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2021年2月19日 (金)

大学入試問題とトランジション(03)慶応大学法学部の小論文 ルカの福音を通して個人と社会の緊張と対立を考える問題

★今年の慶応義塾大学法学部の小論文の入試問題は、福田恒存の「一匹と九十九匹と~ひとつの反時代的考察」から課題文を出題していました。福田恒存が、1947年に発表したと断り書きをしたうえで、読んで要約を400字程度で書き、それをふまえ個人と社会の緊張と対立について書きなさいと。特に指示はありませんが、全部で800字くらい書けばよいのでしょう。

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★このテーマについては、福田恒存の文章を読まなくても、受験生は用意をしていたでしょう。というのも、京都大人文研准教授の藤原辰史さんが発表した「パンデミックを生きる指針」は、公開後1週間に30万件超のアクセスがあったというほど多くの人に共感をもって迎え入れられました。この指針の中に、武漢の作家である方方さんの次の文章が引用されています。「一つの国が文明国家であるかどうか[の]基準は、高層ビルが多いとか、車が疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか(中略)、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」がそれですが、これは、今回のパンデミックで世界中の人が同じに気持ちになったものです。

★まさに、これこそ個人と社会の緊張と対立の生々しい世界中の人びと共通の実体験です。ですから、自分の意見を書くことそのものは、むしろ受験絵師は準備していたし、自分の経験を語れたでしょう。

★ですが、福田恒存の文章が難関です。文章が難しいということではないのです。福田恒存は、ルカの福音第15章の次の箇所を引用し、その比喩を解読する形で書いているので、そのたとえをどのように自分お意見と関係づけるのかが難しかったでしょう。

<「あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、『わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うであろう。>

★一匹と九十九匹の関係を文学と政治、個人と社会という対立関係に重ねて語っているわけです。1947年という戦後、これから民主主義をどう形成していくかが念頭にあるのはわかりますが、それを介して、自分の考えに結びつけるのは、スムーズに書くのは難しかったでしょう。

★実はこれは、自然法と実定法の比喩としてとらえると、書きやすかったかもしれません。自然法は交換の正義と配分の正義の調整をしますが、実定法は交換の正義しか問題にしません。配分の正義が問題にならないと1人ひとりの人間の具体的な姿が見えず、抽象的な平均的な人間、法学の世界ではリーズナブルマンと呼ぶのですが、それに対する批判的検討が戦後世界で議論されていたのです。

★トミズムという自然法論と分析主義的実定法の議論ですね。シェークスピアの翻訳家でもあった福田恒存は、当然この法の根拠を巡る話は知っていたのです。近代のすさまじい劇的人間像こそシェークスピアが描いたアンビバレンツな存在であり、自然法を喪失することをなんとかしようとしながら、実定法に従わざるを得ない近代民主主義の隘路をなんとかしようと議論をし続けたという意味で、保守本道のその人が福田恒存だったからです。

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