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2019年9月 3日 (火)

PBLの世界(23)Z世代の希望とリスク  解決のカギは麻布流儀 北氏が証明

★2020年大学入試改革の理想はなかなかよいとは思う。しかし、今のところ現実とのギャップはものすごい。それゆえ、このギャップが社会的にクリエイティブインパクトを生みだして、イノベーションが起こり、社会は進歩するというセオリーを信じているのは経産省だ。その方向でPBLという<新しい学習経験>をベースに多様なテクノロジーを学校や学校外の学びの世界で広げていこうとしている。経産省が推進している<未来の教室>は地球が子どもたちの教室なんだということだろう。

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★それに鼓舞されて、どんどん学校を越境して社会に足場をつくり、社会を世界を変えようとするZ世代中高生やそれをサポートしようというNew Power教師が増えているのも確かだ。

★一方で、そのギャップがありすぎて、対応できずにパニックになっているあるいはその逆で諦めている生徒や教師もいる。そして、このギャップに対応できない側がOld Powerとなり、New Powerと葛藤を起こしている。Old Powerからすれば、PBLなんてやると基礎学力の勉強から降りてしまって、学力が落ちてしまう生徒が増えてしまうと提唱し、データ診断分析までして反論する。

★それに対して、New Powerは、基礎学力といっても、それは知識を憶えることで、そんなことは未来に役に立たない、データ診断分析という過去にこだわるのではなく、未来を予測し、そこからバックキャストする考え方を優先すべきだという論理が展開される。

★歴史的流れでは、おそらく18世紀にはじまった近代化路線のまだ延長だから、進歩主義が勝利するのは間違いない。しかしながら、Old Powerはたしかに進歩主義ではないが、ここで紹介したNew Powerは革新的ではあるが、実は進歩主義ではない。そうデューイなら語ったであろう。

★というのは、思考コードで視覚化するとわかりやすいので、それを活用するが、ここでいうOld Powerは、思考コードのA1A2B1B2の領域が大事であり、教師は生徒がそこの領域を十全に活用できるように成長すればよい。大学に入ってからも社会に出てからも、この基礎学力がなければ仕事も研究もできないという<現実主義>なのだ。だから、たとえば、上記図のブラック曲線(A1A2B1B2の中では成長曲線は人それぞれ)のように小中高時代に育っていく授業を展開するのだと。

★この<現実主義>の立場で、AI社会にシフトしたとしても、生きていけないだろうか?この領域を十全に活用できる人材は、論理的だし、応用力も利く。自分でイノベーションを起こすことはないかもしれないが、新しい技術をむしろ十全に使いこなすことができるだろう。

★また、ここでいうNew Powerは、誰かが創った路線に便乗するのか、自分で新しい道を切り拓いていくのか、それはやはり自らイノベーションを起こして突き進んいくのが夢だろうと、創造性を中心に授業を展開していく。そうするとそもそも授業の枠に収まり切れないから、学校システムそのものをぶち壊していくということになる。しかし、これが全体的な動きになるのは、難しい。

★というのもイノベーションのパラドクスがちらつくからだ。本来フラットでフリーでフェアのはずだったヒッピー系の人材が創り上げたシリコンバレー集団も、創る人とそれを実現する人、資金調達できる人とできない人、情報の非対称性を生みだし、貧富の格差をどんどん拡大していく。

★このような<理想主義>は、行き過ぎると20世紀の2つの世界大戦を引き起こした引き金と同じようなことになる。まさにイノベーション至上主義はヤヌスという二つの顔をもつローマ神なのだ。ヤヌスはギリシャ神話にはでてこないというからパックスロマーナを生み出す構造のある意味象徴であろう。

★いずれにしても、この<理想主義>は、特に起業家に多いから、C1C2C3領域で、飛躍的に子供たちが成長してくれればよいと考える。上記思考コードの図でいえば、たとえばレッド曲線(C領域の中では人それぞれの曲線。図の曲線はあくまで例)を描くように<学習経験>をマインドセットする。

★よく<理想主義>のモデルケースとして、シリコンバレーにあるチャータースクールHTHが話題になるが、このプランは、決してレッド曲線を想定しているわけではない。その証拠として、ベンチャーキャピタルの知恵者がしっかりバックヤードで運営サポートをしているのだ。

★というわけで、<進歩主義>とは、実はA領域、B領域、C領域すべてを経めぐる<眩暈>がするほどの成長曲線、上記の図の例でいえば、グリーン曲線を描く成長を生み出す<学習経験>を開発する組織である。実はこうなると、企業や起業や官僚ではできないのである。NPOもそうであろう。というのも、NPOも基本どこかにひもづいていなければできないし、目的をなるべく絞るから、その点は利益がでる部署優先の組織と変わらない部分がある。

★学校以外は、基本的に分業システムであることを忘れてはいけない。それが産業革命以降、近代化路線が成功してきたセオリーだし、それを巧みに利用した経済システムが資本主義だからだ。人間存在全体を配慮するシステムは、自己責任というのがこれまでの社会システムである。ここを意識して、<being>ベースの教育を展開しているかえつ有明が人気があることは希望がある。

★ともあれ、そこを見抜いて、人間存在の在り方を引き受けて子供たちの成長を持続可能にする装置が学校システムである。学校システムは古くて、社会システムの進化を阻害する装置だという社会学的な見方は、哲学を軽視した社会学、つまり客観主義を大事にしたマックス・ウェバー主義のもたらしたもしかしたらリスクだったのかもしれない。

★それゆえ、フッサールの間主観性を取り入れた社会学も一方ででてきたわけである。

★たしかに、学校の監獄論的な見方もフーコーやブルデューのようにないわけではない。しかし、それは学校を官僚近代が利用しただけであり、学校システムそのものは、経済的な相対的な価値であるバリューよりも、本質的なかけがえのない価値ある人間存在そのものを大切にできるシステムである。同じ価値でもValueとWalthはどうやら差異がある。近代化路線の光と影のうち、学校は実は光のシステムとして近代に誕生したのかもしれない。

★相対的な経済価値よりも、人間の存在価値という全体を大切にする立場は、結局理想現実合一論という<進歩主義>となる。この意味の<進歩主義>を自覚的に保守している筆頭は麻布である。<進歩主義>という<保守主義>。これを<普遍主義>という。その意味では女子学院もそうかもしれない。開成、武蔵、桜蔭、雙葉が、偏差値的には御三家と言われているが、麻布とJGとの差異はこのあたりにあるのかもしれない。

★いずれにしても、首都圏模試センターの北一成氏が、この麻布の<普遍主義>的<進歩主義>の思想を、平校長のインタビューを通して8ページにわたって紐解いている。9月8日(日)の統一合判で配布される雑誌「ブレイク」に掲載されている。公開されたら、また麻布流儀の考え方や教育実践の奥行きを紹介したい。

★なお、このブッラク曲線、レッド曲線、グリーン曲線を描く生徒たちは、各学校によって割合が違う。ブラック曲線一色でよいという学校もあるし、レッド曲線一色でよいという学校もでてきたが、基本は3つの曲線を描く多様性が学校には存在している。

★ただし、その割合をきちんと入試問題の多様化によって、意識しようとしている学校がでてきたのある。それが新タイプ入試を開発している学校の登場である。ここらへんは、中学入試動向のカテゴリーで語っていきたいが、ようやく麻布やJGの<進歩主義>をシステム思考的に構築しようという≪私学の系譜≫の復権がここに現れてきたのではあるまいか。

★近代化路線が生み出した光のシステムとしての学校は、残念ながら官僚主導の≪官学の系譜≫にではなく、≪私学の系譜≫にあるという人間存在の復権が、AI社会シフト時代だからこそ起こっていると考えているのである。

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