創造的才能

2023年1月28日 (土)

第113回GWE 星の杜 チェンジメーカーが生まれる教育環境デザイン

第113回GWEは、2023年から共学化、校名変更、特異点ともいうべき新しい教育カリキュラム及びプログラムを実施するという先進的な教育改革を果たす星の杜中学校高等学校(以降「星の杜」)の校長石塚千恵先生が出演されました。Zoomの背景が星の杜を包み込む美しい豊かな自然を写した写真でした。GWEを主宰する鈴木さんが、その美しい光景について尋ねると、1995年の1月17日に起こった阪神・淡路大震災のことに想いを馳せ学校全体で祈りをささげるその日に撮った写真ということでした。石塚先生は、星の杜の教育環境デザインの真髄をさりげなく語るところから始めたのです。

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(GLICC Weekly EDU 第113回「星の杜中学校高等学校~未来を変える星」)

★昨年グリーンスクール(インドネシアにある今世界が注目している学校です)に研修に行った中3生のポテンシャルの大きさやそのポテンシャルを顕在化するパワーに、生徒は自分たちが思っている以上に才能が豊かだというのを改めて知ったというストーリーは、4月からスタートする星の杜の改革が成功する予告編さながらでした。

★4月からPBLやデザイン思考が繰り広げられるということですが、すでに今の在校生が、それを主体的に広げ深めているわけです。

★改革をする学校の先生方のお話は、一般に改革スタート後、どのようなコースにするのか、そこでどんな授業が展開するのか、どんなグローバルでイノベーティブなプログラムを用意しているのかという未来の話が多いわけです。

★なぜなら、まだ実施していないから具体的な生徒の様子は今の段階では話せないのでということなのでしょう。

★ところが、石塚先生の話は、いまここですでにプレ改革がラディカルに実施されているという話です。4月からの星の杜は、このような生徒の活動がもっと深まっていくという期待が高まります。

★それにしても石塚先生の確信を持ったトークには感動です。たとえば、「ふつうの授業をやっていては、まったくみえていない生徒の未来の世界がある」とか「私がもっているものだけを提供していては、生徒の未来をサポートできない」というまさに核心を言い当てる確信を石塚先生はお持ちであることが伝わってきました。その気概が革新的な教育を導いているのだということでしょう。

★その革新的な教育をいかにプロデュースされているのか、多くの外部ディレクターと学内の先生方と生徒のみんさんが見事にコラボレーションされている状況があることも了解できます。これは、これまでの学校ではなかなかうまくできなかった組織デザインです。

★東京の私立中高一貫校は、相対的に先見性・先進性が特徴的で革新的なのですが、星の杜程先進的・革新的かといえば、それはなかなか難しいわけです。

★宇都宮に星の杜という教育の特異点が出現したというイメージを抱きました。具体的なお話は、ぜひご視聴ください。星の杜の先進的で革新的な教育モデルは、東京の私立中高一貫校選択の際に明快な基準になると思います。

 

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2023年1月27日 (金)

「主体的」を考えるヒントの1つか? ジルベール・シモンドンの新装版

★ここ数日、勤務校の通信制高校の先生方と対話していて、自分がカバーしてこなかった重要な視点を頂きました。最近接領域と合理的配慮はサポートのあり方として似ているけれど、合理的配慮は相互理解ではなく相互作用なのだと。勤務校の全日の面倒見がいいというあり方には、最近接領域を超える合理的配慮もあったにもかかわらず、それをも最近接発達領域として理解している自分がいたわけです。

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「個体化の哲学〈新装版〉: 形相と情報の概念を手がかりに (叢書・ウニベルシタス 1083)  2023/1/25」ジルベール・シモンドン (著), 藤井 千佳世 (監修, 編集), 近藤 和敬 (翻訳), その他 

★しかも、合理的配慮(翻訳があまりピンとこないのですが)は、教育用語ではなく、差別撤廃のための新しいコミュニケーションのあり方で、すでに国連が採択し、日本も批准していたわけです。法律にもなっていて、新たな権利を支える国民の責務でもあるわけです。

★勤務校の通信制高校の先生方は、合理的配慮をフッサールの哲学をベースに捉え直していますが、さらにメルロ・ポンティの発想もとり入れている先生もいて、深いのです。とはいえ、日常の学園生活で、哲学用語を使って教育を行っているわけではないのです。

★理念や理想としての合理的配慮ではなく、いまここでナチュラルに生成される合理的配慮なのです。

★そんなわけで、いろいろ調べていくと、メルロ・ポンティにも学んだフランスの哲学者ジルベール・シモンドンの著作に出会いました。

★改装版として、1月25日に出版されたばかりです。ネットを調べていると個体の捉え方を、原子論的実在論でもなく、質料形相論でもない新しい捉え方だとかいうわけです。シンギュラリティやアラグマティックなどという考え方と個性化作用がかかわっていると言われたりしています。

★読んでみないとわかりませんが、何せ分厚いし、kindle版がでていないので、字が小さくて困ります。

★ドゥルーズやガタリに影響を与えているのですから、物象化ではなく、関係性の話だろうとは思いますが、その生成過程に挑んでいるのでしょうから、知りたいという意欲がでてきたわけです。

★ふだん「主体的」とか「対話的」とか簡単に使っていますが、「合理的配慮」をめぐり、もっと多角的だし複雑系だし多次元な領域がそれぞれの背景には広がっています。

★勤務校の通信制の教師の実践を理解するには、先生方の身体図式を理解する必要があります。全日制にも困っている生徒はいます。そこを媒介にすると、通信制も全日制も連続することが明確にわかるはずです。

★今は、制度上境界線があります。その境界線を越えたとき、その制度そのものが壊れます。

★新しい教育改革。しかも意図せずナチュラルに変化が生まれてくるシンギュラリティが生まれてくるかもしれません。

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2023年1月 2日 (月)

ドネラ・プロジェクト(27)ウサギアヒル 未来思考のC‐Question

★2023年はウサギ年。干支がウサギですから、除夜の鐘がなるや、低迷した政治経済、そして生活世界が飛躍すること・転換することが願われていますね。次の図は、ウィトゲンシュタインが「哲学探究」で、心理学者ジャストローの図版から引用したウサギアヒルを書き写したものです(もとはなめらかな曲線なんですが、書き写したので、ぶれています 汗)。ものの見方・考え方・感じ方を変えることについてウィトゲンシュタインが考察する契機とした幾つかの図版を使っているのですが、ウサギ年の2023年には、こちらがよいかと。

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★未来思考や主体的関係性を生み出す体験のうちの1つC-Question体験として年始にはなかなかよい問題かと。新学習指導要領で「探究」が騒がれていますが、このトリックアートを使っているウィトゲンシュタインの「哲学探究」を読むのもいいかもしれませんね。もちろん、哲学ではなくて、「錯視」を扱う心理学に興味を持つのもよいですね。

★しかし、未来思考や主体的関係性は、要するにものの見方・考え方・感じ方を多角的に多義的に考察する場であり、そこから主体的関係性がその関係性を持続可能にするwell-beingな状況を創るアクションを起こせるとよいわけです。

★このウサギアヒルは、この図にこだわるのではなく、森を歩いていても、渋谷を歩いていても、共に体験する者どうしが語り合うと、ものの見方・考え方・感じ方が違うという日常経験を言語化・記号化・象徴化・・・なんでもよいのですが、ハッと気づかせてくれるCross Boundaryな問題だし、Critical Thinkingを刺激する問題だし、Criativityを開放する問題です。思考コードでいう、C軸問題です。

★このようなC-Questionは世の中には山ほどあります。それを集積し、あるいは新たに創り、未来思考×主体的関係性WSをやろうと今年は仲間とプロジェクトをつくりはじめています。

★このウサギアヒルから、子どもたちは、うさぎとかめのイソップ童話を連想するかもしれません。こどもたちは、STEAM体験も並行して体験していきますから、そもそもなぜウサギカメなのかと。ウサギアヒルと同様にものの見方・考え方・感じ方に変化が起こります。ウィトゲンシュタインにならってアスペクトの変化(アスペクトトランスフォーメンションだとしてATと呼びましょう)が起こります。

★いろいろな角度から考えるわけです。文化人類学的記号論的に考えれば、イソップ物語の世界中への伝播の痕跡を巡る壮大な旅に想いを馳せるかもしれません。その前に、日本文化に根づく資料がありますから、それをたどってみるのもよいかもしれませんね。

★あるいは、うさぎとかめのアルゴリズムについて考察するかもしれません。すでにプログラミングの世界にはあるわけですから、そこから自分もやってみてもよいかもしれません。テクノロジーやエンジニアリングの前に、それは数学だとなってもおもしろいかもしれません。中学受験では速さの交差問題でもよく出題されています。

★あるいは、その速度の違いが、生存年数の違いに結びつくと気づくかもしれません。ネットで調べると、すでにカメが長生きすることを研究しているバイオロジー世界が広がっています。AIによる計算はすごいですね。

★当然遺伝子というかゲノムの解析ですから、分子や原子や陽子や電子などなどの話になるわけですが、もし数学的発想が発動すれば、つまり分解と統合と変形という思考が発動すれば、あらゆるものは分解でき統合できるのではないかと。

★ただ、それにはエネルギーが関係しています。そして、そのエネルギーが、気候変動に関連するような話に飛ぶし、そのエネルギー源の1つ光合成の解析もしたくなるでしょう。

★もっとも、そういう先行研究はすでにあります。とはいえこれらの先行研究はまだまだ成功はしていません。みんなで研究したいものです。

★しかし、いずれにしてもこうして眺めていくと、世界はすでに未来をよくしようとして進む未来思考が作動し、そこからうまれた発想を協働して主体的関係性を作りながら、進めているということが見えてきます。

★でも、まだまだみながそのことに気づいているわけではないのです。新しいものというより、すでに生まれている、いや人類とは誕生以来、未来思考と主体的関係性を作ってきたからこれだけサバイブしてきたし、それを一握りの人間だけが稼働させていたから、持続可能を破壊するような事態が起きてもいるわけです。

★ルソーのいう自然状態は仮説的論理の問題ではなく、実存的問題としてすでにあったし、今もあるわけです。ただ、それを阻害する実利的問題がやはりあるのですね。ルソーが人間不平等起源論で示したC-Question「鹿狩りの寓話」にまたまた戻ってしまいます。

★C-Questionは始まりであり終わりでもあるのかもしれません。興味と関心から始まる探究とかPBLとか未来思考。1人ひとりがC-Questionの響きを奏でるアートなのかもしれません。

★そうそう、「鹿狩りの寓話」にはうさぎが登場します。ウサギシカ問題だったわけですね。。。まったく世界は不思議の国のアリスです。

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2022年12月30日 (金)

ドネラ・プロジェクト(24)教育における未来のトレンドハンティング ディビッド・クリスチャンの未来思考

★ディビッド・クリスチャンの新邦訳本<「未来」とは何か:1秒先から宇宙の終わりまでを見通すビッグ・クエスチョン>( NewsPicksパブリッシング 2022/12/21デイビッド・クリスチャン著, 水谷 淳・ 鍛原多惠子 翻訳)の10章あるうち2つの章を読みました。非真面目な読書をする私ですから、目次と注を先に読んで、最終章である10章「遠い未来ーさらに先に」から読みました。驚きました。コンサルティング会社の未来学者ではなく、オーストラリアのマッコーリー大学教授で、同大学のビッグヒストリー研究所所長が数十億年先の宇宙がどうなっているかから宇宙船地球号の話をするのですから。とはいえ、ビル・ゲイツとともに「ビッグヒストリー・プロジェクト」を立ち上げるくらいですからそのぐらいは当然なのかもしれません。

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★そして、もう一つ驚いたのは、「第8章近未来ーこの先100年」を読んだ時のことです。数十億年先の未来のトレンドハンティングを行いながら、21世紀現在から22世紀初頭にかけての近未来をどう読むのか?と興味と関心が湧いてきたので、読んだのです。

★すると、なんと、そこには宇宙船地球号をめぐるドネラ・プロジェクトそのものの着想が書いてあるではないですか。

★リソースは、私とは確かに違います。私はルソーという啓蒙思想家をドネラ・プロジェクトで未来のトレンドハンティングを行う時のコンセプトレンズの1つにしています。ディビッド・クリスチャンは、一世代若いコンドルセをリソースにしています。

★カントやマルサス、アダム・スミスは共通しています。「成長の限界」は共通していますが、ドネラ・メドウズを引用することはありません。SDGsは共通しています。

★どうやらリソースの違いはあるけれど、近未来に関するシナリオプランニングは私の考えと親和性があるということがわかりました。

★それにしても、黄金律が世界共通のルールとして重要になってくるという指摘も私と共通しているのは、ちょっと勇気をもらいました。

★来年4月からは、ドネラ・プロジェクトを少しずつコミュティ化していこうと思っていました。また荒唐無稽なといわれそうな気がして、少しだけ迷いもあったのですが、完全に吹っ切れました!♪

★21世紀型教育のエントロピー増大後、22世紀型教育が誕生するという最近の主張も、ディビッド・クリスチャン教授の未来のトレンドハントに重なるシナリオプランニングでもあります。

★それにしても、歴史観が壮大過ぎて、驚嘆です。しかも未来思考というのは関係性の時間を分析することによって未来トレンドハンティングを行うことだなんて!!面白すぎます。主体的関係性の構築が21世紀だと言い続けている私としてはこれもまた驚きだったのです。

★たしかに、Z世代やα世代には、このような意味での未来思考力が大事であることは間違いないでしょう。

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2022年12月27日 (火)

ドネラ・プロジェクト(23)価値自由と脱構造的コミュニケーションの狭間で果敢に活動している教育者たち

★昨夜、久しぶりに対面で、友人と対話をしました。極めて重要な教育活動をしている教育者というか教育コンサルタントです。友人の行っていることは複数の学校によって承認されているし、新しい大学入試を活用する人生を開いていくトランジションキャリアデザインの組み立てもしっかりしています。

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★しかしながら、価値自由な社会にあって、その価値が理論に先行するという実存主義的世間的広がり、それゆえ本来的なコトをああだこうだいう文化を受け付けない20世紀型社会の頑固な壁にぶちあたっていました。

★価値自由ですから、しかもその価値が「善」であれば、そこに構成主義的、あるいは関係主義的理屈はウザイわけです。

★経験主義は重要ですが、実際にはその背景に、理屈を見出す、あるいは普遍的なものも見出すという態度が必要だとするのが21世紀型教育ですが、善なる体験をすればそれでよいのだという傾向としての経験主義は、善なるがゆえに悪に転化する関係性を見えなくする場合があります。

★ウザイとかキモイという言葉は、ディスカッションを停止させ、モニタリングやリフレクションを排除してしまいます。善か否かだけの単純な判断を要求します。関係主義とは、多角的で、当事者では気づかない他の関係性をリサーチする手立てでもあります。いわゆる適正手続きの場でもあります。

★今の政権もそうですが、この適正手続きはウザイとかキモイという話になっていしまいますね。

★学校現場でも、道徳の話のときに、コールバーグやハーバーマスを持ち込むとそういう雰囲気が流れる時があります。こういう状況を作らないのが、マネジメントの1つだと感じているわけですが、学校現場と違い、友人の場は不特定多数のネットワークです。価値自由の波の中に漕ぎ出でています。

★21時に、お店がそろそろ閉店ですと。あっという間の3時間でしたが、来年もよろしくと別れた後、道々やはりコミュニケーションの思考コードが必要だなと考えていました。そしてふと、ハーバーマスは今どうしているのだろうと。アマゾンで調べたら、こんな書籍が今年出版されていました。

「批判的社会理論の今日的可能性」晃洋書房 2022/6/20

《編者》
永井 彰 (東北大学大学院文学研究科教授)
日暮 雅夫(立命館大学産業社会学部教授)
舟場 保之(大阪大学大学院人文学研究科教授)

《執筆者》
田畑 真一(北海道教育大学旭川校准教授)
久高 將晃(琉球大学人文社会学部教授)
小山 裕(東洋大学社会学部准教授)
箭内 任(尚絅学院大学総合人間科学系人文部門教授)
藤井 佳世(横浜国立大学教育学部教授)
小山 花子(盛岡大学文学部教授)
宮本 真也(明治大学情報コミュニケーション学部教授)
水上 英徳(松山大学人文学部教授) 

★ハーバーマスは90歳を過ぎても未だ健在だったのです。この本のおもしろいのは、ハーバーマスの次の世代のホネットについても論考しているところですね。アドルノなどフランクフルト学派の第1世代を批判的継承をしている第2世代のハーバーマスの両者をさらに批判的に継承している第3世代がホネットなのでしょう。第1世代は、ヘーゲル、マルクス、フロイトの統合理論が中心だったせいもあり、現代日本ではフランクフルト学派はどうなのかと。ハーバーマスは、広く多様な現代哲学を検証しながらインテグレートしているので、割と受け入れられてきましたが、それでも、同書の執筆者を見れば、社会科学の主流かどうかはわかりません。しかし、東大を中心とするとその周縁にこそ、未来を拓くカギがありそうですね。

★いずれにしても、主体つまり主観をどうとらえるかはフランクフルト学派でも重要な研究対象です。教育の世界でもっと論じられてもよさそうですが、さてはて。

★おそらく、表立っては論じられないでしょうが、文科省の中では、参考にされているはずです。ディスカッションなどの討議的な判断力育成について語られることもありますが、これはハーバーマスを無視して語れない領域でもありますから。

★しかし、ハーバーマスを持ち出して教育現場で議論をするのは、まず無理でしょう。

★フッサールならまだ一部の大学や教育現場でベースにして生徒理解の方法を考案し、実践しているところもありますが、これとて普通高校では無理ですね。それが日本の教育の現状です。

★こういうことを語ること自体、現場ではウザイしキモイのです。

★では、絶望的なのか?いやドネラ・メドウズなら大丈夫だと思います。実際その継承者ピーター・センゲやそのネットワークの知識人的活動家は人気です。

★ただし、彼らの理屈をいうとウザイとかキモイとなるわけです。したがって、その理論を語るのではなく、感じてもらい、共感してもらい、自然と使いたくなる、考えたくなるような体験、つまりワークショップが重要だということでしょう。

★しかし、これこそが21世紀型主体性の考え方を物語っている可能性があるわけです。

★2023年は、ここが大きなヒントかなと道々寒さを忘れて歩いて帰りました。

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2022年12月25日 (日)

2023中学入試の役割 ソーシャルジャスティスを求めて(19)21世紀型教育を実施している私立中高一貫校 とりあえず114校

★前回、鈴木さん(GLICC代表)とGWEで対話した内容を少しお伝えしました。2023年は、首都圏の私立中高一貫校が21世紀型教育にどんどんシフトしていくダイナミズムが起こると。そして、当然21世紀型教育のそれぞれの特色が魅力となって、人気もでてくると。ある意味、21世紀型教育か20世紀型教育かの競争ではなく、21世紀型教育のそれぞれの魅力の競争ということになるのではと仮説をたてているわけです。

★具体的にどれくらい21世紀型教育にシフトしているのかというと、GWEで私が典型例として挙げた40校強と首都圏模試センターが下記の写真の冊子で紹介している90校強の学校です。114校(両者で重なてっている学校もあるため、そこは調整をしました)となりました。とりあえず、その学校を五十音順に並べてみます。

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跡見
市川
上野学園
浦和実業学園
江戸川女子
桜美林
鷗友学園女子
大妻
大妻多摩
大妻中野
大妻嵐山
海城学園
開智日本橋
かえつ有明
川村
神田女学園
関東学院六浦
北鎌倉女子学園
北豊島
共立女子
共立女子第二
京華
京華女子
啓明学園
麹町学園女子
光英VERITAS
工学院大学附属
国府台女子学院
國學院大學久我山
駒込
駒場東邦
相模女子
桜丘
サレジアン国際学園
サレジアン国際世田谷
静岡聖光学院
実践学園
品川翔英
品川女子学院
芝浦工大附属
渋谷教育学園グループ
十文字
淑徳
順天
城西大学城西
聖徳学園
湘南学園
湘南白百合
昭和学院
昭和女子大附属昭和
女子聖学院
白梅学園清修
水都国際
巣鴨
聖学院
聖光学院
成城学園
聖セシリア女子
聖ドミニコ学園
西武学園文理
聖ヨゼフ学園
成立
聖和学院
世田谷学園
専修大学松戸
洗足学園
創価
瀧野川女子学園
玉川学園
多摩大学附属聖ヶ丘
多摩大学目黒
鶴見大学附属
田園調布学園
東京家政学院
東京純心女子
東京女子学院
東京成徳
東京電機大学
桐朋女子
東洋大学京北
豊島岡女子学園
ドルトン東京学園
中村
南山女子部
二松学舎大学附属柏
日本大学第二
日本学園
日本工業大学駒場
日本大学豊山女子
八王子学園八王子
八王子実践
日出学園
広尾学園グループ
富士見丘
藤村女子
文化学園大学杉並
文京学院大学女子
宝仙理数インター
聖園女学院
三田国際学園
武蔵野東
目黒日本大学
目白研心
八雲学園
山脇学園
横須賀学院
横浜女学院
横浜翠陵
立正大付属立正
麗澤
和洋九段女子
和洋国府台女子 

★しかし、桐朋や武蔵は、入っているべきです。前回のGWEで22世紀型教育を先取りしていると位置付けた麻布や女子学院もとりあえずいれると、118校になります。まだまだ入れることができますが、これらの学校がことさら21世紀型教育や22世紀型教育を標榜しているわけではありません。114校は、あくまで首都圏模試センターのコンセプトレンズや私のコンセプトレンズで眺めたらというわけです。

★そして、首都圏模試センターや私と対話の中で、21世紀型教育を行っていると語っても違和感がほとんどないという暗黙の了解が取れている学校ということもあります。とはいえ、外から観察してその学校が21世紀型教育のカテゴリーはいるかはいらないかを判断することは、自由ですから、114校以外も見ていきたいわけです。

★なぜかというと、私立中高一貫校は、日本の教育のモデルであるし、そのモデルが21世紀型教育を行い、2030年SDGs問題や2050年ムーンショット構想問題で活躍する人間力を生み出すことは、日本にとって世界にとって重要な教育モデルになるからです。

★教育モデルができると、数学的思考が働き、世に広まっていくわけです。文科省も同じようなことを考えていますが、公立学校の現場の具体的多様な状況に配慮し、実現のシナリオを描くのは、なかなか困難なのです。やはり、自由度が相対的に高い私立学校がまず21世紀型教育モデルを作る方がはやいでしょう。

★となると、そのコンセプトレンズで眺める21世紀型教育の定義はしておかなければなりません。それで、前回のように定義というか指標をご紹介したのです。これについては、動画をご覧になっていただけると幸いです。 

★それから、私は、配信時、あとで語りますと言って時間がなかったため語れなかった、21世紀型教育の4つのタイプに対応する思考コード領域について補足しようと思います。

★首都圏模試センターと私のコンセプトレンズの共通点は、21世紀型教育はC3の領域の授業をなんらかの形で行っているという点です。

★そこは外せないわけですが、そこをコアに私はもう少し具体的に(抽象的なのですが)述べてみたいと思います。ちょうど年末年始は時間がありますから。(つづく)

 

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2022年12月23日 (金)

生徒指導提要(改訂版)公表される(2)主体的・対話的で深い学びが必要なわけ 見えないゆらぎに気づく

★今回の生徒指導提要改訂版で記述されている生徒指導と教科指導の一体化、あるいは相互補完関係づくりなどが進むことは生徒1人ひとりの成長を生み出す最強のサポートになると思います。そのとき、「主体的・対話的で深い学び」を生徒自身が主体的にできるようになる環境づくりを教師がするのは、もはや説明するまでもないでしょう。

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★提要の図にあるように、まずは生徒全員が主体的・対話的で深い学びを経験し、そこで成長の兆しがみえれば、ファシリテートしていくわけです。そのとき、しかし、成長の兆しとは反対の不安や鬱屈した気持ちや安定しない行動が目立ち始めると、逆成長につながる可能性がありますから、図にあるように課題未然防止教育を行います。

★しかし、これは必ずしも主体的・対話的で深い学びを行わなくても目に見える形なので、教師は対応できます。おそらく提要が改訂される前からこのことは行ってきたでしょう。ところが、うまくいかないことが多かったわけですね。なぜでしょう。

★それは気づいていても対応が遅れるということがあったからとされることが多いですね。ですから学校組織を隠ぺい体質からオープンに情報を共有できるようにしようという話が多かったですね。これは確かにそうなのです。とても大事なことです。

★ただ、この図の課題予防的生徒や困難課題対応的生徒は、どんなにオープンな組織にしたとしても、主体的・対話的で深い学びの環境をつくっていない環境が、実は生み出していたということが見過ごされているかもしれません。

★しかも、それは生徒が通っている学校だけの話ではなくて、世の中がずっと主体的・対話的で深い学びの環境をつくってこなかったために、大人もまたそのような生徒を生み出してしまう危険性をもってきた可能性があります。

★提要には、未然に防ぐ対応について、こう書いてあります。

課題早期発見対応では、課題の予兆行動が見られたり、問題行動のリスクが高まったりするなど、気になる一部の児童生徒を対象に、深刻な問題に発展しないように、初期の段階で諸課題を発見し、対応します。例えば、ある時期に成績が急落する、遅刻・早退・欠席が増える、身だしなみに変化が生じたりする児童生徒に対して、いじめや不登校、自殺などの深刻な事態に至らないように、早期に教育相談や家庭訪問などを行い、実態に応じて迅速に対応します。
特に、早期発見では、いじめアンケートのような質問紙に基づくスクリーニングテストや、SC やスクールソーシャルワーカー(以下「SSW」という。)を交えたスクリーニング会議によって気になる児童生徒を早期に見いだして、指導・援助につなげます。
また、早期対応では、主に、学級・ホームルーム担任が生徒指導主事等と協力して、機動的に課題解決を行う機動的連携型支援チームで対応することとなります。しかし、問題によっては、生徒指導主事や生徒指導担当、教育相談コーディネーター(教育相談担当主任等)や教育相談担当、学年主任、特別支援教育コーディネーター、養護教諭、SC、SSW 等の教職員が協働して校内連携型支援チームを編成し、組織的なチーム支援によって早期に対応することが望まれます。

★これは基本的にはそうだと思います。しかし、予兆行動の前に見えない生徒の心のゆらぎを見つけるところが、もう一つ加われば最強だと思います。それには、一方通行的な授業ではなかなか見つけることができません。

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★では、主体的・対話的で深い学びの環境を創れば見つけられるかというと、実はそうではない場合もあります。むしろ、現状の主体的・対話的で深い学びは、スタイルとしてはペアワークやディスカッション、プレゼンテーションを行っているかもしれませんが、意外と主体的に生徒は行動していなかったり、対話も誘導的だったり、深さも問題の難しさだったり、一方通行より生徒の見えないゆらぎが見える確率はあがるかもしれませんが、なかなか。。。

★生徒が主体的になり、多様で複眼的な思考をしながら対話ができたり、難しいのではなく、本質的なところに目が向くような深い学びの環境を創ることはいかにしたら可能なのでしょうか?

★実はみえないゆらぎは、そういう環境ができない場合に生まれてきます。生まれてくるというより、教師が見ることができないマスクがかかってしまっているのです。

★そのことに気づくのが、本来の主体的・対話的で深い学びなのです。なんか堂々巡りですね。

★しかし、ここをなんとかする教師のマインドとスキルをトレーニングするチームが日大文理学部にあります。いずれご紹介したいと思いますが、このことに格闘してきたのが、キエルケゴールをルーツとする実存主義者、とくにウィトゲンシュタインだったりするのでしょう。またフッサールに代表される現象学派でしょう。しかし、なかなか乗り越えることができなかったわけです。結局はデューイの系譜に立ち戻るのかもしれません。いずれにしても、これらの人びとの発想だけではなく、もっと多くの発想をいかに統合するかが問われているのかもしれません。

★今のところ、ドネラ・メドウズーピーター・センゲの系譜に期待したいとは思っています。

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2022年12月22日 (木)

生徒指導提要(改訂版)公表される(1)主体的・対話的で深い学びが生徒指導と一体化

★今月、生徒指導提要(改訂版)が公開されました。文科省のサイトによると、

<「生徒指導提要」とは、小学校段階から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や実際の指導方法等について、時代の変化に即して網羅的にまとめ、生徒指導の実践に際し教職員間や学校間で共通理解を図り、組織的・体系的な取組を進めることができるよう、生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書として作成したものです。
 平成22年に始めて作成して以降、いじめ防止対策推進法等の関係法規の成立など学校・生徒指導を取り巻く環境は大きく変化するとともに、生徒指導上の課題がより一層深刻化している状況にあります。
 こうしたことを踏まえ、生徒指導の基本的な考え方や取組の方向性等を再整理し、今日的な課題に対応していくため、12年ぶりの改訂を行い、令和4年12月に公表しました。>

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★その目的は、「生徒指導は、児童生徒一人一人の個性の発見とよさや可能性の伸長と社会的資質・能力の発達を支えると同時に、自己の幸福追求と社会に受け入れられる自己実現を支えることを目的とする。」とあります。

★これは、まさに「主体的・対話的で深い学び」がベースになっているということがすぐにわかります。提要を読み進んでいくと、生徒指導と教科指導は一体化が肝心ですから、当然、その文言に「主体的・対話的で深い学び」との関係が明快に記述されています。

★そして、生徒指導の分類図は次の通りです。

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① 発達支持的生徒指導
全ての児童生徒の発達を支えます。
② 課題予防的生徒指導
全ての児童生徒を対象とした課題の未然防止教育と、課題の前兆行動が見られる一
部の児童生徒を対象とした課題の早期発見と対応を含みます。
③ 困難課題対応的生徒指導
深刻な課題を抱えている特定の児童生徒への指導・援助を行います。

★前提として、すべての児童生徒の発達を支えるわけです。発達というのは、知育・徳育・体育ですが、提要では、生徒指導の組織とか生徒児童のチームなども入っているし、なんといっても児童の権利に関する条約を重視することも記述されているぐらいですから、人間関係やコミュニケーション能力などの発達に関しても想定されています。

★だから、このような発達がうまくいっていない兆候に日ごろから気遣い、何かあるなと気づいたら、「課題予防的生徒指導」を行い、明らかにリスクがあるなと思う生徒には「困難課題対応的生徒指導」ということにんるわけです。

★いずれにしても、人権ベースに指導されることは言うまでもありません。

★人権ベースということは、児童生徒1人ひとりの「存在」とは何かに焦点が当たっています。ともすると、指導というと教師のものの見方・感じ方・考え方のシステムに偏りがちですが、それは生徒の「存在」のwell-beingを生み出し、守る環境を創るシステムであることが最重要だということでしょう。

★そのシステムは、実は「主体的・対話的で深い学び」というシステムがコアになるはずです。なぜでしょう?(つづく)

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ドネラ・プロジェクト(22)世界構築としてのSDGs 「ペタッとSDGs」を使って

★今多くの領域で、SDGsのグローバルゴールを達成するために、自分たちが何ができるのか主体的に考え行動するということが展開しています。主体的にそんなことをするなんて、近代的自我の「主観」の概念をガラリと変える事態だと思います。そのような活動をする際、どのような社会や世界が生まれてくるのか、そんなことも考えると、SDGsをきっかけに主体的に考え判断し行動することが、未来の好循環社会やwell-beingな世界を創ることにつながっていきます。

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★そんなわけで、勤務校の伊東先生と生徒1人ひとりの世界認識を広げるにはいかにしたら可能かについて対話をしたのです。伊東先生が担当している探究ゼミは、SDGsを踏まえた中華まんづくりへのチャレンジなのですが、その活動の背景にある生徒1人ひとりの世界認識を明らかにするにはいかにしたら可能かなど対話が深まっていったわけです。

★下記の2冊の本と出遭いながら、中華まんをめぐるSDGsの多様性について考えたり、ヨハン・ロックストロームのウェディングケーキモデルを見ながら、これを自分なりに主体的に再構築出来たらよいなあなどと話し合いました。

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★ウェディングケーキモデルを見た伊東先生は、すぐにこれですねと閃き、朝日新聞社が作成している「ペタッとSDGs」という付箋(写真参照)を購入し、これで、SDGsによる世界認識の図を生徒1人ひとりが、あるいはチームで再編集してみるのが第一歩ですねとなりました。

★ウエディングケーキモデルは、社会圏や自然圏、経済圏などの関連性をSDGsの17のゴールを当てはめて関連付けて世界認識がなされているのです。

★その世界認識のモデルを生徒が主体的にまず考えるところから始めてみようというわけです。1月3学期が開始したら、探究ゼミの中で行っていくというので、いまから楽しみにしています。

★ところで、こういう話をすると、そんな認識モデルをつくっても、現実に役に立たないという方もいますね。しかし、モデル作りは、メタローグの次元の話で、この次元でできたモデルは、現実界のダイアローグで、実存的ダイナミズムを生み出すエネルギー態なのです。

★リアルな動きはダイアローグという対話だけではなく、メタローグという対話によって生み出されるというわけです。

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2022年12月21日 (水)

ドネラ・プロジェクト(21)「主体的」の意味のアップデート キェルケゴールとウィトゲンシュタインとデューイを超えて

★「主体的・対話的で深い学び」の「主体的」という言葉は、極めて重要です。対話は、主体的でなければできないし、深く考え学び表現していくには、主体的な構えが必要なのはいうまでもありません。がしかし、受動的に対し能動的ぐらいの意味ぐらいしかなかなかピンとこないのが、「主体的」という意味です。学習指導要領では、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体化の充実とか述べられています。いずれも「主体的」であることが求められます。今更ですが、今なぜ「主体的」なのでしょう。

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★鈴木佑丞さんの「<実存哲学>の系譜」は、そのことを考えるヒントになります。この本を読んで、ヘーゲルというのは社会や世界を考える時のキーパーソンなのだということがよくわかりました。ヘーゲルこそが、キェルケゴールがヘーゲルを批判することによって展開した<実存哲学>を生む実存主義者だったということに気づきました。

★ヘーゲルは主観と客観を乗り越えるあるいは統合する着想を描いたわけです。弁証法と訳されるダイアローグを打ち立てたわけです。要するに対話です。「主体的・対話的で深い学び」はまるで、精神現象学的対話の上昇気流をひっくり返したような考え方ですから、ここにもヘーゲルはちゃんといるわけです。

★そのヘーゲルは、しかし、主観を大切にしていましたから、ドイツ法学界からは捨てられます。サヴィニーが法実証主義的展開をしていきます。法学界ではヘーゲル派は一掃されます。

★一方教育界でも、その主観は堅固な教育学体系を組み立てる知識で抑圧されるようになっていきます。ヘルバルト主義の台頭です。これに対して、ヘーゲルもヘルバルトも批判してプロジェクト学習のような経験主義的かつ民主主義的教育をデューイが展開していきます。

★ヘーゲルは、その当時はそれほど権威があるといった感じの哲学者ではなかったのではないかと。結構苦労の連続の人生で、まさに実存的でだったと思います。今では大哲学者のカテゴリーに入っていますが。

★だからこそ当時一世を風靡したのかもしれません。でもそのヘーゲルをキェルケゴールは批判をし、その批判が<実存哲学>ではない実存哲学の系譜として20世紀の哲学をカタチづくっていったというわけです。ヘーゲルは主観と客観を統合しようとしたけれど、結局客観的な制度という物質主義を生み出してしまったわけです。その危険性を察知したのかキェルケゴールは、ヘーゲルから主観を取り戻すべく「主体的」な思考を展開していったのかもしれません。

★その「主体的」思考をウィトゲンシュタインはさらに発展させた。そういえばウィトゲンシュタインの仲間であるラッセルは、ヘーゲルを徹底的に批判しているし、そこらへんからイギリスの分析哲学もヘーゲルを批判して展開していますよね。

★ルソーカントーヘーゲルの流れが、そこから3つに批判的に枝分かれするのです。デューイのプラグマティズム、キエルケゴールの系譜実存主義、サヴィニー&ヘルバルトという近代国家主義。いずれも「主観」をどう捉えるかが重要だったわけです。

★主観を才能とみるか、主体とみるか、個人ととらえるか。

★しかし、ヘーゲルとかの影響はあまりない科学の世界からシステム思考が50年前に大きく広がりました。この思考はメンタルモデルを包摂していますから、ある意味主観と客観を統合しています。

★主観は精神で、客観はシステムという二元論ではなくて、主観と客観をつなぐのがシステム思考というのでしょう。ドネラ・プロジェクトは、「主観」をアップデートすることも役割ということがわかりました。

★こんなふうに、鈴木佑丞さんの本は、20世紀の教育は「主観」をめぐる話だったということに改めて気づく重要な補助線でした。そしてそれゆえ、「主観」のアップデートとして「主体的」という言葉もまたアプデートされつつあるのが現状だというのこともはっきり見えてきました。

★なぜなら、キエルケゴールの時代と決定的には違うのは、地球環境の限界がみえているということです。その限界がみえていない時代は、世の中がどんなにひどい状態であろうが、自分がどう誠実に生きるかでサバイブできたわけです。しかし、現状は自分がどんなに誠実に生きる主体的思考を発揮しても、地球環境の限界を乗り越えることはできません。

★主体的というのは、個人の主観の問題ではなく、もちろん、この地球環境の限界を生み出した制度の問題でもなく、関係性の問題なのです。主体的な関係性をどうつくるか。主体的に関係性をつくるのではなく、関係性そのものが主体的なのです。個人の枠内をはみ出るのが「主体的」なのでしょう。

★独断と偏見ですが、同書を読んで、気づいたことはそんな感じです。

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