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2024年5月10日 (金)

成長する組織の「対話学」⑧倫理的あり方か功利主義的あり方か

★最近、エシカル経済が話題になるようになっています。ステークホルダー資本主義がダボス会議で提案され、世界の大企業や政治家や官僚はこの延長線上で語られています。岸田政権の「新しい資本主義」もそうかもしれませんが、日本の場合は、明治時代の私学人渋沢栄一の「道徳経済合一説」があるので、その回帰かもしれません。このエシカル経済も、渋沢栄一的な発想があるかもしれません。

★単に利益を追求するのではなく、地球環境や社会全体の福祉を考慮に入れた持続可能な発展を目指すものですし、企業だけでなく、消費者もまた、購入する製品やサービスの背景にある倫理的な価値を重視することが求められます。これにより、経済活動が社会的、環境的な問題解決に貢献することが期待されているのです。シカルな消費行動は、SDGs(持続可能な開発目標)の達成にも寄与するとされています。

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★しかし、一方で明治の私学人には福沢諭吉もいます。イギリス経済学の考え方を取り入れていますから、どちらかというと功利主義的なあり方を重視します。かといって、功利主義は利益追求主義ではないのです。その極地はリバタリアニズムですから、福沢諭吉は儒教もベースにあるので、ミルあたりの功利主義かなあと。いずれにしても、私学の建学の精神は、渋沢栄一的な倫理的あり方ベースの市場観と福沢諭吉的な功利主義的あり方の市場観の両方があります。

★それゆえ、個人Cタイプは、上記の図のように倫理的在り方ベースのCタイプと功利主義的あり方のCタイプに分かれます。建学の精神の捉え方がこの両タイプでは異なります。

★建学の精神は変えず、時代の流行を並行して新しい価値観市場で支持を得ていくというのが、倫理的在り方に多いCタイプです。一方建学の精神の理解は未完であり、時代と共にその理解は深まり、その理解を促進するのが時代の要請に合わせた流行であるとするのが、功利主義的在り方に多いCタイプです。

★渋沢栄一は儒教とカトリックの影響を受けているので、素朴に真理は真理だ。だから正しきものは変わらない、不変だということになる。今の流行りは福沢諭吉的功利主義です。

★ただ、新自由主義的な利益追求型のリバタリアン型の功利主義は、結局そんな普遍的なものは機能していないということで、不易を見捨ててしまいます。

★私立学校は、ここは保守するのかどうか。基本自分のあり方がハッピーで、その結果組織に貢献するであれば、倫理的あり方とあまり変わらないよねと彼らは語ります。

★私は、カトリックのトミズムの流れなので、交換価値と使用価値の相互補完を考えてしまいます。倫理的功利主義なのです。。。。トミズムの祖トマス・アクイナスは、欧州では今でもものの見方や考え方は生きていますが、日本ではほとんど知られていないかもしれません。資本主義の入口を開いたのは、中世の都市における彼の市場における公正価格の近代的決定論からだと言われています。驚くべきことにそれまでは、神様が公正価格を決めるということになっていたんですが、トマス・アクイナスは神様の名前を借りるんじゃねえ!と論じたのですね。

★利子もそれまで禁止されていましたが、当時の遠隔地商人は、傭兵雇って商売やってましたから、そりゃあそれに見合う対価は支払うべきだと限定的に認めてしまった。

★すかさず、メディチ家は、限定を解除して金融資本主義の初歩的道を開いてしまった。ここらへんは、フィレンツエにおける軍事と商人と修道会のイデオロギー闘争がおもしろいところですが、結局軍事力と経済力に信念は負けてしまいます。時の修道院のリーダーであるドミニコ会士のサヴォナローラは処刑されてしまいます。禁欲なんて近代の入口ではいらないと。もっとも、プロテスタント時代に、禁欲と資本主義がむずびつくのだから歴史はおもしろい。

★この三つ巴の闘争を背景に、そのときの軍人を理想の君主として書いたのが、あの「君主論」です。そして、その軍人の軍師がダ・ヴィンチです。このとき、芸術もまた大輪の花を咲かせていました。

★今後の私学人はどんなあり方で臨めばよいのでしょう。功利主義的倫理市場で進むしかないのでしょう。諸刃の刃ですが。もちろん、啓蒙主義的な市場もありです。しかし、これもイギリス啓蒙主義なのか、フランス啓蒙主義なのか、どれにも属さないルソー的な啓蒙主義なのか。

★≪私学の系譜≫の中で、忘れてならないのは、内村鑑三ですが、彼は経済を大いに認めているのですね。ただ、それよりもっと大事なものはあるんだよと。

★歴史は繰り返します。トマス・アクイナスが壮大な理論を創ったのは、当時の巨大な勢力イスラムの思想と対峙していたからなのですね。その片方で、ヨーロッパは、覇権争いを行っていたわけです。軍事と経済と精神の関係をどう循環させるか、当時の喫緊の課題でした。そのためには、ドミニコ会士は、大学で教授になって知を広めなくてはならなかった。そこで修道士たちの養成マニュアルとしてあの壮大な「神学大全」を書いた。これが、今日のディベートシステムの元祖プログラムです。

★ともあれ、渋沢栄一や福沢諭吉、内村鑑三が生きた明治時代も、まさに軍事力と経済力と教育力の三つ巴の混迷した時代でした。

★そして、今もその構造自身は変わっていません。どうする私学人というわけですね。

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