経済の世界でも現代思想がわかりやすい社会を読み解くコンセプトレンズになっている 教育の世界でも
★舟津昌平(東京大学大学院経済学研究科講師)さんの新刊「Z世代化する社会: お客様になっていく若者たち」が軽快なノリで、社会の深層にダイブしているのがおもしろい。そして、そのときの切り口を表現するコンセプトレンズが、かつて小難しいと思われていた現代思想の切り口を表現することば(記号)。
★著書のサブタイトルが、すでにボードリヤールの「消費社会の神話と構造」を思わせないでもない。1970年代以降の哲学や社会学ではやった現代思想のことば(記号)が、経済学や経営学、最近では田内さんのように金融教育でも軽快に活用されている。
★舟津さんは、「ニーズ」とか「欲求」から組み立てられる経済や経営を「不安」というハイデガー的な雰囲気のことば(記号)をつかって読み取っていく。その際、経済や経営を取り巻く社会を構成している「言説」に巻き込まれているZ世代のことばや行い、感情を現代思想のことば「記号」をコンセプトレンズとしてぶつけて、その「言説」のリバタリアン的資本主義の構造を暴いていく。
★私の周りにいる、Z世代は、舟津さんが描くような考え方も感じ方もしないけれど、コスパやタイパ意識は、働き方改革やライフシフトの文脈で自分なりのアイデアをもち、意志決定しながら学んだり生活しているから、同書と必ずしも共振も共鳴もするわけではない。
★ただ、一般的にはたぶんそうなのだろうと了解しながら、そのZ世代のメンタルモデル的な定義よりも、世界で20億人いるZ世代とその0.8%くらいしかいない日本のZ世代との違いには興味と関心がある。舟津さんも最後に語るが、あくまでZ世代を通して現在の社会の構造を見抜くことが目的だということには、それはそうだと思う。
★その際に、その見抜くコンセプトレンズとして、現代思想のことば(記号)を軽快に活用するのがおもしろいのだ。1970年代以降の世界の現代思想は、20世紀の社会構造とその構造を作る側だったり巻き込まれる側だったりという人間の現存在のあり方を分析し、その背景にある、あるいは深層にある本来的な存在を明らかにしようとした。
★しかし、それは哲学者や社会学者の言論の枠組に収容されていて、世間一般では通用されていなかった。むしろ社会は「英語」を広げることで手いっぱいで、20世紀社会の社会課題はファクトとしてつかみ、それに対する対症療法的な小論文構造で語って満足してきた。多少倫理的な正義は付加され、実はそれがぎりぎり社会秩序を維持するエッジだったともいえるかもしれないが。
★公共的な情報提供も、そのファクトがベースで、その背景の根本的な課題について語ることは一般にはなかった。それはあくまで、哲学や社会学でのお話で、一般的な世間という世界では、顧みられてこなかった。
★したがって、21世紀になって、特に文化人類学的なフィールドワークとインタビュー形式のリサーチがおそらく世間にもわかりやすくうけいれられていったということもあって(「探究」という学びはまさにそれを地でいっている)、現代思想のことば(記号)の両義性などの小難しさは括弧に入れられ、わかりやすく哲学と社会学の領域を越境して活用されるようになった。
★アンコンシャスバイアスなどという言説も広く使われるようになり、おそらくそのルーツであるフッサールの現象学的還元などという小難しいことば(記号)が簡易化されてきたということもあり、心理学や経済学というより経営学や金融工学に拡散されていった。
★それに、SNSの功罪として、20世紀ではまだまだ神秘のベールに収まっていた「無意識」のケイオスの状況が、可視化され、サイバースペースに拡散された。それゆえ、そこを世間もどうとらえるか緊迫状況が生まれ、同時に「不安」の生まれるシステムも可視化され、対応方法について誰もが語り得る状況になってしまった。
★それゆえ、それを捉えるアイテム言語として、現代思想のことば(記号)がようやく活用されるようになったのかもしれない。
★1989年生まれの舟津さんの生きた青春時代は、まさに現代思想がファッショナブルになっていく時代でもあり、Z世代誕生前夜時代でもある。
★最近ようやく教育界でも、30代後半から40代前半の教師が、「グローバル」や「探究」プログラムのリーダーシップを発揮するポジションにつきはじめ、田内さんや舟津さんの活用する現代思想のことば(記号)を活用するようになってきている。
★もう一つ世代前だと、その言葉を哲学や社会学の領域の専門用語として幻惑的に活用していたから、広まることはあまりなかったが、それぞれの領域の説明用語として専門的な言説で固められてきたいわばダンジョンを攻略するためのアイテムとして現代思想のことば(記号)を活用するようになったのが、今の30代後半から40代前半の世代だろう。
★それが、今教育界でも水面下ではあるが、ようやく広まっている。まだ、舟津さんのように教育を語る書籍には著わされていないが、もうすぐその時代もやってこよう。
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