とスペインのボルジア家が争っていました。前者は資本主義を生み出した家系です。後者はマキャベリが尊敬した理想の君主を輩出した帝国の象徴の家柄です。このとき、フランスからも学生がやってきていて、のちのブルボン朝を生み出す伏線が敷かれています。資本主義とフランスとスペインという帝国がぶつかっていたのが、その時期です。

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★物語については、惣領冬実さんの「チェーザレ 破壊の創造者」全12巻をご覧ください。

★私は、この書の中で、メディチ家からもボルジア家からも怪しいと疎まれたドミニコ会の宗教改革者サヴォナローラに注視したいと思います。サボナローラは、メディチ家とボルジア家の教皇の座を狙う覇権争いと、メディ家の贅沢三昧の欲望の商業主義を批判し、また当然スペインやフランスのように教皇の座を狙いほしいままに世界を支配しようという権力に対し厳しく対峙しました。

★それゆえ、惣領さんの物語の中では、両家にとって怪しい存在と位置付けられているのです。

★何せ、この物語の主人公はチェーザレ・ボルジアで、マキャベリが理想の君主と称したその人です。

★サボナローラは物語では得体のしれない存在とされるわけです。実際、史実では、あまりに厳しい神権政治をを行ったので、市民からも疎まれ、特にサヴォナローラが住まいとしていたサンマルコ修道院へのサポートをしていたメディチ家にとっては、いったいなんなんだと思われ、政略の内に捕らえられ、拷問と火刑に処され殉教したのです。

★しかしながら、その松明はルーターに引き継がれ、本格的な宗教改革が行われるわけです。

★不思議ですね、ドミニコ会はカトリックですが、この修道会は、ときどき教皇が権力をもち腐敗政治を行うと、反旗を翻します。いわば内部告発ですから、聖フランシスコ修道会とは犬猿の仲で、フィレンツエにいたフランシスコ会は、メディチ家側にたったのです。

★詳しくは、惣領さんの漫画をぜひご覧ください。私が言いたいことは、この殉教をしたサボナローラの精神が、ルターやフランス革命などに引き継がれ、宗教改革だけではなく、市民革命も生み出すことになったのではないかという仮説です。

★一方メディチ家は、産業革命へとつながり資本主義を生み出す原点だったかもしれません。そして、チェーザレは、軍事力による平和を維持するという近代軍隊への道を開いていった可能性があります。もちろん、将来イギリス艦隊にスペインは破れるのですが、このチェーザレの軍隊を背景にした教皇権力奪取の動きは、国際法を発展させるきっかけになったことは確かでしょう。

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★当時は、ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロも活躍していました。実際に、チェーザレとライバルだったメディチ家のジョバンニは、のちの教皇になってミケランジェロやラファエロを庇護します。

★上記の図のように、イギリスの名誉革命から100年ごとに革命やパラダイムシフトが起きています。革命が起こるその相克の原因は、しかし、当時のフィレンツエにあったのでしょう。

★欲望の資本主義や軍事力強化による覇権主義は、今度こそその両方が排除して外部化したサボナローラの考え方のある意味復権によって反省を迫られるでしょう。SDGsがそれを徹底するかどうか、それを今世界各国が議論し始めているわけです。とはいえ、欲望の資本主義と覇権主義とmen for othersの精神性の葛藤は、あの当時のフィレンツェ時代と変わらない普遍性があり、残念ながらそれをも含めて多様性と言います。

★多様性は尊重しなくてはならないけれど、それは極めて複雑です。

★複雑性の適合化をどのように創っていくのか。歴史に学びながら、2089年をZ世代がどう創っていくのか?私たちはよきアドバイザーやメンターでありたいものです。

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2021年4月21日 (水)

教育のアップデート~2022年に向けて(05)異次元の探究 新しい高大連携の模索始まる 思考コードベース

★勤務校の生徒のタレント(賜物=タラント)を見ているうちに、タラントは豊かにするのがセオリーだからと思った瞬間に、あれっ、ダボス会議やNHKで欲望資本主義をなんとかするために、才能主義だとかグレートリカバリーだとか話題になっているのは、これじゃないかと直観しました。

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★つまり、マックス・ウェーバーのいうプロテスタンティズムと資本主義の話です。もともとパウロのローマ書を大切にしたルターが考えたタラントは利ザヤを増やすことではなく、賜物を増やす社会だったのですが、それが世俗化して=資本主義化してしまったということでしょう。

★市場経済は、プロテスタンティズム以前の中世の都市経済で始まていますから、カトリック神学の理論でもあるとは、シュンペーターですが、そのときすでに、パウロでいうところの律法上(今の法律と同じ感覚)の利益と新約的神法上のタラントでは、意味がちがっていたわけです。

★この神法を、現代化したものが社会的共通資本だと考えると、つまり、自然と社会と精神が循環する政治経済社会が、欲望資本主義から移行する才能資本主義かもと。欲望の増幅か才能の増幅か。格差の増幅か、幸福の増幅か。

★そんなことを考えていたら、どうしてもご相談にのっていただきたくて成城大学の杉本義行教授に電話をしてしまいました。すると快く対話していただけました。そこでSDGsのもっと根本レベルの探究や現在の経済社会のメカニズムをリサーチしながら、世界の問題がどこからくるのか推理しながら目の前の問題を探究していく場が必要だということになりました。

★たしかに、目の前の問題の背景には世界の根本問題があるわけで、そのつながりを見出すことは大切です。しかし、それは単純ではありません。水平的多様性の多角的目が必要です。

★そこで成城大学の仲野想太郎さんにメッセンジャーで連絡すると、いつでも声をかけてくださいと。仲野さんは工学院大学附属高校時代に組織開発の実践をしたり、SDGsのグローバルプロジェクトで起業家研修で成果をあげています。40歳も離れていますが、私のすてきな友人(そう私が勝手に思っているだけですが^^;)です。

★同時に児浦先生(聖学院男子校の21教育企画部長、国際部長、広報部長、オール聖学院の教育開発センターメンバー)と田中歩先生(工学院大学附属中高教務主任)にもメッセージを送りました。すると、二つ返事で、同じこと考えていました!用意できていますということになりました。お二人とは、いつもワクワク共感度が高く速く未来に向けて持続可能性大です。

★まずはじめは、思考コードベースでやっていく異次元の探究プロジェクトになっていくと思います。和洋九段女子の新井先生(教頭)と静岡聖光学院の田代先生(副教頭)とはテレパシーで通じていますし(^^;)、思考コードの別プロジェクトで山下社長(首都圏模試センター)とも動いていますから、おそらく脱炭素社会の新しいアプローチのコミュニティーがゆるやかに広がり序破急のテンポで成長していくと思います。

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2021年2月20日 (土)

沖縄インターナショナルスクール PYP探究学習発表会 日本の教育のこれからを考える大きなヒント

★本日20日(土)、午前中、沖縄インタナショナルスクール(以降「OIS」と表記)は、国際バカロレア プライマリー・イヤーズ・プログラム最終学年の5年生による学習発表会(エキシビション)が行われました。自分たちが関心のある社会問題について探究した内容を発表。Zoomで行われました。

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★テーマも〈新型コロナウイルス 〉・〈絶滅危惧種〉・〈アート〉・〈ゲーム中毒〉・〈インターネット〉・〈宇宙ごみ〉・〈再生可能エネルギー〉と日本の教育の小学校5年生を完全に突き抜けていました。

★それにしても、開会あいさつの知念理事長も来賓あいさつをされた瑞慶覧長敏(ずけらん ちょうびん)市長も英語と日本語のバイリンガルプレゼンテーションでした。もちろん、子どもたちも全員バイリンガルプレゼンテーションです。

★中身の濃さはいうまでもないのですが、探究のプロセスを明らかにしながらプレゼンしていく姿は、結果や成果を急ぐ日本の教育とは全く違う雰囲気でした。

★しかも、ペーパーを見ないで、プレゼンしています。質問にも大いに柔軟に考え回答していました。もちろん英語でしていたのです。

★要するにミニTEDでした。

★プレゼンは、視聴者を巻き込むパフォーマンスも行われ、それぞれ楽しかったですね。

★踊ったり歌ったり、動画づくりやサイト作りなどプロダクトまであるわけです。

★視聴者は100人以上だというのですから、それもまたすごいわけです。

★PYP→MYP→DPとIB一貫小中高のOISです。これからが楽しみです。

★この歳になると、小学校3年生の時に出会った子どもたちが、今では、医者、弁護士、起業家、看護師、科学者など世界に貢献する仕事に携わっています。子どもの成長の予言などできるはずもないのですが、ああやっぱりそう成長したかと思うこともしばしばです。

★だから、Zoom越しでしたが、自分の考えをしっかり持ち、ユーモアも交えながらプレゼンしていた様子から、彼らがグローバルリーダーとして活躍している未来の姿が思い浮かびました。

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2021年2月17日 (水)

新しい教育社会(27)グレート・トランスフォーメーション 神崎先生と対話

★ポスト・コロナ時代の変化については、グレート・リセットとかグレート・リカバリーとか呼ばれています。すでに、カール・ポランニーが70年前に書いた「大転換」のウネリが、いよいよ大きくなってきたということでしょうか。19世紀に世界に広まった市場経済の混沌とした様相を収拾するデストピアストーリーが世界大戦へ導き、それを逆転させるポジティブな世界へ導くために複合社会が生まれてくるという、ざっくりですがシナリオです。

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★しかしながら、その複合社会についてポランニー自身が論じたわけではなさそうです。その後、多くの人々が論じたのでしょうが、現実社会は欲望の資本主義が拡大してしまいました。今年の慶応義塾大学の経済学部の入試問題の1つである小論文では、岩井克人さんの著書「21世紀の資本主義論」から課題文が引用され、支配関係がないのに、非対称的な格差が生まれるメカニズムについて考える問題が出題されていました。

★岩井克人さんのいうように英語という世界言語と基軸通貨体制の織りなすメカニズムは、複合社会の在り方の一つの答えなのかもしれません。

★しかしながら、それは、確かにSDGsで克服しようとしている多様な問題を生み出しています。その問題を決定的に明るみに出したのが、今回のパンデミックでもありましょう。

★中学入試の国語の問題で、栄光学園が、藤原辰史さんの文章を課題文として使っていましたが、藤原さんは、あの有名な「パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ」を書きました。岩波のサイトのB面の岩波新書でアップされたとたん、アクセスが半端ないと話題を呼んでいました。

★その文章の中で、武漢の作家の方方(ファンファン)さんの文章も引用されていました。文明国家の基準は弱者に接する態度で決まるという箇所です。

★どうやら、社会は、この方向に大転換する時がやってきたということでしょう。

★そんな話を神崎先生と対話しながら、自分たちなりにそのグレート・トランスフォーメンションの作り方に挑戦しようとZoomでまたまた日をまたいで語りました。

★私たちは、制度論的アプローチではなく、現状の市場経済が、交換の正義の背景に隠している配分の不正義を正義に変換する行動を通してそれを成し遂げようと。しかし、この動きは、広がれば、制度の体質改善をうながします。

★かつてなら、このような行動は、砂漠に水をまくような話でしたが、SNSの時代、想像以上に拡大する予感がします。1人ひとりの行動が大切なのです。

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2021年1月 5日 (火)

「教育とは生き方そのもの」へシフト(02)デューイ・ルネサンスはPBLの実践の中で生まれる。

★今年2021年は、デューイの「民主主義と教育」が出版されて105年。2016年にはその100周年記念で、各国でシンポジウムやセミナーが行われてようです。日本でも、日本デューイ学会がデューイ研究を行い、その成果が昨年12月に出版されました。デューイの教育思想の現代的意義が多くの学者によって投稿されています。現代の教育の課題をデューイならどう考えるかという着想で書かれているため、多くの学者が日本や世界の教育の課題をどうとらえているかがわかるかもしれないと思い購入しました。

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★デューイのアート教育と民主主義のつながりを現代化するという課題やそもそも民主主義を教育にどう結びつけるかデューイは解答していないとかデューイの職業教育に対する考え方が、当時から進路先教育を批判していたということなどなどなるほどなるほどとわかりやすかったですね。

★ただ、教育思想として教育学の枠内で語られているので、デューイが「民主主義と教育」でヘルバルト主義を批判する文脈で語っている箇所をPBLのエッセンスと捉える見方はなかったようです。

★民主主義と市民社会と教育を結びつけるのは、デューイにとってはPBLです。直接この言葉をデューイは同書では使っていませんが、別の書物である「考える方法」においては、「コンストラクション」と「プロジェクト」は多用しています。

★そして、そのPBLを人生の準備として扱うのではなく、人生そのものだと捉えるのです。

★デューイのこの着眼点でみるから、民主主義と市民社会と教育は結びつきます。職業教育を進路先教育ではないとするところに、民主主義を国家による実現ではなく、生活そのものの中に創り上げようとするデューイの斬新な発想があります。

★国家というシステムは、民主主義のすべてではなく、民主主義を運営する一つの装置に過ぎないのに、生活をそれに従わせるのは人間をないがしろにすることではないかというわけです。デューイはあくまで哲学者であって、教育学者ではありません。

★教育学者という枠内でデューイ再評価しても、現代思想のネオプラグマティズムの枠内で再評価しても、それはそれで何が問題なのかを露にするという点で貢献していますが、教育は人生であり、民主主義や市民社会も人生そのものなのだというデューイの考えを実践にシフトすることはできません。

★そのためには、PBLとは何か、なぜ必要なのか、エエーイ!デューイが今実践するとしたらどうするのか創ってしまおうというのがポイントですね。

★いずれにしても、デューイが哲学的に究めようとした主観と客観を分けることによって生まれるディストピアを阻止する学びとは何かは、ハイデガーをどう超えるかということと結びつきます。

★なんだやっぱり哲学の話ではないか?と思うかもしれませんが、ここには重要な意味が隠れています。主観と客観の二項対立を解決する方法は、日々生きている私たちの生活に新たな道を開くことになるという意味です。やはり21世紀は教育の時代だったということですね。

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