PBLで世界は変わる(04)今なぜ30人学級か?
★NHK(2020年9月20日 7時50分)は、<「30人学級」実現へ法改正求める方針 自民 教育再生実行本部>という記事を掲載しています。久しい前から議論されていたのですが、菅政権になって、安倍政権を継ぐということで、教育再生実行本部もホッとしたのでしょう。しかし、継ぐとはいっても、実務レベルでは菅政権の独自の動きがあります。脱経産省、デジタル庁新設というのは結構大きいですね。同本部は、すかさず菅政権の意向を忖度(?)したわけですね。
★経産省は、PBLのみに集中し、そこで活用されるアプリを中心にIT産業を保護しようとしてきました。未来の教室に協力する学校も多いですが、菅政権は、そんな一握りの学校の話に乗らないでしょう。自助・共助・公助!国民のためですから。だいいち、この背景には大学入試改革をはじめOECD/ PISA、全国学力テストなどで、文科省が散々苦しんだ巨大教育産業との関係がありますから、断ち切らねばなりません。
★教育実行再生本部もそこらへんは怪しいのですが、いち早く菅政権の好きそうなデジタル化へ邁進する提案をしたわけです。がしかし、財務省との関係でどうなるかは?しかし、そんなことより、デジタル庁の長官の椅子を巡って、デジタルファーストへの移行をいちはやくというわけでしょう。
★30人学級がどうしてデジタルファーストと絡むの?というと、財務省がお金を出さないから、なかなか進展してこなかったわけですよね。ところが、今回のパンデミックで、未来の教室でモデル校をなんていっていた経産省の思惑は外れ、どんどん勝手に多くの私立学校、少なくとも100校はオンディマンド×プラットフォーム×テレビ会議システムというフルセットのオンライン授業を展開してしまった。フルセットをやると、PBLはやらざるを得なくなるわけです。
★もはや経産省の未来の教室は役割を終えてしまったわけですね。ともあれ、お金がないから、すべての授業を30人学級でできるわけはないのです。フィンランドはシンガポールはすでにしてるぞという方もいますが、両国は、国民の人口が550万人くらいです。日本は、少子高齢化といっても、中高生だけで600万人います。
★教育道徳哲学者や教育心理学者は、目の前の学校の葛藤の解決という点では大事な働きをするのですが、社会全体やその背景を無視して語るし、それに対するクリティカルシンキングを作動させようとしない方々がSNSで自分の正義を語るということになります。それでも、何が問題になっているかのサインでもあるので、無視はできません。
★ともあれ、金がないから、12人というソクラテスメソッドを使ったPBLと200人くらいまとめて授業ができるオンライン授業のハイブリッドでいこうと。12人学級とはいきなり言えないから、「30人以下」と言っているわけです。
★さて、そうなると、ダメージを受けるのは私立学校ですね。私立学校は、公立学校と違って、教師の給料は生徒からの学費で賄います。塾と同じ構造です。しかし、塾は生徒を増やすのに制限はないのです。
★ところが、私立学校は法人型NPOで、学則定員以上は生徒は獲得できません。時代の精神と攻防したり共創したりしながら新しい教育を開発実践するには、施設や機材も重要です。ざっくり言うと、教師の給料と施設にお金がいります。ところが、学費は今の3倍にしなければ、全部賄うことができないのです。米国の私立学校が、年間300万くらい学費がかかるのは、国や自治体からの助成金がないからです。
★しかし、日本はたとえば、東京は、戦後子供の人口が爆発していましたから、ジャパンアズナンバー1の道を歩む人材を育てるための学校の準備が間に合わなかったのです。それで、私立学校に頼んだのです。ですから、海外と比べて異常なほど東京は私立学校が集積しているのです。高校などは60%の生徒が私立学校に通っているのです。
★そして、それができたのは、戦後教育基本法で、私立学校の所轄を教育委員会ではなく知事にしたというのが大きいですね。文科省から相対的に自由なのはそういうリーガルな問題で私立学校ががんばったからのです。エッ!私立学校がどうやって?戦後教育基本法を成立させるときに、新渡戸稲造、内村鑑三の弟子や吉田茂と共に皇室外交を仕掛けた慶応や白洲次郎、カトリックのグループが、麻布の前校長氷上先生のお爺さんである東大総長南原繁を座長に踏ん張ったのですね。
★ですから、安倍政権はその教育基本法を改正したかったんです。2006年に変えたわけです。そのとき実務で動いたのは下村文科大臣です。彼が文科大臣の時に、日本私立中高連合会会長の吉田晋先生とぶつかりました。下村博文氏は、吉田先生に、俺の言うことを聞けないのなら目にもの見せてやるとまで抑圧したのは今でも有名なエピソードですね。
★ともあれ、吉田先生や東京私立中高協会会長の近藤先生は、南原繁時代がつないだ江原素六、福沢諭吉、新島襄の≪私学の系譜≫第一世代を継ぐ新渡戸稲造、内村鑑三、石川角次郎(聖学院)の意志を継ぐ私学人なのです。
★私立学校は、明治の時から政治・経済と本物教育との葛藤を強いられてきました。麻布やJGもつぶされそうになりました。慶応と中江兆民の学校は当時ライバル同士でしたが、両方危ない目にあい、中江兆民学校は廃校に追いやられました。富国強兵・殖産興業の正当化理論「優勝劣敗」を叫び、天賦人権説の福沢諭吉、中江兆民らを厳しく排除しようとしました。その<官学の系譜>の総帥が加藤弘之という東大初綜理です。東大時代、加藤弘之と論戦をはったのが聖学院の初代校長石川角次郎です。
★そこから連綿と≪官学の系譜≫と≪私学の系譜≫は官製教育と本物教育をめぐって闘ってきたのです。もちろん、闘うばかりではなく、日本の教育という点で協力もしてきました。
★私学人は、官製教育やそれをとりまく民間企業には警戒を怠らずしかし協力すべきところはしてきたのです。そして、助成金を巡り吉田先生と近藤先生はロビー活動をしてきたのです。今回の30人学級を巡っても財務省がうごくわけです。何も私学が働きかけなければ、助成金は少ないでしょう。しかし、そこは吉田先生と近藤先生が奮闘するわけです。
★なのに、お二人に対して私学の先生の中には、ときどき揶揄する方がいます。正々堂々と批判するのは大いに結構ですが、塾のシンクタンクと一緒になって揶揄するのですから悲しいですね。私学は理事会というか理事長が私財をなげうって施設などを創ります。何億という借金をかかえて校舎を建て替えるとき、その保証人の印鑑を押すのは理事長なんです。銀行も資金を貸す時、いろいろ査定をしますから、そこでも攻防戦があるわけですね。
★で、先生方の給料は学費で賄えるかというとできません。助成金の80%は先生方の給料に補填されます。1人ひとりの先生方の給料の半分は助成金です。デフレ政策をとってきた政治と経済があるので、学費を3倍にするわけにはいかないのです。
★また、自治体が準備ができないところを私学に頼んでおいて応援しないということも自治体側もできないわけです。これらをきとんとするには法創造が必要です。私学振興法とか自然にできたわけではありません。私学協会を中心に、私学が提案をしていくからできるわけです。とはいえ、最前線で交渉したのは吉田先生と近藤先生です。
★知事選や都議会選挙のときに、私学の力は無視も出来ないということもあります。世界は相互依存でできています。それでいて自由を保守しなければなりません。そういう背景を知った上で、中学入試市場、中学受験市場のステークホルダーは、市場を持続可能にすべく盛り上げることを考えなければならないでしょう。そんなの関係ないは、今回のパンデミックで通用しないことは肌身に染みるほど感じているはずです。
★そういう、政治経済と教育を巡る話が「30人学級」の議論の背景にはあるのです。
★いずれにしても、GIGA構想、デジタル庁、デジタルファーストという流れには、お金がかかります。一部の学校ではなく、公立私立問わず、全体にオンライン授業を使って、30人以下のクラスの授業と200人単位の授業のハイブリッドができるようにするカリキュラム作りをしていかねば、日本は乗り切れないでしょう。
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