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2019年9月15日 (日)

2020年からの中学入試(11)生徒1人ひとりのための破格の思考型問題のモデル~聖学院 偏差値主義の悪の帝国に挑む

★これまで、2つの記事「2020年からの中学入試(08)4科入試の思考型問題のモデル~海城の社会 」と「2020年からの中学入試(09)4科入試の思考型問題のモデル~麻布の場合」で、4科入試で出題される骨太の思考型問題のモデルを考えてきました。「2科4科入試」で思考型問題が増えることは、とても良いことですが、海城や麻布のような思考型問題を「2科4科入試」で出題しているかどうかは、実はまだまだ疑問だということを提示しました。

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(聖学院のレゴキング大会のシーン。聖学院は、イベントのみならず、学内の授業でも活用されています。写真は同校サイトから。)

★考えることと書くこと話すことは、連動していますが、大学生くらいまでは、考えることと書くことと話すことは一体化されていないのが現状です。どんな生徒も考えることはできます。しかし、それを書いたり、話したりできるかというとまだまだ別のようです。しかも、今ままでの教育では、これらは、別々に行われてきましたし、特に話すことのトレーニングはなされてきませんでした。

★だから、偏差値エリートは文書主義的な論理的思考を発揮するのは得意でしたが、プレゼンテーションとなると意外やだめな人も多いですね。しかも論理的思考に特化してトレーニングを受けていますから、前提の視座を自分で構築する思考という最も重要な倫理的思考が抜け落ちています。だから、悪法も法なりという恐ろしい事件が毎日のように報道されています。

★「2科4科入試」でそこまできちんとすべての生徒の将来を見据えて「思考型問題」を開発しているところは、麻布や海城を除いて、ほとんどないというのが本当のところなのです。だから、「2科4科入試」で思考型問題が増えてきたから、偏差値で測れない「謎の入試」である「新入試」はやる必要がないというのは、子供の学習権から見てもおかしいのです。そんなことを言い続けていたら、チコ ちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られますね。

★その点、聖学院の「思考力入試」は、「思考力」と「書く力」と「表現する力」を、思考力入試に取り組んでいるうちに生徒が一体化できるようにプログラムされています。もちろん、入試なので時間制限があり、3つがバラバラで終わる生徒もいます。しかし、「書く力」が圧倒的だとか「表現力」が圧倒的だとかいう生徒がいます。その場合は、採点する先生方は悩みながら話し合います。ルーブリックでつけるので、どの項目もバランスがよいのか、限定的に際立っているのかは、合否を判断するときに大いに悩むでしょう。それが「謎の入試」と言われるゆえんでしょうが、生徒1人ひとりの可能性を見極める作業を徹底するのが、本来の私立学校の試験ではないでしょうか。

★それでは、あの海城の社会の問題(ココをクリックするとその問題を見られます)をどうやって出題すると、偏差値に関係なく、思考力があるのかどうかわかるというのでしょう。

★社会における問いは、本来「社会のダイナミズムやメカニズム」を考えることに目的があります。もちろん、イギリスをはじめ欧米のように地理学は世界戦略のためにその知恵を活用するというのが隠れた大きな目的ですが。

★海城の問題は、時の権力者の社会的心理構造を実は問う問題です。麻布だったら、それが平安後期の特殊な問題ではなく、歴史を通じて、似たようなことが起こることに気づかせる問題を矢継ぎ早に出題していくでしょう。この手の権力的な問題を好んで出すことはしない武蔵でも、問いのラインナップは、麻布に似ています。

★しかしながら、「末法思想」と「浄土教」についての知識を少し深く記憶していると海城の問題はできてしまいます。得点はとれるでしょうが、「社会のダイナミズムやメカニズム」を知ろうとしなくてもできてしまうというパラドクスがここにはあります。

★だから、麻布は、その垢おとしをするために、似たような構造の歴史的事件を分析させていくのです。しかしながら、結局はどれも知識限定的な力が働き、「社会のダイナミズムやメカニズム」が前面にでにくいのは否めません。それゆえ、最後の問題は、身近な自分の出来事に引き付けて考えさせるのでしょうが、それがなければ、やはり「知識」で解けてしまうという誤解を招きます。

★しかし、いずれにしても「思考力」と「書く力」をみることはできぞうです。話す力や制作能力が一体化しているかはみることができません。もっとも、麻布の問題が得意な生徒は、入試でそこを直接問わなくても、一体化している確率が高いのは経験上そうでしょう。そこは、麻布の建学の精神に憧れてチャレンジするわけですから。

★しかし、すべての受験生が、思考力があれば、書けるのかとか表現力があるのかといえば、そうとは限らないとみなさんお思いでしょう。しかしながら、それはトレーニングされていないからというのが実情です。なぜなら、知識を暗記することと与えられた素材を理解するトレーニングにのみ特化されているのが偏差値60未満の生徒です。偏差値階層構造の根源的な問題は、塾と学校が、偏差値を間違って使ってきたことによる学びの偏差値階層別固定化問題なのです。

★それをぶち壊したのが聖学院です。海城のような問題を聖学院なら、フィクションの物語に転換してまずは出題するでしょう。権力者たちが絶対的な精神的力をもった僧院に足しげく通うようになった物語を語り、その僧院はお金持ちにしか門を開かなかったこや、当時の天変地異のデータ、民衆の暮らしぶりの資料、民衆を襲う竜の話などするでしょう。

★そのうえで、実はこれは22世紀の話なのだ、すべてはメタファーだから、自由に物語を自分で変えて、レゴでその世界を創ってみてごらんと。そして、自分で創った世界をプレゼンする時間も設けます。そんなトレーニングをしたわけではないのに、鼻を膨らませて話します。まるでスターウォーズのような世界をとうとうと語ります。

★そして、話した後に、文章にも転換するのです。レゴで表現し、スピーチという表現をして、文章で表現するのです。この3者の中には、さんざん思考した痕跡があるのです。「思考力」と「書く力」と「表現力」が一体化される<新しい学びの経験>を思考力入試でするのです。

★もちろん、問いはこれだけでは終わりません。麻布同様で、自分ならどうやってその世界を救うのかという問いを投げかけるでしょう。レゴでそれを表現し、プレゼンし、書くのです。

★どんな生徒も、自分事として取り組めば、思考力は動き出すし、表現力も書く力も発揮できます。その環境を設定していないのに、偏差値60未満は思考力より、知識と理解力だと固定化されてきたのです。

★聖学院は思考力入試ばかりではなく、今までの2科4科入試も行っています。突然考えよと言われてもその用意ができていない生徒も、自分がやってきた力で入学してもらい、思考力入試と同じようなオリエンテーション、LHR、授業がありますから、そこで才能を開花する場があるわけです。

★「2科4科入試」で、海城や麻布のような骨太の思考型問題を出題していない学校は、残念ながら学校のカリキュラムは、その入試の延長上にあります。その延長上にさらに大学入試における「一般入試」があります。そして、その延長上に今までだったら大学卒業後の世界があるはずですが、2030年からはそこの門は閉じてしまいます。倫理的思考力・批判的思考力・創造的思考力がない人材は、ホワイトな企業はもはや採用しなくなります。研究者の道も当然閉ざされます。アーティストもありえませんね。

★世界はもうとっくにそうなっています。それが新しい経済格差の問題です。倫理的思考力・批判的思考力・創造的思考力がサーキュレーション・エコノミーを生みだします。この世界を共に創っていこうとするクリエイティブなグローバル市民になるかならないか。それは自己責任もありますが、子供たちの未来を見据える大人の責任でもあります。

★「謎の入試」とレッテル貼りをし、子供たちの未来のゲートをつぶす悪の帝国との闘いが、2020年の大学入試改革から始まります。海城や麻布のような学校が、偏差値にかかわりなく、存在する私立中高一貫校の世界の新しい展開が生まれるのです。

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