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2021年4月15日 (木)

非属の才能教育(11)能力主義と才能主義

★勤務校は、森の学校で、ちょっとしたユートピアです。全日制とエンカレッジという通信制(以降「エンカレ」)の二つの学校を経営しています。全日制は男性教師の比率が高く、エンカレは女性教師の比率が高いのですが、全日制の教頭は女性で、両校とも、女性と男性の構想力や行動力の平等性を大切にしています。それぞれ興味深いユートピアになっています。

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★学校は生徒にとって個人と集団のバランスを自らどのようにとるかで楽しくも辛くもなるのですが、実は大人でも、個人と集団のバランスをとるのは並大抵のものではないのです。実際個人を大切にするリバタリアンと集団利益を大事にするコンサバは犬猿の仲だし、そのバランスをとろうとリベラリズムとコミュニタリアニズムという具合に価値観も多様です。

★それなのに、生徒に個人と集団のバランスが大事だと説くだけでは、うまくいくはずがありません。そこで、教師が大切なのです。昨今、教師は攻められていますが、攻めている人々は、たいてい個人主義かリバタリアンです。そのような価値意識を押し付けていても、これまた何も解決しません。

★とはいえ、集団主義の教師が多かったのも歴史を振り返れば否定できないでしょう。しかしながら、それは教師の気質とか役割というわけではないのです。もちろん、そう思って率先して集団主義を励行していた人もいたかもしれません。いるかもしれません。

★しかし、ほとんどの場合、社会システムが能力主義一辺倒という偏向主義だったことによる影響が大です。

★それがどうしたことでしょう。世界同時的にメリトクラシーといういう意味での能力主義から個人個人のクリエイティビティを大切にする才能主義に移行しようといういわゆるパラダイム転換が起きています。

★フランスのマカロン大統領はストラスブールにあるエリート官僚養成校ENAを能力主義の権化とみなし、廃校にすると言い出しました。ハーバード大学のサンデル教授が、自分が奉職しているハーバード大学をそうみなし、能力主義は差別主義を生むから廃するようにと提唱し始めました。

★ダボス会議も、ここ数年グローバルイシューを生み出す装置である資本主義を才能主義の新しい経済社会にシフトしようと議論し続けています。実際、グローバル企業は、そうのようなシステムを組み込み始めているところもでてきました。

★日本でも、≪Z世代≫に影響力のある落合陽一さんがNHKの番組を編集しつつクリエイティブクラスを語っています。文科省も静かではありますが、そのような動きを想定しているからこそ「主体的・対話的で深い学び」とか「探究」を新学習指導要領に埋め込み始めています。

★とはいえ、能力主義がなくなったわけではありません。一方才能主義が否定されているわけでもありません。どうやら、社会は能力主義かつ才能主義になってきたようです。

★したがって、学校は、「個人と集団という軸」と「能力主義と才能主義という軸」の2軸の関係性をどう構築していくかで特徴が際立ってくる時代になりました。

★勤務校は、いわゆる御三家のようなカタチの特色は際立っていませんが、地域では全日制は、上記の図でいえば、❶~❹すべてをバランスよく教育する学校として評価されています。

★エンカレは、❶がメインの教育ですが、卒業後それぞれ大学や社会に進みますから、❹の領域もカバーできるように3年かけて教育しているところが評価されています。

★現実社会はまだまだ❷と➌の領域における競争社会ですから、それをはみ出ているという意味では、2つの学校は2つのユートピアです。

★しかしながら、共通点はあります。それはロジカルとかクリティカルとかクリエイティブシンキングとかいうものの前に、コアな思考力を生徒1人ひとりと共有する学びを実施しています。コアプロジェクト学習ということです。

★コアな思考力とは、判断力と世界制作スキルの塊です。「思」は判断力を示唆すると理解しています。「考」は世界創りのスキルです。実はこれらは極めてシンプルです。驚くほどそんな簡単なことと思われるでしょう。

★でも、各教科が共有する意識を持っている学校は、勤務校以外に日本にはないのです。これがユーとピアのもう一つの理由なのです。

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