大学入試

2023年1月15日 (日)

大学入学共通テスト 社会の問いの背景 効果的な利他主義は有効か

★昨日、今日と大学入学共通テストが行われています。がんばれ受験生!と私に限らず多くの人が祈っているでしょう。彼らがどんな問題に挑戦しているのか?速報のニュースをみると、「思考型問題」が定着したとあるから、記憶と発想の両方をフル回転して頑張っているに違いありません。結果はともかく、このようなテストに向かって学び合うことは、人生にとって意義があることは間違いないでしょう。

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★政治経済とか倫理の問題をちらっとみて驚きました。資本主義とかSDGsとか正義とか自由について考える問題が出題されていました。資本主義については、このシステムの結構要である生産手段は私有か否かがいきなり問1から。産業革命時代から、インダストリー4.0とかソサイエティ―5.0とかの現在にいたる資本主義の進化系の話の時に、ここをどう捉えるかで、経済の仕組みは転換します。

★このことは、マックス・ウェバーがすでに見抜いていたわけですから、伝統的な問いであると同時に、AI時代のノマドにとってどうなるのか大事なところです。問題自体は簡単ですが、このような視点や背景をもって問いが創られているのはすごいなあと。

★そして、SDGsの探究メタファー問題も出題されていました。SDGsの扱いは、サプライチェーンやトレードオフの関係問題を問うたりしているので、従来の道徳問題としてではなく、おそらく効果的な利他主義(EA)を提唱したウィリアム・マッカスキルの影響が背景にはあるんだろうなあと。

★他者を救うために稼げというこのEA。昨年アメリカの中間選挙のときに、民主党を後押ししていたはずのFTXの破綻がありました。そのCEOであるSBF(サム・バンクマン=フリード)は姿を消していました。

★この通称SBFと呼ばれていた人物のアドバイザーがマッカスキルだったようです。発想はよいけれど、その方法が問題だった。とはいえ、このFTXを運営するメンバーは、みなスタンフォードやMITなどの出身者。そもそもマッカスキルはオックスフォード大学の准教授。

★効果的な利他主義であるEAは、黄金律を実用的に実現するかのようにみえたけれど、なかなか難しいようですね。

★しかしながら、発想は間違いではないでしょう。それゆえ、共通テストの背景にこのような発想も考慮する要素としていたとしても問題はないと思います。

★しかし、これは、あの当時の政権とハイデッガーの関係に対する批判的な検証が今も続いているように、今後同じようなことが議論されるかもしれませんね。

★思考型問題は、大切だけれど、その善なる思考をAIなどで増幅させると、必ずしも善が増幅するわけでもないというクリティカルシンキングが重要なわけです。

★共通テストの倫理の問題の中に、シェリングの善と悪の両方を内包する人間だからこそ自由が問題なのだということについての対話文を通して考える問題がでていました。実にリーズナブルというか、バランスの良い発想を求めているというのが見え隠れしています。

★今回の新学習指導要領や高大接続改革はいろいろな問題もあったでしょうが、このような問いを創る機関が機能しだしたというのは、希望があります。

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2022年12月13日 (火)

2023中学入試の役割 ソーシャルジャスティスを求めて(13)工学院 グローバルプロジェクト始まる。

★4年前から、工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)は画期的なプロジェクトを行っています。高2の修学旅行をアップデートしGP(グローバルプロジェクト)に転換しました。国内外いくつかのチームに分かれてフィールドワークをし、SDGsの目標を達成するために具体的な社会課題を見つけるリサーチツアーです。その課題を見つけることによって、そこの地域市民と協力ができます。具体的かつ実践的、すなわち実存的な解決の方向性を見つけるとか起業までしてしまうとか、工学院の体験ベースのPBLの集大成が開発されました。ここ2年は、今回のパンデミックの影響でオンラインなどで創意工夫されてきたようですが、今年は再会。今ちょうど沖縄、熊本、熱海、オーストラリア、ルーマニアという国内外のフィールドワーク&リサーチへ旅立っています。

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(写真は工学院のサイトの公式ブログから)

★同時に中学生は、八王子や鎌倉、京都などにフィールドワークをしに行っています。高2のGPにつながる貴重な体験をしています。

★体験というのは、10人同じ体験をしても、10人それぞれ感じ方や考え方、ものの見方は違います。その違いがスクランブルして、それぞれの中にコンセプトレンズができます。体験を積んでいくことによって、このレンズは磨きあげられ、精度があがっていきます。

★このコンセプトレンズこそ、1人ひとりのバリューを映し出します。

★知識を覚えることも大切ですが、そればかりやっていると、知識量や知識を引き出すスピードや正確さばかり評価する偏差値が、あたかも一人一人の価値であるという錯覚を生み出す危険性があります。それはそれで、自分の価値を構成する1要素ではありますが、それが全体だという幻想がうまれかねません。いや実際生まれています。

★そうなると、階層構造が固定化して、それぞれの生徒のバリューをフラットに尊重することが難しくなります。

★それでは、予測不能な現状、乗り越えられません。たとえば、今日本は40ナノの半導体までしか作っておらず、20年世界に遅れていると言われています。そこでIBMと連携しながら2ナノの半導体という前人未到の次元に挑戦するわけです。その場合、アイデアや技術は、既存の知識だけでは生まれません。どう応用するか、足りないものはどう創造するのか?既存の知識の集積だけ競争している教育ではそんなことができないのはちょっと考えればすぐにわかります。

★よって、工学院のように、グローバルな体験ベースのPBLをとにかくたくさん行うということが、未来を拓く教育だということは了解できると思います。

★そして、1人ひとりのバリューを生み出すわけですから、学習者中心主義的なPBLであることもとても大切ですね。

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(shuTOMO 第11号 2022年10月2日発行)

★そのことについて、GPも含め、shuTOMO11月号で、記事を書きました。受験学力のみならず、大学や社会でグローバルリーダーとして、クリエイティビティとコンパッションというケアの精神の両方を有して社会課題をクリアし、未来社会を創っていけるそれぞれのバリューを生み出す工学院のトランジション教育は、日本のこれからの教育の1つの有効なモデルです。

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2022年12月12日 (月)

ドネラ・プロジェクト(20)「主体的・対話的で深い学び」をダイアローグとメタローグで考える

★居郁領域では「主体的・対話的で深い学び」について議論が続いています。どれも豊かな対話がなされています。しかしながら、大切なことはその学びを通してすべての生徒が自分の才能や価値を見出せるか、いや創れるかということです。たしかに、<誰一人取り残すことのない「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~多様な子供たちの資質・能力を育成するための,個別最適な学びと,社会とつながる協働的な学びの実現~ (中間まとめ)【素案】>には、こんな文章があります。「一人一人の児童生徒が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるよう,その資質・能力を育成することが求められている。」

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★とはいえ、このような「資質・能力」は誰一人も取り残すことなく、体得できるのかどうか?今のところアクティブラーニングをやったところでPBLをやったところでそのような気配はありません。ただ、一方通行型講義よりも、こんな才能や素養がある生徒がいたのかあと感動するシーンは増えました。

★問題は、誰一人も取り残すことなくそんな才能を体得できる方法は何かです。

★IBやAレベル、APを研究している多くの学校があります。たいへん興味深いしいろいろな啓発を受けます。しかしこれらの教育プログラムは、誰一人も取り残すことなく才能を見出せるプログラムではないのは説明するまでもないでしょう。

★PBLやアクティブラーニングは、たしかに偏差値にかかわりなく才能を開花する生徒が多くなります。しかし、全員がそうなるわけではないのですが、だからといって効果がない授業ではないのです。

★逆なのです。偏差値では見えなかった才能者が生まれるのはなぜかという視角から洞察することが必要なだけです。

★PBLなどで才能を見出した生徒は、ダイアローグというレベルの対話から、メタローグという対話ができるなんらかのきっかけがあったようです。

★そのきっかけは何か?そしてそのメタローグとは何か?

★この2点の洞察を深めていくと、おそらく誰一人も取り残すことなく資質・能力とか才能とか価値とか、いろいろな言葉で表現されている1人ひとりのバリューを生み出すそれぞれの知の循環を見つけることができるはずです。

★欧米のような階級格差と日本のような学歴階層格差は似て非なるものです。前者は階級を超えるのは未だにシンドイですが、日本の学歴階層格差は、たしかに資格制度の領域では厳然として立ちはだかりますが、アントレプレナーシップ領域においては、機能しません。

★欧米でもそうでしょうが、やはりそこではアトレプレナーシップを発揮するにも階級格差は影響します。もちろん、IT分野は越境的ですが、果たしてどうでしょうか。。。

★日本は、中小企業が90%ですから、大企業と中小企業の経済格差はたしかにありますが、中小企業のスタッフが収入という点で乗り越える機会は欧米に比べてあるでしょう。

★とはいえ、ここのところ地政学、地経学的には分が悪い情況で、どこまでそれが続くのかわかりません。

★しかし、2030年まではまだ執行猶予はあるでしょう。この間に、全員がメタローグを実装できる学びを生み出す戦略を実行すべきです。ダイアローグを行う環境はどんどん整っています。メタローグを洞察するティッピングポイントをなんとかつくりたいものです。

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2022年12月 8日 (木)

ドネラ・プロジェクト(19)「主体的・対話的で深い学び」のイメージ

★PBLとかアクティブラーニングとかEBLとかいろいろな表現がありますが、学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」と表現されています。限定的過ぎて、学びとしてイメージを飛ばすのには、なかなか難しいかなと思っていました。しかし、現場では、PBLというより具体的限定性があったほうが、動きがでるということもわかってきました。

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★部活や行事、学校説明会、プロジェクトプログラムなど、いずれも主体的に生徒が活動している様子をみていると、この主体性は、自律しながら、いやしているから、先入見や権威などに「こだわらずに、脱中心という分散化ができるようになっていきます。それでいて、個人主義的に行動するのではなく、仲間を互いに巻き込む動きをしていきます。同調性ではなく、協働性です。

★このような自律分散協働系型の主体性ができあがるには、体験の中で多次元の葛藤を処理していく学びを通過します。この過程を通して葛藤を乗り越えるという知恵という技術ができあがっていきます。知恵は、マインドだけではなくスキルも両立していなくてはなりません。

★その過程で身に付ける知恵は、生徒自身は気づかなくても、心理学的技術や社会学的技術、法学的知識、経済的センス、健康に関する関心など多様です。

★葛藤を解決するエピソードや方法をプレゼンすることにより、それは同時にモニタリングになりますから、自分を圧迫していた壁が見えるようになります。だからこそ、この壁を取り除く解決策を考えようとします。それには、対話をする必要もあるでしょう。無意識かもしれませんが、心理学や社会学の手法は有効です。

★そして、協力する必要もあるでしょう。なんといっても、脱中心化した視点が必要です。

★知識については、データでモニタリングができますが、知恵については、自己表現というかパフォーマンスによってモニタリングすることができます。知識のモニタリングで大事なことは、知恵に基づいているかですが、そこはデータではなかなか分析できません。知識をどのように活用しているかパフォーマンスを見るしかないでしょう。ルーブリックや思考コードが必要となるわけです。

★このようなモニタリングを自分でも行い、他者からも行ってもらうことによって、目に見えない3つの境界線が見えてきます。あるいは気づくことになります。

★この境界線を越境することができるかどうか?深い学びへの挑戦です。かなり学際的なコンセプトレンズを結晶させないと、越境できません。チャレンジングな学びになるのです。

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2022年11月13日 (日)

神田女学園 あらゆる教育活動において圧倒的多様性と選択肢をデザイン

★先週金曜日、第103回GWEにおいて、神田女学園中学校高等学校(以降「神田女学園」)の校長芦澤康宏先生と対話ができました。芦澤先生とはもう20年くらい前から出会っていますが、その当時からシンプルで現実の中での本物教育を追究していた姿勢がますます広がりと深さを拡張されているなあと感じました。とにかく、ネイティブスピーカの先生方の人数、多言語教育の言語の数、高大連携を提携している大学の数、ダブルディプロマを提携している海外の学校の数、英検2級以上の取得人数など他の追随を許さない圧倒的な多様性と選択肢を教育環境デザインをしています。

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(GLICC Weekly EDU 第103回「神田女学園中学校高等学校ー革新的女子校『品格ある個人の育成』」)

★どのくらい多様なのかは、ぜひご視聴していただきたいと思います。

★同校の2本の柱は、グローバル教育と探究です。両方に共通しているのは、「体験」ベースのPBLです。芦澤先生とは、2泊3日の宿泊型の「発見体験型」学習プログラムをともにデザインするのが出会いの始まりでした。そのときの発想は、今も生きているだけではなく、世界への広がりや生徒の探究活動の豊かさがますます拡大しているのに驚嘆しました。

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★そして、このような学びの環境は、総合型選抜や海外大学にストレートに進める力を養っているということが伝わってきました。

★それにしても、これだけの数の多様性あるカリキュラムのマネジメントをするには、相当のプロデュース力ある教師陣が必要です。教育は、授業や行事、部活などの表舞台を支えるのには、想像を超えるバックヤードの教師一人ひとりのパワーとチームワークが必須です。それを実現しているという話もでてきます。芦澤先生は控えめに語っていますが、それをマネジメントする校長の力量はすさまじいものがあります。

教育と経営の両面の学びができるすてきな対話になりました。芦澤校長先生、お忙しい中、本当にありがとうございました!

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ドネラ・プロジェクト(12)対話はメンタルモデル同士のやりとりで、言葉はその媒介項の1つ➌

★これまで。対話について語る時、高校時代プロテスタントの信者の友人、大学時代、上智大のカトリック信者の友人たちと語り合ったマルティン・ブーバーの「我と汝」が心の片隅から語りかけてくるのを感じていながら、ヘーゲルやボームの対話について及びドネラ・メドウズやピーターセンゲなどの対話についてぐらいしか言及してきませんでした。しかし、コンパッションつきの対話を語るとなると、「我と汝」の声が心の前面に現れてきたたので、読み返してみようと。私の書庫は、段ボールの山になっているので、岩波文庫を探すのには時間がかかります。そこで、kindle版がないかどうかサーチしてみました。

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★すると、植田重雄訳の岩波文庫は、kindle版はなく、野口啓佑訳の「我と汝」と出会いました。2021年に発刊とあるので、エッ!?世界で読み継がれている書とはいえ、昨年また訳されたのかと浅学ぶりを発揮してしまいました。岩波文庫よりも9年前に、創文社で「孤独と愛ー我と汝の問題」というタイトルで発刊されていたものを、昨年講談社の学術文庫である意味復刻されたようです。

★末巻の解説は、聖学院大学で博士号をとって現在北海学園大学で准教授として研究されている佐藤貴史准教授が書かれていて、聖学院といい、北海道といい、何か縁があるなあと思ったので、ポチっと購入しました。

★再び、読み始めると、高校時代や大学時代の理解は、文字面をなぞっただけで、ブーバーの置かれていた歴史的背景や宗教観など全く意識していなかったことに気づきました。そして、そのブーバーの置かれていた第一次世界大戦という世界大戦の長く続く時代と今の時代の共通性に気づき、なるほど昨年再び講談社が刊行した理由もわかりました。

★しかも、来年「我と汝」発刊100周年を前に、セミナーが行われているという情報についてもサーチしていたら出てきました。

★佐藤貴史准教授の解説の中の次のことばは、特に気にいりました。

「われわれが絶望して、なおかつ、ひとりの人のもとにおもむく場合、われわれは何を期待しているのだろうか」と、彼は自問する。「例外、離脱、脱出、脱我」に身をゆだねる宗教的歓喜だろうか。そうではない。重要なことは、生の連関から離れて、「実体なき人」に変貌することではなく、他者とその場にいることである。絶望のなかにいる 人間が他者を求めて訪れたとき、その人は「現に居合わせること」、つまり「それにもかかわらず、なお意味があるということが、それを通してわれわれに語りかけられる、 その現に居合わせること」を期待しているのである。ブーバーは、この青年との出会いを「ある裁きの出来事」と呼んでいる。裁きは回心をブーバーに引き起こし、これを機 に彼にとって宗教とは「単純にすべて」を、すなわち「対話の可能性のなかで素朴に生きられることすべて」を意味するようになっ た。

マルティンブーバー. 我と汝 (講談社学術文庫) (pp.208-209).  Kindle 版.  

★ブーバー自身、コペ転をする契機をある青年との出会いから得たようだということと、それによって政治的な情熱的な運動から離れ、国や組織ではなく、1人ひとりの人間と我と汝という関係を見出すある意味ユートピアの境地に達していることに感じ入りました。

★ブーバーは、「われーなんじ」と「われーそれ」という根源語の関係を巡る話をわかりやすく展開していくのですが、今読めば、ハイデガーの「存在と現存在」の関係や当時の実存主義や現象学などに影響を与えていたでしょうし、影響を受けていたであろうことも了解できます。

★「コンパッションつき対話」と「コンパッションなし対話」という着想は、「われーなんじ」と「われーそれ」という根源語どうしの関係に無意識のうちに重ねていたのかもしれないということもリフレクションできました。

★ただ、私は「汝」には、ブーバーのように神を重ねることはしていませんでしたし、それは今もそうです。なぜなら、勤務校でもそうですが、生徒たちも一般の市民の方も、宗教を信仰という視角から語ると、ほとんどが未信者ですから、理解が困難になります。

★神に出会うかどうかは、本人たち個人の問題で、人類共通の普遍的な大切なものを引き受ける自分と汝の関係性が大事であり、それがコンパッションだと思っています。

★勤務校の生徒がボランティアに行ったとき、そのような決定的な意味を理解して帰って来る時がよくあります。それは聖学院の生徒がタイ研修で感じて帰ってくることと似ていると思います。無力な自分という存在に思い知らされ、新たな自分として再挑戦する構えを整えるのです。

★このような決定的な体験を積み重ね、果敢にそれぞれ挑戦する生徒にとって、総合型選抜はストレートに進路実現する道でもあります。その決定的な体験は、必ずしも上智大の神学部に道を開くわけではありません。ここのところ3人ぐらい神学部にも進んでいますが、全体としては少ないのは言うまでもありません。ロボット工学になぜ進むのか、経営学科になぜ進むのか、デザイン思考への道になぜ進むのか、医療従事者の道へなぜ進むのか・・・。ここに決定的な体験が関係することは歓迎です。

★もちろん、その「われーなんじ」の関係は、ともすれば「われーそれ」にシフトすることも大ありですが、50年を経て再び「われーなんじ」の関係性の大切さに還ってくるということもあるわけです。私も高校生と日々コミュニケ―ションをとるようになって、還ってきたような気がします。

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2022年11月10日 (木)

2025年度大学入学共通テストの試作問題公開される。

★昨日、大学入試センターは、「令和7年度試験の問題作成の方向性,試作問題等」の記事を掲載。試作問題と回答、概要などが掲載されています。ゆっくり眺めてみたいのですが、新教科である「公共」が気になったので、まず解いてみました。人権の問題は当然扱うので、自然法に関する定番の問題が出題されていました。自然法と実定法の関係を踏まえている選択肢を重ね合わせるというか置換できるスキルがあれば、自然法とは何かがわかっていなくても解けます。

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★たしかに考える問題ですが、どこか暗記で解くのではなく推理で解くことが考えることだとなっているのは、なにか本意でないような気がします。良い問題ではありますが、考える対象というか問題が違うのではないかなあと。自然法論と法実証主義については簡単な文章で示し、そのうえで両者が葛藤を起こすようなケースについて、その問題解決について考えるような問題にできるといいですね。

★同じことはアリストテレスの正義論の問題にも言えます。アリストテレスを出してきたということは、その背景には、サンデル教授やロールズの正義論があるはずです。新教科書でも扱われていたような。だとしたら、これもいろいろな思考実験問題が活用できるでしょう。

★SDGs関連の問題もでていましたが、これは中学入試でも出題されるもので、もう少し深めて欲しいなあと。。。

★さて、上記のニーチェ問題は、「公共、倫理」の問題からです。倫理の範囲だと思いますが、ニーチェがニヒリズムについて書いた文章を読み、選択肢の中からニヒリズムの生成過程にあたるケースをすべて選びなさいと。センターの概要説明ではこうなっています。

「資料(ニーチェの遺稿)から読み取った内容と,ニヒリズムに関する既有の知識とを結び付け,科学時代にニヒリズムが発生する具体的なプロセスを考察できるかを問う。 」

★意図は汲めますが、結局は読解問題です。そうはいえ、選択肢は一見紛らわしいし、すべて選びなさいは、正答率は低くなるでしょう。しかし、これもまた本意ではない思考力問題です。

★ただ、選択肢がどれも素晴らしいのです。こんなにすばらしい選択肢を並べて、一瞬にして消費されてしまうのはあまりにももったいないと感じます。むしろ、この選択肢をカテゴライズする問いに変え、そこからニヒリズムが生まれる問いのデザインはどれなのかと、この選択肢を逆利用して、ミニワークショップができます。

★それにしても、勝手に解不能な問題を設定して、懸命にがんばって考える過程をぐるぐる回ったけれど、結局は解けず焦燥感や喪失感に苛まれる(設定がそもそも梯子の推理ですね)というニヒリズムは、まるで昨今の教育改革のお話に対するアイロニーなのではと勘繰ったり。。。

★まあ、深読みは誤読に通じるというお話もありますから、今回は、この辺で。

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2022年11月 9日 (水)

ドネラ・プロジェクト(07)Creative Learningを行っている学校増加。

★PBL型授業とかIBL型授業、探究の時間、探究論文編集など問いを発見して、問題解決の見通しを提案するにとどまらず、実際にルール作りや製品まで創ってしまうCreative Learningに取り組んでいる学校が増えています。

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★説明会に参加したりホームページをサーチしたりすると、すぐにわかります。大事なことは、生徒全員に機会が設定されているかということではあります。

★これによって、総合型選抜などにダイレクトに役立つ実益もありますが、何より大学に入ってからあるいは社会に出てから、クリエイティブなワークで活躍できるようになるでしょう。

★生徒全員がCreative Learningの経験を積める学校はどこでしょう。おもいつくまま順不同で幾つか挙げてみましょう。八雲学園、工学院、成城学園、聖学院、文化学園大学杉並、和洋九段女子、富士見丘、湘南白百合、昭和女子大昭和、女子美、三田国際、順天、静岡聖光学院、武蔵、逗子開成、かえつ有明など。挙げていけばきりがないですね。

★今挙げた学校は、問いの発見のポイントが、トレードオフやジレンマ、解不能です。不足や過剰のポイントで見つけた問いも創意工夫で解決できますが、トレードオフはバランス調整の仕組みを創造しなくてはならないし、ジレンマや解不能は、次元を変えて創造的思考を発揮する必要があります。

★シンプルに素晴らしい創作物と次元が違う困難な創造物を比べてもできあがりに差はありませんが、学びのプロセスの深さの違いはありますね。

★先に挙げた学校は、❶から➎のすべての問いの発見ポイントを経験できます。

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2022年11月 8日 (火)

ドネラ・プロジェクト(06)学びの内的連関 システム思考風に 思考力入試や総合型選抜の学びの深さを了解するために

★探究やPBLなどの学びの外的連関については多く語られています。学習ツールや学習空間などデノテーション的なループ図はいっぱいあります。このデノテーションの見える化は大切です。というのも、この外的な環境は、学習者の内的な反応が想定されているからです。しかしながら、どのような内的連関が学習者の中に起こっているかデノテーションとコノテーションの関係性を観察したり仮定したりしておかないと、結局は結果主義に陥ってしまったりします。

【学びの内的連関のループ図】

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★学習者が本当に自由にフェアーに偏らないでフラットに考え、協働し、判断し、アクションを起こすFree Iquiryの状態になっているデノテートな状況の内面でどんな学びのループが生まれているのか?それは、日ごろ言われているように問いのループです。ところが、この問いのループは、Free Inquiryの状態では、内面からふつふつと湧いているのであって、言語化された問いだけが問いのストーリーをつくっているわけではないのです。

★インストラクショニズムの問いのストーリーの言語化は、学習者のためのものではなく、教える側の道具で、学習ツールになってしまっている可能性があります。もちろん、それでよいのですが、学習ツールとしての問いであるという自覚がないと、学習者に問題発見はできません。

★学習者が自らの内面からふつふつと問いが湧いている時、対話ができるし、自分と向き合って自問自答ができます。実はこのような問いがふつふつと湧いている自分と向き合うのがリフレクションで、学習ツールとしての問いを解決しようといしている段階では、まだ深いリフレクションにはなっていません。

★ある意味、この浅いリフレクション段階では、対話や自問自答をスルーしているのと変わらないかもしれません。すると、せっかく体験(リアルと思考実験の両方を含みます)しても学習が深まらず、調べ学習や暗記学習で済ませてしまうということも起こります。それでも、体験をしていれば、自ら学びのデノテーションは回るので、いずれ、深い学びのループにシフトする状態を見守ったり、フィードバックするというデノテートなアフォーダンスを仕掛けられるわけです。

★中学受験の教科入試で200字くらいの論述問題が出ますが、これはこれで、限られた時間内で行われるので、ファクト→オピニオンレベルの、つまり上記図でいえば、「想定」ループ内です。このループを回すことができれば、次の複眼的な問いや深層思考を進める可能性や潜在的能力があると判断されるわけです。

★ところが中学受験の思考力入試や大学入試の総合型選抜では、この複眼的な問いや深層思考の段階まで展開しているかがカギです。そこから根源的な問いを自ら発見して解決に挑むというのは、もはや研究の入口に立つわけです。プロジェクトが措定される入口に立つわけです。

★この入口に立っていると思われる受験生が、総合型選抜で大学側が、共にプロジェクトを展開していこうとなるわけです。つまり、合格するわけです。

★ただ、大学がそこまで要求するかどうかは、大学によって違います。複眼的な問いや深層思考のループ段階でよしとするところもあれば、根源的問題解決ループまで要求するところもあります。

★中学受験の思考力入試はあくまで、潜在的能力としてその可能性まで要求します。だから、教科入試で合格してきた生徒と比べて中高段階で学びの翼を大きく広げることになるケースが多いのは、当然です。

★なぜかというと、上記の図のループの矢印のコノテーションは、GRIT精神が内包されているからです。

★自分が対処療法的な学びしかやっていないと気づいて、根源的問題解決ループまでたどりつこうとするとき、それはGRIT精神が必要です。それから対話のパワーですね。

★ファシリテーターやプロデューサーとしての教師がデノテーションとしての学習環境をデザインするのは、このGRIT精神と対話力を学習者の内側から湧いてくるその持続可能性を見守るからです。このループ全てを試行錯誤して、失敗して原点回帰を繰り返すなどする中高6年間なり高校3年間を経ると、この自己変容の内的連関ループの回転が持続可能になるでしょう。

★そして、このループ図の回転の仕方や道のりの歩み方で、メンタルモデルがわかるし、メンタルモデルのパラダイムチェンジが起こっているかどうかもわかります。内的レバレッジポイントやティッピングポイントも了解できるようになります。

★しかし、それは、学習者一人一人によって違います。どんなコンセプトレンズ(複眼的な問いや深層思考の段階に生まれる場合が多いです)を形成するかは学習者によって違うのです。だからこそFree Inquiry状態になれるわけです。

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2022年11月 5日 (土)

学びの内的連関を見抜く太田晃介先生のフレームワーク

★昨日、大阪府立水都国際中学校&水都国際高等学校の教頭太田晃介先生が勤務校聖パウロ学園に来校してくださいました。出会ってから10年近くになります。PBLや思考コードなどの研修を工学院の教務主任田中歩先生ともいっしょに創り、運営していった盟友です。5年前に大阪に旅たち、私も一度お邪魔しました。そこから、今春、卒業1期生(高校入学生)を旅立たせ、実績も好調。開設準備から始まって、IBのデザインやIBのエッセンスを学内全体に広めつつ、経営の業務もこなすという強靭なマインドと企画実行力を身に付ける過程を経たのでしょう。今回お会いして、ますます未来の教師モデルになったなと感じました。

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★「未来の教師モデル」の高クオリティとは何か?それが今回実感できました。離れていても、ときどきオンラインで対話はしてきましたが、実際に勤務校の授業を視察していただき、フィードバックをもらったときに、エッジの利いたフィードバックに思わず「オオー!」っと心の中で叫んだわけです。

★どういうことかというと、太田先生自身が自らをメタ認知できていて、TOKをはじめとするIBのフレームワークやタキソノミーを自在につかえるので、よく見えるのだと語ってくれたのです。

★このフレームワーク(私はコンセプトレンズとよんでいるのですが)は、生徒の学びの内的連関のシステムが見えるのです。今回通常の授業を見て頂きました。単元によって講義形式の授業になったり、PBL型授業になっているのですが、今回は保健体育の授業と英語の授業と国語の授業がPBL型授業でした。

★これらを見学していただき、廊下を歩きながらフィードバックをもらいました。それは、内的連関を評価していただいた上で、その連関のシステム環を広げる、ティッピングポイントは何かについてコメントを頂いたのです。

★太田先生自身、ワークショップの達人なので、レゴやICT、多様な学習道具、各種実験道具を組み合わせてPBL型授業をデザインしますが、実はこのデノテーションデザインは、生徒の学びの内的連関を生成するコノテーションデザインとの相関をしっかり計算しているわけです。

★デノテーションデザインだけでは、学びの内的連関のシステム環を広げる生徒もいるし、変容しない生徒もでてきます。それを出来る限りすべての生徒がシステム環を広げるようになるには、現状の生徒の内的連関のシステム環を見抜くことが必要です。

★これを見抜くのに必要なのが、IBのような強烈な緻密なフレームワークです。世界標準でありながら、太田先生のオリジナルのフレームワークが、確立していたのでした。もちろん、太田先生自身TOKのメソッドを自分にも適用しますから、今のフレームワークでいいのかとセルフリフレクションはいつもしているので、今後もますます「未来の教師モデル」のスペックをアップデートしていくでしょう。

★老いては子に従えということわざ通り、太田先生の語りに耳を傾けられる雰囲気は心地よかったですし、自己変容し続ける教師がここにもいると確信を抱けたのは、最高にハッピーでした。

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