工学院 学習する組織のメカニズム実現の完成に目途(3)ピアジェにいったん還る
★昨年2月、5月、今年2月、工学院の田中先生とセミナーを開催する過程でオフ会やメール、電話などで対話をする一方で、多くの学校の先生方や塾人――おそらく毎月50人くらいだから、延べで年間600人――と創発スクライビング、授業スクライビング、授業リサーチ、思考コード分析、思考スキル分析をやりながら(セミナーやシンポジウムの参加者との出遭いはここでは除く)、それらが全部一つの渦のようにつながっていくような気がしてしかたがなかった。
(工学院のTGプロジェクト。学び及び思考のコアモデルをスクライビングして、思考コード分析しているシーン。)
★それがバシッと降りてきたのは、今月に入てから。井庭崇先生の著書「クリエイティブ・ラーニング」が、前から興味深かった田中先生のビジョンデザインと結びついたからだった。田中先生は、工学院のビジョン全体を自分が描いたものを共有しようとするのではなく、教務主任として、学内の教師一人ひとり思い思いに思考コードを再吟味しながら授業や教育活動のデザインに取り組む作業を通して、教育ビジョンを共有していった。
★井庭先生は、多様な人間の行動、学びやプレゼン、プロジェクトの企画、料理などの領域において、そこに携わる人々の言動やイメージをパターンランゲージに転化していく。ある意味同化していく。最近流行りのコンピテンシーももともとは多様な人間の行動の中で、成功する人間の言動の特徴を様々なコンピテンシーのパターン化あるいはカテゴライズ化したものだ。思考コードは、それらの非認知的能力と教師や生徒の思考の段階をさらにカテゴライズしたものである。
★つまり、これらはある事柄や言動から抽出された言説や記号なのである。しかし、田中先生は、もう一度自分が仲間と思考コードを抽出してカテゴライズした時と同じ経験を学内の教師にしてもらうようにした。外から見たら、教務主任として学内の先生方にトップダウン的な落とし込みをしたように見えるが、学内では、若い教務主任が経験を共有するには、スタートラインからの経験を共有したいのだという思いを共有したのだということらしい。
★つまり、企画や行事のシナリオを提示して、これをやりましょうよというのでは、内的モチベーションが燃えないが、経験の共有はGrowth Mindsetになるようだ。それだけ、「経験」は重要なのだ。だれかの頭の中で生まれたプランより、初源的経験から始まるのは説得力が違う。
★この経験重視が、実は構成主義的学習観とシンクロするのだが、工学院は、すでにピアジェの構成主義観は氷山モデルでいえば、深層にあり見えなくなっている。シーモア・パパートの構成主義観も、レゴを活用したりファボラボを頻繁に活用するから、見えなくなり、やはりレズニックの構成主義観やスタンフォード流儀のデザイン思考から出発している。
★田中先生自身、ICTもレゴも構成主義的学習で活用される最先端のツールを有効に活用してPBL型授業を行っているし、英語の教師で、構成主義的学習観ベースのCLILも実践しているから、あえて「経験」に立ち還るのが何とも気になった。すなわち、工学院では、すでに、経験は「make,think,share」というシークエンスになっている。しかし、それの実践者でもある田中先生があえて、「make,think,share」という経験を生み出す「経験」にこだわっていたのがずっと気になっていたのである。
(平方校長の理念と現場の意識をつないで新たなイノベーションの化学反応を引き出すジェネレーターとしての役割も田中先生は果たしている。)
★しかし、今回井庭崇先生の同書を読み進むにつれ、「経験」「同化」「調整」「構造」「最近接発達領域」というものが、連綿と言説と表現記号とそれに伴うシステムが変容してはいるが、結局はピアジェモデルの進化過程だったのだと理解できた。だから、田中先生がピアジェの「経験」に立ち還るのは、自然なことだったのだ。
★というのも、パパート、レズニックの思考は多くの企業やコミュニティでコモディティ化され、道具化され、本来潜在的なタレントを生み出すという意味でデューイが道具主義だと言ったのを、効率よく正確にタスクを遂行する道具と化してしまっている。産業界とはそういうものである。おもしろい道具であれば、先生方も使うだろうが、思考コードの表をみえて、面白いと思う人はそうはいない。だから、産業界では売り物にならないために、パラドキシカルだが、本質的なものが教育において守られている場がここに広がった。
★しかし、それでは、思考コードをただ使えと言っても、それ以上でも以下でもない。新たなインスピレーションやイマジネーションが湧いてくる魂がこもるには、「経験」から思考コードを見るのに限る。
★今回キックオフワークショップとしてTGプロジェクトをやったとき、ICTやファボラボを使わずに、ただ言語とフローチャートの記号というか絵を活用するだけの経験をした。すると、そこに学び及び思考のコアモデル(コアコンストライクション)が生まれ出て、その同化や調整、その過程で見えてくる「最近接発達領域」などが可視化されていった。
★このコアモデルと同化、調整、最近接発達領域、思考コード、思考スキルの組み合わせが、PBL型授業の基礎構成要素だし、思考の基礎構成要素。教師も生徒も経験からこのコアモデルを生成するとこから始まれば、教師と生徒の進化はすさまじいものになる。
★しかも、今後パパートの理論、そしてレズニックの理論で語れるPBLに進化(すでに現場では進化しているが、進化しているという意識がまだ明快ではないから、これが明快になると)していくと、コアモデルの拡充が起こる。すると、最近接発達領域の現れる場が、ピアジェの理論を超えて拡充していくから、教師も生徒もタレントを豊かにしていけるし、そうなれば、パパートがホストコンピュータ上ですでにつかったテクノロジーとレズニックが1人1台のパソコンやタブレットの環境ででてきた新たなテクノロジーを自覚的に活用したPBLに進化していく。
★そのためには、学習する組織の質を高めるトレランス(寛容性)が必要になってくる。ここに教師がタレント・テクノロジー・トレランスという3Tを意識するようになる。この3Tこそクリエイティブ・クラスを形成する基礎構成要素。
★これは予言ではない。すでにそれが行われているのだ。ただ、それをリフレクション(内省)とかモニタリングをして、自覚し、質向上とか改善をグローバルアスリートのようにしていくだけなのである。アスリートが向上や進化を止めようとすることはないのと同じことを田中先生はサッカー部の顧問でもあるから、その精神がミメーシスとしてコアモデルになっているのだろう。
| 固定リンク
「21世紀型教育」カテゴリの記事
- PISA2022結果に対するメディアの反応 メタ認知でモニタリングを(2023.12.06)
- 今後の中高における生成AI活用の重要性(2023.12.05)
- 2024年中学入試(07)今年も工学院は人気 共感的コミュニケーションの可視化 生成AIだからこそ(2023.12.05)
- 2024年中学入試(06)湘南白百合の海外大学進学準備教育(2023.12.04)
- 2024年中学入試(05)小泉信三賞が認める富士見丘の高校生活(2023.12.03)
最近のコメント