2025東大合格者発表のシーズン(08)公立と私立の進学準備の違い
★今年の日比谷と翠嵐の東大合格者数は、公立と私立の進学準備教育の違いを象徴するものとして衝撃的だった。ついにこうなったか。それは、公立の高校は、教育委員会が、一定の高校に、進学重点だとか学力向上だとかいう明確な目的で支援をし、ある高校は東大に、ある高校は医学部になどという目標を集中させて、かつ東大やターゲットの医学部の大学入試問題集であるいわゆる赤本をスラスラ解ける教師を揃えることができる。
★ところが、私立学校は2013年ころから東大を志望すれば、その私立学校は応援するが、東大に集中させて受験させる目標をたてる学校はほとんどない。あくまでも探究心や多くの経験と教養を身につけたうえで、東大で研究したり学びたければ応援するよという雰囲気。開成や聖光学院はどうなんだといわれるかもしれないが、東大に行くのは、みんなが行くから当たり前という雰囲気だろう。東大に行きたいからというより、もっとほかの学びや知に触れたいという欲求。
★だから、上記の図のように、国立・公立中学校に比べ圧倒的に数の割合が少ない私立中学入学生から、東大というより、世界大学ランキング100位以内の大学や自分の将来やりたいことが実現できると考えている大学に進むというキャリアデザイン。
★国立・公立は、高校に行くにしたがって、偏差値序列がきつくなり、東大に行くには、偏差値の高い高校にという競争社会だ。
★私立は、一見偏差値があるから、競争社会のように見えるが、東大レベルの海外大学にいくのに、偏差値で私立学校を選ばない。私立学校は、実は2013年ころから、非常に選択肢の多い進学準備教育を行っているのである。
★彼らは、東大ではなく、海外大学を好む生徒もいる。受験科目というのが東大程ないからだといわれることもあるが、なぜ少ない方がよいと彼らは考えるのだろう。それは2013年ころまでの進学準備教育以外の海外のキャリアデザインをリサーチしたことがない人には、楽だからだというハラスメント的言説を表してしまう場合もある。
★海外のシステムを知ってしまった生徒は、コンテンツベースの学びにそれほど意味を感じていない。コンテツベースではなく、コンピテンシーベースなのが、総合型選抜だが、海外の進学準備は、無限のコンテンツを鷲づかみにするコンセプトベースの学びだ。決して楽ではない。ただ、哲学的発想や文化人類学的発想が根っこにある。無限のコンテンツを鷲づかみにするコンセプトベースの学びは、転移学習をフル回転する。少ない道具で大きなイノベーションを生み出す力だ。
★東大の一般選抜に向けての準備教育は、彼らにとっては、鷲づかみにするには細かすぎるのだ。
★2013年ごろまでは、国立も公立も私立も、みなコンテンツ重視の学びだった。コンテンツをよく理解している度合いを競争した。それに意味を見出せない生徒の能力は偏差値が高くないとみなされ自己肯定感を削がれていった。このように生徒の選択の意志を削いでいくのが、従来の進学準備教育だった。私立学校は、自由な発想をベースにしているから、そのような狭い領域に導かれる(追い詰める)競争は、選択しないという意志もあるのだ。
★ピラミッドの頂上に行きつけない若い才能者たちをどれだけ突き落としてきたか。それが今日の日本の経済産業の状況を生み出す大きな要因になっている可能性は大だ。
★そのことに気づいているのが、実は東大の藤井総長だ。おそらく戦後教育基本法成立のために奔走したその当時の東大総長南原繁に相当する転換を目論んでいるだろう。
★何の根拠もないエビデンスもない妄想だと思われるかもしれない。未来を保証するエビデンスがあるということは実は不確かなのではないか。信念と仮説にすぎない。しかし、教育現場でネガティブケイパビリティを発して奮闘している教師や生徒。なぜそんな力を発揮しているのか?それを理解する共感力で十分ではないのか。
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