2027年以降の教育 ディープ・ユートピアに直面か?
★2011年から21世紀型教育を作ろうと仲間の先生方と歩いてきたとき、グローバル教育はまずCEFR基準のC1レベルを念頭に置いて、それを実現する教育環境をリサーチしました。次にC1英語の環境には高次思考力が必要だし、それを生み出す授業はPBLだろうと仮説を立て、MITメディラボのシーモア・パパート教授の3X理論をベースにしながら、デューイやガードナーやシステム思考やデザイン思考、学習する組織などリサーチして取り込んでいきました。ICTに関しては、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授の機械学習による将来の仕事の変化などの情報を収集していました。
★しかし、2014年に出版された同じオックスフォード大学の教授だったニック・ボストロムの「スーパーインテリジェンス」は、多くの識者がそこから引っ張っている知識や情報を活用する程度でした。分厚かったし、邦訳されたのは2017年で、すでに多くの見識者が語っていたので、読まないまま過ごしてしまいました。ところが、当時はシリコンバレーのCEOやテック・リバタリアンは読み込んでいて、その影響を受けていたのだと今頃になって知りました。
★ニック・ボストロムが2014年に「スーパー・インテリジェンス」を出版して10年たった2024年には「ディープ・ユートピア」という本を出版しています。またも分厚く、まだ邦訳されていないので、どうしようかなと思って、まずはレビューを読んだりして、今度はちゃんと読もうかなと。kindleで購入したので、わからない単語や意味が取れない文章は、すぐに訳してくれるので、私の拙い英語力でも読み進められるかもしれませんが、最後の一文が、あのクィーンの“Was it all worth it.”をもじって❝Whether it was all worth it ?❞で終わっているので、なんとも意味深で、ちょっと躊躇しています。
★デイリーの講義が続くという形式で、論文スタイルではなく、文学的です。哲学者ですから当然なのですが、この「深い冗長性」のスタイルにこそ、書き込まれていない本格的な結論が表現されているのかもしれないなあと挑発的で実験的な書物であることはどうやら間違いがありません。
★AIによるポスト労働社会が、労働しなくてよい時代がやってくるのだから人間による労働は冗長性として削除されます。その分趣味や娯楽で楽しい人生をというのは「浅い冗長性」の問題で、本当はポスト道具社会で、人間の深い探究や創造性までも乗り越えられたとき、人間はどうするべきかという「深い冗長性」の問題が横たわるということらしいです。
★ニック・ボルトロムは、それに対する対応策は詳しくは論じていないようですが、何ができるかという社会進化論から何であるかという存在そのものの意味を感じることができるかどうかにいきつくということのようです。
★このことについては、すでに多くの見識者が言及しています。出所はニック・ボストロムの思想からだったかもしれません、
★ということは、源泉であるディープ・ユートピアを読むしかないですね。読み終わらないうちに邦訳が出てしまうかもしれませんが。
★それに、五感から世界につなぐワクワクする心を揺さぶる教育環境をデザインしている昨今の先生方の活動はすでにディープ・ユートピアに開かれているのかもしれませんから。小田原で行われた数学の宿泊研修「春の数学祭り」で、参加された先生方の対話や授業づくりの議論はまさにディープ・ユートピアに開かれている感じだったし、そもそも工学院の教頭田中歩先生率いるチーム教師の授業デザインやプロジェクトもディープ・ユートピアに開かれている感じがしています。
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