創造的破壊

2020年8月 9日 (日)

聖学院インパクト(05)衝撃!授業戦略を精緻に描く。ICEモデル導入の本意。受験生必見。

8月6日、STUDY中学受験サイトで、「公開日:2020/8/6休校中のオンライン学習がもたらした、聖学院の新たな未来を築く教育」という記事がアップされました。この記事は、受験生と保護者は必見です。というのは、オンライン授業を契機にICEモデルを授業デザインとして導入したというのですから。エッ!たしかにすてきな授業が展開しているというのはわかりますが、これがどうして衝撃なの?と思うかもしれません。結論から言うと、聖学院に入れるうちに入らないと超難関校になってしまうということを意味しているからです。

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★まじ開成・筑駒を凌駕しようという本気を戦略的に着々と加速度的に進めているということです。2027年大逆転が起きているでしょう。もちろん、偏差値だけではなく、ホールマン教育としても男子校の新エリートリーダー校というポジショニングをゲットするでしょう。

★なぜ?そうそこが大切ですね。同記事によると「ICEモデルとは、主体的な学びを実践する学習法。ICEのIはIdeas(基礎的知識)、CはConnections(つながり)、EはExtensions(応用、拡大する)の頭文字をとっている。基礎知識を問いかけ、答えを導きだすことで理解を深め、生徒自身が応用できるように発展させていく学習法だ。「Google Meetによるオンライン授業では、ICEモデルの学習法の通り、教師から問いを投げかけ、生徒に考えさせます。1対1ではないので、教師の問いを生徒たちがみんなで考え、議論が始まり、答えを導き出す、作り出すという授業を行うことができました」と日野田教頭先生。ICEモデルの考え方により、対話を重視する聖学院の教育に沿った形でオンライン授業を行うことができたようだ。」ということです。

★受験生に配慮して、わかりやすくさらりと書いてあります。そして、各教科の先生方がICRモデルに従って、オンライン授業やハイブリッド授業をデザインし実施していると。その具体的ケースも丁寧に書かれています。これだけでも素敵だし圧巻です。

★ですから、これ以上述べる必要はないかもしれませんが、同記事が、筑駒や開成を突き抜けてしまう理由までは書いていないので、独断と偏見、妄想という誹りをうけるのを覚悟で少し述べてみようと思います。

★このICEモデルはカナダの公立モデルです。カナダは公立学校の教育の質が高く、地球市民育成のための教育で、そのためにはIBと同レベルの教育をシンプルにして市民全員に提供しています。その提供の骨子は、PBL(プロジェクト型学習)とルーブリックです。

★2013年ころからアクティブラーニングが急浮上した時に、日本の自治体でも導入したところがありましたが、PBLではなく習得型アクティブラーニングだったので、カナダの教育の底力が広がりませんでした。

★ところが、オンライン授業を契機に、聖学院はICEモデルを導入。これがすごいことになるわけです。もともと聖学院はPBLと思考コードをつかって授業デザインを行っていましたが、PBL授業や思考コードというルーブリックはなかなか使い勝手がよくなかったのだと思います。今回のICEモデルのように学内全体でシェアできたかというと必ずしもそうでない部分もありました。

★ところが、それを一気に突き進んだのです。ICEモデルはブルームのタキソノミーとピアジェをはじめとする構成主義や発達心理学の成果をマニュアル化したものです。カナダの公立学校全体でシェアするには、学問的理論をダイレクトに持ち込むのではなく、マニュアル化して誰でも使えるようにしなくてはなりません。

★要するに脱技能で、みんながICEモデルを使うとブルームやピアジェの発想や技術を活用できるようになります。生徒がICTを活用することで、ものすごい知的生産技術を活用できるようになるのに似ています。

★ICEモデルは、生徒のプロジェクトを3つの発達段階で相互評価するもです。Iは基礎知識を活用できるかどうか。Cは理解を広げ深めることができているか。Eは新たなものに適用し、論理的に思考し組み立てられるか。その評価はそれぞれの段階の問いかけを教師はできたか、生徒は自問自答できたかでエンパワー出来ます。視野を広げ探究を深めるT字型プロジェクトを評価できるわけです。

★思考コードでいう、A知識理解、B適用・論理がICEの3つの領域に丁寧に振り分けられます。さらに聖学院の問いかけは、批判的思考・創造的思考も射程にありますから、思考コードのC批判・創造的思考も、ICEのEの領域に盛り込まれています。

★ただし、50分の授業では、実際には、適用論理までいけば最適でしょう。ですから、ふだんのプロジェクト型の授業デザインは、知識・理解・適用・論理の思考領域を十分に対話しながら出来る授業デザインでよいわけです。

★カナダの公立学校もここまでをしっかりやり、IBレベルの教育の質の担保をし、海外の世界大学ランキング100位以内の大学に進むことができます。米国のオバマ政権もここをなんとか真似しようとしましたね。

★聖学院は、この授業の質をオンライン授業を契機に学校全体で共有してしまったのです。筑駒・開成はすばらしい教育を行っていますが、カナダの教育に比較すると突出しているとはいえないかもしれません。

★論より証拠、それは、文化学園大学杉並のカナダのディプロマコースの生徒が、すでに目を見張る成果をあげていることからもわかります。

★聖学院は、このカナダのディプロマコースをすべての生徒に環境として設定してしまったのです。

★すごいことです。しかしながら、もっとすごいことがあるのです。このICEモデルをベースにしながら、さらにそこに思考コードでいうC領域であるクリティカルシンキングとクリエイティブシンキングを中心にというかベースにして本格的プロジェクトを行ってしまうコースを2021年から創ります。

★社会貢献や社会起業、イノベーションを生み出す社会実装をしてしまおうと。そのスーパーモデルはすでにOBや在校生の中に何人もいるので、それをコース化したのが、GIC(グローバルイノベーションクラス)です。このコースでは、超ICEモデルを行うのです。

★どうです。IB教育のエッセンスを学内全体の共通基盤とし、その基盤のうえにさらに高次の学びの基盤を創っていくのです。思考コードでいうC領域以上のプロジェクトを行ってしまうというのでしょう。

★どうしてそんなことが言えるのか?同校の戦略的策士の面々を思い浮かべれば誰でも想像がつきます。学歴社会、偏差値中心社会を解消するには、聖学院の戦略的教育出動はポイントです。日本の教育を変えたい、世界を変えたいと思う受験生・保護者は聖学院に立ち寄れば、私の言うことがすぐに了解できるでしょう。

★私の今回の独断と偏見記事は、すべての受験生に語っているのではありません。未来のwell-beingを考えている受験生・保護者に語りかけているだけです。ご了承ください。

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2020年8月 8日 (土)

中高生の活躍(02)聖学院「中高生社会起業家トークセッション開催!」

★本日8月8日(土)、聖学院協力のもと「 中高生社会起業家トークセッション〜次世代から学ぶアフターコロナの社会のつくり方〜」開催。司会はもちろん児浦先生(聖学院21教育企画部長・国際部長・広報部長)。

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★コロナ禍の中でも様々な取り組みを進め、活躍している山口由人さん(Sustainable Game代表・聖学院高1年)と佐藤夢奏さん(株式会社まなそびてらこ代表・千代田区立麹町中2年)によるトークセッションでした。小学生から私のようなお爺ちゃんまで多くの方が参加していました。

★山口さんは中学生の時、佐藤さんは小学生の時に起業し、現在社会起業家として活躍しています。2時間、児浦先生の名司会のもと、お二人は対話しっぱなしでした。

★最初は自分たちの想いを語っていました。もちろん想いといっても近況報告ではなく、起業の理念や精神、起業哲学です。社会を変える一つの場として教育もあって、学校も変えたいと。なぜなら、学校は客観的なものを重視し主観を大事にしない。でも好奇心や興味関心、本質的なMotivationこそ大事で、そこを大切にするには教室という箱では収まり切れないのだと。とくに、客観的でなければという強制はすべてをぶちこわすと。ここは佐藤さんが強調していました。

★だから、もっと主観や好奇心を大事にして、みんなでそこでつながりながらワクワクする活動をしたいと。それがいろいろなワークショップだったりプログラムだったりするのだと。仲間がどんどんふえていくと、その延長上に未来社会があるのだと。

★ここは実におもしろいですね。実は戦後日本の教育は、主観は蓋をしなくてはならなかったわけです。特にGHQはそこは蓋をして、日本人を生かさず殺さずにしたかったのでしょう。1957年のスプートニクショックでそれはピークになりました。

★徹底した客観主義と科学主義で、テレビでは鉄腕アトムや鉄人28号、ウルトラマンとそれは拍車をかけたわけですが、主観は恣意的になってあの第二次世界大戦の悪夢を生み出す温床だとみなされてきたわけです。もちろん、それを証明する手立てはないのですが、国語の教科書が主観と客観の二元論どまりで、相互に依存し合う主観が客観を生み出しているという思想界や科学界のパラダイム転換はずっとスルーしてきたのです。

★ところが、主観が大切であることと仲間が大事だというお二人の思想は、intersubjectを前提にしています。とにかく分断をなくすことをしたいのだと。その根源は実は主観と客観の二項対立図式だったんだというのでしょう。ファシズムに封じ込まれたフッサールが、この危機の警鐘を鳴らしながら死を迎えるのですが、今フッサールのintersubjectの松明がようやく中高生起業家によってふたたび輝きを取り戻したのです。

★私はもうお爺ちゃんなので、彼らのつくる未来社会では生きていませんから、静かに耳を傾けていようと思っていたのですが、日本人は自分の立場をはっきりさせない。ちゃんと立場をはっきりさせて対話をしたほうがよいという話を聞いたり、ところで具体的にどんな仕事をしているのですかという質問に、多くの企業や団体とコラボレーションし、SDGsのように格差をなくし、誰一人おいていかない社会をつくるために、そのような企業をサポートしていますと。

★これはおもしろい。ここまで明快に意思を表明し、起業をしたというのはすごいことだなと思い、もう少し起業のフィロソフィーを聞いてみたいとつい思ってしまいました。それで「もし応援している企業が表向き社会貢献活動をしていても、実は利益第一主義だったとしたら、応援し続けますか?」と。コロナ禍ですから自粛か経済かともつながり、立場がはっきりすると思ったのです。

★すると、明快に、革命ではなくトランスフォーメンションだから、たしかにそういう企業もあるけれど、対話によって少しでも変わってくれるとよい。バランスではなく、やはり対話によって気づいてくれればよいと。そこからなんだと。

★世界を見ているなと感動しました。さすがは経営者だとも感心しました。そして、山口由人さんが「社員をサーフィンに行かせよう」という本を紹介してくれました。イヴォン・シュイナード(米パタゴニア社創業者)が書いた本です。山口さんも彼の哲学と共振するから、詳しくはこの本を読んでくださいと。

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★アウトドア関連製品をつくっている会社ですね。優秀なアスリートを社員として迎え入れているようです。そして、サーフィンは比喩で、自分のスポーツをいついかなるときでもやりにいってよいよと。その代わり、自分の仕事を肩代わりする仲間をみつけなくてはなりません。それはお互いにですから、今度は自分がどうぞいってらっしゃいと言う番になるかもしれません。

★登山もサーフィンも人間の予定に合わせてくれません。登り時や波の状態に合わせて人間は動かなくてはいけません。予定は常に未定です。ですから、いつでもどうぞと。これは効率が良いし、でもエゴイズムではなく、ちゃんと協力する。

★あれっ、こんな社会を夢見て実際にテキスタイルのアート工房を経営していた作家がいたな、そうそうウイリアム・モリスだ。なんとお二人もアートコミュニケーションをワークショップにと入れているから、なるほどなるほどつながったなあと。

★そして、何よりこの本の巻頭推薦文はあのナオミ・クラインが書いているのです。ミルトン・フリードマンのリバタリアン主義や20世紀末から驀進している日本の新自由主義をはじめグローバリズムに対する批判者です。だから、山口さんも佐藤さんも、リバタリアンでもコンサバでもないわけです。それを明快に主張できるフィロソフィーを表明しながら資本主義の活動をしている。

★まさにrevolutionaryではなくregeneratorです。格差を増幅させる資本主義から格差を解消する新しい資本主義に変容させる活動。社会的インパクト投資のねらいはここにあったわけです。

★このようなことを今の教育で行うことは無理でしょう。やはりregeneratorの活躍に期待するしかなさそうです。私のようなお爺ちゃんは、せめてregeneratorが生まれる環境をつくる挑戦をするのが精いっぱいかもしれません。孫がお二人のような中高生になるには、12年以上かかります。

★そこまで生きていたいですが、こればかりは神のみぞ知るですから。遠い未来ではなく、この近未来をどう生きるかですね。もちろん、それは遠くにつながっていると信じて。今回のテーマである「次世代から学ぶ」を思い切り堪能できたトークセッションでした。すばらしい機会をありがとうございました。

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2020年8月 7日 (金)

ポストコロナの大学入試問題(03)なぜ総合型選抜(AO入試)は本物なのか?それゆえ学校は勧めない?

★大学入試で帰国生入試や総合型選抜(AO)入試を高3生と対話しながら対策していくと、実によく意欲的に学ぶし深い対話が好きだし、未知なる世界に冒険するのが好きな生徒が多く、いっしょに歩いていくのが楽しいのです。もちろん、あるところからは独りで歩いていくのを見守るだけの段階になるのですが。この手が離れていく感じの時、たいていは吉報を贈ってくれることになると静かに期待することになります。

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★そして、同時に学校の先生は、たいへんだなと敬服してしまいます。というのも、私は友人から〇〇大学受験生なんだけど小論文のところだけ手伝ってよといわれたとき、引き受けるだけですから、極めて人数が少ないわけです。ですから、毎回対話ワークショップでできます。

★小論文だけなのですが、結局は、志望理由書や自己推薦書、それから口頭試問のトレーニングも友人と協力して行っていきます。基本的には課題を出して書いてきたものいついて対話するのですから、小論文→口頭試問・面接の部分は毎回行うことになります。

★小論文の書き方やフォームはそんなに難しくはないのですが、一番困るのは、体験が小論文に結びつかない場合が多いのですね。

★一般受験の小論文指導は、この体験はあまり関係ないのですが、総合型選抜入試は、自分の気づきや問題発見によって生み出された価値がカギになってきます。

★その価値に基づいて論理的に展開できるし、批判的思考の視点もそこにあるわけです。もちろん、独りよがりではいけないので、リフレクションして相対化して気づきを自ら生み出すことになる哲学対話は必要です。ある意味モニタリングです。

★となると、予定調和的な体験ではあまりこの自己と世界のかかわりの気づきのインパクトがないわけです。矛盾や痛みを受容できないわけです。その生徒なりの強烈なインパクトがある体験、そこで限界を超える体験をしてきたかどうかは、論文の書き方なんかよりよほど重要です。書きたいことがあれば、実は自然と論理展開をするものです。

★生徒が課題を考え小論文を書いてきたとき、その自分のよってたつ価値と問題になっている論点の背景にある価値の差異を問います。その価値のどちらを優先するのか、そのためにはどういう解決策があるのか、相対化しながら(メタ認知)、論を展開しているかどうか対話していきます。あまりなぜは聞きません。なぜという問いは思考停止になりがちです。語用論的アプローチと構造論的アプローチが中心です。

★そうしていくと、自ずとなぜについては生徒が語りますし。

★それと。添削ではダメなんです。何度も考え書き直して生徒自身が納得するものを自分で仕上げなければなりません。

★しかし、この対話の継続は、学校の先生にはできません。能力の問題ではなく、忙しいからです。

★だから、生徒は自分で哲学するしかないわけです。哲学と言っても、ソクラテスだとかカントだとかハイデッガーだとかレビ・ストロースだとかフッサールだとかマルクス・ガブリエルだとか学ぶわけではありません。

★個人と社会、社会と自然、自分と自分、男性と女性、人間と生物・・・・など対立的なもの(対立するかどうかを発見するところからなのですが)の差異を考え、そこにどんなジレンマがあるのか、それを解決するアプローチとしてどんな方法があるのか考えるわけです。

★事実としての差異とジレンマやパラドクスとしての差異の二重性を考察するわけですが、この差異に気づくには、体験が必要なんですが、超限界体験をしていないとジレンマを見つけるのがなかなかやっかいないのです。

★そもそも自分の顔は自分で見ることができないので、対話が必要になるわけです。ですから、できれば哲学対話ができるメンターが学校の先生の中にいることが大事です。できるだけ、哲学者の名前を出さずに対話できるのが重要です。もっとも哲学科志望者は、それは必要ですが、そうでない場合は、普遍論争が手を変え品を変え今も続いています。近代社会の矛盾もそこから派生しているといっても過言ではないので、その糸口を対話によってつないでいけばよいのです。

★そうそう、今哲学科志望の生徒は必要だと言いましたが、これが一般入試と総合型入試の大きな違いで、学校の先生にとって厄介なところです。総合型選抜は、自分のやりたいことをどの学部や学科で学ぶかまである程度明快にしていくので、専門知識は大学に入ってからにしても、その専門的視座というか素養はもっていないと難しいですね。

★専門的視座というのは、ある課題をその専門的な視座からアプローチできるかということです。わかりやすいのは、法学部ですね。道徳的倫理的視座でのみ語るのではなく、リーガルマインド的発想があるかないかは結構重要です。

★またSFCのような場合は、アプローチが多角的である必要があります。

★一般入試だと、超限界体験も不要だし、哲学対話はいらないし、専門的視座もいりません。まして個人以上の存在であることの価値などに気づく必要もありません。

★もちろん、生徒自身がそういうことに関心をもちながら、一般入試で効率よく学ぶという戦略的な姿勢であればよいわけですが、そういう生徒は50%いないでしょう。

★はたしてそれでよいのか?という思いはあるでしょうが、もともと進路指導やカリキュラムはそのような一般入試用にできているので、総合型選抜入試に現場で対応できないのです。

★それで、哲学対話やPBLによる多様な思考力をトレーニングしたり、超限界体験をリメイクしたりすることができる塾や私のようなところにつながってしまうのでしょう。

★現状、それでよいのですが、学校でできるようにするにはどうしたらよいのか再構築・脱構築したほうが生徒にとってはよいのではないでしょうか。今はZoomなどでオンラインでできてしまうので、通う時間がいらないのですが、学校以外に通いでやっていくとなると、精神的にも身体的にも負荷がかかります。

★それに、専門的視座は、インターンシップでもない限りなかなか身に付きません。論理的思考だけでよいとするらば、慶応義塾大学の一般入試の小論文でよいのです。わざわざFITやAO入試を設ける意味はないでしょう。逆に言えば設定しているわけですから、専門的視座や素養をどこかで身につけてきて欲しいのでしょう。

★では、どうしますか?仮説思考をフル回転してある作業をやります。このときの対話がおもしろいかどうかで、対策の仕方が変わってきます。

★それは何か?は、意外とシンプルで同時に大変な作業であるわけです。

★ですから、学校の先生方は総合型選抜入試はできればやりたくないでしょう。逆にこれに取り組んでくれる先生がたくさんいる学校は、本物です。

★本物はめんどうなんです。目に見えない部分も多々あります。大学に入ってからそういうことはやってよというのも一つの在り方ですが、このような総合型入試に取り組むプロジェクト型の学びの過程を通過してきた学生がのちのち伸びることも活躍することも中原淳教授や溝上慎一教授の調査である程度わかってきていもいます。

★総合型入試(AO入試)を一般入試よりも軽視する教師は、実は効率主義、損得勘定主義なのかもしれません。そういう功利主義がわるいかというとそんなことはまたないのです。価値の違いはよしあしではなく、相対化して見ることが大切です。さてさて、最後は自己決定しなくてはならないのですが、本当に自己決定できるのだろか?もしできるのなら、その学校は共感的コミュニケーションが日常になっている可能性が大です。

★自己決定という名の自己責任論や知らないうちに誘導している抑圧的コミュニケーションが広がっている学校もあるでしょう。AO入試を軽視し一般入試比較優位を唱えているところはそうですね。中学入試でも同じことが言えます。新タイプ入試を軽視し、2科4科入試を優れているとみなす塾や学校は、抑圧的コミュニケーションが日常です。

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2020年8月 5日 (水)

ノートルダム女学院(05)プレップ総合コースの大切な教育的価値。ルソーの眼差しでみてみると素晴らしいことがわかる。

★8月夏休みに入って、ノートルダム女学院のプレップ総合コースの中学生がアクティブなプロジェクトが動き始めています。その名もスマイル・プロジェクト。1年生は9月、2年生と3年生は10月の発表に向けて動いています。本番に向けて元気に活動している様子が随時facebookで発信されていますが、これも生徒の手によるものです。

★今年はwithコロナの最中ですから、オンライン文化祭です。そこで恒例の演劇を上映するのでしょう。生徒は、キャスト、ダンスアンサンブル、コーラスアンサンブル、舞台美術担当、衣装担当、宣伝・制作担当等々総合的なロールプレイが展開しています。協働でアートを創出しています。まさにプロジェクトですね。

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★宣伝・制作担当の生徒は、iPadやラップトップで、プロジェクトの活動プロセスをSNSで発信し、同時にフライヤーの絵を考えたりしています。そう「フライヤー」なんです。チラシではなく「フライヤー」と表現するのは、やはり重要な意味があります。

★美大や音楽大学で、自分たちの展示会や演奏会の告知をするとき、チラシではなくフライヤーと表現します。それは、フォントから写真、絵、文章まで、一つひとつにメッセージを込めます。また配置によってトータルなメッセージを目に見えないシンボル化をするわけです。すてきな創造的な活動ですね。

★このメッセージを込める活動は、すべてのロールプレイで行われます。楽譜のアナリーゼ、歌詞のアナリーゼ、せりふのアナリーゼ、一挙手一投足の意味、発声の意味などを考え、話し合い、演じるのです。

★これはJ.J.ルソーによると祭りです。どういうことかというと、ルソーは、ジュネーブ市民のために、演劇を鑑賞するだけでは、一方通行的な教授法(instruction)と同様で、あまり市民育成に効果はないのだというのです。そうではなく、多様なロールプレイを行いながらみんなで参加することによってジュネーブ市民はのびのびと自由な感覚をもって育っていくというのでしょう。今でいう“construction”ですね。instructionからconstructionへ。一方通行的な教授法からプロジェクト学習へという同校の教育デザインのコンセプトそのものです。

★そして、笑い。練習や制作、発信活動は真剣そのものでフロー状態(学びの大切な心理状態で、没入している姿をさします)になっています。しかし、日常にもどったとき、その集中した状態から解放されます。この解放されたときに笑いが生まれるとはベルクソンの哲学ですね。

★笑いには、何かから解かれる時のサインです。このような笑いに満ちている学院は、フロー状態になる機会が多いことを示唆しています。まさにプロジェクト活動はフロー状態と笑いのスクランブルです。

★したがって、先生方は、この笑いのサインの意味を見分けることができます。あっ、いつもの笑いと違うな。何かを回避する笑いだ。様子を見てみよう、対話をしてみようとなります。

★そのようなサインは、しかし一方通行の授業だとなかなかキャッチできません。PBL授業だからこそ、気づくチャンスも多いのです。

★ルソーやベルグソンの思想は古いかもしれませんが、気候変動やパンデミックなどの異変があったとき、本来的な生の息吹に導く思想として、その都度顧みられます。

★ノートルダム女学院のプレップ総合の生徒の活躍は、そんな本来的な生の息吹を日々生み出しています。

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2020年8月 4日 (火)

聖学院インパクト(04)GICの竜巻がいよいよ立ち上がる。

★聖学院の児浦先生(21教育企画部長・国際部長・広報部長・数学教諭)とZoom対話をしました。ポストコロナの大きな物語を多くのネットワーク、つまりワールドステークホルダーと紡ぎ、その根源的なマテリアルとしての上質なPBL授業の話をしました。大きな物語と根源的物語のカップリング。その弁証法的(ダイアレクティーク)なダイナミズムの発露がはやくも8月8日(土)に生まれます。

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★それは、児浦先生によると、次のオンライン・イベントです。

 8/8 中高生社会起業家トークセッション開催!
〜次世代から学ぶアフターコロナの社会のつくり方〜
コロナ禍の中でも様々な取り組みを進め、活躍している山口由人君(Sustainable Game代表・聖学院高1年)と佐藤夢奏さん(株式会社まなそびてらこ代表・千代田区立麹町中2年)によるトークセッションを行います。
山口君は中学生の時、佐藤さんは小学生の時に起業し、現在社会起業家として活躍しています。そんな彼らからアフターコロナの社会をつくるためのヒントを学び、コロナ禍における社会の捉え方や活動、学校選びのことなど、今だからできる参加者と共につくりあげるトークセッションを開催します。
●日時:8月8日 14時〜15時半
●対象:中高生・保護者・教育関係者 定員40名
●場所:オンライン(zoom)
●話者:山口由人君(高1)、佐藤夢奏さん(中2)
●司会:児浦良裕(聖学院中高・民間出身教諭)
●費用:無料
●申込:Googleフォームへ入力をお願いいたします。
https://forms.gle/eh6781S7ThKU85aG6
●協力:聖学院高校 Global Innovation Class
https://www.seig-boys.org/global/senior/

★山口由人さんは聖学院在校生、佐藤夢奏さんは麹町中学在校生です。この2人の存在の背景には実に大きな物語が横たわっています。

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★実は、このポストコロナを起業して生きる人々を、落合陽一さんはクリエイティブクラスと呼んでいます。まさにお二人はクリエイティブクラスです。特に聖学院は、21世紀型教育機構のメンバー校ですが、同機構の規約の前文には、SGDsのグローバルゴールズを達成するクリエイティブクラスを育てるという文言があります。落合陽一さんが引用しているリチャード・フロリダ教授の考えを2011年の段階で同機構は共有していました。

★また、それを実現する「ワークショップのアイデア帳」の著書の1人が児浦先生です。新刊の「新・エリート教育」に登場してくる工藤勇一先生は、前麹町中学校の校長でした。ここでも関係が渦巻いています。

★児浦先生と親しい佐野先生や金井先生も、「新・エリート教育」に登場する方々とネットワークを有しています。著者とオンラインセミナーも予定していますね。

★このワークショップやセミナーの向こうにふだんの授業があるのですが、それはみなPBL授業なのです。上記の本に通底するのはプロジェクトですね。時代の大きな物語と授業という根源的な物語が響き合ったとき、竜巻が舞い上がります。

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★そして、この大きな物語のシークエンスは、来春のダボス会議で大テーマ「ザ・グレート・リセット」へつながっていきます。この「ザ・グレート・リセット」というキーワードもリチャード・フロリダ教授に由来しています。

★同会議のサブテーマは「資本主義から才能主義(Taletism)」です。リチャード・フロリダ―教授はクリエイティブ・クラスの要素は3Tだと語ります。Talent、Technology、Toleranceです。クリエイティビティとイノベーションとコンパッションということですね。

★こう置き換えてもいいかもしれません。創造的才能、創造的破壊、創造的対話。

★どうです。山口さんも佐藤さんもまさにクリエイティブクラスですね。ポストコロナは、ファーストクラスからクリエイティブクラスへという経済社会のパラダイム転換が起こるという大きな物語が生まれます。

★そして、この大きな物語が生まれてくる根源的な物語は、ふだんの当たり前のPBL授業なのです。当たり前と言っても、日本では、学校として取り組んでいるところは30%もないでしょう。どうしてわかるのか?コロナ禍における双方向型対面オンライン授業に取り組んだ学校の割合を想起すればわかります。これにシフトできるには、PBL授業の準備ができている学校だからです。

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★それゆえ、この当たり前のPBL授業のクオリティをさらに先鋭化し、いかにアップデートしていくか?そのための仕掛けをデザインしようという話になりました。思考力セミナーを例にアナリーゼしながら、なんだこれは生徒のAO入試/探究総合入試の学び方をモニタリングすることもできるではないかと話が拡張しました。

★ハイパーリンクという深い広がりとハイパーループという思いがけないつながりがどんどん広がるZoom対話となりました。そういえば、児浦先生とは互いに前職時代に会社を越境して交流していました。越境してつながる親和性を出会ったときから共感していたようです。なるほどですね。

★8月8日もおもしろいし、その後に続く、根源的な物語の響きもホンマノオト21で奏でようと思います。乞うご期待♪!

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2020年8月 3日 (月)

ポストコロナ時代の教育(17)開智望小学校・中等教育学校の挑戦。

★7月31日、4月から開校した開智望中等教育学校の終業式が無事開催されました。小学部の教育の実現を行い、引き続き7年生(中1)の学年主任で教務主任の峰岸先生からメールを頂きました。小学校に続く中等教育学校のスタートはオンライン学習から始まったわけです。

★生徒も教師も、長い117日間であったと同時に、自己探究の道を歩んでいく中で、いきなり世界の痛みを感じつつ自己理解を深める機会であったと思います。パンデミックをたんなる自己の道を妨げる壁とみなすのではなく、自らを鍛え次なる地平へ弾む出来事としてとらえていったのでしょう。その生徒と共に歩みながら1人ひとりの夢に寄り添い、峰岸先生の想いを膨らませ、未来をいまここで紡ぎ出す情熱をメッセージとしてシェアさせて頂きました。

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(写真は同校サイトから)

★終業式の様子とその時に峰岸先生が感じたことは、同校サイトの「[MYP] 117日目にたどり着いた1学期の終わりに…」で読むことができます。ぜひご覧ください。

★2022年から、立川国際中等教育学校が小学校と結合して、小中高一貫校を造るという記事がメディアで公表されましたが、すでに開智望は実践し、新たな教育のスーパーモデルを創っています。峰岸先生は小学校立ち上げの時からそのデザインと構築と運営にかかわり、中等教育へと新たな挑戦をしています。

★立川国際中等教育学校も、もちろん開智望モデルを意識しているでしょう。しかし、決定的に違うのは、開智望は、IBのプログラムをしっかりベースの1つにしているところです。

★今ベースの1つにしていると言ったのは、極めて重要です。実は中等教育学校の11年12年生になったとき、IBのDP(ディプロ)コースに進めるのはそう多くはありません。進まない生徒は、どうなるのか?ここを解決するために、探究総合という教科横断型と言った方がわかりやすいのでしょうが、実はリベラルアーツ型教育をもう一つのベースにしているのです。

★ですから、11年生以降は、DPコースと開智DPコースの二つにわかれます。

★そして大事なことは、これができるのは、PYP→MYP→DPと小中高一貫IB教育とそれに呼応する形でリベラルアーツ型の探究総合教育を創意工夫しているからなのです。

★IBであれ、リベラルアーツであれ、言語と数学と思考力と創造力は重要です。PBLという学びの環境の中で、深くリサーチし、議論し、編集し、プレゼンしていく。リフレクションはルーブリックで行うというところは共通しています。

★ただ、IBの最終目標は世界の大学へアプローチすることです。そして、DPのスコアが高くなければ意味がありません。現実的にはDPのスコアが低ければ、世界の大学は開かれないし、日本の大学への道も危うくなります。ですからこのコースはチャレンジングなのです。

★しかし、峰岸先生は、生徒にとっては、究極の自己理解のために学んでいるという感覚を持ってほしいし、だからこそ自分は自己探究を12年間し続けることの可能性をイメージしながら、現場でいろいろと望の学びをデザインしているのだと語るのです。ですから、DPだけが当然自己理解の唯一の道ではないのです。では、いわゆる受験コースでいいのかというと、それは偏差値という他者があてがう基準で人生をデザインするので、自己理解の旅をするのとは違います。

★ですから、自己理解のために学べる教育のデザインをしているわけです。人生とは時に戦略的にチャレンジする時もあるし、他者の思惑に右顧左眄しないで、自分とは何かを探究する純粋な生き方もあります。そのどちらでもないとき、人は周りの目が気になり、隣の芝生が青く見え、自分はどう評価されているのかばかり気になり、自己肯定感は常に低く、自信がなく、人をうらやみ、ねたみ、ひねくれ、不満たらたら・・・というルサンチマン型人生になってしまいがちです。

★小中高一貫が必要なのでは、小学校のころから、戦略的にチャレンジ旺盛か、自己理解を深める純粋な生き方を選択するかというところからスタートできるからです。

★中学入試の際には、もちろん、そのような受験生もいますが、ルサンチマン型人生におちいっている受験生もいます。中学に入学した時に、そのような生徒をルサンチマンから解放するためにオリエンテーションが行われるすてきな学校もあります。たとえば、栄光学園は、それを垢落としと言っていますね。

★しかし、小中高一貫となる開智望はその時間は必要がないのです。その分自己探求への道を深めていくことができます。果たして、立川国際がそのような小中高一貫のコンセプトやビジョンがあるかどうかですね。開智望の場合は、折に触れてIBの10の学習者像を教科学習の中で、リフレクションしています。これは、先生方の独自の考えでもありますが、IBの要請でもあります。世界のIBスクールはこのリフレクションを実施しているのです。日本の学校が偏差値表と対照して受験指導が行われている間に。

★いかに、10の学習者像による自己理解を深めるリフレクションが重要であり、世界との精神的格差が横たわっているか想像に難くないでしょう。

★とにかく、そういう人間創りの基準がなければ、ルサンチマン型人間は生まれてしまいます。

★開智望を選択する保護者は、かなり意識が高く、日本の文化の呪術的な心性を客観視し、文化を生んできたエネルギーとして認識しつつ、文化遺産として歴史遺産としての価値を認めながらも、世界標準ではそこから解放されている教育に触れさせたいと思っています。

★ある意味、峰岸先生は、そのリーダーです。開智望の教育デザインリーダーであるという意味でもそうですが、世界の事件の背景にある隠蔽主義、保守主義、責任回避主義、妬みの裏返しなどなどのルサンチマン精神をはねのける新教育システム構築のリーダーでもありましょう。

★開智望で創意工夫されていることは、実は世界性を同時に有しています。これからも大いに活躍して頂きたいと思います。

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2020年8月 2日 (日)

ポストコロナで変わるコト(03)2022年立川国際中等教育学校 小中高一貫になる意味。英語と総合型問題入試主流に。

★アーバンライフメトロ(2020年8月2日)の記事「東京都が公立「小中高一貫校」開校の衝撃 開始は2年後、12年間の「国際人育成」目標は吉と出るか凶と出るか」によると、「東京都は2022年4月、全国初となる公立の「小中高一貫校」を開校します。学校の理念に基づき12年間の教育を行う私立学校は少なくありませんが、公立となると前例がありません」ということです。

★「新たに設ける小中高一貫校は、立川国際中等教育学校(立川市曙町)に隣接するグラウンドに設置された同校の付属小学校です」ということですから。同記事にもあるように、英語に力点を置いた小中高一貫教育改革という流れでしょう。

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★この政策が、公私格差を是正することをねらいながらも、公立学校内格差を生み出すパラドクスを起こすというのは議論の余地があるけれど、そこは議論にならずに進むでしょう。この背景には、ジェンダー問題が色濃くあります。当面日本はここの問題はマスクをかけたまま進みます。SDGsがまだまだ主流にならないのは、17のゴールの1つにジェンダー問題の解消が入っていますからね。

★しかし、東大が隈研吾さんを招聘し、SDGsを建築学に活かす新しい分野を設置する予定のようですから、教育委員会も変わらざるを得ないかもしれません。その前に東大は女子学生入学生の比率をもっと上げなくてはなりませんが。

★あっ!そういうことですね。それゆえ英語を重視するわけです。迂遠な作戦ですが、ちゃんとジェンダー問題を解消する政策をとっているわけですね。つまり、英語に力を入れて、なおかつ総合型問題を出していく。あんまりそれを強調すると、逆チェンダー問題を生み出すので、そこは静かにということでしょうか。。。

★またまた、本間はわけのわからないことを言い出したと思われるかもしれませんが、そういう方はジェンダー問題に関心がないと思ってくだされば、それで結構です。

★さて、総合型問題というのは、2021年大学入試において、早稲田の政経や青山などで行うものが典型です。AO入試/総合型選抜入試ではなく、一般入試の個別独自入試で行うものです。

★小論文は当然ですが、英語と日本語の両方の素材文が出題されます。もちろん、クリティカルシンキングがコアです。京都大学の特色入試や東大の推薦入試ではすでに当たり前になっていますね。大学入試改革がとん挫したという話と同時にパラレルに大学入試改革が加速度的に進んでいる。不思議の国日本です。

★しかし、急に始まったわけではなく、OECD/PISAとCEFRによって始まったわけです。つまり1989年ベルリンの壁崩壊後のシナリオプランニング通りなわけです。欧州に東からどっと移民がおしよせてきたわけですから、学びの権利と言葉の権利を守る政策としてこの2つは生まれてきました。どちらも拠点が人権の国フランスにあるのが象徴的です。

★IBも拠点がスイスにあるわけですから、日本の教育改革は世界の国々のいいとこどりをするも、基本はヨーロッパですね。

★ともあれ、PISA型入試を導入したのが、全国学力調査テストであり、公立中高一貫校の適性検査であり、昨今一部の公立高校入試でも取りいれています。中学入試においても適性検査型入試をはじめとする新タイプ入試が浸透してきています。

★もちろん、この路線をつくったのはベネッセと文科省の巧みな連携です。文科省の学力調査テストの運営の大半はベネッセです。数的には大学入学共通テストとなんら変わりなく、本当はできたはずなんですが、大学受験業界の壁はベネッセ一社ではどうにもならなかったということでしょう。

★しかし、シナリオプランニングは複数路線で進みますから、一つや二つダメでもベネッセは実は問題ないのです。多くの学校や自治体でベネッセの元社員は大活躍していますから、キングダムは不滅でしょう。東大本郷の赤門左にそびえる福武ホールはその象徴ですね。

★大学と就職という生涯学習系では、ベネッセ以外にリックルートがドンと構えています。教育・進路系はほぼその2社が独占しているというのが本当のところで、その2社がどういう動きをしているのか、注目しておくと役に立ちます。それから、2社が手こずるのが私立学校です。もちろんしっぽを振る私学も結構ありますが、ここは河合塾、ロイロノート、Apple、Microsoftなどのシェアとの競合関係になっています。

★それゆえ、公立中高一貫校や公立小中高一貫校などをつくって、私立学校の領域のシェアを拡大したいわけですね。自治体の背景にあるベネッセとリクルートがです。

★痛し痒しですが、この2社ががんばることによって、ピアソンとETSという英米系教育ビジネスに飲み込まれなくて済むというのが日本の教育産業界の状況でしょう。そこでフランス―ドイツを中心とする欧州教育で世界標準競合関係を巧みにベネッセは活用し、リクルートは米国のコンピテンシーでETSに対抗をしているわけです。

★この競合の状況を眺めながら一挙両得を考えているのが日能研や首都圏模試センターです。中学受験というマーケットにのみ軸足を置いているのがそれを意味しています。

★なんだか話がズレてしまいましたが、今年から小学校の5年生6年生における英語の教科化がスタートしました。片方で着々とPISA-IBーAレベル系列の入試問題、つまり総合型入試の準備も着々と進んでいます。大学入学共通テストは米国ETSの戦略を残して、言い訳ができるようにしているわけですね。

★日本の外交や国際戦略は、基本は長崎の出島戦略です。国民はだれもダイレクトに交流しないけれど、出島を通して、世界標準のシミュレーションの恩恵に浴せる状態になっている。ダイレクトに交流している人々が富を増やし、国民はその富裕層が喜ぶ素直な消費者ということですね。

★ところがポストコロナは、一般市民がネットでダイレクトに交流してしまう。そのためにも英語は重要なのですね。クリティカルシンキングは必要なんですね。ICTは大事なんです。ポストコロナ時代の三種の神器は、英語×クリティカルシンキング×ICTで、その三種の神器を使いこなす市民をクリエイティブクラスというのでしょう。

★来春のダボス会議では、この話が主流だし、そのような時代の要請を敏感に先取りする落合陽一さんもクリエイティブっクラスが働き方改革を促すでしょと語っていますね。

★というわけで、そのクリエイティブクラスが大量に輩出できる大学が、投資効果があるわけで、入学者を増やしていくことになります。

★ポストコロナ直後は、変わらない大学が安心安全だということで、そこに入学者が集まるのですが、すぐにそこではクリエイティブクラスは生まれないことに気づき、英語とクリティカルシンキングとICTを統合した「総合型入試」を行う大学の人気が出るようになります。

★安心安全を求めるタイプは、リーマンショックとかパンデミックとか気候変動という体験を通してはじめて身に染みるわけです。ベネッセやリクルートはその両方のシナリオプランニングをしているはずです。一市民の私でもそう考えるのですから、2社の幹部が考えないはずがありません。

★複線マーケットの両方でビジネスを行うリスク分散は考えるでしょう。

★日能研と首都圏模試が、一挙両得戦略をとれるかどうかは、マーケットのおもしろところですね。マーケットは時代の歴史的狡知と歴史の普遍的精神のせめぎ合いで動きます。激動の時代、マーケットはどんな新しいシナリオプランニングを立てるのでしょう。時代変革ゲーム!ワクワクしますね。

★もっとも、私自身は、そのゲームには参加しませんが。

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ノートルダム女学院(04)哲学対話を大切にする学校。

★前回ご紹介したように宗教の山川先生は書道の授業とコラボレーションしていたわけですが、実は保健体育の授業や社会科の授業ともコラボしています。山川先生は中1~高2までの全学年全クラスの宗教の授業を担当しています。そこでは、哲学対話ベースの授業を展開していますが、そこで大切にする問いを互いに投げ合うスキルは同校の国語科で活用している言語技術のスキルとも親和性があります。

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★カトリック学校の宗教の時間は、聖書訓詁学の場合が多く、多くの生徒が忍耐を強いられるのですが、山川先生の授業は評判が高いのです。対話ベースですから、考えることをします。しかも宗教は、自らを振り返る内省的マインドフルネスが膨らみますから、真剣にならざるをません。

★ノートルダム女学院の教育を知るには、山川先生の宗教の動向における位置づけを探る必要があるとピンときたので、オープンスクールが終わったその日の夜にZoom対話を申し込みました。お疲れにもかかわらず、快諾していただけました。

★哲学的に深く時を超える壮大な話であったので、私の力ではうまくまとめられませんが、山川先生の宗教の授業は、哲学的なアプローチであるということとその哲学が現実の中の矛盾を見出し、それを引き受け解決の道を切り拓いていくかなり実存主義的なものだと了解できました。

★最もおもしろかったのは、ノートルダム女学院では宗教はテストも成績もないにもかかわらず、多くの生徒が授業に立ち臨むモチベーションが高いということです。山川先生は授業の素材はできるだけ身の回りで起きている旬の話題を使うし、動画も使います。オンライン授業でおそらくICTを多元的に活用する優れた面も見せました。

★そういう意味ではハイテク実存哲学対話を生徒に仕掛けているのでしょう。

★もちろん、教師になりたては、この成績に関係しない宗教の時間へのモチベーションを生み出す創意工夫は想像を絶する苦労をしたようです。

★しかしながら、生徒は気づき始めたのでしょう。実存的宗教の時間は、自分を見つめる時間だし、アイデンティティを再構築する時間でもあると。すると、AO入試/総合型選抜入試にも直接つながる授業でもあると。

★このタイプの入試は、知識の定着度よりも、自分とは何者かを振り返り創出していることを表明する入試ですから、学びと進路がつながる大切な時間が学校の中にあるというのは同校の生徒にとってはアドバンテージが高いでしょう。

★卒業するまでにすべての生徒が哲学対話を体験することができる学校。そんな学校は他にあるでしょうか。

★しかも、同校にはアカデミックな哲学授業を展開する社会の霜田先生までいます。ポストコロナは新しい哲学の時代だと言われています。来年のダボス会議の大テーマは「ザ・グレート・リセット」であり、サブテーマは「資本主義から才能主義へ」です。

★山川先生は、この背景に哲学や聖書のマインドが隠れていることを見て取り、霜田先生と同様、しかし別角度からこの世界の動きを哲学対話してみるということでした。

★コールバーグとギリガン論争という道徳とSDGsのジェンダーの問題についても今後話していこうということにもなりました。またご報告いたします。

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ノートルダム女学院(03)創発型授業デザイン花開く。

★昨日のノートルダム女学院のオープンスクールで実施された9つの授業。いずれもすてきでした。授業の様子を見に教室を訪れると、そこには知と感情と愛と情熱の花が咲きこぼれていたのです。

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★しかも、いずれも15分から20分で、できるだけ受験生が多くの授業を体験できるようにローテンションを組んでいたのです。そんな短い時間で何ができるのと疑問に思われるかもしれません。

★今回オープンスクールでは、PBL(プロジェクト型学習)という言葉は使いませんでしたが、パンフレットに載っているように、同校ではこのタイプの授業デザインを試行錯誤しています。型からはいるというより、ペアワークやディスカッション、何よりリフレクションを小まめにいれる創発型の授業です。

★生徒が自ら論理を構築し、ジレンマ問題を見つける批判的思考をフル回転し、何をすべきか創造的思考を作動させます。そして、その前提には体験があります。ですから、授業の50%は教師がレクチャーを引き受け、残りの50%は生徒が学びの責任を引き受けます。この教師と生徒との学びの共創が同校の際立った特徴です。

★ですから、9つの授業では在校生がファシリテーターやアドバイザーを引き受けていました。緊張した受験生は先輩たちの声掛けに心を開いていったのです。そこに知と感情と愛と情熱が互いにつながりステキな花を開かせていたのです。

★しかも、教師と生徒の共創だけではなく、教師同士の共創もありました。たとえば、社会の授業では、認知科学や心理学、哲学の認識論で扱うトリックアートが材料として授業が展開していましたが、実は脳科学の問題であると種明かしがされ、理科の先生が参入して脳科学のワークにシフトしたのです。これまた、社会科学、人文科学、自然科学の共創が繰り広げられたのです。

★高校の国語の授業は、オノマトペのワークショップ型授業でしたが、ここでも数学の先生と家庭科の先生との共創が展開していました。実はマテリアルの絵からオノマトペをイメージする思考回路は、変形という数学的思考でもあるし、ワークショップのための道具作りは家庭科の技術を使っていたようでした。

★また、高校では科目としてはないのですが、中学の授業で行われていた言語技術のスキルも、オノマトペのワークショップで活用されていました。このような学びのスキルの内定連関は普段外からみていたのでは見えませんが、オープンスクルールでは可視化されています。

★さらに驚いたのは、書道の授業でした。パフォーマンス型の授業で、躍動感あふれる授業でした。書道部のメンバーがファシリテーターを行っていたということもあり、アクティブなかかわりに場が際立っていたのです。そして、なぜかそこに宗教の先生が参入し、文字を書くという行為とは何か?問いかけたのです。

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★書道と宗教哲学の共創授業になっていったのです。文字を書くとき、自分の主張を伝えるだけではなく、同時にそれは他者のためでもあるということに意識を覚醒した時、文字を書くことが幸せな社会、平和な世界を生み出すという壮大なスペクタクル授業になっていったのです。

★将来書道部があの大きな筆でパフォーマンスをするのをみたとき、それは世界を生み出す行為なのだとみなすようになるかと思うとワクワクしてきました。

★いずれも目からウロコという授業でした。

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工学院インパクト(04)高橋一也先生の「自己変容」研修

★ポストコロナ。この事態は私たちすべてにとって未知なる経験です。この思いがけない出来事を、人生の妨げとするのではなく、むしろ、弾みと見なして、いまここで明日への新しい自分に自己変容していこう。これがコロナ禍のオンライン学習を乗り越えた工学院の学内雰囲気です。

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★とはいえ、ビジョンだけでは実現できません。そこで、この自己変容の最新の発達心理学の成果であるローバート・キーガン教授(ハーバード大学)の成人の成長のための「免疫マップ」を高橋一也先生は活用して研修をすることにしました。

★もともと、工学院の先生方はPBLを共有し浸透させています。したがって、構成主義的な発達理論を構築しているローバート・キーガン教授の考え方とは親和性があります。同校のPBLのルーツは、デューイやピアジェ、MITメディアラボのシーモア・パパート、同じくMITのピーター・センゲなどです。構成主義の流れを汲んでいる理論ですね。

★キーガン教授も、彼らの理論も射程に入れていますが、フロイトの流れを汲む精神分析理論やマズロー、ロジャーズなどの実存主義的な心理学も統合しています。そういう意味では、学習理論や心理学の広い領域をカバーでき、多くの先生方それぞれの理論に接続できると高橋一也先生は考えたのでしょう。

★それに、一也先生自身、直接キーガン教授のワークショップに参加して学んでいるということもあるでしょう。

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ハーバード・ビジネス・レビュー(2014.06.04)「人は変革を望みながら、無意識に変革を拒んでいる~ハーバード大学教育大学院のロバート・キーガン教授に聞く」という記事の中で、キーガン教授はこう語っています。


「日頃、私たちは「自分はこう考える」「私はこうしたい」ということを言ったり感じたりしています。これは自分が意識していることだと考えられます。しかし、実際には自分自身が感じていない、認知できない思考や感覚というものが隠されています。そして私たちの行動の一部には、こうした認知できない思考や感覚に支配されている面があるのです。それだけでなく、自分自身が意識して取っている行動の裏にも、無意識の思考や感覚が隠されていることも往々にしてあります。この認知していない部分を知ることこそが、人間の成長なのです。」

★そして、この無意識の思考や感覚を可視化するツールが「免疫マップ」です。

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★超自我とエゴとエゴのジレンマ、それを無意識で支えている固定観念という岩盤を、上記のようなシートに書き込み、それについて高橋一也先生のようなメンターあるいはコーチと一対一で対話していくことによって、ブラッシュアップしていきます。正当で信頼できる妥当な「免疫マップ」ができたとき、人は自己変容しているのです。

★ただ、この無意識の領域は極めて繊細で、あたかも暗闇の洞窟の奥に深く潜入していくかのようなので、1人で行くのは危険です。

★もし一人で行くと、自分も知らない仲間も知らない領域に足を踏み入れてしまう可能性もあります。誰も知らない無意識の領域はフロイトは認めていません。基本は意識が無意識化し、それが意識しないで躍動するサーキュレーションです。それゆえ、創造的であり狂気をうむわけですが、原因は突き止められます。

★ところが、私もあなたも知らない暗黒の世界は、オカルト的な世界で、解決がつきません。憑依や自己崩壊が起こる可能性があります。そして、現代社会はこの領域がかなり拡大しています。先生方が自己変容しなくてはならない本当の理由は、この時代の波に生徒が飲み込まれないようにするためでもあります。

★それはともかく、一也先生はレゴなどでチームでワークショップを行い、そのオカルト領域に引きずり込まれるのを防いでいます。

★自己変容とは、仲間といっしょに相互に助け合いながら進むことが肝です。PBLという授業も、生徒の個人化が進んでいる昨今、自己肯定感が低いどころか、そこを突き破ってオカルト領域に滑り落ちるのを防ぐ役割も果たしているのです。

★自己変容はきとんとケアしなければ、つまり共感的コミュニケーションの状況を基盤にしていなければ、自己破壊で終わる場合があります。また、ケアがない場合、自己変容は恐ろしくて、飛べない現状にとどまる状態になります。しかし、それは激動の変化の時代に飲み込まれてしまいます。

★留まることも先に進むもリスクはあります。しかし、そのリスクを回避するケアマネジメントとして共感的コミュニケーションを生みだす必要があります。

★工学院は、そこができているので、高橋一也先生も「免疫マップ」を活用しながら対話を開始したのでしょう。工学院のように、自己変容の道をケアマネジメントしながら進んでいく学校は少ないですが、この道を歩まなければ、時代の波に打ち砕かれてしまうでしょう。

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