グローバル教育3.0

2019年10月20日 (日)

2020年からの中学入試(31)GLICCの帰国生を巻き込み新しいアクション

★GLICC主宰の鈴木裕之代表は、中高大の帰国生の入試をケアしたり、麻布などの思考力を要する入試対策をする小規模だけれど、実績は大きい<新しい学びの拠点>を形成しています。

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★中学入試における帰国生入試の要項は言うまでもなく、各学校の出題する入試問題の分析を徹底的にしている学びの拠点は他にはないでしょう。大学入試における帰国生の入試問題も当然分析していますが、東大や一橋大学をはじめとする帰国生入試のための小論文対策や志望理由書の書き方の指導は、教室というリアルスペースのみならず、Web上での議論やププラットフォームを形成してバーチャルな学びを実施しています。

★したがって、身構えているスペースは小さいのですが、生徒は世界各国にいて、実はスケールが大きいのです。

★しかしながら、大手塾が実施している海外での帰国生入試のための説明会は、とても情報が偏っていて、一般受験生の情報をベースに流しているので、グローバルに活躍したいと思っている帰国生の発想を生かすことができないでいるという実情も、Webを通してコミュニケーションをしているうちにわかってきたといいます。

★GLICCのスタッフは、鈴木氏の教え子がほとんどだったり、その友人で構成されています。またケンブリッジなどの世界ランキング100位以内の大学で学んできたネイティブスピーカーの講師も多いですね。したがって、扉を開くとそこはまるでどこでもドアを開いたかのようです。急にグローバル圏になるのです。

★そこから、今の帰国生の現状をみて、もっとケアしなければ、せっかくの世界的視野や発想の芽を摘まれてしまうと思いたち、今回12月2日にドバイのミレニアムプラザホテルで海外生対象(小・中・高)の海外進学説明会を実施する決断をしたようです。

★ほかの塾のように学校の説明会ツアーを組むのではなく、1人で乗り込むわけです。他の塾がそういうことができずに、ただのつなぎ役になるのは、それは日本の帰国生入試の情報を幅広く公平に情報収集していないからだし、自分で三田国際や東大やケンブリッジ大学に合格させる経験がないからです。そもそも入試問題の中身まで知っている大手塾のコーディネーターは少ないのが実情です。

★ようやく、真実を語る帰国生のための救世主がドバイの地に現れるのです。鈴木氏は、英語堪能、ICT技術堪能、PBL授業の達人、小論文指導の第一人者です。Webの世界では有名人ですが、日本では、帰国生入試はそれほど注目されないので、知る人ぞ知る達人です。真実は、世界から見なければ見えませんね。

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2019年10月 2日 (水)

PBLの世界(32)学力も伸ばす才能も開花する学びのコンビネーションは?

★才能は伸ばすけれど、現状の大学入試問題が解ける学力は伸びないでは困ります。もちろん、学力は伸びるけれど、才能は開花されないは、今後の<新しい学びの経験>では論外です。しかし、学力だって捨てたものではない。才能が開花すれば、学力が伸びなくていいなんて、それも論外ですね。

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★授業は「レクチャー」「問答講義」「PIL」「PBL」に大きく分けられるけれど、学びの内容によってコンビネーションが妥当です。学力だけを伸ばしたいのなら、「レクチャー」が最適でしょう。

★生徒との対話を重視し、理解を定着させるには「問答講義」がよいでしょうが、これだと学力も伸びないし、才能も開花しませんね。もちろん、生徒自身の能力で、勝手に学力を伸ばし、才能を開花する場合はあるでしょう。

★しかし、もっとも「学力」を伸ばす方法は、「PIL」です。残念ながら、これはほとんどの学校で実行できていないですね。ICTがないとうまくいかないからです。

★「PBL」は才能を開花するけれど、学力を伸ばすのは、ダイレクトな目的ではないから、やはり「PIL」とのコンビネーションが最適です。

★このPIL×PBLを行う準備ができているプログラムを用意している学校を探しましょう。

★10月6日の聖学院でのセミナーと10月27日の工学院でのフォーラム両方参加するとそれがばっちりわかります。

★才能も開花し、大学合格実績も出せる方法です。教育は理想主義だけでも現実主義だけでも、生徒にとっていい迷惑です。両方必要です。プラグマティックな教育実践こそ希望です。

★理想ばかり語っている教育者は空虚だし、現実ばかり語っている教育者は愚かです。メディアに幻惑されないようにしましょう。

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2019年7月18日 (木)

学校の授業の空洞化というリスクを回避できるか?

★日本の高校の実態を直視してみると、ちょっと恐ろしい。というのは、学校は、法律で守られているからカタチはあるけれど、もはや教育は自前ではできない状況にある可能性がある。

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★今日の大学入試は複雑で、膨大な入試情報を整理し、抽出し、生徒1人ひとりの学びの状況とマッチングさせることは、もはや学校独自でやることは不可能な状況である。

★学校の先生方も、大手予備校の研修にでて、大学入試問題の解き方を学ぶ。そして、学校に帰ってきて、その解き方を授業で実演していくという20世紀型授業が、今までの20世紀型教育。海外大学も、予備校に頼れば、20世紀型教育で十分に成果は出る。

★だから、国内外の大学合格実績を出すのに、実際には学校独自の授業などないと言ったら叱られるかもしれないが、そういう事態になってしまっているのは否めないだろう。

★外部との連携は大事であるが、外部に丸投げか、外部のプログラムの下請けを結局はやっているのが、20世紀型教育である。

★これだと、偏差値偏重型だし、知識偏重型になるから、生徒1人ひとりが自分の未来を創り上げる力などつかないのは、今の日本の国力の減速を見れば明らかである。

★そこで、21世紀型教育によって、新しい学力や成長の基準を生みだし、それに基づいて論理的思考や創造的思考を生成し、生徒1人ひとりが自分の未来を創ることができる力をトレーニングしようという動きが生まれてきた。もちろん、その自分の未来は、自分というエゴな世界を広げることではない。新しい人間観への価値の転換を伴う。

★ところが、それには、すべての授業がPBL型で行われていなければならない。PBLで行われていけば、それが高2から戦略的PBLに変容するだけで、国内外の大学進学準備教育になる。外部の力と連携するも、下請けにはならない。

★つまり、これはかなり理想的な状態で、ほとんどの21世紀型教育標榜校は、授業はときどきPBLであればよく、国内と海外両方の大学を射程に入れたグローバル大学準備教育を外部に丸投げか、授業が下請けであれば、結局結果は出てしまう。ときどきPBLをやるから、なんとなく新しいこともやるという雰囲気があり、20世紀型教育よりも相対的に知識偏重という雰囲気は回避できる。

★かくして、フェイク21世紀型教育を行っている学校で、実際には、学校の授業は空洞化してしまっていても、外部の力によって大学合格実績を国内外両方で出すことができるのである。

★もし、法律の学校という枠組みが解けてしまったら、自前でできる学校は、真正21世紀型教育推進校しかなく、そのほかの学校は、みな外部団体に飲み込まれてしまう。そうなっていないのは、単純に「規制」があるからだ。

★「規制」がなければ、学校として機能しない状態の中で、多くの生徒が縛られているのである。これでは、日本の国力を回復する才能児が羽ばたけるわけがない。

★「規制」を外して、予備校型学校、海外大学附属型学校、真正21世紀型教育校とはっきりしたほうが、生徒も教育力そのもので学校を選択できるし、才能も開花できるだろう。

★まあ、荒唐無稽な話だが、もしも「規制」を外したら、自分が行きたいと思っている学校がどのタイプに属している学校なのか見えてくるだろうから、論理的仮説として考えてみるのも許されるだろう。

★そうはいっても、いずれにしても、「規制」が成立しなくなる時代はすぐそこまできている。Facebookの≪リブラ≫の話は、今は各国から包囲網を仕掛けられているが、それは一過性で、やがては中央銀行の機能を突破し、そこを中心に積み上げてきたあらゆる規制を崩していくだろう。制度の再構築が起こるのは、多くの見識者が見通していることである。

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2019年7月 1日 (月)

工学院 チーム田中③ PBL授業の存在価値を高める

★チーム田中の活動において、田中歩先生は、スーパーファシリテーターというロールを果たしているわけであるが、同時に新しい何かが自然とというか、メンバの主体性によって生まれてくるマインドセットをするスーパージェンレーターの役割も果たしている。

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★というのも、田中歩先生は、世界から工学院の教育を考えているから、国内の教育では制度上、世界の本物のエスタブリッシュ校と同じ土俵で学べないということを熟知している。

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★従来は、それに気づいた一握りの生徒が家庭の力で留学したりしてきたわけであるが、現代の日本の国力の低下を救うには、一握りの生徒の教育ではなく、学校全体の教育の質の向上を果たさなくてはならないと田中歩先生は語る。

★そのためには、海外のグローバル高大接続が可能なコミュニティと数多く連携することが大切なのだと。実際3つくらいのコミュニティと連携する予定だという。

★しかしながら、連携したいからと言って、すぐに連携できるわけではなく、C1英語のレべルやプロジェクト型の学びができる環境でなくてはそれらのコミュニティとは連携ができない。

★しかも、海外のそのようなコミュニティは、日本の学習指導要領の教科主義とはまた違う、かなり柔軟な科目設定nなっていて、昨今言われている教科横断型教科とか合科とかいうのは当たり前なのである。

★したがって、チーム田中のメンバーのPBL型授業は、そのようなしなやかで強い思考力や知性やタフネスを生み出すような授業としての存在価値を高めていきたいのだという野望があるようだ。

★つまり、今の大学受験体制や大学入試改革の枠内の教科とか探究とかいうものにこだわりをもっていると、世界のエスタブリッシュスクールと同じ土俵で学び合うコトができない。そして、田中歩先生は、チーム田中は、このこだわりを捨て、現状の殻を打ち破る何かを生み出す予感がするというのである。

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2019年6月23日 (日)

【未来を創る学校16】2つの聖光学院の挑戦!

★クアラルンプールに2つの聖光学院の生徒4人が着いて5時間くらい経ったところか。2つの聖光学院とは、静岡聖光学院と横浜の聖光学院。兄弟校のことである。昨年、静岡聖光学院は、マレーシアのマレーカレッジで行われた国際サミットに招待された。

★そのとき、日本の教育に危機感を肌身で感じたという。グローバルという意味を実感し、英語で広く深く考え、自らの存在理由を発信し、世界を巻き込んでいく人間力がいかに重要か気づいたという。そこで今年も参加することにしたようだ。

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(写真は静岡聖光学院のサイトから)

★そして、同行した副教頭田代先生は、この世界を一人でも多くの生徒に経験させたいと思い、生徒とともに行動を起こした。学内外で、サミットの様子を発信したりした。今回は、自分の学校だけではなく、兄弟校である横浜の聖光学院もいっしょに参加する。

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★「日本の代表として、我々が学ぶこと、我々が与えられること、そんなことを感じながら、共に未来を創造してこようと思います!」と田代先生は語る。活躍の様子がまた発信されると思う。注目していきたい。

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2019年6月22日 (土)

八雲学園を大きく変えたイエール大学が今年もやってきた!(後編)本物の教育の存在理由

★毎年訪れるイエール(Yale)大学のアカペラグループ≪Whim'n Rhythm≫は、今年5月に同大学を卒業した学生のツアーである。このクラブの伝統であるが、たんなる卒業旅行ではない。米国のアイビーリーグをはじめとする有名大学は、なぜ有名かと言うと、伝統的に世界に影響を与え続けるミッションを遂行しているからだが、今回の世界ツアーもその一環である。

★そして、それが結果的に世界から優秀な頭脳を集める好循環を生んでいる。しかし、目先の自己利益や国益のみを目指したアドミッション活動ではない。もしそうだとしたら、世界から優秀な頭脳は集まらない。日本のトップ大学の東大などは、そういうことを考えないで、大学入試改革を否定する話題をメディアにのっかって行っているぐらいだ。細部は正しくても、大きな問題を解決するための未来を見ない日本独特の見識者集団。ここに私たち日本の限界がある。

★近藤校長は、八雲生にそうなって欲しくない。だから、自分がどこまで世界に挑戦できるのか、実際に中高時代に世界で試行錯誤する機会を創るのである。そして、日本のこの限界を超えて共に世界と歩める社会づくりに貢献して欲しいと思っている。思っているだけではなく、実際にこんなすばらしいイエール大学との国際交流を行う実践拠点を作ってしまったのだ。未来は自分たちで創ってしまえばよいという言葉は、近藤校長の日ごろの言葉でもある。

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★イエール大学の学生と音楽国際交流をするというのは、コンサート当日、決められた演奏出番の時間に八雲生が登場すればいよいというわけではないことは容易に想像がつくだろう。

★このようなイベントを行うには、1年間通して、メールで打ち合わせをしなければならないし、ケベックにRound Squareの国際会議に八雲生が出席する際などには、ニューヘイブン市のイエール大学に立ち寄り、アカペラグループ≪Whim'n Rhythm≫のメンバーと日本ツアーのプログラムについてその魂の共有をしながら打ち合わせるところまでする。

★もちろん、メンバーがイエール大学のキャンパスツアーもしてくれるから、その魂はそのキャンパスに溢れていることに八雲生もすぐに気づくという。

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★そして、コンサート当日、午前中はリハーサルをいっしょに行うのである。

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★このリハをいっしょに行うには、当然英語で緻密に打ち合わせしながら、表情や身振りなど豊かに表現しながら行っていく。

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★これがいかに貴重で強烈な体験かは、想像するに難くないだろう。

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★しかし、実は、≪Whim'n Rhythm≫は、八雲学園に前日に入る。ものすごいタイトなスケジュールにもかかわらず、早朝から遅くまで、八雲生全学年の生徒と交流する。八雲学園も各学年で、日本文化体験、日本料理体験、ディスカッション、部活体験など様々なアクティビティやイベントを用意して歓迎する。

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★≪Whim'n Rhythm≫のメンバーは、疲れた顔一つせず、丁寧にコミュニケーションをとるし、吹奏楽部の演奏にのって歌うその響きはすばらしいし、軽音楽部とロックを歌う時はノリノリだ。

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★一日で、オール八雲生と共感という足場を創っているのだろう。それは、無意識で行っているかというと、そうではない。実はミッション遂行のためのプログラムの一環である。コンサートを成功させるには、ファンづくりをしなくてはならない。そのためには、ハートとハートのビートを合わせる必要がある。それを一日にしてつくりあげるのが、彼女たちのアートのなせる業である。

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★イエール大学をはじめとするアイビースクールなど米国の大学が、世界を変えるイノベーターやリーダーを多く輩出するのは、実はリベラルアーツとアートを大切にする。なぜか?もうおわかりだろう。世界を巻き込むにはこれらの力に勝るものはないからである。

★八雲学園のように、深い思考力(日本語でも英語でも)、リベラルアーツ、アートを大切にしている教育を行っている学校こそが、これから未来を創る学校となろう。どんなんに学力優秀人材を出しても、目先の事しか考えなない、リベラルアーツやアートを軽視する合理的な教育だけの学校では、日本の未来及び子供の未来を背負う人材は生まれない。小さな正義は達成できても、大きな正義は描けない人材ばかりになっては困るが、そういう権威者や見識者がなんと多いことか。

★八雲学園近藤校長は、だから自分たちで未来を拓く豊かでたくまし人間力が育つ教育環境を創り上げたのである。

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八雲学園を大きく変えたイエール大学が今年もやってきた!(前篇)

★6月18日、めぐろパーシモンホールで、八雲学園は、イエール(Yale)大学のアカペラグループ≪Whim'n Rhythm≫と音楽交流コンサートを開いた。この交流会は、今年でもう7年目になる。≪Whim'n Rhythm≫の歌声は、毎年八雲生と響き合い、その響きは八雲の世界を変えてきた。今年もどんな影響を与えたのだろう。

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★7年前に八雲生は、彼女たちに出遭い、そのアカペラの歌声に魅せられた。私たちも英語でイエール大学の生徒と同じレべルで歌いたい。その想いがgleeというミュージカルのサークルを作る動きになった。

★なぜミュージカルかというと、来日したイエール大学の学生の中には、演劇やミュージカルを専攻しているメンバーも多く、歌というものが、身体全体から響いてくることに感動したからだという。今回もすでにブロードウェイに進むメンバーもいるぐらいだ。

★そして、サークルは大人気になり、あっという間に部活動になった。ミュージカルと言うと、いろいろなコスチュームに多様な道具でダイナミックに行われるのだが、今年は、初心に戻り、八雲生もシンプルにアカペラに挑戦。

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★堂々と、イエール大学の学生と“Dog Days Are Over”を歌った。GLEEとは、全米で大ヒットした高校学園ドラマ。すさんだ高校をグリー部という合唱部が輝かしく変貌させていくドラマで、もちろん、その過程で思春期特有のドラマが繰り広げられる。歌あり、ダンスあり、葛藤あり、もちろん、恋ありというわけだから、八雲生のglee部もすぐにヒートアップしたわけだ。

★英語を学ぶには、やはりこういう衝撃がモチベーションを燃やす。なんてファッショナブルで自由な学園なのだろう。

★その学園ドラマは、もちろん数々のヒットソングを生み出すのだが、“Dog Days Are Over ”もその一つだろう。なかなか味のある人生の難しさを悩ましくかつ美しいハーモニーとロックンロールのリズムで盛り上げる。それをアカペラで歌いきるのだから、イエール大学の学生は言うまでもないのが、八雲glee部も相当実力をつけた。

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★そういう姿をナチュラルに楽しそうにのびのびと歌っているのである。すばらしい!と何度心の中で叫んだことか。八雲学園の中に、エスタブリッシュなグローバルネットワークが人知れずシステムとして広がっているわけだ。

★そして、このイエール大学との国際音楽交流が、イエール大学に進む世界の高校生と同レベルになりたいという想いも生み出してしまった。その想いが結実したのが、Round Squareへの加盟である。このRSという世界のエスタブリッシュ私立高校のコミュニティからは、イエール大学をはじめとする世界トップ大学に多くの生徒が進む。

★八雲学園は、その環境にジョイントするために、3年間審査を受けた。それには英語力を破格にしなければならなかった。9か月留学プログラムを創って実行したり、エッセイライティングやディスカッションを積み重ね、模擬国連にも挑戦し、英語で深い思考と表現ができるようになるためのトレーニングンを徹底した。

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★加盟するには、一握りの生徒がそうなるだけではだめで、全校生がそこに立ち臨む必要がある。しかも、世界の学校は共学校がほとんどだから、交流を進めていくと、海外からの男子生徒も受け入れる環境も整えなければならない。

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★つまり、イエール大学と出会ってからの7年間は、八雲学園にとって共学化になるなど大きな自己変容の過程だったのである。

★当然、頭角をあらわす生徒もたくさんでてきた。Yale大学の同窓会が、世界各地の高校生の中から学業と人物に優れた者を表彰する『Yale Book Award』を受賞する生徒も毎年現れるようになったのである。

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★イエール大学の学生によると、イエール大学を選んだ理由は、アートコミュニティに感銘を受けたからとか、演劇に興味があったからとか、プロジェクトを協力して創り上げようとする意欲がすばらしいからとか、世界の著名な教授や有名なアーティストと歌う機会が多いからだという。

★分子生物学や電子工学を専攻している学生は、サイエンスを学ぶだけではなく、リベラルアーツも欠かせないからだと。

★そして、全員に共通する理由は、イエール大学は情熱であふれているということだった。

★YakumoとYale。2つのYは、教育の総合力と情熱という点で響き合う。運命的出会いは必然だったのかもしれない。

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2019年6月21日 (金)

英語改革の迷走?日本国家の政治経済政策が迷走しているのではないか?

★Wedge7月号で「英語改革の迷走」という特集が組まれている。中身は新しいものは何もない。うんざりするほど同じ話が掲載されている。

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★この類のテーマになると、民間試験は公平性が担保されないとかいう話が必ず出てくる。家庭による収入格差があるから問題だとか言うお話も。ちょっと考えようよ。その格差を生んでいるのは、グローバリゼーションの片方の側面である闇を生んでいる、日本国家の行政政策に問題があるのだろうが。グローバルなスタンダードに対応できない文科省の政策にあるのだろうが。格差を生んでいるのは、それを主張している東大も加担しているのではないか。

★自分だけは、東大や官僚の中で正しいことをやっている。学問の自治で保障されているのだと無責任な主張はいい加減にしてほしい。

★何が根源的な問題を考えよだ。根源的問題は、このままの教育だとよけい格差が生まれる日本社会になるということだろう。

★だからといって、大学入試制度が変われば英語教育も変わるというのを大真面目に語られても、教育とはそんなものでよいのかと思うのはおかしいだろうか。

★しまいには、英語の前に日本語で思考できることが大事で、4技能を学ぶだけでは、真の意味でのコミュニケーション能力は養えないと、およそ馬鹿げたことをいっている。日本語でだって真の意味のコミュニケーション能力が育ったことがあるだろうか。

★第一、思考力は日本語に限定されるのではないはずである。

★高校生は、とにかく国や知識人が言っていることを鵜呑みにしないで、自分で判断して欲しい。英語の勉強はインターネットの世界でやろうと思えば、いくらでもできる。格差なんて吹き飛ばせるのだ。

★たしかに、制度上明示されていない部分がまだあるし、バラツキもあって、困ってしまう場合もあるが、単純に英語力を4技能全部で学ぶことは必要なのである。バランスよくとは、すべて同じレベルで得意になるというコトではない。4技能を総合的に学んだほうがよいが、読解力だけが飛びぬけていてもよいわけだ。

★英語ができない私が、居直って英語なんてと不要と言っているのではない。むしろ、英語ができなければ、仕事ができないよと言っているのだ。大企業でも外資系に務めているわけでもない私でも英語を使わない日はない。

★経済世界や政治世界ではなく、生活世界でも、いや生活世界でこそ英語は必要だ。しかも簡単な英会話ではなく、かなり突っ込んだ話を英語でしなければならない。その時は、グーグル翻訳に頼むことにしている。しかし、それはロスタイムも多く、グーグル翻訳君の言語能力が直接自分にも備わっているよいと常々思っている。

★真のコミュニケーション能力が身に着くかどうかは、結果ではない。いまここで、真のコミュニケーション能力を発揮しなければ、どうしようもないのである。そんな先送りをいつまでしているつもりなのだ。そんなことだから、あえて外国の方とのコミュニケーションを避ける。それで、英語がなくても日本にいれば生活ができるとまことしやかなことを言っているに過ぎない。

★本当は、日本人とコミュニケーションとりたい外国の方はいまここにたくさんいるのだ。それを見ないようにしている日本人がまだまだ多い。

★あまりに英語の必要性を自己都合でとらえているのが日本の識者である。世界におけるコミュニケーション格差がどんどん開いていく社会。社会は対話の有機的なシステムによって成り立ているから、そんな格差が広がる日本社会のシステムは実に自己閉鎖的にならざるを得ない。

★この道に進めと民間英語試験を拒否している識者たちは主張しているのだ。おかしいのは、どちらなのか。

 

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2019年6月17日 (月)

聖パウロ学園の全く新しいグローバル教育 パウロの森でシカゴの生徒と対話する。

★イリノイ州のシカゴの都会にあるロックポートタウンハイスクールで日本語を学ぶ生徒が、聖パウロ学園を訪問した。彼らは関空から日本に入り、大阪、京都を巡って、ツアーのハイライトは、聖パウロだったという。生徒たちは、同校で友人に会うのをとても楽しみにしていたという。

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★少し早く着いたロックポートタウンハイスクールの生徒は、ちょうど友人たちが受けている現代文の授業を見学するところからはじまった。自分たちが学んでいる日本語がどこまで通じているか少し緊張したかもしれない。

 

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★しかし、授業終了後のウェルカムセレモニーでは、聖パウロ学園一のムードメーカーの生徒が、英語でスピーチし、おまけに一発芸の手品を披露。ロックポートタウンの高校生も巻き込みながら、場は一気にいい雰囲気になった。ロックポートタウンの生徒も日本語でスピーチし、英語中心の国際交流とは全く違う雰囲気だった。

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★そして、とにかく初顔合わせ。日本語と英語で対話がはじまった。

★いったいどういうことかというと、1年前からこの時のための準備がなされていたのである。両校はSchoologyというオンラインの教育コミュニティで出遭った。ものすごい数の世界の学校が会員になっていて、オンライン上で、国際交流を行っているボーディングなのである。

★聖パウロ学園のコーディネーターは大久保先生。英語科主任で研修部部長でもあるため、グローバル教育の新しいプログラムのデザインを試みている中の1つがこれだった。

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★ロックポートタウン高校の日本語を勉強しているクラス担当の教師とネットでディスカッションしながら、プログラムデザインを実行してきた。

★したがって、この国際交流は、もちろん学校組織の承認は得ているものの、授業の中で生まれた国際交流のなのである。とにかくカジュアル。生徒がもっとも興味と関心のある互いの文化についての対話が中心の国際交流なのだ。その対話の内容は、もちろんサブカルチャーが中心。本当に生きた国際交流だ。

★そして、生徒たちはいっしょに高尾の森にのぼって行った。ちょっとしたハイキングなのだが、もちろん、聖パウロ学園の敷地内で、パウロの森と呼ばれている。シカゴからやってきたロックポートタウン高校の生徒がどんなに驚いたかは、想像に難くないだろう。

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★パウロの森の入口には、馬術の練習場が広がっている。聖パウロの馬術部はいつも優勝しているくらいレベルが高い。馬術部がある高校は米国ではエスタブリッシュスクールであるから、何ゆえにこの小さき森の学校にこんな環境があるのかと驚いたであろう。

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★そして、パウロの森に着くや、森林浴をしながら、大いに対話した。こんなに多くの外国の高校生が日本語を学んでいて、日本人生徒と互いの言語を交わしながら対話をしている姿は、他校ではなかなか見られない。

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★国際交流と言えば、科学や世界問題というテーマを前提とし、しかもオールイングリッシュでなければならないという日本からみたグローバル教育が主流だが、大久保先生は海外大学に留学していたから、世界から見た日本のグローバル教育の在り方を常に考えている。日本人同士の友人がたしかに世界問題について話し合うこともあるだろうが、四六時中話し合うことはない。

★むしろ、自分たちの好きなことについて対話するのがおもしろいし、ナチュラルだ。それには、毎日のようにリアルな付き合いが必要だが、それをオンラインが実現に導いたのである。

★海外で多様な留学生同士の会話がそのまま英語の授業に反映するという新しい国際交流が、聖パウロ学園では行われているのである。

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2019年5月31日 (金)

21世紀教師の歩む道(05)田中歩先生と大久保圭祐先生による「CLILを超える意味と効用を考える」講座

★「グローバル教育カウンシル」の4時間目は、工学院の教務主任田中歩先生と聖パウロ学園の英語科主任・研修部部長の大久保圭佑先生による授業。トピクは「21世紀型教育の英語教育 CLILを例にとって」。

★どうして、田中歩先生と大久保圭祐先生がコラボしたかというと、両先生は、学校を超えて情報交換をしながら、世界標準の英語教育を構想し実践しているからである。その情報交換は、ケンブリッジイングリッシュスクール認定校工学院が活用している“Uncover”というテキストを共有するところから始まっている。

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★同テキストは、CEFRという今やあまりにも有名になっている英語4技能(CEFRは5つに分けているが)のルーブリックに合わせて編集されている。このCEFRは、2020年の大学入試改革の英語の基準に使われていることもあり、日本ではあたかも英語のルーブリックであるかのように思われているが、もともと欧州評議会で創られた基準で、もともと多言語が当たり前の欧州だったが、特に1989年のベルリンの壁崩壊後の移民の大移動を機に、あらゆる言語のコミュニケーションのレベルを合わせるために作られた。したがって、英語以外にも適応されている。たとえば、欧州で日本語を学ぶ場合もCEFRは適用される。

★そして、“Uncover”は、CLIL=Content and Language Integrated Learning(内容言語統合型学習)というシステムを活用している。CLILのCは、Content=内容、Communication=言語技術、Cognition=考える力、Community / Culture=多様性という4つの要素がシステマティックに組み合わされている学習方法。

★それゆえ、田中歩先生は、“Uncover”を通して英語の授業を行っていくけれども、英語という範囲を超えて、言語という広がりのある授業を行っていることになることを指摘した。そして、そのことの実感を共有するために、各学校で英語と他教科との複数のコンテンツが融合している学びについて情報交換するシェアリングを行った。

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★このミニPBLの手法は、ケンブリッジイングリッシュスクール認定校として当然の手法で、2時間目のリヨ校長先生によって行われたカナダのBC州のミニPBLとシンクロする。

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★もちろん、対話することが似ているのだが、そのスタイルが似ているからだけだと、日本中で行われているアクティブラーニングは皆同じだというコトになる。したがって、そこに共通点の本意があるわけではない。

★このチームでの対話は、やはり相当盛り上がった。それぞれの学校の創意工夫は多様で、取り入れられるところは取り入れようという意欲が互いにも燃え上がったからである。内発的動機付けが会場を埋め尽くしたのである。

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★そして、田中先生は大久保先生に聖パウロ学園の実践例を語ってもらった。大久保先生の授業実践は、オールイングリッシュだし、外国人教師とのコラボ授業も行っている。文法も行っているが、なによりそのルールを活用して対話したりライティングしたりしているわけだ。

★さらに、ICTを活用して動画や画像、グラフや地図を挿入するメディアミックスの授業展開は、生徒の意欲向上のみならず、生徒の視野を拡大する。大久保先生は海外の大学院で学んできているから、このような授業展開は当たり前なのであるが、英語の教師が全員自分と同じ経験をしているわけではない。同じような水準で授業が展開できるように、英語科の会議でミーティングをするが、“Uncover”を活用することで、そのような授業展開にならざるを得ないシステムになっているという。

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★もちろん、同書を使えば、みな同じように授業ができるかというと、田中先生は、日々研修が必要になると。これは、今回の講師がみな口をそろえて言ったことでもある。水準を保つには、研修によって各教師の授業力をアップデートすることが必須だからだ。

★授業の展開がそのつど変わるのか?そうではなく、教師力や授業力がアップデートされていくことによって、質の良い授業の展開が安定し当たり前になるからである。

★また、大久保先生は、授業以外にも、グローバルなネットワークをできるだけたくさん生徒の学びの環境につなげる実践例も話をした。この瞬間に、教科を越境して学ぶ環境が広がるというコトを参加者は共有した。

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★実は、チームによる対話と大久保先生の実践例という重ね合わせ、レイヤーを重ねると呼んでいるが、CLILという言葉を使う使わないにかかわらず、ああこれだなと腑に落ちる瞬間が生まれる。そのああこれだなというものこそが、CLILということなのである。

★田中歩先生のナチュラルなミニPBLの手法は、CLILという世界標準の大理論を伝えることではなく、それぞれが腑に落ち、気づいた自分なりの理論を生成するプラグマティックな手法なのである。大理論については、当日も紹介があったが、上智大学でCLILを推進している池田真教授の話を聞けばよいわけであり、現場の英語教師はまずマイ理論がコアとして自分の中に生まれ続けることである。

★もちろん、研修が必要なのは、その大理論とマイ理論のギャップを埋めるためである。マイ理論だけだと独りよがりになって、生徒が迷惑を被るからだ。

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★両先生は、基本的にはプラグマティックな教師であるが、同時に学術的な理論も学んでいる。しかし、学術的な理論は、やはり専門の学者に任せざるを得ない。学者は、毎日それに専念して研究している。一方教師は、その理論を活用もするけれど、基本は日々の現場の中から生まれてくる創意工夫の実践家である。しかし、真理は真理である。アプローチは異なれども、大理論とマイ理論はどこかで一致するし、相乗効果が生まれる場合もある。

★CLILという理論も、1994年ころ欧州で生まれた。欧州は、言語と思考は密接な関係にある。思考のない言語を学ぶことはできないし、言語のない思考を学ぶことはできない。もちろん、そこをなんとか脱構築しようという哲学やアートは存在する。しかし、それは強烈な言語と思考の関係があるから、組み替えたくなるわけだ。

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★だから、欧州では、実は中世のころから、CLILのような学びはあったわけだ。とくに太陽王ルイのころになると、欧州では各国の貴族たちは争ってフランス語を話そうとした。今でいうイマージョン教育が上流階級では当たり前だった。

★近代にはいって、そのような学びが階級を超えて広まってきた、そして1989年ベルリンの壁が壊れるや、そのような学習理論が地球市民に共有されることが、欧州評議会では議論された。なぜならそのような学びを地球市民が手にとれないとしたら、それは欧州評議会のミッションである「人権」に反することだからだ。

★多言語、他民族、多文化、多宗教などの多様性の中で、共有するとなると理論が必要になる。システマティックな言語と思考の学習理論が。こうしてCLILは生また。

★したがって、CLIL以前に同じような学習理論はあったわけで、イマージョン教育はその先駆けでもある。だから、田中先生と大久保先生は、CLILという理論を説明するのではなく、CLILに凝集した学びのエッセンスを共有する授業を今回展開したのであった。

 

 

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