中学入試

2024年2月26日 (月)

22世紀型教育準備へ(19)WMWが必要なわけ 実用的活用と実際的創発と本質的価値の化学反応

★WMW(World Making Wisdom) が必要な訳は、目の前の複合的クライシスを回避する実用的活用という対処療法だけではどうにもならないからです。ユーザー視点だけでは、複合的クライシスは新手の危機を生み出しますから、プラクティカルで新しいイノベーションを生みだす創発の力がどうしても必要になります。

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★しかし、そもそも複合的クライシスは少なくとも、地政学リスクや気候変動リスク、ハラスメントリスクなどを生み出す人間のヒエラルキー型組織化にあるわけです。その価値を転換しなくては解決はモグラタタキゲームになるだけです。

★本質的な価値の創造をする必要があります。

★多くのメディアは、どうしても実用的というか功利的な話にフォーカスしがちです。これは大事なのですが、これだけでは困ります。専門誌や専門書は、実質的な技術も生み出しますが、そもそもその必要性の信頼性や正当性、妥当性は誰が判断するのでしょう。暴走もよくある話です。実際に起きていますよね!

★それゆえ本質を創出する必要があります。私立学校は、この3つの実用性、実質性、本質性を大切にしています。そのコンセプトレンズが建学の精神です。

★公立学校も憲法や教育基本法のそれぞれの前文にそのコンセプトレンズが書かれていて、そこを大事にすればできます。

★学校の役割は、私立であろうが公立であろうが、ここにあります。

★ただ、現状では有用性や実用性がどうしても前面に出ていますね。そこで、私立学校は覚悟を決めて、最前線でWMWを生成しようとしているのです。その象徴的な場が中学入試なのですが、そういう見方をメディアはしません。そうしなければ売れないし視聴率あがらないからでしょう。

★それゆえ、そこはスルーして先に進むしかないですね。

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2024年2月25日 (日)

22世紀型教育準備へ(18)WMWを生成していくシステム 21世紀型教育研究センター

★先日の21世紀型教育機構のカンファレンスの開会あいさつで平方邦行理事長が22世紀型教育の準備というのは、WMW(World Making Wisdom)を生徒の成長の核となるようなシステムを創っていく道のりであると述べました。C1英語とかPBLとかSTEAMとかグローバル教育は、一定水準のレベルまでできあがったので、次は、大学に行って学問を学ぶにしても起業するにしてもNPOで活躍するにしても政治家になるにしても何になるにしても、地球市民として当然のWMWを身につけようと。地政学リスク、気候変動リスク、ハラスメントリスクなどがグローバルクライシスとなっている今、そしてそれはまだまだ続くと予想がされているわけで、それを回避したり解決したりするのは、学者だけではないし、企業人だけでもないし、政府だけでもないし、NPOの方々だけでもないし、医療従事者の方々だけでもなく、私たち一人ひとり地球市民としての叡智と言動が重要なわけです。この叡智や言動は、学問知よりもタフで幅広いダイナミズムを持っています。もちろん専門的深さは学問知に任せる以外にほかはありません。

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★そして、そのカンファレンスのディスカッションのセクションで、工学院の教務主任田中歩先生は、平方先生の話を受け、もう一度それをやっていくのだとさらりと宣言していました。歩先生は、21世紀型教育研究センターの主席研究員でもあるので、センターでWMWセミナーを21会加盟校の若手教師(SGT)と共に行っていこうとしています。アプリ的なところは一般財団法人日本私学教育研究所の伊東竜さんもサポートしてやっていくということです。

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★上記の図は、21会の学校の先生方がグローバル教育、PBL、STEAMでやってきたことを、私の独断と偏見で抽象化してみた図です。オレンジの環以外の部分は先生方がすでに行ってきました。ですから、オレンジの環、つまり哲学シンキングとクロスクエスチョンの循環をシステム化することで、このWMW創発の持続可能性が生み出せるという発想です。

★哲学シンキングは、おそらくトウールミンモデルと思考コードの内生的技術のシステム化になると思います。クロスクエスチョンはグッドマンモデルと思考コードの内生的技術のシステムになり、その両システムは当然融合します。極めてシンプルな発想ですが、世界初となるでしょう。しかも、21会の加盟校は、グローバルと言ったとき、欧米とアジアや他の文化も融合した発想を目指しています。このWMWはそんな位置づけになっていけばよいなあと思っています。

★実際にセミナーが始まったら、私も見学に行くので、いずれ報告します。

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2024年2月24日 (土)

22世紀型教育準備へ(16)湘南白百合 4月からも不易流行としての進化をする予告

★湘南白百合の本質的教育というのは、不易流行としての進化をするその持続可能性にあると、水尾教頭先生のお話に耳を傾けながら感じ入りました。ですから、常に、新しい企画がその不易の土台の上にプロデューズされているのです。本日今年の同校合格者の招集日ですが、入学予定者は、いろいろなことにチャレンジできるのが楽しみだとか、探究講座が楽しみだとかすでに意欲と意識が高いというのがすてきです。そして、受験生が本質を学校説明会やオープンスクールなどで体験的直観で実感しているというのが実に高感度な心と頭脳を持っているなあと。

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(GLICC Weekly EDU 第162回「湘南白百合ー本質的教育の実装」) 

★したがって、水尾先生は、その生徒のパッションに応えるべく、2024年4月から新企画を着々と準備しているということです。その具体的な生徒の皆さんの取り組みはまたご報告くださるということです。楽しみでたまりませんね。

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★いずれにしても、そのような本質的教育を実装し、不易流行としてその本質的教育の進化を止めないチャレンジングでワクワク学びをデザインする教師の魅力が受験生に伝わり、今年も総出願数は増えました。過去最大だということです。横浜雙葉が2月1日と2日の2回入試をスタートしたので、その影響がでるのかでないのか気になっていたのですが、まったく関係がないという結果になりました。他校との併願もありますが、まずは湘南白百合が第一志望というファンが圧倒的だということです。受験というのは選抜が避けられないので、湘南白百合と共通するような学校を探しているという受験生のまずは湘南白百合に行きたいという気持ちが高め定着しているということが明快に受験市場で示されたカタチになりました。

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★さて、水尾教頭先生は、湘南白百合の本質的教育の実装というテーマについて、「球技大会」から始めたのは、またまた驚きでした。ストーリーテラー水尾先生のことですから、物語の構成には必ず仕掛けがあります。ですから、いったいどんな展開になるのだろうと期待が高鳴りました。

★果たして、想像を超えるすてきな物語になったのです。毎年最後のイベント「球技大会」。しかもここでは、縦割りのチーム対抗ではなく、クラス対抗ということです。チーム学級が一丸となる集大成という心憎い演出です。しかし、それ以上に、高大連携や探究などのリサーチから議論、編集、プロダクトの過程が実は「球技大会」に集約されているという話だったのです。

★湘南白百合は、長年、日々の自己内省を先生方と共有するノートや論文集編集などとにかく言語化して可視化する学びのルーチンが確立しています。それは思考のルーチンでもあるわけですから、卒業後も一生ものの思考や学びのルーチンです。このルーチンが生きる中ですぐに発動できる状況になっている。しかも建学の精神である「愛」が融合していますから、ミッションとして意思決定ができるようになっています。

★しかしながら、そのような意思決定とアクションのエンジンである思考と学びのルーチンは、ノートと論文編集の時だけでは、身に付く生徒もいればそうでない生徒もでてくるはずです。しかし、そうならないのは、この球技大会という身体性とメンタルとクラスというチームビルディングの包括的な学びの中でも球技大会日誌を書き込んでいるからなのです。

★優勝するためのコンセプト、そのためのアクションプランニング、戦略、戦術を議論しながらチームのメンバー全員のものの見方・考え方・感じ方を可視化していくのです。

★それと同様の思考と学びのルーチンが、普段の授業、探究活動、高大連携、多様なプロジェクト活動、ボランティア活動等々に染みわたっているのです。マルチスパイラルになっているカリキュラムマネジメント、いやカリキュラムプロデュースがなされているわけです。

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★詳しいお話は、ぜひ動画をご視聴ください。

★それにしても、多様なプロジェクトの中でも、「探究的な学びとICT」「理数系教育の充実」のさらなる進化を予告されています。この2つは、どこの学校も今やらなければと思いつつ、なかなかできないという領域です。受験生の期待は、しかし、ここにあることは明らかです。もちろん、今やグローバル教育は大前提になっています。これは湘南白百合はすでにそうなっています。そのうえで、次なる上記のような進化を果たそうと企図しているわけですね。

★本当に生徒にとってのこれからの教育として、そして日本の教育として、ここはチャレンジしなくてはならない領域です。逆に言えば、ここに挑戦できない学校はたいへんなことになります。生徒の未来のカギを握る教育のロールモデルとしても、ご視聴されることをおススメします。

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2024年2月23日 (金)

22世紀型教育準備へ(12)PREXというケアフルで最強の国語専門塾出現の意味

★今月19日に「22世紀型教育準備へ(09)フェリスを注目する時代の眼差し」という記事を書いたら、まだ5日も経たないうちにアクセス数が急激に集中したので、なぜと自問自答してみました。フェリスという本質的な教育について注目が集まったからなのか?フェリスの記事を執筆したPREXという国語専門塾の塾長渋田先生の人気がそうさせてたのか?結論は両方なのだとすぐに至ったわけですが、この両方だということのもう一つ向こうに凄い意味があることに気づきました。

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(タキソノミーの図は、PREXのサイトから。その周りのイラストは生成AIBing作成)

★どういうことかというと、フェリスはご承知のように、リベラルアーツベースの言語教育を行っています。その広く深い叡智を養うカリキュラムマネジメントの核が入試問題に反映しているわけです。

★渋田先生は、入試問題の分析の時に、その「核」を洞察し、塾生にそれを共有してインタラクティブに入試問題を思考し表現していく学びを展開しているわけです。

★この姿勢は、フェリスに限らず同じで、生徒が志望する学校の教育の「核」を洞察するわけです。その学校の教育の「核」をどうやって見通すことができるのか?それは学校説明会に行ってもサイトを見ても一般的な情報誌をみても、一般メディアを読んでもわかりません。渋田先生も執筆している「shuTOMO」は別格ですが。

★なぜなら、その学校の魅力を語るのに外生的技術進歩(物質的教育環境)を追いかけるのが常だからです。フェリスだったら、あの横浜の山の手の自然豊かなというか高級感あふれる外国の香りのする環境と大学合格実績と受験をするときの生徒の偏差値の高さ、伝統的な破格の論文編集作業、フェリス出身者の活躍、プロテスタンティズムの真髄(カトリックと違いプロテスタンティズムは倫理的資本主義の原点ですし、米国大統領は、ケネディを除き、すべてプロテスタント信者ですし)等々です。

★たしかに十分な情報収集なのですが、一点足りないのが、フェリスの入試問題に対するコメントですね。もちろん、各教科の点数配分や合否の分かれ目の点数、出題分野、問いの形式など言及されはしますが、それはすべて外生的技術進歩のお話です。

★ところが、渋田先生は、入試問題は学校の顔です、つまり教育の顔です。しかも、入試問題は在校生が最も学園生活で長時間を費やす授業のエッセンスを反映しているのです。しかもそのエッセンスは私学の場合は、教師の個人的な気概のみならず建学の精神が融合されたものです。しかも、その融合の配合は、長年かかって醸成されてきたカリキュラムマネジメントの核です。

★教師の個人的な気概と建学の精神の融合体としての核ですから、学校によって違いがあります。その核はいわば秘伝のタレのようなもので、各学校は可視化はしていません。というかまずできないでしょう。そこは西田幾多郎の行為的直観ともいうべき感覚でしか問いかけるしかないのです。ですから、その学校に勤務するか生徒になるかでもしないとつかめないものです。それが不易流行というもんでしょう。

★ところが、私立学校は、入試問題という形式で、その核を表現しているのです。しかし、それを洞察できるには行為的直観が作用する渋田先生のような方でなければできないのです。しかしながら、この行為的直観を学びの中にひそかに入れようとしたのが文部科学省なのです。「主体的・対話的で深い学び」。アクティブラーニングではなく、この表現にしたのです。

★カタガナ語は使わないという方針が学習指導要領にはあるのかもしれません。しかし、そんな単純なものではないでしょう。それに経産省も一枚も二枚も噛んでいます。最近IB(国際バカロレア)を取り入れるのがトレンドですが、IB機構ははっきり言っているのですね。IBのプログラムには東洋思想は組み込まれていないと。

★これは、IB側が、親切にも日本の教育行政に対するヒントを与えてくれたのです。最近NHKでドイツの哲学者マルクス・ガブリエルや開成出身者の落合陽一さんが日本のみならず世界のビジョンを語っています。またいろいろなメディアでジョブズが曹洞宗の僧侶に禅の世界に誘われたことが発信されています。GAFAMのマインドフルネスやZENの話もよく目にします。彼らはみな一つの地球を目指しています。西洋の思想に偏ることをメタ認知し、多様性を融合する発想を見出そうと。それゆえ西田幾多郎の哲学は見直されているのです。

★渋田さんはブルームの「改訂版」のタキソノミーを生徒の核を洞察する時の指標の1つとして活用しているようです。この「改訂版」のタキソノミーの最上層には「評価」とありますが、これはスコア評価ではないのです。生徒のなんらかの能力(才能でもよいし資質能力でもいいし技術でもよいし言語能力でもなんでも表現はよいのですが)を引き出すエンパワーメントする学びの状況のことを意味します。

★中高の保健体育の教科書にマズローの五段階欲求説があります。最上層は「自己実現」です。実はマズローも禅の文化も意識していました。ですから、この自己実現は、仏教用語でいう「上品、中品、下品」の「上品」に相当する可能性があります。マズロー自身は、第6層目があるのではないかと想っていたと言われます。とはいえ、まさか「悟り」とは心理学的に表現することはできなかったでしょう。

★最近、WHO健康概念で、身体、メンタル、社会性の3つの健康以外に、「スピリッチャリティ」というマルクス・ガブリエルの言う「精神」が追加されました。この「精神」はマインドとは意味が少し違い、ドイツ人や日本人が大切してきた精神性に近いとガブリエルは京都に立ち寄ったときに言っています。

★日本の私立学校は、明治以来紆余曲折していますが、日本的なるものと世界的なるものを融合させた建学の精神を核にしてきました。もちろん融合の配合は各私学によって違うというのは先述した通りです。

★渋田先生のライフプロフィールは知りませんが、フェリスの国語の入試問題を分析し「核」を洞察するときの眼差しは、この建学の精神を生み出した私学人たちの眼差しと交差しています。

★信頼できる中学受験塾と建学の精神を基に不易流行という「核」を生み出し続ける私立学校の中学入試がケミストリーを起こす時代。本質を選び選ばれる時代がやってきたのだと。ようやく来たのだと。2025年度中学入試に向けてこのような視角から中学入試をウォッチングしていこうと善きヒントをいただきました。

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2024年2月19日 (月)

22世紀型教育準備へ(09)フェリスを注目する時代の眼差し

★ここにきて、昨年12月12日に書いた「2024年中学入試(14)フェリスの国語と教養科 shuTOMO12月号の記事保存版」という記事にアクセスが集中しています。shuTOMO12月号の「フェリス女学院中学校・高等学校 この授業・この先生 文学を通して多様な思想や文化を知り、『世界の一員』という視点を持ってほしいですね。フェリス女学院 国語科 教養科 近藤華子先生」という記事について感想を書いたものです。執筆者は渋田隆之さんです。首都模試センター・中学受験サポーターで、神奈川の大手塾で中学受験セクションを立ち上げたり、国語専門塾を経営したり、教育コンサルタントなどで活躍したり、書籍や雑誌などで影響力を持っています。

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★近藤先生のリベラルアーツをベースにしたプログラムが探究の授業だけではなく、国語の授業にダイレクトに反映していることについて書いたと思うのですが、このことに注目している時代の眼差しがあるのだなあと少し元気づけられました。

★また渋田さんのように、そのようなフェリスのリベラルアーツベースの言語能力育成のメカニズムが、学校の顔である入試問題に反映していることを鋭く見抜く洞察力を持っている方の存在に中学入試の世界に希望をもてたわけです。

★中学受験や中学入試は、まずは合格を目指します。その集中力はとても大事です。しかし、その集中力は入試問題の向こうにあるその学校のキャリア教育に結び付いた学びまで見通し、さらにその向こうに自分の生き様の像を映し出せるほどであるとよいですね。

★近藤先生及び渋田さんのような理想を現実にする学びのデザインや洞察力。中学受験のブームが終わったとメディアは最近言っているそうですが、中学受験のブームのために私立学校はあるのではないのです。

★生徒の人間としての生き様を生み出す教育の環境やシステム、仕掛けなどに取り組む私立学校の教師の営みに終わりはありません。それには渋田さんのような文学的なあるいは哲学的なプロデュースの眼差しが大いに頼りになるでしょう。

★22世紀型教育だって、不易流行に変わりはないのです。このようなフェリスの不易の部分こそが、もっと大事になるでしょう。

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2024年2月18日 (日)

22世紀型教育準備へ(08)かえつ有明 人的資本広報活動 教育の魅力は教師の魅力

★昨日17日(土)夕刻、かえつ有明中・高等学校の広報主任内山誠至先生から、2月1日~2月3日に実施した中学入試報告資料が教育関係者に配信されました。同資料はA~Eの内容になっています。それにしても、短期間にこの膨大な資料をまとめるには、教職員一丸となって制作したことが伝わってきます。

A 2024年度中学入試レポート 

B 2024年度中学入試統計表(出願者、受験者、合格者数) 

C 2024年度中学入試データ(平均点、合格最低点) 

D 2月1日午前入試および午後入試(+2月3日午後AL思考力入試)における教科ごとのまとめ 

E 2月1日午前入試および午後入試の問題データ(国語、算数、社会、理科)

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★A~Cは、入試の詳細なデータ。ふだんからのデータサイエンススキルの面目躍如です。

★DとBはすべての各教科及び思考力入試の問題の傾向分析、生徒の反応分析、来年度の指導のポイントがきっちりまとめられています。

★教育関係者や塾関係者は、これをさっと眺めるだけでも、同校の教育の魅力を支えている教師の人的資本の豊かさを感じるはずです。もちろん、このような入試が終わるや報告書をまとめる体制がここ何年も続いているわけで、教師の研修の内製化の一環でもあり、教師の魅力がアップデートされていくことは想像に難くありません。

★かえつ有明の人気が継続し、それとともに難しくなっていくのですが、それには、このような教師の人的資本を輝かせるシステムができていて、このような教師の魅力を内山先生は広報活動の一環として伝えているのです。

★ファンが増えるのも当然です。この人的資本広報活動は、私学の22世紀型教育の準備につながっていきます。

★とにもかくにも、学校の魅力は教師の魅力、教師の魅力は学校の魅力です。シンプルで最強です。

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2024年2月11日 (日)

2025年変化する中学入試(28)ザ・成城学園に期待

★2月6日、小澤征爾さんが逝去されました。そのことについて、成城学園のサイトでもご冥福をお祈りするコメントが掲載されています。成城学園の卒業生であると同時に、当時子供のための音楽教室が桐朋女子に移管されていて、反田恭平さんなどを輩出している桐朋女子高校音楽科設立のタイミングで高校から今の桐朋学園大学音楽学校に進んだということです。そして、貨物船に乗船し、スクーターを持参して渡欧したわけです。そこからは、もう破竹の勢いで、世界の小澤になっていくのは周知の事実ですね。

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★当時は、まだ1ドル360円の固定相場制の時代です。今のように海外にだれでもが行ける時代ではありませんでした。私の叔父が小澤征爾さんと同世代で、今の芸大ではなく、まだ東京音楽学校のころそこで学び、どうやってイタリアに行ったのかわかりませんが、モナコというテノール歌手に弟子入りしていました。花は開かなかったのですが、イタリア国籍を取得して、当時留学事情は、今のように完備していなかったので、芸大の留学生はイタリアでパスポートやビザなどの関係で困ったら(当時の治安はよろしくなかった)、ローマの本間を頼りにせよといわれていたと、あとで叔父にお世話になったという建築デザイナーに聞きました。

★叔父はときどき帰国し、小学生1年ころ私にピアノを手ほどきしてくれました。残念ながら私はピアノはまったくダメで、すぐにやめてしまいました。ただ、その叔父のことや中学生になったときに知ることになる小澤征爾さんの今でいうグローバルなアクションは、今でも私のロールモデルの1つです。とはいえ、海外に飛び出すことはなかったし、こうして静かに生きているわけです。

★ただ、叔父に憧れて、高校は叔父の母校に進みました。母校は自由気ままな教育が行われていたし、下宿をしていたので、同じ下宿の先輩後輩とよく議論をしていました。大学は東京だったので、カトリックの寮で3年間過ごしました。愛光、静岡聖光、ヴィアトール洛星、六甲などのカトリック学校出身の寮生が多かったですね。先輩を頼って公立出身の私が混じっていたのは、異例だったかもしれません。

★しかし、自由な校風で高校生活を送っていたので、寮生活はすぐになじめハッピーだったし、いろいろな中高の教育があるものだとそのときに大いに刺激をうけました。

★それぞれの寮生が通う大学の授業もひょうこひょうとついていき、講義を聞いたり、そこの教授と話をしたり、牧歌的な時代でした。そんなとき、成城大学の先輩もいて、クラシックの話をよく聞いたものです。マーラーの2番復活は小澤征爾さんのLPレコードで聴いたと記憶しています。

★大江健三郎さんがノーベル賞を受賞した時、私の居住地が大江さんの自宅までバスを使えば1時間かからないので、なぜか拝みに行きました。ただ単に大江健三郎さんの若い時の私学論と自分のお子さんを私立学校に通わせてからの私学論がシフトしていたので、気になっていただけなのですが。そのときに、成城学園のあたりも歩きながら、なんともいえない学園都市の空間に魅了されたものです。

★その後島根県で小泉凡さんと出会うこともあり、成城学園出身だという話で盛り上がったりしたました。そのとき、凡さんが大江さんに今のノーベル文学賞受賞者のラインナップをみていくと、小泉八雲の時代が来ましたよと声をかけられたという話を聴いて、小澤、寮時代、大江、小泉という成城学園にかかわる何かを感じていました。

★そして、キーンツハイムにあるアルザス成城に立ち寄る機会があったり、アルザス成城が活用していた元修道院の場所を活用していろいろな教育プログラムを企画する仕事をしたりして、成城学園への憧れみたいなモデルが私の中にできたような気がします。今後のアルザスと日本の教育についてヒアリングに羽田孜元首相のところまででかけていったりもしたほどでした。

★また、お世話になった東京私立中学高等学校の副会長だった實吉先生が、よく「ゆるやかな理念共同体として私学論」を語ってくれたとき、江原素六や福沢諭吉、新渡戸稲造、内村鑑三、石川角次郎を≪私学の系譜≫のルーツとして論じるのはもちろんいいが、本間さんは公立出身だろう、私立と公立の融合点を探れる澤柳政太郎を忘れているんじゃないか、もっと勉強したほうがよいよとアドバイスをくれたときがありました。

★實吉先生は麻布出身なので、麻布の創設者江原素六を大切にしていましたが、私学と官学の現状で一線を画する時と未来を考える時では、区別していて、柔軟な視野を広げていました。

★澤柳政太郎と言えば、成城学園の創設者です。21世紀型教育でPBLをデザインしていく時、たしかにそのルーツである成城学園に学ぶことは必須でした。ただ、そのときは、まだ私は、ハワード・ガードナー教授とシーモア・パパート教授に影響を受けていたということもあります。またローティを通してデューイの重要性を知ってはいたのですが、ローティーの哲学をじっくり探究する時間がなくて、なにより難しくて、デューイは後回しになってしまいました。

★ところが、思考コードを制作している途中で、成城学園の青柳先生と対話の機会を頂けるようになり、高校に勤務するようになってから、さらに直接お話しできる機会を得ることができ、成城学園が近くなってきました。そして澤柳政太郎の文化遺伝子に直接触れる経験が持てたし、ダイレクトにデューイの本を読めばよいと気づくやそこからは、成城学園が、「ザ・成城学園」であるという認識が確立していったわけです。境新一教授のゼミの学生とも親交があり、ますます「ザ・成城学園」だなと。

★なぜ澤柳政太郎なのか。最近業界人や異業種のリーダーから2045年以降の学校の姿を具体的に問われることがあるのですが、そのときのロールモデルは「ザ・成城学園」ではないかと思っているからです。

★今年の中学入試の出願数では、昨年爆増でしたから、隔年現象でしたが、定員確保には全く影響がないわけですが、ただ帰国生入試の出願数が増えているのです。これは今年の帰国生入試は減少傾向で、2月1日以降の国際生入試が増加傾向という、外国語を学んでいる受験生の新たな胎動が生まれている中、逆に帰国生入試で人数が増えているのというは、「ザ・成城学園」のなんらかの魅力が海外に知れ渡り始めたということでしょう。

★「ザ・成城学園」。成城学園という一つの私立学校というだけではなく、私立学校全体そして教育全体、そして成城学園という都市と大学と初等中等教育学校、幼児教育という関係性の新しい世界都市モデルという意味で、今後の期待がかかります。

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2024年2月10日 (土)

2025年変化する中学入試(27)学びの規制緩和 だから建学の精神が注目される!

★いよいよ学びの規制緩和が始まった。こども基本法の実現のために、いろいろな局面で規制があった子供たちの学びの機会を解放する動き!です。大いに歓迎すべきであるけれど、スーパーリバタリアンになるのは混とんを招きかねない。そこで、教育においては法実証主義的なリーガルスキルではなく、自然法論的なリーガルマインドが求めらられる時代になります。法実証主義だと、規制しすぎる場合もあるし、法律規定がないからその領域は無法地帯になるということもあります。

★自然法論だと、あくまで教育の領域の話ですが、憲法や教育基本法、こども基本法など価値観を生徒1人ひとりが内面の基準として社会が幸せになるための自己活動が行われます。でも、理想的過ぎます。そこで、私学ならではの建学の精神です。入学時に、この魂を尊重するという契約を交わして入るわけで、ルソー的な社会契約観なのです。私学はもともと啓蒙主義的価値観ですから。

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★学びの規制緩和の動きとは何かというと、

①経済的制約からの解放

②偏差値基準からの解放

➂学びの規制からの解放

★ということでしょうか。①は、高校での所得制限を撤廃して実質無償化の方向に進むということが1つそうです。②は、渋谷区の小中学校のように、従来の教科授業は午前だけで、午後はみな探究にするといった政策や、高校の36単位は柔軟に対応できるとか、特例校はカリキュラムをかなり自由にできるということなどでしょう。従来の授業は、その背景にどうしても偏差値基準で評価してしまう暗黙の規制の存在が実態でしたから。➂は、海外からの学校が参入してきたり、外国籍の生徒が留学してきたりして、従来の学びのルーチンを解放していくということなどが例です。対話やディスカッションが学びのメインになってくる。実はこれは基本的人権の土台です。

★今年の中学入試も、帰国生入試と国際生入試の区別がきっちりすることで、国際生入試の機会が増えました。英語が得意な生徒に中学入試の受験の機会を増やしたという学びの解放がありました。また適性検査型や思考力入試などの受験生が増えたということは、偏差値で測れない新しい学力観が受験市場で支持を得てきたということで、偏差値基準からの解放という動きがでてきています。

★このような動きに対し、反動的な動きもあるし、従来の学力観から心配する声もあります。

★しかし、社会は変動します。変動を良い方向に持っていくには、ポジティブに建学の精神のような自然法論的なルールと倫理を実践しながら、知識から智慧へ、ハードパワーからソフトパワーへという動きに挑戦せざるを得ないでしょう。

★大事なことは、解放の行方をモニタリングするリフレクションのシステムです。政治的権力や学問的あるいは教育的権威に頼るだけではなく、こども基本法などにのっとり、生徒自身が教育政策をモニタリングするシステムを創ることですね。

★今の子どもたちは22世紀を自分たちの手で創らねばなりません。来年昭和100年です。社会が変わることに心配している人は、だれのために心配しているのかを自己モニタリングしたほうがよいでしょう。

★また、そのような心配をされている方は、自分自身が西田幾多郎のように考え抜いたか、戸坂潤のように権力に抵抗したか、田辺元のように新しい発想を持ち込めたか、田中美知太郎のように、良き社会の基盤を考え抜いたか、自問自答してみてください。もしそうでなければ、彼ら以上に考え行動しているに現代の西田幾多郎である落合陽一氏、現代の戸坂潤である斉藤幸平氏、現代の田辺元である古賀真輝氏、現代の田中美知太郎である納富信留氏のような若き俊英のみなさんの考え方をリスペクトしてください。

★彼らは、今の動きを促進しつつもきちんとモニタリングして、22世紀の社会を開こうとしているのです。もはや図のような方向性に向かうことをとめられはしないのです。もしとめようとすると、それは破壊行為になるでしょう。平和か破壊か?もう選ぶ方向性は平和ですよね。しかし、この覚悟は並大抵ではありません。実際破壊的行為を暴走させている現在の国々があるからです。私たちは、どちらの道を歩みますかということです。

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2025年変化する中学入試(26)日駒 総出願数 前年を上回る そのインパクト

★日本工業大学駒場中学(以降「日駒」)の総出願数の前年対比は、116.7%。前々年対比は、187.2%(首都圏模試センター2024年2月7日現在)。昨日毎日新聞のインタビューで回答していた首都圏模試センター取締役・教育研究所長北一成氏によると、首都圏中学受験者数は、推定5万2400人で、昨年より200人減少という超微減だったようです。そんな中、日駒受験生増える一方です。

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(同校図書館にはいるとこのサークルソファーがドーンっとあります)

昨年、日駒を訪れたとき、約束の時間より早く着いてしまったのですが、受け付けからすぐに入れる図書館で待たせて頂く機会を得ました。すると、中学生のみんなが、手に手に好きな本をとって、大きなサークルソファーの中心に向かってみんなでうつぶせになってゆったりとした状態で、語り合いながら本を読んでいました。

★心理的安全を象徴するようなサークルソファーで、遊びと学びが融合したその象徴的姿に微笑ましくなり、ついこの学校の魅力はどんなところと尋ねると、毎日楽しくてしょうがないと即答でした。

★校舎のデザインもOBが設計したというのですが、外界と接合している自然とキャンパスと生徒の息吹が一体となり、雪の日などは、ワビサビを感じつつも、自然の厳しさを感じることができる共生や共存の本来的な意味の気づきをアフォーダンスする計算になるほどすばらしいと感じざるを得ませんでした。

★新井先生の美術の授業を拝見しに行ったのですが、アートこそ探究そのものだし、文化や歴史の背景を日常につなげる世界性があるなあと感じ入ったのです。

★駒東や世田谷学園の美術の先生とも語り合いながら、深いアートの魂の現実態へ実践と制作の授業の設計をしている新井先生。教科横断的素養が身につくし、学際的な探究の構えが生徒1人ひとりに身につくにはいかにしたら可能か。そんな語り合いがあるのが目に浮かびます。

★自然というバイオと社会がどうつながるか都市計画と健康の心身をそこでつくるためのメンタルエンジニアリングなどがつなるには、基本はこのアートの探究スキルとマインドが必要だなあと新井先生のお話をお聴きしながら感じ入りました。

★それに図書館を少し眺めていたら、新書を活用した探究学習が根付いていることもわかりました。

★知識の意味と身近な社会への応用と社会課題に気づいて、知識が次の新しい知識を生む過程が、言語とアートによって、それから同校の十八番のエンジニアリングが結びつけば、たしかに未来を創る生徒が輩出されるなあと。

★アートとエンジニアリングと言語、どれも表現というところ、形にするということ、つまり潜在的能力を現実を自ら創る能力に転換できる教育環境がアフォーダンスされている日駒。ワクワク毎日遊びと学びを融合させて、そしてなんといってもサークル上で寝そべって仲間と語り合える日々。受験生にとって憧れの場になるのは当然です。

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2024年2月 9日 (金)

2025年変化する中学入試(25)アートの魂:日駒、駒東、世田谷学園、女子美、富士見丘、共立、大妻、聖学院、八雲、工学院、文大杉並、和洋九段女子、三田国際、大妻中野、麻布、開成、武蔵・・・

★タイトルに挙げた学校は、たまたま私が知っているすばらしいアート活動をしている学校。私が知らないだけで、もっともっと他の学校もすばらしいアート活動を行っていると思います。ぜひ教育ジャーナリストの皆様、私立中高一貫校の美術や音楽の授業を取材して欲しいと思います。

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(結局、ハワード・ガードナーの創造性を養う多重知能に回帰するのかなあ。この本でレヴィ・ストロースを扱っている理由がなんとなくわかってきたかも)

東京私学教育研究所の実施している美術の研修を企画・運営している委員の先生方のミーティングや授業を拝見したり、学校づくり委員会のミーティングで座長梶取先生のお話を聴いたりしながら、ずっとモヤモヤしていました。確実にここにヒントがあると。

★STEAMだとかアート思考だとか、生成AIの話なども委員会の中では出てきます。それが直接研修会につながるかというと、それはそうではないですが、本来的な意味でダイナミックにつながっているというパラドクス。それをどう考えるのか、もやもや。学校づくり委員会がつくった造語「モヤモヤリフレクソロジー」が私の中で転回していたのです。

★先日も私学財団の方々と昨今の研修のテーマで必ず取り扱われる「探究と教科の接点」「ICTの授業の中で活用されると何が生まれるのか」などの話をしていて、思考を深める学びのツールの性格がエンジニアリング的だけれどアート的な話でもあるなあとモヤモヤしていたわけです。

★研究所に戻って、美術の委員会をサポートしている所員に委員会で行っている研修会の意図を聴きながら、教科横断的要素もあるし、エンジニアリングと違うアート的技術が明快であるなあと思いつつ。。。

★しかし、タイトルに挙げた学校の美術や音楽、工芸、エンジニアリングに共通するコンセプトX(いまだに未知なのでXとしておきます)があることだけはおぼろげながらみえてきたような。

★美術の委員会の研修は、すでに行った鎌倉彫体験や今度行うクロッキー体験です。どちらも学校現場で活用できると同時に理論的な視点も語り合うわけですね。

★ワークショップがどーんとありますから。

★素材→媒介→形になるプロセスがはいっている。あっ、これは、アリストテレスじゃんと。ここでまたアリストテレス。私のプロジェクトベースのプログラムは、ブリコラージュからエンジニアリングや編集に移行していくので、質料と形相、可能態と現実態の四肢的構造で組み立てていくのですが、素材=質料、形=形相、可能態から現実態に転回するのが媒介と置き換えるとアリストテレスだし、その媒介が最初はブリコラージュで徐々に構造化されエンジニアリング、アリストテレス的にはテクネーですよね。

★「アリストテレス×レヴィ・ストロース」モデルで、コンセプトXはみえてくるかなと。そんなことを考えながらググってみたら、アーティスト村山吾郎さんのブログに行き着きました。「制作哲学のために──ポイエーシス、ブリコラージュ、蛋白質」がそれです。STEAMそのものだなと。

★よく美術でコラージュを行います。意味が違うので、今まで結びつかなかったのですが、ブリコラージュと共通点がある。それはポイエーシスでありプラクシス。コンセプトXはそこらへんを統合するテオリア(考え方)のことだったのかと。ではそのテオリアとは?コンセプトXの領域がわかっただけで、何も内容はわかっていません。

★各私立中高のアートのポイエーシスとプラクシスの現場のリサーチ体験を積む以外にそこはみえてこないかもしれません。

★ああ、そうそう、数学的思考とは社会課題に結びつけるポイエーシスだとおもっていたけれど、どうやらテオリアとブリコラージュとエンジニアリングをモデル化して違いを明快にするプラクシスの考え方なんだということに今気づきました。

★「主体的・対話的で深い学び」を追究するのであれば、文科省と経産省のみなさん、アートに助成金いっぱい出してください。そういえば、フィンランドの教育は音楽教育にはものすごい支援していますよね。がんばってください、省庁のみなさん。ここに日本の新しい起死回生世界構想が誕生すると思います。

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