21世紀型教育

2019年10月 9日 (水)

工学院フォーラム STEAM視点が開く新しい世界

10月27日(日)、工学院で、「第1回21世紀型STEAM教育フォーラム」が開催されます。ファシリテーターは、田中歩先生(工学院教務主任・21世紀型教育研究センターリーダー)、後藤隆宏先生(工学院国語科教諭・21STEAM教育リーダー)、福原将之氏(株式会社FlipSilverlining 代表取締役・21世紀型教育機構サポートメンバー)、そしてパネラーとして児浦良裕先生(聖学院21教育企画部長・国際部長・広報部長・21世紀型教育研究センターリーダー)も登壇します。

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★なんといっても、工学院生のファシリテーターといっしょにマイクラで世界を創るワークショップを行えるのは画期的でしょう。

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(国際コンクールのゴールドメダリストもファシリテーターとして参加)

★後藤先生によると、ICTを活用することで、頭の中で描いたものを創造することもあるが、ICTを使いながら創造物を生み出すこともあって、そこはレゴ同様セカンドブレインの作用も大きいということです。しかし、プログラミングは2つの脳を巧く活用し試行錯誤しながらもの創りにつなげていくなかなか今までにない学びがあるそうです。

★そして、このSTEAM視点とデバイスを教科授業に持ち込むことによって、たとえば、源氏物語の世界の見方が変わると言います。今回は社会の知識問題をICTを使うことによって、思考に転換してしまう世界を教科授業の中で広げてしまうということをやるそうです。

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★田中歩先生も、英語の授業でICTを使わないことはなく、ICTという「モノ」が実は世界を教室に広げる作用を認めないわけにはいかないというのです。つまり、主観が世界をつくるのではなく、客観的と思われてきたモノに眼があるわけです。主観と客観は互いに融合し合い、人間には見えない世界を授業の中で見てしまう新しい世界との接点が生まれているのです。

★ここには、「主観―客観」図式という近代哲学を脱構築する新しい哲学の発想が既にあります。まだ、日本の教育ではこの新しい哲学の必要性について気づいていません。ところが、IBを取り入れている学校では、当局が気づいているかどうかにかかわらず、来年から変わるTOKによって、この新しい哲学の視点を若干とり入れることになるでしょう。

少しずつですが、新しい世界が日本の教育にも訪れています。そんな状況の中、工学院や聖学院では、すでに訪れています。聖学院セミナーは先日終了しましたので、27日は、工学院フォーラムに参加して、新しい世界とは何か感じてみませんか。今年最後のチャンスです。

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2019年9月15日 (日)

聖パウロ学園の英語教育 英語が苦手の生徒も卒業時には豊かな英語力を身につけられる理由。

★昨日14日(土)、聖パウロ学園は学校説明会を開催しました。8月3日に大々的にオープンスクールを開催したことはすでにお知らせしました。基本線については、次の記事の通りなので、「聖パウロ学園のオープンスクール 多くの生徒が集まり、青春を謳歌し、未来も発見できると期待を高める。」という記事をご覧ください。

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★中学入試の学校説明会とは違い、高校生は何度も足を運びません。一度参加すれば、あとは受験勉強に専心します。というのも、高校受験はエリア限定的なので、選択肢が中学入試のように300弱というのとは違います。

★ですから、今回の学校説明会はオープンスクールの時に説明会に来られなかった受験生が中心ですが、PBL体験授業が3つ講座があり、基本同じですから、全部でてみたいという受験生は、リピーターとなって説明会のたびに訪れます。今回もそのような受験生はいました。

★さて、説明会の方ですが、前回は同校の主幹の小島綾子先生が話された教務的内容のところを、今回は英語科主任で研修部長の大久保圭佑先生が話されました。そこが前回と違うところでした。小島先生は主幹ということもあって、教科全体の話をしたうえで、国語科主任としての立場から国語の話を中心に話されました。読解力と小論トレーニングによって、編集思考力が豊かになり、AO入試など志望理由書や口頭試問で力を発揮するという話でした。

★今回は英語科主任で研修部部長として大久保先生は、聖パウロ学園の英語の教育のシステムとPBL授業の効能についてスピーチしました。小島先生もそうでしたが、大久保先生もスピーチが実に巧いのです。広報部長の望月先生や副校長の紀伊先生も実に巧いのです。お二人は歴史の先生ですからストーリーテラーとしての巧みさですね。小島先生は、生徒のみなさんの話によるとファッショナブルな言葉の豊かさと心を動かす表現力があでやかだという話ですが、生徒のみなさんは、よく見ていますね。私もそう思います。

★大久保先生のスピーチは、海外の大学院で研究してきただけのことはあって、欧米仕込みの巧みさがあります。さすがですね。ユーモアで聴衆の心を和ませたところで、聴衆の(ここでは受験生)不安にいきなりダイレクトに手を突っ込むスピーチをします。英語が苦手で得意でないと思っている生徒の方はどれくらいいますかと質問し、ほぼ100%ですね。なんとかできないものかと思っている生徒はどれくらいですか?ほとんどいないですねと。一瞬会場は凍てつきます。

★いったい何を聞きたいのだと。でもだいじょうぶ。昨年も同じ質問をし、同じような感じでした。それが入学すると、なんとかしようと思うようになるし、かなり英語力が伸びますよというオチが、共感を広げます。

★そのうえで、実際に英語教育の内容を話すのです。まず、使用する教科書の話をします。いわゆる検定教科書を見せて、どうですか?と。うわあ英語ばかりだと反応します。その反応を確認したら、すかさず、聖パウロ学園のテキストを映し出します。写真が多いとすぐに反応します。

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★ケンブリッジ出版のテキストで、メディアミックスを取り入れた臨場感あるテキストです。高3までにCEFR基準でB2、英検でいえば準1級レベルにまでになります。もちろん、全員がそいうはいけいませんが、2級くらいまでは伸びるのです。準1級レベルの生徒もでてきます。しかし、少しレベルが高いけれども、写真あり、動画あり、社会や理科でも扱う教科横断的なテーマが満載で、難関ですが楽しく学べます。

★グループワークやコミュニケーションをベースにした授業も功を奏します。この学習経験は、<Hard Fun>と言われています。難関に楽しんで挑戦するわけです。

★それには、やはり多様な仲間がいることがモチベーションをあげます。そういう意味では、いろいろな海外研修やブリティッシュヒルズのようなハリポタ風の完全英語村を利用することもあります。母親と女子生徒は、その話に目を輝かせていました。

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★そして、何より、昨年Web上で交流していたアメリカの高校生が、今年実際に聖パウロにやってきた話をしたときには、会場は盛り上がりました。行事というより、これは生徒たちのプロジェクトです。学校と学校の交流ではなく、クラスとクラスの交流プロジェクトという他校にはない画期的なプロジェクト型の活動です。普段の授業がPBLで展開している影響がこういうところにも表れています。

★さらに、だからといって、国内大学の進学準備をおろそかにしているわけではないという進路準備教育についても説明がありました。受験生もうすうす感じていると思いますが、合格への道に英語の力はかなり有利に働くのです。

★同校からは上智に3名くらい毎年入ります。1学年80名の学校としては、これは凄いことでしょう。しかしながら、これからは理工も英語は重視されます。AO入試の時には、おもいきりその力は役立つことは、やがて明らかになっていくでしょう。学問の世界ばかりではなく、理工系人材を重視する企業には、海外からの高度人材がたくさん入ってきます。英語が社内公用語になっていきます。すでにそういうところは増えていますね。

★多様性が重要なのは、価値観とか考え方というレベルだけではなく、リアルに多様性に遭遇する日がすぐそこまでやってきているのです。これに対応できる高校は、実は意外にも少ないのです。聖パウロ学園はそういう意味でも先進的なのです。佐々木校長先生が英語の教師でもあるということから、そこがきちんと柱となってここ数年大きく展開してきました。先見の明ありというわけです。

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2019年9月 2日 (月)

衝撃!次のビジョンを実現する力みなぎる教育との遭遇 21世紀型教育機構「第3回静岡国際シンポジウム」(了)限界を超える児浦先生

★シンポジウムの最終スピーチは児浦良裕先生だった。児浦先生は、聖学院で3つの顔を持つ。1つめの顔は21教育企画部長、2つめは国際部長、3つめは広報部長である。それゆえ、リサーチャーであり、アナリストであり、プロデューサ―であり、カリキュラムデザイナーであり、ファシリテーターであり、マーケッターであり、・・・要するに教育界のチェンジメーカーである。

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★今回のテーマは、「生徒が限界を超えて成長する教育」である。すでに第1部で、予測不能なこの時代の変化が語られているので、あえて、そこのパートは、多くを語らなかったが、極めて重要なことは、ブロックチェーンの進化とともにある仮想通貨による大量生産・大量消費・大量移動型経済社会の限界が超えられる事態が起きていることを確認したことだ。

★社会自らがいよいよ自らの限界を超える変容をしようというとき、実は技術的にそれに対応するだけでは、人は限界を超えられない。むしろ置いていかれる。このような今までにない社会変化のときに大切なことは自己の内生的な変態なのだと。そこを起点に、その内生的変態を生み出す<新しい学習経験>は何か?

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★外部団体と連携し、Z世代の中高生と協働して、プログラムを矢継ぎ早に開発実施していったこの夏休みだったという。そして、その<新しい学習経験>は非日常であることがポイントなのだと。これは非真面目と真面目、あるいは遊びと学びを循環させる三田国際の田中潤教頭と同じ発想でもある。

★この非日常の世界での<新しい学習経験>をこの夏カンボジアで実践し、金沢で実施し、静岡聖光学院で実施していたために、この夏、児浦先生は東京にほとんどいなかったという。しかし、科学技術館で行われた東京私立学校展では、広報活動をするべくきちんと立っていた。児浦先生自身が常に自分の限界を超える自己変態超人なのだとしか言いようがない。

★その後ろ姿を見ている≪Z世代≫中高生が、同じく限界を超えて成長しないわけがない。

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★多くの取り組みが報告され、そのたびに子供が限界をいかに超えたかすばらしい話を聴衆は聞けた。たとえば、カンボジアでは、MoGを実施した。MoG (Mission on the Ground)はvery50というNPOが実施している海外実践型・問題解決型プログラムで、経済産業省主催「第9回キャリア教育アワード(中小企業の部)」において、「優秀賞」を受賞している。

★そこでは、現地の起業家と組みながら、地域の政治・経済・マーケット・都市の現状などをリサーチしながら、生徒自身も起業家活動をするというプログラム。リサーチ、議論、企画編集、実施、振り返り、リフォームなどを繰り返していく。当然そのプロセスで多くの現地の方々とコミュニケーションをとりながら行っていくから、葛藤と愛情の眩暈の眩暈の中で、自分を見つめ、チームの中での自分の役割をみつめ、行動を起こしていく。

★生徒はまさか自分にこんな俊敏力あるいはフォロワーシップ、あるいはリーダーシップあるいは実現力があったなんてと自分で自分のコンピテンシーに驚きつつ、自分で知らない間に設定していた限界を超えて自己変態していくという<新しい学習経験>をしていく。PBLといえばPBLベースの学びである。

★この生徒が限界を超えて成長する教育環境のマインドセットが毎年充実していくことに児浦先生はワクワクし、もっともっとというベクトルを強化していくわけであるが、同時に、この<新しい学習経験>をした≪Z世代≫は、今度は講義型授業より経験に価値を見出し、生徒自身の内部で、教科学習とこの非日常的学習の間に限界を設定するようになる可能性もあるし、何より教師がその境界線を描いてしまう可能性がある。

★限界は超えたと思えば、新たな限界が見えてくるものである。そこを回避するか挑戦するかで、その人のバリューは決まるといってよいかもしれない。

★いわば、非日常と日常の限界をどう乗り越えるか、児浦先生はそこを明快に意識し、その限界を超えることで、教科学習と非教科学習の統合を果たすまたまた異次元の<新たな学習経験>を創ると高らかに宣言したのであった。

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衝撃!次のビジョンを実現する力みなぎる教育との遭遇 21世紀型教育機構「第3回静岡国際シンポジウム」(6)限界を共有

★第3部は、田代先生(静岡聖光学院副教頭)、伊藤先生(聖学院教頭)、石川先生(21世紀型教育機構理事)、鈴木氏(GLICC代表)によるパネルディスカッションから始まった。テーマは「グローバル教育の本質を見据えて」。第1部、第2部で語られた理想、新しいウネリ、まだ見ぬ教育、リアルな学びの経験の話を振り返って、本質は何か議論していくセッションだった。

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★田代先生も伊藤先生も、タイやカンボジアというグローバル教育を実施している国が共通しているということもあり、生徒たちが目からウロコという体験を通して、問題を自分事にし、真剣に立ち臨む姿勢に変わり、自分たちが何もできないのだという根源的存在の弱さにたどりつくとき、そこから自分の殻を破って大きく成長してくる変容する姿に感動するという点で一致した。

★たしかに、この話は第2部の生徒たちの話に重ねるとわかりやすいし、海外の語学研修では、なかなか体験できない存在の本質を呼び覚ます<新しい経験>に違いない。国際バカロレアのCASにあるボランティア活動も、かなり切迫したリアリティに直面するプログラムの場合であることが多い。

★しかし、石川先生は、柔らかい口調の中にも、ちょっと毒を流すような発言をした。そのような体験はたしかに、すばらしいけれど、そうなるのは予定調和で、何か見落としていないだろうかと。SDGsへの取り組みも多くの学校で行われているが、その解決案は新しいものは本当はあまりない。そのプロジェクト的なプロセスが大事なのだというのはわかるが、それで社会は変わるのか。

★少し会場も緊張したけれど、本質への接近は、心震わさないで行うのは難しい。また、ここを回避したくなるのが、日本の教育の限界であり、それはもしかしたら21世紀型教育機構の悩みの種でもあるかもしれない。

★コーディネーターの鈴木氏は、外国の大学進学準備教育や帰国生の大学進学準備教育に詳しいので、海外では、そこを回避しないで、自分なりに考えを深め、プレゼンできる思考力をトレーニングする問いがあるという情報を提供し、そのような問いの一例を持ち出した。

★そのような体験をした生徒は、目の前の凄まじい情況に対応するだけではなく、こういった哲学的な存在者の深層を問うような問題にどう対応できるのかと。

★そこは、伊藤先生も田代先生も、なかなか難しいという話だった。

★まさに、そこにまた一つ乗り越えるべき境界線が見えた。<新しい学習経験>は、根源的な問いを日常の授業の中で思考するトレーニングも射程に入れておく必要があるはずだ。しかしながら、現在の風潮は、探究や特別教育活動やグローバル教育は非教科型活動で、教科の授業とは分離しているという限界線がそこにある。

★経産省が推奨するシリコンバレーのHTH(ハイテックハイ)は、まさに教科型活動はしないし、未来の教室の事業に参加しているN学園も実質非教科型活動の方が活発だ。そして15,000人以上の生徒が集まる注目の通信制高校である。

★さて、果たして非教科型活動と教科型活動の隙間を越境する必要はありやいなや?限界線が明らかになったスペシャルディスカッションだったし、先生方が真剣に深淵にまで迫る<新しい学習経験>のプログラムに挑んでいることが明らかになった瞬間だったといえよう。

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衝撃!次のビジョンを実現する力みなぎる教育との遭遇 21世紀型教育機構「第3回静岡国際シンポジウム」(5)若手教師とZ世代の爽快さ!の隠れた意味。

★シンポジウム第2部は、いよいよ世界のZ世代が登場。今回のシンポジウムは、8月28日から9月5日まで同校で行われている「国際未来共生サミット」の最中に行われた。それゆえ、<新しい学習経験>をまさにしている世界からやってきた高校生、つまりデジタルネイティブでグローバルネイティブなZ世代のリアルな考え方や感じ方を共有することができた。

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(世界7カ国から参加しているZ世代の高校生はワークショップに没頭しかつ楽しんでいた)

★まず、今回の国際未来共生サミットの運営サポートをしている先生方の1人中村先生が登壇。国際未来共生サミットの概要を語ってくれた。

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★スピーチが始まるや衝撃を受けた。まったく、今回登壇した先生方と声の響きやしぐさそしてPPTのデザインが違うのだ。なんという爽やかさ!そしてよく学んでいる。東京で行われている21世紀型教育機構のカウンシルやフォーラムにも仲間の先生方と参加してるし、田中潤先生の開催する勉強会にも参加して、取り入れるところは取り入れている。吸収力・柔軟性・創造力が違う。そして軽やかな実行力。

★完全に生徒中心主義で、生徒と共に新しい価値の創造を楽しんでいる様子があふれでていた。はっきりいって、21世紀型教育機構の今回の登壇者は、かなり柔らかくおもてなし能力抜群だと思っていたが、中村先生と実はその中村先生の仲間の先生方は、今回のシンポジウムのバックヤードを完璧に回してくれていたのだが、その若手先生方に比べると、相対的にだが、やはり偉そうだし、自分の考え方や感情を押し付けて悦に入っている様子が、なんともコントラストがはっきりしてしまった。

★もちろん、かくいう私もそのつもりはないのに日ごろ偉そうに映っているのだろうなあと冷や汗がでた。あまりの衝撃に脱帽状態だった。ここにこそ21世紀型教育機構の次の地平があるじゃないかと感動さえした。ただし、名誉のためにおことわりしておくが、今回の登壇者を始め21世紀型教育機構の先生方はおもてなし力抜群だし、偉そうではない。ただ、中村先生とその仲間の先生方と比べると世代間ギャップがあるのだ。

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★そんなことを感じている間に、本橋先生の流ちょうな英語の司会で導かれた世界からやってきた高校生が4人と通訳を担当する静岡聖光学院の高校生2人が登壇した。

★日本と自分の国の違いと共通点について大いに語り、帰国後自分の学んだことを生かして、国のために役立てたいというミッションを聴いて会場は驚きのため息をついていた。

★礼儀正しく、今回この機会をつくってくれた静岡聖光学院の教師や生徒、自治体、企業、そしてホストファミリーの方々をおもんぱかって、クリティカルシンキングを発動しなかったが、そもそもSDGsの問題を生んだのは何が原因だったのかという話になると、許すけれど忘れないという歴史認識がどっと現れたのかもしれない。

★しかし、それを超えてバックスキャンよろしく未来から自分たちを地球人としてとらえかえし、何が出来るのかともに考えようとしていたのかもしれない。

★ここにもなかなか一線を超えられない暗黙の壁が横たわっていて、それは一朝一夕では超えられないものであることを思い知った。しかし、そこを突破するには、中村先生やZ世代の高校生が今回PBLベースの対話にヒントがあると感じた。この活動を、久しく続けていくことによって、希望を見出せるのかもしれない。そして、今回のような学校の教育活動のしんどさの背景も見えた気がした。

★そのしんどさ、深刻さゆえに爽やかに立ち臨むしかないという気概の分厚さに私自身謙虚にならざるを得ないと学んだのだった。

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衝撃!次のビジョンを実現する力みなぎる教育との遭遇 21世紀型教育機構「第3回静岡国際シンポジウム」(4)鬼才田中潤先生登壇!

★三田国際の田中潤教頭のスピーチは圧巻だった。テーマは「まだ見ぬ教育」。すでに三田国際で、経産省の「未来の教室」はとっくに実現し、今はシンガポールやシリコンバレーの世界最先端の教育をさらに超えてようとしている。その超えるという地平をいったいどこに田中潤先生は見ているのだろうか?

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★とにかく、文献リサーチが半パンじゃない田中潤先生。それを巧みに物語構造を活用してエスプリの利いたトークをしていく。壮大な理論の数々を自身の日常生活でハッと気づいたという一瞬私小説にするその大きなギャップに会場を笑いの渦に巻き起こむ。

★21世紀型教育機構の若手の先生方もその魅力にひかれ、田中潤先生の世界を巻き込むプレゼン手法を真似ぶ=学ぶという動きがでている。まさに、TEDよろしくやってのける。

★しかし、そのミミクリーとめまいの物語に魅せられているだけではなく、田中潤先生の「まだ見ぬ教育」の地平はどこにあるのか感想を書くと、もはやテクノロジーがまだ見ぬ教育を覆っているのでも、マシーンと人間がアクセンチュアーの予測する共生するでおわるのでもない。

★その両方は当然で、それを活用して世界や社会や平和になることを教育するわけでもないというのが本意だろう。

★これは痛烈な21世紀型教育機構に対するエスプリなのである。ユーモアなのであるが、最も先進的でハイレベルなテクノロジーと言語能力を学ぶ環境を創り上げた田中潤先生だから語れるレトリックである。

★社会貢献や平和を目的にする教育はどこか似非である。アダプティブラーニングの真の意味は、1人ひとりがハッピーであることであり、自らを犠牲にしてまでも押しつけがましい社会貢献や平和はどこかムリがあるのではないかと。

★未来は、AIなどのハイテクと深い人間理解はあたりまえの日常生活であり、社会貢献や平和は、非日常生活ではないのだと。そうならなければ、未来ではないのだと。その日常にあって、自分自身がいかに非日常的な存在として、日常生活のすべてを内面に包摂できるのか。個人の時代は、それゆえ自身が宇宙になることで、宇宙の一部になることではない。それにはハイテクの力は必要だし、互いに喜びを認め合う人間理解力が必要なのだと。

★それゆえ、「まだ見ぬ教育」のお題の本当のタイトルは<Find your spark joy>なのである。置き換えると、君の宇宙を見つけようということだ。世界を変える程度ではダメなのだと。自分の内部にある宇宙の響きを解放せよと。すさまじき内生的変容時代を予言したのである。さすがは、鬼才<田中潤先生>である。

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衝撃!次のビジョンを実現する力みなぎる教育との遭遇 21世紀型教育機構「第3回静岡国際シンポジウム」(3)

★星野明宏校長の「新グローバル教育宣言」は、未来を見据えたキーノートスピーチだった。いつの世の中も激動のなかで、人は不安を感じながらもそれを払拭しようと対応して生き抜いているのだが、今回蠢いている変化は、単なる外部変化というより、私たち一人一人が身に着けて血肉になっている物の見方・考え方・感じ方そのものが変容しなければならないという異次元の激動に直面している。すなわち内生的変容を迫られている。

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★この変容は、新しい<学習経験>を受け入れる他に術がないところまで来ている。だから、星野校長は2030年までに到達するSDGsを生徒1人ひとりが自分ごとにできる国際サミットを自分の学校で実現した。

★ソサイエティ5.0や第4次産業革命で現れるいや既に現れているが、多彩なイノベーション、日々進化するテクノロージー、新しく多様なタレント、そしてトレランスという寛容な倫理観すべてに対応できる新しいSTEAM教育をBIGIRION-Gというガレージというスペースでやってのけようという理想を掲げている。

★もちろん、現場と理想のギャップはつきもので、葛藤も生まれる。しかし、それを理由に前に進まないのではなく、クリエイティブテンションとして、前に進む推進力に転換するグロウスマインドセットを学内に浸透させせている。その組織開発の手腕、人材育成の手腕、ビジョン構築の手腕は見事である。

★元電通マンとして、社会科教師として、そして筑波大大学院で研究したスポーツ科学者として、ラグビーのユースの監督を経て、日本のラグビー促進者として、世に必要とされている存在になっているがゆえになせる業であるともいえる。

★それにしても、元電通マンの魂とその言葉の選択は群を抜いている。たとえば、理想を構築するときのことばに「ムーンショット」という表現を選ぶ。地球の外に出るくらい難関の目標を立てるわけだが、それがムーンショットという美し響きと地球を回り続ける眩暈が同居していて、月への旅の誘(いざな)いについ乗っかってしまうではないか。

★そして、新グローバル教育宣言のもう一つのキーワードは、ジャパンオリジナル。なんでもかんでも海外の模倣をするのではなく、日本のコンパクトで密度の高い知性を活用しようという話。ジョブスもフランクロイドライトも、多くの外国人が見せられる茶の道やマインドフルネス。そして、そこにある倫理観。国際サミットなどで多様性の中で共有していこうということだろう。

★しかし、このジャパンオリジナルには「月」が似合うのは言うまでもない。ムーンショットといいジャパンオリジナルといい、そこには「月」からみた「地球」。つまり「宇宙の運動」がある。もちろん、星野校長がそこまで意識したかどうかはわからないがおそらく相当計算して、そのうえで、崩している。この計画と無計画という反復が生み出すクリエイティブテンション。静岡聖光学院は、MITやシリコンバレーのリーダーシップ研修も受けているから、土台にあの学習する組織がある。

★この組織が土台としてあるから、PBLをコアとする<新しい学習経験>を創ることができる。その中で、生徒は自分の本質的なかけがえのない価値を見出し、それを社会で豊かなバリューに変換することができるようになる。

★ところで、今回の国際サミットはいかにして資金調達は可能だったのだろうか?結局、学校もベンチャーキャピタルさながら資金調達力がなければ、何もできないのである。学校経営者の腕の見せ所とは実は目には見えないそういうバックヤードのソフトパワーにかかっている。その裏付けあってこそのムーンショットなのである。

 

 

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衝撃!次のビジョンを実現する力みなぎる教育との遭遇 21世紀型教育機構「第3回静岡国際シンポジウム」(2)

★新たな<経験>は、新たな知識や才能、技術、ケアをプロダクトする。ところが、新たな<経験>は、想定されたゴールが一応あるから、その<経験>を充実させ膨らませそのゴールを生み出すことに意識が集中する。

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★だから、<経験>とは無意識のうちにその新たな知識や才能、技術、ケアの精神を生みだしているのだ。昨日のようなシンポジウムは、登壇者が新たな<経験>の実践報告を熱く語るから、新鮮で感動的で驚愕する内容ばかり。だから、たいていは、登壇者も聴衆も共感し共鳴し共振する。

★それゆえ、登壇者が語ること以上に新たな知識や才能、技能、ケアの精神が生まれていることに気づかないことが多い。実に有益だが同時にもったいない隙間ができる。そこで、登壇者達は懇親会などやってリフレクションする。そこで互いにシンポジウムで耳を傾けた結果、ものものの見方や考え方の違いをすり合わせ、新たな発見をして、次に再び飛びたとうとする。

★そういう意味では、シンポジウムのような<経験>は登壇者にとって価値増幅の環境システムである。21世紀型教育機構のシンポジウムやフォーラム、カウンシルは参加者と共有しつつ、登壇者はさらに未来を描く可能性があるのだ。

★今回私は、次世代に21世紀型教育機構をエンパワーするために、少しずつ現場から抜けている。そうして、2021年に21世紀型教育機構のグローバル教育3.0が完成するや始まる次のステージを探す側に回っている。その無意識のうちに生まれ出ずる未来を見たいというわけだ。

★それにしても、総合司会の本橋先生(聖学院教諭)と神崎氏(カンザキメソッド株式会社代表)の名司会には感動した。今回のシンポジウムのシナリオの輪郭を明快に描くと同時に、21世紀型教育機構の存在意義を伝えた。

★どちらも思考力入試や探究という新しい<学習経験>の実践者だから、2021年までの21世紀型教育機構の歴史的役割を前のめりで表現していた。しかしまた、それが2021年以降に超えなければならない限界であることも明らかにした。

★この両義性という<遊び>はなかなかスリリング。わかる人にはわかるが、わからない人にはわからないという公然の隠れた表現遊びなのである。エッシャーやヴィトゲンシュタインのトリックアート的なおもしろさでもある。

★ストレートに語り得るものとして表現はしているが、その表現を反転するとストレートに語り得ぬものが見えてくる。まさに眩暈。

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衝撃!次のビジョンを実現する力みなぎる教育との遭遇 21世紀型教育機構「第3回静岡国際シンポジウム」(1)

★9月1日(日)、静岡聖光学院のTED用のピエール・ロバート・ホールで、静岡聖光学院と21世紀型教育機構主催の「第3回静岡国際シンポジウム」が開催された。静岡聖光学院の星野校長をはじめ、21世紀型教育機構の仲間の先生方が駆け付け、いまここで取り組んでいる教育活動とその教育活動の中にはやくも育まれはじめている新しいビジョンについてスーパープレゼンテーションがあった。

★このいまここで取り組んでいる教育活動は、日本の教育の中では最先端のもので、経産省が提唱する「未来の教室」における活動はすでに実現してしまっている。そして、衝撃的だったのは、その各学校の最先端の取り組みの中に「次のビジョンが生まれ、それを実現する力がみなぎっていた」のである。グローバル教育。それは21世紀型教育機構加盟校にとっては、<地球そのものが教室>になってしまったのである。

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★とするならば、当然次なるビジョンは、<宇宙>である。もちろん、この<宇宙>とは、銀河系などのコスモスという意味ももちろんあるが、私たちの身の回りにいる鳥をみて、恐竜がそこにいたと気づくような身の回りにあるナノレベルの<宇宙>から気づく<宇宙視点>のことである。私たちの視野はマクロとミクロの統合から、コスモスとナノの統合へとシフトしたのである。

★このシフトを2014年から予言しているのが首都圏模試センターの取締役・教育情報部長北一成氏だ。1986年以降に中学入試は活況を帯びる。それは、しかしながら景気の動向というか、ミドルアッパー層以上の懐事情の上下運動に相関している。

★1986年からバブル崩壊後数年間は、まだその層の懐事情は右肩上がりだった。学歴階層構造と経済階層は一致するという幻想が通用する時代だったから、右肩上がりのエンジンは国内大学進学志向だった。

★ところが、1998年ころからそこが揺らぎ始め、国内の階層の中に入り込むだけはダメで、揺らぎの原因であるグローバリゼーションという広がりの中の世界標準の階層の中にはいるために、個人の学力を高めることの必要性を感じた保護者が中学入試に立ち戻ってきた。

★しかし、グローバリゼーションの光と影の交差は激しく、リーマンショック以降、ミドルアッパー層以上の懐事情もさすがにダメージを受けた。再び中学入試は下降するが、2013年から2020年の大学入試改革の話がでてから、再び右肩上がりに転じる。この大学入試改革は、明治維新始まって以来の教育改革であると鳴り物入りで登場してきた。

★したがって、北氏は、2014年以降の中学入試受験生の増加傾向は、大学入試改革を先取りする私立中高一貫校の「学び方」の変化による成長なのだと指摘してきたのだ。

★入試問題は学校の顔であるし、アドミッションポリシーとしてカリキュラムポリシーを反映しているから、その「学び方」の変化は、中学入試の中に「新タイプ入試」が増えたことに象徴されているというのが北氏の視点・論点なのである。

★これは、少子高齢化によって、従来の学びでは、平均年収は430万円くらいであるから、このままいけば2040年の日本のGDPは半減する。今の中1が30歳台になるとき、そんな状態でよいのか。平均年収を倍増しなければ国力は衰退するのである。

★実はこれは先進諸国の共通の悩みで、それゆえ、<新しい学習経験>を生みだし、一握りの才能者による、つまり富裕層による社会づくりではなく、1人ひとりの才能を開花し、1人ひとりのかけがえのない本質的価値と経済的なバリューを一致させる新しい社会づくりをしようという新しい流れと同期している。

★北氏は、首都圏で開発されている各学校の新タイプ入試をこれでもかというほど積み上げて、この「学び方」の変化によって中学受験の構造が変化したことを論じ切った。

★そして、各学校の登壇者は、この<新しい学習経験>の環境やシステムをなぜどのように創出し、生徒が自分の限界や従来の社会づくりの限界を超えて成長するのか熱く語った。そして、同時に、そのいまここでの取り組みの中に次のビジョンが育まれていたことを発見しているのである。

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2019年8月31日 (土)

静岡聖光学院 <国際未来共創サミット>始まる。

★静岡聖光学院のキャンパスが高校生グローバルシチズンで一杯になっている。8月28日~9月5日まで、世界7カ国、日本からも含めて多くの高校生と教師が集結。第1回<国際未来共創サミット>が開催されているのである。主催は静岡聖光学院で、自治体や企業の協力もある。

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(<国際未来共創サミット>開催中の9月1日は、同校ロバート・ピエール・ホールで、<第3回静岡国際シンポジウム>も同時開催。)

★世界各国の高校生が集まり、各国が協力して解決しなければならないSDGsを中心とする問題について、共に考え、議論し、未来を創造するワークショップ満載。サミットのフィナーレは、ワークショップで学んだ成果についてプレゼンテーションを行い、一堂に会した高校生グローバルシチズンが想いを一つする。

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★もちろん、想いを一つにするまでのさまざまな議論や制作活動を通して、ものの見方・考え方・感じ方の違いを感じる。しかし、それをシェアすることによって、世界の大きな問題の解決のヒントは、実はまさにいまここにあるということを身に染みて実感し、SGDsのグローバルゴールズ解決のためにすぐにアクションを起こせるというのが、このような<国際サミット>が世界で行われる大きな目的である。

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★にもかかわらず、目先の大学進学準備が優先され、我が国はこのような中高生による国際サミットを開催する労力も金もかけてこなかった。外交交渉だけで国際関係を形成しようとしても、webで国境を超えて各個人がつながってしまっている時代には、難しい局面にぶつかっているという事態になっているにもかかわらずである。

★そんなとき、静岡聖光学院はアクションを起こしたのだ。画期的なことである。

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★どうして、このようなアクションが自生したのかと言うと、昨年から地球まるごと僕らの教室にしようと11もの国に生徒が飛んで、自分たちは目先の問題だけではなく、世界共通の大きな問題を解決するミッションが課されていることに気づいたからだ。世界では、中高生が国境を超えて、対話し、議論し、協力してコトを成そうとアクションを起こしているではないかと身体中に電気が走ったからだとうい。

★同校の伝統的なジェントルマン教育が、一気呵成にグローバルジェントルマン教育として現代化し、革新的に花開いたのである。

★このような貴重な<経験>にはワークショップという<アクティビティ>が埋め込まれている。実は世界の学校同士が行う意義は、<経験>と<アクティビティ>のコンビネーションをデザインできるPBLが核として共有できているからなのである。

★学校の教育の必要性は、普段の授業の中で、目の前の問題以上に世界の大きな問題を引き受けるプロジェクトが埋め込まれているPBLが展開できるからである。

★20世紀型教育から21世紀型教育に転換しないという選択肢はもはやない。まったなしだ。静岡聖光学院の今回のアクションはそれを示してくれている。

 

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