PBLの世界(5)聖パウロ学園の松本先生との対話。教科特有の直観を忘却しないために。
★聖パウロ学園は、夏期講習中。寮を使った合宿も始まっている。その講習の合間で、教務部長の松本先生(数学科教諭)と対話をした。松本先生は文系クラスも理系クラスもPBL授業で行っている。アクティビティはディスカッションやコラボレーションが中心だが、両クラスでは学びの過程が違うという。
★どう違うのかは、なかなか難しい。そこで、たとえば、今年の慶應義塾大学の理工の入試問題を素材に話を聞くことにした。慶應義塾大学の理工の数学の問題は標準的で特別難しいというわけではないので、私も話についていくことができるということだった。
★微分と極限の問題だったが、この問題を生徒がどう考えていくか松本先生は説明してくれた。重要なのは解き方というよりアプローチの仕方だ。理系進学を考えている生徒は、高3の今ぐらいの時期になると、このような問題をグラフに置き換えて解くのか関数式で解くのか、いくつかのアプローチの中から取捨選択してから解いていくという。
★いくつかのアプローチとは生徒自身は意識するのかと尋ねると、おそらくそこが理系と文系の違いになるかもしれないという。どういうことかというと、解析、代数、幾何、位相の4つのアプローチという視点が、理系を選択している生徒は高1、高2の間に出来上がっていて、闇雲に問題を解く必要がないのだという。
★文系の場合は、問題それ自体が、意識しなくても代数の問題は代数的にアプローチすればよいし、幾何の問題は幾何のアプローチをすればよいから、アプローチを考える必要がない問題が多いいのだと。
★だから、文系クラスの数学のディスカッションでは、解答の教え合いを行っているように見えるけれど、どのアプローチで行くか協力して探すことを主眼としてできる問題を選んでいて、考えるアプローチの必要性に気づけるようにしているのだと。
★しかし、自分ひとりですべてのアプローチを取捨選択できるようになるまでにはいきつかない。それはやはり数Ⅲまでカバーしないとなかなか難しいと。しかし、文系であれ理系であれ、数学的に考える多角的アプローチがあるということを意識することは共通して大切なのだと。文系でも、ものの見方を数学的にアプローチすることは将来あるだろうから、そこは重要なのだと。
★なるほど、理系のクラスの生徒が数学ができるということはそういうことなのですねと尋ねると、いや実は、そのアプローチの選択のときに、高2後半までは、試行錯誤でやりながら最適なアプローチを見出していくのだが、高3の夏期講習あたりになると、そこは数学的直観のような力がつているから、試行錯誤しないで、決定できるようになっているというのだ。
★≪直観≫という境地に達するのが理系クラスの行き着く先かとちょと感動したが、松本先生は、大学に行けば、アプローチそのものを新たに自分で作るような局面にぶち当たるので、むしろそこに結びつけるために、ここまで行っていなくてはならないと。
★これが、IBや米国の教育学で話題になる≪Subject Specific Intuition≫というものなのかと驚いた。松本先生は、どの教科でもその教科特有の直観みたいなものに達するようになっていて、そこまでいくから教科の得意不得意が自分の中で生まれてしまうと。
★決して、偏差値が高い低いが得意不得意を決めているわけではないと。教科というけれど、実際には数学的直観と言語的直観の組み合わせで教科の特有の直観は決まってくると。数学の場合は、純粋に数学的直観ということなのだろう。
★論理的に考えることは重要であるが、直感的なものが働くことによって、思考過程の最適化をつくっていくことができるのだと。なかなか難しい≪対話≫になっていき驚いたが、たしかに聖パウロ学園の数学好きのクラスの生徒の数学観とはそんな雰囲気だ。
★どうりで、理系クラスのディスカッションは、どのアプローチを選択すると最適あるいは美しい解き方になるかが議論されているわけだ。新学習指導要領のいろいろな改革は、ともすると教科のこの特有の直観育成の話がどこかにいきがち。論理的に組み合わせるパッチワークで終始しがちだ。結論ではなくてプロセスが大事だと。しかし、直感はプロセスをショートカットできる変換を行える。それゆえ、その変換の仕方に美を感じるのだ。そこまでいかないとプロセスが大事だと本来はいえないのかもしれない。
★STEAMのAは、この数学的美学を必要とするはずだ。教育改革が成功するか否かは、結局松本先生のように、思考の創意工夫について生徒といっしょに取り組んでいける教師の存在にかかっている。
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