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2022年8月

2022年8月31日 (水)

学校が外部団体と連携する多様な効果

★学校が、外部団体と連携する(NPOや大学、企業・・・)とき、3つのパターンがあると前回の記事「コンパクトスクール 外部団体との連携の仕方にヒントあり」で紹介しました。今回は、その断面図、学校と生徒を「教科」に内包させているので、完全に対応した断面図ではないですが、イメージとしてご理解していただけると幸いです。何せ図式化は難関です(汗)。

Apattern

★A軸パターンは、学校が学内ではなかなかゲットできない情報を外部団体に依頼するケースです。新たに情報が学内に収納されるので、新しい知見という情報や知識が蓄積される効果があります。外部の講師に講演を依頼するのは典型例ですね。生徒にとって、効果があるかはどうかは、生徒によって濃淡があります。それを効果的に広げるかどうかは、それぞれの教師の手腕です。

★それもそれぞれの教師に委ねられているので、学校全体に新たな知見が浸透する効果はあまりありません。担当の教師が自分とかかわっている生徒に新たな知見を吸収させたいというのが大きな目的だからです。どうしても限定的になる場合が多いですね。

Bpattern

★B軸パターンは、実際に外部の講師の知識・情報をインタラクティブにやりとりするのを依頼します。ワークショップスタイルが多いですね。体験が展開しますから、新しい知見の広がる勢いはあります。しかし、体験ですから、参加している生徒と教師とそうでない生徒と教師では熱量が違います。しかし、ある一定の教科横断的な効果は見込めます。

Cpattern

★C軸パターンは、新しい知見を取り入れるだけではなく、学内丸ごと巻き込んで、学校全体の知の次元をアップさせようと経営陣が考えたとき依頼するケースが多いですね。教育コンサルレベルになります。

★そして、A軸、B軸の場合は、その枠の中で難易度やレベルがあがります。依頼する時にこのぐらいのレベルでいいですかとお願いすれば事足ります。

★しかし、C軸パターンの連携では、難易度ではなく、思考の深さが変わってきます。たとえば指定校推薦にかかわることによってアップグレードする生徒の思考の質は、根本問題まで深まらなくても大丈夫です。広く語られている社会課題を捉え返す「メタ認知」が加わるワークショップをお願いすることになるでしょう。C1軸パターンとなります。

★公募推薦や総合型選抜では、やはり社会課題の背景にはどんな根本問題があるのか思考を深めていく必要があります。これは、「探究」でも同じことですね。そして、それを解決することになるのですが、その解決策は、5つの方向性があります。どれを選択するのか、組み合わせるかは、実は、「根本理由」にぶち当たっているかどうかにかかわってきます。

★総合型選抜や通常行われている探究では、根本理由まではなかなかダイブできません。C2軸パターンです。総合型選抜では実際にはここまでで十分です。ここから先は、哲学の領域ですから、大学に進んでもなかなかという感じです。技術的には大学でも、そのような哲学を必要としないでしょう。

★仮に法学部に進んだとしたら、そのような哲学は、法実証主義的な実用的な法律家にとってほとんど役に立たないかもしれません。

★しかしながら、宇宙科学や文化人類学、脳神経学、海洋学などの未知なる世界を研究する学問、そしてウェルビーイングを目指す市民の生活の仕方としては、あらゆるものを多角的にみて、根本問題を見出すだけではなく、根本理由に行き着いて、どの未来を切り拓くか判断します。C3軸パターンです。

★このC3軸パターンで連携することは、難しいし、得難いのです。現状ではC2軸パターンまでの連携が限界でしょう。それでも、外部団体と学校の了解のギャップがありますから、そこをクリアするには、常にコミュニケーションのときの新しいツールを創造する必要があります。ここがクリエイティビティの必要なところです。ギャップを埋める梯子や媒介装置などのつなぎは、新しく可視化しなくてはなりません。

★さて、現状で、A軸パターンからC3軸パターンまでお願いできる人材は、どこにいるかというと、そこまでのコンサルタントはなかなかいません。だいたいは、C1軸パターンで行う方が多いでしょう。というのも、それ以上は、一般にコンサルタントは、深入りしすぎると考えるからです。

★実用的真理でビジネスは十分だからです。

★哲学的真理は、個人の問題だということでしょう。しかし、すべての生徒がそれぞれの才能を見出すには、生徒と共にC3軸パターンまで広げたり深めたりするファシリテートが必要です。ここまでできるのは、神崎史彦先生だと私は思っています。

★もちろん、神崎先生は頼まれなければ、深入りはしません。しかし、依頼の仕方が曖昧だと、神崎先生はどこまで行えばよいのか迷うし、生徒を目の前にしたら、C3軸パターンまでやるでしょう。けれど、それはビジネスマンとしてはやりすぎです。ボランティアになってしまいます。

★にもかかわらず、やってしまうのが神崎先生です。学校が依頼する時、連携のパターンを知っていれば、そこは解決するのに。

★そもそも勤務校で依頼しないのかといわれるかもしれません。依頼したいのはやまやまですが、C3軸パターンは、値が張ります。B軸パターンで、C3軸パターンぐらいの金額を要求するコンサルタントもいます。

★逆にC3までやっても、そこまで依頼していないから、支払わないというケースもあるあるです。

★学内に神崎先生のような人材を育成し、外部との連携は、互いに刺激がし合えるようにして、そこはビジネスではなく、新しい社会貢献プロジェクトにしていくことしか学校はできないかもしれません。

★神崎先生のような人材育成やスキルトレーニングには、実際に神崎先生の人材育成講座で個人的に学んだり、書籍を読むことである程度できます。しかし、慧眼の経営陣のいる学校で、お金があるならば、神崎先生に教育コンサルを依頼するのが早道です。もちろん、C3軸パターンだと明快に依頼しなければなりません。

★なお、神崎先生は私にとって盟友であり尊敬もしています。このような連携パターンの明示化ができるのも神崎先生の言動を参考にしています。しかし、癒着などはいっさいございません。念のため。

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2022年8月30日 (火)

コンパクトスクール 外部団体との連携の仕方にヒントあり

★2030年問題をクリアするには、学校もまたコンパクトスクールになる必要があります。コンパクトだからといって、少人数を推奨しているのではありません。少人数だろうが大人数だろうが、かかわる環境や人々と物質的精神的循環を形成し持続可能にすることができるかです。

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★循環というと閉じられたイメージがあります。たしかに地球規模で考えれば今のところ閉じられていますが、宇宙レベルでいえば、開放系です。少なくとも、地域レベルでいえば、学校は開放系です。もちろん、この開放系は、収奪されるようなかかわりをしてしまうと、衰退します。

★相互に循環できる関係を創ることが必要です。学校にとって、なぜ偏差値は危険かというと、入試市場で収奪される側に位置づけられる危険性があるからです。

★あらゆる生徒がそれぞれ才能を持っているのに、ある一定の才能だけが価値づけられることによって、その価値が商品として消費されるようになります。

★ですから、そうならないようにあらゆる生徒の才能が、価値づけられるようなかかわりを形成する使命が学校にはあります。そうなると、1人ひとりの才能を見出し、それが将来価値ある存在として市場で生活できる環境をつくれるようにする循環系を生み出す必要があります。もちろん、市場そのものを創出できるクリエイティビティが育つのはもっとよいのです。

★それはともあれ、たとえば、学校は開放系ですから、いろいろな団体と連携しています。電気や上下水道もそうです。ウクライナの件でわかるように、このインフラでさえも、循環を止めるぞという収奪的な圧力が発生すると、とたんに学校は困ります。

★現状、インフラにおいてはリーズナブルな関係が定型的に展開していますが、ここにグリーン化をお互いに気遣うようになると、その互いの循環の質は高まります。この点に関しては、実際にはまだまだこれからです。

★ここでは、最近トレンドになっている「探究」について考えてみたいと思います。探究のテーマは、どうしても2030年問題にならざるを得ません。すると、人間の活動による気候変動の仕組みやその気候変動の影響による格差や貧困などの人間関係への影響などは、ニュースソースや文献でなんとかなるのですが、農林水産業や工業、サービス業などの産業やエネルギー工学などに対する影響は、かなり専門的かつ技術的なものになるがゆえに、そのような団体と連携する必要があります。

★その連携のパターンは、上記の図のように3つです。実は、思考コードのA軸、B軸、C軸に対応しているのが興味深いですね。

★この中で、団体と学校と生徒が相互に関係するような状況をつくるC軸パターンは、なかなか難しく昨年までは、あまりなかったですね。ところが、最近では、このC軸パターンが増えてきました。総合型選抜が増加したのと相関があるのではと思っています。

★しかし、やはりハードルは高いのです。それぞれキャラが違うし、価値観も違うし、思惑も違います。このコーディネートをするスタッフが、団体からも学校からも生徒からもでてこないと循環が生まれません。

★特に学校においては、このようなコーディネートをする人材はそう多くはありません。

★互いに相手に合わすわけでもなく、どうだあ!すごいだろうというわけでもなく、教えてくださいと受動的になるわけでもなく、共創できる状況をコーディネートするには、三者がクリエイティビティを発揮しなければならないのです。国際平和の合意形成と構造的には似ています。

★学校が専門的な団体とコラボするとき、お互いに何らかのギャップがあります。ある程度互いに適用できるなんらかのツールを媒介にする必要があります。ところがこの媒介項は、既製品がないのです。

★新たに創る必要があります。

★勤務校でも2つの連携をC軸パターンで進めていますが、その過程で、まったくユニークなワークシートが3枚生まれました。そのうちの一枚は、もっとも知の基礎になります。目からウロコでした。数学科の副部長で、広報部長で、企画戦略室室長の伊東先生と1年間対話し、実際にワークショップを何度も重ね、生み出したものです。いや生まれてきたものです。

★今週の金曜日、GWEで少し説明いたします。文学と数学と芸術哲学が循環するワークシートです。その一枚のシートを見たら、エッ!そんな簡単なの?!と驚くでしょう。しかし、原理はシンプルなのです。それが複雑系を生み出します。

★ほかの2枚は、一つは、気候変動の影響のチャートです。多くの学校が行うSDGs、勤務校もそうですが、実に偏った領域で学んでいることがわかります。わかれば、乗り越えていけばよいだけですが、偏っているという気づきがないとそれはできません。

★もう一つは、改革や改善のアクションを考える方向性が5つあるという気づきです。これは芸術哲学の実用化であることに伊東先生と対話して気づいて互いに驚きました。action treeというシートです。

★いずれ、この2つもどこかで公開しようと思います。

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2022年8月29日 (月)

気候変動ワークショップ 開発教育協会と聖心女子大学グローバル共生研究所に学ぶパウロ生

★夏期休暇中に、聖パウロの生徒が、気候変動ワークショップで学びました。聖心女子大学のグローバル共生研究所にコーディネートしていただき、認定NPO法人開発教育協会の伊藤容子さんと聖パウロ生は出会うことがかないました。

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★学校が工事中だったため、高尾の市民区民センターの和室を借りてのオンラインワークショップとなりました。参加した生徒は、気候変動とSDGsの関係について興味・関心・気遣いをもつところから夏期休暇前から集まってディスカッションしています。

★今回は、気候変動による多様な影響について理解を深め、その解決策を、「私」「学校」「社会」「国」「世界」・・・と主語を変えながらディスカッションしていくワークショップでした。

★伊藤さんが用意してくださった、3つのエピソードについて語り合いました。

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★最終的に、パウロ生が気づいていったのは、たしかに「自分事」は大事ではあるけれど、自分たちはまだまだ理解度を深める途上であり、解決策を考えたとしても、実際のアクションを起こすことの難しさについて改めて気づいたのです。ただ、それはネガティブな感情なのではなく、今後自分たちはどこに向かって変容していく必要があるのか、それぞれの道を拓いていきました。

★もちろん、伊藤さんが用意してくださった海面上昇によるキリパスの国土の危機、ネパールの農業の危機、ホッキョクグマに象徴される北極圏の危機などのケースは、パウロ生にとってはとても悩ましい問題でした。遠くの話で済まされない辛い気持ちになり、自分たちが何ができるのかそう思うこと自体、ジレンマを感じ苦しい想いでいっぱいになっていました。

★とはいえ、3ケースに比べ、まだまだ間接的ですが、自分たちの身の回りも気候変動による影響を被っています。身近なところからアクションはできるはずだと。しかし、・・・。

★こういう葛藤をどうクリアしていくか思い悩む体験は、根源的な問題に興味と関心、気遣いを抱くことにつながっていきます。おのずと行動が生まれざるを得ません。

★聖パウロ学園側のファシリテーター兼サポーターは、伊東竜先生でした。

★実は竜先生は、伊藤さんとは初めてお会いしたのですが、実によく打ち合わせをしていたのではないかと思わざルを得ない程、スムーズかつライブ感たっぷりな場を作っていました。竜先生自身、探究ゼミでワークショップをデザインしているし、外部の方との連携のコーディネートもしていますから、身体が自然と動くのでしょう。

★テーマは違っていても、このようなワークショップをデザインする人同士は、共感性が高いので、ある意味阿吽の呼吸で場を構成することができます。

★それは生徒も同じです。このようなワークショップに没入することができるのは、自己観察という内観をすることができる場を大切にしているからです。その場は、ファシリテーターによって用意されることを体験を積み重ねて身に染みているのでしょう。

★今年は、あの「成長の限界」が出版されて50年です。この書で、ドネラ・メドウズは、2030年問題を科学的に予測したわけです。そして、そうならないように、ネガティブシナリオをポジティブシナリオに転じる解決方法を地球市民自身が考え、判断し、行動できるように、システム思考の方法を次世代に継承する活動をしたのでした。

★今回のワークショップにもドネラ・メドウズや聖心女子大のOG緒方貞子さんのようなロールモデルの息吹がありました。

★このメンバーによる気候変動を中心とするSDGsの思索と探索はまだまだ続きます。なぜなら2030年問題に直面する当事者だからです。2089年や2050年からバックキャスティングすることはもちろん重要ですが、そのためには、まずは喫緊の2030年問題をクリアする必要があります。そこに未来はかかっていると言っても過言ではありません。

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2022年8月28日 (日)

SGT教育研究会の希望

★本日午前中、2時間強、SGT(スーパーグローバルティーチャー)教育研究会が開催されました。主催は21世紀型教育研究センター。同センターは、2022年度、2つのプロジェクトを実施しています。以前クルックフィールドのプログラムを紹介しましたが、これは「SGT教育研究プロジェクト」の循環型社会を目指してどのような学びの環境を創っていくという実践的プロジェクトです。もう一つが、本日開催された「「21世紀型教育研究会」です。

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★新しい教育を創造することに関心のある若手のSGTと対話をしていく会です。今回のテーマは「未来の授業のデザイン」。学校は9月から本格的に今年度の後半を迎えます。未来と言っても、いまここで活用できるヒントを互いに交換し、その過程で未来が生まれてくるというオンラインプログラムになっていました。

★ブレイクアウトルームでは、2回セッションがありました。心理的安全の足場をまずはつくり、自由な発言や発想をいいやすくするところからはじまります。もっとも、参加したSGTは、すでにフラットで共感的なコミュニケーションを嗜好するメンバーですから、すぐに盛り上がっていたようです。

★10分休憩して、30分くらいでしょうか、今度はチームで授業をデザインしようということになりました。クラスも学年も教科などの諸条件は自分たちで設定するというものです。SGTはなんなく楽しんでいましたが、この手のワークショップは、条件をある程度細かく設定しないと、参加メンバーは不安になり、いろいろ条件はどうなっているのかと質問がでます。

★いつの間にか、SGTは、すっかりそんなのは自分たちで合意形成していけばよいのだという了解ができていました。2000年から2015年の間、私は多くのPBLを学ぶワークショップをやってきましたが、この自然体をつくるのが大変でした。しかし、SGTはそれはすでに暗黙知になっています。

★2チームに分かれて、それぞれ授業デザインをして、プレゼンがありました。このそれぞれ教科が違うチームメンバーで話し合いますから、自然と教科横断型の授業デザインになります。

★同センターの研究員の先生方のファシリテーションは、このような参加メンバーの組み合わせによって、自然とそうなることを仕掛けているわけです。ファシリテーターは、学習ツールだけではなく、言葉、アクション、空間、チームメンバーなどすべてが、学びの環境として設定するところが妙技です。アフォーダンスと言って、指示をしなくても、環境が媒介項になって、脳神経系身体全体を刺激します。

★それにしても、参加メンバーは、それぞれに創意工夫したり学んできた授業デザイン手法やツールを出し合っていました。こんなにたくさんあるのだと驚きました。

★かつては、PBLをデザインするためにどんなツールがあるのか、流れはどう創るのかからはじめていましたが、今やそこから始める必要はないのです。

★むしろ2チームは、生徒が興味関心をどのように生み出すのかから対話がなされていたようです。1つのチームは、興味関心の内在的構造を活用していました。つまり、不満や不平、違和感のあるものをいかにポジティブに転換するのかというジェットコース型興味関心生成手法を活用していました。

★もう一つのチームは、物語手法です。民謡の背景にある人間みなにあるあるの期待値の大きさとそれが外れたときの悲劇。自分に期待するのではなく、外部への期待。外れるのは、自分の問題なのに、それを運命として嘆いてしまう。だれでもが共感してしまう物語。エピソード型興味関心生成手法ですね。

★探究活動などでは、生徒自身がテーマを立てたり、問いを設定しなくてはなりませんが、出発点は、自分の興味・関心・気遣いへの気づき、あるいは覚醒です。その内的な自己観察をする機会を設定することが大切です。

★この興味・関心・気遣いは、多様な手法がありますが、基本は、生徒が自分を観察する(Self Observation)という、最近の脳科学や心理学では「内観」と呼ばれるものに近い動きをする時間を設けることです。

★SGTは、この時間を創るのが、巧みです。時間の長さは、いろいろです。インプロの場合もありますね。というか、達人になると瞬間の永遠を生み出せます。

★教えない授業という言葉がありますが、実は、一つの授業ずっと教えないわけではないのです。生徒の興味・関心・気遣いが生まれてくる出発点を教えないということです。それから、好きなことからやりなさいともあまり言いません。これは自己言及のパラドクスだからです。教えないと言いながら、自分の好きなことから始めなさいと答えを教えているからです。生徒は考えずに、これから始めようと条件反射的に動くわけですから。ダイレクトフィードバックとインダイレクトフィードバックのダイナミズムが授業の躍動的リズムを生み出します。

★世の中には、だれそれの授業法とかいうものがあります。大いに参考になりますが、今回のようにSGTが集まって、自己の方法を互いにシェアリングすることの方がよほど効果的です。明日の授業でやってみようというアックションが生まれます。なぜか?共感するからですよね。

★それにもう一つ大事なことを行っています。実はオープンになって話すということは、それぞれが自己観察したことをシェアすることなのです。これがものすごいエネルギーを内面に生み出します。受け入れ合うという対話はかけがえのない機会だからですね。

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2022年8月27日 (土)

チエコトバ代表谷口梨花さんの話から~2つの変容期をつなげるには、幼児教育がカギ

チエコトバ代表谷口梨花さんの話をお聴きして、たくさんの気づきを得ました。たとえば、自己変容というのは、幼児期と小中高の期間の2回機会が訪れるという話は、目からウロコでした。小中高の発達段階ばかりみていると、幼児期にどんな変容の過程を歩いてきたのか見失いがちだなと感じたのです。

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★「主体的」という言葉は、初等中等教育における発達のテーマを象徴していますが、なかなか主体的にならないわけです。主体的になったとしても、その主体性を自分でメタ認知して、限られた環境の中では主体的だけれど、その環境を超えた新たな環境に直面したときも主体的に自己変容できるかどうかは、ますます難しいわけです。

★というような考え方が定番なのですが、幼児期の変容の時期に非認知能力体験をしていると、思考コードでいうC軸体験をすでにしているので、小中高とスムーズに自己変容曲線を描けるのではないかと思ったのです。

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★もちろん、0歳から6歳の期間、明示的な知性が前面にでるというより、脳神経身体全体で非明示的に感じる体験なのだと思います。しかし、谷口さんの話をお聴きして、これこそが未来に生かされるのだろうと気づきました。

★モンテッソーリ教育のように、非明示的な非認知的能力体験(C軸体験)があるからこそ、小中高の期間、クリエイティビティを豊かにする自己変容が明示的に起こるのではないでしょうか。

★ですから、モンテッソーリのような教育を幼児期で体験せず、規則を守ることが中心の慣習的な生活を送っていると、非認知的能力を使う体験が少ないので、小中高の時期に、非認知能力体験を付け加えなければならないのです。なるほど、教科の授業以外に、総合学習や探究学習、教科横断型授業などが大切だと言われるわけですね。

★しかし、それよりも教科学習だという話がまだまだ多勢ですが、それは、幼児期の第1次変容期をどのように通過したかをリサーチして、それに応じて教科学習だけでよいのか、総合学習や探究学習をどれくらい増やすのかをデザインしていくことが大切だということかもしれません。

★2020年問題を乗り越えるには、人材育成だといわれています。そのためには、幼児期からの学習体験歴を振り返り、子ども1人ひとりに適切な学びの環境を創るということが今後ますます重要になってくるのではないかと感じ入りました。

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チエコトバ代表谷口梨花さんと対話~新しいキャリアデザインの小中高の出発点としてのモンテッソーリ教育

★チエコトバ代表谷口梨花さんと新しい子供観、新しい教育観について対話しました。小中高教育の現行学習指導要領は、「主体的・対話的で深い学び」や「探究」に象徴される新しい学びや評価にシフトしました。しかしながら、なかなか変わらないというもどかしさもあるのも否めません。それはなぜか?学校組織や人材育成方法が変わらないからだという話もあります。たしかに、それもあるでしょう。しかし、谷口さんのお話をお聴きして、幼児教育の問題もあるかもしれないということに気づきました。

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GLICC Weekly EDU 第92回「これからの小中高大のキャリアデザインの出発点は幼児教育~モンテッソーリ教育」

★もし、多くの幼児がモンテッソーリ教育を受けていたら、その子たちが小中高時代になったとき、「主体的・対話的で深い学び」や「探究」に結びつきやすかっただろうなあと強烈に思いました。

★谷口さんのお話に耳を傾けていると、モンテッソーリ教育によって、子どもたちがどんどん人間の本質を広げ深めていく自己変容のベースを創っていくシステムがわかります。

★幼児期に自己変容のプロセスをいろいろな機会で体験できるのがモンテッソーリ教育だということです。もしこの自己変容体験を幼児期にしていなければ、大人になっても誰かから与えられたり指示されなければ動けなくなってしまうのかもしれません。

★逆に幼児期に自己変容プロセスをたくさん経験していれば、そのプロセスを小中高に適用していけるのであろうと思いました。

★谷口さん自体は、モンテッソーリ教育の現代化を企図しています。それは、STEAMやリベラルアーツの現代化が希求されている小中高教育につながっていくことでしょう。

★非認知能力があれば、学力を向上させ、チャレンジングな自己変容マインドも持てるようになると言われています。

★チエコトバは、それを大切にするモンテッソーリ教育をベースにしています。

★幼小中高の制度上の一貫性ではなく、教育の質の一貫性を生み出す出発点は、どうやらモンテッソーリ教育にヒントがありそうです。詳しくはYouTubeをご覧ください。

★谷口さん、貴重なお話を、ありがとうございました!

 

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2022年8月25日 (木)

私学展で~かえつモデルの影響力大

★私学展で、かえつ有明の宇野先生(広報部長)と内山先生(広報主任)に会えました。同校の教育モデルの影響力は私立中高マーケットで大きくなっています。またそのマーケットは新しい価値づけがされている部分です。

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(写真は、同校サイトから)

★ほぼすべてのクラスでディープラーニング(アクティブラーニングの同校の呼称)が行われているし、国際生の割合が30%近くになっていて、グローバル教育も一般生にしっかりと共有されています。

★今流行りのDXは、1人1台BYODスタイルで自在に実行されています。

★SDGsをはじめ多くの体験学習や研修旅行はSEL(Social Emotional Learning)ベースになっていて、心理的安全性を足場にしています。

★以上の学びの環境は、生徒自身が自由に発想できる状況を生み出し、コミュニケーションも共感的になっています。いわゆる御三家レベルの知が個人主義的で垂直的序列的な学びの環境になっていると高く評価しているメディアによって、現状の良好な市場ポジショニングを得ているため、学校自身は、戦略的に受け入れつつも、本質的には水平的多様性をベースにしているのだということを建学の精神の持続可能によって守り続けている苦労をしています。

★幸い、偏差値だけが学校選びや生徒の才能をとらえる指標ではないという風潮が大きくなりつつあります。それら指標のどれを選ぶかは時代によって変わります。ですから、その変化に程よい距離をとりながら戦略的に対応しつつ、経営を守り、本質部分は不変の構えでいるのが御三家モデルの学校です。その創意工夫と苦労はたいへんなものです。

★一方かえつ有明は、市ヶ谷から今の有明の地に移転する段階で、校名変更、共学化をしたので、垂直的序列的な価値観と水平的多様性の価値観のどちらを選ぶか、しばらく学内論議が続きました。

★決着がついて、水平的多様性の価値観で進むとなったのは、6年くらい前だったと思いますが、それまでは同時進行だったと思います。

★今ではすっかり偏差値も高くなっていますが、以前はそうではなかったので、偏差値競争で学校の魅力を広げるか別路線で進むかについて、両方の柱が併存していました。なぜ併存できるかというと、国際生入試が人気になり、国際生が満足する学びの環境を設定しなければならなかったという現実的な経営が必要とされたからです。

★そして、国際生クラスを創らず、取り出し授業クラスを設定していったので、一般生にもその影響は波及しました。そうすると国際生の現地校でのコミュニケーションスタイル型で、正解が1つではない思考力を養成する学びの場を創らざるを得なかったのです。

★それは総合的な学習の時間をうまく使いました。結果的にここで得た授業のマインドとスキルは、各教科にも染みわたりました。広報部長の宇野先生は国語科教諭でもあります。最終的には生徒自身が自ら学んでいく環境として、中3のある段階からは、授業デザインを生徒自身が行い、生徒が授業をしていく機会もつくります。宇野先生は完全にスーパーバイザーになるわけです。

★そして、高校から1クラスプロジェクト科をつくり、高校入試も実施するようになります。宇野先生の授業は、教師はスーパーバイザーで、生徒が自ら学びをデザインしていき、もちろん協働もしていくというものですが、それは現在騒がれている「探究」の先駆けですね。

★そしてあるとき、すべてのクラスでディープラーニングをやろうということになり、国際生の学びの環境、総合学習の環境、プロジェクト科の学びの環境という3つの流れが合流して、教育インパクトを入試マーケットに与えたわけです。

★もちろん、ここに到る過程はこんな図式的に単純ではありません。内製研修が頻繁に行われたし、それぞれの教師が持っているネットワークを授業やイベントにつなぎました。ケミストリーが起こったわけです。

★このような今のそしてこれからのかえつ有明のビジョンを示す印象的なキーワードは、前嶋校長の語る“Co-Learner”です。生徒も教師も一人一人が自分の興味と関心を広め深め、協働して未来をつくる。社会課題を解決するアクションを起こすという意味合いがあるのでしょう。

★そして副校長の佐野先生が、そのような人間力づくりの土壌をしっかり作っています。

★しかしながら、入試市場は水平的多様性の価値を大切にするかえつモデルだけがあるわけではなく、まだまだ垂直的序列価値観が支配しているわけです。

★その両方がある意味葛藤を起こしている市場なわけです。その最前線に立ち臨んでいるのが宇野先生と内山先生です。宇野先生は国語科、内山先生は英語科です。共感的なコミュニケーションと国際生の環境を十分に理解したうえで、あるときは戦略的コミュニケーションパフォーマンスを市場ではアップさせる必要もあります。

★ある意味清濁併せのむ役割を覚悟を持って行っています。2030年問題が生徒に迫っています。もちろん、私たちにも。この局面を打開するには、宇野先生や内山先生のようなリーダーシップが求められています。最前線と現場とバックヤードを循環させられるリーダーですね。

★かえつ有明の人材育成のコアなねらいが“Co-Learner”たれというのは実に参考になります。

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2022年8月24日 (水)

私学展から~八雲学園の意志決定と強力なサポート体制

★私学展最終日午後5時、会場の入口をはいってすぐ左に設置してある本部席が少し空いたので、お邪魔しました。あと30分で閉幕という時間帯です。ようやく問い合わせや本部席の執行委員の先生方への挨拶も終わりかけの時でした。

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★平方先生(日本&東京私学教育研究所所長・工学院大学附属中学校・高等学校前校長)と対話していました。偏差値だけで学校選びや子どもの資質や能力を捉える時代でないという認知度は広まったが、理解度はまだ広まっていない。現実は偏差値スコアがまだまだ機能している。

★偏差値は統計的なものだから、それ自体に問題はないが、そこに付加される価値づけが問題。まだまだ優勝劣敗発想が前面にでているし、社会課題を自分事としてとらえようとする動きは少ないかもしれない。

★それを払拭するには、たしかに思考コードなどの多角的な指標が必要。だが、社会そのものの価値観の変化も必要。すでに変化しているけれど、見ようとしないあるいは見ても見えないという状態も横たわっている。砂漠に水をまくような話かもしれないけれど、諦めずに発信していくしかない。もう1つは、準制度的な仕掛けも必要。文科省レベルの制度的改善に私学協会は、努力しているけれど、それは時間がかかる。全国の初等中等教育の合意形成なども難しい。手前の準制度的、つまり、共同体的ルールの市場における認知というのを広げていく。

★などなど、要は倫理とルール、つまりマインドとスキルの組み合わせや仕掛けの話になっていました。

★そんな折、私学展主催者の一般財団法人東京私立中学高等学校協会の会長近藤先生(八雲学園理事長・校長)が、会場の巡回から戻ってきました。近藤先生の周りはいつも黒山の人だかりです。学校関係者や私学のステークホルダーの方々が、ひっきりなしに挨拶に訪れているからです。

★ですが、このタイミングで、いつもの5倍以上の時間、お話をお聴きする機会を得ました。八雲学園は、今年コロナ禍にあっても、7月半ばから8月半ばにかけて、高1、中3と二つにわけて、カリフォルニア州サンタバーバラの八雲レジデンスをベースに2週間の研修旅行を決行しました。

★いつもは、中3の卒業旅行を兼ねて、3月に行くのですが、今回のパンデミックで行けなかったのです。共学校にしたとき、女子生徒だけではなく、男子生徒も楽しみにしていた2週間サンタバーバラ研修旅行です。それがなくなることは、中1から積み重ねてきた多様な英語のイベントの目標が宙に浮きます。

★何より、海外体験のインパクトはものすごく、生徒それぞれが、自分の世界を覚醒するものです。この体験は生徒にとって、八雲学園の6年間の成長過程で、大きなジャンプをするチャンスでもあります。多様な体験を重視し、その中でも生徒全員が、海外で体験することがいかに重要か、説明する必要はないでしょう。

★この2年間、八雲学園は、国内の体験については、コロナ禍にあっても、できるだけ実行してきました。しかし、海外は、まだまだリスクが大きいのです。近藤先生が決意するに至るその過程の苦労は凄まじいのですが、2学年の海外研修を無事終えて、その苦労は、学園全体での喜びに変わりました。本当に得難い体験です。この積み上げをずっと行ってきた八雲学園。毎年ファンが増えているのはそういうことでしょう。

★近藤先生のお話をお聴きして、感じ入ったことは、新型コロナ感染状況の情報を収集分析するプロセス、リスクマネジメントの体制を幾重にも整える事が大切だということです。

★私が勤務する学校のように少人数規模の学校は、この重厚なリスクマネジメントがなかなかできません。教師の人数が足りないのは、支援者を外部に頼めばよいのですが、それは海外の場合、受益者負担が大きすぎます。それに今回のコロナの場合は、現地で感染した場合、教師もいっしょに残らなければなりません。すると、帰国後の授業の時間割に長期間穴があきます。

★そのようなことをあれこれ考えて意思決定をして、その代替案をねん出するわけです。

★その点、八雲学園は、行事など様々な体験ができる適性の規模だなと。定員というのは、それぞれの学校の理念が実現につながるように設定されなければならないということをひしひしと感じました。

★したがって、いろいろな学校が創意工夫して実施しているプログラムをよいものだから、なんでも取り入れようとするのは、大間違いだということも改めて身に染みました。

★建学の精神と適性定員。まさに私学は教育と経営が好循環するように設計・運営する必要があるのです。

★話は、20年くらい前の思い出話にもなりました。私がロサンゼルスからサンフランシスコにかけてPBLを実施しているプレップスクールの視察を終えて帰国するためLAX(ロサンゼルス空港)を1人歩いていた時のことです。どこからともなく「本間さ~ん」という声が聞こえてきたのです。

★仲間はトーランスの事務所で仕事をしているはずだし、知人がいるはずはない、空耳かなと思っていたら、声が近くになってきたので、振り返ると、なんと近藤先生がいらしたのです。

★近藤先生もサンタバーバラの研修に同行して一足先に仕事で帰国するとのことでした。互いに航空会社が違い、フライト時間もあったので、本当に瞬間の出会いでした。ただ、こうして未だに思い出話になるぐらいインパクトがあるのも海外での出会いの体験です。

★偏差値というのは分かりやすい指標だから、なかなか手ごわい、そう簡単に世の中は変わらない。にもかかわらず、それぞれが独自の創意工夫をしてがんばっていくのが私学だよ。そしてそのことを励まし合う仲間がいればこわくはないはずだと。

★その気概を自ら実践しているのが近藤先生と八雲の先生方です。もう少しお話をお聴きしたかったのですが、閉幕前の駆け込み訴えよろしく多くの方が近藤先生のもとにやってきたので、私は同僚とリフレクションするためにフォーラムを後にしました。

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2022年8月23日 (火)

私学展から~文化学園大学杉並の魅力

★文化学園大学杉並(以降「文杉」)の私学展のブースは、受験生・保護者であふれていました。文杉のDD(ダブルディプロマ)は、最初高校生の一部の話でした。しかし、今やそのエッセンスは、中学から高校まですべてのクラスやコースに浸透しています。

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★カナダのDDのすばらしさは、グローバル市民すべてに豊かな学際知をシェアするシステムだということです。IBなどは、特別な層の生徒が受けるものですが、カナダのBC州などのカリキュラムは、グローバル市民全てに機会があるわけです。それでいて、IBレベルなのです。

★ですから、DDコース以外の生徒もそのエッセンスをシェアできるのでしょう。

★そして、文杉のもともとあるアート的な伝統が加わり、PBL授業の中で行われるプレゼンテーションは、たんなる可視化ではなく、アート的なセンスも加わります。

★魅せる発案、魅せるプレゼン、魅せる行動力。文杉の魅力は、今やその雰囲気を学内から学外へ放っています。要するに、たとえば、スーパーグローバルな教師染谷先生や青井副校長のように、生徒もアイデアを出し、プレゼンし、行動するわけです。グローバル市民の知に教師も生徒も差があるわけではないのです。知識は年上の方がたくさん持っていますが、知の構造は平等です。

★知識は活用しながら覚えていかなくてはなりません。それも重要です。しかし、教師はここでリスペクトされることは大切ですが、そこで知識の格差をつくっては困ります。知の公平性と知識へのリスペクトということです。基礎学力と思考力という分け方は、そろそろ改めて次に進みたいのですが、文杉は、その次元に進んでいるのでしょう。受験生が魅力を感じるのは、そのような新しい学びへの感覚なんだろうなあと。

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2022年8月22日 (月)

私学展から~順天の魅力

★私学展に参加している順天中学校・高等学校(以降「順天」)のブースは多くの受験生・保護者が訪れていました。校長長塚先生によると、今順天の先生方は、各教科の授業の中に探究的なプロセスをどう取り込むか、頑張っているということでした。

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★順天は、2014年にいちはやくSGH(スーパーグローバルハイスクール)指定校になっています。久しい間、世界的視野でボランティア活動を行ってきたし、国際交流や、イギリスの大学生がギャップイヤーを活用して日本にやってきたとき、チューターとして受け入れる独自の体制を整えてきました。そのような教育活動が評価されたからでしょう。

★パンデミック後も、オンラインで国際交流は行われ、気候変動など世界共通の喫緊の課題について議論し、提案しています。

★また、毎年行われるグローバルウィークも定着し、その1週間は、順天は大学さながらに変わります。

★そういう長い歴史の中で積み上げてきた土壌があるため、生徒は、帰国生であるかどうかにかかわらず、議論や探究、プレゼンなどにおいて魅力的な成果を上げています。

★同時に、大学合格実績も大きな成果を出しています。

★受験勉強以上の深く広く新しい学びへの挑戦と結果が結びついている。それにより、卒業生は、大学入学後もグローバルリーダーシップやコミュニティシップを発揮する活躍をしているわけです。順天が魅力的なのは、そのような背景が生成され続けているからではないでしょうか。

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私学展で~工学院の教頭奥津先生に会う

★今回の私学展は、完全予約制。随分多くの方が申込まれましたが、抽選で参加できる人数は限られました。新型コロナウィルス感染症対策のため、やむを得ませんが、はやく多くの方が自由に参加できる日を望みます。そういうわけですから、入れ替え制で行われました。その入れ替わりの時、一瞬ですが、ブースが空きます。それで、工学院大学附属中学校・高等学校(以降「工学院」)の教頭奥津先生と少し対話する機会を得ました。

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★奥津先生は、工学院教育の頭脳です。数学科教諭でもあるということもあり、データ分析とその分析をアルゴリズム的ストーリーに変換してすっきりそれでいて感動的に語ります。

★つまり、数学的発想と物語レトリックの複眼頭脳を持っています。同校は、共感的コミュニケーションを大切にしています。大切にと言うより、日常化しています。

★生徒中心主義的な信念が共有されているからですが、その信念を持続可能にするには、その背景に、数学的計算力と柔らかい説得力ある表現力が緻密に働いています。

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★9月29日(木)、工学院大学新宿キャンパスで、帰国生(中学入試・高校入試)対象の学校説明会が開催されます。ビジョンは中野校長、学校全体の教育は奥津先生、グローバル教育や帰国生入試の要項に関する話は岡部先生で、90分行われます。

★中野校長は、DX人材育成の重鎮です。奥津先生は同校の頭脳。岡部先生はUCLA卒業のグローバルDX教育のスペシャリスト。必見です!

★工学院が、帰国生に人気があるのも実によくわかりますね。

★奥津先生とは、もう少し対話したかったのですが、八王子でまたゆっくりとと約束して別れました。今回のイベントの主役である受験生・保護者が入ってきたからです。

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2022年8月21日 (日)

私学展で~聖学院の“Confidence”!

★東京国際フォーラムで開催されている私学展で、聖学院の児浦先生(広報部長・21教育企画部長・国際教育部長・21世紀型教育研究センター上席研究員)にお会いしました。高校のGIC(グローバルイノベーティブクラス)の認知度が広まり、今まで以上に中学受験生、高校受験生ともに同校説明会ブースに集まっているそうです。

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(写真は、同校サイトの記事「【中2Global Innovation Lab】MaKeyMaKeyを使って音楽制作」から)

★同校の広報スタイルは、認知度を上げるためのリアル・アンド・オンラインの広報説明会以外に、濃厚な理解共感を生成する体験型ワークショップの展開があることです。

★この体験型ワークショップは、中高一気通貫して行われていて、高校の新クラスGICになって突然始まるのではありません。

★中学入試の「3つの思考力入試」のための思考力セミナーから始まっています。上記写真は、中2の土曜講座の様子ですね。プログラミングによって音楽を創るというSTEAM型ワークショップでしょう。

★STEAMはいわばリベラルアーツの現代版の一部を示す学びです。

★ふだんの授業はICEモデルベースのPBL型授業が展開しています。土曜講座などでは、STEAM型ワークショップが展開しています。

★新しいけれど、欧米の伝統であるリベラルアーツが背景にある学びの環境がすっかりできあがり、その環境によって総合型選抜でも一般選抜でも海外大学進学でも大きな成果に結びついているという「確信と信頼=confidence」が、児浦先生の内なる思いです。そして、その“confidence”を、説明会や体験型ワークショップで、在校生のみならず、受験生にも共有される仕掛けを、児浦先生をはじめとする先生方がアップデートしていく共同作業が持続可能になっているのが、聖学院の強みです。

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私学展で~高大接続の次は外延的システムと内包的システムのマッチング=Xドリブンプロジェクト

★昨日、本日、国際フォーラムで私学展が行われています。毎年このイベントには、東京の私立中学、私立高校の先生方が集結します。そして、この時期は、次年度以降を予測する機会でもあります。受験生・保護者も集結しますから、学校の想いと受験生・保護者の想いの相互反応も生まれます。

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(左から日本&東京私学教育研究所所長平方先生、東京私立中学高等学校協会副会長長塚先生)

★合同相談会ですから、当然主役は受験生・保護者です。ですが、瞬間瞬間、その相互反応が、ケミストリーに変わり、これだなと先生方は閃くわけです。その閃きを瞬間的に対話して、2023年以降のアップデートの輪郭を描くわけです。

★昨日は午後から勤務校の生徒の作品を見に国立新美術館に行く用事があったので、受験生・保護者が入場する前とお昼休み(実際には先生方は忙しくてとれないので、瞬間を見つけてなのですが)に幾人かの先生と対話しました。

★もちろん、両日の私学展の様子からだけではなく、2022年度の前半で、感じたことも含めてファクトとオピニオンを織り交ぜて共有します。

★多肢に渡る話になりましたが、なかなか困難ですが、実施可能な話になりました。

★2014年以降の高大接続改革、学習指導要領の改訂という制度的なシステム=外延的システムは、いろいろな評価や賛否両論はあるけれど、良い悪いは別として、学校における働き方改革や働きがい改革のアプローチが、文部科学省以外からも生まれているので、20世紀型組織や価値観に戻ることはそうないだろうと。

★一方で、その改革や改訂が実践されているかというとなかなかそうはうまくいかない。その理念と実践のギャップを埋めるのに、どのような経済的価値観(生徒募集のプロセスをメインに新たな試み)、どのような高大接続システムを作るのか?

★経済的価値観と高大接続改革は、生活とか、さらに最近のトレンドの言葉で言うとウェルビーイングとかから見ると、つながっている。

★ではどうするか?外延的システムは制度設計なので、すぐに訪れる2030年問題に対応するには遅すぎる。やはり内包的なシステムを組み立ててるしかないなあと。

★結局いつもトロイの木馬プランになるわけです(汗)。

★ただ、今の制度の枠内で、たとえば、一般選抜と総合型選抜などの入試制度の中にある3ポリシーを活用すれば、高大接続の内包的システムはできてしまう。現状の制度で、狙い通りにいかないのは、制度的欠陥というより、キャリアデザインという内包的システムが、2014年以前のものをそのままひきずっているというのも大きな理由だと。

★そこを変えるのに、制度的制約はない。

★クリエイティブクラス、ライフシフト、Web3.0と内包的システムを変容させる時代の要請は、それを後押しするだろうと。

★新しい教育観をつくる21世紀型教育アクティビズムもまた、その新たな内包的システムを作る準備をしてきたので、外延的システムと内包的システムのDNAのようならせん状のつながり=マッチングが可能になるだろうと。

★私立学校は、そうはいっても生徒募集も大切なので、ブランディングの駆動力を、とりあえず、マーケティングドリブンとコーポレートドリブン、ソサイエティドリブンのバランスを考えながら時間稼ぎをしようと。

★などなど対話しました。

★この3つのバランスでは社会課題である負の問題の生態系の認識はできるし、その認識ができればイノベーションを起こせるのですが、社会課題によって発生した個人の問題の生態系を認識するのを忘却してしまうリスクがあります。そのため次なるXドリブンがポイトになります。

★なんとか多様なクライシスが爆発する前に、次なるXドリブンを開発し、生徒募集をさらに確固たるものにしつつ、内包的システムを創ってしまうプロジェクトを9月移行開始しようということになりました。Xドリブンプロジェクトとでもしておきましょう。

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2022年8月20日 (土)

2022年東京私立学校展始まりました。

★先ほど、2022年東京私立学校展(本日と明日国際フォーラムで開催)が始まりました。開始15分前に、主催の一般財団法人東京私立中学高等学校協会の会長近藤先生(八雲学園理事長校長)から開催にあたり私学の先生方に挨拶がありました。2022年はやはり特別な年であることを実感しました。

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★というのも、近藤会長の話は、今まで前面にはだしてこなかったコンセプトを明快に語ったからです。今までは、国の政策に翻弄されることなく私学独自の判断で正しい教育を行っていきましょうというコンセプトは語ってきましたが、今回は、それに加えて、このようなパンデミック、ウクライナ、気候変動で混迷する国を支える人材は、私学からなのだということを明言したのです。

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(近藤会長の話に耳を傾ける聖パウロ学園の先生方)

★今国は、私学に対するガバナンスコントロールをしようとしています。それに対し、その国のリスクマネジメントに対するガバナンスがコントロール困難になっているのに、そのコントロール下にいることは現実的に無理だろうという、近藤会長の実際的な判断です。

★国づくりは、国政だけではなく、経済や市民生活、公衆衛生、多肢に渡ります。それぞれの場所で世界に通じるリーダーシップを発揮できる人材=グローバルリーダーづくりは私学のミッションなのだということでしょう。

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★挨拶が終わるや開幕です。

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★あっという間に、会場は受験生・保護者で埋まりました。子どもたちの未来を国に任せるだけではなく、自分たちの知恵と判断力で選択していくことはとても大切です。教育について地球市民一人ひとりが選択し創っていく時代の輪郭が明快に見えた瞬間でした。それが2022年の意味なのでしょう。

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大学が変わる意味~帰国生のグローバルインテリジェンスを一般生にシフトするために

★鈴木裕之さんが主宰しているGLICC(グローバルクリエイティブクラスベースの学習塾)のチューターは、ネイティブスピーカー及び帰国生入試で進学した大学生。今回のGWE(GLICC Weekly EDU)では、そのうち3人のチューターが出演。高校時代の学びについてとそれぞれが学んでいる大学のグローバル教育のシステムについて紹介してもらいました。

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(GLICC Weekly EDU 第91回「変わる大学の意味~帰国生のグローバルインテリジェンスをシェア」)

★3人のうち1人はIB、2人はAPというプログラムで高校時代は学んできたのですが、どちらも、これまでの日本の教育とは違い、思考のプロセスを生徒自身が稼働させられる教育であることがわかります。

★今でこそ日本でも「主体的・対話的で深い学び」とか「探究」で話題になる身近な体験から社会課題を見出し、解決能力を身に付けると言われていますが、まだまだ始まったばかりで、すべての生徒に浸透しているわけではありませんが、3人は、そのような本質的な学びにどっぷり浸ってきたわけです。

★それゆえ、IBやAP、Aレベルに相当する環境で学んできた帰国生のいわばグロバールインテリジェンスを、一般選抜で入学してきた学生にも身に付けさせようというグローバル教育が行われているのでしょう。

★帰国生入試で入学した生徒と一般選抜で入学した生徒との間には知のギャップがあるということが伝わってきました。このギャップはいいとかわるいではなく、「ある」ことをちゃんと確認し、それをいかに埋めていくのか新しい学びのデザインをすることが大事です。

★今回話に出た、早稲田大学や東京大学、一橋大学で行われているグローバルリーダーシップ教育開発は、そのような意味があるのでしょう。

★それに、トリリンガルと思考力と専門性が大学で行われているというのは、やはり相当大学もかわっているということですね。

★もちろん、まだその変化をうまく活用している学生は多くないようですが、活用しようと思えばチャレンジできる環境が着々と用意されているということをきちんと認識することはポイントです。

★そして、大学に入って、このようなグローバルリーダーシップ教育を活用できるようにするには、高校時代の英語とIBやAP、Aレベルに相当するプログラムが必要だということでしょう。このプログラムをシン・リベラルアーツと呼んでおきましょう。

★高大接続は、高校時代の英語×シン・リベラルアーツ思考力=グローバルインテリジェンス素養から大学のトリリンガル×学際的思考力×専門性=グローバルインテリジェンス実装×専門性へとつながっていくことなのだということがよくわかりました。3人の皆さん、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

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2022年8月19日 (金)

なぜドネラ・メドウズか?(2)ドネラのシステム思考は、drift to low performance を知って、human spiritを発動することができるから。

★ドネラ・メドウズは、著書「世界はシステムで動く ― いま起きていることの本質をつかむ考え方」で、システム思考は何ができ、それ自体ができないからこそ、同時に、次に出来るポイントを発見できるのだと重要なことを語っています。邦訳書は、情熱的なトーンで訳されています。昭和世代の私にはしっくりくるのですが、訳者の方に怒られるかもしれませんが、次の箇所を、Z世代的な読み方(できるはずないのですが・・・)をしてみようと思います。

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★その箇所とは、同書の最終節です。

We know what to do about drift to low performance. Don’t weigh the bad news more heavily than the good. And keep standards absolute. Systems thinking can only tell us to do that. It can’t do it. We’re back to the gap between understanding and implementation. Systems thinking by itself cannot bridge that gap, but it can lead us to the edge of what analysis can do and then point beyond—to what can and must be done by the human spirit.

Meadows, Donella H.. Thinking in Systems (p.185). Chelsea Green Publishing. Kindle 版.  

★翻訳などできませんから、読んでみます。まず、私たちは「低パフォーマンスへの漂流」に対しては何をするのかについて知っているというわけです。ここで「低パフォーマンスの漂流」とあります。driftですから、まさに漂流なのですが、システム思考ってフワフワしているイメージがないので、「低パフォーマンスにいつの間にか陥いりがちな自分たちがどうするのか実は知っているよ」、ただし、システム思考を学ぶことによってねという捉え方をしてみました。昔から水は低きに流れるとか悪貨は良貨を駆逐するという言葉があります。人間の典型的なメンタルモデルですね。

★だから、そんなメンタルモデルに囚われないで、「とかく良いニュースよりも悪いニュースにウェイトを注視しちゃいますが、そうしないようにね」ということです。「そして、多角的基準をしっかりキープしましょうね」と捉えてみました。“standards”というのが複数になっているのがポイントですね。私たちはつい「自分軸」という比喩を使います。すると基準は絶対的な太い柱のイメージになります。しかし、基準は、多角的なコードの諸関係でできていて、多角的にモニタリングできる思考コードのようなものでしょう。

★“absolute”を「絶対的に」とは捉えませんでした、確固たるとかしっかりしたとかぐらいに捉えました。多角的な基準の存在は絶対的なのですが、その基準の中身はルール変更可能ですから、アインシュタインが光速は不変だから、最初絶対性理論としようとしたのを、相対性理論にしたという逸話もありますから、科学者ドネラ・メドウズなら許してくれるでしょう。

★そんなわけで、謙虚で学習者であり続けることを大切にしていた彼女は、「システム思考がただ私たちに示すのは、そうすることということです。システム思考はそれはできません。」だから、いつも「私たちは認識と実装のギャップという原点回帰をするのです」と語るのですが、なんか大きい存在感を感じます。

★それゆえ、このあとに続くファイナルセンテンスのファイナルワードは、“human spirit”となります。「システム思考それ自体は、そのギャップを埋められません。しかし、分析ができる境界線にまで私たちを連れていきます。その瞬間、その境界線を越えるためにできること、すべきことのビジョンが開きます。それを開くのはヒューマンスピリット。」となるのでしょう。

★低パフォーマンスに陥りがちなメンタルモデルではなく、システム思考によって明らかになるエッジを乗り越えるメンタルモデル“human spirit”なんですよとさらりと。“mind”ではなく“spirit”となるわけです。

★その違いは、日本人の私にはわかり難いものがありますが、おそらくmindよりspiritの方が自然につながっている開放性が付加されるような気がします。

★現代気鋭の哲学者マルクス・ガブリエル(NHKでもよく登場します)が、これからは「精神」が大事になるけれど、マインドではなく、ドイツ語ではガイストだと。これは英語ではおそらくスピリットになるのだと思います。

★今喫緊のヘルスクライシス。身体のケア、心のケア、人間関係のケアが注目されます。本当にとても大事です。しかし、世の中にはそれだけのケアではどうにもならないケアの領域があります。おそらくそれが“spirit”の領域でしょう。

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2022年8月18日 (木)

なぜドネラ・メドウズか?生活市民一人ひとりが参加するコミュニティ多様性のきっかけをつくったから。

★2015年のSDGsが国連で採択されたきっかけをつくった一人にドネラ・メドウズがいることは間違いないでしょう。もちろん、2015年には彼女がこの世にすでにいなかったのは、残念でならないのですが。

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★1972年に世に警鐘を鳴らした「成長の限界」の中心的な編者だったドネラ・メドウズ。その後システム思考を中心に、現行学習指導要領で騒がれている「探究」の考え方やツールのほとんどを提供しました。

★ドネラが亡くなってから、彼女のアイデアを世に出した「世界がもし100人の村だったら」は、そのシステム思考の構造のエッセンスと根源的問題、メンタルモデルの問題が詰まっています。

★高3生とこの本を眺めたとき、中学の時に授業でやったけれど今更なぜ?と最初はなりましたが、絵本やひらがな詩が、年齢を問わず根本的な問題と希望のビジョンをくみ取れるのと同じ感覚を持った高3生も最終的にでてきました。

★この感覚がとても大事ですね。ジョブスだったら「引き算の美学」といったでしょうね。

★難しいことをやろうと思えば、ドネラの書いた専門的な書籍を読めばよいけれど、専門家であろうと生活市民であろうと、根本的な問題を解決しながら生きることに差はありません。

★しかしながら、2015年以前は、それは専門家に任せて、生活市民は従っていればよいという価値観が多勢を占めていました。そんな中、英語によって世界的視野を生活市民も抱けるようになったし、インターネット、ノートパソコン、スマホ、SNSの出現で、世界の知を生活市民が自在に活用できるようになったし、気候変動やパンデミックが、生活市民一人ひとりがヘルスクライシスのリスクをマネジメントするようになりました。

★オンラインは、そんな問題を共有し解決しようとする無形資産のあふれるニューコモンズ拡張したわけです。

★今のところ無限の広さを持つかのようにみえるデジタル・コモンズですから、多様なコミュニティが国境を越えて生まれています。

★専門家集団はとても大事です。しかし、生活市民がつくる多様なコミュニティも大事です。

★このコミュニティ多様性の本当の意味は、マックス・ウェーバーの指摘する「生産手段が市民の手にないことによる社会的葛藤」を解決する道を開いているところです。英語やPC、SDGsは、生活市民一人一人が有するシン・生産手段です。これを活用して、ウェルビーイングな生活及び社会を形成することは可能です。

★湯川秀樹をはじめとする科学者も複雑な現象はシンプルな原理によって成立すると語ります。生活市民は、そのシンプルな原理とシン・生産手段を獲得し、錬磨しアクションを生み出すコミュニティ多様性を生み出す世の中が拡張していくでしょう。

★探究の希望は、難しことや難しい本を読む必要もなく、体験とディスカッションとアクションを通して、ドネラのようなメンタルモデルやシsテム思考に行き着けることです。だれだれがこう言ったというリサーチはもちろん重要です。剽窃やコピペ、カット&ペーストなどは困りますから。しかし、根本的な問題やその解決方法は人類の共通財です。この共通財を活用し、適用しながら、具体的状況に合わせながらイノベーションを起こしていくことが何より重要です。それは生活市民と専門家の協働でパワフルにできるでしょう。

★国や自治体の役割とコミュニティ多様性。特に国や自治体から独立したコミュニティの新しい形態がポイントです。千葉県木更津市のクルックフィールドという、農業とデジタルとサービスを循環システムに統合しているコミュニティは、株式会社が運営しています。

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2022年8月17日 (水)

グローバルイノベーター大久保先生に会いに行きました。

★聖パウロ学園は、今夏期休暇中です。とはいえ、中規模工事を行っているので、事務のスタッフは交代で出てきています。先生方も部活や広報活動で出てきます。とはいえ、職員室はさすがに静かです。本日は毎年JETプログラムで学校の英語や異文化交流をサポートしに来てくれる新しいALTが学校を訪れる日です。大久保先生が新宿まで迎えにいき、いっしょに学校に連れてきて案内をしてくれました。

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★大久保先生は、勤務校聖パウロ学園のグローバル教育部部長で、英語科主任、なにより主幹です。英語教育のみならず、グローバルな教育とは何か?生徒たちが18歳成人を迎えるにあたり生徒会のあり方をどう生徒と変えていくか、スクールモットーの黄金律の認知度だけではなく、その理解をどう行動にしみこませるのかなど、パウロの積み上げてきた教育1つひとつの概念や意味や定義やルールをリフレーミングしています。

★海外の大学院に留学していた本物のグローバルな視野をどう生徒と教師と共有するのか。大久保先生の生徒との対話、同僚との対話は尽きません。

★英語もPCも対話もPBLも堪能で、海外の教師とネットワークも広げています。

★日常の教育のアップデートを細かく積み上げていくと、知のフラクタルが起こり次の次元が現われます。

★グローバルでイノベーティブなアクションとは、大久保流のフラクタルアクティビズムのアプローチもありです。というか新しいアプローチですね。

★そうそう、学年主任としての生徒1人ひとりへの愛情深い行為と同僚への気遣いは、最高のモデルです。

★そんな大久保先生に会いに、今朝長野の森を出て、パウロの森に入りました。新幹線で東京で乗り換えて中央線で一本です。長野の森には、毎年内村鑑三の魂に触れに行っているのですが、大久保先生の魂ともつながっているしみじみ感じました。その後、また長野の森に戻りました。明日下山します。

★今度は、国際フォーラムで、私学人の集まりがあります。内村鑑三や新渡戸稲造の私学人の魂が響き合う場です。勤務校の私学人だけではなく、多くの私学の私学人と対話できる機会を楽しみにしています。

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SDGsによる認知率と内容理解率のギャップモデル ハートフルからブレインフルへ

★<電通 第5回「SDGsに関する生活者調査」レポート 2022年4月27日>をもとに、ざっくり傾向がわかるグラフを作成。SDGsの認知率と内容理解率のギャップがわかります。そして、これはSDGsに限らずほとんどの物事の認知率と内容理解率のモデルとして活用できると思います。認知は広まっても内容理解の深まりには温度差があるのは日常的な感覚だからです。それがSDGsという特殊でありながら地球市民に共通する取り組みでもあるので、なおさらモデルとして少しは妥当性があるでしょう。

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★SDGsは2015年に国連で採択されてから、8年経過しています。6年目にして認知率は急増します。その間、認知率を広めるために、国レベルだけではなく、企業やNPO、学校、市民などが、それぞれ多様な認知活動のキャンペーンアクションを拡大していきました。

★その準備が、世界同時的なパンデミックの拡大で、結果的に実を結んだカタチになっているのが、上記のグラフです。

★認知率とか内容理解率などというツールは、いわゆるマーケティングのツールですね。市場で認知率をどうあがるのか。ニーズを読み解くマイニングをしたりします。そして、そのニーズに合わせて、共感する内容理解の広報をする。といった具合でしょうか。

★そのニーズは、最近ではSDGSに象徴されるように、社会的問題を回避したり解決する欲求というものが、多くなっています。

★ついこの間までは、学歴社会の中で、偏差値競争、優勝劣敗競争を繰り広げ、成功者になるためにどうするかというニーズでした。

★もちろん、今もそれはあります。SDGsの内容理解度がざっくり30%ですから、70%以上の人は保守的なニーズを持っています。ただ、100%でないということが大事ですね。

★内容理解といっても、どの程度のものかは実際にはわからないし、理解したからといって、支持しているとは限りません。

★認知度を上げる、理解を広げる、支持率を大きくする。

★それにはどうするか?自分事の関心度を高め、好奇心を旺盛にすることを高めることが今求められています。

★つまり、物事のブランディングの駆動力は何かです。2015年までは、マーケティング、大企業権威みたいなものが駆動力になってきました。しかし、SDGs採択以降は、多くの人が自分事としての関心度・好奇心度を上げることが駆動力になってきています。

★それゆえ、ここ数年、体験型イベントが増えてきたのですが、その体験にVUCA的な危機意識を前提にして、それを払拭するにはどうしたらよいのか?その解決体験が、いろいろな領域で展開されてきました。

★気候変動、戦争、公衆衛生といった三大問題が、今の危機感の前提です。SDGsに取り組む企業が多いのも納得です。

★ですから、企業などの団体は、今や利益を上げることが社会貢献に役に立つというかつてのコンセプトとは違い、さらに利益即社会貢献というソーシャルな活動がブランディングの駆動力になってきたのです。

★そして、それはさらに自分事としての関心と好奇心を生むことにつながるというか、「利益即社会貢献即自分の関心事」というトリニティドリブンがブランディングになってきました。

★しかも、リアル体験だけではなく、オンライン体験も増えてきましたし、オンラインだけではやはりリアリティがないので、次にはメタバースの世界になっていくでしょう。

★そのときに、ハートフルな今までのコミュニケーションではなく、ブレインフルなコミュニケーションが必要になります。AIと脳科学が、DXの次にきます。

 

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2022年8月16日 (火)

日経新聞 シリーズ「教育岩盤」始まる

★終戦の日8月15日から日本経済新聞は、「教育岩盤」というシリーズをスタートしました。1回目は総合型選抜など新タイプ入試の増加は偏差値終焉の足音か?とその背景、2回目は難関一貫校と難関大学の強い相関という岩盤を海外大学進学準備という外圧で風穴を開けられるかという内容でした。

★2014年以降、首都圏中学入試の受験者人口が右肩上がりの背景をなぞる形で、日本経済新聞が整理しているのは、よいことですね。ただ、全国でも私立公立の中高一貫校の生徒数は、同年齢人口の10%の話なので、読者の興味をひきつけられるかどうかはわからないです。

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(2022年開成算数入試問題1の2番)

★新聞の性格上、多くの識者が語ってきた論調をうまくまとめ、事実関係をおさえていくという編集なので、それはそれで歴史的資料価値はあると思います。

★ただし、編集の目的については、こうあります。

<「岩盤」のように変化を忌避する日本の学校教育。新しい試みに背を向けたままでは、国際化やデジタル技術の進展、新型コロナウイルス禍という時代の転換期をけん引する人材は育たない。「教育岩盤」の実態と打破をめざす動きを追った。>

★つまり、学校教育の変化を阻害する「教育岩盤」の事実を確定し、その打破をめざす動きを追うというわけです。そうすると、「教育岩盤」の事実そのものが、本当に偏差値なのかとか先取り教育なのかとかリフレーミングしていく必要があるわけです。

★打破を目指すというのも、そのような教育岩盤を作ってきた教育行政や経済社会という背景もまたリフレーミングせざるを得ないでしょう。

★この岩盤を作ってきたかもしれない人口成長論や偏差値成長論、富裕層向けの優勝劣敗学歴社会などの構造分析ツールや視点で分析だけしていては、結局元の木阿弥だし、池にはまった自分を自分の髪の毛を引っ張ってなんとか救われようとしているのに等しいことになります。

★欧米の理屈がよいかわかるいかわかりませんが、その理屈は、循環社会を創る時に、認識論のリフレーミングをまず行います。日本の経済学者や社会学者、文化人類学者、哲学者などはそこをちゃんと紹介しているのだけれど、教育経済学とか教育社会学、教育哲学となると、そこはスルーしてしまう人が多いのです。

★教育岩盤を見抜いたり、打破するビジョンを見極めるには、リサーチやそのための認識視点や手段、方法論のリフレーミングも重要です。

★たとえば、上記の開成の計算問題の意味をどうとらえるのか。ただ解き方がシンプルでショートカット、要するに暗算であるいは直感的にできてしまえばそれでよいのか。以前はそうだったでしょう。しかし、この計算問題一つとっても、ここに「世界の作り方」の方法が詰まっているのだとリフレーミングするようになると、とたんに開成がただ偏差値難関校で、優勝劣敗的な価値観の生徒が東大にたくさん入っているのではないということが見えてきます。そんな「世界の作り方」を中学受験の時から学んで体得する人材が東大に入り、日本の未来を考えるのはすてきではないか。

★新しい教育とは、ICTを使ったり、CEFR基準でC1の英語力をつけることなのかとリフレーミングしてみると、結局はPBLというコミュニケーション行為のレベルを世界標準にすることであり、ICTやC1英語はそのために必須。それに、そのコミュニケーション行為は、知識人だけではなく、生活者である一般市民にもシェアするものだとかなんとかコンセプトやビジョンを転換させてみる。

★SDGsやOne Earthという時代に「外圧」という言説を使わざるを得ない背景にこそ「岩盤」があるのかもしれないとかなんとか。

★開成や東大のような難しい入試問題はできないけれど、「世界の作り方」を学ぶことは生活一般市民だってできる。難しい入試問題は特殊で「世界の作り方」は世界市民にとって世界標準。

★日本が積み上げてきた客観的という名の知識の集積。しかし、それは新しい見方をすれば、その中に世界標準の知がちゃんとあります。その知を解放する新しい教育とは何か?PBLを行っている学校は、すでにその方向性を知っています。ただ、それが日経のいう岩盤を打破するかどうかはあまり問題にしていません。

★もっとシンプルな道で、美しい空と大地と芸術を生み出すことができるし、戦争をなくす志向性を生み出せるし、世界のすべての子どもたちに必要な教育を示せるし・・・。優先順位は、その岩盤を取り除くチャレンジではないのかもしれません。

★2015年にパラダイム転換が本当に起きています。それは1970年代にすでにドネラ・メドウズやグロ・ブルントラントなどが魅せてくれた発想から始まっています。

★いまだに、総合型選抜では基礎学力が育たないみたいな言説や視点、スコープでは、そもそも新しい教育がみえないでしょう。

★それでも、日経の「教育岩盤」には期待をしています。SDGsと同じで、教育の危機をなんとかしなくてはという認知度を上げる必要があるからです。それを40代前後の昭和世代にわかるようにするには、今回のシリーズは最適です。2050年を牽引するZ世代向けには、アレンジも必要ではありますが、Z世代は果たしてどれくらい日経を読むのかというマーケティングも当然しているでしょうから、その必要はないのかもしれませんね。

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2022年8月15日 (月)

予備校のビジネスモデル岐路~時間の個性化の時代

★Business Journalに衝撃的な記事が掲載されました。「予備校の代名詞「駿台」校舎閉校ラッシュの背景…浪人生激減、ビジネスモデルが岐路(2022.08.14 06:05)」がそれです。予備校がなくなるというようなことではありません。予備校のビジネスモデルを変更させる時代背景が前面にでてきたということが衝撃的でした。1960年代頃から高度経済成長期に向け、いわゆる「受験戦争」と言われる事態が起こり、浪人生が予備校に集結するわけです。

 

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★「四当五落」なんて言葉も人口に膾炙されました。80年代後半からは「24時間戦えますか!」なんてクレジットの宣伝も一世を風靡しました。しかし、90年代にはいって、少子高齢化、大学の数の増加により、「浪人」より「現役」という風潮が広まります。中学受験の大きなウネリも重なります。私立中高一貫校のうたい文句の1つに「予備校に通わずに、現役合格」でした。

★ともかく、高校生一学年が200万人時代から100万人時代に突入し、2031年には、100万人を切る時代が到来しているわけですから、予備校も同じビジネスモデルを続けるわけにはいきません。

★今回のパンデミックで、オンライン授業も広がりました。生徒は1人1台パソコン時代になりました。「個別最適化」という「指導の最適化」と「学習の最適化」を推進する概念が広まっています。

★優勝劣敗や勝ち組負け組という概念を好まない、デジタルネイティブZ世代が中高生です。身体、心、人間関係という包括的なヘルス概念も広まりました。同時にそれは、このヘルスのクライシスも生んでいます。

★このクライシスは、他人が決めたライフプランに無意識のうちに従っているという時間プレッシャーによって生まれてきたというのは、多くの人が認識していることだと思います。時間は、化石燃料同様、限られた資源です。その限られた資源を自分事として活用できるかどうか。そこに多くの人が気づいたということでしょう。

★働き方改革などの議論は、まさにそうですね。

★したがって、「時間プレッシャー」から「時間の個性化」というパラダイム転換が起こっているのでしょう。最近では、「四当五落」ではなく「六当五落」とも言われるようになっているようです。

★総合型選抜をはじめとする多様な大学入試スタイルは、この「時間の個性化」の現われの1つでしょう。ディスカッションやワークショップをベースにしたPBLの必要性もその現われの1つでしょう。

★自分の時間を取り戻すということは、ハイデガーではないですが、まさに「人間存在の回復」でもあります。総合型選抜などの新しい大学入試は、「自己とは何か」を問うてきます。中高時代の貴重な体験は、「時間の個性化」の過程そのものです。

★予備校の新たなビジネスモノデルが、マーケティングやコーポレートベースのブランディングからソサイエティベースのブランディングに変化するのでしょう。そして、教育そのものは、ソサイエティと個人の調和を創造する時代にようやくなるでしょう。SDGsへのアクションはその典型かもしれません。

★予備校のみならず、多くの企業が、この調和を創造するためにブランディングの駆動力を一体何に求めるのか。それが「時間の個性化」ということになるのではないかと思います。モモではないですが、時間泥棒との決別ですね。

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2022年8月13日 (土)

21世紀型教育研究センター クルックフィールズで2050年からシナリオプランニング(5)児浦モデル:新しい学びのデザインをメタデザインするWS

★2日目の最終ワークショップ(WS)は、児浦先生がファシリテーター。1日半かけて行ってきたWSをメタ化する児浦モデル。WSのラーニングツールの創意工夫がものすごい。イノベーションとはDXによるプロダクトだけではなく、それを生み出すプロセスのイノベーション、ツールのイノベーション、外部との協働ネットワークのイノベーション、サプライチェーンのイノベーションがありますが、21世紀型教育研究センターの主席研究員の児浦先生は、いずれも目配りがなされています。

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★しかし、イノベーションという変容は、根底に「数学的世界の作り方」という根っこがあるからです。相対性理論ではないですが、変容は変容しない根っこがあってこそなのです。その根っこはたいてい仮の根っこです。

★文科省の学習指導要領に頼りすぎていると、その根っこが教科書標準の基準に制約され、教科横断型にはなりようがないし、まして世界標準には届きません。

★欧米だと、このクライテリアは、哲学だとかTOKだとかリベラルアーツだとかで、精査し続ける不変の領域です。不変なのだから精査し続ける必要はなさそうですが、植物でもそうですが、周りの環境によってその根っこは影響をうけますから、環境との関係でメンテは必要です。

★この根っこは、人によっていくつあかりますが。その一つが数学的世界の作り方基準です。この根っこは、文系理系関係なく根付かせることが可能です。児浦先生の根っこは未来に通じる不変/普遍的なものなのです。

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★ラーニングツールは様々でも、基本タイプセオリー(階型理論)を活用しています。このセオリーをうまく使うために、削除挿入、順序づけ、重みづけ、分解と統合のポストイットワークをしていきます。タイプセオリーは、結局ジレンマを見つけるゲーム理論になります。ジレンマはそう簡単に解決できないので、トポロジー的発想の変換や変形をしていきます。

★この思考形式に、方程式化を入れると、学習指導要領の数学解法になっていきますが、それ以前の世界作りの方法はいわゆる数学的哲学です。ラッセルやヴィトゲンシュタイン、グッドマンなどなどが追究してきた理屈ですね。

★この哲学を数学科の教師として児浦先生はもともと有しています。それを、以上のような言葉を使わず、レゴや多様なポストイットなどで記号化してわかりやすく共有していくわけです。

★この「数学的世界の作り方」は、実はコンテンツには介入しません。ですから、各SGTは、自由な発想でコンテンツを生み出せます。2050年からバックキャストして、生徒像をイメージし、その育成を果たす学習デザインを議論して、編集していく。

★コンテンツには介入しないので、各人自由な発想でコンテンツを生み出します。収拾がつかないくらい豊かにひろがりますが、だんだんベクトルが深まりに進んでいきます。

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★SGT1人ひとりが生み出す学びのデザインを生み出す学びのデザイン。このメタデザインの方法は完全に児浦モデルです。

★与えられたコンテンツは、好き嫌いがあります。生徒は嫌いなコンテンツにはモチベーションが湧きませんね。

★世の中、好きな物だけやっていればよいというものではないと、道徳的指導をするのは、20世紀型教育あるあるです。

★21世紀型教育は、関心のあるものからはいり、無関心だったものが、実は関心あるものにつながり、オセロのように関心あるものにひっくり返るという学びです。それには、SGTは最終的にコンテンツ(学習指導要領の項目)の学びのデザインをするだけではなく、関心を生徒が自ら生み出し、そのコンテンツを追究していくと、最終的には学習指導要領の項目以上の学びを広げ深めているというメタデザインをすることになります。

★さて、最終WSは、児浦モデルへのチャレンジを仕掛けています。しかしながら、児浦モデルは多角的知のネットワークによって昇華され、欧米でもシンプルがゆえに支持されている「数学的世界の作り方モデル」なので強力です。児浦先生は見事に気づかないようにハードルを上げたわけですね♪。

★2日間、みっちり広大なグリーンなフィールドと無限のマインドフィールドを循環をしながら、次の次元に歩を進めました。SGTが拓く未来がいよいよ楽しみになってきました。本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

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21世紀型教育研究センター クルックフィールズで2050年からシナリオプランニング(4)One Earthとしての循環を生成する新しい学びのデザイン

★今回は、デノテーション創発プログラムとコノテーション創造プログラムの二本立てでした。この二本をDNAのように螺旋構図として結合するのが、マインドフルネスというエポケーでした。エポケーとは、自分のこだわりや先入観をいったん棚に上げることです。自分の認識は知らなぬ間にいろいろな制約を被っています。多くの場合、その制約を受け入れる自己正当化をしているものです。これが防衛機制を稼働させ、人間関係を循環し辛くします。

★多様な人間同士の対話や協働作業は、この自己正当化に気づき、自分の枠から一時的に解放されることですね。とはいえ、枠が大きくなっただけで、枠がなくなることはありません。量や質は変わりますが、枠がなくなることはありません。ですからアップデートやアップグレード、さらにはその積み重ねが、ブレークスルーを生み出しパラダイムシフトを生み出します。

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★1日目のクルックフィールズのフィールドワークを受けて、2日目の午前中は、マインドフルネス後に生物多様性や有機栽培などの循環を生み出す農法を生かすアイデアを対話し、その後学校を越えて、多様なエリアでどんなアクションをするのか企画コンセプトをプロダクトしました。

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★このプログラムの大まかな進め方はクルックフィールズのスペシャリストが提示しますが、議論の仕方やアイデア出し、整理の仕方などなどは、各チームに任されていました。それゆえ、それぞれのSGT(スーパーグローバルティーチャー)が日ごろ活用しているメソッドが見え隠れして興味津々でした。

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★どういうことかというと、数学的思考で、アイデアを出し合った後、優先順位や重みづけ、カテゴリー分け、メリットとデメリットのアルゴリズムを描いていきながら、提案を編集していくスタイルがあるかと思えば、そうでない方法もありました。

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★その1つは共感的コミュニケーションで、すべての提案をリスペクトして、循環させるメソッドでした。循環させるには、レトリック的視点で関係ないと見えるものにつながりを見つけるためにさらにコミュニケーションをしていくというものでした。

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★それに対して、やはりサイエンス的な有効性を深く議論して、絞っていこうというメソッド提案もありました。時間の都合で、もっと深めたいがというモチベーションがあふれるシーンもありました。そのモチベーションがまた次につながりますね。

★それに興味深かったのは、やはりメンバーのメンタルモデルへの気遣いとパッションの度合いを調整するチームビルディング手法もちらりと見えたことです。このPBL的な手法は、チームワークは重要です。チームワークは自律分散協働系が醍醐味です。自律系だけでも協働系だけでも最適なアイデアに質を高めていくことはできません。自律分散協働系だと、セレンデピティという感性がチームに広がります。

★そこは、各チームのコミュニティシップをつくっていく機能が働いていました。おそらく自然とそうなっていたのでしょう。チームワークの循環ってことですね♪

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★ピーター・センゲとダニエル・ゴールマンの学習する組織とEQの統合態は、21世紀型教育研究センターの主席・主任研究員は身体化されているため、ナチュラルにアクションを起こすようになっているのでしょう。

★最近、私はピータ・センゲに影響を与えたドネラ・メドウズのシステム思考に回帰しています。彼女の場合は、システム思考とメンタルモデルのつながりがみえやすいのです。センゲもマインドフルネスを大切にしていますが、むしろシステム思考を見えなくする方に働くような気がしています。

★おそらく、センゲのシステム思考分析の対象が企業組織のケースが多いので、どうしてもデノテーションのつながりに偏るからでしょう。ですから、バランスをとるために、マインドフルネスということになるのかもしれませんね。GAFAももしかしたら、同じなのかもしれません。

★ドネラ・メドウズも科学者なのでデノテーション的システム思考を展開しますが、なぜかコノテーション的なマインドの側面がつながるのです。それはメンタルモデルをシステムのループでつなぐからでしょう。

★何がよいのかどうかは、選択の自由です。大事なことは多角的方法論を確認し合いながら、どの方法論を取捨選択するのかあるいは統合するのか対話が開かれていることです。オープンマインデッドネスということですが、これがなかなかどうして難しいから、マインドフルネスワークが求められるのでしょう。

★実はクルックフィールズは、アート思考があるので、デノテーションとコノテーションが自然と結びついているのです。このフィールドに合うように道具という可視化されたものも、アレンジされているし、独自に製作されてもいるのです。なぜアレンジや独自の製作になるのかというと、循環のコノテーションは、気遣いのマインドから生まれるのだということを改めて気づいたのです。

★その気遣いによって、生み出される循環。その循環が生み出すフィールド自体やフィールドに生活している生き物やオブジェ。すべてかけがえのない存在となるのです。ここに循環世界の面目躍如があるのです。

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21世紀型教育研究センター クルックフィールズで2050年からシナリオプランニング(3)マインドフルネスによる自然と社会と精神の循環

★1日目は、とにかくクルックフィールズのフィールドワーク。超暑かったですから、SGTはZ世代とはいえ、夜はさすがにへとへとだったと思います。2日目は、インプットした体験や情報をもとに、多様性生物や農業の循環アクションを具体的にどこに根づかせるのかなどなどについてアイデアを出します。その前に、ブレークスルーが起こることを期待しつつ、無心の感性を生み出すかもしれないマインドフルネスを、和洋九段女子の新井先生がファシリテーターになって共同場をつくりました。

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★Z世代にとって、このGAFAが好むマインドフルネスは、大切なのだなと実感しました。私の勤務校はカトリック校です。カトリック校は、瞑想や黙総会を開きます。信者ではない生徒がほとんどですから、自分の中に神を見出すパーパスはないので、GAFAがプログラム化したマインドフルネスそのものだなと感じました。

★もっとも、勤務校は、栄光学園のように日々の中に瞑想を入れ込むことはしません。パウロの森を歩くだけでマインドフルネスになるからです。つまり、カトリック的なフォームは、年3回のミサぐらいです。でも、そのミサは、しっかりマイドフルネスになります。信者でない生徒にとっては、非日常的空間だからです。

★そんなことを想いながら、新井先生のマインドフルネスに導かれ3分間が経ちました。五感で、自らの五感に集中していくうちに、目に見えるものから隔絶し、その背景にある何者かあるいはどこかの場にたどりつき、そのまま無感覚になったような錯覚になりました。それを錯覚というのか、幻想というのか、普段気づかないセンサーによる認識なのかわかりませんが、私が朝起き上がる前にベッドの中でとか、家をでるときとか、あるいは電車の中でとかで行う瞑想とはまた違う感じでした。

★いつもは包まれる感じですが、今回は浸透する感じでした。

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★目を開いたとき、そういえば、昨日草間彌生さんの芸術スポット「無限の幻想」の空間に入ったときのことを想いだしました。鏡の立方体の空間です。閉じられているようだけれど、開放系で設計されていますから、太陽光が生み出す幻想的な小宇宙が無限に点在する空間になっています。人間の身体は閉じられているようだけれど、外界に開かれていて、そこで好循環がなければ生きていけません。

★マインドフルネスは、人間が存在すること、その存在をサスティナブルにする自然と社会とのコネクトが大切であることを実感として気づかせてくれました。

★そして、GAFAといえば、スティーブ・ジョブスを想いだしてしまいます。ほとうかどうかわかりませんが、フォークロックのドノヴァンが歌った「ブラザーサン シスタームーン」のエンディングの歌を、ジョブスも口ずさんだと言います。

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★聖フランシスコは、富裕層の家に生まれましたが、すべてを捨てて、自然と対話して修道会をつくりました。アッシジのフランシスコ教会。循環経済になっているかどうかわかりませんが、たしかにジョブスが訪れたとしたら、マインドフルネスにもってこいの場所ですが、実はそもそもカリフォルニア州は、森が豊かです。熱波のために毎年火事になって大変ですが。

★イタリアにしろ、フランスにしろ、ドイツにしろ、森や草原が広がるエリアはいっぱいあります。

★イギリスであれば、レッチワースは庭園都市で、19世紀末から20世紀初頭にかけて、世界に広がった今でいう循環型都市としてデザインされました。この庭園都市こそ、田園都市線や東急線の発想だったのです。田園調布の赤レンガの駅は、レッチワースの駅のミニチュア版ですね。

★日本のみならず、世界的にZ世代は宗教から遠ざかっています。マインドフルネスはZENから由来しているといわれていますが、それはキリスト教徒と離れているためにGAFAでは、宗教性から解放された純粋なマインドフルネスができるから好都合だったのでしょう。

★仏教系の学校だと、座禅を行っているところもあります。それもマインドフルネスと同じ効果があるかもしれません。

★ただ、特定の宗教性から解放されたマインドフルネスは、地球市民にとってはアクセスしやすいのではないかと思います。

★WHOの健康概念の候補として、スピリチュアリティもありました。死に直面している人にどのようによりそうのでしょう。どのような気遣いの言葉も通用しない時に、それでもケアは可能なのでしょうか。マザーテレサのようなケア。宗教を超えてでききるとしたら、地球市民全体にとってとてもよいことでしょう。上智大学には、そのようなケアをグリーフケアといって、センターができています。

★しかし、地球市民全員にそれをシェアするのは、少しハードルが高いですね。

★地球市民1人ひとりは、スペシャリストであってほしいわけです。それは自分のチャレンジとしてハードルは高いのですが、一方で、マインドフルネスとか専門以前の人類共通の学びであるリベラルアーツは、資格や組織の壁を超えて共有するニューコモンズのはずです。

★クルックフィールズのコンセプトも草間彌生さんの作品やビートルズの「ストロベリーフィールド フォーエバー」の歌詩に通じるものがあるとすれば、ドノヴァンの歌詞にも通底するものがあります。

★聖フランシスコが愛されるより愛するアクションをとり、また小鳥や動物たちと対話したと伝説があるように、私たちの五感は豊かになるフィールドをたくさん見出したいものです。クルックフィールズは、その一つであることは間違いなさそうです。

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21世紀型教育研究センター クルックフィールズで2050年からシナリオプランニング(2)自然と社会と精神の循環

★クルックフィールズで≪Z世代≫のSGT(スーパーグローバルティーチャー)の様子を見ながら(私は静かに参加するparticipant observer:参与的観察者)、いろいろな思想家の発想をだぶらせていました。まず1人目は、フェリックス・ガタリです。没後30年で再び注目を浴びてている精神分析学的な哲学者です。長い間ジル・ドゥルーズと共に、NHKの言う欲望の資本主義の構造を分析し、その解決策のヒントを広めていました。

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★今語られているピラミッド型組織からティール型組織への転換などの発想は、彼らのリゾーム組織分析から派生しているでしょう。このクルックフィールズもまさにリゾーム型というかオーガニック型組織です。そして、このような組織はたんに自然が循環しているだけではOne Earthの包括的な循環はできないのです。

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★自然と社会と精神の3つのそれぞれのエコロジーがタコツボになっているのではなく、すべてつながっている必要があります。自然が浄化できる以上のCO2を含む廃棄物は、欲望の資本主義にとっては歓迎なのでしょうが、それでは、自然と経済社会は乖離していき、そのはざまで貧富の差や健康被害を受け、それらの不安定さが、精神を疲弊させるというのは、すでに日常化している景色です。

★精神分析の臨床現場で、ガタリは問題を発見し、深く思索し、最終的にはエコゾフィーという哲学を生みました。「3つのエコロジー」が書かれたのは1989年です。ベルリンの壁が崩壊したときですが、まだそれは地政学的・地経学的な循環の発想で終わっていて、人間の身体・心・人間関係という包括的な精神の健康を蝕むことに社会全体が気づいていたわけではありません。

★21世紀になって、テロ、リーマンショック、トリインフルエンザの拡大、IT革命のバブルがはじけ、さらにCO2による地球温暖化がもたらす気候変動が身近な出来事として迫ってくるようになって、ようやく2015年SDGsという地球市民一人一人が自分事として行動しようというアクションが生まれて初めて、やっとエコゾフィー的な発想が可視化されてきました。もちろん、その動きはすでに1970年代にあったのです。私が敬愛するドネラ・メドウズとグロ・ブルントラントの活躍が始まった時ですね。同時代人のガタリが、それをキャッチしていなかったはずはないのです。

★今回非常におもしろいのは、かつて欲望の資本主義を生み出してきたのは官僚組織と企業組織だと言われてきたし、その問題を解決するのがNPOだという先入観が見事に覆ったことでした。ところが、このフィールドの運営は株式会社なのです。そして、自治体との協力や支援も大いに受けています。その会社というのは、小林武史さんが経営する株式会社とクロックフィールズを運営する株式会社によるのです。

★実はなぜ欲望の資本主義となるかというと、システム思考的には、化石燃料や多様な資源の収奪構造にあります。この構造は、先進諸国と途上国の格差によって成り立っていますから、この根本構造を変えない限り、SDGsは達成されません。今回のロシアのウクライナ侵攻が、世界的反動に向かうのではないかという懸念もあるし、本格的に化石燃料からの離脱を模索するのではないかという、両面の考え方やアクションがあるのは、化石燃料の問題性を見えるようにしていますね。

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★クルックフィールズのすてきなところは、株式会社が資本主義システムを活用する時、化石燃料からメガソーラーパネルをエネルギー源にしているということです。SDGsの流れで、電力を売ってもいますから、最近議論されているステークホルダー資本主義とか倫理的資本主義などの流れを実現しつつあると言えましょう。

★最近小さな街が、自然エネルギーで復活しているという例は世界中にあります。ただ、クルックフィールズのように徹底した循環システムを構築しているかというと、それはまだまだですね。それでも、部分的にでも循環型のコミュニティが地球上にできれば、やがてそれは結びつきますから大きな流れになると思います。

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★そうなると、2050年からバックキャスティングして社会を考察し、その社会を生み出す人材育成をする教育を議論している中で、SGTが見つけたクーポン制はおもしろいことになります。

★SGTが議論していた話は、メタバースを接続すれば、いわゆるDAO組織システムが回り始めるので、新しい通貨制度にむずびつきます。今でも、すでに、元MITメディアラボの所長伊藤穰一さんが、その流れのためのアクションを起こしていますね。そういえば、それも千葉県での話ですから、どこかで同じ県ですから結びつくかもしれません。

★自然と経済社会が結びついているのは、このフィールドを散策すればすぐに了解できますが、それとマインドがどう循環するのか?それは今回ファシリテートをしてくださったクルックの2人のスペシャリストの話から実感できました。

★彼らは、哲学を持ちだすと理解が遠のくので、楽しんで理解してもらうアートやテーマパークのような要素も盛り込んでいますと語ります。しかし、その前提には哲学があるから、そう語るのです。哲学がいらないのではなく、企業としてマーケットをつくるときに、哲学ブランディングはしないよといっているだけです。でも、その背景にはジョン・レノンや草間彌生さんのアートコンセプトにピンとくる哲学感性=エコゾフィーがあるわけです。彼らの哲学は、音と共鳴し、目で感じ、鼻で吸い込み、手で触れ、舌で味わうときに生まれる3つのエコロジーがつながる身体脳神経全体の開放系を実践する駆動力です。

★そこには、ガタリのエコゾフィーと共通するものがあります。緻密に循環システムをつくる数学的計算とサイエンス的な知識や技術をコンセプト化する、しかもそのコンセプトは、スタッフ間のディスカッションから最初は言葉で生まれてきますが、アウトプットの時には、体験型の五感を活用するものになっています。このロジックと感性のルビンの壺のような反転をしかけるは、すでにヴィトゲンシュタインが語る論理と言葉の哲学そのものですね。

★Z世代は、しかし、そんな古い昔の話からは出発しません。いまここに集中して、そこからその哲学に自分たちで一気呵成に行き着く能力があるからです。

★なぜなら、ガタリにしても、フィールドワークという現場の中で、行き着いたのがエコゾフィーです。ガタリしかできないというようなハードルを上げるのは、職業哲学者が創り上げてきたそれもまた欲望の資本主義システムの悪循環です。

★私たちは、誰もが、それぞれのペルソナをいかしたスペシャリストであり、仮にそれが今の世の中で経済にならなくても、自分たちで3つのエコロジーを結びつけて、そこに新たなエコゾフィー的な経済社会を作ればよいのだということになるでしょう。

★論より証拠、クルックフィールズが、牧場をエコゾフィーフィールドにトランスフォームして新たな価値を生み出し、新たな経済システムとして再構築しているのですから。

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21世紀型教育研究センター クルックフィールズで2050年からシナリオプランニング(1)クルックフィールズという特別でOne Earthな場で

★8月11日、12日、21世紀型教育研究センター(21RC)は、クルックフィールズで、SGT(Super Global Teachers)と共に、フィールドワーク&ワークショップ&ブランドアクティビズムを行いました。このプロジェクトには、18人の21世紀型教育加盟校のSGTが参加。クルックフィールズという開かれた循環型コミュニティのスペシャリストの協力を得て、いまここでと未来の教育・学校に想いを馳せ、いかに行動するのかイマジネーションやインスピレーションを拡張しました。

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★クルックフィールズは、木更津北ICから国道409号を経由し15分ほどで到着。私たちは、東京駅から高速バスで1時間半ほどかけて向かいました。降車したバス停からは、車で10分ほどでした。

★もともとは牧場で、東京ドーム5個分の広大なフィールドです。きれいな空気、水、大地、芸術がそこには完璧なまでに循環しています。人新生になって自然と社会と精神の循環をズタズタにしてきた人間です。ついに自然の浄化力に頼ることができなくなってしまった現代社会。SDGsに象徴される国際レベルの動きもなかなかうまくいきませんね。

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★ところが、ここクルックフィールズは、オープンは2019年ですが、2005年に株式会社クルックを設立して、野菜やコットンのオーガニックな手法によって、サスティナブルな消費経済社会や生活を模索してきたようです。そして、それを実際のアクションとしてクルックフィールズというコミュニティ(運営会社は、株式会社クルックフィールズ)をつくったのでしょう。

★水もビオトープ循環を使っているし、普通なら廃棄物になるはずの生ごみや枯れたり食に使わない部分の植物をすべてミミズや微生物などの力でたい肥や飼料に変換させています。

★クルックフィールズは、かつて牧場でしたが、その周りは深い森が続きます。したがって、イノシシが出没するのは当たり前です。そのイノシシも、ジビエで食するだけではなく、骨までも、細かくして、カルシウムとして、鶏に与えて、循環を生み出しています。

★この循環の象徴的アクションは、ペットボトル持ち込み禁止です。数か所設置されているウォーターサーバーから、マイボトルにに水を汲みます。サスティナブルな自分というブランドを実感するには、このようなアクションが最適だというわけですね。

★そして、サスティナブルというキーワードからわかるように、クルックフィールズは、同時にOne Earthとしてのフィールドです。このフィールドは地球全体から見れば小さいですが、ここで行われている循環こそ地球全体が20億年以上前からゆっくり時間をかけてつくってきた循環そのものです。それから、このフィールドのコンセプトは、ビートルズの「ストロベリー・フィールド フォーエバー」からヒントを得たということです。なるほど、代表の小林武史さんがプロデュースしているはずです。

★この歌は、ビートルズの転換期を象徴する歌ですね。そしてサスティナビリティという言葉が世界に広まったのは、やはり2015年です。株式会社クルックが、運営会社を創るのも、この2015年の人新生パラダイム転換と共振したのでしょう。

★参加したSGTは、いまここで、地球全体に想いを馳せる、アナロジー・インスピレーションを溢れさせながら、現実においてどんなアクションをしていくか対話を深めていました。

★今回のSGTのプロジェクトをプロデュースしたのは、21世紀型教育研究センターの主席研究員の児浦先生(聖学院)、田中歩先生(工学院)、主任研究員の新井先生(和洋九段女子)、染谷先生(文化学園大学杉並)です。事前の準備会議は、濃厚でした。このフィールドを見つけてきて、現地でもスタッフの方と小まめに対話しながら運営をしてくれたのは、染谷先生でした。そして、事務局として、21世紀型教育機構の理事鈴木さんが支援しました。

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(児浦先生)

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(田中歩先生)

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(新井先生)

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(染谷先生)

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(鈴木さん)

★研究員の先生方を中心に、学校を超えた開かれたSGTコミュニティが、着実に広がっています。もちろん、開かれていると言っても、今のところ、ペルソナの相互リスペクト、グローバルゴールズを共有するパーパス、「思(い)考(える)」ことを大切にしてアクションを起こしていくという点において、同じ意志を共感できるということが前提です。

★そのうえで、各学校の3ポリシーが循環し、共鳴音を放てるような企画も同時に進めていくわけです。

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2022年8月10日 (水)

ウェルビーイングを今の教育で持続可能にするためには、ウェルビーイングをリフレーミングできるかどうかだが。(3)イノベーション行為と制度設計

★ウェルビーイングを生み出すには、どうしてもイノベーションを創発するアクションが必要になります。イノベーションとは、人々が困っている状況を変容させる行為だし、そもそも自己変容する行為そのものです。そして、おもしろいのは、このようなイノベーションアクションを起こす人は、制度設計も自由を大切にするようにルール変更していきます。

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★本シリーズでは、ウェルビーイングをメンタルモデルや自由、お金の側面から考察してきましたが、実は、イノベーションアクションに注目するのが解決力があるなあと、今感じています。

★イノベーションアクションとは、ICTを自在に使いこなすというのもそうですが、ルールを変更するとか、プロセスを変更するとか、表現方法を変更するとか、デザイン思考が得意としているようなアクションです。

★また目に見えなかった諸関係をループ化し、根本問題を探し当て、それを解決するループを生み出すシステム思考もイノベーションアクションでしょう。

★メンタルモデルは、その行為が出来る自分かどうかをモニタリングするうえで重要でした。自由とお金は、イノベーションアクションができるチームや組織、社会、国、世界であるかどうかをモニタリングするうえで必要でした。

★そのモニタリングは、アップデートだとかアップグレードだとか、パラダイムチェンジだとか、いろいろな呼ばれ方をしますが、要はトランスフォーメーションを生み出すというエンジンですね。

★その意味では、イノベーションアクションは、最強のエンジンです。森で伐採をしているときに、理科で習った植物の繊維の性質を想いだし、新結合すると「木の電池」が生まれます。レアメタルを使わないし、カーボンニュートラルだし、環境にやさしいかもしれません。SDGsで学んだ情報や知識が、伐採行為時に急に新結合して、新たな発想が生まれます。

★鉛筆の芯などの黒鉛の分子配列とダイヤモンドの分子配列は、平面か立体かの違いはありますが、同素体です。その平面と立体のモデルを眺めている時、トポロジーという数学的発想が結合します。すると、サッカーボールのような形になったら、その中に薬を入れて、体内の患部にダイレクトに投与できるなあと発想が生まれます。実際、ナノテクノロジーで化学反応を試してみたら、新物質フラーレンができてしまったという話は有名ですね。これもイノベーションアクションです。

★この発想を現実化するためには、ICTは必須ですが、イノベーションアクションがあるからこそ、ICTは力を発揮します。そして、同時にICTもアップデートします。それは、製造業で、特注の部品をつくるとき、治具(jig)を新たに創る必要があるのと同じです。この治具の技術は、日本固有のもので、世界で高い評価を得ていますね。

★イノベーションは、こうして横断的だし、越境的で、一点をとってこれがイノベーションだということはないのです。

★それにしても、文理融合とはよくいったもので、ここで述べた事例でも、アナロジーというレトリック思考が稼働しているのがわかります。

★イノベーションアクションは、かくしてシステム思考、レトリック思考、数学的思考、アート思考などの結合を生みだします。

★このような各思考の結合の学びをシン・リベラルアーツと呼びたいと思います。IBのCAS、EE、TOKは、ある意味、シン・リベラルアーツの仲間ですが、地球市民全てが学べるプログラムにはなっていません。

★私たちは、すべての地球市民が学べるシン・リベラルアーツを共有できることを目標にしたいと思います。教育や学びがシン・コモンズになるとウェルビーイングは拡大します。その拡大は、真理であり、真理は自由を持続可能にするでしょう。

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2022年8月 9日 (火)

石川一郎先生のYahooコメント ギフテッド教育をテコにラディカルな教育改革を提唱

★朝日新聞(8/7 11:00配信)<飛び抜けた能力、なじめない学校 文科省「ギフテッド」の子を支援へ>の記事を受けて、Yahoo公式コメンテーター石川一郎先生が、またまたラディカルな発言をしています。

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(日本中の学校を風の如く飛び回りアドバイスをしている石川先生。お忙しいにもかかわらず、GWEにも出演して頂いています)

★朝日新聞は、文部科学省の昨年7月に立ち上げた有識者会議がまとめた「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する指導・支援の在り方等に関する有識者会議 審議のまとめ」を公開したのをうけて、同記事をリリースしたわけですが、おもしろいのは、文部科学省は、2EあるいはGDF(発達障害と才能を併せもつ「2E」:twice‒exceptional、「不協和感のある才能児」「GDF」:gifted child with discordant feelings)の子どもを対象にする議論をしていて、いわゆるギフテッド教育の話ではないときちんと分けているにもかかわらず、あえて、「ギフテッド」という用語を採用しています。

★この意図を織り込み済みで、石川先生は次のようなコメントを公開しています。

 そもそもギフテッドの子たちは、教師には指導できません。「指して導く」のは不可能なのです。ここを自覚しないと前には進まないのです。だからギフテッドなんです。やって欲しいのは、ギフテッドの子たちを無理に教室に入れることでもなく、カリキュラムを消化することでもなく、存在を認め、ある意味自由に振る舞えるようにすることです。これ実は急務と強く思います。

★有識者会議のメンバー松村暢隆さん(関西大学恵美代教授)によると、最近ではアメリカでは「ギフテッド」という言葉は使わないようです。おそらく人権の問題が背景にあるからでしょう。

★ですから、朝日新聞や石川一郎先生は、ギフテッドということばを一般的な才能者という広義の意味で活用されているのでしょう。というわけで、上記のコメントの「ギフテッドの子たち」を「才能者」に置換えると、今の教育で「才能者」は育たないよと。だから、存在を認め、自由を確保することだよと。すると「才能者」は生き生きと才能を発揮するのだと。

★石川一郎先生は、誤解はしないでほしいけれど、普通の子とギフテッドの子を分けて話をしますとコメントを始めています。ここが高等戦術ですね。普通の子ってどこにいるのと思う読み手も出てくるでしょう。そこが、短いコメントで仕掛ける石川先生の妙技です。子どもたちのそれぞれの存在は当然認めるわけです。と、すべての子が才能者です。

★したがって、石川先生のコメントはギフテッドの子に限定して教育を語っていますが、その限定は、読み手によっては外れるわけです。となると、このコメントは途端にラディカルになります。

★こんな感じで、飄々と全国の学校でアドバイスをしているのでしょう。いつの間にか、ラディカルな改革の風が日本中に吹くという戦略ですね!

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2022年8月 8日 (月)

ウェルビーイングを今の教育で持続可能にするためには、ウェルビーイングをリフレーミングできるかどうかだが。(2)自由とお金

★ウェルビーイングを生み出し、持続可能にすることは、とても難しい。個人がウェルビーイング状況にいても、他者がそうでない場合、果たしてそれはウェルビーイングか。というようなシンプルな問いにすら解答することは難航します。まして、それがチーム、組織、社会、世界となるともはや解き得ぬ謎でしょう。にもかかわらず、ウェルビーイングを追究せざるを得ないのも私たち存在の不思議です。いずれにしても、ウェルビーイングという雰囲気は現状の何か辛いことからの解放やシフトから生まれることは古今東西から共通しています。となるとウェルビーイングをつくる自由が問題となりますね。自由を意識しなければ解放アクションは起きませんから。

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★「政治的自由ー政治的規制」軸と「経済的自由ー経済的規制」軸で「自由座標」を考えるのは、多くの人が描いています。政治的自由は、制度が制約になるのではなく、自由を保障するセキュリティネットを広げる制度設計をする国や自治体、組織の機能です。政治的規制は、公平性などを保つために自由を制約せざるを得ないという機能です。

★経済的自由とは、互いに自分の欲求を満たすものが、それが精神的なものであれ物質的なものであれ、手に入る状況です。近代社会は互いの交換を媒介するのは「お金」です。経済的制約というのは、その欲求が理にかなったものでなければならないという制度設計です。たとえば、他者の身体をお金で買うことはできません。それは互いに欲求するのではなく、一方的な支配になり、自由を奪うからです。

★また、自由市場機能を停止させる行為も規制されますが、これは経済的自由を保障するわけですから、政治的自由同様、経済的自由の機能に入るでしょう。

★かくして、「自由」とは物質的なものではなく、身体神経系を含む精神的なものの領域に入ります。しかし、ここに「お金」が絡みます。

★「お金」を忌み嫌う学校関係者もいますが、「お金」は大事です。なぜ忌み嫌うかというと、学校がお金を儲けることがなかなかできないので、その正当化の権威システムを無意識のうちに形成しているというのが本当のところです。

★ところが、塾は「お金」を儲けなくてはなりません。補助金が定期的に支払われるわけではないわけですから。

★ここに学校と塾の大きな違いがあるわけですが、学校経営者の中には、教育への自由を保障するために、学校と塾のラインを多少越境しようという慧眼の持ち主もいます。

★時は金なりですから、「時間」の無駄をなくす制度設計は、お金にも換算されます。しかし、目に見えるお金を出すという創意工夫がやはり必要です。

★生徒獲得の確保は、意外と重要な創意工夫です。この生徒募集には、いろいろな創育工夫ができます。これによって、私立学校の場合は、公務員よりは少し高い給料を支払えるということになります。もちろん、手当の工夫も大事ですが、それはあくまで生徒募集の創意工夫がうまくいっているからこそできるわけです。

★とはいえ、学校も資本主義経済の循環の中に組み込まれています。結局、学校組織内での創意工夫だけでは、満足がいくかどうかは、今は、各個人のメンタルモデルや自由観に任されているのが現状です。それも自由と言えば自由なのですが。

★この社会のシステムと学校のシステムのギャップの現状をどのようにとらえ、どのように変えるのか変えないのか。それは少なくとも開かれたままにしておくことがウェルビーイングを持続可能にする最小限の制約でしょう。

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2022年8月 7日 (日)

ウェルビーイングを今の教育で持続可能にするためには、ウェルビーイングをリフレーミングできるかどうかだが。(1)メンタルモデルの場合

★パンデミックと働き方改革が重なって、ここにきてウェルビーイングという言葉やそれについての政策が注目されています。すでにOECD・PISAや世界経済フォーラムから幸福度などを可視化するデータがでたりして、話題になっていました。というより、自分や社会の幸せについて感じたり考えたりしない人はいないはずです。よほど、幸福でないシステムが出来上がり、幸せを感じない日々を送らざるを得ない日々になっているのかもしれません。

Mental-model

★ウェルビーイングは、かなり主観的なもののように思われています。しかし、主観はそう感じる「何か」がないと生じません。その「何か」に対し、どう感じそれにどう立ち臨むのかは、無意識の中にある精神的な駆動力が関係しているとよくいわれます。ああ、それからその「何か」をどのように認識するか、どんな思考力が働くかもポイントです。

★世にある多くのメンタルモデルについての分厚いテキストは、しかしながら、メンタルモデル座標の第3象限でかたられがちです。まるで、世界は自分のために信念をもち、まずは自分のことをどう思いどう行為する人間なのかが大事なのだという指標と自分より大きな存在があるかもしれないが、そんなものは自分には関係ないという指標に囲まれた第3象限があたかも世界のすべてだという設定です。

★したがって、ここでは、トラウマが満ちています。そこから抜け出ることがウェルビーイングなのだという論考が多いですね。偏差値はそのわかりやすい事例です。勝ち組負け組というトラウマシステムをつくり、勝ち組同士でル・サンチマンを働かせ、格差の中で失望や絶望を募らせていく人々を生み出すシステムです。トラウマは、その前提が孤独なのです。

★しかし、私たち人間は、自分では光を見ることもできないし、音を聴くこともできないのです。五感はすべて外界との循環のプロセスにつながっているのです。孤独を社会も自分も正当化している第3象限は、世界のすべてではありません。

★したがって、その循環から隔離されている状況認識や判断をせざるを得ないシステムからまず解放されることが肝要です。

★それは、認識や判断や感性のシステムなので、学びによって解放への光が見えてきます。しかし、その学びは、一方通行型授業では見えてきません。むしろ強化されさえするのです。だから、PBLなどのディスカッションやワークショップを活用する授業を拒否することは、その第3象限に生徒を閉じ込めておきたい、労働者を閉じ込めておきたい、雇用者を閉じ込めておきたい「何か」の力が働いています。権力者すら第3象限に閉じ込めらています。

★ですから、トラウマという第3象限が世界のすべてであるという正当化システムが、そのトラウマ発生装置となっているのです。トラウマは、憎悪と嫉妬と羨望といったル・サンチマン発生装置であり、それを撃退するために教育がある、入試がある、多様な社会システムがあるのだということになっていくわけです。

★第3象限内の負のループというシステム思考。しかし、システム思考はそのシステムがネガティブなシステムでそれをポジティブにシフトするという正当化システムを見破るメタシステム思考の次元も持ちえています。

★トラウマから解放されることを信念としていると、そのメタシステム思考ができず、せいぜい社会システムのせいにして終わる可能性があります。

★そして、ウェルビーイングは主観的な要素が大きいですから、ネガティブな状況が少しでもプラスに転じればポジティブに感じるのです。相対主義の罠というやつですね。でも第1象限から見ると、その状況はネガティブにしか見えないかもしれないのです。これもまた相対的なものにすぎないかもしれませんが。それにしても、すでにことわざに、五十歩百歩とかもっと強烈なものがありますね。

★社会的存在として人間のメンタルモデルは、どれが正しいというわけではないのですが、複数の象限に立っている人同士が語り合う場が必要です。それができないのは、社会システムにもちろん問題がありますが、学びは、システムから自律できます。自分の言動がどのようなシステムの影響を被っているのかクリティカルシンキングを作動するトレーニングはすでに欧米では行われています。

★世界標準を参照する必要があるのは、日本の教育や社会が第3象限に陥没しているのではないかということをモニタリングするためでもあります。そのために英語とリベラルアーツが初等中等教育段階で必要なのです。

★メンタルモデルのリフレーミングをまずはするとよいのですが、そのために英語とリベラルアーツが役に立つのです。この1歩が、ウェルビーイングの希望の光を放つ拠点ですが、ここだけでは、まだその光は弱いのです。まだまだリフレーミングをする領域はあり、そこから希望の光を放ち、それぞれの光を束ねてパワフルにしていってようやくウェルビーイングの話が現実味を帯びてきます。

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GLICCの成果の背景にあるシンプルな未来の学び~英語とリベラルアーツをセットで学ぶ

★先週金曜日、GLICC代表鈴木裕之さんと対話しました。この番組はもう90回目(GLICC Weekly EDU 第90回「English & Liberal Arts ー GLICCの成果の意味」)を迎えました。視聴者数は、10,000人を超えています。一見すると受験番組のようですが、実際には、その背景にある「新しい学び=未来の学び=well-beingの作り方」を、鈴木さんが主宰して仕掛けているわけです。私もお手伝いさせていただいていますが、ゲストの先生方にいつも学んでいます。鈴木さん、先生方、本当にありがとうございます。

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★さて、8月は、夏休みに入っていますから、だいたい鈴木さんと二人で対話していきます。今回は、GLICCという他の学習塾にはない特徴的な学び、ある意味で日本の一般的な学校以上に世界の学校に近いプログラムが展開していることについて語りました。

★もともと帰国生・国際生の帰国生入試のサポートに絞って学びの拠点を作ってきたということがあるため、学びは初めから世界標準でした。

★日本の一般入試は、日本標準ですから、そのまま世界に通用するわけではありません。

★海外の高校生が海外の大学にアプリケーションを出す時、国内ルールは適用されません。日本の中学から大学までの帰国生入試も、最近は世界標準に合わせています。

★そして、国内の生徒向け入試においても、中学入試における新タイプ入試、県立高校の独自入試や推薦入試、大学の総合型選抜は、世界標準に接近しています。シェアでいえばまだまだ一般選抜と比べて少ないのですが、30%くらいには成長する領域だと思います。

★帰国生入試自体は、帰国生人口がそれほど多くはないですから、3%くらいかもしれません。

★それでも、GLICCとしては、十分にビジネスになるわけです。ニッチというのか、知的ピーキーというのか、マーケティング的にはどう表現するのかわかりませんが、未来志向の関心度が最も高い市場です。

★しかも、ここに集まる受験生の文化的・地政学的・地経学的メンタルモデルの背景は、民主主義と資本主義です。そしてこの2つの主義のジレンマやトレードオフをいかに解決するかクリティカル&クリエイティブシンキングを前提にしています。

★GLICCは、このような未来志向型人材にとって、最重要な学びを提供しています。

★それが、英語とリベラルアーツです。GLICCの扉を開けば、そこは英語が公用語になっています。スタッフはネイティブスピーカーか帰国生、留学生です。鈴木さん自身、シンガポール、香港、オーストラリアなどで仕事をしていたわけです。

★リベラルアーツの授業も当然英語です。

★ただ、小論文対策は、帰国生入試では、日本語を使います。それに中学入試の思考力入試のようなリベラルアーツバージョンの入試は日本語ですから、部分的に日本語も使っています。日本語が部分的だという何気ない空間こそ、実は世界標準です。

★特に英語の飛び交空間を作ろうとしたというのではなく、帰国生の入試がそういうものだからというだけのことだと、鈴木さんは、謙遜して言います。いつの間にかできたかのごとく語るわけですが、はじめから世界標準でサバイブする生徒を支援する学びの拠点を構想してきたわけです。

★それがいよいよ帰国生入試以外にも広まっているわけです。GLICCにとっては、3%から33%に市場は広がったわけです。シェア30%ととなれば、ビッグカンパニーですね(微笑)。英語とリベラルアーツ。古くて新しい学び。それは世界標準の学びですね。今後のGLICCへの期待が高まります。

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2022年8月 6日 (土)

日本私学教育研究所 新たな時代の働き方改革を目指して~組織マネジメントと法務の視座

★昨日、大手町プレスカンファレンスセンターで、「法人管理事務運営部会」(主催:一般財団法人日本私学教育研究所/後援:日本私立中学高等学校協会)が開催されました。テーマは「新たな時代の働き方改革を目指して~組織マネジメントと法務の視座」。同研究所理事・所長の平方邦行先生と同部会の専門委員長の工藤誠一先生(聖光学院&静岡聖光学院の理事長・校長)が全体のかじ取りをされていました。

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★平方先生は21世紀型教育機構の理事長だし、工藤先生も同機構加盟校の静岡聖光学院の理事長・校長ですから、プログラムの合間で、お二人のお話を伺い、理想と現実のギャップを埋める戦略・戦術のヒントを頂きました。

★もちろん、当日のプログラムもしっかり参加しました。愛媛大学大学院教育学研究科の露口健司先生の講演及び京葉船橋法律事務所パートナー弁護士の石垣正純先生の講演をじっくり聞きました。そして、それぞれの講演会の後に設定された分科会でも眼を開き傾聴しました。

★勤務校の聖パウロ学園の規模が他校に比べてあまりにも小さかったため、他校に役立つ情報を提供できませんでした。一方的に有益な事例情報をゲットさせていただき、申し訳ないと思いました。本当にありがとうございました。

★私の分科会の座長は工藤先生でしたから、いかなる制度的壁があろうと、その制約内で創意工夫をして切り抜ける実現力の凄まじさに、なるほど聖光学院が神奈川でナンバー1のポジショニングを得るばかりでなく、日本でももはや5本の指に入る私立中高一貫校に急成長したはずだと大いに合点がいきました。

★そして、各学校の変形労働時間制の多種多様な工夫とその苦労の事例は、その場でしか情報交換できない濃厚な内容でした。

★経営面、法務面の現実的な事例研究を通して、いかにリスクマネジメントできる組織にし、かつ教員や生徒がウェルビーイングを感じ高めていくかというジレンマ問題は、1人では解決はできません。やはり、このようなコミュニティシップが必要です。全国から集まった校長、事務長など70名弱の方々と情報をシェアできる機会を頻繁に設定し企画運営する日本私学教育研究所のスタッフの方々には頭が下がります。

★そして工藤先生には、シンプルでかつパワフルな現実化力(スーパープラグマティストです)を学べました。とはいえ、私は理解できただけで、とても実現する力はないなあと反省です。

★さらに平方先生とは、またまた先を行くアップグレードな教育力の戦略構想について伺うことができました。お手伝いならできるかもしれません。この夏は、多くの方と対話とディスカッションを繰り返す時を過ごせそうです。

★勤務校からは企画戦略室室長の伊東先生も参加しました。変形労働時間制とウェルビーイングの関係について、マトリクスで整理しながら、トレードオフの部分をいかに解決するか、それぞれ別の電車で帰途に就いたので、lineでやりとりしながら対話を深めました。今二人の創っているシン・リベラルアーツは、意外とその解決策になるかもしれないと。コスパもなかなかいいし(微笑)。対話から生まれる真理は私たちを自由にするわけですね。

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2022年8月 3日 (水)

現代化リベラルアーツ(2)いまここで体験は壮大で問いはコンパクトで

★シン・リベラルアーツは、実にコンパクトなPBLなのです。森羅万象はダイナミックに動いていますが、それをいまここで体験しているのがZ世代です。探究ツアーももちろんいいのですが、いまここで、起こっていることは、ローカルでだとしてもOne Earthにかかわることです。球体というのは、ある一点をとっても、すべてにつながっていますが、それを感じることができるのが、このパンデミック、ウクライナ、気候変動に見舞われているいまここでなのです。

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★耳を澄ませ、目を閉じ、それだけでもうマインドフルネスを超えて、One Earthの鼓動が響いてくることでしょう。

★それが、シン・リベラルアーツのセンスですね。

★PBLやシステム思考やメンタルモデルなどなど、今行っている探究やアクティブラーニング、ワークショップだとかの歴史的原点は、ルソーだとかデューイだとかピアジェだとかいろいろですが、現代的原点は、なんといってもドネラ・メドウズです。ピーター・センゲはそのリソースを継承し発展させていますから、私はセンゲをかなり参考にしてきましたが、最近ドネラに還っています。

★生徒も中学の時に、「もし村」をやったといいつつ、再び見ると、なんてシンプルなのに、深いのかと感動するセンサーを稼働させています。ドネラは、この本の中で、貧しい人びとが幸せになるためには、金持ちになる必要はないと語ります。たった5つのことがみたされればよいのだと。

★コンパクトな5つですが、その広がりは壮大です。その5つとは何か?ぜひ同書をお読みください。

★パンデミック、ウクライナ、気候変動の問題がすべて解決できる5つです。

★その5つのことがいかにしたら可能か?シン・リベラルアーツのサイクルが渦をつくって深堀していきます。

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2022年8月 2日 (火)

現代化リベラルアーツ(1)志望理由書や面接、小論文の肝

★9月から11月の期間が、推薦型入試、総合型選抜がピークになります。9月から出願がはじまりますから、今月は、受験生は志望理由書や面接、小論文の準備に集中しています。

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★この時期、受験生にアドバイスする機会が多いのですが、結局現代化リベラルアーツ(シン・リベラルアーツ)の関係性が具体的にどう形成されているかについて受験生がどう語っているかの問答になります。

★このシン・リベラルアーツの形成の過程でどんな知識(暗記型習得ではなくシン・リベラルアーツ型習得)を吸収しているのか、どんな体験で強化されたのか、その結果どう自己変容したのか問答になります。

★それは志望理由書でも面接でも小論文でも結局は同じです。

★そして、要はやはり「信念」です。その信念が開放性と善なるものであれば、社会課題へのアプローチは多角的かつ柔軟です。システム思考が稼働するにも、信念ドリブンは大事ですね。

★何よりその「信念」を抱くに至った理由を問答していくと、そこに自己変容のシステム思考が現われます。

★ここでいう「信念」は、結局は自分の行動や判断、思考の駆動力となる無意識にあるメンタル・モデルの可視化されたものです。

★志望理由書や面接の準備の段階で、このメンタル・モデルの可視化とその自己変容が明らかになるわけです。

★ときどき勝ち組負け組の価値観による自己肯定感の喪失感を回復するリジリアンスを生み出している受験生に出会い、感動します。自らパラダイムを転換させているのですから。

★推薦型入試や総合型選抜の準備を2年生頃から始めていると、その効果はかなり大きくなります。それには教師の情熱と愛が極めて重要ですが。

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2022年8月 1日 (月)

聖パウロ学園 カトリック学校対象の大学入試に向けての講座(了)根源的なるものと自己~モジュール型システム思考

★最終回は、ロジェ・カイヨワの「戦争論」を100分で解説しているNHKのテキストを使いました。カイヨワと言えば「遊びと人間」が有名ですが、この背景には「聖なるもの」の眩暈があります。「聖なるもの」は、カイヨワのライフテーマだと思うのですが、この「戦争論」でも取り上げられています。

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★もちろんこの「聖なるもの」について、カイヨワはキリスト教的な「聖なるもの」を前提にしていません。文化人類学や社会学、あるいは神話学的な発想を前提にしています。もっともイエスも十字架にかけられていますから、神話や文化人理学で扱われる「聖なるもの」の行方と共通はしています。

★それはともかく、カイヨワの「戦争論」は、従来の「戦争論」とは違います。なぜ戦争が起こるのかその根源的な問題を考察しています。その象徴としてギリシア神話の軍神マルスと女神ベローナを持ち出しています。

★従来の戦争論は、軍神マルスが主人公でしたが、カイヨワは、むしろ女神ベローナの側面を強調しています。

★これは、ニーチェのアポロとディオニュソスの関係にも似ているし、J.J.ルソーのヤヌスの側面的な発想にも似ています。

★かように根本問題は、葛藤やジレンマ、トレードオフ、パラドクスというレトリックで表現せざるを得ない「聖なるもの」が横たわっているようです。

★パウロ生は、そこまでの議論は時間上できませんでしたが、それぞれに戦争が起こる根本的理由を掘り下げていました。今回のウクライナの問題にも通じることも確認できました。

★前日に、EWP(Ecosystem of Wicked Problems)のループ図を深堀していましたから、戦争についても同様に深堀していきました。

★そのとき、生徒は、ループ図を書くのではなく、ランダムに書き込んだポストイットを並べ替えたり(順序づけや重みづけ)、不足のものは、新たに挿入したり、不要のものは削除したりしていました。

★根本的な理由を「ル・サンチマン」や「権力システムの暴走」という感情面と制度面からは、具体的には違いますが、構成上は共通した捉え方をしていました。

★そこを考えているうちに、そのル・サンチマン的感情はどうして起こるのか?なぜ「権力システムの暴走」は起こるのか?についてさらに考えていました。権力の正当化システムやそれに対抗する人権の本来的な意味など広がりもありました。財源や資金はどうするのかなどなども。

★したがって、ループ型のシステム思考というより、ポストイットを並べ替えたり削除挿入するモジュール型のシステム思考でした。分解と統合を繰り返していたわけです。

★このように根源的な問題が生まれる理由について、「順序づけ」「重みづけ」「挿入と削除」「分解と統合」、これによって最終的に自分の感情や考え方が「自己変容」していく体験をしたわけです。

★レトリック、モジュール型システム思考、数学的発想、アート発想によって、自らの信念と反する根源的な問題を洞察すること(現代化リベラルアーツ)ができる自己をモニタリングできた講座になったと思います。

★6回という短いプログラムでしたが、自己変容へ向かって現代化リベラルアーツを稼働させられる生徒が目の前にいました。今回は「宗教と現代社会」でしたが、「〇〇と現代社会」で、いくらでも現代化リベラルアーツプログラムを作成できることに気づかせてもらいました。感謝です。

★そしてこれからが、本番です。がんばれ受験生!

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聖パウロ学園 カトリック学校対象の大学入試に向けての講座(7)根源的なるものと自己~システム思考で根源に迫る

★クリスチャン・サーカーとフィリップ・コトラーというコンサルタントが、Ecosysytem of Wicked Problems(EWP:邪悪な諸問題の生態系)というループ図を描いています。二人は、今までは、マーケティングや大企業の視点で経済の生態系を回してきたけれど、これからは社会の諸問題を解決する駆動力を発揮する団体がブランドを有すると。

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★それゆえ、この邪悪な問題ばかりの負のシステムループを善なるものに変えることがパーパスになるのがこれからだと。経営学のパラダイム転換をぶち上げているわけですね。この問題意識を根源的な諸問題にまで深めあるいは高め、それらが、人間の根源的存在を脅かしていることがわかれば、その負のシステムを作っている結節点を1つひとつオセロのようにひっくり返していけばよいわけです。そんなワークショップをしました。

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★このEWP全体をひっくり返そうなんてしないで、まずは自分が進みたい道の行く手をふさぐ問題に注目していきました。生徒それぞれ違いますから、1人の力ではどうしようもありませんが、協働すれば希望はあるということも対話できました。

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★ところで、このEWPは、英語だと翻訳するのに時間がかかるので、すでに神崎史彦先生の本の中で翻訳されているものを活用させていただきました。使う許可を頂きました。ありがとうございます。

★サーカーは、いろいろな領域ごとのもっと詳細のループ図を作成しています。ですから、生徒もこのEWP図をみて、サーカーのように自分の関心のある問題を深堀していきました。

★非常に深く問題をとらえることが出来たと思います。深ければ深いほど、その問題解決は表層的ではなく、深層的なものになります。深層性は、大きなパラダイム転換やイノベーションのエネルギーになるでしょう。

★不思議なことに経済や経営でも、昨今の市場競争は「関心の質の競争」だと言われています。SDGsを深層でキャッチし、社会課題によって利益も同時にあげていく企業活動。まさに新しい資本主義のあり方ですね。

★マーケティング・ドリブン→コーポレート・ドリブン→ソサイエティ・ドリブンとなってきたわけですが、問題関心の質の競争となると、実は現代化リベラルアーツ・ドリブンによる新しい経済や統治組織が生まれてくるのです。

★高3のパウロ生と学びながら、「君たちの出番だよ」と心の中でつぶやきました。がんばれ受験生。

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聖パウロ学園 カトリック学校対象の大学入試に向けての講座(6)根源的なるものと自己~メタファーは学際知の視点を生み出す

★カトリック学校対象の大学入試を受験するからといって、みんなが神学部を志望しているわけではありません。経営だったり哲学だったり文学だったり法律だったり教育だったりするわけです。神学部を除いて、志望理由書に聖書の言葉をダイレクトに引用する必要もありません。ただ、カトリック精神を受け入れているあるいは親和性のある体験や発想、信念などは必要です。

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★最近では各教科が社会課題にどう接続するか意識をしているように、宗教でも同じです。知識ベースの学びだと現実とのつながりはどうしても希薄になります。それゆえ、自ずとワークショップ型になります。

★単純に体験ということですね。しかし、同じ体験をしても、感じ方も考え方も生徒によって違います。そしてそれでよいのです。その違いこそ、大学に行って研究したいとか学びたいと思う方向性の種なのです。

★ですから、今回聖書物語の過ぎ越しのシーンを題材に、それぞれの場面は、どんなアプローチで解読できるかなという問いを投げました。長方形のポストイットに、ここは文化人類的アプローチがいいんじゃないかとか、神話学だろうとか、新しい資本主義の種があるねとか、物語の構造のリマインダー機能が頻繁にあるのが聖書だったのかとか、ジェラシーと権力の関係がすごいね、やはり歴史とか精神分析とか心理学的アプローチも可能だとか、神学以外のアプローチを生徒はポストイットに書き込んでいきます。

★学際的な視点がたくさんでていました。聖書はメタファーの塊ですから。しかし、神学的にどう読むか?それは私にはわかりません。だから、このような学びは神学者や宗教の先生に叱られるかもしれません。

★しかし、自分の視座と視点でまずは解読する自由が、これからの宗教と現代社会の関係を理解していくには、必要です。その過程で、アップデートしていけばよいのです。世界のキリスト教信者は、30%シェア程でしょうが、クリスマスについて知っている人はもっと多いでしょう。

★でも、その方々がクリスマスの神学的読解をしているとは限りません。いやほとんどはしていないでしょう。でも、カラシダネはそこからです。

★使徒パウロも最初はキリスト教徒を迫害していたのです。彼の中で、パラダイム転換が起こる奇跡があったわけですが、そんな奇跡を私たち人間は起こせないのです。起こせるかもしれませんが、起こそうと思ってできるものではないのです。

★ただ、真理への追究への自由は欲しいですね。そのための駆動力として現代化リベラルアーツは役に立つと思うのです。メタファーの解読もその一つです。

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聖パウロ学園 カトリック学校対象の大学入試に向けての講座(5)根源的なるものと自己~リベラルアーツの現代化

★今回の講座は、数学科の伊東先生とコラボしています。なぜかというと、私たちが考えるリベラルアーツの現代化を掘り起こすためです。PBLとか探究とかは、確かに大事です。私たち勤務校でも、わりと日常化しています。しかし、各教師が創意工夫をして行っている段階です。それはそれで間違いなくよいことです。教育におけるこのようなDAO的な組織の動きは、≪Z世代≫の生徒や教師(勤務校の教員はZ世代及びそれに近接している世代が多いのです)にとっては元気がでるはずですから。

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★ただ、もし共約できるベースがあればどうでしょう。もしかしたら、さらにシナジー効果が生まれるかもしれません。それで、数学科のメンバーで、まずは自分たちの教科における数学的発想やセンスはどんなものか、それをいかにして生徒が身に着けることができるのかについて、ずっとミーティングを行ってきました。

★その中で、伊東先生とは、探究ゼミなどでコラボしていたこともあって、その発想やアイデアは、教科を超えて共通しているのではないかと互いに気づいたのです。

★協働して行うワークショップでは、ポストイット、どこでもホワイトボード、図や写真、プレゼンテーションパターンカードなど複数のパターンカードをツールとして使ってきました。すると、生徒の表現の中にはアートの領域に達するものがありました。

★この行為は、まさにアートだったのだと気づきました。

★また、写真や図をトリガーに社会課題や心理システムを解読するワークショップは、メタファーやパラドクスなどのレトリックを生徒は駆使します。ああ、これは、まさに古典的なリベラルアーツから続いている言語活動だなと。

★社会課題を見出す場合、特にSDGsの切り口でアプローチする場合はどうしても多くなります。SDGsはベースがシステム思考です。あのループ図で見える化されている有名な思考方法ですが、ループを使わなくてもポストイットで結構できてしまうということにも気づきました。

★一般のものは、ループ型システム思考とし、私たちのはポストイットを使ったモジュール型システム思考だとし、区別ができるなあと思っています。

★で、やはりパーパスやミッション、ビジョン、コンセプトは必要です。これを包括的に「信念」と呼んでいます。

★古典的リベラルアーツは自由7科で、3つの言語系は、レトリックにまとめられると思っています。2つの数学系は、数学的発想にまとめられると思います。音楽は、もっと広くアートで行けると思います。天文はシステム思考の塊の学問ですね、それから天文は信念を生み出すマインド的側面もあります。

★かくして、リベラルアーツの現代化は、上記の図のような感じになると思います。

★各教科、宗教でさえも、この現代化リベラルアーツをベースに学ぶことができるのではと確信しているわけです。

★今回、全6回(各90分)の講座でした。探究ゼミにかける時間の半分以上の時間をかけましたから、手ごたえも感じています。7回目以降は、彼らはカトリック系の大学に出願し、本番を迎えます。根源的なるものと自己の関係性に思いをめぐらしたことや、小論文やプレゼンテーションの大地を耕したことは、役に立ってくれることと期待しています。

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2022年度21世紀型教育研究センターの活動始まる。アップデート×アップグレード

★昨日、21世紀型教育研究センターの2022年度の活動のためのキックオフミーティングがオンラインで行われました。同研究センターは、毎年SGT(スーパーグローバルティーチャー)の研修を行い、昭和世代の教育をZ世代の教育にパラダイム転換する21世紀型教育を創出していく人材育成を着々と進めてきました。

★視聴者ではなく、あくまで参加者として20人くらいが集結していました。学校越境型のプロジェクトが拡大した実感を感じました。それにしてもこのプロジェクトチームが組織として成り立って行く過程がおもしろいですね。まさにDAO(Decentralized Autonomous Organization)なのです。

21世紀型教育研究センターのメンバー

<主席研究員>
児浦良裕先生(聖学院)

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田中歩先生(工学院)

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<主任研究員>
新井誠司先生(和洋九段女子)

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田代正樹先生(静岡聖光学院)

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染谷昌亮先生(文化学園大学杉並)

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★立ち上がり当初2011年から2016年ころまでは、同センターが所属する機関である21世紀型教育機構の事務局が駆動力を発揮していたのですが、21世紀型教育が市場で評価され始めたのを機に、現場の若手教師が学校を越境してSGT育成のプロジェクトを開始しました。最初はチームという動きでしたが、持続可能にするために彼らは組織化していきました。同研究センター自身が駆動力を発揮するダイナミズムが生まれたのです。

★そして、上記のメンバーが中心となって、昨年から同研究センターをチームから組織にアップグレードしました。

★SGTのGは、グローバル×グリーン×デジタル×クリエイティブ×コラボレート×リベラルアーツなどを包括する意味に広がってもいます。

★今回のミーティングでは、新機軸プロジェクトとアップデートプロジェクトの2つの柱が発信するということです。

★そして、コアパーパスは、「循環」ということのようです。

★今、One Earthにとって、この「循環」は世界市民一人一人にとって大変重要なのは言うまでもないでしょう。

★しかし、いまのところ、倫理的には議論は大きく進んでいますが、国際政治的な、つまり地政学的な政策はなかなか進んでいません。

★地経学的には、今回のウクライナ侵攻が負の循環を生み出し、むしろ後退しているような感もあります。

★ここはやはり、自然の循環と地政学地経学的循環と人材のマインド循環がOne Earth循環をどう創出できるのか教育の出番です。

★その突破口を21世紀型教育研究センターは開こうとしています。同センターがスーパーモデルを形づくった上で、あるいはその途中から、一般公開もしていきますが、今は同機構会員校のSGTを育成しつつ模索していくということのようです。

★なぜ一般公開しないのかと外からも言われますが、それはIB機構と同じ理由もあります。しかし何より、DAOには、ブロックチェーンを機能させたプラットフォームが必要です。その技術と運営資金がまだないので、なかなか難しいのです。

★同センターのメンバーは、自分の勤務校でも活躍していますから、常駐ではありません。それゆえ、広がり過ぎると運営は無秩序化します。

★そうならないように、アップデートとアップグレードをし続けているのです。しばらく温かくお見守りください。

★いずれビッグバーン的な動きになりますから。あらゆることが成就するには、目に見えない準備段階が濃厚なものです。

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