ドネラ・プロジェクト(12)対話はメンタルモデル同士のやりとりで、言葉はその媒介項の1つ➌
★これまで。対話について語る時、高校時代プロテスタントの信者の友人、大学時代、上智大のカトリック信者の友人たちと語り合ったマルティン・ブーバーの「我と汝」が心の片隅から語りかけてくるのを感じていながら、ヘーゲルやボームの対話について及びドネラ・メドウズやピーターセンゲなどの対話についてぐらいしか言及してきませんでした。しかし、コンパッションつきの対話を語るとなると、「我と汝」の声が心の前面に現れてきたたので、読み返してみようと。私の書庫は、段ボールの山になっているので、岩波文庫を探すのには時間がかかります。そこで、kindle版がないかどうかサーチしてみました。
★すると、植田重雄訳の岩波文庫は、kindle版はなく、野口啓佑訳の「我と汝」と出会いました。2021年に発刊とあるので、エッ!?世界で読み継がれている書とはいえ、昨年また訳されたのかと浅学ぶりを発揮してしまいました。岩波文庫よりも9年前に、創文社で「孤独と愛ー我と汝の問題」というタイトルで発刊されていたものを、昨年講談社の学術文庫である意味復刻されたようです。
★末巻の解説は、聖学院大学で博士号をとって現在北海学園大学で准教授として研究されている佐藤貴史准教授が書かれていて、聖学院といい、北海道といい、何か縁があるなあと思ったので、ポチっと購入しました。
★再び、読み始めると、高校時代や大学時代の理解は、文字面をなぞっただけで、ブーバーの置かれていた歴史的背景や宗教観など全く意識していなかったことに気づきました。そして、そのブーバーの置かれていた第一次世界大戦という世界大戦の長く続く時代と今の時代の共通性に気づき、なるほど昨年再び講談社が刊行した理由もわかりました。
★しかも、来年「我と汝」発刊100周年を前に、セミナーが行われているという情報についてもサーチしていたら出てきました。
★佐藤貴史准教授の解説の中の次のことばは、特に気にいりました。
「われわれが絶望して、なおかつ、ひとりの人のもとにおもむく場合、われわれは何を期待しているのだろうか」と、彼は自問する。「例外、離脱、脱出、脱我」に身をゆだねる宗教的歓喜だろうか。そうではない。重要なことは、生の連関から離れて、「実体なき人」に変貌することではなく、他者とその場にいることである。絶望のなかにいる 人間が他者を求めて訪れたとき、その人は「現に居合わせること」、つまり「それにもかかわらず、なお意味があるということが、それを通してわれわれに語りかけられる、 その現に居合わせること」を期待しているのである。ブーバーは、この青年との出会いを「ある裁きの出来事」と呼んでいる。裁きは回心をブーバーに引き起こし、これを機 に彼にとって宗教とは「単純にすべて」を、すなわち「対話の可能性のなかで素朴に生きられることすべて」を意味するようになっ た。
マルティンブーバー. 我と汝 (講談社学術文庫) (pp.208-209). Kindle 版.
★ブーバー自身、コペ転をする契機をある青年との出会いから得たようだということと、それによって政治的な情熱的な運動から離れ、国や組織ではなく、1人ひとりの人間と我と汝という関係を見出すある意味ユートピアの境地に達していることに感じ入りました。
★ブーバーは、「われーなんじ」と「われーそれ」という根源語の関係を巡る話をわかりやすく展開していくのですが、今読めば、ハイデガーの「存在と現存在」の関係や当時の実存主義や現象学などに影響を与えていたでしょうし、影響を受けていたであろうことも了解できます。
★「コンパッションつき対話」と「コンパッションなし対話」という着想は、「われーなんじ」と「われーそれ」という根源語どうしの関係に無意識のうちに重ねていたのかもしれないということもリフレクションできました。
★ただ、私は「汝」には、ブーバーのように神を重ねることはしていませんでしたし、それは今もそうです。なぜなら、勤務校でもそうですが、生徒たちも一般の市民の方も、宗教を信仰という視角から語ると、ほとんどが未信者ですから、理解が困難になります。
★神に出会うかどうかは、本人たち個人の問題で、人類共通の普遍的な大切なものを引き受ける自分と汝の関係性が大事であり、それがコンパッションだと思っています。
★勤務校の生徒がボランティアに行ったとき、そのような決定的な意味を理解して帰って来る時がよくあります。それは聖学院の生徒がタイ研修で感じて帰ってくることと似ていると思います。無力な自分という存在に思い知らされ、新たな自分として再挑戦する構えを整えるのです。
★このような決定的な体験を積み重ね、果敢にそれぞれ挑戦する生徒にとって、総合型選抜はストレートに進路実現する道でもあります。その決定的な体験は、必ずしも上智大の神学部に道を開くわけではありません。ここのところ3人ぐらい神学部にも進んでいますが、全体としては少ないのは言うまでもありません。ロボット工学になぜ進むのか、経営学科になぜ進むのか、デザイン思考への道になぜ進むのか、医療従事者の道へなぜ進むのか・・・。ここに決定的な体験が関係することは歓迎です。
★もちろん、その「われーなんじ」の関係は、ともすれば「われーそれ」にシフトすることも大ありですが、50年を経て再び「われーなんじ」の関係性の大切さに還ってくるということもあるわけです。私も高校生と日々コミュニケ―ションをとるようになって、還ってきたような気がします。
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