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2024年9月 8日 (日)

AI社会だからこそ精神の時代(02)桜美林の美しく凄まじい信念の源 小泉郁子

★島根県出身の小泉郁子。まさか小泉八雲の親戚かと思いましたが、それは違うようでした。しかし、どこか重大な発見をしたような気がしました。そこで、ググってみると、お茶の水大学賞の1つとして「小泉郁子賞」が2016年に設けられていました。男女共学論における偉大な功績と桜美林設立という実績をもった私学人であることが高く評価されていたのです。

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(ノイタキュード代表北岡氏による写真)

★先日、桜美林で同校の堂本陽子校長と駒沢学園女子の土屋登美恵校長の対話に立ち会ったとき、当然建学の精神の話になりました。清水安三の信念を聞きましたが、実は共に桜美林を支えてきた清水郁子についてもチャペルに移動する際に話題になりました。

★大正デモクラシーのときにすでに平塚らいていなどに影響をうけていたし、あの「児童の世紀」を出版していたエレン・ケイの男女共学論にも共感していたようです。もちろん、エレン・ケイの自由過ぎる結婚観などには与できなかったようです。1922年からオーバリン大学で学んでいますから、1919年に米国が婦人参政権を認めるという衝撃も影響していたでしょう。

★戦後GHQの教育部に呼ばれて、男女共学論の旗手として、教育部の顧問に誘われました。しかし、桜美林を立ち上げたばかりですからこの招聘は辞退したそうです。その後成立した教育基本法にどれだけ影響があったのか定かではないようですが、当時の私学人の河井道(恵泉創設者・教育基本法成立のための教育刷新会議の委員)ともプロテスタントの仲間として精神的交流はあったでしょうから、影響を与えなかったはずはありません。

★なんといっても、ヴォーリーズの妻は、津田梅子や河井道が学んだプリシモアカレッジに留学していました。当時の日本で同じ海外大学の同窓生がつながっていないはずはありません。そしてヴォーリーズこそ清水安三に大きな影響をあたえたその人だし、清水安三がメンタムの販売権を中国で使うことを認め、その資材で中国で教育活動ができたということのようです。

★堂本校長は、静かに、生徒募集も大事ですが、そのために桜美林は共学を続けてきたわけではないことはお分かりいただけるでしょうと。堂本校長もまた清水安三が学んだ同志社大学のOGです。創設者夫妻の美しくそして凄まじい信念を引き受けています。

参考文献)武庫川女子大学大学院教育学研究論集 第7号「日本における男女共学論の歴史と背景 -小泉郁子の思想-小稲 絵梨奈」(2012年)

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