創造的対話

2019年9月20日 (金)

対話の世界(3)聖パウロ PBLの質の転換点そしてトランジション

★聖パウロ学園の先生方との<対話>は、いつも生徒の成長の様子とぴったり対応しています。成長といっても、高校ですから、同時にキャリアデザインとも重なります。すなわち、生徒の成長は生徒自身のキャリアデザインと呼応しています。ですから、心理学的な発達段階だけではなく、高校段階ならではの人間関係や大学入試の制度上の問題や社会の変化に対応できるキャリアデザインなど複合的な観点で<対話>することになります。

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★たとえば、国語科の高橋先生と、聖パウロ学園の古典の位置づけや意味について<対話>したとき、高橋先生は、単純にカリキュラムの意味について話すわけではなかったのです。古典の話題は、一般的には、結局大学入試向けの授業になってしまってそれ以上のことができないとなるところですが、高橋先生は、聖パウロ学園のキャリアデザインからいって、大学入試向けだけにガチガチにやる必要はないのですと。

★もちろん、文法や古語は学びますが、はやめに古典教養的な世界にはいっていけますということです。源氏物語から「もののあはれ」の世界観をとりだし、枕草子から「おかし」の世界観をとりだしたりすつというのです。そんな古典の授業受けたことがなかったので、こちらも古典というのが興味深い世界ではないかという想いが生まれてきました。

★こういう古典の世界の切り取りは、本居宣長以降ではないかと思っていますと、ですから本居の視点を生徒と共有したり、九鬼周造の「いきの構造」の視点を活用してみたいということでした。平安期の文学も、時代によって見方は違うという感覚は興味深く思いました。授業でも、源氏物語と枕草子の表現の比較を、生徒のいまの感覚で考えていくシーンがありました。

★生徒はSNSの種類で分けていました。枕草子はインスタグラムで、源氏物語はツイッターだという議論は、なるほどなあ、これだと古典に対するアプローチが身近になると確信しました。

★高橋先生が語るには、聖パウロ学園の生徒は文系に進む場合は、古典教養と受験対策の両方を行っていきますが、グローバルコースの生徒と理系の生徒は、3年間で教養としての古典を学ぶことを中心に授業を展開していけばよいのですと。学園全体で、文系理系にかかわらず、グローバルな世界で生きて行くということは共有されていますから、日本文化への深い自己理解が必要であることは、実は生徒自身が海外研修や修学旅行で身に染みてわかっているというのです。そのための古典教養は、生徒も受け入れやすいというのです。

★それに竹取物語や今昔物語の物語の構造は、文化人類学的な切り口からすれば、学びの宝庫ですから、どうやって授業を開発するか考えるとワクワクしますということでした。

★そのあと、高橋先生もメンバーである研修部の創発ミーティングに参加したのですが、なぜ多角的な視点で高橋先生が古典をとらえているのか了解できました。

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★英語の大久保先生、数学の松本先生、国語の小島先生と高橋先生が、PBL授業への挑戦を振り返り、後期の展開のビジョンの確認をしていました。

★自身の教科における、3年間の中で、どの時点でPBLの質が転換するのか、そのフローチャートを描き、さらにそれにトランジッションを追加していました。

★転換点はそれぞれ教科によって違います。しかし、シフトの方向性は似ている部分があることが改めて確認されていました。おもしろかったのは、このシフトが、一般入試とAO入試などそれぞれにどのように対応できるのかがきめ細かやかにデザインされ、かつPBL型の授業が大学や社会にでたときにどのような効用があるのかトランジッション的視点で議論されていました。

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★進路実績だけではなく、その先にも役立つという抽象的な話は多くの学校で聞くことはできますが、具体的にここまで明快に<対話>できることは驚きでした。なぜそういう話ができるかというと、実はOB・OGとの継続的な<対話>によって豊かな情報を蓄積してきたこととトランジッションに関する見識をもっていたからです。

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2019年9月10日 (火)

対話の世界(2)聖パウロ 松本先生の数学<対話>の挑戦

★聖パウロ学園の松本先生(数学教諭・教務部長)の授業は<対話>が中心のPBL授業。同校の生徒は,3年間じっくりと協力して互いに切磋琢磨していく学びの構えを形成していく。高1の段階では、数学における<対話>は教え合うということが中心。それがどの段階で学び合いにシフトし、最終的には多角的にアプローチする論理を互いに議論し合えるかという成長過程を松本先生はデザインしている。

★教科によっては、言葉や概念についてすぐに多角的にアプローチしながら議論ができるわけでが、やはり<対話>の成長過程は教科特性みたいなものがあるのかもしれない。日本の教育学は、制度的な研究やその社会学的批判は優れているし、教育心理学も盛んだ。しかし、生徒の直接的環境である授業における成長過程の研究はまだまだだ。まして、教科特性の成長過程はほとんど目にしない。

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★おそらく研究の素材や情報を収集するが困難ということもあろう。やはり、そういう分野は現場で教師が主体的にアイデアを出して、実践して検証していくことと教師の情報共有のコミュニティが必要だ。21世紀型教育研究センターのセミナーで、いずれ松本先生は実践の報告をするだろう。

★さて、夏期講習中、松本先生は、大学入試問題を1題90分かけて高2の生徒と<対話>した。問題を見るや、生徒はシンプルだけど重い問題ですねと目を輝かしていた。

★最初は個人で考える。中にはぶつぶつ独り言を言っている生徒もいる。図形的アプローチで行くかズバット数式で計算していくかどっちでいくかなあと。

★円の方程式と反比例の方程式と条件が提示されているシンプルな問いだから、すんなり解法パターンをあてはめて解いていくのかと思っていたらそうではなかった。

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★そのうち、仲間で議論が始まっていった。そっちのアプローチでいくのかあ、いけるだろうけど、計算がめんどうではないかとか、その発想はなかったなあとか、互いのアプローチの情報交換をしていく。やがて、そっちのほうがシンプルに飛べるなあとなっていく。

★アプローチと計算処理の微妙な相克が入試問題らしいが、松本先生はもちろん、この段階では多角的なアプローチをまず大事にしている。

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★議論の後、松本先生がレクチャーをする。それは生徒が活用したアプローチをまず解説した。生徒は、図形によるアプローチ、計算によるアプローチ、相加乗法を活用したアプローチ、線形計画法によるアプローチを活用していたので、それらを全貌した。

★そして、松本先生はこれ以外にほかのアプローチはないかと問いかける。生徒は限界に挑戦することになる。

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★なかなかでてこないところで、実は全部で11通りはあるのだというレクチャーを再度して授業は終わるのだが、90分という時間は生徒にとっては実に短かった。

★松本先生は、解き方にばかりこだわると、数学的な直観が養えないという。問題というのは数学的世界の氷山の一角、水面下の数学的世界全体を分析したり統合したりして、直観できる状況にすることで、ようやく発想というものが生まれるというのが松本先生の持論である。

★松本先生は、この直観力がすでにある生徒もいるけれど、それはいわゆる天才で、みんながそうではない。それにみんなが数学者になるわけではない。しかし、数学的直観は創造力を生み出す一つではある。数学以外の分野に将来かかわるときにも役立つでしょうと確かな信念を静かに語った。

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2019年8月14日 (水)

石川一郎先生との対話 思考の軸の差異に気づく A3B3の罠に陥らないために

★昨日、21世紀型教育の旗手石川一郎先生と電話で対話をした。経産省の「未来の教室」などに招聘されたり、東北の学校に招かれたり、相変わらず多忙な8月のようであるが、その合間で、第3の思索プロジェクトに取り組んでいて、お盆休み返上ということだった。

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★21世紀型教育機構(当時は「21世紀型教育を創る会」)を発足したころは、PBLとかアクティブラーニングというのは、わからない、意味があるのか、大学入試に対応できるのか、評価はどうするのか、そんな質問ばかりだったが、今はそれはなくなり、むしろ受け入れている現場が多くなったと。

★ただ、問題は、思考の軸の差異を意識しないから、A軸、B軸でおわって満足してしまうのが、もったいない。

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★クリエイティビティも重要だということは、現場でも広がっていると。しかし、問題は、A3とB3の領域に到達すれば、創造性を養っていると錯覚しているところは、問題だという。

★たしかに、知識の背景の関連事項を広げて行ったのを、コンパクトにまとめる変容というのは創造的に思える。複雑で冗長な論理をメタファやアナロジーに置き換えて変換するB3というのは、創造的なように感じる。しかし、それはいわゆる地頭がよいというA軸B軸のパワフルな脳の働き。

★新しい知識やアイデアを生み出しているわけではない。メタファーやアナロジーは、ロジカルな思考スキルであって、それは誰でもが学べる。

★だから、そこを学ぶプログラムが肥大化して、それが探究だということになる。しかし、2020年から始まる難局と、それを乗り越えることによって新しい世界が広がる時代の転換期にあって、新しい知識の創造、アイデアの創造は喫緊の課題。

★それはしかし、ある意味教育文化で、今後Z世代が、そこをベースにしていくというウネリを生むような学びの環境を創るしかないわけですよね。

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★ま、しかし、本間さんだって、僕だって、Z世代ではなく、そこに気づけるわけだから、若い世代に任せるだけではなく、自分たちも気づくことができたら、それにこしたことはないでしょうと。さすがは、ミッショナリー。

★だから、講演や執筆、コンサルの活動に石川先生は奔走しているのですよね。そうなんだけれど、そんなふうにB3的なまとめ方をされると、それはそれで違うかなと。

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★贅沢な悩みですね。そうかもしれない。9月1日、と10月のお披露目まで、もう少し深めておくことにするよ。という感じの知の限界をどうクリアするのかという地的刺激を共有できる対話だった。時代を変える人、世界を開く人は、高次レベルの差異に気づける人だ。たしかに皆気づくことが大事だが、だれもが石川先生のようにはいかない。それがまた、石川先生の魅力なのである。

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2019年8月 7日 (水)

C世代への対話(1)佐野先生との対話

★先日「PBLの世界(11)2021年以降サバイブするかえつ有明」という記事をホンマノオト21に掲載してfacebookのタイムラインに投稿したら、かえつ有明の副教頭の佐野和之先生がシェアして、次のようなコメントを投稿してくださった。

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≪小さく始めたグリーンな世界が少しずつ広がり始めている。少しずつ、でも確実に。それぞれの緑が他の草原や木々と結びつき始め、新たな循環態系を形成していく。その世界を維持するにはそれぞれがその世界との繋がりを回復して、部分と全体を一致させていく不慣れな作業に意識を向ける必要。弱肉強食の世界で培われたメンタルモデルに自覚的になり、慣れ親しんだその世界観を手放す覚悟を持たないとグリーンな世界に生きられないどころか、その世界の存在にすら気付けないかも。ここからが自分自身のあり方を試されるところ。≫

★今かえつ有明で広がっている世界を、佐野先生は「グリーンな世界」と表現されている。それは広がり「新たな循環態系」を形成していく。それぞれの世界との繋がりの回復と部分と全体の一致が拡張していくというのだ。

★繋がりの回復や部分と全体の一致の作業を「不慣れな作業に意識を向ける」と表現されている。いかに自分たちは、分断と要素分解に慣れ親しみ、全体や背景を見てこなかったのだろう。そのようなルーチンの空間を「弱肉強食の世界」と佐野先生は明言する。

★そんなメンタルモデルを互いに打ち明け、シェアし、そんな根源的なアイデンティティと思ってきた幻想を払拭して、グリーンな世界で生きる本来的なアイデンティティに立ち還るところから佐野先生は、かえつ有明の先生方と≪対話≫してきたのだ。

★それは、たしかに小さく始めたグリーンな世界だった。それが広がった。その推進力は、実はZ世代の生徒だった。デジタルネイティブで、グローバルネットワークを大切にしながら、実は個人の才能や性格や想いをとても大事にする世代にとって、鋼色の抑圧と効率性の世界は息苦しい。

★そんなときに、自分の学校にグリーンな世界があるのだと気づくや、実にその行動は早かった。自分たちで生徒募集を行うワークショップを企画し、異業者交流を企画し、起業のシミュレーションもやった。大学も国内にとどまらず、海外にも目を向けた。

★今もその広がりは他校とのネットワークを広げる動きになっている。どこまでも広がり、ケアフルな仲間とそれらを全部内面化する個人という新しい人間観と新しい世界観が、かえつ有明のグリーンな世界から生まれている。

★進取の気性に富んだ保護者は、自分の子どもがZ世代であることを自覚している。鋼色の分断の世界よりグリーンな繋がりが循環している世界こそ、Z世代には必要だと了解している。それゆえ、佐野先生のいるかえつ有明を選択する。

★しかし、佐野先生は、グリーンな世界の次の世界をおぼろげなら構想している。ダライラマ的世界観。それは宇宙への繋がりの世界だ。自然と社会と精神のグリーンな地球的(グローバルな)世界の復権の次は、循環態の地球の存在を支える宇宙という全体に視野が広がる。世界から考えるから宇宙から考えるへ。そんな世界観が、Z世代の次の世代のC世代には大事なのだろう。

★佐野先生の投稿を拝読して、そんな感想を抱いた。

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2019年7月14日 (日)

神崎史彦先生の大学入試 志望理由書のルールブックの意味

★神崎史彦先生が新刊を出す。「ゼロから1カ月で受かる 大学入試 志望理由書のルールブック」( KADOKAWA 2019/7/20)がそれだ。Amazonより先に昨日先生から郵送して頂いた。心から感謝いたします。

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★本書は、もちろん大学入試におけるAO入試や推薦入試にダイレクトに役に立つ良書である。大学入試とはそもそも何かと迷っている受験生、志望理由の捉え方というものの見方・考え方を知りたいという受験生、自分はどう生きるかと悩みながら大学入試に臨んでいる受験生、自分のやりたいことを見つけたいと思っている受験生、大学に進む意味をどうつかんだらよいのか足踏みしている自分を変えたいと思っている受験生、ただ大学入試を受けるのに志望理由書が必要だからと実用的に考えている受験生、合格答案を知りたいという受験生・・・などどんな角度からでもよいから接近して読んでみることをおススメする。

★というのも、きっかけが目先の利益のためであっても、情熱がないけどとりあえず合格するためでも、自分のやりたい学問を追究するためでも、志望理由書に取り組む意識の低い高いにかかわりなく、視野が狭い広いにかかわりなく、とにかくまず読んでみて欲しい。

★すると、目先の利益を超えて自分にとって意義あることが向こうに見えてくるし、情熱がなかったはずが、内側からウゴメく響きを感じるようになるし、学問に対する自分の考えがまだまだ浅薄だったことに気づくだろう。

★人生は、自分が思っている自分以上の自分を感じるターニングポイントが幾つも訪れる。しかし、その転換点は自ら気づこうとしなければ手にすることはできない。

★そんな気づきを得るにはどうしたらよいのか。常に自分とは違う考え方や価値観や感じ方を有する人々や事象と関係を結び付けてみることだ。そういう意味で、本書は、受験生にとって、自らを自らだと思う自分に対する常識を揺さぶり、未知なる自分を新しい世界に連れて行ってくれるルールブックであり、ついには、そのルールの枠を破る境地に立ち、ようやく人生の新たな道が開かれるだろう。

★そして、また大学を卒業する直前に読んでみるとよい。新しい世界で行動しているはずの自分が再び常識の徒と化していることに気づき、再び自ら創ったルールの枠を壊す必要性を感じるだろう。そして、様々な組織の中で、自分のプロジェクトを広げようとしたときに、三度本書に立ち還ってみよう。またも常識化した自分と対峙する挑戦をする人であることの必要性を感じるだろう。

★そして、そのとき、学問とは象牙の塔で研究することではなく、世界を問う学びを生涯続けることであることに気づくだろう。学問とは大学教授という資格が必要なのではなく、世界を問う学びの構えこそが必要なのである。しかし、そのことを知るには、知るための成長物語としての条件が必要である。

★その成長物語の主題は、いつも自ら常識化してしまった自分を創造的に破壊することであり、その苦しみが訪れる時熟によって、ようやく真理がちらりと向こうにみえるのである。そして、また見えなくなる。それゆえ、再び成長物語が始まる。成長物語とは自己変容の無限の螺旋階段である。

★本書は、ゼロから1カ月で受かる導きの書であるが、同時に生涯をアップデートするたびに反復して読まれる書なのである。

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2019年6月29日 (土)

教師の雰囲気(04)かえつ有明の無私で穏やかな教師チーム③

★かえつ有明のドルフィン(図書館)は、アクティブラーニングのための空間が4箇所(1つは情報の部屋)ある。私が見学した5時間目と6時間目は、すべて使われていた。定期試験直前だというのに、その対策授業はやらないのだなあと。

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★他の教室はどうなっているのかと思って、合間を見て覗いてみた。篠原先生の技術の時間では、生徒たちはラジオ作りに没入していた。古賀先生の地理の授業は防災教育もかねてハザードマップやビデオまで活用していて興味深かったし、防災グッズの着用などもあり、かなり実用的な(オーセンティックというのだろう)授業が展開していた。

★実験室では、青木先生が静かに笑みをうかべながら歩いていた。生徒たちのプレゼンする声があちらこちらから染みとおってくる。定期テスト直前だから、テスト範囲の中で、自分たちが探究した内容のポートフォリオを使って、チーム内で発表していたのだ。

★青木先生は、生徒のそのポートフォリオをみせてくれた。自分から働きかけるのではなく、生徒の主体性に任せながら、絶妙なタイミングでフィードバックしていく静かでケアフルな教師の雰囲気が生徒の好奇心を探究心に変えていくのだろう。

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★再びドルフィンに戻ってくると大木先生の「羅生門」の文学授業が佳境に入っていた。

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★主人公の運命の分かれ道での葛藤やその境界線のゆらぎについて生徒は議論していたようだ。生きることと倫理のせめぎ合い。極限の状況をどう自分たちは受けとめれれるのか。そこから出発しなければ、羅生門の世界に入り込むことができない。文学を読むことのもどかしさ。論理的に読む以上に、極限の状況をどう理解できるのか。

★芥川龍之介の命がけのプロジェクトを、大木先生は生徒と共感できるのかどうか、ここにも、生徒ばかりか、教師も悩む姿を見ることができた。共感的コミュニケーションとは、このような苦悩をもともにできるということなのだろう。

★乗り越え難い苦悩を隠すことなく、生徒と共有する教師は、実は最強である。

 

 

 

 

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教師の雰囲気(03)かえつ有明の無私で穏やかな教師チーム②

★かえつ有明のキャンパスは、尖塔があって。その中を螺旋階段が走り、各階につながっている。その階段には、各ステップごとに壁の穴があって、そこに図書館司書の方々のメッセージが一定期間ごとに陳列される。ちょっとした知のギャラリー。

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★今回は、2階から3階に移動するときに最初に出遭ったのは、ブラックハットだった。

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★いきなり否定的思考に出迎えられギクッとしたが、ついにかえつ有明は、強いハートも生成し始めたのだとすぐに感じた。Six Thinking Hatsという6つの思考のアプローチによるディスカッションのメタ認知を活用しているのだなと。階段をあがっていくと、次々と違う思考様式が現れた。おもしろいなあ。

★もし、ブラックハットを装着するよと宣言しないと、否定的なことを言いやがってと、そのつもりもないのに、そこにルサンチマンが生まれる。だから共感的コミュニケーションを行うには、思考のアプローチを見える化し、できればロールプレイを行っていけば、そういうっているのは、ロールであって、メンタルモデルのせいではないということがわかる。はれものをさわるような気遣いも無用だ。

★人の性格や権威や肩書に思考のアプローチが属するのではなく、あくまでロールに帰着する。

★そして、このあと共感的コミュニケーションはしなやかで強くなっているのだなと実感する機会が訪れた。

★それにしてもBig 6といい6 Thinking Hatsといい、タキソノミーといい、かえつ有明は3の倍数で一貫している。ハートとプラグマティズム。この秘密は、意外と知られていない。

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教師の雰囲気(02)かえつ有明の無私で穏やかな教師チーム①

★年に1,2度かえつ有明を訪れる。同校は有機体的な進化をしている貴重な学校がゆえに、その発展からいろいろ気づきがある。今回もいろいろと学ぶことができた。今は東大で研究している金井先生もときどきかえつ有明で研修などサポートをしているが、私が佐野先生を訪ねたときもちょうどやって来ていた。

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★二人が中心になって立ち上げた高校生のプロジェクト科の授業を佐野先生が行うというので、ゲストという役割で参加していたようだ。

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★2時間続きで、チームでテーマを探しながらプロジェクトを実行していくそのブレストの段階だった。この時期に発進するとは、何かがある。

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★柔らかいチームで、最初にメンバーが決められているわけではない。自分のやりたいことをアウトプットしながら、合意形成をしながらチームがナチュラルにできていくというスタイルなのだろうか。

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★だから、途中で別のテーマが見つかったメンバーは、離脱してまた別のチームに参加するも、新しいチームを創るのもまったく問題がなさそうだ。問題がないというのは、途中でやめるのかと非難されることもないし、新しいチームをつくるなんてとルサンチマンが生まれるわけでもないということを意味している。

★ある意味好きなようにやっていよいけれど、互いにその自由な感覚を大事にしようよというマインドセットがされているわけだ。

★4月に高2のプロジェクト科がはじまって、2カ月が経ってから、プロジェクトづくりのブレストが行われるというコトは、この2カ月の準備が実に巧みになされていたということだろう。精神のメカニズム。何かにこだわったり固執したりしない状態、共感し合える関係、創造的な人間関係ができる状態など、佐野先生や金井先生が大切にしている共感的コミュニケーションができる状態を、高2になってもう一度確認する時間をとっていたのだろう。

★こだわりを捨てることができる無私で穏やかな雰囲気がそこにはあった。

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2019年6月27日 (木)

学校雰囲気(04) 湘南学園のESD教育が身近なところから世界の雰囲気を変える

★「WEB料理通信」に、<湘南学園の中学生が取り組む「幸せを届けるチョコプロジェクト」>という記事が掲載。受験情報WEBではないサイトに掲載されているというところがすごい。「WEB料理通信」は、「食で未来をつくる・食の未来を考える」をテーマとした、みんなでつくるプラットフォームというビジョンを持っている。

★湘南学園のチョコプロジェクトは、まさにチョコに注目することで未来をつくるビジョンが広がり、食という生活の未来を創り出すきっかけになると「WEB料理通信」の編集者は確信したのだろう。

★この記事の内容については、ぜひ読んでいただきたい。ここで解説することは不遜だ。

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★私がここで確認したいことはただ一つである。それは同校のESD教育が教科教育からグローバル教育、キャリア教育など多様な教育活動を有機的につないでいることの一環として、ナチュラルにこのプロジェクトが立ち上がっているということである。

★ユネスコスクールでもあり、SDGsの取り組みも授業においてもなされている。多くの学校では、これらの教育活動はたいていはバラバラで、いろいろやっているというだけで終わっている。ところが湘南学園の多様な教育活動は、ESD教育として有機的に循環している。

★このチョコプロジェクトも清水先生の地理の授業から生まれ、記事にあるように世界に広がっていった。清水先生は、同記事の中でこう語っている。

――「社会への不安が先行し、無関心になることが多い中、子どもたちには社会の構造を理解し、課題を正確に捉えることで、希望を見出し、主体的に行動できるようになってほしい。僕は距離を保って支えるだけなんです」と。

★「社会の構造」とは、ここではフェアトレードの概念の中にある「適正価格」のメカニズム。これはヨーロッパ中世からルネサンスに移行する段階で、すでに大問題になっていた。キリスト教における利息の問題の浮上で、「適正価格」というキーワードが広まるというコトは、そこに「適正価格」でない現状があふれていたことを示唆している。

★中世の遠隔地商人が自由都市に持ち込んだ貿易商品の適正価格をいかに設定するのか?資本主義の萌芽である。そこから近代世界の広がりとともに、適正価格は格差を覆い隠す資本主義のメカニズムとして、市場の価格にシフトしていく。

★チョコプロジェクトは、発展途上国と先進諸国の関係の格差の問題に気づき、問題解決のためにアクションを起こしている。しかし、それを生み出しているメカニズムは、実は自分たちが日々生活している政治経済社会そのものの中に構造的に埋め込まれていることにやがて気づくだろう。

★それは、世界を変える根源的な気づきであり、ここに到るESD教育のような環境が在る学校こそ開かれた世界の論理を土台にしている本物教育を形作っていると言えるのではないか。

★同校は、中学入試においても、深い問いを考えるESD入試という新タイプ入試を開発してもいる。このような一貫性のある教育こそ質の高い教育と呼ぶにふさわしい。

※ESD教育とは、同校サイトにはこうある。「ESD(Education for Sustainable Development)は、「持続可能な開発のための教育」と訳されます。これは、私たち(まだ生まれていない、私たちの子孫も含めて)が生きていくことを困難にするような問題について考え、立ち向かい、解決するための学びです。即ち、「持続可能な社会の担い手を育成する教育」といえるのです。」

 

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学校雰囲気(03) 2つの聖光学院が世界の雰囲気を変える

★今、静岡聖光学院と横浜の聖光学院の生徒合わせて4人が、マレーカレッジ国際サミットに参加している。東南アジアの国々から集まった学校の生徒が参加している。昨年、静岡聖光学院がマレーカレッジと国際交流を開始することがきっかけとなって参加を促されたようだ。STEMをベースとしたキーノートスピーチ、アクティビティ、ワークショップ、プレゼンテーション、エキシビジョンなど1週間続くプログラム。

★2つの聖光学院は、修道会が同じなので、学校法人としては独立採算なのだろうが、教育活動の連携はとりやすいのだろう。

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(写真は、すべて静岡聖光学院のサイトから)

★静岡聖光学院のサイト【聖光見聞録特別編~マレーカレッジ国際サミット6日目】によると、静岡聖光学院は、静岡市が誇るがタミヤ模型と連携したプログラムを披露したようだ。タミヤの模型を組み立て、改良を試み、高性能のマシンにしていく過程をSTEAM教育として実施している。同サイトのぺージにはこうある。

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――今回のプレゼンテーションでは、タミヤ模型の代表作でもある「ミニ四駆」を用い、モーターやギア比の関係から、どういう組み合わせがマシンを早くさせるか、またMaBeeeという特別な電池と組み合わせることで、プログラミングの要素を組み込んで作動するミニ四駆をテーマにプレゼンテーションを行いました。MaBeeeを用いることで、様々なモノがIoT化していきます。そこにミニ四駆の、仕組みは簡単ながらも工夫によって機能が向上するマシンを組み合わせることで、新たな価値の創造を感じさせるプレゼンテーションとなりました。

★横浜の聖光学院の生徒のプレゼンテーションとエキシビジョンについてこうある。

――共に参加した聖光学院の生徒はSuperScienceHighscool(SSH)に指定されていることから、SSHでの活動でもある「聖光塾」についての説明を行いました。横浜の聖光学院は、日本でも東大合格者の数はトップレベル。堂々としたプレゼンテーションを行うことができました。・・・聖光学院のブースでは、LEGO®️SERIOUS PLAY®️のメソッドを用いて、これからの日本の社会のあり方について表現したり、参加者の個別の振り返りをしました。

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★静岡聖光学院もLEGO®️SERIOUS PLAY®️のメソッドを普段は使っている。かくして、2つの聖光学院は、大学合格実績を競う枠を越えて、もっと大きな目的のために教育活動を行っている。このマレーカレッジ国際サミットの例は氷山の一角で、両校の日本における普段の教育活動がすでに開かれた世界の論理を土台に行われているからこそ、語学研修ではなく、STEMベースの国際サミットで、活躍できるのであろう。

★静岡聖光学院は、51年前に創設された当初から学習指導要領を超えた学問領域を自由に学ぶことが伝統であり、横浜の聖光学院は17年前に教科のカリキュラムを超えた知のプログラムを大学や企業など外部団体と連携して行うプログラムを充実させてきた。

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★日本の中にいると、STEAM教育の全貌はまったくみえていないがゆえに、その重要性にはまだまだ気づかれていない。しかし、世界から見ると、日本の学習指導要領だけでは、未来は開かない。STEAM教育の実施は喫緊の課題である。

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★2つの聖光学院は、先進的教育と日本の文化の奥行を、東南アジアで共有している。この活動は、東南アジアと日本の関係を新たな教育で結ぶ。したがって、世界が変わる契機が生まれる。東南アジアの世界におけるプレゼンスは日に日に高まってきているから、その拠点との連携が世界をいかに変えていくのか楽しみである。そして、2つの聖光学院の4人の生徒はそのビジョンを確かに見通せただろう。

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