College of Design 新しい倫理を生み出す可能性 倫理は自由と葛藤を生むのではなく、自由を生み出す物理的精神的時空場システム
★2027年に東大がCollege of Designの入試を実施することによって、今までの道徳や倫理の考え方から生徒ばかりか学歴社会に困惑させられてきた人々はようやく解放される可能性がみえてきました。えっ!?何をと思うかもしれません。従来の一般選抜は知識中心で、少し論理的思考が必要でした。これが妥当だとみな思っていたということですから、客観的知識に従い、論理的な筋道以外は認められないという道徳や倫理が正しいと思われてきたのです。
★ですから、どんなんに創造的思考がポイントだとか、批判的思考がなければ自由は獲得できないでしょうと語ったとしても、それは道徳や倫理の秩序を揺るがす出る杭でしかなかったのです。そんなあ大げさなあと。本当ですか?
★専門知識と論理が組織の枠組みをつくり、そこを外れると秩序を乱すという感覚は、意外とあるあるです。
★だから、チェンジメーカーだとかイノベーターだとかは、特殊な成功者の話であって、多くは専門知識と論理的思考をトレーニングされ、それが社会正義だという感覚に囚われてきたでしょう。それを培ってきたのが、大学入試です。まさか?そう思いますか。
★幼少中高のキャリア路線は、最終的には大学や専門学校もふくむざっくり90%の世界に回収されます。10%は就職しますが、大学生などと違い就職活動は極めて限られていて、大学や専門学校に進む生徒と同じカリキュラムをこなして卒業し、就職するのです。
★この彼らが学習指導要領で学ぶことが道徳であり倫理であり権利でありとなるわけですから、この延長線上の専門知識と論理的思考をしっかり身につけることは倫理=責任と無意識のうちに思ってしまうのは当然です。
★これは、もう倫理=責任=義務=法律となるのです。法実証主義において、法律と倫理は実は同じことです。法実証主義は実定法≦自然法という考え方はありませんから、倫理も法律の中に包摂されます。
★もちろん、頭の中では学者や法律家は、法律と倫理の違いは明快です。しかし、実際には法律が優先しますから、倫理は結局目に見える法律に制約されてしまっているのです。これが日常感覚でしょう。
★ところが、今回大学入試の在り方が、創造的思考力や社会正義、貢献というキーワードを含むようになるわけです。創造的思考力は、自由がなければ生まれてきません。論理的思考は自由がなくても成り立つわけです。ですから、創造的思考力を社会実装すると社会正義や貢献というあり方も変わります。当然新しい倫理も生まれます。
★法律=倫理だと錯覚してきた世界では、倫理と自由はぶつかり合い、バランスをどうとるのかが問いでした。しかし、新しい倫理ではこの問いはそもそも成り立たない。倫理は、創造的思考をインスパイアーする自由の物理的精神的時空場として存在するのですから。
★すると、今までの問いの立て方や問いの立て方の方法論はすべて変わらざるを得なくなります。専門知識と論理的思考を絶対だと錯覚してきた世界で生み出される問いはすべてモニタリングのチェック項目にすぎません。
★世界観や宇宙観を生み出す問いは、自由を生み出す「倫理場」でこそ生まれます。そして、この「倫理場」を成立させるために法律はサポートします。この倫理場を成立させる条件として法律は機能しますが、倫理場の中に法律は直接は入り込んでこないのです。ただ、倫理場を崩そうとする動きに対して、リーガルマインドは発動することはあります。
★とはいえ、結局は法実証主義であるに変わりはありません。しかし、法律=倫理=責任というショートはしなくなります。その意味で新しい倫理が生まれる契機としてCollege of Designは役割を果たすかもしれません。結局東大が動かなければ、日本の教育界は動かないのかと思うと多少は残念ですが、自由を根っこ持っている麻布のOBである藤井さんが東大総長であるからなせる業だと思うことにすると、まあいいかとなります。。。
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