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2018年8月28日 (火)

【首都圏模試センター】思考論的転回の拠点 

2020年大学入試改革とか21世紀型教育機構の動きとかは、今ここで未来をつくるエポックメイクな事態で、歴史的刻印となる。たんに、改革が2020年に行われたとか、21世紀に行われている教育だというような年度や世紀にある出来事という表層的意味を示すものではない。

★産業革命から20世紀まで牽引してきたハードパワーの時代が終わり、いよいよソフトパワーの時代が始まるという歴史的記念碑的な事件なのである。この歴史的事件という意味について、昨日、首都圏模試センターの北氏、山下氏、NAMARA ASSOCIATESの蝦名氏、KN.PLANNINGの泉氏と対話をした。


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★首都模試の山下氏は、2020年という歴史的ポジショニングを鮮明にしようとしている。歴史の深層で静かにダイナミックに動いている画期的な変化に耳を澄ませ、深層に眼差しを向けている。

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★その深層のウネリは何か?それがソフトパワーのウネリであることは直感的に了解しているが、その本質的重要性を表現して共有しなければ、ソフトパワー社会を創ろうではないかという内発的モチベーションの共有ができない。もしできたらどんなにハッピーかと常に感性を研ぎ澄ましている。

★だから、山下氏は、取締役教育情報部長北氏という盟友を大切にし、 デザイナーでディレクターの蝦名氏とデザインの表現について対話し、コピーライターでディレクターの泉氏と言葉の表現について対話を常にしているのである。

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★北氏は、日本の教育が、産業革命以降の近代化の波に乗るべく明治維新に成立してから150年経った今、大きく転換しようとしする始まりが起きていることをいち早く見抜いた慧眼のジャーナリストで、それが中学入試の新タイプ入試に反映していることを受験市場で広く共有するネットワークを、山下氏と生み出している。


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★蝦名氏は、経営している会社名を「NAMARA」と名付け、自身の名前の「蝦(蝦夷の蝦)」にかけ言葉として重ねている。どういうことかというと、氏は北海道出身で、社名に北海道の方言をつけるぐらいこだわりの感性を持っている。

★この感性が表象として表現されるわけだが、首都圏模試センターとかわいいやわらかいそれでいてコズミックなデザインを、山下氏とコミュニケーションし共有しながら育てている。北海道にこだわるのは、もちろん、権力の周縁というポジショニングからイノベーションは生まれるという明治以降北海道が近代国家づくりに影響を与えてきたマインドを歴史の深層から感じているからだろう。

★それに私立学校を応援している首都圏模試にとっては、北海道は、戦後の教育に革新的教育の影響を与えた私学の系譜のルーツ新渡戸稲造、内村鑑三の縁の地/知でもある。つまり、歴史の深層が欲している知の大地の象徴でもある。

★私自身、北海道出身だから、蝦名氏とはかなり主題から離れた話で盛り上がってしまった。しかし、それは実は主題だった。坂本龍馬は、歴史の教科書からなくなるなくならないとか論議を呼んでいるが、それは北海道をどうするかという議論でもある。

★というのはまったくの主観的な予想にすぎないが、実は坂本龍馬が暗殺されたあと、おねえさんが親族を連れて北海道に渡った。すでに明治政府が近代化の闇に陥っていることを察知した坂本龍馬は、理想郷建設を夢見ていたのだ。その精神を継ぎ、北海道で新天地を創ろうとしたということらしい。

★もし本当だとしたら、歴史的には面白いけど大変なことだ。ともあれ、その子孫坂本直行は、1982年まで生きていた。 画家として札幌に住でんいた。新渡戸稲造や内村鑑三の縁のある今の北海道大学で酪農を学び、画家に専念するまで牧場を経営していた。

★坂本直行の絵は、今も日本全国の人に親しまれている。北海道のお菓子と言えば、ホワイトチョコレートだ。白い恋人ともに今も人気があるのは、六花亭のホワイトチョコレートだが、その包装紙のふきのとうの絵が、直行の作品なのだ。

★北海道の酪農は、故町村大臣の親戚が営んでいる牧場に代表される米国スタイルだが、これは内村鑑三の提案するデンマーク方式ではもちろんない。あの江原素六が、沼津で近代軍隊のチームを結成して明治維新を影から支えていたわけだが、江原はそのとき軍事力、経済力、教育力のトータルな新近代国家を夢見ていた。

★軍事力については、明治政府が取り上げ、経済力も取り上げた。江原は優秀な経営者でもあったが、なんといっても元幕臣で、ゆだんならない逸材だったのだ。自由民権運動で、難を脱し、最後は、教育に身を終生投じた。それが今の麻布学園だ。

★江原の構想の経済力の一翼である農業(新渡戸稲造も内村鑑三も農業政策について大いに論じている。当時の経済力の基盤であるから当然である。)、特に酪農は、米国型にするがよいと北海道の酪農人に伝えていた。

★北海道の酪農を発展させた興農園創設関係者は、たしか沼津で江原素六と会って、話を聞いているはずだ。

★話がだいぶそれたが、1998年、私学危機は、北海道の拓銀倒産が引き金になった。北海道は良かれ悪しかれ、私立学校と関係が深い。明治維新、イノベーションを起こした一つのモデルの地なのだ。もちろん、バブル崩壊のあと、北海道は迷走しているが、あのグローバルアーティストのイサム・ノグチの壮大な遺作「モエレ沼」のある地でもある。

★何か北海道には新しいコトを生み出すマインド「青年よ大志を抱け」(幼いころから叩き込まれてきたが・・・)が、いまだにあるのだろう。それを蝦名氏は、ビジネスを通して体現している。

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★そして、泉氏がまたすてきなコピーライター哲学の持ち主なのだ。コピーやデザインは、あくまでクライアントのイメージや思いを表現することであり、自分たちのアイデアをさしはさむことはないのだという、カント主義的な話をしているかと思えば、実は本当のところそうではない。

★言葉という表現は、その場にコミュニケーションを生み出す役割があるが、このコミュニケションが生まれた瞬間に、それがクライアントのイメージなのだろうか?それとも自分のアイデアを混入しているのだろうか?と自問自答を私たちと共有し始めるのだ。

★それは、カント主義者が言語論的転回で、新しい地平を見出す瞬間と同じであり、同時に、それとも決別していく。私たちの対話が、自分たちの想いを超えて、歴史の深層の声に耳を傾ける場が開くのである。突然、言語論的転回から思考論的転回としての最難関模試!に一気呵成につながった。思考コード、思考スキルのイメージが結晶した。

★職業としての首都圏模試、職業としてのコピーライター、職業としてのデザイナーが、アーティストとしての首都圏模試、アーティストとしてのコピーライター、アーティストとしてのデザイナーと変容する場が生まれたのである。

★多くの場合、職業としての〇〇な打ち合わせになるのだが、そこでは、たしかに対話はアートと資本主義のコラボの場になっていたのである。

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