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2019年7月13日 (土)

大学入学共通テスト 数学の文章解答見送りの意味

★日本経済新聞の記事「数学の文章解答見送り 大学共通テスト 採点の負担軽減」(2019/7/13)を読んで、不思議な感じがした。メディアにおいて、事実とは何だろうと。ともあれ、こうある。

≪2020年度に始まる大学入学共通テストで、大学入試センターは12日までに、数学で検討していた短い文章で解答する記述式問題を初年度は見送る方針を決めた。3問全てで数式だけを書かせる方式にする。記述式問題は共通テストの目玉だが、18年の試行調査で正答率が低迷。採点の負担軽減のためにも、より簡素な方式にする。

共通テストは現行の大学入試センター試験と同じマークシート方式が基本だが、思考力や表現力を問うために国語と数学で記述式を導入することが決まっている。

数学では「数学1」「数学1・数学A」で小問3問を出す。18年11月の2回目の試行調査では、数式を書かせた2問の正答率が5.8%、10.9%。短文を書かせた残り1問の正答率は3.4%と低迷した。≫

★ここでいう、事実とは、「大学入試センターがこういっているということ」であって、大学入試センターがいっていることが指している「事象」の事実性ではない。

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★「記述式問題は共通テストの目玉だが、18年の試行調査で正答率が低迷。採点の負担軽減のためにも、より簡素な方式にする。」と大学入試センターは言ったという事実は、たしかだろう。しかし、正答率が低迷というのは、他の問題は低迷でなかったけれど、記述式問題は低迷していたということだろうか?

★上記のプレテストで、記述式でない(ⅱ)の問題の正答率は3.0%だ。(ⅰⅰⅰ)の正答率は3.9%である。実は、記述式問題でなくても正答率が低迷している問題はたくさんある。たしかに、正答率が低迷しているから、文章解答を見送るとは言っていない。しかし、わざわざ「低迷」と書いているというコトは根拠として挙げているとも読める。

★他の問題の正答率が低迷していないのなら、その根拠もありかもしれないが、そうではないから、ことさらここで「低迷」を挙げる必要はない。

★それに、採点の負担軽減とはどういうことか?記述は「条件+結果」という極めてシンプルな文章。問題文にも「時刻とともにどう変化するのか」と「時の変化」という条件を書けと条件を明言している。

★それに、3.4%という正答率というのは、500,000人受けたとしたら、1,7000人が正解するというを示している。おそらく誤答は、結果ができていないから、迷うことはない。それに無答率が相当高いから、採点負担というのは、ほとんどないだろう。

★数式だけ書かせる方式であっても、採点者は確保しているのだから、彼らにとってこのような記述問題の採点負担というのは考えられない。それとも、数式は機械が読み取って自動採点できるというのであるのなら、採点負担というのは、採点者を確保することが難しいというコトを意味するのか?

★「文章解答見送る」の事実性は、一体何なのかこの記事では本当のところはわからない。

★それにしても、記述式の問題ができないということそのもののリフレクションは誰がするのだろうか?現場?ではないだろう。明快に学習指導要領で数学の授業について記述していないからだと文科省や教育委員会がリフレクションすべきなのだろう。

★数学的思考とは何であるか、学習指導要領で「概念」とかいう言葉を使っているが、それを明快にはしていない。「概念」と「数式」と「グラフ」と「図形」と「アルゴリズム」と「文章説明」を、授業の中で「置き換える」作業をシステマチックに行うのが数学的思考を養う授業であると指摘していないから、「数式化」して計算することしかトレーニングされていないのが、日本の学校における「数学」の授業なのだ。

★数学の先生の中には、多面的にアプローチするが、たいていはそうではない。学習指導要領に従えと言われているのだから、そうしないのが当たり前なのだ。

★授業でトレーニングされていないのに、その多面的なアプローチを問われてもできないのが普通ではないか?正答率3.4%というのは、むしろそのような多面的な授業を行っている比率の少なさを示していると考えたほうがよい。

★もし授業でトレーニングされていたら、どうだろうか?このへんの事実性は上記の記事ではきちんと分析されていない。

★今できないという結果事実だけを判断材料として、大学入試改革の是非を問うている世の中は、自らを省みることなく騒いでいるとしかいいようがない。そのような結果しか出せない今を改めようよというのが改革の趣旨だったはずだ。本末転倒とはこのことだ。

 

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