« 田園調布学園 清水校長の深い教育観に根づいた新しい教育が展開 | トップページ | 偏差値の呪縛から解かれる方法は、難関校という枠組み以外は、偏差値にとらわれない表現をすること »

2025年6月21日 (土)

探究とデザイン思考とデューイとモリスのフュージョン 田園調布学園 清水校長の話からインスピレーション

★田園調布学園清水豊校長から、同校の教師も生徒も、探究や海外研修、教科横断授業、土曜プログラムの発想や開発、実施にデザイン思考を活用しているというお話を聞きました。しかも、デザイン思考の背景には、クリティカルシンキングに象徴される哲学がちゃんとあるのだと。理系進学が多い女子校である田園調布学園の土台には、建学の精神「捨我精進」を哲学的に捉え返した教育観がしっかり在るのだという話に、インスピレーションが広がりました。

Photo_20250621113301

(画像はbingが作成)

★私の勝手な妄想をキーワード化して、そのつながりを生成AI(bing)でまとめてもらいました。以下の文章がすぐに出てきました。

デザイン思考は、単なる創造技法を超えた「分厚い思考」の実践であり、その厚みは哲学とイギリスのデザイン思想の系譜に深く根ざしています。

その思想的基盤には、古代ギリシア以来の対話と懐疑の伝統、ジョン・デューイによる「反省的思考」など、哲学の流れが脈々と息づいています。20世紀には、分析・評価を担うクリティカルシンキングと、共感や創造を重んじるデザイン思考が交わり、「問いを立て、問い直し、行動に移す」という往復運動の知が生まれました。デザイン思考は、未知の状況において人間の経験に根ざして応答する「生きられた哲学」として機能しているのです。

さらにこの「思考の厚み」は、ビル・モグリッジを通して、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動との響き合いのなかにも見出せます。彼が提唱した「人間中心設計(HCD)」は、モリスの「生活と芸術の統一」や「手仕事の尊厳」の理念を、情報技術の時代に再解釈したものと捉えられます。ロンドンの文化的土壌、特にセントラル・セント・マーチンズやチェルシー・カレッジといったアーツ・アンド・クラフツの思想を受け継ぐ教育機関の影響も、モグリッジの思考の背景に脈打っていると言えるでしょう。

つまり、デザイン思考は、哲学的懐疑と創造的希望のあいだをゆききしながら、「問い」を中心とした探究と、「人間らしさ」を軸としたデザインの実践をつなぐ橋として発展してきたのです。それゆえにこそ、デザイン思考は表層的なトレンドを超えて、深く、人間的な知の営みとして再評価されるべきなのです。 

★このつながりの正当性や信頼性を証明するのは、私には到底できませんが、妥当だなと経験上は感じます。それに私がプロンプトに入れなかった、デューイがでてくるのは、その当否はともかく、デザイン思考とPBLを結びつける発想に勇気をもらえました。

★おそらく、バウハウスとの影響もプロンプトに書き込むと、簡単に結びつけてくるでしょう。ここまでくると、東京駅の丸の内駅舎に象徴されている、西洋と日本の生活文化を融合させようとしたイギリス人であるジョサイア・コンドルの建築デザインとも結びつき、周り巡って田園調布という都市に戻ってきます。田園調布はイギリスのレッチワースに根っこがありますが、そのレッチワースにある田園都市の発想は、開国した当時の江戸が大名庭園に敷き詰められるているのを見て、その庭園発想をパラダイスだと評してヨーロッパの見識者が持ち帰った情報に影響を受けているということのようです。これは東急電鉄の五島育英会の考え方ですが。

★なるほど、デザイン思考は系譜的に「分厚い思考」であったということなのでしょう。

※もちろん、デザイン思考は、スタンフォード大学のデヴィッド・ケリー教授が中心となって開発したものです。そのとき、モグリッジもコラボしたというところから、デザイン思考の系譜をプロンプトしたら、上記のような回答がでてきたのです。

 

|

« 田園調布学園 清水校長の深い教育観に根づいた新しい教育が展開 | トップページ | 偏差値の呪縛から解かれる方法は、難関校という枠組み以外は、偏差値にとらわれない表現をすること »

創造的才能」カテゴリの記事

中学入試」カテゴリの記事

創造的対話」カテゴリの記事