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2021年5月 1日 (土)

教育のアップデート~2022年に向けて(11)カトリック学校を超えて霊性を再考する。マインドフルネスは霊性につながる?

★前回ご紹介した集いで、若松英輔さん(批評家・随筆家、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授)の講演を聴いた後で、「霊性」についてときおり考えています。この瞬間を観想と言えなくもないなあと。contemplationを観想と訳しているけれど、英語の辞書を調べると、熟考とか瞑想とか、思索とかあります。私たちは、もしかしたら、観想をカトリックの特別用語として取り扱っていないかとふと気づきました。

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★若松さんは、今の教皇フランシスコが来日した時、全旅程を随行したそうです。それで、講演では、丁寧に教皇の言葉をひもといていき、その言葉の現代性や意義を語ってくれました。もちろん、日本カトリック学校連合会での集いでしたから、カトリック以外のことを積極的に語られたわけではありません。

★ですから、霊性とか観想という言葉を前面に出したのだと思います。霊性が生まれる大きなヒントは観想だということでしたが、若松さんは神父ではありません。ですからcontemplationという単語も同時に何度も語りました。おそらく観想という言葉は、今では信者でもわかりにくいのではないかという気遣いでしょう。しかし、他にどんな訳語があるかは語りません。おそらく、訳語では観想の真理を言い当てないということなのだと思いますし、カトリック連合会という枠組みがあったので、それ以上言及はしなかったのでしょう。

★しかしながら、一方で、須賀敦子さんの次の言葉も引用したのです。

人は云うだろう。私たちは、修道院にいるのではない。家庭にあって、職場にあって、どうして、修道者の理想の探求にのみ時を費やすことができるだろう、と。シエナの聖女の周囲には、これとおなじ種類の質問をもった人々がつめかけていた。そこには家庭の主婦がいた。町の弁護士がいた。染物屋のおかみさんがいた。カタリナはこの人々にむかって云った。霊魂の中に秘密の小部屋をつくりなさい。小部屋の準備がととのったなら、そこに入って、おはじめなさい。自己の探求を、ひいては神の探求を。(「シエナの聖女聖カタリナ伝」『須賀敦子全集第八巻』p.201-202) 

★これは、ドミニコ会士で、あえて修道院で暮らさず、市民生活の中で霊性開発に挑んだカタリナの話です。世間から隔離された修道院で観想するのではなく、市民生活の喧騒の中でこそ観想するのだと。そのために内面に「秘密の小部屋」を創りなさいという話です。

★カタリナも裕福な家庭に生まれ、それを一切捨てて、霊性の生活を市民生活の中で挑むのです。須賀さんも裕福な家庭に生まれ、普通の成功をあえてつかまずに、世界をかけめくり、修道女にはならなかったけれど、戦後の日本と世界をつなぐ活躍をした方です。おそらくこの箇所は自分の人生と重ねていたのではないでしょうか。

★そして、もしかしたら、この現世の社会の中で秘密の小部屋を作って生きる姿は、若松さん自身がそうなのかもしれません。今や修道院そのものの社会的インパクトはかつてほどではないかもしれません。そういう意味では、修道院から世間という市民生活の中に学校という空間をつくったカトリック学校には、あたかかも秘密の小部屋を内包した人間存在を育成する義務があるのだと、いや使命があるのだと迫ったのかもしれません。

★ところで、教皇フランシスコは、来日する時の自分のテーマをこう語っています。

 わたしの訪問に際して選ばれたテーマは「すべてのいのちを守るため」です。あらゆる人の価値と尊厳を守るという、わたしたちの心で響くこの本能的な強い思いは、今日の 世界が直面している平和的な共存への脅威、ことに武力紛争を前に、きわめて重要になります。

★なるほど、1人ひとりの秘密の小部屋に、あらゆる人の価値と尊厳を守るという、わたしたちの心で響くこの本能的な強い思いを満たすメッセージを伝えにやってきたのだということでしょう。

★しかしながら、これは、何もカトリック学校だけの使命ではありません。カトリック学校は、遠く600年以上前、フィレンツエで、ドミニコ会士サヴォナローラが、この想いを実現するべく、教皇やメディチ家と対峙して火刑に処せられたときから始まって、それがルターに引き継がれ、再び反宗教改革でイエズス会が立ち上がり、その過程の中で、その秘密の小部屋を内包する人間存在の生まれ方を巡って多様な取り組みがなされてきました。

★ところが、サヴォナローラ誕生の100年前に生まれていたのがシエナのカタリナだったのです。内面の秘密の小部屋を市民生活(当時の都市生活は市民生活かどうかは定かではもちろんありません)の中で、最初に創り上げていたのは女性でした。彼女は33歳というイエス・キリストと同じ年で亡くなるのですが、なんとキリストに倣いて、当時のフィレンツエとローマや他の都市を経めぐり、平和のために教皇を動かそうとするのです。今では文学作品として価値のある手紙を何百通も教皇に出したと言います。

★教皇フランシスコが語った本能的な強い意志を、秘密の小さな小部屋に響かせながら。

★しかし、それもカトリックがヨーロッパで大きなインパクトのある時代の話です。それが現代ならどうでしょう。必ずしもカトリックの話でなくてよさそうです。

★今や世界中でクリスマスのことを知らない人はいません。ほとんど人が信仰とは関係なく知っているのです。それをなんちゃってクリスマスだと否定しますか?たしかに、そうかもしれませんが、そんな中に秘密の小さな小部屋が隠されているかもしれません。信仰とは関係なく。

★GAFAが、マインドフルネスを大切にするのは、たんに個人の心身のコンディションを整えようとしていることではないでしょう。それならクリニックの方が合理的です。おそらく精神的な秘密の小さな小部屋をつくろうとしているのではないでしょうか。幸せは人類の平和という永遠の課題を解決するクリエイティビティの泉にこそあるのですから。

★PBLの1つのヒントにピータ・センゲのコンパショネイト・システム思考という熟考システムがありますが、それはcontemplationと大きく違うのでしょうか。ダライ・ラマと響き合っているピーター・センゲ。そのピーター・センゲと響き合っているかえつ有明の佐野副校長や金井達亮先生は教師のためのマインドフルネス講座を行っています。

★カトリックの信仰を普及しようなどとは全く思っていないでしょう。しかし、霊魂の秘密の小部屋をつくり、秘密なのだけれど、いや秘密だからこそ共有する価値が非常にあるのでしょう。

★二人とお会いするとそういうカリスマがあります。カリスマとは支配性とかいう意味では、ここではありません。霊性に包まれている雰囲気を私は思い浮かべます。

★NY国連も、ノーマン・ロックウェルの黄金律の絵を飾り、キリスト教を超えてあらゆる宗教、あらゆる民族、あらゆる人々に共通のルールだと。その黄金律の響きは、教皇フランシスコの語る「あらゆる人の価値と尊厳を守るという、わたしたちの心で響くこの本能的な強い思い」そのものです。

★教皇自身、カトリックの信徒にまずは隗より始めよで「霊魂の秘密の小部屋」を創りなさい。でもカトリック信者にそれは限ることではないのだというでしょう。それは聖書にも書いてあるのです。信者でない者が、信者以上の霊性を有することはあるのだと。誰が信者であるかどうかは、所詮は人間が決めることではないのです。

★成立学園は、目に見えない学力を大切にしています。カトリック学校ではありません。でも、カトリック学校以上に自然を大切にし、自然と接するプログラムをたくさんつくっています。

★まさか、それは霊性であるなどとは言はないでしょう。農作業を観想だとは言わないでしょう。でも、自然本性的にはそういって構わないかもしれません。

★霊性、観想、マインドフルネス、自然本性的・・・・・・・。中身のない意匠を維持するのではなく、本質を生み出す新しい意匠を生み出すことがカトリック学校にも迫られているのでしょう。謙虚に、カトリック以上にカトリックである私立学校に学ぶべきときが来たと思います。

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