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2023年3月31日 (金)

どこまで本音を通せるか 私立学校研究家として

★4月から、孫の未来の可能性のために、100年後を見据えつつ、いまここでをウェルビーイングにする私立学校の教育について、どこまで本音で語れるのか?それが私のおそらく最後のステージでしょう。ですから、メディアに偏ることなく、一部の学校に偏ることなく、一部の偏差値ベースの受験業界などに偏よることなく、自分の言動をいかにマネジメントできるか。4月からは、そのような足場をいただきましたので、その道を邁進していきたいと思います。私立学校研究家とは何者なのか?立ち臨みたいと思います。

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(明日からほぼ毎朝お世話になる茶店)

★4月以降は、ほとんどがビル街で、過ごすことになります。

Takao

(山の中の喫茶店もたまにはいきます)

★もちろん、私立学校のユートピアである森の学校にも少し距離をおいてかかわっていきます。今度は、ボランティアとして。

★とにかく、今までは、わかりやすく言えと言われて、そこらへんをおもんぱかって、現場では理屈は控えていたし、多様性と言ってもインクルージョン教育をかっこにいれてきたし、PBLといっても、スピリチュアリティケアの部分をかっこにいれてきたし、生徒理解も、本当は受験の外にこそ真実があるのに、中学受験や高校受験、大学受験という枠をはめて、その中でどう乗り切るかという話に終始してきたし、<Think global, Act locally>といいながら、目の前の生活を中心に活動してきたわけです。

★宮沢賢治ではないですが、そこから自由に生きることは難しいというジレンマがあるのですが、そのジレンマをただ評論するだけではなく、どうしていったらよいのか、迷いながら進んでいこうと思います。

★中学受験にしても、果敢にここに挑んでいる教育ジャーナリストの方もいます。その方は、合法的に生徒募集を行っているけれど、それは実定法上ペナルティがないから行っているだけで、孫たちの未来を見据えれば、間違っているのだという正義を貫き通しています。

★凄いエネルギーで驚きますが、他の記事と違い、この手の記事は、スキャンダルまで行かないので、なかなか真実を伝えにくいということもあるでしょう。

★なぜこのような馬鹿げたことが中学受験で起きてしまったのか?

★実定法主義的合理主義がこの世の中の価値観だからです。

★私立学校は、建学の精神で、合法的に権力の濫用が行われるようなことのないようにするのが魂ですから、そこに立ち還ることを、ドン・キホーテのように行動するしかないと今は思っています。

★学校はオワコンだという学校の先生もいます。定期テストをやっていると保守主義だ伝統主義だという発言力の強い学校の先生もいます。それが正義かどうかだれもチェックしていません。強力なメディアが後ろ盾になって、喧伝しているわけです。

★それぞれの体験主義から生み出された貴重な話しなのですが、孫たちの未来をそれに適合していよいかどうかは、まだ議論にもなっていません。大きな声で、強力なメディアを使って、先に言ったものが勝ちだという、しかも徹底的にパクっているのにオリジナルだと自己PR戦術が巧みですね。

★もちろん、なりふりかまわないくても、合法的であればよいのです。道義上などといっているのは、マーケット主義者にとってはどうでもよいことなのす。しかし、市場の原理は、一つの理念を押し付けるよりよほどましなのです。ただ、悪玉マーケット主義者と善玉マーケット主義者をどのように見分けるのか?

★しかし、どちらも私立学校なのです。公立学校は、なんだかんだといいながら、文科省ー教育委員会のフレームをはみ出ることはできません。

★私立学校は、ある程度自由です。ですから、悪玉も善玉も包括できる教育のロジックやルールを再編集しなくてはということでしょう。悪玉と善玉という対立項を昇華するというわけです。

★教員の働き方の問題も、今語られている働き方改革だけではうまくいきません。孫たちにとっての教育の可能性は、学校のマイナーチェンジではどうしようもないでしょう。

★私たちは教員であると同時にグローバル市民で、法と道徳を自在に組み合わせるような社会システムにすることが肝要です。このことを学ぶ教科が積極的にはないのが実は問題です。リベラルアーツが必要なのはそういうことですね。法と倫理は、言語と数学と芸術の問題であるからです。

★モンテスキューが語っていたように、自動裁判官装置は、AIによって可能になってきました。賢い正義あるAIをプログラミングするのは、今のところ人間ですね。AIが、啓蒙主義者の書を全部読み込んで、啓蒙思想家同士の議論のぶつかり合いを整理したとしても、それは啓蒙思想家という人間に依存するわけです。

★なぜ啓蒙思想家かというと、明治の官学は、啓蒙思想を捨て、明治の私学は啓蒙思想家によって立ったからです。明治以来、二つの近代化が進んできたわけです。

★実定法か正義(自然法)か。今も脈々と日常生活の判断でジレンマに陥る問題ですね。

★さて、前に進むことにしましょう。

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