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2026年8月13日 (木)

筑駒の国語の入試問題は、探究の道に足を踏み入れている

★2026年度の筑駒の国語の入試問題は、いつもそうですが、文章の中に答えを探す文章のどこに何がかいてあるかの確認レベルの読解問題ではありません。しかし、今年は、課題文のテーマが社会課題を考える大前提のものの見方考え方のイマジネーションを発動させつつ、論理的整合性を問う問題でした。正解には幅がありますが、多様な解答になるというものではありません。ただ、文章の中に明文化されていないので、かなり推理力が必要です。

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★しかも、その推理の内容は、さりげなくアーティスティックです。文学的推理と言えばそうなのですが、それでは収まらない新しい文章が出題されているのです。今年の国語の入試問題の大問【2】がそれでした。アーティストであり作家であり、社会起業家である瀬尾夏美さんの文章を課題文としていました。「声の地層: 災禍と痛みを語ること」という本の第1章「おばあさんと旅人と死んだ人」から出題されていました。震災や戦争で被害を受けた方々の語り継ごうとする苦悩と未来へバトンを渡そうとする気持ちをルポルタージュやノンフィクションとして編集するのではなく、エッセイ風であり、物語風であり、詩的であり、でもフィクションではないのです。

★被害を被ったおばあさんに旅人である瀬尾さんと犠牲になって死んだ人が対話をしていることを語っています。死んだ人が登場するので、物語風ではあるのですが、おばあさんにとっては確かな存在なのです。当然旅人は、とても大事なことが語られているのに、共感できるとはとてもいえない深淵が瞬間瞬間に広がっています。

★しかし、それは何かあえて明らかにせず、大切なものの周りを長い時間かけて語っているその時間と空間を大切にしています。

★私たちは、こうしているうちにも、自然災害に遭っているし、戦争地帯で困難を抱えている人々がいることを知っています。なんとか助けたいという意志はもちろん大事なのですが、無力感も感じてしまいます。にもかかわらず、自然災害や事件、戦争によって心身に傷を負った人々が何か伝えようとしていmす。ですから、瀬尾さんはまず耳を傾けようとする活動をしています。

★制度としてあるいはインフラとしての支援だけではない活動とは、いったい何なのでしょうか。マニュアルはありません。瀬尾さんの存在の光が文字に起こされている文章。アートです。アートの力で被災地の人々の想いを表現しているわけです。小さな現場で語っている方の言葉を伝えるのですが、そこには回答は語られていないのです。長い年月の声の地層が堆積し、その地層のどこかに大切なものがあるのです。しかし、それは何かは、その地層全体が表現しているので、見ようとしても見えないのです。

★中学受験生は、読解と言えば、文章の中に解答があるから探せばよいと思われているかもしれません。もちろん、多くの場合は、まずどこに何が書いてあるのか確認するレベルから始まるのですが、書いていない場合どうするのでしょう。

★そこをどうやって認識したり推理したりするのでしょう。そしてどのように検証するのでしょう。筑駒の国語の中学入試問題は、そのような姿勢を受験生にとらせる問題です。これぞまさに探究の道に足を踏み入れる姿勢です。

★改めて中学入試の学びとは何か問い直したくなります。同時に中高で行っている探究の本質的なベースは何かについても問い直したくなります。

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