本質ベース教育(1)本質はコンテンツではなくコア・ループ
★工学院の教頭田中歩先生と駒沢学園女子の山口先生と聖学院の本橋先生と対話をしながら、AI世界において生徒が自ら考え、発信し、それを方向付ける判断力を身に着けるレッスンが必要だということは共通の認識をもっています。
★そして、それは多くの学校の先生方もそう思っているでしょうし、そもそもAI世界がやってくる前から、わりと普遍的というか本質的というかあたり前のことだといえるかもしれません。
★これは、私立学校だから、あまりそこに疑問はないかもしれません。建学の精神を大切にしていますから、本質は不易流行なのだという考え方は共有しているからです。
★しかし、世の中の価値感覚では、反本質主義というのがあります。本質にこだわらず、その時その時どう生きていくかは、流動的なのだと。本質というものに対する疑いをもち、相対化する考え方ですね。ポストモダニズムはそうらしいです。またそれ以前の実存主義もそうですね。本質よりも実存が先にあるのだという感覚。
★ところが、田中先生も山口先生も本橋先生も、真理は大切にしていますが、真理は未完ですから、これが真理かもしれないというのは、一人一人が考え、判断し、表現し、対話して、現状で最善の真理だというところにいきつくという考え方です。
★これが本質だぞと生徒に押し付けるのではなく、本質はあるけれど、その内容は固定的ではないのです。いつか固定するかもしれないのですが、それは実に未完なのです。考え続けるという意味で、自分の中に思考や判断のコア・ループの在り方を身に着ける教育が本質だという考え方です。
★経験を内省しながら、観察するものを分析していきます。その観察するものは、自分がこれだと好奇心をもったものです。それがどんなものなのか、なぜ機能しているのか、どんなことをどれくらいの量でどのくらいの速さで生み出していくのかなど検証すべく考えていくわけです。そしてどんなリスクやコストがかかるのか判断するわけです。
★この思考のプロセスは、コンテンツが変わっても同じです。ただ、プロセス自体は軌道修正していくあるいはチューニングしていきながら正当性・信頼性・妥当性のあるコア・ループを創っていくわけです。
★おそらくこのコア・ループのできていく過程や様態は生徒1人ひとり違い、変化の仕方も違うでしょう。ですから、このコア・ループのそれぞれの生徒による進化が、成長物語でもありましょう。
★3人の先生方との対話は、この本質ベース教育、もっというとコア・ループベースの教育を構築していく物語です。
★基本、3人の先生方は生徒中心主義的な価値観を持っているので、このような流れになります。しかし、世の中は必ずしも生徒中心主義ではない価値観もあります。その価値観とどう対話していくか、3人の先生方は常に考えています。悩んでもいます。この2つの極が融合することで、第3のアイデアが生まれてくるのではないかという期待もあります。
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