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2020年8月

2020年8月31日 (月)

聖パウロ学園 イノベーティブエデュケーター(03)men for othersとしての<対話>が浸透②哲学的な対話×科学的な対話×人間存在としての対話

「聖パウロ学園 イノベーティブエデュケーター(02)men for othersとしての<対話>が浸透①」のつづき 

★オンライン説明会の優れたところは、図やアーカイブ、データなどが可視化されて、それにスピーチが重なるため、わかりやすくなることです。また、オンライン説明会は時間を短く設定するのが通例ですから、コンパクトに全貌を俯瞰することもできます。

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★今回のオンライン説明会でも、その全貌がみえてきました。まずざっくりみると、

1)とにかく教師と生徒、生徒と生徒との間の「対話」が大切にされているということです。

2)その対話は、英語であれ、日本語であれ同様です。言語で考え、判断し、表現する授業が(PBL)展開しているということですね。

3)その対話は、オンラインでもリアルな授業でも貫かれています。

4)対話が大切なのは、マスプロ型教育ではなく、少人数教育だからということですね。

5)パウロの森でネイチャープログラムや乗馬などのプログラムが行われていて、自然との「対話」も大事にされているということです。この対話は、健全な身体で感じる言語という認識があります。言語は文字以上の言語だという本来性に気づく自然との対話を大事にしています。同校の体育の授業が優れているところはそこです。オンライン授業の紹介でそれがわかります。

★かくして、いろいろな局面で「対話」が浸透しています。

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★そして、そのことについて、同校主幹の小島綾子先生によると、

「パウロの森で、生徒は間伐や飯盒炊飯とかします。高校1年生は体育の授業の中で乗馬も行います。これらの体験はたしかに重要です。スリリングでおもしろいし、生徒にとっては、他校では日常生活の中で体験できない貴重な出来事です。

一方でそれは授業の中で行う学びでもありますから、体験を生徒が自分の人生に活かしていく経験とするには、体験と同時に丁寧にリフレクション(内省)の過程を経る対話を大切にしています。

間伐や飯盒炊爨の際には、外部のインストラクターをお招きするのですが、自然について外部の方と生徒が作業をしながら対話をするのです。そのような具体的でかつ自然という私たち一人一人の世界観に影響を与える場でいつもとは違う出会いの中で対話することの意味はとても大切です。

乗馬もそうです。やはり乗馬クラブの方との協働授業です。馬もまた自然なのであって、間伐や飯盒炊爨と同じ対話のカタチになります。

自然と人間の関係を対話によって学ぶことになりますが、それが本校で行っているSDGsの探究に結びつくことは想像しやすいと思います。こうして、自然と社会と人間の循環を対話していく環境を私たちは教職員一丸となってつくり、持続可能にする努力をしています。教育は里山や植木同様、きちんとケアしなければ、すぐにだいなしになってしまいますから」

★私の友人の哲学者アレックスは、哲学とはあるいは考えるとは、当たり前のものに意味を見出したりつながりをみつけるセンスメイキングのことをいうのだと語ります。どうやら、聖パウロの先生と生徒の対話は、無意識ではありますが、哲学的な対話もしているということでしょう。

★しかしながら、教育者は哲学者ではありません。いや哲学者でもあり科学者でもあるということなのかもしれません。よく教師はファシリテーターやコーチの役割も必要だと言われます。それは役割としてはそうですが、その役割の根っこは哲学者であり科学者であり何より人間存在そのもの(men for others)です。その本来性の問い返しがまずあっての話なのです。

★同校の科学の教師吉留先生の活動もまた本質的な対話を行っています。次回はここを考えていきましょう(つづく)

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2020年8月30日 (日)

品川翔英の進化(05)国語科PBL完成形もうすぐ

★今春から、品川翔英は名称変更、共学化、授業のPBL化(アクティブラーニングという名称も使っているようです)、ルーブリック創出、探究プログラムのデザインなど大きく展開しはじめました。そのとたん、今回のパンデミックで、一気呵成にオンライン授業に挑戦という劇的な教育出動を開始しています。

★3月に柴田校長に呼ばれて、言語で考える教科である国語科の先生方とランゲージアーツやIBのTOK、認知科学などの世界で行われている言語活動も結びつけられないかと頼まれました。PBLやアクティブラーニングでは、国語で学ぶ言語以上の幅のある言語学的要素が必要になるので、何の権威もない私ですが、ただただ多くの学校の先生方と研修やワークショップの経験値だけがそこそこあるのでよければということで、先生方と状況の確認と大転換の状況下で先生方が何をしたいのかその都度リフレクションしながらやっていくことにしました。

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★20年以上、学習系の領域について語り合ってきた柴田校長の友人らしいので、しかたがないと国語科の先生方は思ったでしょうし、思っているでしょうが、互いに尊重し受け入れ合う関係がすぐにできました。この信頼関係を創ろうとする寛容でウェルカムの精神は、品川翔英の先生方のメンタルモデルの大切な特徴の一つだと感じています。

★先日、田中幸司先生のハイブリッドPBL型授業を国語科でシェアしました。プレゼンを聞いて、7つの切り口で相互にフィードバックし合うリフレクションワークショップです。リアルなワークショップだと、U理論に基づいたスクライビングから出発するのですが、すぐにオンライン授業に突入したため、ワークショップもオンラインに突入しました。

★そこで、いつもならスクライビングのあとに分析する10人くらいの専門家(教育学、学習理論、社会学、認知科学、文化人類学、コミュニケーション理論、哲学など)の目をカード化したりアイコン化したり、座標軸化したりして、対話するシステムを創りました。

★以前は、この専門家の目を、私なりに文献リサーチと実践と専門家とのメールのやり取りなどで身につけたノウハウとして、ワークショップの時に共有するという形式で行ってきたわけです。

★その過程で、専門家の本を読みたいという先生も現れてくるという流れでした。

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★ところが、Zoomだとミュートを使わざるをえないし、ドコデモシートやイーゼルパッドで自在にスクライビングすることもできないし、対話の息づかいを感じるセンサーが制約をうけるので、専門家がフィードバックする多様な目を見える化し、その目を通して語り合うシステムを創りました。

★これは品川翔英の先生方をはじめ多くの私学の先生方とオンライン上で実際に行いながら、精査されてきたものです。このシステムで大いにフィードバック&シェアのリフレクションができると、多くの気づきを生み出すことができます。そして、それを先生方はすぐに授業に活かします。こうして、PBLの授業のアップデートが起こっています。

★今回、田中先生のオンライン・リフレクションは2度目です。当然アップデートしていたのですが、その質の豊かさと生徒の学びの充実度が急激な進化を遂げていました。仲間の先生方は、こんなコメントを田中先生に贈っていました。

今井先生 : ありがとうございました。1学期の生徒の反応や取り組みを踏まえて、2学期にさらに発展させた内容になっていて、とてもよかったと思います。生徒主体の表現の授業は飽きずに楽しめそうですね。生徒に題材を決めさせてもいいかもしれませんね。

平岡先生 : 教員が作った動画を複数人で観るというのはとても面白いと思いました。また、1分間スピーチのお題ややり方が練られていたので私も高1で使わせていただきたいと思いました。しかし、何より興味深かったのは様々なアクティビティがある中で、先生がお話しする雑学が楽しかったという意見が出ていたところです。私たちの役割の大事な一面だと改めて感じました。

西山先生 : 大変勉強になりました。ありがとうございました。様々なアクティビティーを駆使した、創造的な授業作りをしていらっしゃり、感心いたしました。本間先生の最後のお話を聞き、焦りを感じますが、日々変化ですねー。頑張ります。

平岡先生 : 田中先生の授業研究の熱意に感動しました。今授業を担当している高校1年生でもいろいろな表現方法を身につけさせて、3年生になったときに自分の進路に向けて自分を物語れる子になってほしいと思いました。本日はありがとうございました。

今井先生 : 田中先生の授業から、生徒主体の授業で楽しい授業を展開するためには、やはり教員側のレクチャーも同様に生徒の興味を引くものでなくてはならないと改めて実感しました。生徒の発達段階に応じて、そういったレクチャーの面も改めて考えていく必要があると思いました。

★今回は、古典と漢文、国語表現の授業をデザインし、実践したものを田中先生はプレゼンしてくれましたが、生徒が考えアウトプットするアクティビティが充実していたことと、何より思考スキルを生徒が使うラテラルシンキングのオリジナルの言語ゲームが創意工夫されていたのは驚きでした。

★意味論、モチベーション、ツール、ロール、ルールを統合した学習状況を生み出すPBLになっていたのです。

★2時間半のワークショップが終わった後に、田中先生は、こう述べています。

田中先生 : 本日は、様々なご意見をいただき、また新たな方向性や可能性をご提示くださり、本間先生、国語科の先生方、ありがとうございました。学年にも報告いたします。志望理由書作成の新たな指導方法にも取り組んでみたいと思います。学校改革をしていく上でのヒントもたくさんいただくことができました。今回の研修を励みにして、一層取り組んでいきます。

★そして、自らこう述べてしまってから、ああ、しまったハードルを上げてしまったと。一同大笑いでした。毎回、こうして先生方は自らハードルを上げてしまうのです(笑)。そして今回の田中先生のように、次々とクリアしてしまいます。

★今回の田中先生の授業デザインの内容といい、ICTを含めたシステムといい、フローといい、アンケート調査というリフレクションといい、ある意味パーフェクトでした。10人以上の世界の専門家の目をクリアしているのですから、世界標準のPBLです。しかし、これでよいということはないのです。新たなハードルを自らマインドセットしていくわけです。

★田中先生の国語表現は、高2で行っていますから、志望理由書の表現に行き着きます。ということは、物語構造分析とそれを活用した編集視点は重要であり、それは現代文の小説の授業で扱えるとなりました。これについては、今井先生が授業デザインを描きまたシェアするということでした。

★もちろん、その学びが、「私は何者か」を物語る志望理由書にもつながるようにと。

★また、実は、ここまでの完成度の高いPBLのデザインと実践は、1年かかると思っていたのですが、オンライン授業によって加速度的に進化したという点もあります。それは、みな実感しています。

★そこで、田中先生が絶賛するアクティブラーニングとICTの学内教員研修をやってのけた平岡先生が、生徒のラーニングバイメーキングによる作品を創って同時に発表する技術も含め「国語科ICT教育」のシステムについてシェアするということになりました。

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★さらに、西山先生は、志望理由書は、言葉によって相手の気持ちをゆさぶり響き合う魅せる表現技法が大切だからと、短歌・俳句・詩歌の表現技法と相手を自分の世界に巻き込むことばの使い方を授業で実践したいと。それをみんなでまたシェアしようということになりました。

★それらをすべて集大成させた国語表現の授業デザインについては三度田中先生が挑戦するということになりました。

★あっ、それから、次回は<PBL授業ーテスト―ルーブリック評価―ポストコロナの新しい大学入試問題>のサイクルにつながるような「テスト」を作成してみようということになりました。中学入試問題や高校入試問題は学校の顔です。同じようにミニテストや実力テスト、単元テストはPBL授業の顔であり、未来へのトランジションなのですから。

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思考コードがつくる社会(03)自己変容と世界変容が呼応する時代

★昨日、首都圏模試センターの社長山下一さんとZoom対話をしました。テーマは、ポストコロナの思考コードの市場の広がりについてでした。「思考コード」について、学校や塾、出版社、メディアなどから同センターへの問い合わせもここにきて急に多くなってきたため、この状況をどのように組み立て、新しい社会の動きにマッチングさせたり、あるいは社会変動へのテコとして運営・発展させていくかという創発的な対話でした。

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★「思考コード」にはいろいろな機能や意味・価値をこめて、2015年から、山下さんといっしょに作りこみました。これからの社会が才能主義やクリエイティブクラスというキーワードで語られるようになることを見越して、そのような未来を生み出す子供たちの才能が豊かなになる泉や根っこになって欲しいと。実際の社会をどのように認識し、受けとめ、新しい世界を映し出すのかそのレンズになって欲しいなどという対話もしました。

★そして、それを絵に描いた餅にするのではなく、首都圏模試センターのテスト開発や成績出力をますます的確なものにしていきたいと。公立中高一貫校の入試を分析したり評価システムを考えたとき、ルーブリックが必要になってくるということもあり、思考コードは「新タイプ入試」分析にも適合しやすいということも実証されつつあります。

★晶文社の「中学受験案内」でも、このアイデアは生かされるようにもなっています。一方私の方は、私立学校の先生方といっしょにPBL授業の開発をするときに、「思考コード」に相当するアイデアを共有し、未来の授業とテストと評価のサイクルを創出する活動もしています。

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★山下さんによると、今回のパンデミックで、授業を対話やディスカッションを盛り込んだハイブリッド型PBLに移行したいという学校が、首都圏私立中高一貫校の中では推計45%(2020年6月首都圏模試センター調査から推定)くらいだということです。もちろん、やりたいというのと実際に行うというのには、まだまだ隔たりはあるだろうけれどというおとでした。

★PBL型授業は、ルーブリックが必要になりますが、それを作成する際のメタルーブリックとして思考コードが必要になります。この作業を先生方とできるようになると、その隔たりはなくなるねと。

★山下さんは、その幅広いマルチネットワークの中で、受験業界以外の領域の人材育成や組織開発に思考コードが活用できることに気づき、思考コードの活用ネットワークを拡大する交渉を続けているということです。なんとダイナミックな!

★ピーター・センゲやロバート・キーガンの組織の変容の仕方と自己の成長変容の仕方と思考コードがマッチングすることについても対話しました。変わるということは、世界の見方が変わることであり、世界を変える知的活動でもあります。

★今後、人間とは何か?自分とは何か?という本質的なところから大学入試や就職活動、プロジェクト活動が行われても行きます。すでにある組織環境の中で与えられた仕事をこなしていくには、A1A2の思考様式が備わっていれば大丈夫だし、その組織環境を運営していく主体的なリーダーとして活躍するには、A1A2A3B1B2B3の思考様式が必要です。

★そして今回のパンデミックにようる社会変動による新たな組織づくりをしなくてはならないとき、自己変容創造型の自己として活躍することになりますが、それには、A1A2A3B1B2B3C1C2C3の思考様式が全開となることが必要です。

★このことは、総合型選抜(AO入試)の志望理由書や課題に対する自分の考えを述べる時にも当然必要になります。公立中高一貫型入試や思考力入試などの新タイプ入試においても同様です。もちろん、グローバルな帰国生入試でも。

★現在はまだ仮説ですが、手ごたえは感じていると山下さんは語ります。そして、実証するには、実は膨大な首都圏模試センターのデータがありますから、トランジションプロジェクトなどを立ち上げれば、なんとかなるでしょうと。

★首都圏模試センターのメンバーは、現在はハイブリッド型ワークを行っていると言います。今後の社会がそうなることを見越して、自分たちの経験からいろいろ気づきを得ているということです。

★首都圏模試センターのメンバーと受験生、塾、学校の広報の先生方とは、思考コードが共通言語になりつつあるということです。従来からの共通言語である偏差値も、きちんと思考コードには含まれていますから、互いに理解しやすいということもあるでしょう。

★この市場を拠点に、どんどん拡大していこうという断固たる構想力を山下さんは持っています。世界を変える基準作りをしているのだと思います。今後がますますおもしろくなってきますね。

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2020年8月29日 (土)

ノートルダム学院小学校で豊かに成長するわけ(01)英語のイマージョン教育を通して成長する

★ノートルダム学院小学校(以降「ND小」と表記)のPBL授業を探究するチームNEXTとZoom対話を行いました。今回は同校の英語の授業についてシェアしました。同校の英語のイマージョン教育は、CLILベースのPBL授業です。先生方はふだんそれぞれ授業をしたり担任や生活指導の活動をしていますから、なかなか他教科の仲間の授業を見たり、全貌を探求する時間はとれません。何せ同時間に活動しているので、物理的に難しいのです。

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★そこで花岡教頭がコーディネートして研究部の先生方とICT担当の先生、広報の先生、英語の先生でまずは小さく始めて大きく広げていくプロジェクトを実施しています。あえて、月に1度時間を作り、お互いの授業を分析しながら、それぞれのPBLを知ることは大切です。それに多様な切り口からアプローチして分析していくので、発表者の本人も新たに気づくことがあります。

★「自分のことを知っている×他者も知っている」「自分のことを知っている×他者は知らない」「自分が知らないこと×他者は気づいていること」「自分も他者も知らないこと」という4つの領域でそれぞれが気づいていきます。「自分も他者もしらないこと」に関しては外部の私のような目も必要ですが、私の考えというより、いろいろなPBLについて研究している世界の専門家の目を使えるように私の方では準備をします。

★その専門家の書いた本を読んだり、実際にハーバードから招いたりということもあってよいでしょうが、時間とお金がかかりますから、持続的ではありません。そこで、専門家が現場の先生方に伝えやすいようにカード化したりアイコン化したりしているので、それを活用していきます。ない場合は、私の方で使ったりしています。

★さてND小の英語教育ですが、小学校1年生から4年生までの授業の様子や仕掛けなどの授業デザインについて、REN先生からキーノートスピーチがありました。それをウケて、いろいろな角度から分析をしていきました。メンバー全員が互いを尊重しながらもオープンでフラットな雰囲気で対話していきました。

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★このような雰囲気の先生方が子どもたちと接しているということ自体、子どもたちがのびのびと成長していく環境があるのだなあと感じました。

★対話が進むにつれ、気づきも多くなりましたが、いずれにしても、子供たちは、ND小の英語の授業で、「さがす→まじわる→はっしんする」というサイクルをぐるぐる回しているということがわかりました。これは、MITメディアラボの元所長のシーモア・パパート教授が大切にしているPBLの原理に重なります。

★パパート教授は、「explore→exchange→express」という3XのサイクルをPBLの基礎としています。特にMITメディアラボは、幼稚園からの子どもたちの能力開発のPBLをレゴとICTという道具を介してデザインしていきます。

★この道具を介してPBLというのは、このPBLの発案者とも言われているJ.デューイの道具主義的な考え方にも重なります。

★ND小の英語のPBLは、学問的な学習理論と実際の子どもたちと先生方の呼吸のあった遊び=学びのプログラムが結びついているのですね。

★NDの母体であるノートルダム教育修道女会を創設したマリアテレジア・ゲルハルディンガーも、当時の最先端の技術や道具を教育に取り入れました。カトリックの普遍的な精神と時代の変化の両方を巧みに取り入れるその精神が、連綿と続いているのがND小なのだと感じ入りました。

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2020年8月28日 (金)

聖学院インパクト(06)高3生の未来をいまここで生み出すWell-beingデザイン力

★本日夕刻2時間余り、聖学院の3人の高3生とZoom対話ができました。長いようで短い時間でしたが、ゆったりとそして密度の高い豊かな時間でした。三浦さん、安井さん、岩崎さんは、聖学院が加盟している21世紀型教育機構がアップデートするのをサポートしてくれた恩人です。

★同機構の加盟校全体でPBLをシェアし促進する局面、同機構の学びを生徒自身がクリティカルシンキングとクリエイティブシンキングで語り合う局面、同機構のオンラインセミナーにおけるプレゼンコンクールの新たな局面で、いつも参加し、チャンレンジしてくれました。そして、常にそこには児浦先生が寄り添っていました。すばらしいチームです。

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★新しいウネリや変化に対応できるしなやかで鋭い洞察力をもった高3生です。自分の才能を開発することに断固たる決意をもって立ち臨み、デジタルネイティブとしてテクノロジーもなんなく使いこなし、何より仲間のみならず他者に対し寛容の精神で包みこみます。

★このようなタレント、テクノロジー、トレランスという3Tを有した人材をリチャード・フロリダ教授は、クリエイティブ・クラスと呼んでいます。このことについて、あの落合陽一さんは、著書「働き方改革5.0」で、キーワードとしています。

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★そして来春のダボス会議では、「ザ・グレート・リセット」というテーマで、今までの資本主義に変わる才能主義社会の形成について各国の重鎮や経済界の進取の気性に富んだ逸材が勢ぞろいして語り合います。もちろん、議論だけではなく、新しいビジネスや社会活動が生まれる予定です。この流れを鋭く認識したのが、リチャード・フロリダ教授であり、落合陽一さんですね。

★今回、3人と対話して、なるほどクリエイティブクラスとはこういう人間力をもった人格なのだと感じ入りました。そして、児浦先生のように聖学院では、多くの教師がクリエイティブ・クラスの拠点づくりに邁進していたのだということに改めて気づきました。

★3人は、それぞれワールドプロジェクトを企画し、動いています。それは、授業で与えらえた社会課題の解決ではありません。聖学院で多様なプロジェクトや部活などに参加しながら、活動と対話と人間関係構築の葛藤解決の中から気づきを繰り返しようやく生まれてきたいわば自分と世界のスクランブルプロジェクトです。

★それぞれ領域が違うのに共通する部分も多く、その共通する部分はオールドパワーからニューパワーに社会がシフトする兆しを予感させるものでした。

★詳細は、いずれがっつり書きたいと思います。まずは、3人の聖学院生と児浦先生に感謝を込めて。本当にありがとうございました。

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ポストコロナの大学入試問題(06)一般入試と総合型選抜の違いは縮まるか?

★一般入試も総合型選抜も「リサーチ」能力があるかどうかは問われます。ただ、問い方が、どれだけ調べてきて記憶して素早く取り出せるかという傾向になりがちなのが一般入試であるのは、言うまでもないでしょう。

★総合型選抜は、これから研究していこうという学問領域が明確になっていますから、当然その分野やその分野に関連する事象や現象、時事的問題については、興味と関心を広げ、自分なりに気づいたテーマであろうが提示されたテーマであろうが、その明快な領域についてリサーチしているかどうかを問われます。当然知識は必要になってきますが、それを覚えたかどうかで、そのリサーチ能力を測ることはありません。

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★一般入試では、したがって、リサーチ能力はダイレクトに測るのではなく、これだけ知識の量があるのだから、リサーチ能力もあるだろうという確率論的な評価です。

★総合型選抜ではダイレクトにリサーチ能力を評価されます。とはいえ、一般入試であろうと総合型選抜であろうと、一般的なあるいは基礎的なリサーチの方法は変わりはないのです。

★何が違うかというと、総合型選抜はリサーチの対象がはっきりしているし、そのリサーチの視点は、これから研究したいという学問の視点がどうしても必要になってきます。ICT関連の研究にしても、経済学関連の研究にしても、医療関連の研究にしても、専門的な高度な視点は、大学に入ってからですが、リサーチの切り口の視点が、その専門的なものの見方や感じ方の素養があるかどうかは必然的に問われます。

★一般入試は、基礎的(易しいという意味ではありません)な視点があればよいのですが、総合型選抜は、基礎的な視点と専門的視点を感じさせる素養が必要になってきます。

★経産省や文科省が「未来の教室」でPBLを推奨するわけですが、プロジェクトである限り、自分の興味と関心の色が濃くなりますから、一般的あるいは基礎的な視点だけを求めて終わる時代ではないことは、国もわかっています。

★法的拘束力があるので、なかなか変えられない学習指導要領ですが、それでも「総合的な探究の時間」や「理数探究」などの学際的な新教科を埋め込んでいるのは、一般と専門という特殊の複眼思考が大事だということでしょう。

★したがって、2021年の早稲田大学政経学部の一般入試は総合型の形式にシフトするのでしょう。

★そして、こうなってくると、一般入試でも総合型選抜でも、複眼思考型リサーチに基づいたアイデアとそれを証明するストラクチャーが問われることになります。もちろん、その本格度の開きはまだまだありますが、従来の一般入試に比べ少しギャップは縮まるかもしれません。

★そして、このアイデアにもストラクチャーにも、専門的知識の素養(あくまで素養ですが)が入り込みます。どうやって、それはリサーチがしっかり行われているかどうかにかかっています。小手先の素養風を書いても、口頭試問や面接のときに、アイデアのバックボーンについて問われたとき、入試対策の一環だけの話だったのかどうかはすぐに見破られます。

★そして、このバックボーンが、システム思考として表明したアイデアにうまくつながっているかどうかが質を感じさせるわけです。

★では、この質はどうやって豊かになるのか?それはリサーチ→ディスカッション→編集→プレゼンのサイクルを何回も回すことでシステム思考のループが増えていきます。まるで神経突起が、経験から学べば学ぶほど、対話すれば対話するほど、脳内で増えていくかのように。

★そして、このサイクルを何回も回す学びをPBLといいます。このPBLを教師が環境を整えている段階では、生徒は自分の血肉にはなりません。自らPBL環境をつくりそのサイクルを回していく必要があります。

★このPBLを体得する一つの方法として、上記の田村次朗教授の「交渉学」が役立つでしょう。志望理由書や小論文、面接の準備にも参考になります。

★「交渉学」は駆け引きや説得術とは違います。戦略的コミュニケーションと共感的コミュニケーションのシナジー効果を生み出すスキルです。ここでいうコミュニケーションとは、言語行為のことをいいます。

★さて、こうしてみてみると、やはり予測不能な時代の学びはどうなっていくかは自ずと見えてきますね。一般入試と総合型選抜の違いがいずれ縮まるビジョンが見えてくるはずです。いや、もともと一般入試だって、早稲田の政経のような方向をとりたかったわけです。しかし、数多くの受験生の選抜には難しかったわけです。

★しかしながら、今回のパンデミックがもたらしたオンライン授業の体験を通して、ここを乗り越えるアイデアがどんどん生まれてきています。

★今混迷している海外の大学の中で、ミネルバ大学が注目を浴びています。一万人を超す受験生を思考力入試で選抜しています。もちろん、オンライン上で行っています。

★入試がどうあれ、生徒自身がPBLを自ら行えるようになる時代であることは間違いないようですね。

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2020年8月27日 (木)

ノートルダム女学院(07)ナレッジ・カフェ開催~広がる「学習する組織」

★昨日、ノートルダム(ND)女学院中高で、ナレッジカフェが開催されました。ND教育開発センターのセンター長の霜田先生がホストで開催しているフラットでナチュラルな対話空間です。今春オープンされて、しばらくリアルなスペースで行われていました。

★しかし、今回のパンデミックで、オンライン授業にシフトしてからはしばらく時間が経ちました。そこで、夏休みも終わったところで、オンライン授業やニューノーマルな空間での授業などについて情報を交換する柔らかい会が、Zoomで行われたのです。

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★今回の知のソロ演奏者(=キーノートスピーカー)は、まずは霜田先生でした。3月から行われたNDのオンライン授業からはじまって、分散登校、ニューノーマルな生活の中における全面学校再開にいたる経過を振り返り、その中でどのような教育活動が生まれたかオンラインではどんなアプリが使われたかなどコンパクトに話されました。

★その後ブレイクアウトセッションで、対話をしました。キーノートスピーチは、多様なテーマが含まれていたので、それぞれのブレイクアウトルームによって対話のテーマは違ったようです。私の参加したチームでは、英語の授業におけるエッセイライティングとテクノロジー、スピーキングとテクノロジーという話題になりました。

★テクノロジーのメリットとデメリットの実践的な話が、実に興味深かったです。デメリットが新しいエッセイライティングの授業方法を創意工夫につながったとか、メリットは、スピーキングの能力開発の強化につながったとかいう話でした。テクノロジーの一般的なメリット・デメリットの話をさらに進めて、メリットをどう生かすか、デメリットを補完しさらに強化するにはどうするかというディテールにまで話は広がりました。

★まさに神は細部にやどるという内容で、NDの英語教育の今後の展開が楽しみになりました。

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★しばらく各チームで対話が行われ、全体のスペースに戻ってきたところで、いつも使っているチャットやジャムボードではなく、“Padlet”で、気づきを各メンバーが書き込み、シェアしました。さりげなく活用したこのアプリは、ホストの霜田先生からの贈り物です。NDでは、今やオンライン授業で活用したアプリやソフト、プラットフォームをリアルな授業でも引き続き活用している教師も多く、本格的なハイブリッド授業になりつつあります。

★リアルな空間でも使いやすいICTの道具立ての情報交換も気軽にできるのがナレッジカフェのいいところですね。そして、カフェが豊かになるかどうかは、粋なホストの配慮と参加者の話をしたいという気持ちで決まります。この自由な雰囲気が、豊かにするのは間違いないでしょう。

★さらなるシェアは、facebookでもナレッジカフェが公開されています。もっとも、メンバー専用のページになっていますが、そこでまた豊かな分かち合いが拡大していくでしょう。

★ナレッジカフェでは、日ごろの基本的な学校組織活動では見せない顔を先生方は開示しているのがおもしろいですね。フィンランド教育や言語技術の研究と実践をされている世界的視野で授業に取り組んでいるというのは、このような場があるからこそ共有できます。

★また、参加した先生方1人ひとりは、この間、さまざまなオンラインセミナーで学んでいました。そんな外部で体得した情報もシェアできます。

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(ナレッジカフェ終了後、少し「はっぱいガール【4点】」さんこと大河内さんと霜田先生と話しました。)

★さらに、今回はゲストとしてOGの大河内さんも参加。卒業後教師も経験し、その後独立して、新しい「農村」づくりやYoutubeでキャリアデザインや新しい学びをその世界で活躍している方をつないで発信し、ハッピーの種を森のように豊かにしてく活動もしています。このハッピーの成長を意味するために、自らを「はっぱいガール」と称して活躍しています。

★大河内さんによると、世界で活躍しているOGはたくさんいると。ご自身の同級生や知り合いの同窓生も、インドやロサンゼルスなどでバリバリ活動をしているということです。

★霜田先生は、大河内さんに、そういう社会活動をしているOGとNDの在校生をつなぐ企画を立ててよと依頼していました。それはいいアイデアですねと大河内さんも即反応。今注目されているハーバード大学のロバート・キーガン教授の成長の最終段階である「自己変容型マインド」の持ち主であることがすぐに了解できました。

★キーガン教授は高校までに、「自己変容型マインド」が育たないと、大人になってからはなかなか自分を変えられない。そこで、大人になってから「自己変容型マインド」を拓くにはどうしたらよいのかという研究をしているわけです。

★しかし、NDは,すでに高校までに「自己変容型マインド」を体得する教育がベースにあるのかもしれません。そういえば、NDの母体であるノートルダム教育修道女会を創立したマザーテレジア・ゲルハルディンガーは、「人が変われば、世界が変わる」と言っていたといいます。OG大河内さんのライフデザインがそれを明らかにしてくれたのではないでしょうか。今後が楽しみです。

★一般に、学校は、校務分掌に現れているように、基本的な学校組織に基づいて、教育活動が実施されています。どちらこというと垂直構造の組織です。成果主義的組織の在り方としての基盤を伝統的に築き上げてきました。

★しかしながら、21世紀に入ってソサイエティ5.0やSDGsなど時代の激動を見通しながら柔軟に舵を切る組織が求まられはじめました。特に今回のパンデミックという予測不能な時代に世界同時的に直面した私たちは、そのことを強く実感しています。

★こういうリスクをマネジメントするには、この縦の組織は必要です。しかしながら、しなやかに速度感をもって対応するには、横や斜めの組織的動きや外部とのネットワークも欠かせません。世界に開かれつつ、リスクを回避するというセキュリティマネジメントの両立が校長の重要な使命です。

★校長先生の使命も、今までにない新しい使命に変容しています。そういう意味では、NDの栗本校長のマネジメントは縦と横と斜めと外部ともっと大きな世界を丸ごと視野にいれて強く柔らかいものです。校長にとって新しいマネジメントの典型ではないでしょうか。

★私はこのような組織こそ「学習する組織」だと思います。

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2020年8月26日 (水)

工学院インパクト(07)PBL授業の進化~生徒が自らPBLを生み出す拠点としての教師のPBL授業

★昨年末から工学院の保健体育科の柴谷先生と浜崎先生と家庭科の片瀬先生、国語科の臼井先生、社会科の柳田先生が教科横断型のPBL授業を共創しようと動きはじめました。きっかけは、保健体育科と家庭科とでセルフ・エバリュエーション・プログラムのPBL授業がデザインされたことでした。両教科は、生徒1人ひとりが、将来にわたってのライフデザインを身体、心、社会性の全体を統合して考え、実践し、軌道修正していけるようになるかということがおそらく最終的な目標でしょうから、そのような授業デザインを開始したのでしょう。

【PBL銀河】

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★そして、生きるということは豊かなコミュニケーションを生み出し続けることでもありますから、臼井先生が国語科的アプローチも必要であろうと、そしてとくに社会性に関しては社会課題とも関係するので柳田先生も結びつくことになったようです。

★ところが、今回のパンデミックで、オンライン授業という新たな局面に対応しなくてはならなかったので、その共創活動があまり進まなかったのです。工学院は、技術的環境的にオンライン授業にスムーズに移行できましたが、個々の授業のプログラムデザインは、やはりリアルな時空での授業とは予想外に違い、それはそれで新たな創意工夫が必要で、そこに注力する時間が必要だったようです。

★そんな創意工夫の一つとして、保健体育科では、実技が思うようにならなかった分を、実技を体験のままに終わらせないように体育理論の体得をこの機会に行うことにしたというのです。たとえば、スポーツというのが自分たちの生活や生き方にどういう影響があるのかというのをリサーチし、新たな提案をしてみようというのです。

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★そこで柴谷先生が、「生涯スポーツの見方・考え方」という体育理論のPBL授業をデザインし実践しました。浜崎先生もその授業を実践したということです。今後の共創の切り口を共有するために、オンラインでその授業の分析をしてみることにしました。

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★メンターとして、教務主任の田中歩先生も参加し、様々な角度から分析をしていきました。あまりにも複眼思考で参加者全員が対話していったので、その内容は興味深いものでしたが、さすがに私の力ではそのプロセスを表現できないのが残念です。ともあれ、結論をいうと、1つは、もはや柴谷先生の授業は、軽くステージ5.0に達していて、あとはクオリティを向上させていけばよいということになりました。

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★そして、2つ目は、そのクオリティをどう豊かにしていくかという新たな課題が見つかったということです。

★昨年までは、PBLのステージを4.0以上にもっていけるかどうかに力点があったわけですが、今では、そこはクリアして、クオリティを豊かにしていくことに力点が移行しました。クオリティの豊かさには2タイプあります。それは、PBLを構成する要素の精査です。今回も批判的な思考の意味が、参加者それぞれ違っていて、その異なる視点を受け入れることで、批判的思考の質が高まることを共有しました。

★また、教師の時間と生徒が引き受ける学びの時間への意識の必要性も気づきました。

★構成要素は無限にあるので、その相乗効果をどう測るかですが、それは今までは生徒のアウトプットで行われてきたわけです。しかし、今回そこが単なるアウトプット評価ではないということに気づいたのです。

★柴谷先生の今回のプログラムは、最終的にそれぞれの年代レンジで生活を豊かにしていくニュースポーツを提案するというものでした。机上の体育理論ではなく、理論の社会実装まで求めるものでした。

★したがって、生徒1人ひとりが、リサーチ→ディスカッション→閃き→リサーチ→ディスカッション→プロトタイプ→提案編集→プレゼンというまさにPBLプロセスを通して創っていくわけです。

★生徒の作品はすべてプラットフォーム上に格納されています。柴谷先生はいくつか例を挙げ、成果を紹介していました。すかさず、メンターの田中歩先生は、この格納されている生徒の作品こそ重要なのではないかと。この作品をどのように今後扱っていくかによってさらなる柴谷先生のPBL授業のクオリティは豊かになっていくということになりました。

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★田中歩先生は、生徒のアウトプットである作品の評価から先を考えているようです。生徒がオンラインを経由して多様なアプリを使いながら作品をつくり、プラットフォームに格納していくので、作品が出来るまで、作品が発表されるまでのプロセスも実は可視化されポートフォリオになっているのです。いつでもどこでも教師はそれを見ることができます。これは今までの教育にはない革命的なことです。

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★柴谷先生のPBL授業は、生徒が作品を創るアウトプットに導くわけですが、その背景にある生徒自身のPBLまで生み出しているというのが可視化されているよということでしょう。

★田中歩先生は、したがって、ピンと来たのだと思います。生徒中心主義のPBL授業というのが田中先生の信念ですから、当然生徒自身が自らPBLを行うようになるのが本意でしょう。田中先生は、こうしようという抽象的なビジョンは先に言うことはあまりしません。ビジョンが生まれる環境を創ることを優先します。

★その環境の中から柴谷先生の生徒のPBLを生むPBL授業が飛び出てきたと感じたのでしょう。工学院の生徒によるPBL銀河が広まる予感がしました。

★と思った瞬間、片瀬先生が、授業の一つ一つのテーマをすべての生徒がすべて興味を持つということはない。すべてに興味を持つ生徒もいるし、持ったり持たなかったりの生徒もいるし、すべてに興味を持たない生徒もいる。興味関心は大事だが、すべての生徒が持てるようにするにはどうしたらよいのか。その生み出す仕組みとは何かは考えたいと根本的な問いを投げかけました。

★ということで、次回はそこを盛り込んだPBL授業デザインについて片瀬先生がプレゼンします。「PBL授業をどう組み立てるか」から「PBL授業の構成要素の内的連関の質をいかに向上するかと生徒が自らのPBLをいかに立ち上げるかそのきっかけづくりとなる授業をどうしたらデザインできるのか」にシフトチェンジしたZoomミーティングとなりました。

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2020年8月24日 (月)

思考コードがつくる社会(02)A1が見る世界とC3が見る世界の大きさ

★昨日の高校生の「世界を幸福にするデザイン」についてプレゼンテーションをオンラインで視聴して、感じたことの1つに、世界を広く深く見ているということでした。参加した学校は、いずれもPBL型授業を行っており、思考コードやルーブリックでエンパワメントエバリュエーションを行っています。学習指導要領でいう学力三要素をカバーする「基準」を活用しています。

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★ルーブリックというと評価表という意味が強すぎますので、やはり思考コードという表現をしましょう。思考コードは世界を生み出すシステムです。世界を見つめるシステムでもあり、新しいイメージを創出するシステム思考を拡大するエンジンでもあります。

★あるいは世界と存在をつなぐ媒介システムであるともいえましょう。

★思考コードは潜在的には、すべての人間が持ちえています。しかし、体験の中でそのコードを自ら発見することがなければ、A1のコードぐらいしか見つけられないまま大人になり死を迎えます。

★世界の一面をみて判断するので、そのシステム思考は誤謬確信に導いてしまうリスクがあります。リスクがあるというより、それに気づかずしたがってリスクを回避することができないのです。

★一方で、A1からC3まで思考コードを発掘すると、真理の確信に近づく思考のループを広げていくことができます。

★もちろん、思考コードの広さだけではなく質の向上は必要です。正しいと思ってもそうではないというのが世の常です。各コードの領域間の適切な循環を生み出していくには対話というリフレクション=モニタリングが必要なのは言うまでもありません。

★PBLとは、もちろん何かモノを創り出すことは重要ですが、そのモノの背景にある世界性を豊かにしていける思考コードの広がりと質の豊かさを対話しながら(共感的コミュニケーション)追究していく学びの共創を意味しています。

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中高生の活躍(04)文化学大学杉並DDコースの生徒と和洋九段女子の生徒のシステム思考×デザイン思考

★聖学院の三浦さんのプレゼンのあと、文化学園大学杉並DDコースのチームが発表し、それに和洋九段女子の2つのチームが続きました。三浦さんもそうですが、各学校のPBLの学びが反映していて、学校教育の必要性が裏付けられているなあとしみじみ感じました。

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★聖学院のPBLは、タイ研修や海外起業家研修MoG、キャリア甲子園、パラリンピック支援活動など多くの実際的なプロジェクトがベースです。これらの研修は外部のネットワークと結びつくもので、彼らファシリテーターは、U理論とEQ、そして心理学系の見識を社会実装しています。そんな中で、タイ研修のスーパーファシリテーターは、同校の教頭伊藤豊先生です。おそらくもっともハードで、心揺さぶられ、あらゆる学術的理論の無力さを思い知り、そこからどうやって立ち上がるか、自己の狭い視野をぶち壊していくかという米国のWASPというプロテスタンティズム階層構造をぶっ壊すディサイプルズ派の面目躍如というマインドが底流にあります。

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★キング・オブ・ファシリテーターといっても過言ではない伊藤先生。お会いすると、その控えめだけれど互いの存在の重さをシェアできるオーラがあります。三浦さんが共感するはずです。伊藤先生のような存在が学内にあって、外部とつながるので、バックヤードでは、その意味をしっかり話し合っています。そういう分厚い、外からでは見えないマインドの広がりが豊かなわけです。これなくして、外部とつながると、たんなる観光旅行になってしまいますね。

★文化学園大学杉並のDDコースもすさまじい授業が展開しています。もちろんPBLなのですが、カナダのブリティッシュコロンビア大学の学問的な連携がなされているプログラムです。カナダのブリティッシュコロンビア州では、それがあたり前で、すべての公立学校がその恩恵に浴しています。

★DDコースの先生は、すべてBC州が認定した教師が派遣されています。ネイティブスピーカーの教師ですが、BC州公認というところが他を圧倒するクオリティの高さです。ですから常に大学で学びながら授業も行うので、研究者であり高校の教師でもあるわけです。学問の最前線の成果をダイレクトにDDコースにつなげているわけです。

★だから、スタンフォードやブリティッシュコロンビアやトロント大学で活用されるデザイン思考も当然取り扱われています。またカナダの教育はグローバル市民育成をベースにしていますから、地球環境問題は当然射程に入っています。デザイン思考ですから、3Rからアップサイクルへという新しい環境問題を解消する活動も採用します。

★基本は、モダンアートの古典的戦略のレディメードです。ですから、文杉のPBLはアート思考満載です。あまりアートとデザインの区別はしていないところが柔軟です。日本だとアートとデザインはどう違うのかから入ってしまいます。コンセプトの名称と商標の区別がついていないところがあります。それはアート思考もデザイン思考もパッケージとして輸入している日本の教育産業界の悲しい定めですね。最初から自分たちで生み出していないので、そこから出発すると誤謬確信に導かれていくというピーター・センゲのシステム思考の指摘はその通りです。

★そうそう、文杉の生徒が提案するハピネスサイクルはシステム思考そのものです。それぞれの格子をステップに分けていて、それぞれの格子の幸せ感の違いがプレゼンされていました。シンプルなサイクル図なのですが、実際にはそれぞれの格子からループする輪がたくさんついている複雑系になっています。しかし、それをあえて描かず、シンプルなサイクル図とフローチャートに分けてデザインし、あとは聴き手にイメージしてもらおうという戦略でした。

★フランスのマカロン大統領のダブルメッセージである「プランネットBはない」というプラカードでプレゼンを終わったのも心憎いですね。これは日本の教育でもやる掛詞の戦略です。古典や詩で学ぶ表現技法を、こういうところに反映させる遊び=学びが日本にはまだまだないのが残念です。教科の知識を軽視し、知識なき探究をやろうとしていますから、そういうことになります。両方を遊びというゲームでつないでしまえばよいのに。

★身近な体験から気づきに気づき、探究を深めていくことが好きな割には、身近な教科学習を探究につなげないというシステム思考のなさが現状のようです。そんな矛盾から思い切って飛び出しているのが文化学園大学杉並のチームのプレゼンでした。

★つづく和洋九段女子の2つのチームのプレゼンもすばらしかったですね。徹底的に体験の中でリサーチをするのだけれど、そのリサーチはインタビューという対話によるものも多いのです。もちろん文献リサーチもたくさんしているし、データも活用しています。しかしながら、基本対話の中から仮説を立てて、それを体験の中でリフレクションしつつ軌道修正したり検証したりしていくスタイルです。

★仮説のきっかけをマズローの5段階欲求説に依拠していましたが、最終的にはそこから離れていきます。学術理論を超える新しい発想を生み出す息吹が溢れていました。

★同校のPBLのデザインのリーダーの一人である新井教頭は、シリコンバレーで注目されているマインドフルネスも学び、実はマズローの5段階欲求説を超える幻の6段階目の目を持っています。また新井先生の仲間である水野先生や本多先生は、文化人類学的な発想の社会理論をベースにPBL授業をデザインしています。通時的・共時的な視座で社会を多角的に分析する目を生徒と一緒に学んでいるのが日常です。

★それから、数学科の石原先生は、社会を分析する時に、データをどう創るのか、社会現象や社会の中で人々がどう反応するか心理的反応を関数関係に変換するアイデアを大事にしています。

★そういう和洋九段女子の日ごろのPBLのプラクティスでよく学んでいるなあというのが手に取るようにわかったのが今回のプレゼンでした。私はたまたま3校の先生方の取り組みを知っていたので、見える部分も多かったと思います。問題は、日本の教育産業界は、平気でビジネスマン養成目線(勝ち組負け組という欲望の資本主義目線)で生徒を見るので、本質がみえませんね。

★そういう矛盾の嵐の中で、見えない部分をどのように表現しようかとチャレンジしている3校の中高生の皆さんの姿にこそ、世界を変える突破口が広がるのだと確信しました。

★それにしても、三校とも、思考コードやルーブリックが日常化しています。PBLをやるのに、そういうメタ基準があるのは当然なのですが、実はないところもまだまだいっぱいあります。また、ICTを普段使いもしています。文杉のDDコースのリヨ校長先生は、ICTのないPBLは考えられないということです。それが、カナダではニューノーマルではなく、すでにノーマルなわけです。

★そういう意味で、文杉の生徒さんのプレゼンは、世界標準ですから、3校とも甲乙つけがたいプレゼンをしているということは、それだけでもすごいことですね。みな世界標準だということです。

★来春ダボス会議で、資本主義から才能主義へというテーマで、国際会議が開催されますが、21世紀型教育機構はそれを先駆けてやっています。最近あの落合陽一さんも、21世紀型教育機構の規約の前文で掲げている「クリエイティブクラス」へのシフトを提唱していますね。

★今回の生徒のみなさんはクリエイティブクラスへの道を着実に歩んでいます。ワクワクしながら、緊張しながら、情熱をメラメラ燃やしながら、世の痛みを引き受けながら。

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2020年8月23日 (日)

中高生の活躍(03)聖学院の三浦さん。

★本日、21世紀型教育機構で、中高生のプレゼンテーションコンクールが開催されました。聖学院の児浦先生からウチの三浦くんがプレゼンするからどうですかと。私が同機構の事務局をしていた時期(今は同機構を引退しています)に、毎回のようにセミナーに参加してくれて、盛り上がてくれていた三浦さん。もう高3生になっていたのですね。

★私がセミナーのジェネレーター的ナビゲーターを行っていたときのことです。ちと飛びすぎた自己満足的トークだったかなと内心おちこんでいたとき、さっと近づいてきてくれて、「おもしろかったですよ!」と言って爽やかに帰っていった姿は今も鮮明に記憶にのこっています。そんな落ち込んでいる私の気持ちを気遣うセンサーの持ち主に応えるのは当然です。二つ返事でウェビナー参加しますよとなったわけです。

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★セミナーのテーマは「幸福度が高まる世界のデザイン」でした。Well-beingへの関心度が高いいまここでの旬なテーマです。ちょうど「自由か規制か」から「自由か幸福か」へとシフトしている今日的テーマについて、他校の高3生と対話しているところだったので、ますます時代の欲求するものの高まりを感じました。

★そして、いよいよ三浦さん。「失敗が幸せを生む?」というテーマでした。実に文学的なパラドクスを選んだものだなと感動しつつ、そういえば、あのとき私の落ち込みという失敗感をポジティブな捉え方にサッと転換するエールを贈ってくれた三浦さんならではの視点だなと思いました。

★失敗と成功の二項対立の背景にあるネガティブな固定観念をどうぶち破るか、ぶち破るというより、試行錯誤の飽くなき連続によって固定観念を持っている人々が認めざるを得ない状況に持ち込んでいくすさまじい信念の重厚感に、小手先のプレゼン技術や探究技術など吹っ飛ぶ感じがズシっときました。

★またチームのもう一人の生徒は当日参加できないということで、動画で参加。パラリンピックを契機に、心のバリアフリーを創っていくのにどうしたらよいかという提案を超えて実際に行った体験を語りました。

★おもしろかったのは、二人の別々のプレゼンではなく、劇中劇みたいな入れ子の構造になったプレゼンで、二人の着想は、失敗と成功を対立構造に持ち込む社会集合意識と障害者と健常者の対立観念をつくってしまうこれまた社会集合意識を重ね合わせ、それを解消するという点で協働・共創していることが伝わってくる力強いプレゼンでした。

★固定観念に負けずに不平不満を言わずに、むしろそういう固定観念を引き受けて共に歩んでいくうちに向こうの方が観念して負けたよというような感じです。固定観念を観念させるという物凄い戦略です。

★おそらくこの社会集合意識は、みなトラウマをどう乗り越えてきたかを物語る紋切り型のお涙頂戴プレゼンに慣れきっているから、三浦さんのように別の物語を紡いでいる新しい人間の場合は、苦労しますね。しかし、その苦労こそ、ピーター・センゲのいう誤謬確信に導かれる罠にはまることをはねのける土台を必ずや形成するのです。

★就職の時もそんなトラウマヒーロー物語を語る練習をする啓発セミナーや啓発本が多いです。AO入試対策なんかもそうですよね。

★でも本当は、いっしょに未来を創っていけるかどうかの出会いを待ち望んでいる人々が多いのではないでしょうか。出会いに過去は問題でしょうか。いまここから未来をいっしょにやっていこうと意気投合し共感し心の竜巻が起こる仲間に出会えたら最高ではないでしょうか。エンパワーメントとはそういうことです。

★そんな仲間と出会えたら、失敗もトラウマも、だから何だよとなり、一瞬にして固定観念は吹っ飛びます。

★その仲間が友人の場合もあるでしょう。三浦さんが写真を提示してまで紹介した児浦先生や伊藤豊先生のような教師の場合もあるでしょう。これから出会う大学の教授という場合もあるでしょう。それにいずれ未来の伴侶となる恋人も三浦さんを待ち望んでいることでしょう。

★プレゼン、出会い、マインドフルネス、響き合い、分かち合い、協働、そして友情と共創・・・なんてったて存在のインパクトこそ重要です。もちろん、魅せるプレゼンテーションのスキルも必要です。がっちりリーサーチすることも必要です。でも、それは、完成されたものでなくてもよいのです。大学に入ってから、就職してから細部に至るまで学んで修得していくものです。

★飛びたいと思って、1人の力ですぐに空を飛ぶことなんてできないでしょう。長い間、多くの人が挑戦し、協力して、失敗をものともせず繰り返し、ようやく飛行機を完成するのです。学問とはそういうものだし、人生ってそういうものでしょう。

★これから三浦さんが専門知識を学んでいくにしても、学際知を身につけていくにしても、その時にリサーチしたりプレゼンしたりするでしょうが、そのリサーチやプレゼンの力が今からそのレベルになっている必要はまったくないのです。

★ただ、出来るようになるなあという予感は大事です。あなたは未来にそうなるという予感がするよ。だからいっしょにやりたいねと共鳴し合えるかどうかが肝要です。そのためには、自分の努力はここまででよいということはないのです。試行錯誤の重奏低音を響かせながら歩んでいく存在の豊かさこそ三浦さんの才能であり魅力です。

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聖パウロ学園 イノベーティブエデュケーター(02)men for othersとしての<対話>が浸透①

★カトリック修道会では、19世紀ぐらいから教育修道会というのが果敢に新しい教育にチャレンジしました。それまでの修道会は、祈りと観想が中心でした。しかし、18世紀末から、革命、戦争、パンデミックで多くの窮地に陥った子供たちや虐げられた女性があふれでました。近代社会立ち上がりにすでに露呈した矛盾です。これが手を変え品を変え、ずっと今日まで続いています。ですから、この教育の力で救済しようという動きは、修道会にとっても近代的な行為なのです。そして、それは今も続いています。ですから、この教育によって、近代社会の矛盾を解消しようと立ち臨んでいる教師のことを、カトリック学校では、自ら19世紀の頃から<イノベーティブエデュケーター>としてみなしています。

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★PCもなかったころからイノベーティブだったの?と驚かれるかもしれません。そうです。そういう意味では、中世、古代とさかのぼっても、イノベーティブな人間はいたといえるかもしれません。そもそも聖書は、イノベーションの産物です。いやイノベーションの泉です。聖書の世界は、新しい人に生まれ変わることのススメがいたるところに書かれているのですから。

★聖パウロ学園は、その聖書の中の一節「自分が人にしてもらいたいことを、すべて人にしなさい」というゴールデンルールというマインドをスクールモットーにしています。NY国連のギャラリーには、このゴールデンルールを刻んだノーマンロックウェルのモザイク画が陳列されています。国連は、このゴールデンルールは、キリスト教のマインドだけではなく、すべての宗教、すべての民族、すべての人種、すべての異なる文化に共通するルールだとしているのです。

★このゴールデンルールは<men for others>と置き換えられます。もっと簡単なそして深い表現では<隣人愛>ということですね。

★昨日8月22日(土)、聖パウロ学園はオンライン学校説明会を開催しました。8月1日にリアルな会場での説明会を行ったのですが、オンラインでも行うというのは、1日は、ソーシャルディスタンスを徹底するために、定員制にしたため、参加できなかった受験生もいたからです。

★同校は、授業だけではなく、説明会もリアルとサイバーの両方の時空で行うハイブリッド型の教育を行っているということがすぐに了解できるでしょう。

★今回のパンデミックで、すみやかにオンライン授業に移行できたのは、インターネット環境やWifiが完備されていたからではありません。ICTコンサルタントにフォーローしてもらっているからというわけでもありません。いまここにあるインフラや道具、自分たちがもっている知恵を出し合って、こんなとき自分ならどうしてもらいたいかを考え、それを生徒に行うというゴールデンルールに基づくメンタルモデルがそうさせたわけです。

★オンライン説明会の中で、佐々木校長は、「過去にこだわる必要はない。過去は変えられない。でも、いっしょに未来を創っていくことはできるんだよ」と語り掛けています。聖パウロ学園で、新しい人になろよと。柔らかいそれでいて強烈なメッセージです。

★まさに、<イノベーティブエデュケーター>の典型です。(つづく)

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2020年8月22日 (土)

ナチュラル対話コミュニティ(01)佐野先生と金井先生との感動的対話

★本日夕刻から先ほどまで、佐野先生と金井先生とZoom対話をしていました。多肢に広がる対話の中から生まれてきたメッセージは、<ナチュラル対話>の大切さとそれが<地球を包む>広がりがいまここから生まれ出でそうだという実感でした。

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★コロナ直前に会ってからしばらくぶりでしたから、今どんなことをやっているのか互いの情報共有をしていったのですが、探究とかPBLの研修を超えた人間の精神について対話が深まりました。精神を戦略的に成長させるとか自己変容させるとかいうことではなく、ナチュラルに広がっていく根源的な教育の質の話に終始しました。

★今、教育は変わる兆しを感じつつ、その教育はたしかに外部の方々と共創しなくてはならないけれど、多くは外部のパッケージ依存というのが多いわけで、かえつ有明のように先生方自身が互いにナチュラルな対話をしながら生み出していくというのが大事なのではないかと。

★そして、このナチュラル対話は、気づけば個人は個人以上の存在で、interbeingであるということも確認しました。

★しかも、その<inter>が、人間相互の関係を意味する場合もあるし、それをさらに終えた世界性というスピリチャリティを意味する場合もあるのだと。それがゆえに、このスピリチャリティを戦略的に利用された場合、たいへんなことになるから、コミュニティやつながりに毒が流れないようにナチュラルな対話のつながりを貼り巡らしておく必要があるのであると深い、ちょっと神秘的な話にもなりました。

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(時々何かが降りてくるのを感じながら対話しました)

★しかし、このスピリチャリティは、私のかかわっているカトリック学校では当然だし、佐野先生や金井先生の関わっているワークショップにおいても共感されるというのです。

★今回のパンデミックで、たとえば、マズローの5段階欲求説を超える超越的な存在が話題になったり、GAFAにおけるマインドフルネスの話が注目されたり、河合隼雄の十牛図がかえりみられたり、ドイツの若手哲学者が、従来のマインドを超える精神性としてガイストを見据えたりしているのをNHKがドキュメンタリー編集したりしています。

★NY国連は、そのスピリチャリティを、ギャラリーに陳列してあるノーマン・ロックウェルのモザイク画で表現している程です。

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★今やオンラインで世界の人びとと対話ができます。そのときは英語は必要なのですが、共通言語はナチュラル対話だということになりました。私たちはあまりにドメスティックな世界にいますから、暗黙のルールに基づいて戦略的対話をして交渉していきます。

★しかし、その戦略ルールは、必ずしも世界で通用しません。世界でコミュニケーションができるのは、実は世界中が共感できるナチュラル対話です。

★このナチュラルな対話を続け広げている佐野先生と金井先生は、みごとにいろいろなネットワークでその対話を広めています。もちろん、それは、かえつ有明がまず最初でした。なぜ同校は人気なのか? 戦略的対話しかできない学校や塾の場合、ナチュラル対話の広がりにあるという内的な理由があるのを感じ取ることができません。

★佐野先生と金井先生は、HTHやピーター・センゲのセミナーにも参加しに、カリフォルニアやボストンに渡航してもいるぐらいです。U理論も活用します。NVC対話も活用します。

★私とは、学習する組織についてよく話をします。今回も、その組織の構成要素のうちの1つ、メンタルモデルとシステム思考についてかなり深く対話しました。

★そして、そろそろ、いろいろな理論をインテグレイトしたうえで、新たな理論も生み出してみようという話になりました。そいう研究プロジェクトというかチームとしてすぐに動こうということにもなりました。

★ナチュラル対話(戦略的対話を持ち来まないメンバー、教えてくださいではなく、いっしょに創っていくメンバー、トラウマヒーローでないメンバーとで)をしていくコミュニティ生成と学問的な理論化をしていこうと。

★3・11の最中に私たちは出会って、新しい学びの開発のプロジェクトや対話を続けてきました。そして、今回のパンデミックを通して、ナチュラル対話が地球を包む時代の到来を願いながら、対話は広がったのです。

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Keisen Jogakuen's desire for peace changes the world (01) Consistent education

The information posted on the Keisen Jogakuen education site is full of expressions that will impress readers. There is a message for each student, including the principal. Some of the announcements were actually speeches.

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(The picture is from the school site. Flowers for August and praying for unchanging peace and innovative education for innovation)

★The power of sending the principal's blog is due to the enthusiasm of its action. When thoughts, feelings, and actions match, the words emitted from them have power. I feel that the education practiced here is creating the future in front of the students.

★Keisen's mission of becoming a person who seeks peace is being practiced one after another. The meaning of that peace is inspired by Hiroshima and Nagasaki, and there is also interaction with people involved in both regions. There is also the exchange of messages. In addition, students look to many of the world's disparities.

★ If that happens, the instantaneous power of the online class immediately after this pandemic will be very useful. It is the exchange of truth words that connect to the world. You can do that with Zoom or Googlemeet, but in fact it's already done on the site or on social media.

★As mentioned earlier, the school principal, many teachers, and each student send messages. It naturally connects to the world. Connecting to this world is not just because it is global now.

★ What is needed is the development of the power of words and actions, how to overcome all the disconnections and divisions and walls. First, send it to the world. And I will continue to talk about where those feelings are born. Its sources are the Bible, the International and the Garden, which translates to: World spirit, world communication, a desire for peace that transcends the world's “dividing”.

★ What? I understand the first two, but why is gardening replaced by a quest for peace that transcends the world's “dividing”? This is something we can share because we have experienced this pandemic at the same time worldwide.

★In this pandemic, what we have noticed is the danger of the division of urban and rural areas, the division of life and everyday life, the division of spirit and life.

★To eliminate this division, we need to circulate the division between the society and nature of cities and rural areas. Many city policyists and people in urban engineering are discussing this. The media reports daily about the division between life and daily life. Traditional life poses a life threat. Actually, that was before the arrival of the pandemic, but we didn't notice it.

★Our daily life may have been an abnormal world in terms of harmony with nature, which is life. We are made to think once again every day that this means the fierce hard work of medical professionals and those who provide nursing and support.

★ And, the division also brings about division of life and spirit. Essentially, life is the foundation that enriches the spirit. But it turned out that it wasn't.

★The act of seeking peace was actually an education in which the mind of "vine grape", which shares the fruit of the horticulture and the circulation of humans and society, is shared.

★Being a person who seeks peace is not like everyone like Greta. Everyone is different and everyone is fine. However, the root is to create seeds that create a cycle of nature, spirit and society. The seeds of each student bloom differently, bear fruit, and circulate and grow forever.

★ Circulation is not purified in a closed system. It will cycle with each other in the connection with others. Students will then network and create a rich circulation. Circulating fruits, vine seeds, or mustard seeds that have been connected by Keisen open their leaves and flowers towards the blue sky. Then, it will return to the earth again and will continue to be a nourishment not only for itself but for many others and nature, and will continue to regenerate.

★The site has a memoir of the OG who passed Yokohama National University. Exactly this is embodied. You can understand that.

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恵泉女学園の希求が世界を変える(01)一貫した教育

★恵泉女学園の教育のサイトでの発信は、読み手が感動する表現が満載です。校長先生をはじめ、生徒1人ひとりの発信があります。その発信は実際にスピーチしたものもあります。

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(写真は同校サイトから。変わらぬ平和を祈る8月の花と革新も止めないプログミング教育)

★校長ブログの発信の力強さは、その行動力にうらうちされています。思考と気持ちと行動が一致する時、そこから発せられる言葉は力があります。いまここで実践されている教育が、未来を目の前で生んでいる実感があるのです。

★「平和を希求する者になる」という恵泉生の使命が次々と実践されていく教育が行われているわけです。その平和への活動は、広島や長崎に想いを馳せ、両地域にかかわる人々との交流をしたり、メッセージの交換をしたりすることもありますが、それだけではなく、世界の格差にも目を向けます。

★そうなると、今回のパンデミックでオンライン授業にすぐに移行した瞬発力が大いに役立つわけです。世界につながる真理の言葉の交換です。ZoomやGooglemeetでそれは可能ですが、実は、すでにサイトであるいはSNSで発信しているのです。

★先述したように、校長をはじめ多くの教師、1人ひとりの生徒が発信します。それはおのずと世界につながります。この世界へつながるというのは、たんにグローバルな今だからではないのです。

★求められているのは、あらゆる断絶や分断、壁をどうやって乗り越えるかという言動の力の育成です。まずは、世界に発信する。そして、その想いがどこから生まれてくるのか語りつづけるわけです。その源は、聖書と国際と園芸ですが、それはこう言い換えられます。世界精神、世界コミュニケーション、世界の分断を超えた平和への希求。

★あれっ?最初の2つは分かるけれど、なぜ園芸が世界の分断を超えた平和への希求に置き換えられるのか?これは今回のパンデミックを世界同時的に経験した今だからこそ共有できることでもあります。

★今回のパンデミックで、私たちが気づいたことは、都市と農村の分断、生命と日常の分断、精神と生活の分断といった分断の危機をひしひしと感じたことです。

★この分断をなくすためには、都市と農村という社会と自然の分断を循環させることです。そのことについて、多くの都市政策論者や都市工学の方々が論じています。生命と日常生活の分断については、毎日のようにメディアが報道しています。従来の生活は生命の危機をもたらすわけです。実は、パンデミックが訪れる前から、そうだったのですが、私たちは気づきませんでした。

★私たちの日常生活は、実は生命という自然との融和に関しては異常な世界だったのかもしれません。このことにつては、医療従事者の方々や看護や支援をする方々の壮絶な苦労が意味することを、今一度私たちは日々考えさせられています。

★そして、その分断は、生活と精神の分断もきたしています。本来、生活は精神を豊かにする土台です。しかし、実はそうではなかったということが明らかになったのです。

★平和の希求への行動は、実は園芸という自然と人間と社会の循環を考えて実りを共有する「ぶどうの木」さながらのマインドがそこには宿る教育だったのです。

★平和を希求する者になるというのは、グレタさんのようにみんながなるということではありません。みんなちがってみんないいのです。ただ、その根源は、自然と精神と社会の循環を生み出す種をつくることです。生徒1人ひとりの種は、それぞれに違う花を咲かせ、また実を結び、永遠に循環して成長し続けます。

★循環は、閉じられたシステムでは浄化されません。他者とのつながりの中で相互に循環するでしょう。そうして生徒はネットワークを張り巡らし、循環を豊かに回転させていきます。恵泉で結んだ循環の実、ぶどうの木の種、あるいはカラシダネ(マスタード)は、青空に向かって葉を花を開きます。そして、また大地に戻り、自分だけではなく、多くの他者や自然のための滋養になり、再生を続けます。

横浜国大に合格したOGの体験記がサイトにはありますが、まさにこのことを体現していることが了解できます。ぜひご覧ください。

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ノートルダム女学院(06)「学習する組織」を創る。

★21日金曜夕刻、ノートルダム学院小学校の梅下先生とノートルダム女学院中高(以降両方を「ND」と表記)の霜田先生とZoom対話をしました。今後行うNDナレッジカフェのプログラムデザインやICTの道具立てなどがテーマでした。自由奔放なんだけれど、NDの持続可能な教育の質を生み出し続ける組織を創る対話です。

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★NDの小学校の方はチームNEXTが動いていて、こちらのほうも来週Zoom対話を行っていく予定です。それから小中高大が連携するNDオンライン委員会も動き始めています。霜田先生と梅下先生は、お二人ともそのメンバーです。

★ですから、NDグループ全体で動いていく種づくりをしています。種ですから、まだだどうなるかわからないので、学内の仲間の先生方も息をのんで見守っていると思います。しかし、カトリック精神のカラシダネのたとえ話は極めて重要なのです。

★やがて、大きく成長し花開くのですから。ただ、少しだけ待つ必要があります。

★特に今回の創ろうとしているNDの学習する組織は、今回のパンデミックによってちょっと興味深いものです。オンライン授業を行ってきたので、Zoom、Googlemeetなどのテレビ会議システムやグーグルクラスルームなどのプラットフォームは先生方皆が使えます。

★ですから、学習する組織のプラットフォームをSNS上につくり、リアルな時空とサイバー時空の両方で行うハイブリッド型のナレッジカフェづくりになっています。すなわち、ハイブリッド型の学習する組織です。

★学習する組織の5つの柱は次の通りです。

1)ビジョンとかコンセプトの共有

2)チームワークベースの共感的コミュニケーションの生成

3)知性、感性、感情、脳神経系などを結び付けて考え行動するシステム思考の創出

4)自己マスタリー

5)メンタルモデルのシェアとチェンジ

★この中で、メンタルモデルのシェアとチェンジは、時が熟するのをまたなければならない大切な柱です。1)から4)までがうまくいくかどうかは、メンタルモデルのシェアとチェンジにかかっていますが、ここは信頼関係がまず大前提になります。

★教育を変えるのに、教育コンサルタント系に依頼する流れがきています。しかし、たいていこのメンタルモデルのシェアとチェンジをスルーするので、すぐにぽしゃります。エントロピー増大を迎えてしまうのです。

★持続可能にするには、メンタルモデルのシェアとチェンジですが、ここが最も難しいし時間がかかるところです。

★ここは、トップダウンは効き目がないのです。むしろ逆効果です。失敗するとサイレントキラーをたくさん生みだします。

★それゆえ、お二人は、参加メンバーがman for othersを発揮してモチベーションが内燃するプログラムデザインについてじっくり対話されていました。まずは、ワクワクだし、まずはやってみるだし、身体を動かしながら発想を生み出そうという動きを始めています。

★幸い、カトリック学校なので、想いと行いは一致するというマインドセットはできています。ハイブリッドPBLをやると思っていても、行動が伴わないとねというのがあるのです。ですから、こうしてZoom対話やハイブリッドイベントを行うのです。

★J.J.ルソーじゃないですが、講演よりもお祭りだというわけです。

★私がこうして先生方と活動している学校の数は、全国の高校の数の0.2%にすぎません。この共に創るプロジェクトは気が遠くなるような話なのかもしれません。しかし、一粒の種で森が生まれ、一滴の雨粒が大海を持続可能にしているのです。

★これがカラシダネの発想です。このカラシダネが、ハイブリッド時空でアーキテクチャーのコードに埋め込まれれれば、あっという間に拡散するでしょう。

★そして、今やこういう動きは多方面で生まれています。いずれ合流となり大海となり嵐を巻き起こすことになりましょう。

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2020年8月21日 (金)

思考コードがつくる社会(01)着々と教育は変わっている。

★教育改革はなかなか起きないとか、遅々として進まないとかよく話されています。たしかに、変わっていない部分もありますが、そして変わって欲しくないと思っている方々には申し訳ないけれど、それとわれこそは新しいと思っている方にも申し訳ないけれど、教育は大きく変わっています。

★今回のパンデミックによるオンライン授業は、それを加速させる動きでしたが、大きな変化はファーストクラスからクリエイティブクラスになるということです。人材の質が変わりますから、当然教育も変わらざるを得ません。

★マーケットがデジタル化しますから、国の法律ではおいつかない、準法判断をせざるを得ない行為をしているのが今日です。ネットで何かを買おうとするたびに背景に契約同意のアーキテクチャーが緻密なシステムとしてすでにできあがっています。

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★それはデジタル通貨を使う時にもそうです。同意しなければ、先に進むことができません。買わなければいいのですが、買わない他の選択のない場合は、こまりますよね。

★それよりなにより、アーキテクチャーはコードの塊です。国家法でなくても、あたかもアーキテクチャー法みたいなものがサイバー時空ではあって、それを活用しなければPC操作ができないのです。

★もちろん、民法や商法上の適用はあるし、公平性や適正手続きの枠組みはあります。しかし、神は細部に宿ります。身近なところでは、私たち自身、つねにメールやSNSで誘導される生活様式になっています。

★常に、相互に権利侵害のリスクとつながっています。

★もうクリティカルシンキングを活用しなければどうしよもありません。

★資金調達も起業も手続きは容易になってきています。しかし、そこにはリスクも当然あるわけです。リスクテイクという学習者像まで現れてきているほどです。

★私がいいたいのは、サイバー時空のアーキテクチャーのコードは国家法、慣習法、倫理にも勝る法機能を演じ始めているということです。もはや国家法だけが、学校教育をささえているのではありません。サイバー上のアーキテクチャー法のコードが決定的です。2025年までに、オンラインポートフォリオ、オンライン入試はニューノーマルになるでしょう。

★サイバー上で創造的作業をしていないとクリエイティブクラスには入れません。ブロックチェンがそうい評価機能を果たします。

★電車の中で、老人に席を譲らなかったら、それはサイバー上では人格評価が下がります。シノプチコンは道徳談義を吹っ飛ばします。

★エエッ~!そんな恐ろしい。偏差値で評価される方がましだということになるかもしれません。また本間の妄想だあ~!と言われるかもしれません。

★いずれにしても、首都圏模試センターの思考コードは、ブロックチェンで活用されていきます。クリティカルシンキングもクリエイティブシンキングも発揮していない人材はAI社会ではバグだと判断されます。

★そんなSFファンタジーだろうと思っていると、大変なことになります。

★自由か幸福かのどちらを選択するのでしょう。

★それとも自由と幸福のどちらも統合できるのでしょうか?

★ものごとはパラドクスがつきものです。

★この緻密なアーキテクチャーコードによるシノプティコンのパンドラの箱の最後に飛び立つ希望が「思考コード」なのですよ。

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ポストコロナの大学入試問題(05)2021年以降の小論文の当然のテーマは「シノプティコン」。しかし難しい。それに真摯に対応できる高校は?SEIGのGIC。

★総合型選抜の入試にかかわらず、一般入試や医学部で出題されるテーマは当然のごとく、「パノプティコンからシノプティコンへ」に関連する問いでしょう。ミシェル・フーコーの監視モデルは、まだアナログメディアからのイメージでしたが、今やメディアはデジタル化しているし、今回のパンデミックで、デジタルワールドに否応なしに突入してしまいましたから、「シノプティコン」現象というより制度としての「シノプティコン」の存在が、一部哲学者の話ではなく、市民生活にも影響を及ぼすようになってしまいました。

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★「シノプティコン」が現代の哲学者の中で論じられていることについては、2016年に岡本教授が書籍で著わしてからメディアでも取り上げられました。しかし、まだ本の世界の話でした。

★しかしながら、パンデミックが起こる前から、産業界では「シノプティコン」が当たり前になっていたのです。そして、20世紀の哲学や社会学の領域からみてしまうと、「シノプティコン」をめぐる話でも、国家や行政の権力の監視のチェックをどうするかということで終わってしまっていたわけです。

★ところが、特定秘密保護法の制定などをめぐり、実際には、特定秘密の取り扱いは、産業界でも行われるようになってきたわけですから、国のコントロールばかり見ていても、アンダーコントロールやオーバーコントロールの現象が市民生活に浸透していることがみえてこないので、時代に合わない小論文対策をしてしまいがちだったんですね。

★しかしながら、毎日のようにテレビで、医療従事者や教師、企業人の遠隔操作、煽り運転の証拠としての動画が流され、「シノプティコン」現象はまさにニューノーマルになっています。つまり、制度化されていたのだということが明らかになったのです。

★特にパンデミックにおける医療関係の話は、膨大な個人の遺伝子情報、血液やホルモンの成分情報、疾患情報などがやり取りされている様子が報道されています。「シノプティコン」をただ批判するだけでは、この生死の問題を解決することはできなくなっているわけです。

★このような状態の中に、ブロックチェーン、5G、量子コンピュータの話が加わり、2025年までには、PCの世界も全く違った次元に突入しています。今までは、2011年以降のSNSの勃興がありすが、まだ1995年のWindows95インパクトの延長線上で捉えられてきました。しかし、どうやら「シノプティコン」とは何か再定義しなくてはならなくたりました。

★「シノプティコン」の再定義は、<「自由か規制か」から「自由か幸福か」へ>を巡るテーマをどうとらえるかを意味し、結局「自由」とは何かの再定義であり、「自由」な存在としての「人間」の再定義でもあります。

★今のところ、ここを制度設計の視点から高校生が考えるための書籍はなかなかありません。そんなとき、AO入試の準備をしている生徒と対話していて、大屋雄裕教授の「自由かさもなくば幸福か」という本が参考になるということになりました。

★法哲学の教授ですが、古典的な法の哲学を扱うのではなく、AI社会を前提とする法制度を考察しつつ、法哲学というより、哲学の基礎が語られているので、思想の歴史を未来にまで眺望することができます。

★サンデル教授の正義の座標系を知っているとさらにわかりやすいかもしれません。

★とはいえ、受験生は時間がないので、一冊丸ごと読めないかもしれません。そのときは第2章は最低限読んでおくとよいでしょう。

★もちろん、一冊読んでも構いませんが、その体力があるということは、それだけでもう相当思考力があるということの証しでしょう。

★大屋教授の社会に対する知見は、東大、一橋大、名古屋大学、慶応義塾大学、関西大学に通底するものです。上智大学と京都大学はそれぞれ独自の路線を保守しているでしょう。

★なお、大屋教授の法哲学は、哲学とは当然違います。また法律哲学とも違います。かなり学際的な視座が広がっているので、文系理系にかかわらなくおススメです。高校1年生、2年生は読書会をするとよいですね。

★社会は、その背景に制度設計がありますが、国家法だけが制度設計のルールではありません。今回のパンデミックで、私たちが、電車通勤するかどうかを決めるルールは、国家法で決められているものでないことを実感しています。テレワークをするかどうかもです。また、自粛の最中に何を食べるかどこで食べるかもももちろんそうです。

★インフラ、健康、実は学びですら、制度設計の影響を受けてしまっているのだと気づいてしまったのです。パンデミックで、今までの制度設計では解決できない問題が露になって、メディアと市民が、そこを決めてよと言いつつ、そこを埋める判断をしていますが、それとて、制度設計がほころびているから、そうしているわけで、制度設計を補完・補強・強化しています。

★この補完・補強・強化の自動装置こそが、制度設計の妙技です。

★そのことがはっきりしたわけです。つまり、私たちはよかれあしかれ、制度設計の掌の中でアフォーダンスされているということが了解出来てしまったわけですね。

★大学入試問題は、その大学の先生方の研究の成果の最前線で出題されるものです。どこかで見たことがあるというような手抜きの問題を出題する大学ももちろんありますが、そういう大学は選ばれなくなります。これは中学入試でも同じです。高校入試は、まだまだ焼き直しの問題です。基本選抜ではなく、配分の進路ですからそうなります。進路がシノプティコンという制度設計で行われている典型が高校入試だということも改めて了解できる時代がやっていきているわけです。

★大学入試問題の内容と高校の教科書の内容のズレがどんどんでてくる時代でもあります。このズレを埋めるにはどうしたらよいのでしょうか?逆に言えば、ここを埋め、さらに次の次元に飛ぶ高校が重要だということになります。

★そこはどこでしょう?そんな思いで学校探し・学校制作をしていきたいと思います。今はっきりいえることは、聖学院の新コースGICがそれであるということです。

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2020年8月20日 (木)

アサンプション国際小学校の意義(03)生徒を迎える前日の研修コミュニケーションの質の高さ③コミュニケーションの大切な意味

★各チームのPBL授業分析の議論が終わった後、それぞれのチームのファシリテーターとZoom越しで対話をしました。シェアとリフレクションです。そこで改めてわかったことは、PBL授業で、教師と生徒、生徒と生徒のコミュニケーションを大切にしていることです。

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★このコミュニケーションは、実は思考力を開発するという大きな目的もありますが、何よりも生徒1人ひとりの存在の質や価値を生成しているということです。

★モチベーションとかワクワクするということを大切にしているのは、思考力を開発する前提であると同時に、生徒1人ひとりのかけがえのない存在の価値の泉を掘り当てているのだと感じました。

★この点はネイティブスピーカー教師も日本人教師も、当然同じで、だからこそPBLを行う意味があるのだと。

★そして、それが理念やスローガンで終わるのではなく(そうこれが極めて大事で、一般にはここから先は外からは見えない部分です)、授業の中でどう実践されているのかということです。どの教科も内省(リフレクション)を1人でするだけではなく、ペアやチームで行うときに、つまりコミュニケーションをするわけです。

★教師と生徒がコミュニケーションをするときと、生徒と生徒がコミュニケーションをするときとでは、実は違う側面を生徒は表すものです。この2つのコミュニケーションにおけるときの生徒の様子の差異が、その生徒の存在の価値を複合的に映し出しますが、そこを教師は見出します。

★しかも、1人の教師だけではなく、学年を中心とする教師チームで情報交換をするわけです。生徒1人ひとりの存在の価値を多様な視点で映し出していくわけです。「個別最適化」という言葉がはやっていますが、この個別最適化は、知識の集積度合いの違いを言っているだけで、生徒1人ひとりの存在価値を豊かにしていく過程の個別最適化ではなさそうです。

★しかし、アサンプション国際小学校の教師は、知識の集積度合いも含め生徒1人ひとりの存在価値を豊かにしていく過程を大切にしています。当然その過程は、生徒1人ひとりによって違います。

★だから、やはり、その1人ひとりの過程を見出し、促進するために、いろいろなアクティビティを組み込んでいるわけです。ディスカッションが得意な生徒もいるでしょうし、書くことが得意な生徒もいるでしょうし、プレゼンすることに意欲を燃やす子もいるでしょう。すべてのアクティビティに積極的な生徒もいるでしょう。

★行動は思考や感情を掻き立てます。しかし、行動の種類によってどう反応するかは生徒によります。アクティビティは単独では存在しません。必ず人間関係の中で発生します。コミュニケーションは、言葉と言葉だけのやりとりだけではないのは当たり前ですが、今まで私たちは、一方的に言葉を生徒に浴びせてきただけです。そのとき、生徒1人ひとりの存在の価値までみようとしてはこなかったのかもしれません。

★今では、そんなことはないアサンプション国際小学校の先生方だからこそこう言うでしょう。「そんな恐ろしい授業があったなんて」と。でも、いまだにそういう授業を行っている学校があるわけです。なんとかしなくてはなりません。アサンプション国際小学校の先生方は、自らモデルづくりをし、それを今後社会に発信しなくてはならないでしょう。

★さて、もう一つ気づいたことは、アサンプション国際小学校の教師は、まさに「神は細部にやどる」というステキな考え方を実践している先生方だということです。体育の授業チームのファシリテーターの安本先生と国語のチームの婦木先生と山之内先生の話(阿弥先生はリフレクションの時もメンバーの先生から話を引き出していました)から感じたのですが、スキルの使い方の話です。

★スキルというと、なぜかテクニックにすぎないとか型ではないんだよとかいう話になりがちです。表面的な思考力ではないんだと。howではないwhyなんだとか。

★でも、スキルは表面には現れてきません。あのiPhoneの美しい曲線美には、繊細な職人の技術が使われていますが、そのスキルの痕跡は見えません。本物のスキルは最終的には見えなくなります。モノやコトに内在化するわけです。ですが、そこまでの過程ではすぐれたスキルが必要なのです。

★同じ筆やパレット、キャンパスを使ってもピカソのような絵をみな描けるわけではありません。ピカソの絵との違いはスキルの違いが大きいのです。

★各学年の授業は、生徒にとっては、実は自分の価値を豊かにする過程であり、その価値を互いにシェアし深めていく過程であり、価値を表現し合う過程です。

★スキルが見える化されるのはむしろ当然です。どうやって?それは身体と言葉の相互変換の繰り返しによってなのです。そのことを安本先生と婦木先生と山之内先生は語っていました。今回は別々に私は聴いているので、私の中では統合されましたが、先生方はまだでしょうから、どこかでシェアするとよいのではと思います。

★体育で、ゲームなどをしているときと国語で詩を読むときとはてとても似ていま。「置換」というスキルを瞬時に使っていく瞬発力がポイントだからです。ゲームや技術を振り返ることと物語を読んでいくときとは「根拠」とか「比較」というスキルを使っているということもわかりました。

★つまり、ここには非連続型論理思考と連続型論理思考が行われているのです。それを身体感覚と言語感覚の相互変換で、生徒はシャッフルしているのですね。「セカンドブレイン」というアクティビティにどのチームも注視していたのはそういうことでしょう。この非連続と連続、身体感覚と言語感覚の4つのシャッフルが、うまくいくいかないで批判的思考が生まれてくるし、化学反応が起きて創造力が爆発するわけです。

★どのチームも、創造的な領域についての議論に行き着いていたのはそういうことでしょう。

★おそらくこの非連続と連続、身体感覚と言語感覚のシャッフルの重要性は幼児期から小学校4年生くらいまでになされていることが重要だということになるのだと予想できます。非認知能力の話を追究していくとそういうことになるのではないかと。そんな話もリフレクションのときにちらっとでました。

★ポストコロナ時代は、リアルな時空での授業とサイバー時空での授業が交差するハイブリッド授業にならざるを得ません。2025年までには、1995年のWindows95が世間をあっと驚かせたように、5Gと量子コンピュータが席巻しているでしょう。

★今回のハイブリッド研修は、もっとやりやすくなるし、リアルとサイバーの境界線がますます曖昧になっていくでしょう。

★そして、そこで重視されるのは、「マス・コミュニケーション」ではなく「1人ひとりの存在コミュニケーション」です。そこまで接近できるのは、ICTの進化に拠ることが大きいでしょう。それは遺伝子工学やバイオテクノロジーの進化をもたらせたのと同様、教育においても起こるのです。

★アサンプション国際小学校の先生方の創意工夫と協働性、そしてチャレンジングな精神に触れて、その流れを先生方は牽引していくのだと感じました。

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2020年8月19日 (水)

アサンプション国際小学校の意義(02)生徒を迎える前日の研修コミュニケーションの質の高さ②PBLの2つの考え方が同居

★4つのチームに分かれて、PBL授業のケースメソッドが行われていました。国語、総合、体育、イングリッシュの4つ。アサンプション国際小学校はアカデミックコースとイングリッシュコースがあります。イングリッシュコースはイマージョン教育が行われています。これは、他にないコースでしょう。そして、アカデミックコースも英語の時間はイマージョンです。ですから、ネイティブスピーカーの先生方は8人くらいいると思います。そもそも理事長も学院長も校長もバイリンガルです。

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★たいていの学校は、この2つのコースはなかなかかみ合いません。まして、研修をいっしょにおこなうなんてことはなかなか難しいですね。ただの講演会研修であれば別ですが、今回のようにワークショップは超難しいですね。

★ところが、アサンプション国際はなんなんく楽しんでしまします。なぜでしょう。それは共通言語をアクティビティを伴うコミュニケーションがベースのPBLだからです。

★言語だけで理解しようとするのは、難しいですが、音楽や美術同様、いっしょに行動するワークショップ型のPBL研修は一種の協力ゲームですからハードルは下がります。

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★そして、ハードルが下がるので、ところで、さて、そもそもという議論にもなりやすいのです。実は多くのネイティブスピーカーの先生方は、PBLを語る時、大事なことはコンセプトや戦略であるということになります。だから、今回私がお手伝いした茶室型のPBL分析システムは、ちょっと違和感があったようです。

★とことが、日本人の先生方は、コンセプトや戦略とは何かからはいるよりも、一つひとつのアクティビティにどんな意味や効果があるのか、子供たちはどんあ思考のスキルを使うのかを対話する方が好みという場合が多いのです。そして、その結果ケミストリーが起こり、コンセプトが生まれてくる。そういう感じなのです。

★つまり、ネイティブスピーカーの先生方のPBLのデザインアプローチは、演繹的なピラミッド型なのでしょう。しかし、これは、PBLを使うかどうか決めかねている日本人の先生方がみよみまねでやるととんでもないことになります。

★アサンプション国際小学校に応募してくるネイティブスピーカーの先生方は、そもそもPBLが授業が得意ですから、アクティビティは当然なのです。ですから、大事なことはコンセプトと戦略さえ共有できたら、自動的にどんなアックティビティやスキルを活用するかは、あとは任せてくださいよという話になります。

★だから、日本の先生で、PBLを積み重ねてきていない段階で、ピラミッド思考を活用すると、具体的なアクションにつながらないスローガンを吠えまくっているだけになりがちなのです。

★日本の学校でPBL導入に失敗するケースが多いのは、このピラミッド型思考で、あとは現場でやりなさいという放置型マネジメントだからです。

★そこで、今回は「神は細部に宿る」というバウハウスの建築家ミース・ファンデル・ローエやカトリック神秘主義のエックハルトが好んで使っとされる曼荼羅型の発想もうまくいく茶室型PBL分析システムを使ったのです。

★コンセプトにこだわるもよし、スキルにこだわるもよし、アクティビティにこだわるもよし、パターンランゲージにこだわるもよしなのです。1つひとつのピースにこだわって対話をしていくことで、そこにコンセプトや戦略が生まれてくるのです。

★一神教の文化にはピラミッド型(オプラトニズムの哲学)、多神教の文化には曼荼羅型の思考発想法でアプローチしたのです。ナノテクノロジーでは、前者をトップダウン、後者をボトムアップといいます。

★どちらからいっても、2つの思考発想が相互補完すれば、ものすごい相乗効果が生まれます。それをアサンプション国際小学校は生み出しているのです。この相乗効果は、このような教師環境がなければできません。アサンプション国際小学校は、谷あり得ない環境を実現したのです。

★そして、それができる他校に真似できない重要な理由は、ファシリテーターができる教師の存在です。今回は森本先生、安本先生、阿弥先生、蒲生先生が行いましたが、実際には少なくともその倍はいます。

★今回この二つの思考発想があると明快に気づいたのは、ファシリテーターの森本先生のおかげでもあります。森本先生はネイティブスピーカーのチームのファシリテーターの役割を果たしました。チームの話し合い後、チームのファシリテーターと私との間でモニタリング対話をしましたが、以上のようなことを、そのときに森本先生と対話できたのです。演繹的でしなやかな思考発想法を身につけている先生ですね。

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アサンプション国際小学校の意義(01)生徒を迎える前日の研修コミュニケーションの質の高さ①

★ローマは一日にしてならずという言葉は、アサンプション国際小学校の質の高い教育構築においてもあてはまります。昨日午前午後と夏期教員研修を開催しました。阿弥先生、海見先生、谷口先生というPBL部会のチームが企画して運営、実行しました。私は、午後の部からZoomで参加。ブレイクアウトルームを使わずに、各チームごとリアルな教室に分かれて授業分析をしたのです。ハイブリッド研修です。

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★各教室に一台PCを開いて、Zoomを接続しておきます。離れているので、ハウリングは全くありませんでした。このような環境を創意工夫するPBL部会チームとそれを絶大にサポートするICTに精通しているメンバーのおかげで、今回のようなハイブリッド研修を実施できるに至ったのです。

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★各チームが話し合っている中で、ときどき質問がきます。たとえば、「Do Nowって?」「プラットフォームとはここでは何を意味しますか?」「言葉の定義よりも、その言葉から私たちなりの意味やイメージを語り合うでよいのですよね?」「セカンドブレインって?」「これって、メタ認知ですか?ベタ認知ですか?」「スキルよりストラテジーに集中して議論しているのですがOKですか?」「内省とは、ここではリフレクションのことを想定していますか?」「リアル時空とサイバー時空に分けて考える理由は?」など。

★ホストの阿弥先生が、プラットフォームで質問があるチームがありますと先生方に投げかけると、そのチーム以外は、ミュートにします。各チームにはファシリテーターがいるので、スムーズに事は運びました。

★最初の90分くらいは、質問以外は耳を傾けています。すべてのチームの議論や対話がいっぺんに聴こえてきます。聖徳太子ではない私には、細かい内容までは、わかりませんでしたが、先生方の情熱と生徒への愛情が伝わってきました。

★今日から生徒が登校してきます。その前日に先生方が集まって、自分たちのPBL授業について、抽象的にではなく、授業実践例をもとに、多角的に分析していき改善しています。多くの気づきやアイデアも生まれたようです。

★多角的というのは、いろいろな理論を活用しますから、どうしてもファシリテーターが必要になります。今回各チームにファシリテーターがちゃんと存在しているのはそういうわけです。

★学問的な理論と現場の実践例からうまれてきた先生方1人ひとりの理論が結びついたとき、化学反応が起こり、授業の質が高まります。豊かになります。しかし、それには対話という場が必要だし、化学反応が起こる触媒が重要な役割を果たします。ファシリテーターがそうなのですが、今回、ファシリテーター自身も分析やアイデア出しに参加するので、ジェネレーターという二重のロールプレイを果たしました。

★いや、本来ジェネレーターのロールプレイでよかったのですが、ファシリテーターを行うということで、引っ張り過ぎないセルフマネジメントが働くようにしたのです。この阿吽の呼吸は、教務主任阿弥先生と出会って5年目くらいになりますが、研修対話を重ねることで、生成されたものです。

★まさにローマは一日にしてならずです。基本「学習する組織」を形成することもねらいにしていますから、研修を行うにいたる準備段階の私との対話や先生方との幾重となく実施した対話が広がり深まっています。先生方はとにかく忙しいですから、副校長の三宅先生や教頭の蒲生先生のコーディネートサポートも重要でした。

★もちろん、理事長のシスター宮本、校長丹澤先生のPBL授業でカトリック精神を育み、世界を変えるのだという大いなる信念があるからこそできるということもあります。

★とはいえ、そんな良好な環境が最初からあったわけではありません。三宅先生は途中で姉妹校のカトリック校に異動になるし、最初の3年くらいはPBLはそもそも必要なのかというせめぎ合いの攻防戦でした。

★阿弥先生と協力してきたファシリテーターの教師もやむを得ず途中で離脱したということもありました。それでも、海見先生のように阿弥先生といっしょになってPBL授業にチャレンジする先生もあとをたたなかったのです。

★だって、授業の中で教師と生徒ばかりではなく、生徒と生徒がコミュニケションや対話、議論をとるときのワクワクしている様子や、真剣なまなざしなど、愛と情熱と創造が教室に響き合うのです。

★必ず、教え込む授業よりPBL授業が圧倒するはずだと確信していました。学習する組織とは、生徒中心主義ではないのです。学習者中心主義です。学習者は教師も生徒もなのです。

★ハーバード大学のロバート・ギーガン教授らによると、大人も成長するし自己変容するのです。最近はやりの単語では「トランスフォーメーション」ですね。変容、変身、変化、成長・・・。喜怒哀楽の大波小波はありますが、それを乗り越えていくときのワクワク感を一度味わうともうやめられません。

★それにしても、ルソーやピアジェ、MITメディアラボの教授らの成果を、自分たちの実践の中で証明しています。阿弥先生とよく話をするのは、理論は実践の後付けであることを忘れないようにしようと。理論に引きずられると、生徒不在ということはよくある話ですねと。しかし、にもかかわらず、理論は鏡だしモニタリングのときには必要なのだと。

★だから、阿弥先生の実践をリサーチすると、ここにはビゴツキーが顔を出し、あちらにはピアジェが顔をだし、そこにはデューイが顔を出し、向こうにはシーモア・パパートが顔をだしている。そしてルソーが飛び回って祭りをはやし立てているねと。つまり、多様な理論が整合性をもって適合されているのです。しかも、ICTの技術も身につけました。最強です。

★自己変容とは、実は過去現在未来にわたって多くの人と内省的ネットワークや出会いがあることです。ワクワクしないはずがありません。風通しが良く、オープンな学校は大事なのですが、たいていの場合、外形的ネットワークです。こんな偉い人と会ったとか知り合ったとか、招いたとかいう話です。

★それももちろん刺激的でよいのですが、どうせつながるのなら内省的絆です。置き換えると「愛と情熱と創造」的な絆といいます。この絆こそ「学習する組織」の真骨頂ですね。

★このような組織が、学校全体に広まるには、時間がかかります。たいていの場合、待ちきれません。すぐに回答がでるパッケージに飛びつきます。しかし、授業は自分たちでいっしょに創っていくチームワークでなりたちます。もちろん、そのチームメンバーは教師と生徒とです。

★そのような組織づくりをGRITよろしくやってのけているのがアサンプション国際小学校です。(つづく)

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2020年8月18日 (火)

ポストコロナ時代の「私とは何か?」(03)実は私は何か了解している自己。でもそれを見えなくしている無責任な環境。

★SNSの世界は本当に悲しいこともある。中高生は、自分は何者か実は了解している。しかし、それを表現するフォームがなかなか見つからない。あれがフォームだと思っても、帯に短したすきになんとか。合わないのなら、自分で創ればよいのだが、そう一足飛びにはいかない。

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★それなのに、そのフォームのことをよくしらないで、欲しがるとは何事かと無責任な話をする。あげくのはては、自分の学校の校長は理念を語れないとか、難しいとかいう。いってもいい。愚痴はよい。でも、その事態をどうやってサポートするかの提案ではなく、行動をしているかである。

★こう提案しているのですよでは困る。思考力がないと非難する前に、自分が動けばよいじゃないか。

★そんな無責任な環境を創り出しておいて、中高生が自立していないとか、仲間の教師をさげすむような言動をはきまくる。

★そして、共感的なコミュニケーションが大切だとかいうのである。

★自分はこんなにすごいけれど、あいつは難しいことをいうとか、世界が狭いとか、ほぼ名指しでいう。

★自己中心主義、自分ファーストを絵にかいたような、共感主義者がいる。偽善くさいだろう。

★だれだって、自分のことは実は知っている。でも、フォームが不足しているだけなのだ。言葉で表せなくても、他の道具で表すことができればよいのである。だが、それすらもないことはいっぱいある。知のインフラが不足しているのである。

★せめて、そのことをアピールし、こういうフォームをいっしょにつくっていきたいと表現できればと祈るような日々である。

★それなのに、フォームの話ではなく、フォームで防御できないことをいいことに、その中高生の内面に土足で入り込み、踏みにじる。

★リバタリアンでもなんでもない。ただの自分ファーストである。似非共感主義者は、ものすごい敬語を使う。相手を引き下げて、自分を上げるのである。自分をひくめて相手をあげることを抑圧だと言いながら、その逆をやる。

★中高生の進路先は、ぴたっとあてはまるフォーム探しである。間違っても自分探しではない。自分もわからない、人もわからない深遠な自分なんてのは、自己啓発セミナーが踏み外す、オカルトの世界である。

★つまり、無責任な環境とは妖怪の生息する領域なのだ。

★もはや祈るしかないが、わが友人がその妖怪に飲み込まれるのだけは避けたい。よりによって寄せ付けるとは。。。。

★とはいえ、あまりに酷い時は、ゴーストバスターズにならざるを得まい。

★中高生のみなさんも、自分の存在の質を、表現するフォームをみつけるか、いつか創ろうと夢見るか、ともあれ、自分の存在の質を自ら守ることはしたほうがよい。そして、共感的コミュニケーションとは、その存在の質をシェアすることであるのだから、響き合う仲間を探すことである。

★フォームなんてという忍び寄る妖怪の言葉に惑わされることのないように。オープンマインドとは、自分の存在をトラウマというフォームに置き換えることではない。フォームができていないときに、すっと忍び込んだトラウマフォームウイルス。自分の存在の質を台無しにする刃に対抗する盾にもなる免疫フォームをできるだけ早く見つけて欲しい。そんなフォームは自己防衛機制だというささやきにのらないように。

★防衛機制と生命防衛システムとは全く違う。前者は他者を引き吊り回す。後者は他者と協働するのであるから。

★そして、その響き合う仲間は、同年代とは限らないし、大学の先生だったり、塾の先生だったり、学校の先生だったり、親戚のおじさんだったりするかもしれない。まだ見ぬ恋人かもしれない。響き合いのない共感的コミュニケーションはない。未来からだって響いてくるものだ。

★お札をはりにいきたいくらいである。しかし、祈りをおくることしかできないか。。。とにかく、身動きのとれないスキを突かれた感じだ。体制を立て直さなくては。

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ポストコロナ時代の「私とは何か?」(02)野の花のような自己はありうるのか?

★お盆休みにはいる直前に、アサンプション国際の理事長シスター宮本から電話がありました。同校幼小中高におけるPBL授業の大切さについて30分ほど対話をしました。

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★シスタ―が語るには、本間さんのPBLは、思考力の開発が目的ではなかったのですねと。いきなり核心に触れる問いかけからでしたが、たしかに、そうかもしれませんと回答しました。

★ただ、思考力開発は、潜在的な賜物を掘り当てるためには必要な道行ですとは付け加えました。

★シスタ―は、道行という言葉にはすぐに理解を示し、やはりそうなんですねと。しかも、賜物と言ってもいわゆる才能ではないのでしょうと。

★それはそうです。今の才能は功利主義的世界を拡大するための才能ですから、シスターが思い描く才能ではないですよね。たとえれば、野の菫というか、野の花だろうし、ぶどうの木ですよね。彼らは、ありてあるもので、そのままをうけいれている。

★そんな対話をしていたら、昔々教科書にでてきた芭蕉の句「山路来て 何やらゆかし 菫草」を思い出した。こんな境地になれたら最高だし、国連のノーマン・ロックウェルのモザイク画にあるように、このマインドは、あらゆる宗教、民族、人種に通底すると改めて感じた。

★ともあれ、シスターとは、そういうゴールデンルールの意味での賜物を掘り当てる過程がPBLだというアサンプション国際ならではの考え方を確認しました。

★トラウマから出発しなくてもアイデンティティは語れるのだと。

★そうはいっても、私の方は世俗的な市民なので、そのゴールへ向かうことが、思考力を開発することになるし、その思考力は、新しい世界を作るサバイバルスキルにもなると思ったのですが、そこまでは、はっきり言えませんでした。しかし、シスターは、「わかりました。PBLで育つ生徒が世界を変えるのですね。授業が世界を救うという発想はすばらしいわね。ありがとう」とコメントして電話はきれました。

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ポストコロナ時代の「私とは何か?」(01)トラウマヒーロー物語を変更できるか?

★20世紀末は、大きな物語が喪失した時代だとはよく言われてきたことです。近代社会の正当化理論としての哲学や政治経済学、すなわち近代国家の存在理由をめぐるストーリー。その物語の構造は、トラウマヒーローストーリーです。何らかの強烈なコンプレックスがあって、そこからGRITよろしく直面する艱難辛苦を乗り越える物語です。神話や聖書の物語構造がプロトタイプなのかもしれません。

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(この同心円アイデンティティモデル=トラウマヒーロー物語を変更できるか?)

★しかしながら、乗り越えたとしてもダースベーダーのようになるかもしれなし、ルーク・スカイウォーカーのようになるかもしれません。それで、現代思想やサンデル教授の正義論が流行ったし、ミヒャエル・エンデは警鐘を鳴らし続けたのでしょう。

★今NHKの欲望の資本主義などのドキュメンタリーは、この流れを汲んでいるのですが、ということは、トラウマヒーロー物語が前提になっているということでしょう。

★しかしながら、大きな物語の喪失ですから、そうしたトラウマヒーロー物語の主人公としてのリーダーは不在なわけです。それを加速させているのは、SNSのようなインターネットのイノベーションでした。1995年にWindows95が販売されて以降、大きな物語は各個人に微分化されていきました。

★しかし、そのときに、新たなプロトタイプができたかというと、そうではなく、1人ひとりがトラウマヒーロー物語を強いられるようになります。

★自分史とか、自己啓発セミナーとかで、徹底されます。コーチ、ファシリエーターは、「気づき」と称して、フロイトもデルのアレンジをしていきます。トラウマを利用して、自分をダウンローディングして、困窮から解放されようとしている自分に気づき、そこからいかに解放されるかプロジェクトが立ち上がります。

★クリティカルシンキングと称して、その気づきを創り出すことを意味しています。

★しかし、同時に1919年に米国の裁判で、思考の自由市場化が下されたとき、すでに、フロイトモデルやトラウマヒーロー物語からの解放が宣言されました。これを継続して担ったのがコンテンポラリーアートです。それに、当時デューイがヘーゲルを捨てたのは、その物語から解放されたかったからでしょう。PBLの本意は、現状のPBLからの解放というわけですね。

★それはともかく、アートとデザインの決定的な違いは、商業性にあるのではありません。現状の危うさを表現するのがアートで、現状の危うさにマスクをかけるのがデザインです。それゆえ、デザインの領域でも、DE-SIGNと脱表現について議論が巻き起こり、アートとデザインのグラデーション領域が生まれているのでしょう。

★いずれにしても、個別最適化という名で、このトラウマヒーロー物語を個人のアイデンティティとして埋め込んで、1人ひとりが乗り越えられるんだという個別最適化神話が生み出されています。

★大きな物語のモダニズムの時に、国家とは何かをメディアが多く取り上げたように、ポストモダニズム化では、個別最適化や1人ひとりの才能についてメディアは取り上げるし、SNSでは、それを1人ひとりが書き込み、拡散しています。

★本間は、いつもと違うコトいっているじゃあんと思われるかもしれません。もしそう思われたのなら、私自身が、このトラウマヒーロー物語から解放されるにはいかにしたら可能かにいきつくプロセスの話をしているので、当然そのときこのトラウマヒーローに即して語ることが多いわけですから誤解をまねいているかもしれません。

★「自分事」とか「自分軸」という言葉が教育界や自己啓発セミナーでははやっていますよね。これはトラウマヒーロー物語の再生産の呪文の言葉だと私は思い、使う時は慎重になります。でも、そんなにこだわる性格でもないので、つい便利だからと使うということもありますが(汗)。

★いずれにしても、「私とは何か」は、現状ではトラウマヒーロー物語です。AO入試や就職活動も、そのトラウマをどのように乗り越えてきたかのエネルギーが問われているのだと思います。

★あたかも、トラウマと乗り越えた後のあるいは乗り越えようとするゴールとの差異が大きければ大きいほど深い学びを行っているかのような空気が世の中には流れています。

★では、どうすればよいのか?この「トラウマ(無意識)―エゴ―超自我」とこの自己もデル=トラウマヒーロー物語が映し出す「自己内世界」が同心円状になっているモデルを変更することです。

★この同心円状の絵は、立体で書くと氷山モデルやピラミッド(マズローモデル)に置き換えられます。

★新しい物語、新しい神話を1人ひとりが、自分のプロトタイプでつくる世界制作の方法を探るのが、PBLの本意です。シーモア・パパートやレズニックが、3Rから3Xといったとき、このことを直感していたのでしょう。

★彼らは、J.J.ルソーの系譜です。ルソーは、すでにこのトラウマヒーロー物語という「演劇」から「祭り」としてのドラマに移行することを説いていました。ルソーが、明治国家から排除されたのは、これからトラウマヒーロー物語を創作するのに邪魔だったからでしょう。

★それにしても、ルソーは、社会や演劇、音楽などの起源を言語に求めているのは凄まじい着想ですよね。

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2020年8月13日 (木)

ポストコロナの大学入試問題(05)高3生徒との対話を通して1919年に立ち戻る 思想の自由の市場化の原点へ

★AO入試に取り組んでいる高3生は、今猛烈に自分の学びのアップデートをしています。彼らと対話をするとき、やはり体験から学ぶということは互いに大切にしていますから、いまここで何が起きているか、何が問題なのか、見えない何かが見えてくるのか、ファクトと思いこんでいることが実はファクトとしてどのように創作・捏造れたものなのか、紐解いていきます。

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★マスク問題、トリアージの問題、安楽死の問題、芸術の自由の問題、インフォデミックの問題、監視問題、情報の非対称性の問題、都市デザインの問題、もちろん民主主義の問題などについて対話していくわけですが、対話をしていくにつれて、専門的な知識や技術、戦略の話は、深くは大学に行ってからの話で、今は当然そこにはいることはできないわけですから、大学に行きたいというモチベーションや情熱がメラメラと生まれてくるのです。

★そうなってくると、彼らは、論文を見つけてきては、その論点を整理して、それぞれテーマは違うのに、原理的なというか基本的な考え方というか基礎の視点は、にかよってくることを了解していくようです。そして、その視点が自分の内なる視点でもあるところにまで気づき始めます。ここが極めて大事ですね。

★私の方は、論文の書かれた時代背景や歴史的なルーツの展望について知っておくとT字型探究が促進し豊かになるかもと気づいたときは、この点を調べるとよいのではと、いっしょにweb検索しながら対話していきます。今は一冊の本を読んでみたいということになって、この時間がないときにがんばるなあと感心しています。

★彼らは、問題をまとめるときには、マトリクスとフローチャートを使いますね。そういう思考ツールの使い方ができているのですから、ああ彼らの学校の先生方はやるなあと学校の学びの姿勢が伝わってきます。基本PBLの授業だそうです。なるほど。

問題になっていることについて

・個人と国家の関係

・当事者の関係

・個人の意思の問題と壁の葛藤

・制度と倫理の関係

・文化の多様性の問題

・技術の問題

★などについて議論になるわけですから、これらの多様な切り口というかアプローチはどの問題にも共通しているなあと彼ら自身が感じ始めています。彼らなりの社会分析理論を構築しているわけです。これも極めて重要ですね。世界制作の視点は内なる自らの視点になてちることが大切でしょう。受験という枠を超えているかもしれませんが、これからの大学入試はそういうことを求めるようになるでしょう。

★もちろん、その視点が視野狭窄的では困ります。だからリサーチだし、論文だし、文献だし、何より対話なのです。

★そんな感じで対話をし続け、上記の関係が相互にどうなっているか関係づける段になていきます。これがまた一苦労です。

★それに、その苦労を通して、決定的に足りないところがあることに彼らは気づいていきます。「ああ」という響きは、オンライン上を駆け巡ります。そこから、もちろん自分の考えは深まるけれど、やはり専門的な扉をたたきはじめます。それが探究のいや研究の始りかもしれません。

★そんな対話を通して、私自身も、1919年に日本を訪れたときのデューイの講演集が「哲学の改造」としてまとめられていることの歴史的意味にぶちあたりました。

★今コロナ禍で起きている問題は、1919年(戦争とパンデミックという状況でしたね)に戻ることによって、とんでもないことが起きているということがわかります。それは100年後の2019年の愛知トリエンナーレの問題で噴出していました。このときから、コラナ禍の政策が、1919年に生まれた多様な近代の発想を封印していることがわかります。

★デューイはその渦中にあって、PBL型のプラグマティズムを形成していきます。もちろん、本人はそういうつもりはなかったようです。というのも、当時プラグマティズムというのは、イギリス功利主義の影響を受けたジェームズの思想を代表していたようです。

★しかし、ヘーゲルに学び、その観念論を実用的な、今でいう社会実装に持ち込もうとしたデューイも社会有用性という観点から今ではプラグマティズムの系譜にはいっているわけですが、プラグマティズムでさえ、複雑です。

★がしかし、東大、一橋、慶応大学、関西大学の学問の価値様式は、1919年の思想の自由の市場化という流れにあるということがみえてきました。もちろん、ひとくくりにはできませんが、その流れはかなり濃いですね。詳しくはいずれ。

★デューイとは違うけれど、功利主義的でリバタリアン的な自由の市場化の流れが、あって、日本社会では、それはせき止められているということもわかてきました。新自由主義と思想の自由の市場化とは全く違う概念です。PBLはさらにデューイ時代は看護系や医療系でも生まれていますから。なんとも今日のパンデミックにおける医療の在り方が、たしかにPBL的なプラグマティックな様相を呈しているのも、歴史の重みを感じるのですが、そこを見えないようにしているなんらかの作用は一体何なのか?

★もちろん、彼らとは、ヘーゲルのへの字も出さないし、プラグマティズムがどうのという話もしませんが、論文を読んでいくことで、彼らが自分で見つけてきます。

★そして、彼らは、答えのない問いを見つけて愕然とし、だからこそ奮い立ち、挑もうとするわけです。

★学校の授業で、答えのない問いを学ぶというのとはちょっと違う、根源的な問いです。その問いを見つけたからには、避けて通ることはできません。いや避けて通ることはできます。

★時代の流れに便乗するか、流されるかといった道を選ぶか、自ら新たな道を開くのか。その根源的な問いを前に意思決定がなされるわけです。

★エっ!?根源的な問いとは何?それは自ら発見するものです。PBLとは、この根源的な問いを掘り起こす場だということが1919年に立ち戻ることによって改めて実感しました。「改造」という日本語があまりよくないですね。原文の<reconstructipn>のほうがピンときます。デューイが日本に立ち寄って、<reconstruction>を考え語ったわけです。PBLの原点はここですね。今更ですが、あっ!つながったという感じです。

★高3生と対話しながら、100年の系譜と未来への系譜に想いを馳せることになりました。彼らに感謝です。気を引き締めて対話を続けていこうと思います。

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新渡戸稲造の学校 恵泉の内なる光 神谷美恵子の「生きがい」

★昨日、恵泉女学園中学・高等学校の校長の本山早苗先生からハガキをいただきました。その中に、「・・・このような状況下だからこそ、生徒のために益々事を行動にうつしていきたいと願っております。・・・8月9日 長崎に祈りを込めて」というメッセージがありました。

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★本山先生は、ご自身も恵泉で学んでいますから、新渡戸稲造に薫陶を受けた河井道の精神を今に伝える私学人です。その精神に大きな影響を与えたのはクウェーカーというプロテスタンティズムです。「フレンド」と言った方がわかりやすいかもしれません。

★300年前に、ピューリタン革命がイギリスであったのですが、その革命の大切さを認めながらも、戦争絶対反対という絶対平和主義者の小さなグループがルーツだと言われています。

★300年も時がたっているわけですから、フレンド派も紆余曲折ありました。オバマ大統領のマインドにも影響を与えていると言われている米国のかつての神学者ラインホルド・二―バーからは、批判の対象にもなっているのは有名です。二ーバーの心を揺さぶる存在だということですね。

★ニーバーは聖戦論者であったらしく、絶対平和主義とはあり得ない理想を掲げていると思ったのでしょうか。しかし、20世紀以降のフレンド派は、理論よりもまずは「事を行動にうつす」ことを第一にしているのです。

★ですから、河井道は、フレンド派の支援によって、米国留学も果たせたし、戦後教育基本法の教育刷新委員として成立メンバーでもあったのです。しかも、そのときのメンバーの多くは、新渡戸稲造の弟子だったのです。その弟子たちの娘に神谷美恵子がいました。彼女もまた新渡戸稲造の精神に影響を与えたフレンド派のマインドに共感しています。

★語学堪能で、医学への道に進み、精神科医の道にもすすむ「事を行動にうつす」人でした。その神谷美恵子の著作「生きがい」は今もベストセラーですが、その中にこうあります。

 「答のないことを自覚する者は、自己陶酔に安住することを許されず、この虚無を克服するすべを、社会のありかたのなかにも、毎日の生活のいとなみかたのなかにも、心の持ちかたについても、探求しつづけなくてはならない。自分だけ、または自分の属する集団だけが「救い」にあずかれば、―― そう確信することにそもそも問題がありそうだ が―― あとは知らん顔することはゆるれない。 また自分を「救った」生きがいが万人に有効であると信じて押しつけるのも、単純すぎるというものではなかろうか。

神谷美恵子. 生きがいについて――神谷美恵子コレクション (Kindle の位置No.3480-3485). 株式会社みすず書房」

★新しい学習指導要領にある、答えのないの問いや「探究」のコンセプトとは随分違いがありますね。

★その違いは、「事を行動にうつす」ことを「生きがい」とするかにあります。神谷美恵子はこの「生きがい」を「存在理由」とか「生存理由」に置き換えていますが、それはともかく、本山先生のマインドと共鳴共振していると感じ入ったのです。

★フレンド派は、戦後、ワールド・フレンドシップ・センターまでつくり、広島と長崎の原爆の悲惨さをわすれないために、日々活動しています。恵泉の平和教育とも、もちろん通じています。

★「長崎に祈りを込めて」というフレーズには、そのような新渡戸稲造―河井道―神谷美恵子と続くマインド、つまり、無限に続く内なる光の意味があるのです。

★戦後、天皇の処遇を巡って、河井道はGHQに働きかけました。「事を行動にうつし」続けたわけです。その皇室一家が、日本人が忘れてはならないと言っている4つの日がありますね。6月23日の「沖縄戦終結の日」、8月6日の「広島原爆の日」、8月9日の「長崎原爆の日」、8月15日の「終戦記念日」がそれです。この4つの日の1つの「時」に本山先生からメッセージを頂いたのです。

★平和を守り続けるためにも、この4つの日にかかわりながら、同時に「自分の属する集団だけが救いにあずかればよい」のではないという思いを再度確認しなければなりませんよ本間さんと、本山校長のメッセージにはこめられているのだと思います。

★たしかに、今も頻繁に流れている沖縄、香港、米中などのニュースを当事者として受けとめられるかどうか。明治開国の時から日本に訪れる「事を行動にうつし」てきたフレンド派のマインドは、今も恵泉に引き継がれています。河井道、南原茂といった戦後教育基本法にかかわったメンバーには、私学人がたくさんいます。

★私自身はフレンド派ではありませんが、≪私学の系譜≫を追って、私立学校研究家と称しているわけです。大いに共感するところがあります。しかし、「行動にうつさないと」意味がないわけです。どうやら出動せよと背中を押されたのだなと了解いたしました。気づきをありがとうございました。

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2020年8月11日 (火)

2021年変わる中学入試(03)新渡戸文化の画期的な中学入試 生徒が主語である学校のアドミッションポリシーとはこれだ。

★先ほど、山本崇雄先生から、メッセンジャーで連絡をいただきました。2021年の中学と高校の入試が決まったという内容でした。「4科」、「2科」、「適性検査」、「好きな入試」の4タイプ入試なのですが、4科目入試以外は、いずれも新タイプ入試なのです。エッ!「適性検査」「好きなこと入試」が新タイプ入試なのはわかるが、なぜ「2科目入試」が新タイプ入試なのか?

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★その画期的な理由を述べる前に、もう一つ驚くべき画期的・革新的な決断があります。すべての入試の「受験料無償化」を決めたのです。その理由はこうあります。

「新渡戸文化中学・高等学校(東京都中野区)では、この度2021年度入学試験において、すべての受験(中学校・高等学校)において受験料を無料とすることといたしました。これは新型コロナウイルス感染症にかかわる経済支援として実施するもので、経済的な負担などを理由に進学をあきらめてほしくない、という願いから決定しました。」

★驚き以外のなにものでもありません。子供をめぐるあらゆる事態を想定するケアの精神がある証拠ですね。

★そして、「2科目入試」も「45分の集団面接・グループワーク」を行うというのです。

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★新渡戸文化の革新的な学びは、今年になって実施されました。4年生、5年生のころから受験準備をしている生徒にとって、知らなかったよお。知識よりも対話や考えることでチャレンジしたくても、もうあと半年しか準備できないよとがっかりする生徒もいるでしょう。そのような生徒に対しても、チャンスをつくるというのは、これぞ個別最適化の本意でしょう。

★ハピネスブリッジを生み出すために、生徒1人ひとりの才能を大事にしているのが新渡戸文化学園です。2科目の入試がかりにうまくいかなくても、自分のやりたいことがある生徒の潜在的な力を見出してくれるに違いありません。

★そして、いわゆる中学受験勉強してこなかったけれど、思い切り自分のやりたいこと好きなことを中高でのびのび探究していきたいという生徒にも機会を開いているのです。「好きなこと入試」は、同校が大事にしている主語は生徒であるというコンセプトをダイレクトに反映した入試ですね。

★また「4科目入試」も設定しています。4科目の学びに挑戦してきた生徒は、実はGRITがある可能性があります。ルビンの壺よろしく、4科目の力の背景にGRITの能力が隠れている場合があります。そのような生徒にも道が開かれているわけです。

★今や中学受験を巡る生徒の環境も様々です。多様な環境は、生徒の価値観や考え方や感じ方の違いが反映しています。その違いを丁寧に引き受けた入試のあり方をデザインしたのです。このアドミッションポリシーは、もちろん、カリキュラムポリシー、ディプロマポリシーに貫徹しています。

★つまり、すべての生徒が自分ひとりひとりの才能を豊かにできる学校ですね。その豊かさが陽だまりの心のぬくもりを生み出します。ハピネスブリッジは、この心のぬくもりに現れるのでしょう。

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2020年8月10日 (月)

ポストコロナ時代の教育(18)クリエイティブクラスまでの過渡期としての階層構造

★しばしのお盆休みですが、忘れると困るので、簡単にメモしておきます。コロナ禍のオンラインなどで知り得た情報をまとめると次のような図になります。

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★パンデミックによってSDGsの再定義が進んでいます。オンライン授業で、知識のデフォルトが進んでいて、思考力や創造性が重視され、共感的コミュニケーションの大切さを語るリーダーが増えてきました。もちろん、データはありませんから妄想ですが。ただ、私の周りがそうなっているわけで、私が変わっているわけでも旗を振っているわけでもないので、肌感覚データはそうはずれていないでしょう。

★これによって、最難関校―難関校―中堅下位校といった格差意識を当たり前とする価値観は崩れ始めています。

★たとえば、新渡戸文化は、学校全体がクリエイティブクラスになろうとして動いています。昨日の大妻中野、佼成学園、文化学園大学杉並のようなNew Power校は、学内の中にクリエイティブクラスを生み出しています。聖学院や工学院、武蔵野大、三田国際、かえつ有明、聖パウロ学園も同様です。

★そして、実は八雲学園と和洋九段女子、ノートルダム女学院は、すでに学校全体がクリエイティブクラスになっています。

★何より、聖学院で開催されたオンラインセミナーで登壇した山口由人さんのような中高生起業家は、すでにクリエイティブクラスの社会を生み出しています。

★クリエイティブクラスについては、来春のダボス会議でようやく世界で共通認識になるし、落合陽一さんが「働き方改革5.0」で重要なトピクとして論じていますから、ぜひご覧ください。

★いずれにしても、そう簡単に世の中がすべてクリエイティブクラスにはなりません。学歴社会みたいな階層構造はなくなるでしょうが、その代わりに、ニューパワーとオールドパワーの階層葛藤があります。今それは学校現場で起きていることでもあります。それがまだ学歴社会の葛藤と思われていますが、それはニューパワーとオールドパワーの葛藤にシフトしています。これについてはいずれまた。

★そんな中でオンラインやテレワークで巧みに学びや仕事ができた生徒やビジネスマンは、一足先にクリエイティブクラスのポジショニングをとっています。

★ただ、クリエイティブクラスという概念やメガネが世の中に広がっていないので、目の前に広がっていても気づかない場合が多いでしょう。八雲学園や和洋九段女子、ノートルダム女学院は学校全体がNew Powerであるだけではなく、クリエイティブクラスです。工学院も、グローバルプロジェクトがそれを生み出す契機になっています。

★品川翔英、新渡戸文化、横浜創英も今着々とクリエイティブクラスを学校全体で生み出す教育を実践しているところですね。

★ただし、世の中だけではなく、学校当局も、クリエイティブクラスというメガネをかけていないので、自分たちのそういうオーラが見えていないということもあるのがなんとももどかしいのですが(笑)。

★ともあれ、しばらく、新しい階層構造が続きますが、新SDGsができて遂行されていくと、階層構造が解消されみんながクリエイティブクラスになるでしょう。いったいどんな世界?それはミヒャエル・エンデがすでに描いているし、友人アレックスがショックドクトリンの背景にある発想を哲学クラスで取り扱っていくだろうし、工学院の石坂先生がウィリアム・モリスについて授業で取り扱っていて、すでにそんなことが学校現場で起きているということが興味深いし、マルクス・ガブリエルとその仲間たちも思い描いています。

★もはや夢物語ではなく、クリエイティブクラスの社会実装は現実的なものになりつつあります。欧米では、クリエイティブクラスは40%に達しているとも言われています。

★もちろん、そうなったとしたら、そうなったで階層構造はまたできるかもしれません。しかし、新SDGsで欲望資本主義を産業革命以来生んできた決定的な根っこを掘り起こしてしまえば、資本主義なき市場経済ベースの民主主義が成り立ちます。

★その根っこの掘り起こしも、すでに産業社会で試みられていますが、まだ既得権益闘争で進んでいません。ポストコロナの新しい都市デザインがどうなるかで、この既得権益を切り崩すことができるかもしれません。

★現状のクリエイティブクラスが、この根っこの掘り起こしをする動きはまだ見えません。というのも、既得権益をもった企業にからめとられていますから。まだまだオールドパワーはしぶといのですね。クリエイティブクラスが、もう少し世界のクリティカルシンキングを発動するのを待ちましょう。

★エっ!本間さんは言っているだけ?そう言われるのもわかります。ことは慎重なので、クリエイティブクラスが、そこに気づくのを少し待ちます。もちろん、そのとき動けるように新宇宙船地球号はつくる準備はしています。3年はお待ちください(汗)。

★それでは、しばしお盆休みを。みなさまも、ご自愛ください。

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ポストコロナの大学入試問題(04)総合型選抜(AO入試)への取り組みの意味

★今、多くの高校生が総合型選抜(AO入試)の提出書類を創っている真っ最中だと思います。志望理由書、自己推薦書、課題、願書、インターネット登録などなど。大学によっては出願締め切りがきてしまっているところもあります。

★学校の先生は、調査書や推薦文のコーディネートなどしながら、生徒が作成してきたこのようなプロダクトに対し、メンターやコーチの役割も果たしていることでしょう。

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★1990年に慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスSFC)が、日本初のAO入試を実施したときから、全国に、賛否両論あり、紆余曲折ありで、広まりました。ベルリンの壁崩壊直後だったし、SFC自体がグローバルでイノベーティブな大学なので、AO入試は印象的でした。1999年に前職の教育研究所でSFCのアドミッションオフィサーと私学の先生方と勉強会をやったのを覚えています。

★あの当時まだ広報部長だった鴎友の吉野先生が、AO入試の書類を受ける受けないにかかわらず生徒全員がトライする機会を作ると決意をしたほどインパクトがある入試でした。もう20年以上も前の話ですが、当時の鴎友のエリクソンなどの発達段階に応じたキャリアデザインの手法は脚光を浴びていましたが、それにぴったり重なっていると感じたのだと思われます。

★しかしながら、受験市場というのは、他のマーケット同様、グレシャムの法則が成り立ちます。悪貨は良貨を駆逐しますから、書類を出せば合格してしまうAO入試も出現しました。すでに高校生人口が減少する時代に突入していましたから、そういう流れは否めません。

★今でも、一般受験は無理でも総合型選抜なら大学に入れるみたいなコピーを掲げる塾もあるぐらいです。市場経済ですから、そういう比較優位的なというか比較広告的なというかまあしかたがないのです。消費するかどうかは私事の自己決定です。

★とはいえ、文科省が2016年から開始した定員厳格化が、AO入試でそう簡単に入れない状況を創ってしまいました。今では、AO入試にかける労力よりも一般受験の方がなんとかなるという風潮も出始めたほどです。

★こんなに紆余曲折ありながら、今では多くの大学が採用している総合型選抜(AO入試)が広まったのは、広報戦略の意味合いも半分はあるでしょうが、一方で大学は研究共同体ですから、いっしょに学びたいと共感し合える学生が欲しかったからだし、そのような学生は大学卒業後も最先端のプロジェクトで活躍するので、結果的に大学の投資効果を高めます。だいいち研究共同体で大切なマインドはGRITです。才能があっても、やりきる根性が必要なんです。

★大学は研究と就活のための教育の両方の役割を担います。大学機関は、今や国だけではなく民間企業とも共同研究をしていきますから、民間企業もまた大切なステークホルダーネットワークです。そこに優秀な人材が受け入れられることは、研究資金調達のためにも重要なエンロールメント戦略なのです。

★大学入試とは、何も人生の純粋培養機関に入門することではなく、社会における政治経済の力学の中で、ゆさぶられながら、人類の未来の知を生み出す思惑がある共同体に入会するための通過儀礼です。その思惑は事前にリサーチするのは当然です。それは一般受験も、総合型選抜も同じなのですが、一般受験は偏差値で選ぶことができます。大学側は、そこは百も承知ですが、受験生の思惑と自分たちの思惑のマッチングは緩いのです。偏差値だけが重要です。優秀な生徒が、自分の大学を経由してステークホルダーにつながっていくのは、思惑がどうあれ重要なのです。

★そのためには、効率の良い選抜方法で受け入れる部分があってよいし、経営のためには、そこにあまりコストをかけられないのが、日本の大学の台所事情でしょう。それにたくさん受験してくれると受験料収入が馬鹿になりません。

★こうして考えると、総合型選抜(AO入試)が、実は大学にとって極めて重要な研究共同体入会のためのチャンスだということがわかるでしょう。だから、手間暇かけるしコストもかけるのです。書類選考や口頭試問などアドミッションオフィスの体制をしっかり組まなければなりません。米英のようにアドミッションオフィサーが世界を飛び回っているような機関にまではまだなっていませんが、そうなろうとはしているでしょう。

★ですから、総合型選抜(AO入試)に取り組むこと自体、断固たる決意が大事なんですね。取り組み方も、これは一つのプロジェクトです。自分だけががんばっているのではなく、大学と受験生の互いにやっていけるかどうか、やっていくのならどんなプロジェクトを4年間いっしょにやっていけるのか契約をとるために交渉する一大プロジェクトです。

★ですから、枕が長くなりましたが、最初の図にあるように、プロジェクト型の取り組みが必要になります。SFCの井庭崇教授のパターンランゲージのうち、サイトで閲覧できるラーニングパターンのイメージのいくつかを活用して、どんな構えと行為で自分がやりたいプロジェクトをつくっていくのかそのハイパーループの回路=世界制作回路(図は、あくまで、一つの例ですから)を、受験生は自分で並べ替えてみてはどうでしょう。

★たとえば、まずはやってみようから始まるでしょう。ワクワクしながら、どっぷりつかって、その経験から何か気づいたら、フロンティアンテナを張り巡らしてリサーチしていくでしょう。整理する段階で捨てる勇気も必要ですね。

★この段階で、いきなりこの大学で学びたいと思うのは勝手ですが、それではプロジェクトの企画としては弱いというのは受験生も自分でわかると思いますよ。

★当然、そこから議論する仲間をみつけるでしょうし、鳥の目虫の目で自分が興味をもったモノやコトについて考えを巡らすでしょう。そして仲間とシェアしたり議論したりするでしょう。その仲間は友人だったり、先生だったり、塾だったりするわけです。このとき学びの共同体を形成するPBL型教育を実施している学校にいると、はじめてその価値の重要性に気づくものです。

★基本プロジェクトの企画は、机の上でつくるものではなく、動きながら対話しながら創っていきます。何度も練り直し、多角的な視点でモニタリングしながら、今まで見えなかった新たな関係が見えてきます。

★その発見したことの意味が社会や世界にどうインパクトを与えるのか、メラメラとプロジェクト遂行の内なる情熱が生まれてきますね。この情熱、あくまで内なる情熱ですが、その情熱が相手に伝わるかどうかは総合型選抜の醍醐味ですね。

★しかも魅せる創意工夫もしなければならないし、突き抜けているかどうかも重要です。偏差値これくらいで合格できるというものではありません。確固たる決意をもって挑んでいきます。

★すると、T字型の学びや探究、いや研究が始まっているなあと感じている自分に出遭うことができるでしょう。確固たる決意とは、そのゴールの価値の重要性についてのゆるぎなき意志であって、そこにいくまでの道は多様です。いきつくための道を途中で変えるのはなんら問題ないのです。確固たる意志と頑迷固陋とはまったく意味が違います。

★そして、ここまで到達した段階で、実はまだ広がりが足りない深堀が足りないとなるので、T字型研究は、再び今までのサイクルを回転させます。そうなるとハイパーループができて、回るたびにT字型研究は広がりと深堀を成長させます。

★とはいえ、総合型選抜は研究ではありません。いっしょにやっていけるかどうかの選抜です。期限があります。今がそうなのでしょうが、そこでまだ足りなくてもアクセルを踏んでなんとかやり切らなければなりません。続きは大学に入ってからです。完璧でないから諦めるではなく、最後まであきらめずにゴール前のアクセルを踏むわけです。

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★あとは相手である大学が決めることですから、受け入れられるかどうかは相手に委ねるしかないでしょう。自分のプロジェクトと大学側のプロジェクトのコンセプトが完全に一致することは、この段階ではありません。

★ギャップはあるでしょうし、ズレもあるでしょう。できれば、このギャップを埋めたいし、ズレは修正したいわけです。そのために大学の実績やそこで研究している研究者の実績を追跡するわけです。これも最初のフロンティアテナにひっかけるわけです。そうはいってもギャップやズレがこの段階で一致することは難しいですね。

★あくまで、仮説推理でしかありません。

★ただ、大学もはじめから一致することなど望んでいないでしょう。ギャップはあっても、入学後埋めるどころか盛ってくれるだろうと判断するかどうかです。ズレがあっても、このズレは新鮮で、もしかしたら新たな開発が行われる潜在的可能性が大かもと判断するかどうかです。

★ということは、思い切って「突き抜けた」アイデアのプロジェクトをぶつけることですね。

★こうして眺めると、総合型選抜は、にわかに突貫工事ではなかなかできないですね。中高6年間なり、高校3年間なり、多様なプロジェクトを経験しながら、自分自身のプロジェクトを見つけるという知の旅をしてきたかどうかは大きいのです。

★そして、プロジェクトとは大学では研究チームのことを意味しますから、自分のプロジェクトが仲間と共感でき、最終的には世界を変えるプロジェクトであることを共感をもって受け入れられることが必要です。マイプロジェクトは最後は自分の手を離れてワールドプロジェクトになれるかどうか。それには、頑迷固陋な自分を変容できるかでもあるのです。

★総合型選抜(AO入試)は、手間がかかりますが、それでも応募者倍率は2倍から5倍くらいにはなります。合否はあるのです。ですから、やはり突き抜けるアイデアや情熱、GRITは大前提です。しかし、合否はかっこにいれて、このような機会を経た受験生の未来はやはり輝いています。

★このような経験をした高校生の未来への道は多様に存在します。そんな高校生といっしょにやりたいという大学や機関は必ずあります。偏差値やネームバリュー、ブランドという眼鏡では、手を広げて待っている相手が見えないものです。

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2020年8月 9日 (日)

ポストコロナのグローバル教育(01)大妻中野・佼成学園・文化学園大学杉並の新しい動き

★本日8月9日(日)、大妻中野中高・佼成学園中高・文大杉並中高グローバル三校による合同オンライン説明会が開催されました。大妻中野の教頭諸橋先生から、その模様をメールで教えて頂きました。

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★いただいたデータをみながら、大きく変わったなと感じました。今までなら、時代の要請としてのグローバル教育のビジョンや海外大学にアプローチする方法について語られてきました。どちらかというと帰国生中心の説明会が多かったと思います。

★三校ともその先進的なグローバルコースを有しているし、実績も十分にでているのですが、その話よりも、今年小学校5,6年の英語の教科化元年に対応するわかりやすい説明が中心でした。

★三校ともグローバル教育とオンライン授業をニューノーマルな教育としているので、当然そうなるのでしょう。ついにこういう時代がやってきたわけです。グローバル教育やオンライン教育はもはや特別ではないのです。シリコンバレーのHTHやカリフォルニア州とワシントン州で15校のミドルスクール、ハイスクールを運営している「サミット・パブリック・スクール」とまではいかないにしても、日本の教育に中学で英検2級くらいを30%くらい取得し、高校卒業までには、50%が準一級くらいとってしまうグローバル教育が、今回の3校をはじめ増えているのです。

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★もちろん、3か月以上の長期留学や多様な国や地域でのグローバル教育も盛んです。今はオンラインで行うしかないでしょうが、今後はハイブリッドグローバル教育が行き渡るでしょう。

★繰り返しますが、帰国生のみならず小学校5.6年で英語を学んできた子供たちのための環境です。

★とはいえ、全国の中高から見れば、このようなニューノーマルなグローバル教育の環境を備えている学校は10%くらいでしょう。今回参加した100名強の保護者は相当意識が高いと思います。

★さて、意識の高さでいえば、実はここは2通りになります。帰国生と小学校から英語を学んできてグローバル教育に関心が高い生徒グループと日本の従来のとは違う生徒1人ひとりの才能を重視する教育を探しているグループです。

★前者は、グローバル教育によって、たとえば、英検2級以上を取得して上智以上の大学にはいれればよいというグループです。後者はHTHやサミット・パブリック・スクールのようにPBL授業が必須で先進的で世界大学ランキングの高い大学にも自分のやりたいことを引っ提げて進んでいけるオールタナティブなグループです。

★3校は、それぞれそのハイレベルなオールタナティブなグローバル教育も行いつつ、グローバル教育によって進学のアドバンテージをあげるグループの両方に選択の道を拓いています。

★もしこのような学校がたくさん増えるとどうなるかというと、ようやく海外からも生徒が入学してくる本当の意味でのハイブリッドグローバル教育が広がるでしょう。「ハイブリッドグローバル教育」という表現は、腹痛が痛いと同じような表現ですが、今のところはそう言っておいた方がわかりやすいでしょう。

★今回3校は、このハイブリッドグローバル教育を実行していること、実行することを柔らかく静かにでも高らかに宣言したのでした。

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聖学院インパクト(05)衝撃!授業戦略を精緻に描く。ICEモデル導入の本意。受験生必見。

8月6日、STUDY中学受験サイトで、「公開日:2020/8/6休校中のオンライン学習がもたらした、聖学院の新たな未来を築く教育」という記事がアップされました。この記事は、受験生と保護者は必見です。というのは、オンライン授業を契機にICEモデルを授業デザインとして導入したというのですから。エッ!たしかにすてきな授業が展開しているというのはわかりますが、これがどうして衝撃なの?と思うかもしれません。結論から言うと、聖学院に入れるうちに入らないと超難関校になってしまうということを意味しているからです。

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★まじ開成・筑駒を凌駕しようという本気を戦略的に着々と加速度的に進めているということです。2027年大逆転が起きているでしょう。もちろん、偏差値だけではなく、ホールマン教育としても男子校の新エリートリーダー校というポジショニングをゲットするでしょう。

★なぜ?そうそこが大切ですね。同記事によると「ICEモデルとは、主体的な学びを実践する学習法。ICEのIはIdeas(基礎的知識)、CはConnections(つながり)、EはExtensions(応用、拡大する)の頭文字をとっている。基礎知識を問いかけ、答えを導きだすことで理解を深め、生徒自身が応用できるように発展させていく学習法だ。「Google Meetによるオンライン授業では、ICEモデルの学習法の通り、教師から問いを投げかけ、生徒に考えさせます。1対1ではないので、教師の問いを生徒たちがみんなで考え、議論が始まり、答えを導き出す、作り出すという授業を行うことができました」と日野田教頭先生。ICEモデルの考え方により、対話を重視する聖学院の教育に沿った形でオンライン授業を行うことができたようだ。」ということです。

★受験生に配慮して、わかりやすくさらりと書いてあります。そして、各教科の先生方がICRモデルに従って、オンライン授業やハイブリッド授業をデザインし実施していると。その具体的ケースも丁寧に書かれています。これだけでも素敵だし圧巻です。

★ですから、これ以上述べる必要はないかもしれませんが、同記事が、筑駒や開成を突き抜けてしまう理由までは書いていないので、独断と偏見、妄想という誹りをうけるのを覚悟で少し述べてみようと思います。

★このICEモデルはカナダの公立モデルです。カナダは公立学校の教育の質が高く、地球市民育成のための教育で、そのためにはIBと同レベルの教育をシンプルにして市民全員に提供しています。その提供の骨子は、PBL(プロジェクト型学習)とルーブリックです。

★2013年ころからアクティブラーニングが急浮上した時に、日本の自治体でも導入したところがありましたが、PBLではなく習得型アクティブラーニングだったので、カナダの教育の底力が広がりませんでした。

★ところが、オンライン授業を契機に、聖学院はICEモデルを導入。これがすごいことになるわけです。もともと聖学院はPBLと思考コードをつかって授業デザインを行っていましたが、PBL授業や思考コードというルーブリックはなかなか使い勝手がよくなかったのだと思います。今回のICEモデルのように学内全体でシェアできたかというと必ずしもそうでない部分もありました。

★ところが、それを一気に突き進んだのです。ICEモデルはブルームのタキソノミーとピアジェをはじめとする構成主義や発達心理学の成果をマニュアル化したものです。カナダの公立学校全体でシェアするには、学問的理論をダイレクトに持ち込むのではなく、マニュアル化して誰でも使えるようにしなくてはなりません。

★要するに脱技能で、みんながICEモデルを使うとブルームやピアジェの発想や技術を活用できるようになります。生徒がICTを活用することで、ものすごい知的生産技術を活用できるようになるのに似ています。

★ICEモデルは、生徒のプロジェクトを3つの発達段階で相互評価するもです。Iは基礎知識を活用できるかどうか。Cは理解を広げ深めることができているか。Eは新たなものに適用し、論理的に思考し組み立てられるか。その評価はそれぞれの段階の問いかけを教師はできたか、生徒は自問自答できたかでエンパワー出来ます。視野を広げ探究を深めるT字型プロジェクトを評価できるわけです。

★思考コードでいう、A知識理解、B適用・論理がICEの3つの領域に丁寧に振り分けられます。さらに聖学院の問いかけは、批判的思考・創造的思考も射程にありますから、思考コードのC批判・創造的思考も、ICEのEの領域に盛り込まれています。

★ただし、50分の授業では、実際には、適用論理までいけば最適でしょう。ですから、ふだんのプロジェクト型の授業デザインは、知識・理解・適用・論理の思考領域を十分に対話しながら出来る授業デザインでよいわけです。

★カナダの公立学校もここまでをしっかりやり、IBレベルの教育の質の担保をし、海外の世界大学ランキング100位以内の大学に進むことができます。米国のオバマ政権もここをなんとか真似しようとしましたね。

★聖学院は、この授業の質をオンライン授業を契機に学校全体で共有してしまったのです。筑駒・開成はすばらしい教育を行っていますが、カナダの教育に比較すると突出しているとはいえないかもしれません。

★論より証拠、それは、文化学園大学杉並のカナダのディプロマコースの生徒が、すでに目を見張る成果をあげていることからもわかります。

★聖学院は、このカナダのディプロマコースをすべての生徒に環境として設定してしまったのです。

★すごいことです。しかしながら、もっとすごいことがあるのです。このICEモデルをベースにしながら、さらにそこに思考コードでいうC領域であるクリティカルシンキングとクリエイティブシンキングを中心にというかベースにして本格的プロジェクトを行ってしまうコースを2021年から創ります。

★社会貢献や社会起業、イノベーションを生み出す社会実装をしてしまおうと。そのスーパーモデルはすでにOBや在校生の中に何人もいるので、それをコース化したのが、GIC(グローバルイノベーションクラス)です。このコースでは、超ICEモデルを行うのです。

★どうです。IB教育のエッセンスを学内全体の共通基盤とし、その基盤のうえにさらに高次の学びの基盤を創っていくのです。思考コードでいうC領域以上のプロジェクトを行ってしまうというのでしょう。

★どうしてそんなことが言えるのか?同校の戦略的策士の面々を思い浮かべれば誰でも想像がつきます。学歴社会、偏差値中心社会を解消するには、聖学院の戦略的教育出動はポイントです。日本の教育を変えたい、世界を変えたいと思う受験生・保護者は聖学院に立ち寄れば、私の言うことがすぐに了解できるでしょう。

★私の今回の独断と偏見記事は、すべての受験生に語っているのではありません。未来のwell-beingを考えている受験生・保護者に語りかけているだけです。ご了承ください。

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工学院インパクト(06)生徒1人ひとりの価値を生み出す教師と生徒のチームワーク。 誰も置いていかない、出来ることはなんでもやる。

★世の中、これからの組織は、ティール組織だとかボトムアップ型組織がよいとか、トップダウン型組織ではダメだとか、いろいろ喧しいですが、そんな議論から始めるのではなく、いまここでどの生徒も置いていかないで一人ひとりがみな自分の価値を生み出すためには何が必要か何ができるのか考えて行動する教師ばかりの工学院は、取材に行って本当に心が晴れ晴れします。

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★学習理論がどうのこうのではなく、いまここで生徒が目を輝かす学びの実践を理論化する。つまり生徒と一緒に学びながら最適な学習理論も創ってしまうアクションを俊敏におこしている教師と生徒のチームワークにこそ、つまりすでにここに未来の教育があります。

★もちろん、どこよりも工学院の先生方は最先端の学習理論を学び、ICTも駆使し、グローバルな経験もしています。そのうえで、理論武装するのではなく、実践をするのです。学んだ理論は実践の中でアップデートしてしまいます。

★とにかく教師は、目の前の生徒の価値を高めるためには、できることは何でもやるんです。やりすぎて押しつけになるかもしれませんが、それは生徒がそう感じれば、先生ちょっと待った、そこからは私がやるからと。ああ、そうだったねと。こういう対話ができるから、1人ひとり違うことがわかるのです。

★逆に、手放していると、生徒の方から、お~い、先生、先生、放置しすぎだよと。すると、そうかやっと出番だなと目を輝かせてかけつける場合もあります。互いに今必要だよあるいはいまはいらないよということをオープンに対話ができる状態が共感的コミュニケーションの広がりです。

★もちろん、教師は全知全能ではないですから、いろいろな情報や外部のリソースと結びついて、協力し合いながら生徒1人ひとりの価値を生み出すハイパーループを生み出していきますが、どこまでも生徒1人ひとりの行く末を引き受けるのが工学院の教師です。そして生徒はそのような教師を信頼しています。もちろん、不満も言うんです。賞賛もするんです。悔しがりもするのです。助けて欲しいというときもあるんです。

★だから、いつも教師はバタバタです。生徒のためですよ。「~のため」とかは押しつけがましいとかよく言う方がいますが、今目の前で必要とされていて、動かないほうがどうかしています。

★今日も一学期のまとめのグローバルプロジェクト(高2)の事前学習だというので、取材というより様子を見に行きました。すると、先生方は神出鬼没で、何人もの先生が、すれ違いざまに、こんなことを今日はしているんですと情報を提供してくれるのです。基本先生方は小走りで前のめりです。

★昨年から、工学院の教育の総まとめというか総動員というかとにかく大きな渦がダイナミックに回転するプログラムであるGP(グローバルプロジェクト)が行われています。英語とICTとPBLという基本スキルを使って、1年かけて実際に社会貢献活動や起業をしてしまうプロジェクトです。

★アメリカやバングラディシュ、タイ、カンボジア、沖縄など現地に行って、そこで何が必要とされているのかフィールドリサーチをしていきます。多くの方々にインタビューし、自分たちができることは何か探っていきます。そして現地の人々と協力して事を成します。高1・高2の前半までに探究論文をこれまた全員が行います。

★ですから、同時並行的に、チームで探究どころか、実際に社会実践を創り出してもいくのです。論文も大事ですが、そこから発展して、社会の中で自分の学びや探究がどう生かせるのか?事前学習で、間口を広げ、気になる論点を深堀していきます。

★自分たちだけのメガネでは、見えないものもあるので、各エリアのコーディネーターの講義とワークショップも経験します。今回はこの講義とワークショップを受けていたようです。

★自分たちは調べ尽くしたと思っても、現地の方から見れば、まだまだです。生徒は自分たちの視野を広めるためにもっと足場を広くしようと感じたでしょう。そうやって、情報を広く深く探りながら、ある程度仮説を立てて現地にいきます。そして、そこでその仮説は創造的に破壊されてしまいます。この強烈な限界を超えるような体験こそ、未来から自分の像がはっきり映しだされるのでしょう。

★さて、今回は昨年と違って、コロナ禍にあって、海外渡航はできない状況になり、事前学習は途中で変更になっています。しかし、どこに変更するかは、生徒がある程度企画提案するところから始まったようです。あるチームは、バングラディシュと八王子と京都の共通ビジネスに気づきました。そこで、海外に渡航できないので、今のところ京都フィールドリサーチを考えているようです。

★結局八王子の産業再構築のヒントを見つけたことになります。いろいろ関係を結合していくことによって、隠れている新たな結びつきが見つかる瞬間ですね。フィールドワークによって、もっと驚愕すべき事態に変容していくのでしょう。

★今回、チームによっては、現地からこられないコーディネーターとは、Zoomで講義を聞いたりワークショップをやっていました。

★眼前に立ちはだかる壁をいかに乗り越えるかチームで話し合い行動にうつしているわけです。

★このような環境を教師と生徒がデザインしながら行う総合的な工学院教育の結晶がGPなわけです。

★いずれ、生徒のみんさんにインタビューする機会を雨宮先生がつくってくれるということですから、楽しみにしています。たぶん、Zoomインタビューになると思いますが。

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2020年8月 8日 (土)

中高生の活躍(02)聖学院「中高生社会起業家トークセッション開催!」

★本日8月8日(土)、聖学院協力のもと「 中高生社会起業家トークセッション〜次世代から学ぶアフターコロナの社会のつくり方〜」開催。司会はもちろん児浦先生(聖学院21教育企画部長・国際部長・広報部長)。

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★コロナ禍の中でも様々な取り組みを進め、活躍している山口由人さん(Sustainable Game代表・聖学院高1年)と佐藤夢奏さん(株式会社まなそびてらこ代表・千代田区立麹町中2年)によるトークセッションでした。小学生から私のようなお爺ちゃんまで多くの方が参加していました。

★山口さんは中学生の時、佐藤さんは小学生の時に起業し、現在社会起業家として活躍しています。2時間、児浦先生の名司会のもと、お二人は対話しっぱなしでした。

★最初は自分たちの想いを語っていました。もちろん想いといっても近況報告ではなく、起業の理念や精神、起業哲学です。社会を変える一つの場として教育もあって、学校も変えたいと。なぜなら、学校は客観的なものを重視し主観を大事にしない。でも好奇心や興味関心、本質的なMotivationこそ大事で、そこを大切にするには教室という箱では収まり切れないのだと。とくに、客観的でなければという強制はすべてをぶちこわすと。ここは佐藤さんが強調していました。

★だから、もっと主観や好奇心を大事にして、みんなでそこでつながりながらワクワクする活動をしたいと。それがいろいろなワークショップだったりプログラムだったりするのだと。仲間がどんどんふえていくと、その延長上に未来社会があるのだと。

★ここは実におもしろいですね。実は戦後日本の教育は、主観は蓋をしなくてはならなかったわけです。特にGHQはそこは蓋をして、日本人を生かさず殺さずにしたかったのでしょう。1957年のスプートニクショックでそれはピークになりました。

★徹底した客観主義と科学主義で、テレビでは鉄腕アトムや鉄人28号、ウルトラマンとそれは拍車をかけたわけですが、主観は恣意的になってあの第二次世界大戦の悪夢を生み出す温床だとみなされてきたわけです。もちろん、それを証明する手立てはないのですが、国語の教科書が主観と客観の二元論どまりで、相互に依存し合う主観が客観を生み出しているという思想界や科学界のパラダイム転換はずっとスルーしてきたのです。

★ところが、主観が大切であることと仲間が大事だというお二人の思想は、intersubjectを前提にしています。とにかく分断をなくすことをしたいのだと。その根源は実は主観と客観の二項対立図式だったんだというのでしょう。ファシズムに封じ込まれたフッサールが、この危機の警鐘を鳴らしながら死を迎えるのですが、今フッサールのintersubjectの松明がようやく中高生起業家によってふたたび輝きを取り戻したのです。

★私はもうお爺ちゃんなので、彼らのつくる未来社会では生きていませんから、静かに耳を傾けていようと思っていたのですが、日本人は自分の立場をはっきりさせない。ちゃんと立場をはっきりさせて対話をしたほうがよいという話を聞いたり、ところで具体的にどんな仕事をしているのですかという質問に、多くの企業や団体とコラボレーションし、SDGsのように格差をなくし、誰一人おいていかない社会をつくるために、そのような企業をサポートしていますと。

★これはおもしろい。ここまで明快に意思を表明し、起業をしたというのはすごいことだなと思い、もう少し起業のフィロソフィーを聞いてみたいとつい思ってしまいました。それで「もし応援している企業が表向き社会貢献活動をしていても、実は利益第一主義だったとしたら、応援し続けますか?」と。コロナ禍ですから自粛か経済かともつながり、立場がはっきりすると思ったのです。

★すると、明快に、革命ではなくトランスフォーメンションだから、たしかにそういう企業もあるけれど、対話によって少しでも変わってくれるとよい。バランスではなく、やはり対話によって気づいてくれればよいと。そこからなんだと。

★世界を見ているなと感動しました。さすがは経営者だとも感心しました。そして、山口由人さんが「社員をサーフィンに行かせよう」という本を紹介してくれました。イヴォン・シュイナード(米パタゴニア社創業者)が書いた本です。山口さんも彼の哲学と共振するから、詳しくはこの本を読んでくださいと。

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★アウトドア関連製品をつくっている会社ですね。優秀なアスリートを社員として迎え入れているようです。そして、サーフィンは比喩で、自分のスポーツをいついかなるときでもやりにいってよいよと。その代わり、自分の仕事を肩代わりする仲間をみつけなくてはなりません。それはお互いにですから、今度は自分がどうぞいってらっしゃいと言う番になるかもしれません。

★登山もサーフィンも人間の予定に合わせてくれません。登り時や波の状態に合わせて人間は動かなくてはいけません。予定は常に未定です。ですから、いつでもどうぞと。これは効率が良いし、でもエゴイズムではなく、ちゃんと協力する。

★あれっ、こんな社会を夢見て実際にテキスタイルのアート工房を経営していた作家がいたな、そうそうウイリアム・モリスだ。なんとお二人もアートコミュニケーションをワークショップにと入れているから、なるほどなるほどつながったなあと。

★そして、何よりこの本の巻頭推薦文はあのナオミ・クラインが書いているのです。ミルトン・フリードマンのリバタリアン主義や20世紀末から驀進している日本の新自由主義をはじめグローバリズムに対する批判者です。だから、山口さんも佐藤さんも、リバタリアンでもコンサバでもないわけです。それを明快に主張できるフィロソフィーを表明しながら資本主義の活動をしている。

★まさにrevolutionaryではなくregeneratorです。格差を増幅させる資本主義から格差を解消する新しい資本主義に変容させる活動。社会的インパクト投資のねらいはここにあったわけです。

★このようなことを今の教育で行うことは無理でしょう。やはりregeneratorの活躍に期待するしかなさそうです。私のようなお爺ちゃんは、せめてregeneratorが生まれる環境をつくる挑戦をするのが精いっぱいかもしれません。孫がお二人のような中高生になるには、12年以上かかります。

★そこまで生きていたいですが、こればかりは神のみぞ知るですから。遠い未来ではなく、この近未来をどう生きるかですね。もちろん、それは遠くにつながっていると信じて。今回のテーマである「次世代から学ぶ」を思い切り堪能できたトークセッションでした。すばらしい機会をありがとうございました。

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2020年8月 7日 (金)

ポストコロナの大学入試問題(03)なぜ総合型選抜(AO入試)は本物なのか?それゆえ学校は勧めない?

★大学入試で帰国生入試や総合型選抜(AO)入試を高3生と対話しながら対策していくと、実によく意欲的に学ぶし深い対話が好きだし、未知なる世界に冒険するのが好きな生徒が多く、いっしょに歩いていくのが楽しいのです。もちろん、あるところからは独りで歩いていくのを見守るだけの段階になるのですが。この手が離れていく感じの時、たいていは吉報を贈ってくれることになると静かに期待することになります。

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★そして、同時に学校の先生は、たいへんだなと敬服してしまいます。というのも、私は友人から〇〇大学受験生なんだけど小論文のところだけ手伝ってよといわれたとき、引き受けるだけですから、極めて人数が少ないわけです。ですから、毎回対話ワークショップでできます。

★小論文だけなのですが、結局は、志望理由書や自己推薦書、それから口頭試問のトレーニングも友人と協力して行っていきます。基本的には課題を出して書いてきたものいついて対話するのですから、小論文→口頭試問・面接の部分は毎回行うことになります。

★小論文の書き方やフォームはそんなに難しくはないのですが、一番困るのは、体験が小論文に結びつかない場合が多いのですね。

★一般受験の小論文指導は、この体験はあまり関係ないのですが、総合型選抜入試は、自分の気づきや問題発見によって生み出された価値がカギになってきます。

★その価値に基づいて論理的に展開できるし、批判的思考の視点もそこにあるわけです。もちろん、独りよがりではいけないので、リフレクションして相対化して気づきを自ら生み出すことになる哲学対話は必要です。ある意味モニタリングです。

★となると、予定調和的な体験ではあまりこの自己と世界のかかわりの気づきのインパクトがないわけです。矛盾や痛みを受容できないわけです。その生徒なりの強烈なインパクトがある体験、そこで限界を超える体験をしてきたかどうかは、論文の書き方なんかよりよほど重要です。書きたいことがあれば、実は自然と論理展開をするものです。

★生徒が課題を考え小論文を書いてきたとき、その自分のよってたつ価値と問題になっている論点の背景にある価値の差異を問います。その価値のどちらを優先するのか、そのためにはどういう解決策があるのか、相対化しながら(メタ認知)、論を展開しているかどうか対話していきます。あまりなぜは聞きません。なぜという問いは思考停止になりがちです。語用論的アプローチと構造論的アプローチが中心です。

★そうしていくと、自ずとなぜについては生徒が語りますし。

★それと。添削ではダメなんです。何度も考え書き直して生徒自身が納得するものを自分で仕上げなければなりません。

★しかし、この対話の継続は、学校の先生にはできません。能力の問題ではなく、忙しいからです。

★だから、生徒は自分で哲学するしかないわけです。哲学と言っても、ソクラテスだとかカントだとかハイデッガーだとかレビ・ストロースだとかフッサールだとかマルクス・ガブリエルだとか学ぶわけではありません。

★個人と社会、社会と自然、自分と自分、男性と女性、人間と生物・・・・など対立的なもの(対立するかどうかを発見するところからなのですが)の差異を考え、そこにどんなジレンマがあるのか、それを解決するアプローチとしてどんな方法があるのか考えるわけです。

★事実としての差異とジレンマやパラドクスとしての差異の二重性を考察するわけですが、この差異に気づくには、体験が必要なんですが、超限界体験をしていないとジレンマを見つけるのがなかなかやっかいないのです。

★そもそも自分の顔は自分で見ることができないので、対話が必要になるわけです。ですから、できれば哲学対話ができるメンターが学校の先生の中にいることが大事です。できるだけ、哲学者の名前を出さずに対話できるのが重要です。もっとも哲学科志望者は、それは必要ですが、そうでない場合は、普遍論争が手を変え品を変え今も続いています。近代社会の矛盾もそこから派生しているといっても過言ではないので、その糸口を対話によってつないでいけばよいのです。

★そうそう、今哲学科志望の生徒は必要だと言いましたが、これが一般入試と総合型入試の大きな違いで、学校の先生にとって厄介なところです。総合型選抜は、自分のやりたいことをどの学部や学科で学ぶかまである程度明快にしていくので、専門知識は大学に入ってからにしても、その専門的視座というか素養はもっていないと難しいですね。

★専門的視座というのは、ある課題をその専門的な視座からアプローチできるかということです。わかりやすいのは、法学部ですね。道徳的倫理的視座でのみ語るのではなく、リーガルマインド的発想があるかないかは結構重要です。

★またSFCのような場合は、アプローチが多角的である必要があります。

★一般入試だと、超限界体験も不要だし、哲学対話はいらないし、専門的視座もいりません。まして個人以上の存在であることの価値などに気づく必要もありません。

★もちろん、生徒自身がそういうことに関心をもちながら、一般入試で効率よく学ぶという戦略的な姿勢であればよいわけですが、そういう生徒は50%いないでしょう。

★はたしてそれでよいのか?という思いはあるでしょうが、もともと進路指導やカリキュラムはそのような一般入試用にできているので、総合型選抜入試に現場で対応できないのです。

★それで、哲学対話やPBLによる多様な思考力をトレーニングしたり、超限界体験をリメイクしたりすることができる塾や私のようなところにつながってしまうのでしょう。

★現状、それでよいのですが、学校でできるようにするにはどうしたらよいのか再構築・脱構築したほうが生徒にとってはよいのではないでしょうか。今はZoomなどでオンラインでできてしまうので、通う時間がいらないのですが、学校以外に通いでやっていくとなると、精神的にも身体的にも負荷がかかります。

★それに、専門的視座は、インターンシップでもない限りなかなか身に付きません。論理的思考だけでよいとするらば、慶応義塾大学の一般入試の小論文でよいのです。わざわざFITやAO入試を設ける意味はないでしょう。逆に言えば設定しているわけですから、専門的視座や素養をどこかで身につけてきて欲しいのでしょう。

★では、どうしますか?仮説思考をフル回転してある作業をやります。このときの対話がおもしろいかどうかで、対策の仕方が変わってきます。

★それは何か?は、意外とシンプルで同時に大変な作業であるわけです。

★ですから、学校の先生方は総合型選抜入試はできればやりたくないでしょう。逆にこれに取り組んでくれる先生がたくさんいる学校は、本物です。

★本物はめんどうなんです。目に見えない部分も多々あります。大学に入ってからそういうことはやってよというのも一つの在り方ですが、このような総合型入試に取り組むプロジェクト型の学びの過程を通過してきた学生がのちのち伸びることも活躍することも中原淳教授や溝上慎一教授の調査である程度わかってきていもいます。

★総合型入試(AO入試)を一般入試よりも軽視する教師は、実は効率主義、損得勘定主義なのかもしれません。そういう功利主義がわるいかというとそんなことはまたないのです。価値の違いはよしあしではなく、相対化して見ることが大切です。さてさて、最後は自己決定しなくてはならないのですが、本当に自己決定できるのだろか?もしできるのなら、その学校は共感的コミュニケーションが日常になっている可能性が大です。

★自己決定という名の自己責任論や知らないうちに誘導している抑圧的コミュニケーションが広がっている学校もあるでしょう。AO入試を軽視し一般入試比較優位を唱えているところはそうですね。中学入試でも同じことが言えます。新タイプ入試を軽視し、2科4科入試を優れているとみなす塾や学校は、抑圧的コミュニケーションが日常です。

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世界を変える女子校(06)清泉女学院 世界を変える授業のリノベーション

読売オンライン(2020年8月5日)の記事「学習体制のリノベーションで未来を「生きる力」を育てる…清泉女学院」には、「清泉女学院中学高等学校(神奈川県鎌倉市)は、2021年度から学習体制をリノベーションする。生徒一人一人の「生きる力」を養うことを目的に、土曜日の総合的な学習・探究の時間を充実させて課題解決力を磨き、授業を65分に拡大して思考力・判断力・表現力を高める」とあります。

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(写真は、同校サイトから)

★もともと、論理的・批判的・創造的思考力を重視したカリキュラムを形成し、自然や人間の生命を尊重する学びを形成してきた質の高い教育の評判が高い女子校です。人気も当然高いですね。しかし、偏差値や受験市場での評価に甘んじることなく、そのカリキュラムポリシーを反映したアドミッションポリシーとして、ポテンシャル入試という思考力型入試を行っても来ました。

★2021年は、算数一科目入試も行います。しかし、その入試名は「ステムポテンシャル入試」と呼んでいます。どうやら、計算問題や難しい算数の問題を出題するいわゆる受験算数得意入試とはコンセプトが違うようです。同校サイトにはこうあります。

< 「STEMM」は、science(科学)・technology(科学技術)・engineering(工学)・mathematics(数学)・medicine(医学)の頭文字。「STEMM教育」は、時代が求める人材を養成する教育として、今注目を浴びています。文系理系を問わず、これからの世界では「STEMM」を理解し、人間社会と地球環境との共生にその知恵を応用していくことが不可欠です。清泉では、「サイエンス・ICTプログラム」を、4つのスペシャルプログラムの一つに掲げて歩んできました。理数的思考を得意とするこの入試の合格者が、まずこのプログラムによってその資質を大いに伸ばし、他のプログラムによる学びを加え、変わりゆく時代をより良くしていくのに貢献できる人材となるように導きます。>

★なんて先進的なのでしょう。

★このようなチャレンジを学校全体で取り組んでいくと、自ずと教科書の枠内で授業を展開する45分や50分授業では物足りなくなります。それに清泉はグローバルな学校ですから、海外の高校の教育の情報にも精通しています。生徒自身が問題を発見し、探究し、思考力・判断力・表現力を伸ばしていく授業を展開していきたいという欲求は高まるのは想像するに難くありません。

★姉妹校にインターナショナルスクールもあります。当然IBの情報もシェアしています。

★そういうわけで、土曜日のライフナビゲーションプログラムが、IBのコアカリキュラムであるTOKやEE、CASが組み込まれた分厚いPBL授業になるのでしょう。

★また、教科の授業も65分になるというのは、知識習得→探究→深い思考というサイクルが回るようになるはずです。これはIBがそうなように、教科学習に10の学習者者像のような人間像をリフレクションする時間やTOKのような哲学的対話やエッセイライティングを盛り込むことを想定しているのでしょう。

★それにしても、1998年ごろだったか世田谷学園の理事長・校長故山本慧彊先生は、70分授業を掲げ同学園はしばらく70分授業を行っていました。ニュージーランドの海外研修に行った生徒が、一方通行の授業ではなく、ディスカッションや対話型の授業に感動し、帰国後校長室に詰め寄ったそうです。それを契機に、70分授業に変えたわけです。

★しばらく続いたでしょうが、2001年に山本先生が他界されて以降、どこかのタイミングで元に戻りました。東大にたくさん入れるには、当時は知識習得型の授業が有効だったのでしょう。算数一科目入試も行っていますが、清泉とは対極の算数一科目入試であることはディプロマポリシーが異なるわけですから、当然そうなります。

★そしてそれでよいのです。どちらがいいかわるいかではなく、どの価値を選択するかは自由です。

★学校の教育は一貫性が大切です。いろいろあるより一貫していることが大切です。山本先生の時代は山本先生の精神が貫いていたからそれでよいわけです。今はまた別の一貫性ということなのです。

★そして、清泉は、カトリック精神を貫くとこうなるのではないかというチャレンジなのでしょう。同校サイトに創設者聖ラファエラ・マリアの言葉が紹介されています。

「思いがけない出来事は、人生の妨げと見るのではなく、むしろ、弾みと見るべきだ。海の波が弾んで船を目的地へ運んでいくように、私たちを最終目的地に導くきっかけになるものだ。」(1885年10月4日、黙想の手記)」

★ポストコロナ、2021年の清泉は、まさに聖ラファエラ・マリアの言葉通りになりますね。

★ところで、読売新聞の記事の中に登場している進路指導・研究部長の芝崎美保教諭は、現在かえつ有明の副教頭をしている佐野先生が前職の学校で進路指導部長を担っていた時代のOGだそうです。

★その当時から佐野先生は、偏差値という他人があてがう基準に翻弄され自分を責めることになるような進路指導を打ち砕き、今日も自分を見つけ友人を受容できる安心安全な共感的コミュニケーションを広げ、授業も全学年全クラスアクティブラーニングを行っています。

★手法は違えども、マインドは遠くにいても響き合っているというというのがステキです。カトリックとダライ・ラマと宗教は違いますが、スピリッチャリティとしてどこかつながっているのでしょう。そういえば世田谷学園もダライ・ラマ法王が何度か訪れていますね。

★いずれ世田谷学園も山本彗彊先生のマインドが蘇るかもしれません。

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ポストコロナの大学入試問題(02)同志社大学のAO入試&公募推薦が内的な変化を生む可能性

★同志社大学のAO入試や公募推薦入試は、基本は書類選考→小論文×口頭試問・面接で選抜するシステムで外から見たら今まで通り変わっていないかもしれません。

★書類は、多様な提出フォーマットがあるわけですが、重要なものは、調査書の成績の平均スコア、英語力、志望理由書でしょう。成績スコアは学部学科によって違います。たとえば、法学部だったら、4.0以上、理工学部だったら4.3以上となっています(年度によって変わるので、入試要項を確認してください)。

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★それから、英語力も、慶応のFIT入試とは違って、英検やTOEFLiBTのスコアを証明しなければなりません。もちろん、慶応は、自己推薦書やいろいろなところで自己アピールの基礎要素として自己申告するのは当然ですが、英語が得意でない場合でも挑戦できるという点では少し間口が広いかもしれません。

★ともあれ、同志社の場合、スコアは学部によって違いますが、CEFRでB2は必要になりそうです。B2というのは準1級です。B1の学部ももちろんあります。英検だと2級ですね。

★かくして英語の民間資格試験は、今も昔もAO入試や自己推薦入試で活用されているわけです。選抜システムとして、効率が良いから利用されるわけですね。ところが、オンライン授業が展開されるようになって、今後状況が変わるかもしれません。各大学が独自にCEFR基準でオンラインテストを実施する可能性があります。

★CEFRテストというのは、もともとないわけです。欧州評議会がデザインした言語の世界標準の基準です。それを各民間検定試験やNHKのラジオ講座で活用しているわけです。大学が独自に活用してもなんら問題ありません。

★生徒も、CEFR基準にのっとりながら学習をすすめていくとふと気づくはずです。B2C1となるにしたがって、高次思考が要求されているということに。200語ぐらいのエッセイライティングも必要です。日本語で400字ですよね。

★志望理由書は大学によって違いますが、1000字くらいから2000字くらいですが、要約すると200字くらいになるでしょう。ということは、英語で200語のエッセイライティングは、なかなかのものなのです。

★英語と小論文は、CEFR基準が間にはいることによって、ばっちり結合します。というよりも、CEFRは英語に特化されたものではありません。言語一般の共通基準です。ヨーロッパの発想ですから、言語=思考という感覚ですね。

★立命館や近大だってそうなるのでは?何も同志社に限ったことではないと思われるかもしれません。その通りで、どこもそういう流れになる可能性があるのですが、≪私学の系譜≫の第一世代新島襄の大学だからこそ、それは大いにあり得るということなのです。

★同志社のAO入試や公募推薦は、アドミッションポリシーに新島襄の精神ががっつり入っています。上記の漫画ぐらいは受験生は読むでしょう。その新島襄マインドを貫くと、そういうことになってしまいます。

★もしこれが実現すると、内申点の意味がなくなります。内申点は学力保証というより、実際には学びの姿勢ができているか、GRITの構えが出来ているのかを表象する役割が大きいでしょう。そこはIBのスコアとは違います。

★ところが、CEFRのスコアはIBに近いのです。なおかつ学びの姿勢やGRITも保証します。その学校の基準と世界標準の基準とどちらを優先するか。ここの議論は高校の存在意義にかかわることなので、これ以上は書きませんが、いずれゆさぶられることになるでしょう。

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2020年8月 6日 (木)

和洋九段女子 世界とつながる学校(01)オーストラリア姉妹校とオンライン交流 新しい共通言語

★夏休みに入って、いつもならオーストラリアの姉妹校と現地で交流をしている時期。しかし、このコロナ禍にあって、世界規模でリアルな海外交流は出来ない状態。しかし、和洋九段女子は中1、高1、高2の生徒がオンライン交流をしています。

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(写真は同校サイトから。世界の心の花がパッと咲いたみたいですね。)

★海外交流と言えば、英語力とすぐに思い浮かびます。もちろん、英語力は大切ですが、オンラインになって気づくことは、共通言語は英語以外にもあったということです。

★それは「オンライン」そのものが共通言語だし、これができる環境はまさに「PBL」だったということです。

★英語のスキルとICTスキルとPBLスキルを生徒全員が体得しているからこそ、このような交流がすぐにできるのです。

★互いの国の文化の話し合いだけではなく、自然災害やポストコロナの未来について話し合うことができるのは、すてきではないですか。

★中1などは、まだまだ英語力は万全でなくても、まずは出会ってしまうところからはじめれば、互いに関心を持つことができます。関心をもてば、話したくなるでしょう。何気なく話すのだけれど、絶え間なく話すことはなかなか難しい。

★そうするためにはオープンエンドの問いを投げ合う必要があります。もうこれはPBLの始りです。

★そうそう<interest>は<inter>と<esse>が語源らしいですね。<間>と<存在>。互いの存在の間に生まれるものは、経済的には利益でしょうが、心理的には関心というわけですね。いずれにしても存在と存在が交流すると間に生まれるものがある。そこに興味関心の眼差しが生まれるわけです。

★和洋九段女子の場合は、こうしてつながることによって、その間に新しい世界が生まれるのでしょう。つながる学校の面目躍如です。<well-being>は<inter-being>として個人は個人以上の存在なんだということを互いに共感する時うまれるのでしょう。

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2020年8月 5日 (水)

ポストコロナの大学入試問題(01)慶応義塾大学法学部FIT入試 変更公表から見えるこれからの大学入試問題の変化

7月31日、慶応義塾大学法学部は、FIT入試の変更について発表。

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(写真などは同校サイトから)

★出願や第二次選抜などの日程については、同校サイトや願書を参照してください。ここでは、次の変更点の意味について述べたいともいます。

<新型コロナウイルス感染症の影響にともなう,法学部 FIT 入試に関する主な変更につきまして,以下の通りお知らせします。第 2 次選考について
A方式:「論述試験」と「グループ討論」での選考から、「課題」と「面接」での選考へ変更
B方式:「総合考査」と「面接」での選考から、「課題」と「面接」での選考へ変更>

★パンデミックの今後の第2波第3波などを想定して、ノー3密をつくりにくいリアルな空間で試験は「面接」だけに限定し、最小限にしようというのでしょう。

★もしかしたら、この面接とてオンラインになるかもしれません。慶応は法学部に限らず出願作業はネット環境が充実していなければなりませんから、いざというときは会議システムを活用した全面オンライン入試に移行できるでしょう。

★SFCのAO入試などはすでにそれを想定して、自分とは何者かアピール動画を提出させています。第2波第3波の影響のときには、書類と動画などで代替できるように準備をするというわけです。

★こうなってくると、パンデミックがあろうがなかろうが、今後の総合型選抜入試は、慶応型になっていく可能性があります。だいたいAO入試を最初に始めたのは慶応SFCですから、今回もそのスーパーモデルになるのは当然なのかもしれません。

★そういえば、全学部の一般入試で大学入学共通テストを利用しないのも慶応義塾大学の特徴ですが、これも参考にする大学は多くなるかもしれません。

★さて、こうなってくるとどうなるのでしょう。まずは、総合型選抜入試ですが、「志望理由書」「自己推薦書(法学部のFITB方式は不要です)」と「小論文」「面接」が中心になるのですが、今回の法学部FIT入試のように、「小論文」は「課題」という形式で、自宅で編集作成して提出という形式になっていくかもしれません。

★「面接」は、その「課題」や「志望理由書」「自己推薦書」などに基づいて行われるでしょが、それらをくし刺しする横断的問いを投げられることが想定されます。

★基本は「口頭試問」。ただ、その解答のプレゼンの時に、「志望理由書」に書いてある内容や「自己推薦書」に書いてあることがハイパーループしているかを確かめるでしょう。

★要するに高次コミュニケーションは「一貫性」というオーラが必要なんです。

★この「一貫性」という高次コミュニケーションは、実は「志望理由書」「自己推薦書」「小論文」「面接」の背景に現れてくるものです。慶応義塾大学の場合、このオーラ―が面接担当官である教授陣のオーラと共感共鳴共振するかどうかにかかってきます。

★異彩な才能を有した学生が欲しいのですが、もう一方で共に学んでいく時に気が合うや馬が合うというポイントは大事なことです。同調圧力とは違います。クリティカルシンキングは必要です。しかし、最初からモチベーションを自分で上げられない学生よりは自分でモチベーションをあげることができる学生を選ぶでしょう。もちろん、それでもモチベーションは途中で萎える時もあるんですが、そこはコラボレーションで乗り切ろうという学び方を知っているか知らないかは重要なんです。

★つまり、今流行っているGRIT~「度胸(Guts)、「復元力(Resilience)」、「自発性(Initiative)」、「執念(Tenacity)」~というやり抜く力があるかどうかです。

★もちろん、GRITは鍛えることができるのですが、それは高校までにトレーニングしてきて欲しいというのが慶応義塾大学でしょう。逆にGRITはわが大学で鍛えますというところがあってもいいわけです。

★今まで、一般入試だとここが読めなかったのです。成績がよくても才能があっても、実現力として生かしきれない学生が入学してくるリスクを回避できなかったのです。暗記力ではなく思考力を重視する入試へという流れは、ポストコロナでもう一段明快になります。ロジカル・クリティカル・クリエイティブ思考という高次思考とGRITの両方がある学生と共に研究していきたいというのが大学側の本音でしょう。

★となると、慶応義塾大学のFIT入試やAO入試のようにならざるを得ないのです。一般入試よりAO入試で楽して合格したいというその損得勘定が見えてしまう生徒は少なくとも慶應義塾大学はお断りということになるでしょう。

★でも慶応義塾大学だって一般入試があるじゃんと言われるかもしれません。そうです。FITやAOほどリスクを回避できませんが、それでも簡易ポートフォリオは出願時にネットで打ち込むようにはなっているはずです。得点が近接している場合、参考にするのは言うまでもないですが、おそらく文系の場合は、小論文もあるので、スコアで並べるだけではなく、3者の相関は計算するくらいのことはするでしょう。

★いずれにしても、「課題」提出形式になると、意外や意外、知識も重要になります。調べることができるからです。やはり知識がなければ思考ができないということをいいたいのではないのです。自分の頭の中にある既存の知識だけでなく、リサーチして知識を活用するのは当然ですが、それが思考のハイパーループとしてコネクトしていなくてはなりません。

★それは「面接」でわかります。ああ、カット&ペーストだなあとか血肉になっているなあということはすぐに了解できます。学んだことや創ったこととしてのコンテンツと学び方や論じ方、発信の仕方など知のフォームの耐性もすぐに了解できるのが面接の妙技です。

★結局、慶應義塾大学のFIT入試やAO入試は、普段から多様な人々との対話とメンターとの一対一の対話が必要になります。コンテンツとフォームと高次思考力とGRITをコーチしてくれる教師が必要です。

★逆に言えば、慶応のFITやAO入試で合格している生徒の数が多いということは、このような質の高い対話ができるコーチそしてメンターである教師がたくさんいるということでしょう。PBL授業が必要な理由はこういうところにもあります。

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ノートルダム女学院(05)プレップ総合コースの大切な教育的価値。ルソーの眼差しでみてみると素晴らしいことがわかる。

★8月夏休みに入って、ノートルダム女学院のプレップ総合コースの中学生がアクティブなプロジェクトが動き始めています。その名もスマイル・プロジェクト。1年生は9月、2年生と3年生は10月の発表に向けて動いています。本番に向けて元気に活動している様子が随時facebookで発信されていますが、これも生徒の手によるものです。

★今年はwithコロナの最中ですから、オンライン文化祭です。そこで恒例の演劇を上映するのでしょう。生徒は、キャスト、ダンスアンサンブル、コーラスアンサンブル、舞台美術担当、衣装担当、宣伝・制作担当等々総合的なロールプレイが展開しています。協働でアートを創出しています。まさにプロジェクトですね。

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★宣伝・制作担当の生徒は、iPadやラップトップで、プロジェクトの活動プロセスをSNSで発信し、同時にフライヤーの絵を考えたりしています。そう「フライヤー」なんです。チラシではなく「フライヤー」と表現するのは、やはり重要な意味があります。

★美大や音楽大学で、自分たちの展示会や演奏会の告知をするとき、チラシではなくフライヤーと表現します。それは、フォントから写真、絵、文章まで、一つひとつにメッセージを込めます。また配置によってトータルなメッセージを目に見えないシンボル化をするわけです。すてきな創造的な活動ですね。

★このメッセージを込める活動は、すべてのロールプレイで行われます。楽譜のアナリーゼ、歌詞のアナリーゼ、せりふのアナリーゼ、一挙手一投足の意味、発声の意味などを考え、話し合い、演じるのです。

★これはJ.J.ルソーによると祭りです。どういうことかというと、ルソーは、ジュネーブ市民のために、演劇を鑑賞するだけでは、一方通行的な教授法(instruction)と同様で、あまり市民育成に効果はないのだというのです。そうではなく、多様なロールプレイを行いながらみんなで参加することによってジュネーブ市民はのびのびと自由な感覚をもって育っていくというのでしょう。今でいう“construction”ですね。instructionからconstructionへ。一方通行的な教授法からプロジェクト学習へという同校の教育デザインのコンセプトそのものです。

★そして、笑い。練習や制作、発信活動は真剣そのものでフロー状態(学びの大切な心理状態で、没入している姿をさします)になっています。しかし、日常にもどったとき、その集中した状態から解放されます。この解放されたときに笑いが生まれるとはベルクソンの哲学ですね。

★笑いには、何かから解かれる時のサインです。このような笑いに満ちている学院は、フロー状態になる機会が多いことを示唆しています。まさにプロジェクト活動はフロー状態と笑いのスクランブルです。

★したがって、先生方は、この笑いのサインの意味を見分けることができます。あっ、いつもの笑いと違うな。何かを回避する笑いだ。様子を見てみよう、対話をしてみようとなります。

★そのようなサインは、しかし一方通行の授業だとなかなかキャッチできません。PBL授業だからこそ、気づくチャンスも多いのです。

★ルソーやベルグソンの思想は古いかもしれませんが、気候変動やパンデミックなどの異変があったとき、本来的な生の息吹に導く思想として、その都度顧みられます。

★ノートルダム女学院のプレップ総合の生徒の活躍は、そんな本来的な生の息吹を日々生み出しています。

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2020年8月 4日 (火)

聖学院インパクト(04)GICの竜巻がいよいよ立ち上がる。

★聖学院の児浦先生(21教育企画部長・国際部長・広報部長・数学教諭)とZoom対話をしました。ポストコロナの大きな物語を多くのネットワーク、つまりワールドステークホルダーと紡ぎ、その根源的なマテリアルとしての上質なPBL授業の話をしました。大きな物語と根源的物語のカップリング。その弁証法的(ダイアレクティーク)なダイナミズムの発露がはやくも8月8日(土)に生まれます。

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★それは、児浦先生によると、次のオンライン・イベントです。

 8/8 中高生社会起業家トークセッション開催!
〜次世代から学ぶアフターコロナの社会のつくり方〜
コロナ禍の中でも様々な取り組みを進め、活躍している山口由人君(Sustainable Game代表・聖学院高1年)と佐藤夢奏さん(株式会社まなそびてらこ代表・千代田区立麹町中2年)によるトークセッションを行います。
山口君は中学生の時、佐藤さんは小学生の時に起業し、現在社会起業家として活躍しています。そんな彼らからアフターコロナの社会をつくるためのヒントを学び、コロナ禍における社会の捉え方や活動、学校選びのことなど、今だからできる参加者と共につくりあげるトークセッションを開催します。
●日時:8月8日 14時〜15時半
●対象:中高生・保護者・教育関係者 定員40名
●場所:オンライン(zoom)
●話者:山口由人君(高1)、佐藤夢奏さん(中2)
●司会:児浦良裕(聖学院中高・民間出身教諭)
●費用:無料
●申込:Googleフォームへ入力をお願いいたします。
https://forms.gle/eh6781S7ThKU85aG6
●協力:聖学院高校 Global Innovation Class
https://www.seig-boys.org/global/senior/

★山口由人さんは聖学院在校生、佐藤夢奏さんは麹町中学在校生です。この2人の存在の背景には実に大きな物語が横たわっています。

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★実は、このポストコロナを起業して生きる人々を、落合陽一さんはクリエイティブクラスと呼んでいます。まさにお二人はクリエイティブクラスです。特に聖学院は、21世紀型教育機構のメンバー校ですが、同機構の規約の前文には、SGDsのグローバルゴールズを達成するクリエイティブクラスを育てるという文言があります。落合陽一さんが引用しているリチャード・フロリダ教授の考えを2011年の段階で同機構は共有していました。

★また、それを実現する「ワークショップのアイデア帳」の著書の1人が児浦先生です。新刊の「新・エリート教育」に登場してくる工藤勇一先生は、前麹町中学校の校長でした。ここでも関係が渦巻いています。

★児浦先生と親しい佐野先生や金井先生も、「新・エリート教育」に登場する方々とネットワークを有しています。著者とオンラインセミナーも予定していますね。

★このワークショップやセミナーの向こうにふだんの授業があるのですが、それはみなPBL授業なのです。上記の本に通底するのはプロジェクトですね。時代の大きな物語と授業という根源的な物語が響き合ったとき、竜巻が舞い上がります。

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★そして、この大きな物語のシークエンスは、来春のダボス会議で大テーマ「ザ・グレート・リセット」へつながっていきます。この「ザ・グレート・リセット」というキーワードもリチャード・フロリダ教授に由来しています。

★同会議のサブテーマは「資本主義から才能主義(Taletism)」です。リチャード・フロリダ―教授はクリエイティブ・クラスの要素は3Tだと語ります。Talent、Technology、Toleranceです。クリエイティビティとイノベーションとコンパッションということですね。

★こう置き換えてもいいかもしれません。創造的才能、創造的破壊、創造的対話。

★どうです。山口さんも佐藤さんもまさにクリエイティブクラスですね。ポストコロナは、ファーストクラスからクリエイティブクラスへという経済社会のパラダイム転換が起こるという大きな物語が生まれます。

★そして、この大きな物語が生まれてくる根源的な物語は、ふだんの当たり前のPBL授業なのです。当たり前と言っても、日本では、学校として取り組んでいるところは30%もないでしょう。どうしてわかるのか?コロナ禍における双方向型対面オンライン授業に取り組んだ学校の割合を想起すればわかります。これにシフトできるには、PBL授業の準備ができている学校だからです。

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★それゆえ、この当たり前のPBL授業のクオリティをさらに先鋭化し、いかにアップデートしていくか?そのための仕掛けをデザインしようという話になりました。思考力セミナーを例にアナリーゼしながら、なんだこれは生徒のAO入試/探究総合入試の学び方をモニタリングすることもできるではないかと話が拡張しました。

★ハイパーリンクという深い広がりとハイパーループという思いがけないつながりがどんどん広がるZoom対話となりました。そういえば、児浦先生とは互いに前職時代に会社を越境して交流していました。越境してつながる親和性を出会ったときから共感していたようです。なるほどですね。

★8月8日もおもしろいし、その後に続く、根源的な物語の響きもホンマノオト21で奏でようと思います。乞うご期待♪!

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2020年8月 3日 (月)

ポストコロナ時代の教育(17)開智望小学校・中等教育学校の挑戦。

★7月31日、4月から開校した開智望中等教育学校の終業式が無事開催されました。小学部の教育の実現を行い、引き続き7年生(中1)の学年主任で教務主任の峰岸先生からメールを頂きました。小学校に続く中等教育学校のスタートはオンライン学習から始まったわけです。

★生徒も教師も、長い117日間であったと同時に、自己探究の道を歩んでいく中で、いきなり世界の痛みを感じつつ自己理解を深める機会であったと思います。パンデミックをたんなる自己の道を妨げる壁とみなすのではなく、自らを鍛え次なる地平へ弾む出来事としてとらえていったのでしょう。その生徒と共に歩みながら1人ひとりの夢に寄り添い、峰岸先生の想いを膨らませ、未来をいまここで紡ぎ出す情熱をメッセージとしてシェアさせて頂きました。

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(写真は同校サイトから)

★終業式の様子とその時に峰岸先生が感じたことは、同校サイトの「[MYP] 117日目にたどり着いた1学期の終わりに…」で読むことができます。ぜひご覧ください。

★2022年から、立川国際中等教育学校が小学校と結合して、小中高一貫校を造るという記事がメディアで公表されましたが、すでに開智望は実践し、新たな教育のスーパーモデルを創っています。峰岸先生は小学校立ち上げの時からそのデザインと構築と運営にかかわり、中等教育へと新たな挑戦をしています。

★立川国際中等教育学校も、もちろん開智望モデルを意識しているでしょう。しかし、決定的に違うのは、開智望は、IBのプログラムをしっかりベースの1つにしているところです。

★今ベースの1つにしていると言ったのは、極めて重要です。実は中等教育学校の11年12年生になったとき、IBのDP(ディプロ)コースに進めるのはそう多くはありません。進まない生徒は、どうなるのか?ここを解決するために、探究総合という教科横断型と言った方がわかりやすいのでしょうが、実はリベラルアーツ型教育をもう一つのベースにしているのです。

★ですから、11年生以降は、DPコースと開智DPコースの二つにわかれます。

★そして大事なことは、これができるのは、PYP→MYP→DPと小中高一貫IB教育とそれに呼応する形でリベラルアーツ型の探究総合教育を創意工夫しているからなのです。

★IBであれ、リベラルアーツであれ、言語と数学と思考力と創造力は重要です。PBLという学びの環境の中で、深くリサーチし、議論し、編集し、プレゼンしていく。リフレクションはルーブリックで行うというところは共通しています。

★ただ、IBの最終目標は世界の大学へアプローチすることです。そして、DPのスコアが高くなければ意味がありません。現実的にはDPのスコアが低ければ、世界の大学は開かれないし、日本の大学への道も危うくなります。ですからこのコースはチャレンジングなのです。

★しかし、峰岸先生は、生徒にとっては、究極の自己理解のために学んでいるという感覚を持ってほしいし、だからこそ自分は自己探究を12年間し続けることの可能性をイメージしながら、現場でいろいろと望の学びをデザインしているのだと語るのです。ですから、DPだけが当然自己理解の唯一の道ではないのです。では、いわゆる受験コースでいいのかというと、それは偏差値という他者があてがう基準で人生をデザインするので、自己理解の旅をするのとは違います。

★ですから、自己理解のために学べる教育のデザインをしているわけです。人生とは時に戦略的にチャレンジする時もあるし、他者の思惑に右顧左眄しないで、自分とは何かを探究する純粋な生き方もあります。そのどちらでもないとき、人は周りの目が気になり、隣の芝生が青く見え、自分はどう評価されているのかばかり気になり、自己肯定感は常に低く、自信がなく、人をうらやみ、ねたみ、ひねくれ、不満たらたら・・・というルサンチマン型人生になってしまいがちです。

★小中高一貫が必要なのでは、小学校のころから、戦略的にチャレンジ旺盛か、自己理解を深める純粋な生き方を選択するかというところからスタートできるからです。

★中学入試の際には、もちろん、そのような受験生もいますが、ルサンチマン型人生におちいっている受験生もいます。中学に入学した時に、そのような生徒をルサンチマンから解放するためにオリエンテーションが行われるすてきな学校もあります。たとえば、栄光学園は、それを垢落としと言っていますね。

★しかし、小中高一貫となる開智望はその時間は必要がないのです。その分自己探求への道を深めていくことができます。果たして、立川国際がそのような小中高一貫のコンセプトやビジョンがあるかどうかですね。開智望の場合は、折に触れてIBの10の学習者像を教科学習の中で、リフレクションしています。これは、先生方の独自の考えでもありますが、IBの要請でもあります。世界のIBスクールはこのリフレクションを実施しているのです。日本の学校が偏差値表と対照して受験指導が行われている間に。

★いかに、10の学習者像による自己理解を深めるリフレクションが重要であり、世界との精神的格差が横たわっているか想像に難くないでしょう。

★とにかく、そういう人間創りの基準がなければ、ルサンチマン型人間は生まれてしまいます。

★開智望を選択する保護者は、かなり意識が高く、日本の文化の呪術的な心性を客観視し、文化を生んできたエネルギーとして認識しつつ、文化遺産として歴史遺産としての価値を認めながらも、世界標準ではそこから解放されている教育に触れさせたいと思っています。

★ある意味、峰岸先生は、そのリーダーです。開智望の教育デザインリーダーであるという意味でもそうですが、世界の事件の背景にある隠蔽主義、保守主義、責任回避主義、妬みの裏返しなどなどのルサンチマン精神をはねのける新教育システム構築のリーダーでもありましょう。

★開智望で創意工夫されていることは、実は世界性を同時に有しています。これからも大いに活躍して頂きたいと思います。

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2020年8月 2日 (日)

ポストコロナで変わるコト(03)2022年立川国際中等教育学校 小中高一貫になる意味。英語と総合型問題入試主流に。

★アーバンライフメトロ(2020年8月2日)の記事「東京都が公立「小中高一貫校」開校の衝撃 開始は2年後、12年間の「国際人育成」目標は吉と出るか凶と出るか」によると、「東京都は2022年4月、全国初となる公立の「小中高一貫校」を開校します。学校の理念に基づき12年間の教育を行う私立学校は少なくありませんが、公立となると前例がありません」ということです。

★「新たに設ける小中高一貫校は、立川国際中等教育学校(立川市曙町)に隣接するグラウンドに設置された同校の付属小学校です」ということですから。同記事にもあるように、英語に力点を置いた小中高一貫教育改革という流れでしょう。

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★この政策が、公私格差を是正することをねらいながらも、公立学校内格差を生み出すパラドクスを起こすというのは議論の余地があるけれど、そこは議論にならずに進むでしょう。この背景には、ジェンダー問題が色濃くあります。当面日本はここの問題はマスクをかけたまま進みます。SDGsがまだまだ主流にならないのは、17のゴールの1つにジェンダー問題の解消が入っていますからね。

★しかし、東大が隈研吾さんを招聘し、SDGsを建築学に活かす新しい分野を設置する予定のようですから、教育委員会も変わらざるを得ないかもしれません。その前に東大は女子学生入学生の比率をもっと上げなくてはなりませんが。

★あっ!そういうことですね。それゆえ英語を重視するわけです。迂遠な作戦ですが、ちゃんとジェンダー問題を解消する政策をとっているわけですね。つまり、英語に力を入れて、なおかつ総合型問題を出していく。あんまりそれを強調すると、逆チェンダー問題を生み出すので、そこは静かにということでしょうか。。。

★またまた、本間はわけのわからないことを言い出したと思われるかもしれませんが、そういう方はジェンダー問題に関心がないと思ってくだされば、それで結構です。

★さて、総合型問題というのは、2021年大学入試において、早稲田の政経や青山などで行うものが典型です。AO入試/総合型選抜入試ではなく、一般入試の個別独自入試で行うものです。

★小論文は当然ですが、英語と日本語の両方の素材文が出題されます。もちろん、クリティカルシンキングがコアです。京都大学の特色入試や東大の推薦入試ではすでに当たり前になっていますね。大学入試改革がとん挫したという話と同時にパラレルに大学入試改革が加速度的に進んでいる。不思議の国日本です。

★しかし、急に始まったわけではなく、OECD/PISAとCEFRによって始まったわけです。つまり1989年ベルリンの壁崩壊後のシナリオプランニング通りなわけです。欧州に東からどっと移民がおしよせてきたわけですから、学びの権利と言葉の権利を守る政策としてこの2つは生まれてきました。どちらも拠点が人権の国フランスにあるのが象徴的です。

★IBも拠点がスイスにあるわけですから、日本の教育改革は世界の国々のいいとこどりをするも、基本はヨーロッパですね。

★ともあれ、PISA型入試を導入したのが、全国学力調査テストであり、公立中高一貫校の適性検査であり、昨今一部の公立高校入試でも取りいれています。中学入試においても適性検査型入試をはじめとする新タイプ入試が浸透してきています。

★もちろん、この路線をつくったのはベネッセと文科省の巧みな連携です。文科省の学力調査テストの運営の大半はベネッセです。数的には大学入学共通テストとなんら変わりなく、本当はできたはずなんですが、大学受験業界の壁はベネッセ一社ではどうにもならなかったということでしょう。

★しかし、シナリオプランニングは複数路線で進みますから、一つや二つダメでもベネッセは実は問題ないのです。多くの学校や自治体でベネッセの元社員は大活躍していますから、キングダムは不滅でしょう。東大本郷の赤門左にそびえる福武ホールはその象徴ですね。

★大学と就職という生涯学習系では、ベネッセ以外にリックルートがドンと構えています。教育・進路系はほぼその2社が独占しているというのが本当のところで、その2社がどういう動きをしているのか、注目しておくと役に立ちます。それから、2社が手こずるのが私立学校です。もちろんしっぽを振る私学も結構ありますが、ここは河合塾、ロイロノート、Apple、Microsoftなどのシェアとの競合関係になっています。

★それゆえ、公立中高一貫校や公立小中高一貫校などをつくって、私立学校の領域のシェアを拡大したいわけですね。自治体の背景にあるベネッセとリクルートがです。

★痛し痒しですが、この2社ががんばることによって、ピアソンとETSという英米系教育ビジネスに飲み込まれなくて済むというのが日本の教育産業界の状況でしょう。そこでフランス―ドイツを中心とする欧州教育で世界標準競合関係を巧みにベネッセは活用し、リクルートは米国のコンピテンシーでETSに対抗をしているわけです。

★この競合の状況を眺めながら一挙両得を考えているのが日能研や首都圏模試センターです。中学受験というマーケットにのみ軸足を置いているのがそれを意味しています。

★なんだか話がズレてしまいましたが、今年から小学校の5年生6年生における英語の教科化がスタートしました。片方で着々とPISA-IBーAレベル系列の入試問題、つまり総合型入試の準備も着々と進んでいます。大学入学共通テストは米国ETSの戦略を残して、言い訳ができるようにしているわけですね。

★日本の外交や国際戦略は、基本は長崎の出島戦略です。国民はだれもダイレクトに交流しないけれど、出島を通して、世界標準のシミュレーションの恩恵に浴せる状態になっている。ダイレクトに交流している人々が富を増やし、国民はその富裕層が喜ぶ素直な消費者ということですね。

★ところがポストコロナは、一般市民がネットでダイレクトに交流してしまう。そのためにも英語は重要なのですね。クリティカルシンキングは必要なんですね。ICTは大事なんです。ポストコロナ時代の三種の神器は、英語×クリティカルシンキング×ICTで、その三種の神器を使いこなす市民をクリエイティブクラスというのでしょう。

★来春のダボス会議では、この話が主流だし、そのような時代の要請を敏感に先取りする落合陽一さんもクリエイティブっクラスが働き方改革を促すでしょと語っていますね。

★というわけで、そのクリエイティブクラスが大量に輩出できる大学が、投資効果があるわけで、入学者を増やしていくことになります。

★ポストコロナ直後は、変わらない大学が安心安全だということで、そこに入学者が集まるのですが、すぐにそこではクリエイティブクラスは生まれないことに気づき、英語とクリティカルシンキングとICTを統合した「総合型入試」を行う大学の人気が出るようになります。

★安心安全を求めるタイプは、リーマンショックとかパンデミックとか気候変動という体験を通してはじめて身に染みるわけです。ベネッセやリクルートはその両方のシナリオプランニングをしているはずです。一市民の私でもそう考えるのですから、2社の幹部が考えないはずがありません。

★複線マーケットの両方でビジネスを行うリスク分散は考えるでしょう。

★日能研と首都圏模試が、一挙両得戦略をとれるかどうかは、マーケットのおもしろところですね。マーケットは時代の歴史的狡知と歴史の普遍的精神のせめぎ合いで動きます。激動の時代、マーケットはどんな新しいシナリオプランニングを立てるのでしょう。時代変革ゲーム!ワクワクしますね。

★もっとも、私自身は、そのゲームには参加しませんが。

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ノートルダム女学院(04)哲学対話を大切にする学校。

★前回ご紹介したように宗教の山川先生は書道の授業とコラボレーションしていたわけですが、実は保健体育の授業や社会科の授業ともコラボしています。山川先生は中1~高2までの全学年全クラスの宗教の授業を担当しています。そこでは、哲学対話ベースの授業を展開していますが、そこで大切にする問いを互いに投げ合うスキルは同校の国語科で活用している言語技術のスキルとも親和性があります。

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★カトリック学校の宗教の時間は、聖書訓詁学の場合が多く、多くの生徒が忍耐を強いられるのですが、山川先生の授業は評判が高いのです。対話ベースですから、考えることをします。しかも宗教は、自らを振り返る内省的マインドフルネスが膨らみますから、真剣にならざるをません。

★ノートルダム女学院の教育を知るには、山川先生の宗教の動向における位置づけを探る必要があるとピンときたので、オープンスクールが終わったその日の夜にZoom対話を申し込みました。お疲れにもかかわらず、快諾していただけました。

★哲学的に深く時を超える壮大な話であったので、私の力ではうまくまとめられませんが、山川先生の宗教の授業は、哲学的なアプローチであるということとその哲学が現実の中の矛盾を見出し、それを引き受け解決の道を切り拓いていくかなり実存主義的なものだと了解できました。

★最もおもしろかったのは、ノートルダム女学院では宗教はテストも成績もないにもかかわらず、多くの生徒が授業に立ち臨むモチベーションが高いということです。山川先生は授業の素材はできるだけ身の回りで起きている旬の話題を使うし、動画も使います。オンライン授業でおそらくICTを多元的に活用する優れた面も見せました。

★そういう意味ではハイテク実存哲学対話を生徒に仕掛けているのでしょう。

★もちろん、教師になりたては、この成績に関係しない宗教の時間へのモチベーションを生み出す創意工夫は想像を絶する苦労をしたようです。

★しかしながら、生徒は気づき始めたのでしょう。実存的宗教の時間は、自分を見つめる時間だし、アイデンティティを再構築する時間でもあると。すると、AO入試/総合型選抜入試にも直接つながる授業でもあると。

★このタイプの入試は、知識の定着度よりも、自分とは何者かを振り返り創出していることを表明する入試ですから、学びと進路がつながる大切な時間が学校の中にあるというのは同校の生徒にとってはアドバンテージが高いでしょう。

★卒業するまでにすべての生徒が哲学対話を体験することができる学校。そんな学校は他にあるでしょうか。

★しかも、同校にはアカデミックな哲学授業を展開する社会の霜田先生までいます。ポストコロナは新しい哲学の時代だと言われています。来年のダボス会議の大テーマは「ザ・グレート・リセット」であり、サブテーマは「資本主義から才能主義へ」です。

★山川先生は、この背景に哲学や聖書のマインドが隠れていることを見て取り、霜田先生と同様、しかし別角度からこの世界の動きを哲学対話してみるということでした。

★コールバーグとギリガン論争という道徳とSDGsのジェンダーの問題についても今後話していこうということにもなりました。またご報告いたします。

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ノートルダム女学院(03)創発型授業デザイン花開く。

★昨日のノートルダム女学院のオープンスクールで実施された9つの授業。いずれもすてきでした。授業の様子を見に教室を訪れると、そこには知と感情と愛と情熱の花が咲きこぼれていたのです。

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★しかも、いずれも15分から20分で、できるだけ受験生が多くの授業を体験できるようにローテンションを組んでいたのです。そんな短い時間で何ができるのと疑問に思われるかもしれません。

★今回オープンスクールでは、PBL(プロジェクト型学習)という言葉は使いませんでしたが、パンフレットに載っているように、同校ではこのタイプの授業デザインを試行錯誤しています。型からはいるというより、ペアワークやディスカッション、何よりリフレクションを小まめにいれる創発型の授業です。

★生徒が自ら論理を構築し、ジレンマ問題を見つける批判的思考をフル回転し、何をすべきか創造的思考を作動させます。そして、その前提には体験があります。ですから、授業の50%は教師がレクチャーを引き受け、残りの50%は生徒が学びの責任を引き受けます。この教師と生徒との学びの共創が同校の際立った特徴です。

★ですから、9つの授業では在校生がファシリテーターやアドバイザーを引き受けていました。緊張した受験生は先輩たちの声掛けに心を開いていったのです。そこに知と感情と愛と情熱が互いにつながりステキな花を開かせていたのです。

★しかも、教師と生徒の共創だけではなく、教師同士の共創もありました。たとえば、社会の授業では、認知科学や心理学、哲学の認識論で扱うトリックアートが材料として授業が展開していましたが、実は脳科学の問題であると種明かしがされ、理科の先生が参入して脳科学のワークにシフトしたのです。これまた、社会科学、人文科学、自然科学の共創が繰り広げられたのです。

★高校の国語の授業は、オノマトペのワークショップ型授業でしたが、ここでも数学の先生と家庭科の先生との共創が展開していました。実はマテリアルの絵からオノマトペをイメージする思考回路は、変形という数学的思考でもあるし、ワークショップのための道具作りは家庭科の技術を使っていたようでした。

★また、高校では科目としてはないのですが、中学の授業で行われていた言語技術のスキルも、オノマトペのワークショップで活用されていました。このような学びのスキルの内定連関は普段外からみていたのでは見えませんが、オープンスクルールでは可視化されています。

★さらに驚いたのは、書道の授業でした。パフォーマンス型の授業で、躍動感あふれる授業でした。書道部のメンバーがファシリテーターを行っていたということもあり、アクティブなかかわりに場が際立っていたのです。そして、なぜかそこに宗教の先生が参入し、文字を書くという行為とは何か?問いかけたのです。

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★書道と宗教哲学の共創授業になっていったのです。文字を書くとき、自分の主張を伝えるだけではなく、同時にそれは他者のためでもあるということに意識を覚醒した時、文字を書くことが幸せな社会、平和な世界を生み出すという壮大なスペクタクル授業になっていったのです。

★将来書道部があの大きな筆でパフォーマンスをするのをみたとき、それは世界を生み出す行為なのだとみなすようになるかと思うとワクワクしてきました。

★いずれも目からウロコという授業でした。

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工学院インパクト(05)複雑適応系組織のためのZoomMeeting

★先日、工学院大学附属中高(以降「工学院」)の田中歩先生(教務主任)と臼井先生(国語科)とZoom対話をしました。お二人とも工学院の中でワンチーム育成に向けてコミュニティーシップを発揮しています。また21世紀型教育機構の教育研究センターで加盟校の先生方と協働して生徒を巻き込み常に新しい未来を生成し続けています。

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★とにかく世の中は、多様な価値観と方法論と多くのテクノロジーであふれていて、その組み合わせの適応が重要です。こういう適応を生み出す組織のことを複雑適応系組織と呼んでいるわけですが、この組織には共感的コミュニケーションがベースになっている方が成立しやすいものです。

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★統合型ではなく、適応型なので、推進力より浸透力や拡張力のベクトルが大きく作用します。

★統合型のように、階段型右肩上がりではなく、序破急という長い間低空飛行していて、あるとき急激に垂直飛行をする成長曲線を描きます。

★ですから、我慢できない人もいます。統合型は弁証法的発想で、欧米型の成長曲線です。後者は武道や能の精神と技術の並行進化曲線です。

★工学院は、両方の成長理論があります。これを統合するとなるとかなり難しく、理論的成果はまだ学問上はないでしょう。ところが、複雑適応系は、ある意味バイオテクノロジー的な化学反応の循環生成ですから、自然と相互補完していく事態が生まれてきます。

★ポストコロナの工学院の自己変容をどのようなチームワークで生み出していくのかそんなテーマになりましたが、目的ははっきりしていて、授業の中で教科横断的なプログラムはいかにしたら可能かというプロトタイプを試行錯誤するという昨年から行われてきた企画の再構築と今TGP(Talent Growth Project)で行っている研修のZoomモニタリングの体制づくりの話し合いをしていたのです。

★私の役割は第三者の鏡です。基本自分の顔は自分で見えないので、それを映し出す鏡の役割です。気づきが未来への契機であることは確かです。しかし、オンライン学習で、データという鏡も獲得しやすくなりました。

★そのようなテクノロジーも含めてモニタリング体制を創っていこうということです。気づきは未来への成長の基盤ですから。

★本格稼働はこの8月末に始まります。またご紹介いたします。

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工学院インパクト(04)高橋一也先生の「自己変容」研修

★ポストコロナ。この事態は私たちすべてにとって未知なる経験です。この思いがけない出来事を、人生の妨げとするのではなく、むしろ、弾みと見なして、いまここで明日への新しい自分に自己変容していこう。これがコロナ禍のオンライン学習を乗り越えた工学院の学内雰囲気です。

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★とはいえ、ビジョンだけでは実現できません。そこで、この自己変容の最新の発達心理学の成果であるローバート・キーガン教授(ハーバード大学)の成人の成長のための「免疫マップ」を高橋一也先生は活用して研修をすることにしました。

★もともと、工学院の先生方はPBLを共有し浸透させています。したがって、構成主義的な発達理論を構築しているローバート・キーガン教授の考え方とは親和性があります。同校のPBLのルーツは、デューイやピアジェ、MITメディアラボのシーモア・パパート、同じくMITのピーター・センゲなどです。構成主義の流れを汲んでいる理論ですね。

★キーガン教授も、彼らの理論も射程に入れていますが、フロイトの流れを汲む精神分析理論やマズロー、ロジャーズなどの実存主義的な心理学も統合しています。そういう意味では、学習理論や心理学の広い領域をカバーでき、多くの先生方それぞれの理論に接続できると高橋一也先生は考えたのでしょう。

★それに、一也先生自身、直接キーガン教授のワークショップに参加して学んでいるということもあるでしょう。

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ハーバード・ビジネス・レビュー(2014.06.04)「人は変革を望みながら、無意識に変革を拒んでいる~ハーバード大学教育大学院のロバート・キーガン教授に聞く」という記事の中で、キーガン教授はこう語っています。


「日頃、私たちは「自分はこう考える」「私はこうしたい」ということを言ったり感じたりしています。これは自分が意識していることだと考えられます。しかし、実際には自分自身が感じていない、認知できない思考や感覚というものが隠されています。そして私たちの行動の一部には、こうした認知できない思考や感覚に支配されている面があるのです。それだけでなく、自分自身が意識して取っている行動の裏にも、無意識の思考や感覚が隠されていることも往々にしてあります。この認知していない部分を知ることこそが、人間の成長なのです。」

★そして、この無意識の思考や感覚を可視化するツールが「免疫マップ」です。

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★超自我とエゴとエゴのジレンマ、それを無意識で支えている固定観念という岩盤を、上記のようなシートに書き込み、それについて高橋一也先生のようなメンターあるいはコーチと一対一で対話していくことによって、ブラッシュアップしていきます。正当で信頼できる妥当な「免疫マップ」ができたとき、人は自己変容しているのです。

★ただ、この無意識の領域は極めて繊細で、あたかも暗闇の洞窟の奥に深く潜入していくかのようなので、1人で行くのは危険です。

★もし一人で行くと、自分も知らない仲間も知らない領域に足を踏み入れてしまう可能性もあります。誰も知らない無意識の領域はフロイトは認めていません。基本は意識が無意識化し、それが意識しないで躍動するサーキュレーションです。それゆえ、創造的であり狂気をうむわけですが、原因は突き止められます。

★ところが、私もあなたも知らない暗黒の世界は、オカルト的な世界で、解決がつきません。憑依や自己崩壊が起こる可能性があります。そして、現代社会はこの領域がかなり拡大しています。先生方が自己変容しなくてはならない本当の理由は、この時代の波に生徒が飲み込まれないようにするためでもあります。

★それはともかく、一也先生はレゴなどでチームでワークショップを行い、そのオカルト領域に引きずり込まれるのを防いでいます。

★自己変容とは、仲間といっしょに相互に助け合いながら進むことが肝です。PBLという授業も、生徒の個人化が進んでいる昨今、自己肯定感が低いどころか、そこを突き破ってオカルト領域に滑り落ちるのを防ぐ役割も果たしているのです。

★自己変容はきとんとケアしなければ、つまり共感的コミュニケーションの状況を基盤にしていなければ、自己破壊で終わる場合があります。また、ケアがない場合、自己変容は恐ろしくて、飛べない現状にとどまる状態になります。しかし、それは激動の変化の時代に飲み込まれてしまいます。

★留まることも先に進むもリスクはあります。しかし、そのリスクを回避するケアマネジメントとして共感的コミュニケーションを生みだす必要があります。

★工学院は、そこができているので、高橋一也先生も「免疫マップ」を活用しながら対話を開始したのでしょう。工学院のように、自己変容の道をケアマネジメントしながら進んでいく学校は少ないですが、この道を歩まなければ、時代の波に打ち砕かれてしまうでしょう。

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ノートルダム女学院(02)制限下をクリエイティブに乗り越えた生徒が証明したコト

★ノートルダム女学院校長栗本先生は、オープンスクールのスピーチで、コロナ禍の制限下の中で本当によくがんばっていると生徒を讃えました。オンライン授業という先進的な教育は、確かに教師の情熱と生徒の乗り越える意思がなければクリアできなかったでしょう。

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★その生徒の意思を貫く様子は、まさにいまここで見ることができますと栗本校長。まったくそのとおりで、説明会司会進行を行っている生徒のトークや受験生、保護者にたいする対応は、ある意味自立した大人顔負けの姿を現していました。

★学校の説明をプレゼンする生徒会の生徒の皆さんも、柔らかい表現と魅せるプレゼンに創造性の発露を感じないわけにはいきませんでした。

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★文化祭実行委員会の「文化祭革命」というアイデアと実行力には、ポストコロナ時代の新しいイベントの在り方を示唆するもので、大いに勉強になりました。コンセプトといいオンラインを活用した新しい技術の活用といい、すばらしいものです。

★もちろん、企画段階で先生方が納得のいく提案にするために何度も練り直した痕跡があり、それはプロのでデザイナーやプロダクションのなせる業に匹敵するなと感じました。

★起業する中高生が増えている昨今、ノートルダム女学院の生徒も負けてはいないのです。そして、生徒がそのように自分たちの活動ができるのは、STEAMや探究の学びの環境があるからだと説明するのです。

★たんに教科書の枠におさまっている教科学習だけが行われていたのでは、このような生徒の姿を見ることはできないでしょう。

★また高谷副校長が語るように、思考力を育成するPBLのような授業を行っているからこそ、体験授業でも見事なファシリテーターぶりの生徒の姿を見ることができるのだと感じ入りました。

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★だいいち、午前午後合わせて思考力やアイデンティティを見つける体験授業のプログラムを9つもオリジナルで創っている先生方のアイデア力と授業デザイン力に感服せざるを得ません。そしてまた、ファシリテーターを務める生徒の共感的コミュニケーション能力は感動的です。

★このような教師と生徒の姿には、品格ある人格とかかわりを大切にする愛があります。栗本校長は、どこよりも先進的でポストコロナに対応できる教育を実践できていると自負していますが、最も大事なことはそのような動きを他者のために行える人格の育成というノートルダム女学院の時を超えて継承されている教育があるからだと断言します。ポストコロナ時代に必要なのは、AIを他者のために活用できる人格が根っこにあることなのですと。

★時代の先進性と時代を乗り越える普遍的な精神の織りなす教育。その教育を創っていくのは教師のみならず生徒でもあるという同校の教育。日本のいや世界の未来の希望はここにあります。受験生と保護者は、そのことに気づきワクワクした思いに満たされたことでしょう。

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★中庭で各階から降り注ぐ生徒の吹奏楽の響きを受けとめる栗本校長。幸せを生み出す生徒と共に学園生活を送る先生方の日々の喜びと情熱と愛が学校を豊かにしているのでしょう。

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2020年8月 1日 (土)

ノートルダム女学院(01)生徒がわくわくしながら活動する女子校

★本日、ノートルダム女学院のオープンスクールが開催されました。コロナ禍にあって、オンラインとリアルの両方で行ってきましたが、今回は本格的なリアルオープンスクールでした。午前は小学生対象、午後は中学生対象。ニューノーマルな学校空間での説明会ですから予約制です。定員は埋まり、ファシリテーターや司会の生徒、吹奏楽、弦楽の生徒はフル回転でした。こんなに生徒が主体的にオープンスクールを実施する学校も少ないと思います。

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★学校に訪れた受験生や保護者は、中庭から聞こえてくる吹奏楽の演奏に耳を傾けながら生徒の皆さんに会場に案内されました。そして、会場では、弦楽演奏。アイネクライネナハトムジークを奏でる柔らかい弦の響きが来訪者を包み込みました。

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★吹奏楽、弦楽と2種類の生演奏で迎え入れてくれる女子校は、全国でもノートルダム女学院ぐらいでしょう。先進的教育を行っている一方で本物の教育が根付いている学校だとすぐに了解できました。

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聖パウロ学園 イノベーティブエデュケーター(01)考える力と英語力とハイブリッド授業

★本日、午前午後と聖パウロ学園は学校説明会を行います。昨日高橋博理事長・学園長と広報の先生方はリハーサルを行っていたときに、東京都の新型コロナウィルス感染者が463人らしいという情報がはいりました。もともとノー3密の空間をつくるために、午前午後の2回に分け、予約制にしていましたが、一層緊張が走りました。

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★演者はマスクをするのかフェースシールド(ブルータイプか口元タイプかも検討)をするか試してみた末、アクリル板をつけるのが、自然に話しやすいということになりました。マスク着用を原則とし、登壇時はアクリル板を活用ということになったようです。

★そして、アルコール消毒をはじめ、感染防止に余念がありません。

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★話のストーリーを通しで行っていった際に、望月先生のオンライン授業の様子を動画にまとめたプレゼンテーションがありました。改めて、聖パウロ学園のオンライン授業は、Youtubeやグーグルミート、Zoomなどをつかったオンディマンドと対面双方型の会議システムを活用したオンライン授業をきっちりやっていたことを確認しました。

★少人数ということもあり、毎日1人ひとりと面談ができているし、基礎基本は、オンディマンドで動画やワークシートを配信し、会議システムを通しては、対話しながら深い思考をフル回転するというコンビネーションがなされていました。

★また、体育の授業のダンスのオンライン授業の様子は圧巻でした。在宅学習はエモーショナル、フィジカル、ソーシャルの3つの面のケアが重要になったわけですが、この学年全体で行うダンスの授業は、生徒に勇気と愛と団結を喚起/歓喜したようです。

★今回のオンライン授業の経験は、パンデミック第2波、第3波、あるいは気候変動などの災害時にも対応できる準備にもなったのですが、何より大きな成果は、緊急事態宣言解除後の学校再開のニューノーマルな学校空間の中で展開されるリアルな授業においてオンライン授業もパラレルに活用するハイブリッド授業が生まれたということです。

★高橋博理事長・学園長によると、Wifiの容量の強化及び、生徒1人1台体制を整える準備も開始したようです。

★八王子エリアでは、私立公立問わず、ここまでのオンライン授業を徹底して行っているところは数校しかありません。本日の説明会参加予約者も例年と変わらずの数だといいます。

★入学時はいわゆる偏差値は50前後の生徒が入ってきます。この偏差値というランキング主義に生徒は悩んだり不安に思ったりしないかといえば嘘になります。自己肯定感も削がれます。でも、そんな他者にあてがわれた基準に右往左往させられるのではなく、自分の意思決定基準を見つけ、自分という存在のかけがえのない価値や才能を大事にする先生方との対話の学園生活は、不安を払拭し、自信と勇気を回復します。

★思考力は、実は学力以上に、この自分を見つめる時に力を発揮します。従来の偏差値ベースの受験勉強では、この思考力を養う必要がなかったので、どんどん自分が見失われ、自己肯定感が低い情況を生み出してきたのでしょう。今こそ思考力は磨き上げたいのは、そういう理由なのです。

★もちろん、学力も大事です。たとえば、英検で準1級に達する生徒や2級を取得する生徒が複数でてくる状況になってきてもいます。

★おそらく準2級はほぼ全員が取得する時代も近いでしょう。

★今回のパンデミックは世界同時的ですから、互いにリアルに行き交うことができません。しかし、交流は文化や価値観の違いを理解し、平和な意識や活動を共有するためには必須な教育活動です。

★聖パウロ学園はすでにオンラインで交流をしてきた実績がありますから、今後はそれを拡大していくでしょう。今まで力を入れてきた英語とオンライン環境と思考力育成教育というイノベーションは改めて重要だということが、このリハーサルを通して再認識され、共有されました。

★本日の学校説明会は、生徒1人ひとりが勇気と愛と自信を抱くことになる場となるでしょう。

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