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2018年9月 5日 (水)

内蔵秩序と外在秩序のエッジ(1)

★理論物理学者で哲学者でもあるデヴィッド・ボームの「対話」や「思考」に関する論考に依拠しながら、ボームの言う「内蔵秩序(Implicate order)」「外在秩序(Explicate order)」の意味を先生方と追い求めている。

★学びのプログラムとは、生徒の思考プロセスそのものが反映されるものでなければおもしろくない。そういう想いを同じくする先生方が集まっていっしょに活動したり、互いの活動をIOとEOの両側面からフィードバックしたり。。。

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(静岡でのシンポジウムの最終打ち合わせ。IOとEOのエッジをいかに表現するか。静岡聖光学院図書館で。)

★プログラムは、生徒の思考のIOが引き出され、その内側の思考システムとして成長していく場である。そして、そのIOが外在化されなければ、想いは伝わらないから、対話をしたり、議論をしたり、エッセイを編集したり、プレゼンしたりする。EOは、いわばIOのプロジェクトマッピングであり、内側の思考システムの設計図である。

★ところが、指導案とか授業計画の多くの場合、生徒のIOの成長を度外視して、EOをつくりあげ、それを押し付ける。しかも、そのEOが本来的なIOと照らし合わせてかなりズレていたりする。このようなEOの押しつけを汚染された思考とボームは呼ぶ。

★実は、EOとIOの首尾一貫したシステムは、両者が出会う縁、エッジと言い換えておくが、このエッジの上に現れる。だから、EOだけ、IOだけ語ることは不可能なのである。

★EOとIOの関係が現るエッジの上に立つしかないのである。エッジがぴったり合って、阿吽の呼吸ができていなければ、EOとIOの間に溝ができる。その溝を飛び越えて、押し付けたEOを活用せよというのは、だいたいが無理があったのだ。

★教師と生徒は、対話によって、その溝を埋めて、エッジをみいだしていく作業が学びのプログラムである。

★溝の幅が広いと、IOなきEOとかEOなきIOができあがる。どちらも首尾一貫性を表すエッジがないから、落とし穴がいっぱいできる。そんな落とし穴があれば成長が阻害されるのは当然である。


今回静岡聖光学院で開催されたシンポジウムでは、グローバル教育3.0のプログラムと思考力セミナーで、生徒がいかにIOとEOのせめぎ合いのエッジを自ら利かせるのか、その成長生成の学びについて、トークセッションとパネルと授業体験で語られた。

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