創造的才能

2025年12月12日 (金)

梶谷真司先生の哲学対話(01)否定がつくる壁を壊していく

★今年の日本私学教育研究所主催の「イノベーション教育(グローバル・ICT活用)研究部会」2日目は、梶谷真司先生(東京大学)の講演とワークショップ。

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★まだ始まったばかりですが、世の中が作っている「目に見えない壁」をどんどんぶち破っていきます。

★たとえば、「問い」は大事なのですが、いい問いとかそうでない問いとか分けると、いい問いとはなにかということを気にして問いを話さなくなる、それが続くと結局自分は何を考えているかわからなくなるというのです。

★ここには、いい問いとかそうない問いとかを判断する実は相手を否定する目に見えない壁があるということを語っているように感じました。

★生まれると親に否定され、学校に行くと教師に否定され、社会に出るとやはり否定され、その「それは違うよ」という否定の連続が、考えることをしなくなると。たしかにそうですね。

★では、なんでも共感すればよいかというと、それも共感するしないという判断が加わる。だから、受けとめるとか人の話をよく聞くということのほうが大事なのだ。否定とは何か?結構難しい。

★それから哲学対話は、だれでもできるのだと。うちの生徒は偏差値が低いから哲学対話はうまくいかないと言われることも多いが、やってみるとうまくいく。むしろふだん自分の考えや気持ちを実はあまり受け止められていないから、哲学対話は盛り上がるのだと。

★知識は哲学対話をとめてしまう。その知識がわからないと対話の輪に入れない。一般に社会の周縁にいる人々の方が、今まで聞いてもらえなかった疑問がたくさんあるから、哲学対話はうまくいくのだと。

★さりげない日常用語で語りながら、いろいろな目に見えない壁を壊していく講義。おもしろい。まだまだ続きます。

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2025年12月11日 (木)

問いは見えない壁を見つけたとき生まれてくる そんな環境デザインしている学校があるのだけれど、何せ見えないのだ。。。。

★私たちはそれぞれ多様な壁に囲まれている。一つひとつ丁寧に立ち臨んでも、最初は見える壁ばかりで、きりがない。あるとき、友人と話していると自分が見えていない壁の目の前にいることに気づく。その壁はなかなか厄介。しかもその壁を破壊するのは結構難関だったりする。一瞬友人と途方に暮れる。本に、人に、旅に学ぶって、結局対話の視角を多方面からということなのだろう。対話を続けるとは、そういうことなのかなと。

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★DenotationとConnotationとの相互作用をGooglenotebookLMに描いてもらったけれど、Connotationは暗示的なものではるけれど、むしろ内的メカニズムという意味で使いたいなあと。

★それを見えるシステムにするといろいろ動き出すのだが、それが難しい。つまりそこに見えない壁があるのだ。Denotation的言説で語られる中で、その接点をもっていないConnotation的な言葉では、その見えない壁を破壊できない。

★対話を続けて、その接点。つまり壁にあいている穴を探すのだが、確率は高くない。

★途方に暮れて諦めようかと思うときは何度もあるが、振り返ると、その接点探し、接点づくりの協力者がいるのに気づく。再び探そうなけれ穴をあけようかと。果たして意味があるのか?果たしてどのようなアプローチで?果たして組み立てるデザインはどうすればよいのか?果たしてこれで世界は幸せになれるのか?

★見えない壁を発見する対話の連続と広がりと深さ。発見するまでの多様な問いと発見した壁を壊すための多様な問いと壊した後に創造する多様な問いと。どの問いが効果的か?問いは大切だとよく言われる。

★問いを持っていない人間なんているのだろうか?問いは大切だという場合、効果的な問いの作り方が大事だという含みがあって、怪しげだ。だって、問いの塊が人間の存在そのもので、その塊の中の一つを取り出して問いは大切だというのは、人間の存在を見えなくする見えない壁なのだから。この壁もまた破壊しなければならないとは。。。

★思考停止という言葉もよく語られる。問題は、生きている限り思考停止などしないのに、思考停止しているように見えるのはなぜか?ということ。おそらくDenotationとConnotationを往還できない見えない壁を意識していないとき、思考停止しているように見えるのだろう。Denotation側だけにいるとどこか思考が浅く見える。Connotation側だけにいると、何をやりたいのかわからないという意味で思考停止しているように見える。DとCをつなぐメカニズムは何か?

★このDとCをつなぐメカニズムをつなぐ学びの環境をデザインしている学校がある。すばらしい。だが、そこがどこだと言ったところで、謎?と思われるだけなので、多くの人が宝探しの旅にでてくれることを祈るだけだ。

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2025年12月 2日 (火)

工学院の中1のIBL 種を蒔く時期

★昨日、工学院大学附属中学の1年生のIBL授業研究会がありました。同校教頭の田中歩先生の授業です。東京私立中高協会の私学教育研究所の研修委員の一つフュージョン教育研究会のプロジェクトリーダーである田中歩先生が、同研究会の先生方と次期学習指導要領の実施前に、生成AIをパートナーにして生徒が活用する授業の在り方を研究する研究会です。ちょうど、中1が1年間学んできたIBLの学びのまとめの授業ということでした。

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★まとめは何をするのかと思いましたら、リフレクション授業でした。しかも学年全体で学んできた教科や体験学習などを全部結び付ける授業だったのです。どんな「はてな?」を身近な生活と八王子という地域を結び付けた経験から見つけたのかを思いめぐらしていました。おもしろいのは、ICT環境が整っている工学院ですが、最初は今までのトピックの写真を見ながら何を思ったか今思うのか問答が続き、オープンマインドができた段階で、一枚のA4の白紙が配布され、そこに自分が発見したはてな?を書き込む個人で考える時間が設けられました。

★中1の段階では、身近な自分の生活と八王子プロジェクトが中心です。中2になると神戸や鎌倉など、他の自治体でも学びます。政治、経済、産業、医療ケアなど総合的に学ぶのは、八王子プロジェクトと同じです。中3になったら、オーストラリアなどに全員が行きます。文献を調べたり、地域の人や大学の先生などに学び、日常と違うフィールドにでかけるのは同じです。

★しかし、はてな?は経験が拡張されるとまた広がっていくのだから、まだ経験はしていないけれど。経験が広がっていくにしたがって、どんなはてな?が発見できるのか予想するという思考が行われていきました。本に学び、人に学び、旅に学ぶ。学びの基本です。

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★そして、チームに分かれ、ピアラーニングにシフトしました。それぞれどんな「はてな?」を見つけたのか共有する時間です。おもしろかったのは、チームは自分たちでつくりなさいということで、自然にチームができたことです。とにかく田中歩先生は、細かい指示はださないのです。問いもふわっとした問いで、条件は自分たちで考えるという習慣が1年間でできているようでした。

★対話は当たり前で、話し合いながら自分の思いや考えを豊かにしていく。自分の思いや考えなのだけれど、そこには仲間や外で出会った方々の思いや考えかたも融合されています。I as WEとして自分が豊かになっていく実感が大切にされています。

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★そして、最終的には、パソコンに自分の「はてな?」を打ち込んでいきます。Googleクラスルームを活用しているので、すべて田中歩先生は見守ることができます。場合によっては、生徒同士も共有できます。その最中に、田中先生は、自分の「はてな?」や行動の信頼性や効果はどうやって測るのか?問いを挿入しました。いわゆる定期テストのようなスコアではないよなあと生徒はふと立ち止まります。少し意見がでました。

★歩先生は、それを拾って、みんなの考え方はルーブリックという考え方に相当すると投げかけました。工学院はすでにそれを使っているけれど、中1の段階では、それを教え込むことはしないから、まずルーブリックとは何か調べてごらんと。生徒は、パソコンに打ち込みながらも、ちょっとGeminiで調べながら、ああでもないこうでもないと対話しながら、また作業に向かっていました。

★生成AIはプロンプトという実は問いを投げかける作業です。I as WEという自己が、常に問い続けている環境を仕掛けているのが田中歩先生のIBLでした。しかも学年全体の教育活動の体験を丸ごと「省察」する次元のリフレクションを行っていたのです。

★歩先生は、この段階では、とにかくたくさん種を蒔くことですと語りました。棚は小さいけれど、葉や花や果実を生み出す潜在力があるわけで、種が芽吹き、葉を広げ、開花し、実るのは、結局環境と種自身のエネルギーの相互関係性が最適化されるからだということでした。

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2025年11月29日 (土)

教育言説から抜け出る目で学校選択をすることもときには大切

★教育言説。学校や教育関係者が使う教育の中だけで通用する言葉があります。教育関係者や学校では、疑いもなく使われています。たとえば、絶対評価なんて言葉は、学校や教育領域の外で使われているとしたら、いろいろな問題が起こるでしょう。「絶対」という意味が学校と社会では少し違いますよね。相対評価にしろ絶対評価にしろ、生徒自身が自らを評価し、絶望を希望にかえる努力を抑えてしまう場合もあります。評価とはもちろん改善のためのモニタリングの基準ではありますが、それはそこで終わるのが目的ではないのです。

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★自己効用感とか自己肯定感とかも心理学の言説だったのでしょうが、今では教育言説です。疑いもなく、効用感や肯定感を上げようとします。もちろん大切なことです。しかし、その効用感や肯定感は、相対評価や絶対評価からはなかなか生まれてこないのです。学校評価は、基本客観的と言われています。この客観的という言葉も実は教育や学校で使われるとき、言説になっています。学校教育において、科学的客観性の高いものは意外と少ないのです。本来は質的評価しかできないのに、定量的に評価し、数字になるから客観的だとなりがちです。

★自分はいったい何者なのかを判断するのは、論理的合理的思考だけではないのです。善き雰囲気や審美観的感情や多くの人が国を越えて持っている倫理観みたいな言語化が難しいものもあります。

★それらを感じるには、自分一人だけではできないし、誰かが作った基準に従って自分を知ることもできないはずなのです。ですからできないのだから、それを謙虚に受け入れ、仲間と自然と歴史と本を通して先人と・・・・・対話をしながら自分知っていくのです。主体的というとき、主語は「私が」でしょう。でも本当は「私たちが」という感じかもしれません。

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★リフレクションをしながら、そこは教育言説を改めて問い返している先生方がいる学校があります。そこで学ぶことはもしかしたらハッピーかもしれません。リフレクションすら今や教育言説です。ですから、デカルトのようにあらゆることを懐疑し探究し続ける「省察(meditation)」をしている教師がいる学校を探してみる余裕も必要かもしれません。

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★国語、英語、探究も今や教育言説です。国語は教科書を学ぶことではないし、英語は英検の級を上げるためのものでもないでしょう。探究もスタートアップするためのものではないでしょう。

★もちろん。それはそれで問題ないのですが。言語の意味や探究の意味を生徒自身が自ら複雑な人間の心情や思考、自然のシステムと社会のシステムの複雑な絡み合いなどを紐解いていくスキルやツールを自分の身体に適合させていく環境もまた必要でしょう。未来はもっと複雑になるのです。しかし、一方でその本質を洞察するシンプルな自分の基準やスキル、判断の経験を積み上げていくことなく、外部のツールや情報、テクノロジー、システムに動かされていく疑似アクティブな主体性を行っても、そしてそれを相対評価や絶対評価をしても、その生徒の内側に身体に何が蓄積されるのでしょう。

★教育で使われる言葉が、生徒自身の魂を豊かにしていく糧であるか、生徒自身の魂を小さく押し込めてしまう教育言説になっているのか、見極めることはおそらく重要です。

★あらゆる問題は、教育言説に従う環境で起こっている可能性があるのです。

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AI時代の判断力

★AI時代は、AIにすべて任せるか、AIをサポートの道具として使うのか見極める判断が大切だと言われています。AIと人間が協働して取り組むと、実はAIだけでやるより成果などが劣ってしまうという場合もあるようです。まるで、大人が子供の学びに介入すると思わしくなくなるというのと似ていますね。

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★そこで、そのように見極める「判断」を人間がしていくことが重要になるというわけです。では、その判断はどうやってできるのか?

★基本は、大所高所から眺め、具体的な状況を見定め、近視眼的にならず展望を持ちながらも、いまここで、最優先に状況を改善する道を選択判断する。

★問題は、個人の判断は、主観とその主観が集めた限定的な情報を客観的に扱い、論理的合理的に考えながら、倫理的な価値や審美観的な価値という感情をどうマネジメントするのかも合わせて判断する必要があります。

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★しかし、一方で、社会という組織もまた論理的合理的思考をするし、社会で広がる感情にも対応していく。組織によって主観的な要素もあるし、個人以上に収集集積した客観情報もあります。SNS上では、それがかなかうまくいかないで炎上することがあるわけです。これは、個人の判断と社会の判断がつながることによって、平衡関係を生み出すことがなかなか難しいことを象徴しています。

★なんとか平衡関係をつくりたいのです。そのためには、個人と社会=主観と客観という図式を調整する必要がありそうです。つまり、この思考と感情、主観と客観の座標を個人も組織も持ち、両者が個人と社会という軸と思考と感情という軸で構成する座標系を作り出すと考えてみてはどうかというわけです。これは、京大の出口康夫教授の「WEターン」という発想から考えてみたことです。

★このI as WEという考え方は、アリストテレスが人間は社会的存在だといったときから、ずっとあったのですが、ポスト資本主義にあっては、WEがぬけおちたIというイメージが広がったかもしれません。それにWEのリアルな範囲や関係性が、ギリシア時代、中世、近世、近代、現代ではずいぶん変わりました。

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★立ち戻ってこの座標で考えてみる価値はあるかなと考えています。その座標系でどのような関数方程式を創造するのか。これが最終的な判断方程式になるのではと。判断はIという個人が行っているようでもその背景にはWE(人間だけではなく自然も含める)と相互に関係しあっている。WEとしてのIが判断するメカニズムを構築することが複雑で予測不能なAI時代には必要になりますが、どうやって方程式を生み出すのか?結局省察(デカルトいう意味でのmeditation)付き対話を続けることで。

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2025年11月25日 (火)

2026年中学入試(03)工学院大学附属 今年も風が吹く

★11月23日工学院大学附属中学校は、説明会と入試予想問題体験会を行いました。会終了後、田中歩教頭は言葉にメッセージを込めました。グッとくる言葉です。工学院の生徒中心主義の学びの環境がリアルに伝わってきます。このような力がこもった言葉の背景には、前日帰国生入試を行い、海外入試を合わせて、中学は昨年と変わらず、高校は増えたという実感があったからでしょう。

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★多摩エリアで、昨年と変わらぬ勢いがあるということだけでも奇跡的ですが、高校で帰国生入試が増えるということは、いよいよ海外に工学院の魅力が伝わってきたということでしょう。海外から見れば、海外大学にも通用する教育の質があるところは、エリアに関係なく志望校になるのです。物理的距離感が違うので、都心から遠いかどうかはさほどの問題ではないでしょう。魅力的な学校に通うために、住居を考えることができるからです。

★工学院に今年も風が吹いています。田中教頭は海外も国内も生徒のプロジェクトが行われているところを飛び回っています。また自分の学校だけではなく東京の私学のためのプロジェクトのリーダーも務めています。工学院の理念「挑戦・創造・貢献」をご自身が果たしています。

ぜひ田中教頭のメッセージをお読みください。

★田中教頭の話を聞いた受験生の保護者は、次のように感動して、不安な気持ちでいる自分に元気をもらえたと思ったでしょう。受験を結果だけでなく過程として捉え、子どもが課題に向き合いながら成長していく姿勢を大切にするという言葉に励まされ、模試を前向きに受け止める視点に安心を覚えたことでしょう。さらに、工学院での学びが日々の「なぜ?」を積み重ね、確かな力へと変わっていくという説明に、子どもの未来を信じて支えたいという思いが強まったと推察します。

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2025年11月20日 (木)

生徒が生成AIを介して善きリフレクションをする意味 世界を救うかも

★生成AIが倫理を守れるかどうか?いろいろ議論されています。道具はユーザー次第で良くも悪くもなりますが、生成AIは悪くなる方向に歯止めをかける仕掛けはアップデートされているようですが、それでもいろいろな事件が起きています。しかし、恐れていないで、だったら、生徒が善きリフレクションを生成AIを介して、自分のためでだけではなく、生成AIの倫理AIの機能をアップデートしていけるようにすればよいのではと浅知恵かもしれませんが、そんなことを思い、生成AIと対話して、次のような文章ができました。

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(文章をclaudeが図式化)

生成AIを介して善きリフレクションを行うことは、生徒にとってだけでなく生成AIにとっても有効です。生徒にとっては、公平性・自由・社会貢献・正当性・信頼性・妥当性といった観点から自らの言動を振り返る習慣が育まれ、倫理的判断力や主体性を高める教育的効果があります。生成AIがその過程を支援することで、生徒は自分の考えを言語化しやすくなり、自己省察を深めることができます。一方、生成AIにとっても、こうしたリフレクションのやり取りは学習の質を高める機会となります。人間の多様な価値観や省察のプロセスを取り込むことで、AIはより公平で妥当な応答を生成する能力を強化できます。つまり、善きリフレクションは双方向的に作用し、生徒の倫理的成長を促すと同時に、生成AI自身の信頼性や社会的有用性を高める循環を生み出すのです。 

★というわけで、善き倫理を生徒も生成AIも学ぶピアラーニングを試行錯誤してみたいと思います。フュージョン教育研究会のメンバーである工学院のた田中歩先生、駒女の山口先生、聖学院の本橋先生方と。

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2025年11月10日 (月)

生徒が生きる社会の枠組み 生徒が視野を豊かにする理由を共に学ぶ学校を探す

★生徒が生きる社会、もちろん私たちもそうですが、そこは複数の集団システムに囲まれています。その集団システムから抜け出ることは難しいのですが、単一の集団システムがすべてだと思い込むのは危険です。身の回りの生活、身近な社会、そしてそれらを包摂する様々な社会は、必ずしも合意形成を持続しているわけではありません。矛盾と葛藤も多様多層にあります。気候変動の問題や地政学的緊張感、そして何より精神的抑圧課題で満ちているのは、その矛盾や葛藤に起因していることはシンプルに明らかです。

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(個人が生活世界圏を自由に行き来できるかが重要。リアルにもバーチャルにも移動の自由と想像力を膨らませる精神的な自由を自分が獲得する学び=リベラルアーツがデザインされている学校や教育制度を探すあるいは創る)

★それなのに、そのことに気づかないのは、個人がどこかの組織だけに所属し、それが人生の生きる領域だと思い込んでいるからです。グローバルリーダーになって、国際機関やグローバル企業、国際的な研究者や芸術家になるのは大いに結構ですが、その場合、土台には、あらゆる集団システムの矛盾や葛藤の中で生き抜く生活世界を自ら創れる感性と知性という知恵を持っていることが前提なのです。

★そのような知恵を身に着ける学びのデザインが、リベラルアーツです。このリベラルアーツという言葉を前面に出しているかどうかは問題ではありません。

★この言葉を使わなくても、進路先進路指導ではなく、リベラルアーツ進路指導を行っている学校はたくさんあります。進路先指導は、一つの集団システムの正義をお教え込みがちです。リベラルアーツ進路指導は、生活世界をつくりウェルビーイングを生み出す知恵を生徒自身が体得していく学びのデザインです。

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2025年11月 3日 (月)

文大杉並 再び新しい学びを創出 高校入試を大きく変えるレバレッジポイント

★今年4月、文化学園大学杉並の校長青井静男先生は、こう語っていました。「本校は常に社会の実情を見つめ、その先を見据えた新しい学びの創出を目指しています。2015年度にはダブルディプロマコースを立ち上げ、日本のグローバル教育のあり方について新しいビジョンを共有しました。その立ち上げから10年が経った今、本校はさらなる挑戦を始めます。これまで取り組んできた、STEAM教育やプロジェクト型学習、グローバル教育などの次世代教育ビジョンの集大成です。ぜひご注目ください。」と。

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★青井校長こそが、ダブルディプロマコース立ち上げのリーダーですから、この言葉の重みにグッときます。この集大成が2026年4月から新しく設定される「ILコース(イノベーションリーダーズコース)」です。「ぜひご注目ください」の言葉通り、学内外で注目を浴びました。

★同コースの立ち上げのリーダーは理事長補佐の染谷昌亮先生ですが、先日大学通信の取材で、すでに行われた学内の応募状況についてこう公開しています。「ILコースの入試では一般的な学力検査ではなく、プロジェクト審査を実施。事前に授業体験会も行う。定員は30人で、内部生と高入生が混在するクラスになる。すでに、39人の内部生が応募し、16人が合格。」と。

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★4月から7か月が経ち、早くも2026年の高校入試が間近んきなりました。青井校長が予言したように「注目を浴びて」いるのです。内部生だから進めるのではなく、チャレンジングなまさにイノベーターの選抜が成立しています。入試要項によると、外部の高校入試のILコースの募集人数は20名強ですから、これもまた激戦になるでしょう。

★ただ、いわゆる一般入試ではなく、3時間のプロジェクト型入試です。グループワークを行い、思考力・判断力・表現力、何より東大の2027年開設予定のCollege of Designが重視する「創造的思考」を診るのでしょう。それに協働はイノベーションの重要な足場ですから、チームワークも組み立てられるかも大事になるでしょう。何せイノベーションリーダーズですから。

★このような画期的な高校入試は、PBLをベースに行っているほかの学校でもなかなかチャレンジできません。すでにかえつ有明や聖学院は同じような高校入試をやってはいますが、両校とももともと高校入試はやっていなかったところなので、経営よりも新しい学びの確立に軸足を置いて創ったために、中学からの内部生がコースの実現の中心でした。そのため、高校入試では両校だからできると、高校入試市場に広まる契機にはなかなかなっていませんでした。

★ところが、文大杉並は、DDコースの成果が広く国内外の受験市場で支持され、中学も高校も応募者は右肩上がりの人気校です。しかも、DDコースは高校だけではなく、そこに接続する中学からのDDコースへのロードナップが明瞭になっていますから、DDコースの学びそのものの仕組みの有効性が受験市場に広まったのです。

★そして、このDDコースは、ある意味先進的カナダの教育そのものですから、たんに英語教育が充実しているというだけでないことは、もはや周知の事実です。そこには当然コンピュータサイエンスの学びがベースです。このベースは、DDコース以外にも共有されてきました。そこで満を持して、DDコース以外にもう一つコンピュータサイエンスベースのしかもスタートアップも視野に入れたILコースを作ったのでしょう。

★ですから、受験市場は文大杉並のILコースがどんな学びをやり効果的なチームを作りながら興味深い成果を出すか期待値大なわけです。

★このように教育の質だけではなく私学経営の戦略(理事会の大胆な戦略と緻密なプランニング力に脱帽なのです)が合力を生み出したとき、応募者を獲得できるだけではなく、その新しいILコースとその入試が受験市場に社会的インパクトを生み出します。世の中は、大学入試や中学入試が大きく変わっているときに、高校入試がなかなか変わらないので、半ばあきらめてきたのですが、もしかしたら、今回の文杉のILコース入試は、高校入試を変えるレバレッジポイントになるかもしれません。

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2025年11月 1日 (土)

秋田の聖霊学園高等学校 白鳥に変容するとき

秋田の聖霊学園高校の校長工藤保代先生にいざなわれ、先日見学させていただきました。ちょうど創立117周年の記念ミサが行われる日でした。ミサは、神言会の神父様がとりおこないました。ここ秋田は神言会のルーツです。南山学園も神言会の学校です。神父様は、聖霊高校は今年、創立117周年を迎え、創立以来、キリスト教の精神に基づく「人間教育」を大切にし、「聖霊」という名にふさわしい教育を続けてきたことを教職員と生徒と共に確認し、祝福しました。

★その後、工藤校長と少し対話をしました。校長は、「聖霊は人と人を結び、共に生きる喜びをもたらす存在ですから、急速に変化する社会の中で、教職員と生徒は共に本当に大切なものを見失うことなく探し求めていくつまりトランスフォーメーションしていくことも大事なのです。117周年を迎え、伝統を守りつつ、新しい価値を創造することを教職員とプロジェクトを動かしているところです」と語ります。そして、「生徒一人ひとりが柔軟で創造的に行動できる“光の子”として育つことを全うしたい」と。

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★その後、学校のリーダーメンバーと対話をしたのですが、先生方と事務長みな光輝いていました。秋田県で唯一のカトリック学校、市内唯一の女子校として、社会に新しい教育的価値を生み出そうとするミッションとビジョン、モチベーションが満ち溢れていました。そして、実にリアリズムでもありました。その新しい価値を生み出すには、イノベーションが必要なのだというのです。授業を見学してなるほど、生徒一人一台自分の好きなラップトップを活用し、フォームで教師とデジタルで情報や学びのプロセスと成果をやりとりしていました。

★しかし、聖霊学園でのイノベーションとは、テクノロジーだけの話ではないのです。ルーブリックがしっかりしていて、それを授業の中でしっかり根付かせ、それを生徒も共有し、振り返りができるシートもできています。つまり知のイノベーションを起こしているのです。学びの状況、学びのプロセス、学びの成果を可視化するわけですから、学校全体の取り組みとなっているのです。

★知のトランスフォーメンションですから、2027年以降の大学入試の変化に対応するべく、英語の教育もハイレベルでした。対話や小論文を編集するスキルも、授業はピアインストラクションやPBL型で対応できるようになっています。そして「情報」教科の充実。

★しかし、そのベースには「共感」を大切にする人間関係の心理的安全を生み出す環境がDE-SIGNされていました。音楽の時間やミサのときのコーラスは言葉では尽くせないほどすてきな響きでした。

★何より教え込むのではなく共に学ぶファシリテーターとしての教師の役割が充実していました。

★シンガポール大学の田村耕太郎教授が、日本の地方こそ白鳥になれる潜在的可能性があり、そのことは、外国の方々のほうがよくわかっていると言っています。そのためには、新たな価値を生み出す経済も大事ですが、新たな価値を生み出す人間力を養う教育力も極めて重要です。

★聖霊に光を浴び、同時に自分の内側から光を放つ教職員と生徒。ここに秋田の未来、日本の未来、そして世界の未来があると感じたし、工藤校長は宇宙まで含めて光が満たされるようにしたいと語ります。最後に先生方とミニWS型スピーチをさせていただきましたが、ミッション、ビジョン、イノベーション、そしてパッションを共感することができました。1時間目のミサから授業終了後の会議の時間まで、あっという間の光の体験でした。ありがとうございました。

★そうそう、聖霊ドミトリーがあります。キャンパス同様快適なホテル並みの空間だと聞き及びます。寮生活もまた素晴らしい体験になるでしょう。

★それから、聖霊学園にとって、光というのは、目に見えない大切なものを明るみにすることでもあります。実は授業の中で、学びのスタイルと学びのプロセスを支え動かす教師と生徒の内面の思考メカニズムとメタ・ルーブリック(カナダからの先生は、ドラフトルーブリックと呼んでいました。軌道修正しながら授業がデザインされます)が可視化されていました。これは、やはり先生方同士が普段から対話を行っているからこそ互いに深いところにまで光が届くようになっているのだなと感動しました。

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