★昨日、一般財団法人日本私学教育研究所(以降「日私教研」)が主催する「委託研究員 研究成果報告会」がありました。2週続けて土曜日午前から午後まで行う報告会で、全国の先生が、1年間研究した成果を発表する会です。レジュメもしっかりとした論文レベルで、修士論文くらいの出来です。発表後、参加した先生方からも活発に質問があります。日私教研の専門委員である大学教授なども質問というより口頭試問のような感じのなかなか鋭く深い問いの投げかけもあります。これは確かに日本の私学の先生方の教師力質向上に役立つ報告会の1つだと感じました。

★多くの先生方は、ご自身の授業研究の成果を発表されていました。一般的な授業実践報告ではなく、仮説設定された生徒の成長の状況をアンケートやルーブリックで検証し、新しいモデル化や数理モデルに発展できるような見通しを立てたものです。
★その中で、駒沢学園女子の山口貴史先生の個別最適化が学校の組織のどの部分に親和性があるのか、教育社会学的に研究していたので、興味を抱きました。そこで聴講しに出かけました。
★山口先生は、数学の先生ですが、教科横断的な探究やグローバル探究のプロジェクトなども企画運営しています。英語もなかなかのもので、バイオリンも弾きこなします。いわゆる学際的で教養人です。しかも若い。そして、広報部でも活躍しているので、マーケティングな視点も今回の研究に織り込んでいました。
★基本数学の先生だなあと思ったのは、仮説を立てて、カテゴライズした学校属性ごとにその仮説を検証するためのアンケートの集計を数値化していたからです。そして、その手法が数学的ですから、社会学だとか哲学、文化人類学、教育学の教授の方々がつくった先行モデルに依拠する必要がなかったので、かなりオリジナリティが高かったのです。ここが重要だと私は感じ入りました。
★東大をはじめ多くの大学がスタートアップを増やすプロジェクトを立ち上げていますが、これは従来の大学入試がパターン学習や固定化されたモデル学習で合否が決まるシステムになっていた反省があります。50年前に私が受験したときと主力参考書が変わっていないという事実からもそれが了解できるはずです。固定化されたモデル学習は、解法システムが与えられているので、その中での効率性の改善はあっても、その枠を超えようとしないので、イノベーションが起こりにくいのです。それゆえ、東大をはじめ多くの大学では、効率型学習ではなく、イノベーション生成型学習を見通した総合型選抜や新しい多様な入試を導入しつつあります。もちろん、効率型学習も必要ですから、そのバランスの均衡点をどうするかは、企画とアイデア次第ですね。
★で、話がそれましたが、数学的オリジナリティのある山口先生の研究が、なぜ教育社会学的かというと、この研究を突き詰めていくと、学習指導要領の改善の方法が、モデル学習型改善なのか、イノベーション生成型改善なのかを問うテーマにつながるからです。
★新学習指導要領は、いくつかの新しい学びを導入しています。最も人口に膾炙されているのは「主体的・対話的で深い学び」です。これを推進するために「個別最適化」という言説を使っています。
★山口先生は、この「個別最適化」に着目し、この「個別最適化」は学校のどの領域で役に立っているのか(親和性があるのか)という現状という事実をまずはっきりさせようという試みだったのです。学校の属性(共学かそうでないか、公立か私立か、宗教ミッションスクールかそうでないかなど)と組織のステークホルダーとの関りの違いの領域別(その分け方は結果的に外部環境領域、内部環境領域、教師と生徒の内蔵領域になっていたと思います)に集計していました。
★サンプル数の問題で、アンケート結果が一般化できないという指摘もありましたが、実は米国のこの手のリサーチは大規模投資をするのです。ある開発がいったい何に役立つのか、幾つかのカテゴリーに分けて検証して、その開発を進めるかどうか見極めるわけです。イノベーションは単に商品開発の発想だけではないのです。むしろ問題設計のオリジナリティこそが大事で、そこに大規模投資をするわけです。
★アメリカのイベントやテレビ番組の作り方は、本番までの準備とリハーサルにものすごい多角的チェックがなされます。そのうえで、アドリブというライブ感が功を奏すのですが、日本の教育は、ある意味その準備段階のはずなのです。
★であれば、個別最適化もどれほど検証されたのかということです。しかし、もともと、(生成AIが世に出る前の)AIを活用して、モデル学習を効率化すれば、深い学びや探究活動の時間がとれるよねという、塾業界の都合のよい(長年の教育データリソースで新商売ができる)を開発から始まったのは、意外と知られていません。したがって、この個別最適化は、モデル学習の効率化を図るものだったのでしょう。これで役に立つかどうかの検証はあまりされず、過去の学習観を前提にあるいは経験的な理由から採択されたというのが本当のところではないかとこれも憶測ですが。
★ところが、私立学校は自由度が相対的に高いので、個別最適化をイノベーション生成型学習に適用しようという動きが、そのとき同時に出てきたのです。それが2011年ころから授業を一方通行型講義スタイルからPILやPBLにしようという動きだったのです。
★モデル学習型は、効率重視ですから、生徒の内臓は客観的なものだけ扱えといういことです。実際3観点別評価では、そのような注意書きが目立たないように刻まれています。イノベーション生成型は、主観的な思いを重視していますから、1人ひとりの才能を尊重します。生徒の内蔵のうち客観的なものだけではなく、主観的なものを大事にしようと。生徒中心主義とはそういうことなのです。客観的なものを重視すると、偏差値が力を持ち始めます。
★ですから、AIによって個別最適化をというのは、偏差値別に輪切りにして、その生徒が解けそうな最近接正答率の問題を生徒に与えて、解けるようにしていけば、やがて難しい問題も解けるという発想だったと思います。
★文科省は、そこらへんにベールをかけて、産業界と連携しながら学習指導要領を改訂していきますから、現場では混乱します。
★そこを整理するのが今回の山口先生の研究だったのです。そして、生成AIの登場で、実は主観的な発想をインター主観に育てていく協働学習との接続を可能にする道が開かれていて、AIの使い方によって個別最適化の概念も変わり得る期待を生んだ研究でもあったのです。
★それゆえ、日私教研の専門委員の大学教授が、これから可能性のある研究だとフィードバックしていたのが印象的でした。
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