【マインドフルネス】佐野先生と金井先生
★全国の未来を牽引もしくはいまここで未来を創っている先生方が集まっているのだから、当然私の敬愛する他の先生方も登壇している。21世紀型教育機構の理事の石川先生(香里ヌヴェール学院学院長)、同機構SGTコーディネーター児浦先生(聖学院21教育企画部長)など大活躍である。
★そんな中で児浦先生つながりで、2011年3月11日を慶応湘南藤沢キャンパスの同じ教室で共に新しい学びを準備していた佐野先生も登壇していた。佐野先生つながりで、それ以降金井先生とも出遭ったが、佐野先生と金井先生はよきパートナーシップの絆を有しているから、当然、未来の先生展でも二人で登壇していた。
★佐野先生と金井先生とは、かえつ有明で、石川校長が突如辞めざるを得ない事態が起きて、校長不在の半年間、なぜか週に1度くらいの割合で、対話しにいっていた。
★ある意味、その時は、かえつ有明の危機だった。そういう危機の時に、佐野先生は今までの戦略を変えることになる。前職でもそうだったが、組織というのは本来的なコミュニケーションと共感的コミュニケーションはなかなか一致しない。本来的コミュニケーションも共感的なコミュニケーションも互いに遠くに引き下がっている場合がほとんど。
★すると、その狭間に権力的コミュニケーションが入り込み、ぴったり共感的コミュニケーションのエッジに迫り、圧迫するか懐柔する。組織のトップが本来的コミュニケーションを発揮しなければならないときに、権力的コミュニケーションに乗っ取られるときがある。
★そうなったとき、共感的コミュニケーションとの闘いはすさまじいものとなる。佐野先生は共感的コミュニケーションを広げることを使命にしているから、屈するわけにはいかない。戦略的な闘争を仕掛けたに違いない。しかし、多勢に無勢。
★明らかに軍門に下るか撤退するかどちらかになったとき、かえつ有明で共感的コミュニケーションを広げてくれないかと石川先生から依頼があった。すぐに金井先生とかえつ有明にシフトした。
★しかしながら、前職の学校よりましだったが、当時はかえつ有明だって共感的ココミュニケーションを快く思わない勢力もあった。しかし、はじめの1年は石川先生が闘ってくれていたから、なんとか新クラス1個分は、確立することはできた。今春そのときデザインした高校のプロジェクト科の卒業生が見事に羽ばたいた。
★ところが、2年目は、石川先生が退いた。すると、闘いの最前線に再び佐野先生は立たなければならなくなった。権力的コミュニケーションと共感的コミュニケーションのエッジに。
★そんなとき、私は佐野先生と金井先生の傍にいることができた。しかし、校長不在というコトもあって、半年間は、権力的コミュニケーション側も組織だった動きはできなかった。そこで、エッジに立つのではなく、佐野先生とすでに仲間になっていた校務のメンバーともちろん金井先生と内なる権力的コミュニケーションを仕掛けてくる側と闘うのではなく、共感的コミュニケーションで、彼らの教師とはこういうものであるという頑迷固陋な先入観を武装解除するのに時間を費やした。
★私は、そのときの佐野先生と金井先生の姿は、ロマン・ロランのピエールとリュースの生き方に重ねていた。もちろん、ピエールらのように恋人同士ではなく、友情なのであるが(笑み)。ともあれ、ドイツの空爆にあって死と背中合わせの日々の中で、愛を貫いた二人。どんな状況にあっても、愛を選択できる人間の生きる意味こそマインドフルネスではないか。ロマン・ロラン自身、戦争状態の最中にいたのだ。
★だから、佐野先生と仲間たちは、共感的コミュニケーションの和/輪を教師と生徒全体に広げるために、中1からオール・アクティブラーニングを浸透させる構想を練った。夏前から中1担当のチームを募り、毎週のように研修をやった。スキルというよりマインドセットのほうが主だったような気がする。その対話はやはり安心安全を共有できた。
★私もその研修に参加的観察者という立場でいっしょにいたり、先生方の授業リサーチのサポートも少しした。
★スキルはこれからとして、マインドセットはきっちりされていた。
★新校長が就任したが、柔らかい方で、最初の一年は様子をみてくれるタイプだったし、アクティブラーニングに対して積極的な姿勢で応援してくれた。
★こうして権力的コミュニケーションの脅威は、闘わずして弱まり、その分、学内には共感的コミュニケーションが広がった。そして、あれから3年がたっているが、中学1からのオールアクティブラーニングは毎年実行されているから、今ではほぼどの学年でもアクティブラーニングが行われているという。
★かえつ有明のアクティブラーニングの本意は、共感的コミュニケーションのシェアである。だから、信頼感が広まり、オープンマインで互いに遠慮なく対話できるのである。このような対話が創造性を生み出すことは想像に難くない。
★私の活動は、エッジの上に立っている人のサポートをすることであるから、エッジが遠のいた以上存在価値はないので、そういうときは去ることにしている。
★もっともおせっかいにも、年に一度は様子をみに、共感的コミュニケーションの輪に参加する。

★今年5月にもお邪魔したが、共感的コミュニケーションは豊かに広がっているのを感じることができた。

★そして、佐野先生と金井先生はかえつ有明ばかりではなく、外部の先生方ともこの共感的コミュニケーションを広げる活動をしている。
★ヒューマンバリュー総合研究所 (Human Values Institute)とコラボして行っている活動もその一つだろう。今回も未来の先生展で、Dr. バリー・カーズィンといっしょに、佐野先生と金井先生は登壇している。今後、東大でも、数回開催するようだ。
★趣旨は、同総合研究所は、次のように述べている。「一番大切なことは、日々、子どもたちに向き合う、教師の在り方です。教師が多くのストレスを抱え、自らのケアが充分に出来ていなければ、子どもたちに情緒的なスキル、能力を教えることは出来ません。本講座では、教師自身の心のケアのために、コンパッションとマインドフルネスを、ご一緒に学んでいきます。」
★また、こうある。「ダライ・ラマ法王のもと、30年以上にわたり瞑想実践に取り組んだアメリカ人担当医であるDr.バリーを講師に迎え、マインドフルネス(今ここに意識を向ける)、コンパッション(温かい思いやりの心)、レジリエンス(折れない心、回復力)を育むことによるセルフケアの大切さを、科学的研究データを用いた講義と瞑想実践、さらに現役教師と教育研究者とのグループワークを通して学んでいただきます。」
★ダライ・ラマこそ、想像を絶するような闘いとマインドフルネスのエッジに立ちながら、笑顔を絶やさない。ピエールとリュースのように、いかなるときも愛と希望を貫く人であり、私を無にしている人だ。
★コンパッション。温かい思いやりの心なのだが、あらゆる困苦を共に受け入れるという意味なのだ。
★とてもではないが、私はそんな究極のエッジに立つことはできない。遠くから佐野先生と金井先生にエールを送ることしかできない。
★そして、そのようなコンパッションとマインドフルネスを佐野先生と金井先生と共有しようとする先生方はリスペクトに値すると思う。
★そんな中で児浦先生つながりで、2011年3月11日を慶応湘南藤沢キャンパスの同じ教室で共に新しい学びを準備していた佐野先生も登壇していた。佐野先生つながりで、それ以降金井先生とも出遭ったが、佐野先生と金井先生はよきパートナーシップの絆を有しているから、当然、未来の先生展でも二人で登壇していた。
★佐野先生と金井先生とは、かえつ有明で、石川校長が突如辞めざるを得ない事態が起きて、校長不在の半年間、なぜか週に1度くらいの割合で、対話しにいっていた。
★ある意味、その時は、かえつ有明の危機だった。そういう危機の時に、佐野先生は今までの戦略を変えることになる。前職でもそうだったが、組織というのは本来的なコミュニケーションと共感的コミュニケーションはなかなか一致しない。本来的コミュニケーションも共感的なコミュニケーションも互いに遠くに引き下がっている場合がほとんど。
★すると、その狭間に権力的コミュニケーションが入り込み、ぴったり共感的コミュニケーションのエッジに迫り、圧迫するか懐柔する。組織のトップが本来的コミュニケーションを発揮しなければならないときに、権力的コミュニケーションに乗っ取られるときがある。
★そうなったとき、共感的コミュニケーションとの闘いはすさまじいものとなる。佐野先生は共感的コミュニケーションを広げることを使命にしているから、屈するわけにはいかない。戦略的な闘争を仕掛けたに違いない。しかし、多勢に無勢。
★明らかに軍門に下るか撤退するかどちらかになったとき、かえつ有明で共感的コミュニケーションを広げてくれないかと石川先生から依頼があった。すぐに金井先生とかえつ有明にシフトした。
★しかしながら、前職の学校よりましだったが、当時はかえつ有明だって共感的ココミュニケーションを快く思わない勢力もあった。しかし、はじめの1年は石川先生が闘ってくれていたから、なんとか新クラス1個分は、確立することはできた。今春そのときデザインした高校のプロジェクト科の卒業生が見事に羽ばたいた。
★ところが、2年目は、石川先生が退いた。すると、闘いの最前線に再び佐野先生は立たなければならなくなった。権力的コミュニケーションと共感的コミュニケーションのエッジに。
★そんなとき、私は佐野先生と金井先生の傍にいることができた。しかし、校長不在というコトもあって、半年間は、権力的コミュニケーション側も組織だった動きはできなかった。そこで、エッジに立つのではなく、佐野先生とすでに仲間になっていた校務のメンバーともちろん金井先生と内なる権力的コミュニケーションを仕掛けてくる側と闘うのではなく、共感的コミュニケーションで、彼らの教師とはこういうものであるという頑迷固陋な先入観を武装解除するのに時間を費やした。
★私は、そのときの佐野先生と金井先生の姿は、ロマン・ロランのピエールとリュースの生き方に重ねていた。もちろん、ピエールらのように恋人同士ではなく、友情なのであるが(笑み)。ともあれ、ドイツの空爆にあって死と背中合わせの日々の中で、愛を貫いた二人。どんな状況にあっても、愛を選択できる人間の生きる意味こそマインドフルネスではないか。ロマン・ロラン自身、戦争状態の最中にいたのだ。
★だから、佐野先生と仲間たちは、共感的コミュニケーションの和/輪を教師と生徒全体に広げるために、中1からオール・アクティブラーニングを浸透させる構想を練った。夏前から中1担当のチームを募り、毎週のように研修をやった。スキルというよりマインドセットのほうが主だったような気がする。その対話はやはり安心安全を共有できた。
★私もその研修に参加的観察者という立場でいっしょにいたり、先生方の授業リサーチのサポートも少しした。
★スキルはこれからとして、マインドセットはきっちりされていた。
★新校長が就任したが、柔らかい方で、最初の一年は様子をみてくれるタイプだったし、アクティブラーニングに対して積極的な姿勢で応援してくれた。
★こうして権力的コミュニケーションの脅威は、闘わずして弱まり、その分、学内には共感的コミュニケーションが広がった。そして、あれから3年がたっているが、中学1からのオールアクティブラーニングは毎年実行されているから、今ではほぼどの学年でもアクティブラーニングが行われているという。
★かえつ有明のアクティブラーニングの本意は、共感的コミュニケーションのシェアである。だから、信頼感が広まり、オープンマインで互いに遠慮なく対話できるのである。このような対話が創造性を生み出すことは想像に難くない。
★私の活動は、エッジの上に立っている人のサポートをすることであるから、エッジが遠のいた以上存在価値はないので、そういうときは去ることにしている。
★もっともおせっかいにも、年に一度は様子をみに、共感的コミュニケーションの輪に参加する。

★今年5月にもお邪魔したが、共感的コミュニケーションは豊かに広がっているのを感じることができた。

★そして、佐野先生と金井先生はかえつ有明ばかりではなく、外部の先生方ともこの共感的コミュニケーションを広げる活動をしている。
★ヒューマンバリュー総合研究所 (Human Values Institute)とコラボして行っている活動もその一つだろう。今回も未来の先生展で、Dr. バリー・カーズィンといっしょに、佐野先生と金井先生は登壇している。今後、東大でも、数回開催するようだ。
★趣旨は、同総合研究所は、次のように述べている。「一番大切なことは、日々、子どもたちに向き合う、教師の在り方です。教師が多くのストレスを抱え、自らのケアが充分に出来ていなければ、子どもたちに情緒的なスキル、能力を教えることは出来ません。本講座では、教師自身の心のケアのために、コンパッションとマインドフルネスを、ご一緒に学んでいきます。」
★また、こうある。「ダライ・ラマ法王のもと、30年以上にわたり瞑想実践に取り組んだアメリカ人担当医であるDr.バリーを講師に迎え、マインドフルネス(今ここに意識を向ける)、コンパッション(温かい思いやりの心)、レジリエンス(折れない心、回復力)を育むことによるセルフケアの大切さを、科学的研究データを用いた講義と瞑想実践、さらに現役教師と教育研究者とのグループワークを通して学んでいただきます。」
★ダライ・ラマこそ、想像を絶するような闘いとマインドフルネスのエッジに立ちながら、笑顔を絶やさない。ピエールとリュースのように、いかなるときも愛と希望を貫く人であり、私を無にしている人だ。
★コンパッション。温かい思いやりの心なのだが、あらゆる困苦を共に受け入れるという意味なのだ。
★とてもではないが、私はそんな究極のエッジに立つことはできない。遠くから佐野先生と金井先生にエールを送ることしかできない。
★そして、そのようなコンパッションとマインドフルネスを佐野先生と金井先生と共有しようとする先生方はリスペクトに値すると思う。
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