21世紀型教育

2025年12月11日 (木)

問いは見えない壁を見つけたとき生まれてくる そんな環境デザインしている学校があるのだけれど、何せ見えないのだ。。。。

★私たちはそれぞれ多様な壁に囲まれている。一つひとつ丁寧に立ち臨んでも、最初は見える壁ばかりで、きりがない。あるとき、友人と話していると自分が見えていない壁の目の前にいることに気づく。その壁はなかなか厄介。しかもその壁を破壊するのは結構難関だったりする。一瞬友人と途方に暮れる。本に、人に、旅に学ぶって、結局対話の視角を多方面からということなのだろう。対話を続けるとは、そういうことなのかなと。

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★DenotationとConnotationとの相互作用をGooglenotebookLMに描いてもらったけれど、Connotationは暗示的なものではるけれど、むしろ内的メカニズムという意味で使いたいなあと。

★それを見えるシステムにするといろいろ動き出すのだが、それが難しい。つまりそこに見えない壁があるのだ。Denotation的言説で語られる中で、その接点をもっていないConnotation的な言葉では、その見えない壁を破壊できない。

★対話を続けて、その接点。つまり壁にあいている穴を探すのだが、確率は高くない。

★途方に暮れて諦めようかと思うときは何度もあるが、振り返ると、その接点探し、接点づくりの協力者がいるのに気づく。再び探そうなけれ穴をあけようかと。果たして意味があるのか?果たしてどのようなアプローチで?果たして組み立てるデザインはどうすればよいのか?果たしてこれで世界は幸せになれるのか?

★見えない壁を発見する対話の連続と広がりと深さ。発見するまでの多様な問いと発見した壁を壊すための多様な問いと壊した後に創造する多様な問いと。どの問いが効果的か?問いは大切だとよく言われる。

★問いを持っていない人間なんているのだろうか?問いは大切だという場合、効果的な問いの作り方が大事だという含みがあって、怪しげだ。だって、問いの塊が人間の存在そのもので、その塊の中の一つを取り出して問いは大切だというのは、人間の存在を見えなくする見えない壁なのだから。この壁もまた破壊しなければならないとは。。。

★思考停止という言葉もよく語られる。問題は、生きている限り思考停止などしないのに、思考停止しているように見えるのはなぜか?ということ。おそらくDenotationとConnotationを往還できない見えない壁を意識していないとき、思考停止しているように見えるのだろう。Denotation側だけにいるとどこか思考が浅く見える。Connotation側だけにいると、何をやりたいのかわからないという意味で思考停止しているように見える。DとCをつなぐメカニズムは何か?

★このDとCをつなぐメカニズムをつなぐ学びの環境をデザインしている学校がある。すばらしい。だが、そこがどこだと言ったところで、謎?と思われるだけなので、多くの人が宝探しの旅にでてくれることを祈るだけだ。

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2025年12月 7日 (日)

善い<I as WE>を生み出す<私たち>がいる組織を

★学校改革や組織改革などは確かに必要だと思いますが、その大前提は「信頼」です。「私が~私が~」視点で語るのは、あくまで「信頼」が張り巡らされているときに限ります。「信頼」があるときの「私」は<I as WE>だからです。そのような「私が~」と語るとき、実は「私たちが~」と語っているように聞こえるのです。

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★ところが、「信頼」がないとき、「私が~」と語るとき「自分が~自分が~」と聞こえるのです。その声は実は子供たちに対してはマルトリートメントになっているケースもあります。同僚や大人に対してはグレーゾーンハラスメントになっている場合があります。そして、そのようなマルトリートメントやグレーゾーンハラスメントの言動は、「信頼」を徐々に砕いていきます。

★そして、そのようなマルトリートメントやグレーゾーンハラスメントが許されている組織は、悪いWEを作り出してしまいます。マルトリートメントやグレーゾーンハラスメントは、まだ法的対応ができない状況です。ですが度重なれば、事件につながっていきます。その一歩手前の組織の雰囲気の中で、仕事をしたり学びをするのは、辛いはずですが、まだ法的対応ができない状態になっているだけなのだという認識が組織の中で共有されていないのが本当のところなのです。誰かは小さな痛みを抱き続けているのですが、それはまるでかすり傷のように自然治癒がなされるものだぐらいにしか思われていないわけですね。

★実は、メディアの中には、ある一定の職業に対し、グレーゾーンハラスメントの発信を続けているものもあります。虚偽による風評被害を生み出すわけではないのですが、その仕事をしている人たちを鬱屈させる言葉が発信されます。結果的に風評被害に近い影響を与えているのですが、それに気づかない、いやむしろいいことを言っているとか彼らのために言っているのだと思い込んでいるの可能性があります。ちょっと恐ろしい社会現象にまでなっているかもしれません。

★その悪いWEを善いWEに転換させるには、私は信頼している私たちであるという善い<I as WE>を生み出す言動を共有していく必要があります。

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★その言動は自然と生まれるという雰囲気では最近ではなさそうです。そのような言動になっているかリフレクションしたりケアし合う必要が今なのかもしれません。善き<I as WE>を作るコトは、学びや組織マネジメントの最初に行われるだけではなく、常に問い続けられていくことなのでしょう。その学びの改善や組織の改善、学校改革が善き<I as WE>を生み出し、信頼を広げ、新しい価値を共創造しているのかと。。。

※<I as WE>という発想は京都大学の出口康夫教授の哲学にヒントを得ていますが、出口教授が考えているような深さはないので、同じものだとは思わないでください。

★いずれにしても、善き<I as WE>を生み出すPBLを共に創っていく先生方と悪い<I as WE>を生み出さないようにいっしょにがんばっていきたいと思います。その言動を展開していける組織や学校はとても柔剛一体のマインドとテクノロジーに満ちていると思います。

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2025年12月 2日 (火)

工学院の中1のIBL 種を蒔く時期

★昨日、工学院大学附属中学の1年生のIBL授業研究会がありました。同校教頭の田中歩先生の授業です。東京私立中高協会の私学教育研究所の研修委員の一つフュージョン教育研究会のプロジェクトリーダーである田中歩先生が、同研究会の先生方と次期学習指導要領の実施前に、生成AIをパートナーにして生徒が活用する授業の在り方を研究する研究会です。ちょうど、中1が1年間学んできたIBLの学びのまとめの授業ということでした。

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★まとめは何をするのかと思いましたら、リフレクション授業でした。しかも学年全体で学んできた教科や体験学習などを全部結び付ける授業だったのです。どんな「はてな?」を身近な生活と八王子という地域を結び付けた経験から見つけたのかを思いめぐらしていました。おもしろいのは、ICT環境が整っている工学院ですが、最初は今までのトピックの写真を見ながら何を思ったか今思うのか問答が続き、オープンマインドができた段階で、一枚のA4の白紙が配布され、そこに自分が発見したはてな?を書き込む個人で考える時間が設けられました。

★中1の段階では、身近な自分の生活と八王子プロジェクトが中心です。中2になると神戸や鎌倉など、他の自治体でも学びます。政治、経済、産業、医療ケアなど総合的に学ぶのは、八王子プロジェクトと同じです。中3になったら、オーストラリアなどに全員が行きます。文献を調べたり、地域の人や大学の先生などに学び、日常と違うフィールドにでかけるのは同じです。

★しかし、はてな?は経験が拡張されるとまた広がっていくのだから、まだ経験はしていないけれど。経験が広がっていくにしたがって、どんなはてな?が発見できるのか予想するという思考が行われていきました。本に学び、人に学び、旅に学ぶ。学びの基本です。

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★そして、チームに分かれ、ピアラーニングにシフトしました。それぞれどんな「はてな?」を見つけたのか共有する時間です。おもしろかったのは、チームは自分たちでつくりなさいということで、自然にチームができたことです。とにかく田中歩先生は、細かい指示はださないのです。問いもふわっとした問いで、条件は自分たちで考えるという習慣が1年間でできているようでした。

★対話は当たり前で、話し合いながら自分の思いや考えを豊かにしていく。自分の思いや考えなのだけれど、そこには仲間や外で出会った方々の思いや考えかたも融合されています。I as WEとして自分が豊かになっていく実感が大切にされています。

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★そして、最終的には、パソコンに自分の「はてな?」を打ち込んでいきます。Googleクラスルームを活用しているので、すべて田中歩先生は見守ることができます。場合によっては、生徒同士も共有できます。その最中に、田中先生は、自分の「はてな?」や行動の信頼性や効果はどうやって測るのか?問いを挿入しました。いわゆる定期テストのようなスコアではないよなあと生徒はふと立ち止まります。少し意見がでました。

★歩先生は、それを拾って、みんなの考え方はルーブリックという考え方に相当すると投げかけました。工学院はすでにそれを使っているけれど、中1の段階では、それを教え込むことはしないから、まずルーブリックとは何か調べてごらんと。生徒は、パソコンに打ち込みながらも、ちょっとGeminiで調べながら、ああでもないこうでもないと対話しながら、また作業に向かっていました。

★生成AIはプロンプトという実は問いを投げかける作業です。I as WEという自己が、常に問い続けている環境を仕掛けているのが田中歩先生のIBLでした。しかも学年全体の教育活動の体験を丸ごと「省察」する次元のリフレクションを行っていたのです。

★歩先生は、この段階では、とにかくたくさん種を蒔くことですと語りました。棚は小さいけれど、葉や花や果実を生み出す潜在力があるわけで、種が芽吹き、葉を広げ、開花し、実るのは、結局環境と種自身のエネルギーの相互関係性が最適化されるからだということでした。

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2025年11月30日 (日)

2026年中学入試(05)八雲学園 アイビー大学ロードマップシステム構築

★先日、八雲学園の副校長近藤隆平先生と毎年ラウンドスクエア国際会議に生徒と参加しているボッサム先生のお話を伺いました。八雲学園と言えば、昨年、海外大学30合格し、そのうち世界大学ランキング100位以内21人という実績が出て一躍注目されている学校です。そして、今年パブリックアイビー大学の一つペンシルバニア州立大学にはやくも合格しました。80周年に共学化し、C1英語を目指し海外大学にも合格できるグローバルリーダーを育成してきました。そして、アイビー大学ロードマップシステムが完成したのです。

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★今や帰国生からも注目されていますが、一般の中学受験生でもアイビー系列の大学に合格できるロ-マップシステムが上記のようにできているのです。

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★そして、このロードマップを進むにあたり、知性と感性とポジティブシンキングを培う教育の総合力であるリベラルアーツ教育の拡充にチャレンジしてきました。

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★さらに、このリベラルアーツとロードマップの道程で生徒が学ぶ脳内運動は、上記のようなダブル5Eの運動が起こるようにデザインされています。

★ここまでダイナミックでかつ緻密なグローバル教育のデザインが構築されてきたとは圧巻です。とても複雑ですから、私ではまとめきれません。じっくり動画をお聞きください。

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2025年11月29日 (土)

AI時代の判断力

★AI時代は、AIにすべて任せるか、AIをサポートの道具として使うのか見極める判断が大切だと言われています。AIと人間が協働して取り組むと、実はAIだけでやるより成果などが劣ってしまうという場合もあるようです。まるで、大人が子供の学びに介入すると思わしくなくなるというのと似ていますね。

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★そこで、そのように見極める「判断」を人間がしていくことが重要になるというわけです。では、その判断はどうやってできるのか?

★基本は、大所高所から眺め、具体的な状況を見定め、近視眼的にならず展望を持ちながらも、いまここで、最優先に状況を改善する道を選択判断する。

★問題は、個人の判断は、主観とその主観が集めた限定的な情報を客観的に扱い、論理的合理的に考えながら、倫理的な価値や審美観的な価値という感情をどうマネジメントするのかも合わせて判断する必要があります。

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★しかし、一方で、社会という組織もまた論理的合理的思考をするし、社会で広がる感情にも対応していく。組織によって主観的な要素もあるし、個人以上に収集集積した客観情報もあります。SNS上では、それがかなかうまくいかないで炎上することがあるわけです。これは、個人の判断と社会の判断がつながることによって、平衡関係を生み出すことがなかなか難しいことを象徴しています。

★なんとか平衡関係をつくりたいのです。そのためには、個人と社会=主観と客観という図式を調整する必要がありそうです。つまり、この思考と感情、主観と客観の座標を個人も組織も持ち、両者が個人と社会という軸と思考と感情という軸で構成する座標系を作り出すと考えてみてはどうかというわけです。これは、京大の出口康夫教授の「WEターン」という発想から考えてみたことです。

★このI as WEという考え方は、アリストテレスが人間は社会的存在だといったときから、ずっとあったのですが、ポスト資本主義にあっては、WEがぬけおちたIというイメージが広がったかもしれません。それにWEのリアルな範囲や関係性が、ギリシア時代、中世、近世、近代、現代ではずいぶん変わりました。

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★立ち戻ってこの座標で考えてみる価値はあるかなと考えています。その座標系でどのような関数方程式を創造するのか。これが最終的な判断方程式になるのではと。判断はIという個人が行っているようでもその背景にはWE(人間だけではなく自然も含める)と相互に関係しあっている。WEとしてのIが判断するメカニズムを構築することが複雑で予測不能なAI時代には必要になりますが、どうやって方程式を生み出すのか?結局省察(デカルトいう意味でのmeditation)付き対話を続けることで。

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2025年11月28日 (金)

2026年中学入試(04)2030年にさらに輝かしくなる駒女

★2030年に社会はがらりと変わり、教育も大きくっ変わっています。予想ではなく、日々着実に変わっています。その積み重ねによって、2030年はがらりと変わってしまうのは国や自治体や大企業の計画通りという感じでしょう。教育の方はその変化についていけるのか?今までならそのような懸念がすぐに生まれてきたでしょう。しかし、実は少なくとも駒女をはじめとするいくつかの私学教育はその先を歩いていることでしょう。その時教師も生徒もふと振り返ると、国や自治体や大企業が自分たちの後ろを追っているのを見て、驚くかもしれません。

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★そのヒントの一つが、駒女のサイトのページにさりげなくあります。一般に学校のサイトの記事というのは、目に見えるファクトを記録します。そのファクトをつくる人間の思考メカニズムの内容までは書きません。そこは見えない部分なので、難しくなるし、SNSの世界はポピュリズムです。時短優先のお手軽いいね情報かみなが飛びつく話題性のある情報収集という時代です。

★ところが、生成AIの時代になって、調べたいことについて、生成AIにプロンプトを打ち込むと、実は生成AIは超膨大なインターネット内の文字情報を収集してくるのです。現状では動画よりも文字情報が有効です。ですから、そのとき、ファクトの情報しかないと生成AIから得られる情報の深みはないわけです。つまり、広く浅く読まれるために書くというより、本質的な情報を深く知りたいと思う人がプロンプトを入れた時に、その深さが伝わるように書くという行為が徐々に行われるようになってきているのです。

今回の駒女の「中学21WS【中2】「私 × 平和」がスタートしました。」という記事は、この本質的なことをあえて記しておこうという記事ですね。もちろん、難しいことをぶん回したのでは、さすがに誰も読まないので、そのようなことは背景に回して、前面にはわかりやすいように、生徒の皆さんがどういう活動を、どのように考えながら私たちなりの平和を考えていくのかわかりやすく描かれていきます。「ルビンの壺」のようなトリックアートのセンスです。

★探究の手順というプロセスについてもちろん描かれています。何を生み出していくのかコンテンツについても書かれています。そして、大事なことはどのように感じ、思考したのかそこのメカニズムについて書いてあるということです。

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★このメカニズムは、直接書いていませんが「DIKWピラミッド」を使っているということなのです。「データ(Data)」を広く集め、「情報(Information)」として整理し、それをオピニオンとエビデンスなどの根拠で支える「知識(Knowledge)」に転換する。そしてそれをどう広めていくのか「知恵(Wisdom)」を動かすということです。知恵ですから、心情と思考の両方ですね。だから駒女の生徒の表現は共感を生み出すのです。

★生徒の皆さんが生成AIを使って学んでいるということもあります。データサイエンスのこのピラミッドは将来文理融合の基盤となります。データと情報と知識のリテラシーと何より善き生活を全うするには知恵が大切になるからです。そして、この知恵は実は駒女ならではの茶道や弓道や坐禅などと結びつくとものすごいことになります。

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★そのものすごい境地は、IからWEへ人間の精神の大転換へと向かうのです。GAFAMなどの大企業がのどから欲しいほどの精神なのです。さて、このことについては京大の出口教授とあの世界の哲学の第一人者ガブリエル教授が対話しています。彼らの思い描く世界は2030年以降明らかになります。

 

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2025年11月25日 (火)

2026年中学入試(03)工学院大学附属 今年も風が吹く

★11月23日工学院大学附属中学校は、説明会と入試予想問題体験会を行いました。会終了後、田中歩教頭は言葉にメッセージを込めました。グッとくる言葉です。工学院の生徒中心主義の学びの環境がリアルに伝わってきます。このような力がこもった言葉の背景には、前日帰国生入試を行い、海外入試を合わせて、中学は昨年と変わらず、高校は増えたという実感があったからでしょう。

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★多摩エリアで、昨年と変わらぬ勢いがあるということだけでも奇跡的ですが、高校で帰国生入試が増えるということは、いよいよ海外に工学院の魅力が伝わってきたということでしょう。海外から見れば、海外大学にも通用する教育の質があるところは、エリアに関係なく志望校になるのです。物理的距離感が違うので、都心から遠いかどうかはさほどの問題ではないでしょう。魅力的な学校に通うために、住居を考えることができるからです。

★工学院に今年も風が吹いています。田中教頭は海外も国内も生徒のプロジェクトが行われているところを飛び回っています。また自分の学校だけではなく東京の私学のためのプロジェクトのリーダーも務めています。工学院の理念「挑戦・創造・貢献」をご自身が果たしています。

ぜひ田中教頭のメッセージをお読みください。

★田中教頭の話を聞いた受験生の保護者は、次のように感動して、不安な気持ちでいる自分に元気をもらえたと思ったでしょう。受験を結果だけでなく過程として捉え、子どもが課題に向き合いながら成長していく姿勢を大切にするという言葉に励まされ、模試を前向きに受け止める視点に安心を覚えたことでしょう。さらに、工学院での学びが日々の「なぜ?」を積み重ね、確かな力へと変わっていくという説明に、子どもの未来を信じて支えたいという思いが強まったと推察します。

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2025年11月21日 (金)

2026年中学入試(01)帰国生入試始まる 文大杉並次元があがる 帰国生の新しい動き 希望の兆し

★文大杉並の入試広報部長西田先生から、第1回目の帰国生入試の受験状況の一報がありました。12月の第2回目の発表と合わせてまたコメントしたいと思いますが、第1回目の段階からたくさんの応募がありました。中学入試と高校入試共に帰国生に注目されている文大杉並。そして、次元がまたあがっただろうなあと推察できます。

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★というのも、帰国生入試の市場は、首都圏中学入試では、一般入試の市場の2%のニッチ市場です。高校入試になるともっと狭い市場でしょう。しかし、日本で学んでいる私たちには想像を超える英語力とグローバルな広い視野や文化理解度が高い知見を備えた生徒が大半を占めています。特に文大杉並を受ける帰国生は、そのような高い資質能力を潜在的に持っている生徒ばかりです。

★カナダのBC州のDDコースが高校からあり、中学段階でそこに希望する生徒のコースもあります。このコースは、海外大学の学部1年・2年で学べる実践的で教養豊かな教育がなされています。説明するまでもなく授業はすべて英語を使います。それに耐えられる英語力と洞察力が必要です。その高いレベルにチャレンジしようという帰国生が、文大杉並の帰国生入試にこんなに集結するというのは日本の未来は明るいですね。

★それに、2027年以降、東大、東京都立大学、東北大学など英語で講義をするコースを創っていきます。ますますDDコースの腕の見せ所です。一方ですでに一橋大学で話題になりましたが、各大学がデータサイエンス関連の学部学科を新設していきます。青山学院大学、津田塾大学なども新設していきます。データサイエンスコースでも英語を活用する機会が増えざるを得ません。

★中高段階でのグローバル教育とイノベーション教育の2つは、必須の時代がやってくるではなく、すでにそうなっているのです。しかし、文大杉並のようにその準備が高いレベルでできている中高は首都圏の私立中高一貫校のうち10%ぐらいでしょう。

★高いレベルのグローバル教育だけなら30%はあるかもしれませんが、両方そろっているとなると10%だと思います。

★学校教育は、今や社会や世界とつながっています。多くの学校の先生方が越境して学校も社会や世界に目を向けなくてはと認識しています。したがって、グローバル教育とイノベーション教育は急務なのです。しかし、思いと実践が一つになって進むには、学校の教職員が一丸となる必要があります。学校に限らず組織というのは、ここが難しいのです。

★ですから、「グローバル教育」と「イノベーション教育」と「エンパワーメント組織」の3つが揃っている学校が2030年次期学習指導要領が実施されるときに注目されています。次期学習指導要領は、日本社会が世界の中で生き残れる教育を果たせるかどうかという試金石になるからです。

★豊かな頃の日本においては、学校は偏差値競争していても世界の問題性は教育にまで襲いかかってきませんでしたが、状況はがらりと違う日本社会です。不透明で秒で変わるAI時代でもあります。絶望を希望に変えるのは教育だと各界の指導者が言っています。そのロールモデルの一つが文大杉並であることは間違いありません。

★そのことに気づいている慧眼の帰国生が文大杉並にチャレンジします。その証拠に、2026年新設の高校のイノベーションリーダーズコースに帰国生が受験しているのです。こんな帰国生入試史上初です!帰国生はグローバル教育のコースを受験するというのが今までの定番でした。それがイノベーションリーダーズコースを受験する帰国生が現れたのです。このコースを設定したことが、この潜在的な帰国生の新たな市場を掘り起こしたのでしょう。

★もちろん、最初はまだ小さな動きです。しかし、だからこそ大きな動きが生まれる兆しが文大杉並で起こっているのです。2026年中学入試始まりました。そして、また新しいページが開かれたのです。

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2025年11月10日 (月)

生徒が生きる社会の枠組み 生徒が視野を豊かにする理由を共に学ぶ学校を探す

★生徒が生きる社会、もちろん私たちもそうですが、そこは複数の集団システムに囲まれています。その集団システムから抜け出ることは難しいのですが、単一の集団システムがすべてだと思い込むのは危険です。身の回りの生活、身近な社会、そしてそれらを包摂する様々な社会は、必ずしも合意形成を持続しているわけではありません。矛盾と葛藤も多様多層にあります。気候変動の問題や地政学的緊張感、そして何より精神的抑圧課題で満ちているのは、その矛盾や葛藤に起因していることはシンプルに明らかです。

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(個人が生活世界圏を自由に行き来できるかが重要。リアルにもバーチャルにも移動の自由と想像力を膨らませる精神的な自由を自分が獲得する学び=リベラルアーツがデザインされている学校や教育制度を探すあるいは創る)

★それなのに、そのことに気づかないのは、個人がどこかの組織だけに所属し、それが人生の生きる領域だと思い込んでいるからです。グローバルリーダーになって、国際機関やグローバル企業、国際的な研究者や芸術家になるのは大いに結構ですが、その場合、土台には、あらゆる集団システムの矛盾や葛藤の中で生き抜く生活世界を自ら創れる感性と知性という知恵を持っていることが前提なのです。

★そのような知恵を身に着ける学びのデザインが、リベラルアーツです。このリベラルアーツという言葉を前面に出しているかどうかは問題ではありません。

★この言葉を使わなくても、進路先進路指導ではなく、リベラルアーツ進路指導を行っている学校はたくさんあります。進路先指導は、一つの集団システムの正義をお教え込みがちです。リベラルアーツ進路指導は、生活世界をつくりウェルビーイングを生み出す知恵を生徒自身が体得していく学びのデザインです。

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2025年11月 7日 (金)

これからは葛藤や矛盾を丁寧に解決できる学校が求められる それを知る手がかり

★今メディアは、毎日のように、学校現場におけるいじめの問題やカスハラなどの問題を取り上げています。問題は複雑で多面的ですが、何らかのハラスメントが発端です。マルトリートメントという言葉が扱われるようにもなってきています。一見ハラスメントのように思えない程度の圧が加わるコミュニケーション文化がある場合のことをいうわけですが、これは外から見ているとなかなかわかりません。

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(リフレクションによって、個人の民主主義対する視野を広げていきます。そして、1にとどまらないように同時に5にならないようにするリスクマネジメントとしてのセルフリフレクションのメカニズムも大事ですね)

★しかし、その学校が、このようなハラスメントを撲滅しようとしているかどうかは、説明会や入試問題を見えればある程度わかります。もしかしたら、かなりわかるかもしれません。

★基本的に、学校は民主主義的な組織になっていますが、実際には、組織ごとに民主主義の作り方は違います。シンプルに、公平と自由と友愛を生み出す方法が違うと考えるとよいと思います。

★この民主主義の3条件を、理事会がつくっているのか、教職員が作っているのか、教職員と保護者、生徒が協力して作っているのかによって、だいぶ学校の民主主義の在り方は違ってきます。

★そして、学校組織の民主主義の在り方と、自治体などの社会が作っている民主主義もまた必ずしも同じではありません。教育行政とそれをさせる予算がかかわってきますから、その配分は、自治体によっても違います。

★さらに学校の民主主義の在り方と社会の民主主義の在り方と国家の民主主義の在り方も必ずしも同じではありません。国家の民主主義の在り方も政権が異なればまた変わります。

★どの組織も公平と自由と友愛を持続可能にするための基本的な国会を通じて決定される法律は同じです。しかし、それが具体的に適用されるときに、理念は同じでも具体的条件は違ってきます。

★そして、この違いは、解釈によってもさらに異なります。したがって、公平や自由や友愛を尊重しながらコミュニケーションをとっているにもかかわらず、行き違いが起こります。学校で起こるのは、この法律に違反した非民主主義的な活動は当然それは迷うことなく違反ですが、学校に限らず、組織によって自治体によって国によってその違いによっておこる葛藤や矛盾が解決されないまま放置されることによって法的な問題になる場合が実はハラスメントによるここ数年の学校の法化現象の傾向なのです。

★価値観や法律やルールの解釈の違いはあるのが当然です。それが民主主義社会です。そして同時に、その違いを越えていくあるいは解決していくのも民主主義社会です。どうやってか?それは対話によるしかないのです。

★ですから、この対話を行っていることがわかるのは、説明会や入試問題なのです。そしてその対話が、単に情報提供の場ではなく、事実と意見とデータサイエンス的な根拠が丁寧に共有されるものであるかどうかが大事です。

★説明会では、授業の中でそのような対話が行われているかどうかが意外とわかるものです。また、入試問題も意見を求める記述式問題や論述式問題が出題されているかどうかで、意外とわかるものです。

★そして、その対話に「リフレクション」メカニズムをアップデートし続けているかがとても重要です。リフレクションしていますだけではんかう、そのメカニズムを可視化している学校かどうかということですね。

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