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2019年4月 8日 (月)

21世紀型教育の意味(02)パーソナライズドラーニング リベラルアーツベースであることが大切。 デストピア未来を回避するために。

★シリコンバレー、特にGoogleに象徴されるように、1人ひとりに適合したパーソナライズドラーニングとかアダプティブラーニングとかいわれるものが、21世紀型教育だと言われる。それはその通りだと思うが、モンテッソーリ教育とICTがつながった試みが注目されているように、背景にはリベラルアーツがある。

★それが、日本に移植されると、教育産業によって、リベラルアーツが外部化される。かつてのジョブスやシリコンバレーのCEOが、リベラルアーツを外部化しないで、大切にしているのに。教育産業に言わせれば、いやいやリベラルアーツは学校がやるものだから、基礎学力定着に関する効率性は私たちが請け負うから、余った時間で大いにリベラルアーツをやってくださいとまことしやかなことを言う。

★いやいや学校だって、リベラルアーツをやってきたかというと、必ずしもそうでない。そこで、21世紀型教育機構は、リベラルアーツの現代化、リベラルアーツ3.0を21世紀型教育の基礎としようとしている。

Ai

★もしリベラルアーツなきパーソナライズドラーニングが浸透したら、どうなるかというと、図にあるようなデストピア未来が待っている。もちろん、GAFAは、だからこそリベラルアーツを大切にしようというのだろうが、それが各国の市民に共有されていないければ、防ぎようがない。

★もっとも、グローバル市民は、いやおうなくAI市民に移行せざるを得ない。そのときリベラルアーツ3.0が教育で実施されていたら、デストピア未来はユートピア未来にシフトできる可能性がある。

★昨日の統一地方選挙は、相変わらず保守党の勝利だが、議員一人一人の言動指針は、地方市民の目線に合わせているものが増えている。国の力に頼るのではなく、自分たちの力で!という流れ。もちろん、選挙戦略だと言われれば、そうだろうが、少なくともそういう風潮が生まれているからであるのは確かだろう。

★もちろん、その動きも政党に属している場合は、その政党の枠組みの中で動くしかないが、少なくともパーソナライズドな動きが濃くなってきたことは確かだ。もちろん、その実態や実現性に関しては、それほど期待はできないが、確実に上記の図のような流れに沿っているのだろう。

★教育と政治は結びつかないかもしれないが、そんなことがないのは、ちょっと考えればむしろその関係は強いと気づくはずだ。教育からも政治からも21世紀型にシフトする共振が広まることにエールを送りながら、自分は自分なりに、粛々と真正21世紀型教育のプラットフォームを支援していくしかあるまいと思っている。

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