« 22世紀型教育準備へ(20 )2030年までのスモール・パラダイム転換 | トップページ | 22世紀型教育準備へ(22)田内学さんに学ぶ~私学としての金融教育の可能性 教科「公共」的視点で »

2024年2月28日 (水)

22世紀型教育準備へ(21)私学のWMWがジェントリフィケーション世界をなんとかする

★昨夜、池袋のジュンク堂書店4回のBook Cafeで、トークイベントがありました。満席でした。「ブルックリン化する世界~ジェントリフィケーションを問いなおす」の著者森千賀子さん(同志社大学教授)と安田菜津紀さん(フォトジャーナリスト)との対話でした。1時間30分くらい対話があったあと、質疑応答があるかなと思いましたが、すぐに著作のサイン会になってしまいました。主催者側が何かを察知して予定を変更したのだと思います。私は視力の問題でkindleで本を購入しているので、サイン会は出ずに帰途の道につきましたが、モヤモヤリフレクソロジーは続いています。

91nwmansvml_sy522_

★というのも、「ジェントリフィケーション」というコンセプトレンズは、見えすぎるのです。抑圧と被抑圧を生み出す分断とそれが生み出す新たな共生的絆。この「ジェントリフィケーション」というレンズは、美しすぎるベールで誰もが気づかない抑圧のシステムを築いているということと、被抑圧側の多様な人々が団結するという新たな共生が生まれるのですが、その共生が、ニュースを見ている側に、分断を見えなくするという美しいショートカット世界をメディアが広げるというダイナミズムを作ってしまうということを映し出してしまいます。

★到る所で、抑圧と被抑圧の互いが生きる力関係を持続可能にしているということが見え過ぎるのです。

★これはもう、一気呵成に阿頼耶識の平原に行き着いてしまう感じです。

★社会課題を解決するのではなく、その過程で、新たな対話のコミュニティが生まれては消え、再び生まれては消えていく持続可能性。世界の美しい花は、平和とかではなく、抑圧と被抑圧がぶつかり合って生み出すそれぞれの共生の花だなのだと。

★社会学もフォトジャーナリスムもグローバルな目が見えなくしているローカルのいまここでの事実を汲み上げることはできます。そこで起こっているダイナミズムを紹介することはできます。

★それはものすごく大事なことだけれど、そのような共生の花ではなく、平和が欲しいと医療従事者をはじめとするNGOの人々が、ケアフルなボランティアの行動をしていますが、それを事実としてしかとらえられないその境界線を突破できないものかと。ふとモヤモヤリフレクソロジー状態になっているわけです。

★私たちは、おそらく誰しもが無意識のうちでしょうが、阿頼耶識の平原に立ち臨んでいますから、どの領域にいてもジェントリフィケーションの世界に所属しています。

★しかし、そのレンズを私立中高のグローバル教育では生徒たちが自ら持ち始めています。どのようなキャリアを選択するかは多様ですが、それぞれの役割において、このジェントリフィケーションの世界をなんとかしようとすでに活躍しています。

★中学受験市場と中学入試市場という微差異を気遣うのは、この領域においてもジェントリフィケーションが起きているのを見落とさないためでもあります。塾歴社会などという言葉は、まさにジェントリフィケーション社会と同義でしょう。ですから、中学受験市場の中でそれについてリフレクションし問い返し、何とかしようという個別最適化塾がまさにコミュニティを生み出しつつあります。

★中学入試市場も、私立学校自体がそのジェントリフィケーションを生み出さないようにするにはいかにしたら可能か?日々リフレクソロジーをしています。ジェントリフィケーションの解消は、グローバルでもローカルでもものすごく複雑です。言葉の多義性がなぜか巧みに組み合わされていて、核になる信念が見えるようで見えないのです。

★今回のトークイベントで学問やジャーナリズムの重要性と限界を共有しました。私たちは学問を生きるのでもジャーナリスムを生きるのでもないと。つまり職業を生きるのではないのです。存在の叡智という存在そのものが生きるのです。その存在そのものの叡智=WMW(World Makig Wisdom)を私学の教師と生徒とエンパワーする学びを着々と進めていくしかないかなあと。

|

« 22世紀型教育準備へ(20 )2030年までのスモール・パラダイム転換 | トップページ | 22世紀型教育準備へ(22)田内学さんに学ぶ~私学としての金融教育の可能性 教科「公共」的視点で »

21世紀型教育」カテゴリの記事