創造的対話

2019年11月29日 (金)

対話の世界(6)聖パウロ学園 思考スキルとデフォルトモード記憶のループを創発。

★聖パウロ学園は、PBL授業をはじめ対話を大切にする教育を展開しています。すべての生徒の「自己肯定感」を高める教育を気遣っているからです。そして一方で、そのためには、自由な発言、すなわち豊かな思考力を養わなければならないのですが、いったい思考力とは何でしょう?

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(左から国語科高橋先生、英語科大久保先生、数学科松本先生)

★研修部の先生方は、表面的な思考力の話ではなく、きちんと本質的な意味での思考力について常日頃考察しています。今回もある実験をして、仮説を立てていました。

★まず、ありし日のセンター試験における国語の現代文の設問1問を任意に選択し、提示された現代文を読まずに、解くところから始めました。多肢選択の問題ですから、先生方は、選択肢の分析と分類によって正解を絞っていきます。そして、見事に行き着きます。

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★次に、どうやって考えたか各人がプレゼン。すると、国語科と英語科の先生は「思考スキル」でアプローチし、数学科の先生は、集合論的なアプローチで説明していました。そして、思考スキルと集合論の関係を考えると、なんのことはない、思考スキルは集合論と重なり合う部分が多いということに改めて気づいたのです。

★言語的思考と数学的思考の接点が見えたということでしょう。数学科の松本先生は、文系の数学と理系の数学のカリキュラムを考えたとき、微積にまでいきつくかいかないかというより、集合論の扱い方で再考してみようかなと何か閃いたようです。

★さらに、文章を読まなくても、特に国語科の高橋先生はあっさり解けたのは、だいたいたとえば、「今回のデザイン」に関する論説文だと、よほど創造的破壊をする作者でない限り、だいたい同じ方向性で書いてある場合が多いので、その記憶も参照して考えるとかなりの確率で絞ることができますということでした。

★そこで、「デザイン」を中心に、マインドマップを広げていくと、ファイリングから条件反射的に引き出す知識だけではなく、概念や物語や関係などいろいろな記憶があることが改めて明らかになったのです。

★それをすでに知っていて、そのことについては考えなくてもそこから出発できる記憶という意味で、デフォルトモードネットワークとして、漢字や英単語、理科社会の空欄補充を埋めるような知識から論理駅な文章や物語まで文脈知識、数学の解法パターンのような順序や手続きの知識というものを、学んだあとに格納し、思考スキルによって引き出して、組み合わせて思考していく。

★そして、思考すると、再びデフォルトモードネットワークが広がるという、記憶と思考のループ全体を思考と言っているのだということが見えてきました。

★私たちが普段、知識暗記型の学びから思考型の学びへといっているのは、この記憶と思考のループの拡大再生産のことを言っていたのです。知識暗記型といったときの知識は、空欄補充を埋める条件反射的な丸暗記の話に限定していたわけですね。

★こうした本質的な議論が、カリキュラムにすぐに生かされ、授業で展開していけるスピード感が聖パウロが人気のある学校の1つのそして大きな理由でしょう。これは、すなわち、スモールサイズの学校の大きな特色と言えるでしょう。

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2019年11月15日 (金)

新しい思考力生成(05)首都圏模試センターの「思考スキル」を麻布の問題にアレンジして使ってみる。

★首都圏模試センターのアクション型思考スキルとシンキング型思考スキルを少しアレンジしながら、麻布の30年以上前の問題を考えてみましょう。麻布は、7000字近い物語一題の出題が伝統なんですが、その年は物語と随筆でした。物語は、立原エリカさんのファンタジックな物語で、あっさり解けるので、あれっと思っていると、800字くらいの随筆で、その随筆のテーマである「今個性的であろうとすることは個性的ではない」について、自分の考えを論述しなさいという問題も出題されていました。100字記述だったか200字記述だったか記憶がとんでいるのですが、骨太の問題だなと感じた記憶は今も新鮮です。

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(この麻布の問題を考える時に活用する思考スキル)

★なんとも、これで、バランスをとるとは、麻布らしいというかそうでないというか微妙でしたが、実際に合格したメンバーに話を聞くと、随筆の方は、意外とできなかったということでした。次の6年生が麻布を受験する準備をするときに、過去問としてこの問題に挑戦した時も、意外と苦しんでいるのに気づきました。今ならどうでしょう。

★当時は思考コードはなかったので、思考スキル(はあったのです)だけで詰めていきました。たいていは、<比較・対照>と<因果関係>、<具体・抽象>、<メタファー>という<置換>といったスキルで、彼らは解いていけるので、今でいうなら、思考コードのB2やB3で取り組めたのです。

★<矛盾・逆説>というスキルも、スキルとしてではなく、心情読解の内容としては彼らは理解ができていました。ですから、この問題も随筆ではありますが、考え方は同じです。矛盾や逆説的な心情の構造をそのまま素直に適用して解いていける生徒ももちろんいましたが、スキルとして形式知化していないので、そこに飛べない生徒もたくさんいました。

★当時は、自己言及やパラドクスの記号論理学的な現代思想は大流行りでした。ラッセルやヴィトゲンシュタイン、ベイトソンの話を盛り込みながら、こういうダブルバインド状態をどうやって解き明かしていくかみんなで議論したのを思い出します。

★クリティカルシンキングとかクリエイティブシンキングという発想は、当時はありませんでした。物語も論理で解けるという信念が、邪魔をしていました。

★生徒はいきなり論理的ではないように見える文に直面して、その信念では、もしかしたら解けないのではないかといきなり躓いた可能性があります。今までみたことのない論理的関係に直面した時、しかもその素材文が800字で情報が少なくて、情報獲得が十分できない場合、多くの場合、自分で推理しながら論理を創造していかなくてはならない問題に慣れておく必要があるとリフレクションしていたのを思い出します。

★いずれにしても、図に書きだしたように、スキルをたくさん活用しなければ、この問題は解決しないので、思考コードでいえばB3ですが、もしあなたの個性論についてさらに書きなさいとなったら、C3になるでしょう。そうでないとしても、パラドクスに気づくには、クリティカルシンキングがあれば、迷わなかったのでしょうが、それでも、論理的につめていって、おかしいと感じればよいわけですから、B3でしょう。

★ただ、自分でパラドクスを発見するとなると、やはりC3ですね。

★記述式や論述式の問題の採点について、世の中騒いでいますが、大学入学共通テストの問題に比べはるかに骨太の麻布の問題の採点が成立するのはなぜでしょう。それは麻布という共同体の基準にしたがって、複数の教師が採点し、議論して合意形成して採点していくからです。

★この共同体のビジョンに基づいて合意形成をしていくというシステムは、たとえば、共立女子の総合型の入試においても存在します。大学入学共通テストでは、この採点システムを構築することはなかなか難しいし、国家の学びの統一基準なんてものは、あっていいと思いますか?ここに合意形成の、そして民主主義のパラドクスが存在するのです。

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2019年11月14日 (木)

対話の世界(5)聖パウロ学園 思考のメカニズムについて対話が広がる。

★聖パウロ学園の教師は、生徒の思考力や発想力が豊かになるにはいかにしたら可能かというテーマと同時に実際的な学力を向上することはいかにしたら可能かという複眼的な視野、言い換えれば、鳥瞰と虫瞰の視野を往復しています。あるいは、ダイレクトとインダイレクトな世界の両義性を意識しながら対話します。

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★授業もそうです。たとえば、同校の主幹である小島綾子先生の国語のPBL型授業では、生徒は、羅生門と羅城門の比較をグループワークで議論し整理した後、芥川龍之介がなぜ今昔物語を参考にしつつも、新たな世界を創っていったのかについて議論し、レポートにまとめていきます。

★羅生門と羅城門という複眼思考もそうですが、文学を分析することによって、文学を通しながらも同時に評論的な世界も創り出していくという複眼思考を育てています。

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★この時期、高3の進路をサポートしつつ、同時に来年以降のカリキュラムのアップデートについても対話しています。研修部では、小島綾子先生と高橋先生から、国語科で話し合った「思考スキルと3年間のカリキュラムのシークエンスの関係性」について発表があり、それに刺激を受けて、数学科の松本先生は、さらにその思考スキルから世界制作の方法を抽出して、国語科の提案をさらにブラッシュアップする提案をしていました。

★英語科の大久保先生は、Can-doリストをもともと作っていたのですが、そこに思考コードと思考スキルを埋め込んで、国語科と言語の教科としてつながるかどうか試行錯誤に挑戦してみるという提案もしていました。

★こうした考えを、言語化していく作業を通し、最終的には統合されるのでしょうが、今はまだまとめずに、互いの意識の中に生まれる相乗効果を大事にして、当面対話を続くていくということです。

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★6時間目は、オーストラリアの修学旅行から帰国したばかりの高2のグローバルコースと高1のグローバルコースの生徒対象に、外部講師を招いて「海外大学準備教育」の講演会も開催されていました。海外大学に実際にいくかどうかだけではなく、国内と海外という複眼的な視野を育てる豊かな学びの一環でしょう。

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★教師も生徒も、複眼思考や両義的な世界を見ることができる能力を豊かにしていく宇宙が聖パウロ学園なのでしょう。

 

 

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2019年11月13日 (水)

アサンプション国際小学校(02)学びの生態系 世界を読み解き、世界を創るスキルを学ぶ。

★今回の授業リサーチのプログラムは、蒲生教頭によるある意図がありました。そうとは知らず、4年生、3年生、2年生の国語の授業を見学してリサーチをしました。

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★4年生は、阿弥先生による国語のPBL授業。テーマは教科書からはみ出て、「学校紹介リーフレットを創る」でした。編集の大枠を共有してから、すぐに作成しようと。生徒は、Learning by makingのアクティビティは、グループワークになると了解しているので、主体的に、グループのワーキングスペースをつくって、ブレスト会議を開始します。

★さすが、<学習する組織>ができていると感動しながら見ていたところ、一箇所席が輪になって配置されている誰もいないスペースも創られていました。何に使うのだろうと観察していたら、あるタイミングで、阿弥先生がそのスペースの一席に座りました。

★すると、各チームのファシリテーターが集まってきて、進捗状況と行き詰っている課題などを共有しはじめました。なんと、そこはメンタースペースだったのです。PBLで、ディスカッションをし続けると、停滞する時があります。そのとき、先生がアドバイスに入る場合もありますが、そこを生徒同士で考えてブレイクスルーが起こる創意工夫としてこのメンタースペースができあがったというのです。

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★小3の海見先生のPBL授業は、「食べ物のひみつをさぐる」がテーマです。材料から食品に変化するプロセスに隠されている何かを探していく探究活動です。最終的には、キーノートでまとめプレゼンするのですが、そこにいきつくまでの準備が始まっていたのです。グループに分かれてマインドマップで、生徒が記憶している知っていることをどんどん書き出して拡散していきます。

★グループだけでは限られてしまうので、ギャラリーウオークをして、さらにマインドマップを拡大していきます。そして、一転して、カテゴリー表に変換していきます。拡散と収束の思考作用を、グループワークとギャラリーウオークの集中と拡散というコミュニケーション活動によって促進しているのです。

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★小2の十亀先生のPBL授業は、「しかけカードをつくって、お母さんに贈ろう」というテーマです。作り方の手順を教えてつくっていくのではなく、どうやって作ったら、お母さんにわかりやすく伝わるのかその方法を考えるところからはじまります。

★ペアワークで、バラバラになった仕掛けカードをつくる手順のパーツを並べ替えていきます。同時に各カードが強調しているところはどこか、なぜそこを強調することがわかりやすいのかなども問答法で引き出していきます。

★子供たちは、創ることの楽しさだけではなく、つくり方の方法を自ら解き明かしていくことにワクワクしながら取り組んでいるのです。

★こうして、小2・小3・小4の国語の授業を見ることで、生徒の発達段階が明快にわかりました。そして、テーマは違っていても、仕掛けカード、食品、学校というそれぞれのミニ世界を読み解きながら、それを今度は自分たちで再構成して新しく世界を創る作業をしているという点で共通しているということも了解できました。

★しかも、世界を創るとき、その作り方の「順序づけ」「分解と合成」「編集」などという世界制作方法を自ら見出すアクティビティを挿入しているというところが共通しています。この自ら見出すという行為こそ、教えてもらうのではなく、読み解く経験、創る経験の中から子供たち自身が潜在的に持っている方法を可視化しているのです。

★そして、チームで議論したり、メンターと対話したりして共有し、さらに必ず授業の終わりに行うリフレクションによって、自分の作り方をリファインして豊かにしていくわけです。

★蒲生教頭の意図は、このことに私が気づくことを期待して、授業終了後のフィードバックの対話の時間を先生方と共有しようということだったのです。第三者がみて、カリキュラムの構造がどのように映るのかをモニタリングしてみたのでしょう。

★それを共有し、自然とできあがった部分もあるカリキュラムの構造を先生方が可視化し、それを再びカリキュラムの構造に埋め込むことによって、より柔軟で有機的なカリキュラムの構造にしていこうということなのでしょう。

★生徒の発達段階と言っても、その発達は、カリキュラムの構造と相互に影響し合っているわけですから、生徒が才能を開花し、豊かになっていくという意味の発達段階は、心理学的発達段階と学びの発達段階の両方がDNAのように螺旋的な発達の連続になっているのかもしれません。

★蒲生教頭のカリキュラムマネジメントは、たんに学びの項目を並べ、それが到達されているどうかをチェックしていくようなマシーンモデルではなく、学びの生態系モデルだったのだと気づいき、感動したのです。

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アサンプション国際小学校(01)対話が柔らかい活力ある組織を創る。

★アサンプション国際小学校は、21世紀型教育改革を実施して3年が経ちました。したがって、3年生までは共学のクラスになっています。しかしながら、改革の準備は1年ありましたから、組織としては、改革にむけて4年歳月をかけています。イマージョン中心のコースとアカデミック中心のコースができていますが、どちらも共通しているのは、PBL型授業と論理的・批判的・創造的思考まで生徒と共に楽しむことです。

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★4年前、PBLの研修を先生方といっしょにやっていったとき、私のアプローチは、手法を教えるのではなく、先生方1人ひとりの潜在的PBL手法を形式知化し共有していくやり方です。改革まで1年しかないのに、そんなやり方では遅い、やり方を教えて欲しいというグループもありました。

★しかし、一方で、本間さんの言うことは解答を教えるわけでもないし、カタカナの言葉も多いから、何言っているかわからないけれど、その言葉の理解ではなく、ワークショップの経験から自分たちが気づいたコトに着目すれば、腑に落ちるところが多いかもしれないと理解するグループもありました。

★私は経営組織の改革担当ではなく、あくまでPBLを通して、先生どうし、先生と生徒、生徒と生徒が<学習する組織>に変容していくサポート担当ですから、この経営組織の葛藤は、じっとがまんしていました。つまり、<学習する組織>と<統率型組織>。

★一時期、<学習する組織>を創ることに共鳴していた私の最も信頼していた三宅教頭が人事異動で改革同士校にいきましたから、事実上私は研修をやることができないでいました。ところが、今年になって、三宅先生が副校長として戻ってきて、4年前<学習する組織>としてPBL型授業を生成していこうとする蒲生先生が教頭になり、そのころからPBL授業において傑出していた阿弥先生、ち密で論理的な今泉先生、ダイナミックな授業展開をする海見先生などと再会を果たしました。また、<学習する組織>を歓迎する丹澤先生も校長に就任したのです。

★急にPBL授業は広がり、<学習する組織>は回転し始めました。

★実におもしろいのは、一時期の空白の間に、先生方は経営組織がどうあれ、<学習する組織>の1つの柱「自己マスタリー」を続け、自分で着々とPBL授業の本質を見極め、アップデートしていたのです。

★ですから、PBLの授業をどうやっておこなっていくのかというステージから出発する必要はなかったのです。しかも、4年前に出会った<学習する組織>グループの先生方は、新しく入ってきた若い先生方も巻き込んで、<学習する組織>も生み出していましたから、新任の先生だからPBL授業の初歩から始めましょうという必要もなかったのです。

★じゃあ私は何をするのか?それは先生方の授業45分を丸ごと見学して、見学しながらリサーチペーパーをアクティビティのロゴに変換して、授業の特徴を見える化します。そして、授業終了後フィードバックとは呼んでいますが、そのリサーチペーパーをきっかけとして<対話>をします。

★その<対話>は、見学させていただいた先生と蒲生教頭と私の鼎談方式になります。できるだけ、気づきが生まれるように、課題を明快にできるように対話していきます。特に私の方はダイレクトな授業そのものの価値だけではなく、その授業を通してどんなインダイレクトな学びを生徒がしているのか対話していきます。ダイレクトとインダイレクトのギャップが気づきを生み出すからです。

★それから、学年によって、つまり生徒の発達段階に応じてPBLのやり方や思考の広がりは違います。先生方はそこはいつも葛藤です。ついどこまでもやろうとする真面目さがあるからです。

★そこは、蒲生先生のカリキュラムマネジメントの問題だからと自分の課題と学校という<学習する組織>の課題を分けていきます。蒲生教頭はそこで得た気づきをカリキュラムに循環させるように学内でまた対話を仕掛けていきます。

★対話やコミュニケーションが内側から組織や社会を生成していくという社会理論がありますが、アサンプション国際小学校は、まさにそういう柔らかい活力ある組織に変容していたのです。

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2019年11月10日 (日)

G-STEAM教育(02)いよいよ純粋経験をアップデートする時代。世界制作の核心を共有共感しよう。

★EUの混乱、ベルリンの壁の反動、英米の栄誉ある孤立化の再来、日本の政権の劣化の酷さ、教育改革の破綻、自然の猛威の激しさの増加、収拾のつかないテロ、不条理な殺人事件の横行・・・、何をやってもうまくいきそうにないのが最近の現象ですね。

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(新純粋経験をリフレクションする)

★しかしながら、そう悲観的にならなくてもよい動きが生まれてもいます。おそらくこんな私の周りで起きているのですから、世の中はもっと同じような動きのダイナミズムが生まれているのではと思うのです。

★その象徴は、シリコンバレーの経済システムとはまた別次元の経済システムがベルリンやドイツの東側で起きていることです。また香港が中国に飲み込まれなければ、新たな経済ステムが生まれるでしょう。

★日本でも、教育の現場に新しい経済システムが生まれようとしています。それが私の周りで起きていることなのだと思いますが、人間は経験から学び、学んだことを論理的に形式知化します。それが経験と同期している時は幸せな学びなのですが、近代社会の問題点は、経験から切り離された戦略的な人為的な権力的な学びが形式知化し、経験に戻ろうとしてこなかったのです。

★ところが、最近、そのことが教師も子供もマインドは疲弊し、倫理観を無視され、学歴社会に回収されて圧搾されることにがまんができないというか限界がきてしまったのです。

★だから、エーイ、新しい世界を国や社会や経営陣に任せるのではなく、自分たちで創ってしまえ!アラン・ケイに続けという教師や≪Z世代≫が着実に増えているのです。

★自分たちの学びが、学歴社会が創り上げたフィクションとしての経験ではなく、ありのままの経験、そう純粋経験に照応して作り直そうというのです。

★しかし、だからといって、自然に戻れということではないのです。原初の社会に戻れというのではないのです。人間は認識をする瞬間から経験はフィクションになります。純粋経験はその向こうにあるのです。

★エッ、カントですか?ものそれ自体は分からないという不可知論ってやつですか?いいえ、違います。不可知だから放置しておこうという発想が間違っていたのです。わからないからそこは触らないでというルールを犯して、その前提を勝手につくって、あたかもはじめからあったかのように仕掛けた権力者や学者が近代社会のデストピアを捏造してきたのです。

★そのデスとピアの中で、いくら改革改善をしても、デストピアを強化するだけ。ただ改革した人は今までは役得の利益をえてきた。しかし、その構造は、もはやSNSの世界では通用しない。

★よって、デストピアをごっことしてつくり、あたかもそれが必然のごとく戦略的に演出し、利益を得てきた一握りの利権構造をぶっ壊す必要があると気づく人がでてきたのですね。

★ユートピアなんて夢みても、現実はデストピアだよ、はかないものなのね、若いね、青臭いねと、デストピアは実はごっこで自分たちが必然的な歴史物語だと正当化しているいおとを見抜かれないように、このようなパワハラ発言をし続けてきたのです。

★ところが、そうではないだろうと気づき始めた人が増えてきました。その仕事は、自分の生身の感覚脳神経全体をマネジメントしている自分の身体です。I.ロックが既に語っていますけど。実はその循環が生み出す現象が純粋経験です。この新たな純粋経験を豊かにするイノベーションはICTです。アラン・ケイはそれを見越していました。

★ダイナブック構想はそういうことでしょう。感覚脳神経全体である身体という純粋経験を資本として起業ができる。ソフトパワーで起業ができる。そういう限界費用ゼロ社会の経済システムを創出するコミュニケーションを生み出すことが、デストピアで彩ってきた古い経済システムをぶっ壊すのです。ハードパワーはどうするのだ。それはAiによって行っていきますが、新しい経済システムはハードパワーはシンプルになります。エネルギーと食料を自給できる装置が一家に一台揃うからです。

★資本主義なのに、自由経済なのに、配分の正義がうまく働く。商品は資本と生産道具を独占して労働者に作らせるモノではなく一人一人の創造的なコトなのですから。民主主義と資本主義の葛藤を戦略的に演出して生み出すことによって、配分の正義がうまく働くなくしたシステムの象徴は学歴社会ですよ。

★なぜ大学入試改革が必要だったのか、学歴社会をぶっ壊すためだったのですが、さすがにこれは、文科省も、政府も、大学も、ジャーナリストも認めるわけにはいかなかった。夢は見たけど、それはできないよとそれぞれの役割演技で事態を収拾し、世はデストピアが現実、理不尽なものなのだ、大人になりなさい。こうして、この役割演技をした人たちだけは、利益を独占するのです。デストピアの前提を問わない改革は、そろそろエントロピーの限界だなと判断したアッパー層がかき回して、ディベートのように両派にわかれて議論し、メディアを活用し、一儲けしよという茶番だったのです。歴史は常にそうでした。おしまい、ちゃんちゃん。

★なわけがないでしょうと、立ち上がる心ある使命感溢れる教師や教育関係者や≪Z世代≫が集結しつつあります。香港とは違うやり方で。新しいコミュニティシップ全開で。

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2019年11月 7日 (木)

G-MACプロジェクト(05)コペルニクス的転回スキルで、自己中心的ものの見方から解き放たれる

★一真くんと、最初は、<変形スピードデート>で、一真くん自身が<ことば>のメカニズムのプロトタイプを創るところからはじめました。この自分で創るということが最も重要だったのです。よく自分軸とかアイデンティティと言いますが、それはいったい何でしょう。自分軸であったり自己同一性であるのなら、その基準は、人が造ったものをあてがっていたのでは、話にならないのです。

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★自己経験を通して気づいた知識や考え方の蓄積が一真くんをはじめすべての子供たちの存在そのものです。しかし、その存在を内発的に生成する基準や土台を、他人が造ったものを埋め込んでだいなしにしてきたのが今までの教育でしょう。

★じゃあ、それぞれみなバラバラじゃないかと言われるかもしれません?最初はそうかもしれませんが、対話を重ねていくうちに、アップデートしていくし、intersubjectとして他者と共有できる部分もでてきます。レゴという客体も人によって違う客体です。一見絶対的な客観だけれども、今回一真くんは、その使い方を他の人とはこれまた違う使い方をしました。

★今回、おそらく神崎家の中の豊かな知的経験が、一真くんに独自の<ことば>のメカニズムのプロトタイプをレゴによって可視化できたと思うのですが、そのプロトタイプで、さまざまな世界を読み取り創り出すとき、使われる客体レゴも一真くんの世界を反映する<ことば>として作用するわけです。客観それ自体もinterobjectだったわけです。これがZ世代の共通のメガネかもしれません。

★一真くんは、小松左京を活用した<シナリオプランニング>でも、自分で創った<ことば>のメカニズムを<適用>することによって、多角的なアプローチがあることを表現していきました。

★そこで、念のため、かこさとしさんの「科学者の目」の中かから「コペルニクス」をコピーして渡しました。これもあっという間に読んで、天動説と地動説の違いを説明してくれました。そのうえで、でも今は地動説を超える考え方もあるのだと。図鑑を読んでいて知ったのだけれどと、鼻を膨らませ、目を輝かせ語るのです。

★であれば、天動説から現代の説まで、レゴで表現してみようかということになったのです。

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★天動説は地球が太陽より大きく表現されています。地動説は太陽が他の惑星よりも大きく表現されています。そして、今の説は、中心がそもそもないのだといいます。そしてそれは、ブラックホールの存在によるとか、天の川銀河の存在が見つかったからだというのです。

★そのことの正しさはここでは問いませんでした。それは私もわからないことですから。<わからない>という括弧にくくるエポケーをしておきました。

★それよりもおもしろかったのは、パパと見つけた四角い板がどうして太陽だったり、ブラックホールだったりするの?惑星は球になているのに?

★すると、一真くんは「見立て」ですよと。カタチはちがっても内容をきちんと表すことでしょうと。たとえとも言いますと。一真くん、学校で友達とそういう言葉みんなで使うの?いや使いません。どこで知ったの?さあ。。。おそらく神崎家の言語だろうなあと。

★かくして、客体は一義的ではなく、多義的意味を展開することになるのです。科学主義が排除してきた客観の有する多義的な存在意味を一真くんは見事に回復しています。新たな魔術の世界と、誰かが言っていましたが、Z世代とはおそるべしです。

★intersubjectとinterobject的なもの見方をしていて、主観―客観図式を超えてしまっているのです。

★だから、一真くん、天動説から新説まで並べたこのレゴを見て、何を巡る考え方の変化だったの?と問うと、しばし考えて、<中心>ですねと。

★自然科学の世界も社会科科学の世界も、政治経済の世界も、結局は<中心>を何に置き換えるかという歴史だったし、未来もそうなのかもしれない。そう、一真くんから学んだのです。

★コペルニクス的転回のスキルは、自分が生み出した<ことば>のメカニズムのプロトタイプに拠っているということも了解できました。

★今までの教育は、コペルニクス的転回スキルのベースになる生徒1人ひとりの<ことば>のメカニズムのプロトタイプを確認しないまま行われてきました。これでは、内発的モチベーションは生まれてきません。世界を自分が変えられるなどと思いつかないでしょう。子供時代に目をキラキラさせる子供が多いのは、無意識ですが、経験の中から得られた自分なりの<ことば>のメカニズムの種があるからですね。

★それを可視化して、自分のものとして内面化する作業が今まではなかったので、大人になるにつれて忘却されて不安とカオスの時代を自ら生み出していくことになっているのでしょう。

★私自身は、今回神崎家の豊かな経験の中で大事にされてきた一真くんのものの見方のベースである<ことば>のメカニズムの種を可視化するお手伝いをしただけです。ソクラテスの対話は<産婆術>ともいわれますが、そんな素敵なアクションだったらいいなあと思うし、それができたのは、神崎家とのコラボによってできたのだということは明らかです。対話とは常にコラボです。

★創造的対話か、戦略的対話か、破壊的対話か、抑圧的対話か・・・。もちろん、<産婆術>は、創造的対話です。一真くん、神崎先生、ありがとうございます。気づきの多い明日へのプロジェクトとなりました。

 

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2019年11月 6日 (水)

G-MACプロジェクト(04)<ことば>のシステムのプロトタイプが物語を生み出す。

★一真くんなりの<ことば>のシステムのプロトタイプができたところで、対話によっていろいろな現象・事象に<適用>してみたというのは前回ご紹介しましたが、今度は簡単な<シナリオ・プランニング>のアクティビティを行いました。

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★小松左京の「宇宙人の宿題」に収められている短編を活用しました。今から相当未来の話です。地球からある星に移住した人々がいます。その中の男の子が1人、お爺ちゃんから、地球の青空の美しさ、緑の豊かさ、水の清々しさなどを何度も聞いているうちに、地球に実際に行ってみることにしました。地球の方向にいく宇宙船でアルバイトをしながら乗り継いで、ようやく地球についたとき、思っていたのと全く違い愕然としたのです。すべては灰色の世界だったからです。コンクリートで塗り固められた世界だったからです。

★そこから、同じように宇宙船を乗り継いで、自分の星に戻ってきました。そしてそれはすごい年月がかかりましたから、すっかりお爺ちゃんになっていたのです。子供たちがお爺ちゃんに地球はどうでしたかと聞きました。

★あえて、物語は、そこで終わるようにプリントしたのですが、一真くんは、この後の続きを考えるのですねと目を輝かせました。それをレゴで表現しようかというと、すぐにパパとパーツを探しながら、組み立てていきました。

★なんでも夢の地球と実際の地球を比較できるように作って、対話する人形がちょこんと置かれています。

★一真くんは、書かれている部分のあらすじを簡単にせつめいしてくれたあとで、続きをレゴを使いながら物語ってくれました。真実を語り、地球のようにならないように子供たちに語るというものでした。

★そこで、<ことば>のシステムのプロトタイプにもどり、対照してみました。カタチと内容の一致をベースにシナリオを描いたということはすぐに一真くんは理解。そして、そういうことか。一致しない場合、嘘をつくというシナリオがあると。

★シナリオプランニングとして両方考えられるけれど、真実を選ぶということでした。一真くんは、あとでこれは道徳問題でもあると話してくれたのですが、まさに時間があればカントの嘘についての問題に進めるなあと思っていたところです。

★しかし、今回は<ことば>にこだわっていくプログラムにしました。この段階で、池上嘉彦氏の「ふしぎばことば ことばのふしぎ」の一節を挿入しました。一真くんはすぐに読んで、<ことばの力>は、伝達するだけではなく、ときに破壊的だ力にもなるし、創造的な力にもなるということを読み取り、今やったことは創造的ということですねとリフレクションをすぐに行っていました。

★一真くんはどうなのと聞くと、いいたいことをはっきり相手に伝えるから、創造的なつもりなんだけれど、破壊的になるときもあるかもしれませんと。小学校の頃、自分のことをこんなに知っていたかなと私は回顧しましたが、どうもそんな記憶はありません。Z世代おそるべしですね。ところで、そう気づいたらどうするのと念のため聞いてみました。

★すると、「配慮」と即答でした。<ことば>のカタチと考え・意味のバランスは、年齢にかかわらず、人間の根源的な悩みの種のようです。

★この物語は、日本の昔話のシークエンスを宇宙版にしたものだと思いますが、どうやら一真くんの<ことば>のシステムのプロトタイプは時代を超えて普遍的な部分が見えてきました。このことが、次のファイナルアクティビティでより鮮明になります。一真くんの言葉の選択が、システムと同期していたのです。

 

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2019年11月 4日 (月)

G-MACプロジェクト(03)<ことば>のシステムのプロトタイプを創る。

★変形スピードデートのアクティビティの後、リフレクションしたら、どっと<ことば>について一真くんは語りました。そのことは前回述べましたが、それを今度はレゴで表現してみようということになりました。アクティビティという<経験>から生まれた想いや考えを言語化するだけではなく、いったんレゴで物質化するわけです。可視化するということですが、モノに置き換えることで、客観化するわけで、そうなってくるとその客観物を他の現象や事象に適用しやすくなります。

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★最初にパパが自分の想いをトンボにしたときと、次に対話をしながら創って、一真くんと同じものを創ったときの2つに分けて人形を創っています。

★トンボはどこにもありません。というよりも、もはやトンボが問題ではなく、<ことば>の使い方によって違ったことと共通点を表現することが重要だとスパンとそこに一真くはいきついたし、「共通点を見つける」と自分で自分に問うていました。

★そのときに、一真くんは、大切なことばも言っていたのですが、意識して言っているわけではだかったので、今語った一真くん自身のことばの中に大切なことばがあったよと言うと、思い巡らしながら、違いということですか。ああ、というわけで、カタチと意味・考えの違いとか、2つの事象のカタチと意味・考えの共通点と相違点を同時に考えながら組み立てなおしていました。

★写真をみるとわかりますが、カタチは人形で表され、その前にあるブロックが意味だというのです。意味の部分は、色は違いますが、カタチは同じなので、意味は同じということを示しています。するとトンボのカタチは違うものと同じものがあるというふうに表現されています。

★最初は、ひもはなかったのです。創ったレゴ作品をいろいろ説明してくれた時に、できればその話している内容や意味もレゴでカタチにして表現してくれると一発わかるよねと語ると、そうそう、これだねと。お父さんあんなのこんなのどこにあったかなと、レゴをパパといっしょに探しはじめます。

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★レゴも大量にあると、<選択>という行動が伴うので、これはまたすてきなシーンだなと感動しました。

★ともあれ、それぞれ意味の違うひもで結ばれ、<ことば>のシステムのプロトタイプが一真くんなりに創れたのです。十分に話し合わないと、意味は同じでもカタチが違う場合も、その逆も、そして両方違う場合もあるのだという<ことば>によるコミュニケーションの成立度合をカタチにしたレゴ作品です。

★<経験>→<プロトタイプ>→<適用>→<リファイン>→・・・という流れになるのがこのような学びの特徴なので、同じように、適用してみました。国と国の外交がうまくいくいかない場合を、果たしてプロトタイプで説明できるか話し合ってみました。

★一真くんは、時事問題もよく知っています。たいしたものです。先日のIOCと東京都のマラソン会場の移転問題について聞いてみると、やはり、詳しく話してくれました。そして、コミュニケーションが決してうまくいっていないのに、成り立ってしまったのは?というと、ルールがあるからと。そこで、上記のレゴ作品には、つながっていないルールによるカタチと意味が追加されています。

★パパと対話した変形スピードデートのアクティビティという経験を通して生まれた<ことば>のプロトタイプが、人間関係、社会、世界へと<適用>できるという<経験>をしてプロトタイプをつくる<learning by making>のアクティビティとなりました。

 

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G-MACプロジェクト(02)<ことば>について多角的にアプローチする。

★一つ目のアクティビティは、スピードデートのバリエーションで、コミュニケーションをちょっと邪魔するフィルターを置きます。普通のスピードデートだとスムーズに開示していくために話し合いやすい環境、話したくなる環境設定をするのですが、フィルターを両者の間に置くことによって、話したいけど、うまく話せているだろうか、受け入れたいけれど、うまくできないさあてどうしようという問題意識が自然と生まれるように設定します。神崎先生と一真くんは、絆が太いということがすぐにわかったので、開示に関して心配せずに、いきなりここからスタートしました。

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★パパが車を駐車場に入れている間に、一真くんに生き物をレゴでつくってと頼みました。なぜかトンボだったのですが、この段階でなぜそれを創ったのなどとは問いません。今はいっぱい一真くんの中からコミュニケーションの拡張子がでてくるのを待つので、「なぜ」を聞くのは禁物です。だって、「なぜ」は一真くんの方からたくさんでてくるのですから。

★こちらが尋ねる「なぜ」の問いは刑事コロンボ流儀がよいのです(笑)。あるタイミングのズレがいいんですよね。

★そして、パパが戻ってきても決して見せてはいけないとパーカーで覆いました。これで、一真くんとお爺ちゃんは秘密を共有しました。パパの知らない一真くんが現れたのです。チームができました♪

★パパがフィルターの向こうに座ったとき、いよいよ変形スピードデートの始まりです。一真くんが自分のトンボの作品をパパに伝達して、パパはトンボを創るのですが、最初は正確につくるともなんとも条件は言いません。

★すると、一真くんはトンボをつくるとだけ言いました。パパは、なるほどそういうことねと楽勝とばかりすぐにトンボをつくりました。

★しかし、一真くんは、全く違いますと一刀両断。でも、おもしろいのは、トンボという意味は共通しているけれど、カタチは違うと複文を付け加えるのです。Aだけど、B。というフレーズがたびたび今後もでてきます。それから、この意味とカタチもたびたびでてきます。そして、最初に「トンボをつくる」とだけテーマをぴしっとつかんでズバリ言うのは、今回のワークショップを通して、一貫していました。

★「Aだけど、B。」「ズバリこれ。」という複眼思考と一番大事な重みづけができる一真くんがすぐに現れました。しかも、パパが最初に作ったトンボを、意味とカタチにわけることもできる。なになになに。シニフェ・シニフィアンの関係じゃん。J.J.ルソーやソシュール、ロラン・バルトのような世界を持っているんだと気づき、ワクワクする気持ちを抑えるのに必死でした。こちらが、静かに一真くんの話のテンポを微妙にズラすことで、一真くんは、そのズレを先読みしようとして前のめりになるので、ここをレバレッジとして活用しようと思ったからです。

★案の定、じゃあ次はと語りかけたところで、組み立て方とか指示していいですかと即反応。もちろん、とだけいうと、パパまず最初はパーツを集めると言って、レゴのパーツの特徴を、カタチ、色、そして縦かける横の数(レゴの凸部分の数)を伝えていくのです。

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★色がない場合はどうするのかとフィルター越しにパパの声が聞こえます。すると、一真くんは、代用品でもよいと返答していきます。でも、カタチは同じであることと。

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★パーツが揃ったら、完全に数字の指示でパパに組み立てていってもらいます。トンボの羽は4つのパートを組み合わせるので、創るのに最も時間がかかりましが、なんとかできました。ここで、一真くんの<数学的思考>の素養があることがまた了解できました。プログラミングについてちょっときくと、スクラッチよりビスケットの方が今興味があるかなとかいいながら、ワークショップを進めていきますから、やはりと思いながら、あとで、コペルニクスについてワークショップやろうとそのとき決めました。でも、それはあっさり乗り越えられ、凄い展開になっていくのです。まっ、それは後程。

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★一真くんのトンボとパパのつくったトンボのご対面です。今度は全く同じになりました。数字で語っていったよね。正確につたえなければと思ったからです。でも、羽のところは少し時間がかかったかなと。もし速めるにはどうしたらよかったと今なら考えるの?と質問すると、トンボの羽をイメージしてと付け加えたらよかったけれど、最初と同じように、お父さんの考えが入り込むのでと。

★なるほどオブジェクト指向のZ世代だと感じながら、でっ、今回のアクティビティでは、何が起きたのか説明してよというと、ことばのやりとりのビフォー・アフターについてどっと詳しい説明を語ってくれたのです。

★この経験と振り返りのプロトタイプを創ることが、今回のワークショップを水の流れのように自然にシークエンスを描いていくトリガーだと確信しました。

★今まで、ことばについてワークショップをやるときは、ポストイットを使ってきました。変形スピードデートは、ポストイットでももちろんできるのですが、ポストイットだと言葉とカタチをいったん分けるということができないので、どうしても頭の中での整理が必要です。できないことはあにのですが、回答が先に出てしまうので、おもしろくないんですね。

★しかし、その整理の仕方を共有することがなかなか難しいのです。言語化は、もちろんいいのですが、今回のトンボのビフォー・アフターをきちんと分けることができず、常に両方を抱え込みながら対話が続くので、ズレを調整できない時、カオスになってしまいます。

★大学生とTOKの問いと小論文の問いの違いを議論していくと、堂々巡りになってしまう時があるのは、やはり一端論理階型のように次元を分ける必要があります。レゴはその点それが一発でできるので、やはり優れものだと感動しました。でも、神崎先生のように、京都駅でタクシーを待っている外国の方が運んでいるあの大きなボストンバック級のレゴセットを持ち歩くことはできないし、資格をとることも意欲がわかないないので、神崎先生に甘えて協力させてもらうしかないですね。私は車の免許も持っていないのです。車はうちの社長にお任せなんです。無資格人間という怠惰な人間で、ノーロゴでサバイブするにはいかにしたら可能かと嘯いている厄介なお爺ちゃんですから(汗I。

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