創造的才能

2021年12月 7日 (火)

中高一貫校選択のための学校新分類(4)八雲学園のポジショニングはもちろんX3。帰国生入試受験者数前年対比140%。

★本日7日、八雲学園の副校長菅原先生、副校長横山先生、副教頭近藤嘉彦先生、中学副部長衛藤先生と対話をしました。説明会の参加者はいつも予約はすぐに埋まり、先日実施した帰国生入試の受験者数も前年対比140%だったということです。ラウンドスクエア加盟校の八雲学園という重要性に、帰国生が気づき始めたわけです。そこら辺の事情はGLICCのサイトをご覧ください

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★いろいろ対話の内容は多岐に渡りましたが、要は、利益獲得のために教育をするのではなく、理念実現のために教育をするのが八雲学園なのだということを改めて確認できました。

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★そのことについて、今週の金曜日、菅原先生とGLICC Weekly EDUで対話します。在校生の受験生へのメッセージ動画なども交えて対話します。八雲学園のポジショニングは、学校新分類表では、X3にあるという理由について深く対話することになるはずです。ぜひご視聴ください。またご報告します。

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放蕩息子のたとえ話 芸術・文学・心理学・政治経済学のプロトタイプ 新しいカトリック学校のために

★カトリック学校の一つの課題は、聖職者の高齢化問題があります。勤務校のように、神父、シスターが常駐していないカトリック学校が増えていくという問題です。それでも、多くの学校の校長は信者であるという場合が多いのですが、それも必ずしもそうでないというケースも増えてきています。勤務校の場合は、ミサや宗教の時間はありますし、校長をはじめ理事会メンバーは全員信者ですから、カトリック学校の最小限の条件は満たしているかもしれません。しかし、大事なことは教育活動全体にカトリックの精神が染みわたっているかです。

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★さて、それをどうするか。このような課題は、常にイノベーションを起こします。今までは、ミサは神父様のネットワークに頼んで、宗教の先生にカトリック精神はお願いするというカタチをとってきました。それを、学内全体で広めるにはどうしたらよいかとなりますと、当然対話を巻き起こります。これがやがてイノベーションにつながります。

★勤務校の場合、聖書の中の黄金律をスクールモットーにしているため、学内で広めることに対する姿勢ははじめからあります。NY国連でもノーマン・ロックウェルのモザイク画をディスプレイしています。黄金律を謳っている作品です。そして、これはキリスト教のみならず、民族も、人種も、宗教の違いを超えて共通するルールだと国連はみなしています。

★したがって、信者であろうとなかろうと、黄金律を尊敬し実行することは、グローバル市民として大切なことなのです。グローバル教育を行う基礎には、この精神があることは大切です。したがって、教師は、この精神を胸に、生徒と対話し、小論文指導をし、進路指導をします。医療関係や介護の道に進む生徒は、今回のパンデミックで、この精神の重要性を深く受け止めて取り組みます。

★上智や南山大学などのカトリック大学に進む生徒も、神学部に進む生徒のみならず、経済や経営に進む生徒も、強欲資本主義ではなく黄金律的配分の正義に基づいた経済社会システムを考えるチャレンジをします。そして、カトリック大学ではなくても、法学部や政治経済学部に進む生徒も、ニューコモンズの新しい流れを黄金律的な発想と重なることに気づいて、構想を練ります。

★カトリック学校に進む生徒や新しい経済や都市構想を考えている生徒、SDGs関連や哲学に進む生徒の中には、私に問答をして欲しいと訪ねてくるので、対話をします。

★そんなことをしているうちに、いっしょにワークショップをしてくれる教師もでてきました。今では、その教師は複数いて、自分の授業でも創意工夫しています。カトリック精神の分有が生まれてきたとき、私たちは自己変容型マインドを共有することになります。

★それは、エンカレッジコースでも同じです。10月以降各学年各クラス、後期の特別講座を2回ずつ受け持つのですが、学年の先生方や日大文理学部のインターンの学生のみなさんとコラボして行っていきます。

★通奏低音のテーマは自己認識とアガペーです。表のテーマは、物語分析方法を学ぶです。前期はダ・ヴィンチの最後の晩餐をメインに暗号解読的アプローチで、表現を読み解く作業をしました。後期は、聖書を物語としたとき、物語分析をどうしていくのかをメインに登場人物の感情分析曲線をツールとして介してワークショップを行いました。参加した教師もインターの学生も、生徒と一緒に分析します。

★昨日は3年生の最終講座だったので、「放蕩息子のたとえ話」を使いました。勤労・勤勉・倹約と自由奔放贅沢三昧の対比や嫉妬と改心と愛が凝縮された物語で、後世の芸術や文学、心理学、政治経済学のプロトタイプになった有名な箇所です。

★ですから、即興劇を演じてもらうところから始まりました。兄と弟と父とナレーターを買って出てくれる生徒がいたので、配役はすぐに決まりました。他のメンバーは、全員友人だったり、祝いの席のメンバーだったりと教室全体がインプロ劇場です。

★そのうえで、感情分析曲線で分析する個人ワークをします。物語を読むだけではなく、ロールプレイをしていますから、当事者意識が広がっています。ここは以前と比べ物にならない程のスピードでできたので、自分のシートを語るダイアードを行いました。語り合うのではなく、語る人と傾聴する人の役割を明確にわけるペアワークです。シャッフルしていくので、仲間の考えや感じたことを共有できます。他者との違いをリスペクトすると自己の考え方や感じ方をリフレクションすることができます。自分で自分に即して感じる機会を創りたかったわけです。

★でも、直接自分を見つめることは避けています。感受性豊かな生徒が多いので、直接そこには向かいません。あくまで、自分で自分に寄り添う姿勢を大事にします。

★そのあと、心理学でもこの物語は活用されるという体験をします。兄と弟のメンタルモデル分析です。そして、そのあとに父の役割について考えます。一般の物語や小説では、このような父はいないので、バッドエンドになりがちです。聖書は救いが明示されているので、そこはたしかに心理学の肝かもしれません。もっとも、フロイトの流れでは、この父はまた別のキャラに読み替えられるわけで、複雑です。

★この分析もダイアードで盛り上がりました。

★時間がなかったので、「放蕩息子のたとえ話」は政治経済的アプローチではどうなるかについては、講義で終わってしまいましたが、サンデル座標で分析してみました。

★来年の高校の新学習指導要領では、各教科は、自然現象や社会課題にどう結びつくのか、社会実装としてどう役に立つのかが問われます。だとするならば、聖書も解釈にとどまらず、社会の制度設計にどうすでに役立っているのかを学ぶ機会を増やしていくことは重要です。

★新しいカトリック学校は、あらゆる分野ですでに社会実装されている聖書の発想を取り出して共有することとその発想でさらなるイノベーションを生み出す機会をデザインするということではないかと思っています。

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2021年12月 6日 (月)

中高一貫校選択のための学校新分類(3)学校新分類バージョンアップ 成長マインドの項目を追加

★本シリーズで活用している学校新分類表に「成長マインド」の項目を追加。変化が激しい昨今では、自己変容型マインドが生まれる環境が注視されています。今までの学校環境は、環境順応型か自己主導型マインドが生まれるケースが多かったわけです。この項目をいれると、私たちはZ世代の学校環境をどうせざるを得ないかがわかると思います。

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★もし自己変容型マインドを切に願うなら、偏差値にかかわらず、X1、X2、X3の領域にある学校を選んでみようとかなるし、自己主導型か自己変容型かどちらかでよく、やっぱり偏差値が高い学校がいいとなると、C3を選べばよいのです。

★自己変容型マインドは、成人になってからだとなかなか達成できないといわれています。来年2022年から18歳成人です。中高一貫校や高校は、この自己変容型マインドについてどうするのか真剣に考えたほうがよいと思います。

★いずれにしても、学校、塾予備校、保護者が、どのマインドを願っているのか、そのマッチングがズレたとき、互いにたいへんです。今後、このマッチングのズレについて考えていきたいと思います。

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2021年12月 4日 (土)

存在の意味の創造(01)生徒理解における相互のズレの軌道修正の過程 超越論的PBLのビジョン

★勤務校のエンカレッジコースで教師及び生徒と対話していると、教育とは人間存在の意味を創っていく生き生きとした体験を生み出していくことだと身に染みて感じます。どうしてそう感じるかというと、エンカレッジという教育の場がそもそもそうなっているからです。そこには、「教える」「ケア」「才能を生み出す」とい3つが統合されて生徒1人ひとりの存在を共に織りなしている場となっているからです。

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★教師は教える過程で、生徒1人ひとりが、ネガティブな感情やポジティブな意志、ネガティブな言動、ポジティブな言動の関係態に触れます。この組み合わせは生徒によって違います。したがって、たとえば、教師は、ポジティブな言動をとっていても、ネガティブな感情を実際には持っていたりする存在に寄り添うことになります。

★3年生の総合型選抜や指定校推薦のときの指導では、ネガティブを受け入れながら、それをポジティブに転換できる可能性を懸命に探ります。しかも、教師は押し付けることはしません。押しつけると、開かれた才能が一気に閉じてしまうという経験を何度もしているからです。

★しかしながら、あるところまでくると、教師と生徒は強い信頼関係の場の中にいることになり、それに気づかないので、生徒は教師は決して押し付けているのではないのだという理解に到達します。こうして相互に理解のズレの軌道修正が行われていきます。

★ところが、今度は、教師は、もしこれが外の世界にでたときに、再び理解のズレが起こり、ネガティブ感情や言動がうまれるのではないかと心配になります。そこで、内部内外部である私と生徒の対話をセッティングします。

★とはいえ、私だってケアの精神を背景に有しながら対話するわけですが、そのことが直接言葉で表現されていなくても、生徒が察知する感受性を育んできたときに、響き合いますし、その響きの音を実際の外界に出たときにも、絶やすことはないだろうという確信を共有しあえたところまでいけるとよいなあと思っています。

★もちろん、大事なことは、理解のズレから対話は始まるものだという真理を共有することが大事だなあと最近は思っています。

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★上の表は由佐美加子さんと天外伺朗さん共著の「ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジ 2019/8/31」からヒントを得て作成しました。実際の生徒と対話するときに生徒の存在の意味の理解の糸口をみつけるときに活用知すようにしています。

★また、エンカレッジの教師は、日大の文理学部の教授や大学院生、学生と連携して生徒理解をフッサール現象学に基づいて展開しています。生徒の存在の意味を現場と研究の成果を結び付けながら行っています。

★私もそのチームの1人土屋弥生先生(日本大学文理学部准教授)にアドバイスをもらっています。特に「生徒理解におけるフッサール現象学の意義」(「臨床教育学研究第9巻」2021年3月31日)で展開されている理論には啓発を受け、エンカレの教師(フッサール現象学を基礎とした体育教育の実践をしている)に教えを乞うてもいます。

★同論文のビブリオの中で扱われているマックス・ヴァンマーネン,著「生きられた経験の探究―人間科学がひらく感受性豊かな“教育”の世界」2011/5/1も、刺激的でした。

★ただ、ヴァンマーネンの教授法はへルバルト主義を暗黙の了解としているため、プラグマティズム流儀のPBL主義者である私にとっては、受け入れる時に組み替えなければなりません。そのうえで、エンカレの教師と対話する時は、逆に私の流儀をいったんヘルバルト主義に差し戻して理解のズレを修正するという対話をしています。

★そうすることで、今度はPBLをエンカレの教授法の中に活用してもらえるシーンも出てきました。

★勤務校の2つの学校を往復している私にとって、今までのPBLのあり方は、万能でないことが了解できたし、ヘルバルト主義とプラグマティズムを統合する超越論的PBLの必要性に気づきました。

★この視点からすると日本の教育はまだまだ抑圧的であり、その中での手法論や学習理論は、抑圧をフラットという言葉で転移的強化をすることになりかねないといくことも了解できました。

★今のところ、これについて対話できる仲間はまだ少ないのです。というのも、超越論的PBLについて新しい言葉を私自身がまだつくれていないので、対話ができていないということです。

★これから精進していきたいと思います。

※異なる主義や理論を組み換える超越論的な方法は、成城学園の青柳先生から教えて頂いた三角ロジックの弁証法的な展開を活用します。弁証法的な展開は三角ロジックの連鎖をつくることなのですが、それを行う時に、deduction、induction、abductionという3つのdutionという数学的推理方法を活用します。

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2021年12月 2日 (木)

中高一貫校選択のための学校新分類(2)伝統的の意味 実務的なカント主義といってもよいかも 麻布と成城学園を例に

★日本の近代官僚教育は、東大の初綜理加藤弘之が、啓蒙主義的な影響やキリスト教的な影響を切り捨てて、福沢諭吉や石川角次郎(聖学院の初校長)と袂を分かったところからはじまるということでしょう。加藤弘之は、はじめ福沢諭吉らと啓蒙主義的な発想を大事していたが、転向といわれているように、俗流進化論的な発想に変わった。

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★この加藤弘之の転向は、明治日本が1989年の近代憲法を制定した時の発想に合わせざるを得なかったからというのもある。この明治憲法はフランス型ではなく、ドイツ型。ドイツ型と言えば、哲学ではヘーゲルに代表されるかのように錯覚されるかもしれないが、当時のドイツの法学界は、ヘーゲルを捨てていた。ヘーゲルは啓蒙主義的なグループに位置するから、そこまで意識していたわけではないだろうが、当時の近代国家は、もっと実務的な路線だった。

★この実務的というのは、実は2通りあって、それはカントの流れを実務的にしたものとヘーゲルの路線を実務的にしたものがある。前者の代表がヘルバルトであり、後者の代表がプラグマティズムの路線をとったデューイやパース、ジェームズである。

★日本の近代官僚教育は、さらに民法や商法の法律進化論の影響を受ける。それは教育も制度設計されるわけだから、憲法や民法、商法の影響を受けざるを得ず、そういう意味では、ヘルバルト主義が公立であれ私立であれ継承された。

★その流れの中で、大正自由主義教育のようにデューイをはじめ米国の進歩主義教育を取り入れた私立学校がでてきたわけである。とはいえ、そのシェアは私立学校と言えども多くはなかった。公立学校でも取り入れられたが、教育全体というよりは、教育手法という取り組み方だったと思われる。

★それに、今では、現場において、ヘルバルト主義だとかデューイ主義だとか意識して教育を実施しているところはほとんどないだろう。だから、こんな話は何か意味があるのだろうかと思われる方が多いに違いない。

★とはいえ、一方通行型の講義主義というのはよくいわれるが、これはヘルバルト主義の合理的教授法のおそらく典型だろうし、インストラクショニズムというのも、ヘルバルト主義の延長だろう。意識はしないが時代拘束性の中にある。意識しなくてよいのかどうなのか。。。

★ともあれ、このシリーズで学校分類で使っている「伝統的」というのは、ヘルバルト主義のことを言っている。ヘルバルト主義は、表面的にはカント主義で、カント自身が意図していたかどうかわからないが、認識論と道徳と美学をきっちり分けて考えている。わかりやすさ、明瞭さを重視する。つまり、客観と主観を分ける二元論をベースにしているが、その主観も客観的に説明できるという立場だろう。客観的に形式化できる主観が道徳であり、それ以外の主観は恣意として排除されるがちな教育である。

★興味と関心を引き出す心理学を大事にはするが、すべての主観を受容するわけではないから、近代国家を形成する知識や技術に興味と関心があるという主観が選択され、それ以外は排除されるから、自ずと教育格差が生まれるシステムがそもそも包摂されていた。この教育格差は、経済格差にストレートに反映する。

★私立学校の中には、その危うさに気づき、「自由」という言葉で、その排除されたものを拾い上げていった学校がある。麻布はその代表格だったのではないか。それでも、基本はヘルバルト主義だっただろうから、その伝統を修復して「自由」を回復するカント的というか啓蒙的普遍主義を議論し続けたという意味で、「伝統的普遍校」というカテゴリーに入れようと思う。記号で表せばC3。

★一方、デューイなど進歩主義的な教育、いわばアンチ・ヘルバルト主義から始まったのは成城学園である。成城学園は、そこからヘルバルト主義も取り入れる。しかし、再びデューイ的な路線も快復している。21世紀型教育とは、いわばプラグマティズム教育の現代化を果たしていると言えるから、現在の成城学園は、普遍的21世紀型教育校のカテゴリーにはいるだろう。番号でいえばX3の場所である。

★思考コードの領域でいえば、麻布は、A軸思考とB軸思考は掛け算だが、C軸思考は足し算。成城学園は、A軸とB軸とC軸は掛け算。東大の一般選抜は、A軸×B軸で解けるものばかり。推薦入試は、A軸×B軸+C軸。帰国生対象の入試はA軸×B軸×C軸。

★欧米の海外大学は、A軸×B軸×C軸。それゆえ普遍的21世紀型教育校から海外大学に進学する生徒が目立ち始めたわけである。日本の近代教育は150年も経っていないのだから、当然ヘルバルト主義を換骨奪胎するところまではいっていないだろう。換骨奪胎か脱構築かヘルバルト主義とは別路線をとるのか。今回の学習指導要領はアンチ・ヘルバルト主義も接ぎ木した。接ぎ木だから、画期的かどうかはわからないが、これまで7回学習指導要領とは、8回目の今回の改訂は一線を画すことは確かだろう。はたしてどうなるのか。ともあれ、ようやくヘルバルト主義一本ではないことが国家ベースで静かに宣言された。

★日本という国家自身も何か変わろうとしているわけだ。さて、国民は?あいかわらずわかりやすさ。ヘルバルト主義の象徴用語である。わかりすさは、何か専門的な領域から解放されているかのように使われているが、それもまたヘルバルト主義という専門的な用語なのである。実務的こそ近代国家の大好きな専門的な言説なのである。一見すると、その真逆の官僚用語は、あくまでわかりやすさの重要性を浸透させるための戦略的用語だったのかもしれない。厳密性と明瞭性のパラドクス。

★わかりやすさの浸透は、近代官僚国家の戦略だったするならば、格差を生み出すには、わかりやすさを流布させる必要があったのであろう。伝統的普遍校の1つである私立学校出身の岸田首相。その政策も伝統的普遍主義。格差を是正しようとするけれど、格差を根本的になくそうとはしないのかもしれない。

★希望は普遍的21世紀型教育校にあるということだろう。

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中高一貫校選択のための学校新分類(1)分類表からわかる3つの格差に巻き込まれないために

★中高一貫校を選択する場合、全国の高校の中でどういう位置づけにあるかを鳥瞰して選択するということは、中学受験界においてはそれほどなかったかもしれません。ここでは、今のところ高校1学年の生徒数はおよそ100万人ですから、その中でどういう位置に中高一貫校があるかをながめてみましょう。

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★あくまで統計上の話であり、100万人が、中学受験の模擬試験を受けているわけではありませんから、上記表のような偏差値がでるかどうかは定かではありません。仮にそう想定しておこうということですが、実感としてはそう遠くはないと思います。

★また、世帯年収もこんな調査は世の中にありませんから、あくまで推測ですが、世帯年収1000万円以上いかなければ、私立中高一貫校はなかなか通わせられません。平均するとこんなところになるのは妥当でしょう。

★あくまで、中高一貫校を選択する際、どのような意味の学校を選択しようとしているかを考える際の参考になる枠組みだくらいにお考え下さい。

★これを見て頂くと、まずわかることは、教育格差と経済格差の両方が、教育の制度設計のあり方に生まれる原因がありそうだということなのです。

★そして、この制度設計を変えようとすることも大事ですが、いますぐには無理ですから、この制度の矛盾に自分の子どもがダメージを受けないようにするには、どうしたらよいのかを考える参考にしてもらえればと思うのです。

★教育格差や経済格差に巻き込まれないために、偏差値競争でがんばろうという価値観のご家庭は、そういう学校を選択すればよいし、偏差値で選ぶのは難しいし、そもそもそういう価値観はないという場合は、水平的多様性を考慮に入れている21世紀型教育校を選べばよいのです。

★しかしながら、この両方の格差に巻き込まれないにしても、ともすると、未来格差には巻き込まれるかもしれません。偏差値勝ち組でも、それだけしか考えていないと未来格差のダメージを受けることがあるのです。

★つまり高偏差値の大学にはいったのだけれど、未来を拓くことができない可能性があるというわけです。逆に教育格差も経済格差も乗り越えられる大学に入った場合、未来においても幸せを得ることができるという学校選択もあるのです。

★学校で未来が決まるわけではありませんが、学校の選び方というその価値観は、未来を決める大きな影響力があるものです。

★今後は、この表について、少し詳しく話していきましょう。

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2021年11月30日 (火)

変容生成は、こちらとあちらのチームが自然と協働する仕掛けを創造するということだった。

★自己変容したいけれど、どうしてもドアを開けて向こうの世界に行くことができない。頭を抱え、うなだれ、ドアを開けられない自分にうちひしがれ、ますますそのドアは分厚く重くなっていく。そんな経験をしたことはありませんか。というよりも、多くの人がそういうときがあると思います。

★勤務校でもそういう状況になっている生徒も少なくありません。そんなとき、教師はすぐさま寄り添うし、対話をするし、励ましたり、見守ったりします。そして、それは1人教師が行うのではなく、複数で自然とプロジェクトになって協力します。生徒は、その期待に応えようとしますが、ドアの前でしゃがんでしまいます。そして、そんな自分を責める場合もあります。どうして先生方の愛情に応えられないのかと。

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★すぐさま、教師はフラットで自然な対話ができる教師に入れ替わります。自分たちは心理的安心を創っているはずだとおもっていたのですが、もしかしたら違う。ここは交代しようと。この段階で、交代を決意した教師は、実は自己変容を起こしているのです。がしかし、ここでは、生徒に注視しましょう。

★ここでいうドアは、壁でも構いません。歩みを阻む何かをたとえているだけです。そして、この阻むものは、実はものであれ精神的なものであれ、幻想なんです。エッ、精神的な壁やドアはわかるけれど、ものも幻想なのか。はい。ものそのものは幻想ではないのですが、開かないどうしようという認識は幻想です。技術があったり、ドアがこわれていなければ開くのですから、あかないはずはないのです。ものと認識の微妙なずれが、阻害要因です。

★精神的なドアも、実は同じだということがわかりました。どんなにこちらの世界ではげまされたりしても、勇気をもとうとしても、ドアは開かないのです。ドアが開くときは、自分の力で開けていると思い込んでいます。あるいは仲間が協力してくれたからだと思い込んでいます。

★実は、それはまだ不足した状態だったのです。向こうの世界に大切なものがあるという予測がないと、ドアは開かないのです。

★勤務校で、いろいろなドアの前で頭を抱えてしまう生徒のシーンに出遭います。その一つ一つをクリアしている教師の対話力と行動力に感動する日々ですが、クリアした時、共通している点は、こちらの世界とあちらの世界が互いにつながる、しかも自然とつながる場合、生徒はワープでもするようにドアの向こうに吸い込まれていくのです。ドアはなくなると言ってもよいかもしれません。

★私がこちら側にいる時もあります。先生方と協力してなんとか生徒自身が自らドアを開けられるようにあの手この手を使います。しかし、こちらの世界にいるだけでは生徒の変容はありません。何カ月にも及ぶことがありますし、瞬間に変わる時もあります。それはドアの幻影の強さによって違うのですが、ともあれ、ドアが開くときは、ドアの強度の違いがどうあれ、こちらの世界とあちらの世界がつながったときなのだということは身に染みてわかりました。

★ファシリテーターやカウンセリングマインドやコーチングや対話などは大切ですが、こちらの世界だけで行われている段階では、埒があかないのです。ところが、あちらの世界とつながったとき、状況は一変します。

★ですから、絆や愛情は大事なのですが、それはこちらの世界とあちらの世界の両方で行われることがどうやら重要なのです。

★わたしたちは、大きな目標を未来に投げ、そこに到達するように軽度のドアをいくつも並べ、一つ一つ開いて進みますが、途中で挫折する時があります。それは、大きな目標のあちらの世界を意識していないからです。大きな目標が大きなドアであり、その向こうがあるはずなのに、そこが最終地点だと思っています。この目標の立て方こそ、ドアの前で頭を抱えて進まない閉塞状況という幻影を生み出してしまうのです。

★学び続けるには、あちらの世界の大きな存在を認識することが必要だし、組織マネジメントは、ここが肝だったのかと生徒との対話で気づきました。変容生成には、こちらの世界とあちらの世界の両方のマネジメントが必要であり、これぞメタ・モニタリングだったのです。そして、これがインターサブジェクト(相互主観)が生まれる瞬間だったのです。

★こちらの世界だけではインターサブジェクトは生まれないのです。それは独善的主観というやつだったのです。自分はフラットでオープンだと思っているだけでは、独りよがりのトラップから自由になっていないということだったのです。

★今日は、そのような気づきをもらうシーンがあちこちでありました。グラウンドで、パウロの森で、教室で、廊下で、職員室で、学園長室で、次々とドアの開く音が響いていました。どうりで1万歩以上歩いていたはずです。感謝。

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2021年11月27日 (土)

二子玉川エリア クリエイティブクラス輩出の都市へシフトか?

★日経ビジネスX(2021.11.24)に面白い記事が掲載されています。「美大に通うエリートたち、リスキリングが革新を生む」がそれです。こんなパラグラフで始まります。

<閑静な住宅街として知られる東京都世田谷区上野毛。ここを創設の地とするのが、日本有数の芸術大学である多摩美術大学だ。大半の学部は東京都八王子市のキャンパスへ移ったため、幾分ひっそりとしているものの、上野毛キャンパス内の柱に貼られた「映画制作のスタッフ募集」のポスターや画用紙を持った学生が歩く姿は芸術大学そのものだ。

 11月初旬、そんな多摩美の小ホールに、約30人の社会人の男女が集まり、プレゼンテーションに臨んでいた。5人グループに分かれ、自分たちが課題と思うことを基にした事業やサービスの概要を発表していく。>

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★この多摩美のキャンパスは、環八沿いに面していて、そこから瀬田はすぐです。つまり大平元首相の自宅があったそうです。国分寺崖線の上にあり、そこから多摩川を西へ眺めながら、大平元首相は、あの田園都市構想を国土計画として提案していました。その構想は国土計画の五全総に引き継がれ、ガーデンアイランド構想とも呼ばれました。

★そんなわけでしょうか、大平元首相の自宅のすそ野には、高島屋の別館「ガーデンアイランド」が建設されています。田園都市計画は、日本の大名庭園にヒントを得たエベネザー・ハワードが建設したレッチワースの田園都市を視察した渋沢栄一の息子が帰国後、田園調布をつくり、この地に住まう人を募るために、五島慶太に依頼して、今の東急線や田園都市線のプロトタイプを建設していったわけです。

★五島慶太がどう思っていたかどうかはわかりませんが、ハワードの田園都市はユートピア都市です。環境にやさしく、配分が考慮された都市創りです。今でいうNGO的な都市です。

★宏池会の文脈であるこの都市構想は、岸田政権がデジタル田園都市構想として継承していますが、この二子玉川エリアは、今や楽天都市でもあります。なるほど、デジタル田園都市なわけですね。

★この都市のデザインは、さらに教養人だった大平元首相の想いも継承したかのように、多摩美をデザイン思考やアート思考の拠点として新たな局面を迎えようとしているのかもしれません。政府によって巧まれたというよりも、この国分寺崖線は、江戸時代から西から攻め上らないように監視する場所でもあり、大名の別邸があったのです。明治以降は、政財界人の別邸の地でもありました。高橋是清も住んでいたし、あの岩崎家の別邸もあります。その跡地の一部に聖ドミコ学園が建設されました。

★ガーデンアイランドから商店街を通り、玉川高島屋へいく道には二子玉川小学校があります。そこは中学受験生の拠点です。その真ん前にカンザキジュクが今月オープンしています。教養豊かな総合型選抜対策をメインとする神崎史彦先生の経営する塾です。デザイン思考もやはり活用するし、デジタル発信する予定の塾でもあります。

★その近くには、図工ランドと言って、人気のアートの塾もあります。オーナーは芸大出身だそうです。またハートフルアートという、不定期ですが、やはり近くの公民館で女子美族のアートワークショップが開催されています。大学院生や海外の美大に研究しにいった女子美の卒業生が中心に企画運営しています。これらのアート空間は、純粋にアートを楽しむ子どもたちが多いのですが、中には慶応幼稚舎や慶応横浜初等部を受験する子どもたちも活用しています。

★インターナショナルスクールの拠点でもあるし、多摩美のある環八から澁谷方向に歩いていくと三田国際や都市大等々力などもあります。桜新町まで行くと、そこにはお受験の拠点である幼稚園もあり、そこから駒沢公園の方向に進むと八雲学園があります。三軒茶屋の方に行くと世田谷学園や昭和女子大附属昭和もあります。二子玉川から多摩川を渡れば、洗足学園があります。そのようなエリアの中心にGLICCという鈴木裕之先生が経営するグローバル教育塾が新町にあります。

★二子玉川から大井町線をつかえば、かえつ有明にもつながっていきます。二子玉川から玉堤通りを成城学園方向にいくと20分くらいで東京都市大や成城学園、そこからさらに30分くらい行けば鴎友学園女子や恵泉があります。

★どうやらこのエリアは、経済的にも教育的にももともとプレミアムエリアといえるかもしれません。そこにDXとアートがつながってくるわけですね。不動産の2022年問題がどういう影響を及ぼすかわかりませんが、このエリアからクリエイティブクラスが生まれる新たな教育の文脈が創出されるのかもしれません。あくまで、妄想ですが(汗)。

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2021年11月25日 (木)

工学院中高 2022年入試も好発進! 破格のグローバル&イノベーティブ教育を生み出す教師陣がゆえ

★11月23日、工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)の帰国生入試が行われました。尊敬する田中歩教務主任から「中学も高校も増えました。昨年度比120%です。ラウンドスクエアやケンブリッジ・インターナショナルなどの取り組みが評価された実感があります」と。

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同校ブログから。中川英語科主任の記事「International Youth Day2021をインドの高校生と共催」は、同校インターナショナルコースのすばらしさを象徴しています。

★また、12月25日のクリスマス説明会(中学入試)も、申し込みサイトを公開して3日で定員180名に達する勢いだということです。高校入試の方も順調だということです。

★グローバル教育やICTを活用したイノベーティブな教育環境が破格であることは有名です。多摩エリアの中でも最も先進的だという評判も広がっています。いや、日本でも最も先進的です。

★そして、その本質は、そのような破格の教育をデザインし、運営できるのは、教師陣が先進的で、日々自らハードルをあげて、クリアするマインドを持っているからだし、受容力ある共感性に満ちているからだということなのです。

★工学院は中高一貫校で、勤務校は高校だけの学校という違いはありますが、同じ21世紀型教育機構の加盟校である工学院が人気であることは、たいへん勇気づけられます!

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2021年11月24日 (水)

聖パウロ学園の若き教師の情熱 やれる気しかしない自己肯定感を内側から燃やす

★昨日23日聖パウロ学園は説明会を開催。4回目になりますが、定員は今回も満席。参加してくださった受験生・保護者の方々、そしてサポートしてくれた生徒と全員で対話型のウェルカム精神で自分たちの教育を熱く語り、論より証拠とミニPBL型体験授業を実施してくれた教員に感謝しています。

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★高校入試は、中学入試と違い、完全に入試のマーケット機能が働いているわけではないので、この状況を人気があるとかないとかそういうマーケティング的な発想は馴染まないなあと最近気づきました。首都圏の中学入試は、全国の小学校6年生約100万人のうちの5万人の話です。その多くが大学進学実績という外在的モチベーションで学校は選択しなくなってきましたが、とはいえ一定の有名大学に進学する層なわけです。

★公立小学校と私立中高一貫校が紳士協定を結んでいるということはなく、中学入試の生徒募集は、塾市場のニーズとどうマッチングさせるかということです。受験生も強気で受けて、万が一の時は、公立中学に行くことができますから、人生の進路を阻むものはありません。ある意味、自由に受験できます。もちろん、必ず私学にという場合は、偏差値に合わせてあるいは偏差値より生徒の個性を重視する新タイプ入試などを受験すれば、ほぼ私立学校にはいけます。垂直的序列の市場と水平的多様性の市場の両機能が今では働いています。

★ところが、高校は、今や98%が進学します。高校浪人はなるべくさせたくないというのが公立中学の指導だし、高校側も100万人の行方を垂直的序列競争をさせるより、水平的多様性を大事にし、それぞれの居場所になるように考えているし、教育行政もそのように働きかけていますから、中学入試のような競争市場にはならないのです。

★もちろん、そうはいっても現実は偏差値輪切りの配分になっているということもあります。聖パウロ学園は、偏差値でいえば100万人の真ん中です。生徒が一番多くかたまっているボリュームゾーンにあります。

★そうなってくると中学側が無理をさせずにといっても、逆に選択肢がたくさんあるソーンなので、熾烈な学力競争にならないのですが、生徒自身の想いと学校のエッセンスやビジョンなどのものの見方・感じ方が適合するかどうかという教育の質のマッチング競争にはなります。

★ですから、グローバル教育部長の大久保先生が語るように、弱みを強みに変える(学園の守護聖人パウロ自身のモットーでもあります)対話型教育に共感する受験生がたくさんいるということが、毎回たくさん参加してもらえる条件なのかもしれません。

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★大久保先生は、毎日生徒と対話し、生徒にやる気を出す行動を押し付けるのではなく、内側から自然と行動ができるようになるマインドセットを重視しています。グローバル教育部長として英語科主任として学年主任として先生方と対話する時も同じことです。21世紀型教育が目指すナチュラルリーダーとして面目躍如です。

★パウロ自身、ルターやカントに影響を与えた書簡を描いているわけですが、それは目からウロコというコペルニクス的転回を大切にしています。大久保先生をはじめ、パウロの教師は、たとえば、ネガティブ思考をポジティブ思考に転換させる価値認識の変容、つまり簡単に言えば、自己肯定感を高めることを生徒と共に日々対話しているわけです。

★内側の価値認識モデルづくり、数学科の先生方は、それを関数モデルで生徒と対話してくれているわけですが、日々それを基本的共通目標としているわけです。聖パウロの校長は、事ある度に話をするのですが、いつでもどこでも持ち時間は3分なのです。ですから、手を変え品を変え、価値観を変える見通しとそれを実現する実際的な内燃エンジンの話をするだけです。

★エンカレでも、特別授業をやるのですが、最近では、先生方がワークショップのファシリテーターをやってくれ、私の方はそのワークショップが、価値認識の転換という意味があるということを手を変え品を変えやはり話すだけです。

★弱い情況だからこそ強くなれる。自分の強さを知って怖気つくこともあるだろうと生徒と共有して、そのときはじめてエールを贈る共感的対話(腹痛が痛いと同じ表現ですが)ができるのですが、それを大久保先生をはじめ、パウロの教師は実践しています。

★対話は常に価値認識の変容とそれを実現する行動を導く認知と感情と行動が統合された行為です。ヨハネにある「はじめにことながあった」とはそういう意味です。そして、そのことは人間存在がwell-beingをゲットする最強の方法だと学園生活の中で確信しています。感謝。

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