2020年8月 9日 (日)

聖学院インパクト(05)衝撃!授業戦略を精緻に描く。ICEモデル導入の本意。受験生必見。

8月6日、STUDY中学受験サイトで、「公開日:2020/8/6休校中のオンライン学習がもたらした、聖学院の新たな未来を築く教育」という記事がアップされました。この記事は、受験生と保護者は必見です。というのは、オンライン授業を契機にICEモデルを授業デザインとして導入したというのですから。エッ!たしかにすてきな授業が展開しているというのはわかりますが、これがどうして衝撃なの?と思うかもしれません。結論から言うと、聖学院に入れるうちに入らないと超難関校になってしまうということを意味しているからです。

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★まじ開成・筑駒を凌駕しようという本気を戦略的に着々と加速度的に進めているということです。2027年大逆転が起きているでしょう。もちろん、偏差値だけではなく、ホールマン教育としても男子校の新エリートリーダー校というポジショニングをゲットするでしょう。

★なぜ?そうそこが大切ですね。同記事によると「ICEモデルとは、主体的な学びを実践する学習法。ICEのIはIdeas(基礎的知識)、CはConnections(つながり)、EはExtensions(応用、拡大する)の頭文字をとっている。基礎知識を問いかけ、答えを導きだすことで理解を深め、生徒自身が応用できるように発展させていく学習法だ。「Google Meetによるオンライン授業では、ICEモデルの学習法の通り、教師から問いを投げかけ、生徒に考えさせます。1対1ではないので、教師の問いを生徒たちがみんなで考え、議論が始まり、答えを導き出す、作り出すという授業を行うことができました」と日野田教頭先生。ICEモデルの考え方により、対話を重視する聖学院の教育に沿った形でオンライン授業を行うことができたようだ。」ということです。

★受験生に配慮して、わかりやすくさらりと書いてあります。そして、各教科の先生方がICRモデルに従って、オンライン授業やハイブリッド授業をデザインし実施していると。その具体的ケースも丁寧に書かれています。これだけでも素敵だし圧巻です。

★ですから、これ以上述べる必要はないかもしれませんが、同記事が、筑駒や開成を突き抜けてしまう理由までは書いていないので、独断と偏見、妄想という誹りをうけるのを覚悟で少し述べてみようと思います。

★このICEモデルはカナダの公立モデルです。カナダは公立学校の教育の質が高く、地球市民育成のための教育で、そのためにはIBと同レベルの教育をシンプルにして市民全員に提供しています。その提供の骨子は、PBL(プロジェクト型学習)とルーブリックです。

★2013年ころからアクティブラーニングが急浮上した時に、日本の自治体でも導入したところがありましたが、PBLではなく習得型アクティブラーニングだったので、カナダの教育の底力が広がりませんでした。

★ところが、オンライン授業を契機に、聖学院はICEモデルを導入。これがすごいことになるわけです。もともと聖学院はPBLと思考コードをつかって授業デザインを行っていましたが、PBL授業や思考コードというルーブリックはなかなか使い勝手がよくなかったのだと思います。今回のICEモデルのように学内全体でシェアできたかというと必ずしもそうでない部分もありました。

★ところが、それを一気に突き進んだのです。ICEモデルはブルームのタキソノミーとピアジェをはじめとする構成主義や発達心理学の成果をマニュアル化したものです。カナダの公立学校全体でシェアするには、学問的理論をダイレクトに持ち込むのではなく、マニュアル化して誰でも使えるようにしなくてはなりません。

★要するに脱技能で、みんながICEモデルを使うとブルームやピアジェの発想や技術を活用できるようになります。生徒がICTを活用することで、ものすごい知的生産技術を活用できるようになるのに似ています。

★ICEモデルは、生徒のプロジェクトを3つの発達段階で相互評価するもです。Iは基礎知識を活用できるかどうか。Cは理解を広げ深めることができているか。Eは新たなものに適用し、論理的に思考し組み立てられるか。その評価はそれぞれの段階の問いかけを教師はできたか、生徒は自問自答できたかでエンパワー出来ます。視野を広げ探究を深めるT字型プロジェクトを評価できるわけです。

★思考コードでいう、A知識理解、B適用・論理がICEの3つの領域に丁寧に振り分けられます。さらに聖学院の問いかけは、批判的思考・創造的思考も射程にありますから、思考コードのC批判・創造的思考も、ICEのEの領域に盛り込まれています。

★ただし、50分の授業では、実際には、適用論理までいけば最適でしょう。ですから、ふだんのプロジェクト型の授業デザインは、知識・理解・適用・論理の思考領域を十分に対話しながら出来る授業デザインでよいわけです。

★カナダの公立学校もここまでをしっかりやり、IBレベルの教育の質の担保をし、海外の世界大学ランキング100位以内の大学に進むことができます。米国のオバマ政権もここをなんとか真似しようとしましたね。

★聖学院は、この授業の質をオンライン授業を契機に学校全体で共有してしまったのです。筑駒・開成はすばらしい教育を行っていますが、カナダの教育に比較すると突出しているとはいえないかもしれません。

★論より証拠、それは、文化学園大学杉並のカナダのディプロマコースの生徒が、すでに目を見張る成果をあげていることからもわかります。

★聖学院は、このカナダのディプロマコースをすべての生徒に環境として設定してしまったのです。

★すごいことです。しかしながら、もっとすごいことがあるのです。このICEモデルをベースにしながら、さらにそこに思考コードでいうC領域であるクリティカルシンキングとクリエイティブシンキングを中心にというかベースにして本格的プロジェクトを行ってしまうコースを2021年から創ります。

★社会貢献や社会起業、イノベーションを生み出す社会実装をしてしまおうと。そのスーパーモデルはすでにOBや在校生の中に何人もいるので、それをコース化したのが、GIC(グローバルイノベーションクラス)です。このコースでは、超ICEモデルを行うのです。

★どうです。IB教育のエッセンスを学内全体の共通基盤とし、その基盤のうえにさらに高次の学びの基盤を創っていくのです。思考コードでいうC領域以上のプロジェクトを行ってしまうというのでしょう。

★どうしてそんなことが言えるのか?同校の戦略的策士の面々を思い浮かべれば誰でも想像がつきます。学歴社会、偏差値中心社会を解消するには、聖学院の戦略的教育出動はポイントです。日本の教育を変えたい、世界を変えたいと思う受験生・保護者は聖学院に立ち寄れば、私の言うことがすぐに了解できるでしょう。

★私の今回の独断と偏見記事は、すべての受験生に語っているのではありません。未来のwell-beingを考えている受験生・保護者に語りかけているだけです。ご了承ください。

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工学院インパクト(06)生徒1人ひとりの価値を生み出す教師と生徒のチームワーク。 誰も置いていかない、出来ることはなんでもやる。

★世の中、これからの組織は、ティール組織だとかボトムアップ型組織がよいとか、トップダウン型組織ではダメだとか、いろいろ喧しいですが、そんな議論から始めるのではなく、いまここでどの生徒も置いていかないで一人ひとりがみな自分の価値を生み出すためには何が必要か何ができるのか考えて行動する教師ばかりの工学院は、取材に行って本当に心が晴れ晴れします。

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★学習理論がどうのこうのではなく、いまここで生徒が目を輝かす学びの実践を理論化する。つまり生徒と一緒に学びながら最適な学習理論も創ってしまうアクションを俊敏におこしている教師と生徒のチームワークにこそ、つまりすでにここに未来の教育があります。

★もちろん、どこよりも工学院の先生方は最先端の学習理論を学び、ICTも駆使し、グローバルな経験もしています。そのうえで、理論武装するのではなく、実践をするのです。学んだ理論は実践の中でアップデートしてしまいます。

★とにかく教師は、目の前の生徒の価値を高めるためには、できることは何でもやるんです。やりすぎて押しつけになるかもしれませんが、それは生徒がそう感じれば、先生ちょっと待った、そこからは私がやるからと。ああ、そうだったねと。こういう対話ができるから、1人ひとり違うことがわかるのです。

★逆に、手放していると、生徒の方から、お~い、先生、先生、放置しすぎだよと。すると、そうかやっと出番だなと目を輝かせてかけつける場合もあります。互いに今必要だよあるいはいまはいらないよということをオープンに対話ができる状態が共感的コミュニケーションの広がりです。

★もちろん、教師は全知全能ではないですから、いろいろな情報や外部のリソースと結びついて、協力し合いながら生徒1人ひとりの価値を生み出すハイパーループを生み出していきますが、どこまでも生徒1人ひとりの行く末を引き受けるのが工学院の教師です。そして生徒はそのような教師を信頼しています。もちろん、不満も言うんです。賞賛もするんです。悔しがりもするのです。助けて欲しいというときもあるんです。

★だから、いつも教師はバタバタです。生徒のためですよ。「~のため」とかは押しつけがましいとかよく言う方がいますが、今目の前で必要とされていて、動かないほうがどうかしています。

★今日も一学期のまとめのグローバルプロジェクト(高2)の事前学習だというので、取材というより様子を見に行きました。すると、先生方は神出鬼没で、何人もの先生が、すれ違いざまに、こんなことを今日はしているんですと情報を提供してくれるのです。基本先生方は小走りで前のめりです。

★昨年から、工学院の教育の総まとめというか総動員というかとにかく大きな渦がダイナミックに回転するプログラムであるGP(グローバルプロジェクト)が行われています。英語とICTとPBLという基本スキルを使って、1年かけて実際に社会貢献活動や起業をしてしまうプロジェクトです。

★アメリカやバングラディシュ、タイ、カンボジア、沖縄など現地に行って、そこで何が必要とされているのかフィールドリサーチをしていきます。多くの方々にインタビューし、自分たちができることは何か探っていきます。そして現地の人々と協力して事を成します。高1・高2の前半までに探究論文をこれまた全員が行います。

★ですから、同時並行的に、チームで探究どころか、実際に社会実践を創り出してもいくのです。論文も大事ですが、そこから発展して、社会の中で自分の学びや探究がどう生かせるのか?事前学習で、間口を広げ、気になる論点を深堀していきます。

★自分たちだけのメガネでは、見えないものもあるので、各エリアのコーディネーターの講義とワークショップも経験します。今回はこの講義とワークショップを受けていたようです。

★自分たちは調べ尽くしたと思っても、現地の方から見れば、まだまだです。生徒は自分たちの視野を広めるためにもっと足場を広くしようと感じたでしょう。そうやって、情報を広く深く探りながら、ある程度仮説を立てて現地にいきます。そして、そこでその仮説は創造的に破壊されてしまいます。この強烈な限界を超えるような体験こそ、未来から自分の像がはっきり映しだされるのでしょう。

★さて、今回は昨年と違って、コロナ禍にあって、海外渡航はできない状況になり、事前学習は途中で変更になっています。しかし、どこに変更するかは、生徒がある程度企画提案するところから始まったようです。あるチームは、バングラディシュと八王子と京都の共通ビジネスに気づきました。そこで、海外に渡航できないので、今のところ京都フィールドリサーチを考えているようです。

★結局八王子の産業再構築のヒントを見つけたことになります。いろいろ関係を結合していくことによって、隠れている新たな結びつきが見つかる瞬間ですね。フィールドワークによって、もっと驚愕すべき事態に変容していくのでしょう。

★今回、チームによっては、現地からこられないコーディネーターとは、Zoomで講義を聞いたりワークショップをやっていました。

★眼前に立ちはだかる壁をいかに乗り越えるかチームで話し合い行動にうつしているわけです。

★このような環境を教師と生徒がデザインしながら行う総合的な工学院教育の結晶がGPなわけです。

★いずれ、生徒のみんさんにインタビューする機会を雨宮先生がつくってくれるということですから、楽しみにしています。たぶん、Zoomインタビューになると思いますが。

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2020年8月 8日 (土)

中高生の活躍(02)聖学院「中高生社会起業家トークセッション開催!」

★本日8月8日(土)、聖学院協力のもと「 中高生社会起業家トークセッション〜次世代から学ぶアフターコロナの社会のつくり方〜」開催。司会はもちろん児浦先生(聖学院21教育企画部長・国際部長・広報部長)。

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★コロナ禍の中でも様々な取り組みを進め、活躍している山口由人さん(Sustainable Game代表・聖学院高1年)と佐藤夢奏さん(株式会社まなそびてらこ代表・千代田区立麹町中2年)によるトークセッションでした。小学生から私のようなお爺ちゃんまで多くの方が参加していました。

★山口さんは中学生の時、佐藤さんは小学生の時に起業し、現在社会起業家として活躍しています。2時間、児浦先生の名司会のもと、お二人は対話しっぱなしでした。

★最初は自分たちの想いを語っていました。もちろん想いといっても近況報告ではなく、起業の理念や精神、起業哲学です。社会を変える一つの場として教育もあって、学校も変えたいと。なぜなら、学校は客観的なものを重視し主観を大事にしない。でも好奇心や興味関心、本質的なMotivationこそ大事で、そこを大切にするには教室という箱では収まり切れないのだと。とくに、客観的でなければという強制はすべてをぶちこわすと。ここは佐藤さんが強調していました。

★だから、もっと主観や好奇心を大事にして、みんなでそこでつながりながらワクワクする活動をしたいと。それがいろいろなワークショップだったりプログラムだったりするのだと。仲間がどんどんふえていくと、その延長上に未来社会があるのだと。

★ここは実におもしろいですね。実は戦後日本の教育は、主観は蓋をしなくてはならなかったわけです。特にGHQはそこは蓋をして、日本人を生かさず殺さずにしたかったのでしょう。1957年のスプートニクショックでそれはピークになりました。

★徹底した客観主義と科学主義で、テレビでは鉄腕アトムや鉄人28号、ウルトラマンとそれは拍車をかけたわけですが、主観は恣意的になってあの第二次世界大戦の悪夢を生み出す温床だとみなされてきたわけです。もちろん、それを証明する手立てはないのですが、国語の教科書が主観と客観の二元論どまりで、相互に依存し合う主観が客観を生み出しているという思想界や科学界のパラダイム転換はずっとスルーしてきたのです。

★ところが、主観が大切であることと仲間が大事だというお二人の思想は、intersubjectを前提にしています。とにかく分断をなくすことをしたいのだと。その根源は実は主観と客観の二項対立図式だったんだというのでしょう。ファシズムに封じ込まれたフッサールが、この危機の警鐘を鳴らしながら死を迎えるのですが、今フッサールのintersubjectの松明がようやく中高生起業家によってふたたび輝きを取り戻したのです。

★私はもうお爺ちゃんなので、彼らのつくる未来社会では生きていませんから、静かに耳を傾けていようと思っていたのですが、日本人は自分の立場をはっきりさせない。ちゃんと立場をはっきりさせて対話をしたほうがよいという話を聞いたり、ところで具体的にどんな仕事をしているのですかという質問に、多くの企業や団体とコラボレーションし、SDGsのように格差をなくし、誰一人おいていかない社会をつくるために、そのような企業をサポートしていますと。

★これはおもしろい。ここまで明快に意思を表明し、起業をしたというのはすごいことだなと思い、もう少し起業のフィロソフィーを聞いてみたいとつい思ってしまいました。それで「もし応援している企業が表向き社会貢献活動をしていても、実は利益第一主義だったとしたら、応援し続けますか?」と。コロナ禍ですから自粛か経済かともつながり、立場がはっきりすると思ったのです。

★すると、明快に、革命ではなくトランスフォーメンションだから、たしかにそういう企業もあるけれど、対話によって少しでも変わってくれるとよい。バランスではなく、やはり対話によって気づいてくれればよいと。そこからなんだと。

★世界を見ているなと感動しました。さすがは経営者だとも感心しました。そして、山口由人さんが「社員をサーフィンに行かせよう」という本を紹介してくれました。イヴォン・シュイナード(米パタゴニア社創業者)が書いた本です。山口さんも彼の哲学と共振するから、詳しくはこの本を読んでくださいと。

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★アウトドア関連製品をつくっている会社ですね。優秀なアスリートを社員として迎え入れているようです。そして、サーフィンは比喩で、自分のスポーツをいついかなるときでもやりにいってよいよと。その代わり、自分の仕事を肩代わりする仲間をみつけなくてはなりません。それはお互いにですから、今度は自分がどうぞいってらっしゃいと言う番になるかもしれません。

★登山もサーフィンも人間の予定に合わせてくれません。登り時や波の状態に合わせて人間は動かなくてはいけません。予定は常に未定です。ですから、いつでもどうぞと。これは効率が良いし、でもエゴイズムではなく、ちゃんと協力する。

★あれっ、こんな社会を夢見て実際にテキスタイルのアート工房を経営していた作家がいたな、そうそうウイリアム・モリスだ。なんとお二人もアートコミュニケーションをワークショップにと入れているから、なるほどなるほどつながったなあと。

★そして、何よりこの本の巻頭推薦文はあのナオミ・クラインが書いているのです。ミルトン・フリードマンのリバタリアン主義や20世紀末から驀進している日本の新自由主義をはじめグローバリズムに対する批判者です。だから、山口さんも佐藤さんも、リバタリアンでもコンサバでもないわけです。それを明快に主張できるフィロソフィーを表明しながら資本主義の活動をしている。

★まさにrevolutionaryではなくregeneratorです。格差を増幅させる資本主義から格差を解消する新しい資本主義に変容させる活動。社会的インパクト投資のねらいはここにあったわけです。

★このようなことを今の教育で行うことは無理でしょう。やはりregeneratorの活躍に期待するしかなさそうです。私のようなお爺ちゃんは、せめてregeneratorが生まれる環境をつくる挑戦をするのが精いっぱいかもしれません。孫がお二人のような中高生になるには、12年以上かかります。

★そこまで生きていたいですが、こればかりは神のみぞ知るですから。遠い未来ではなく、この近未来をどう生きるかですね。もちろん、それは遠くにつながっていると信じて。今回のテーマである「次世代から学ぶ」を思い切り堪能できたトークセッションでした。すばらしい機会をありがとうございました。

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2020年8月 7日 (金)

ポストコロナの大学入試問題(03)なぜ総合型選抜(AO入試)は本物なのか?それゆえ学校は勧めない?

★大学入試で帰国生入試や総合型選抜(AO)入試を高3生と対話しながら対策していくと、実によく意欲的に学ぶし深い対話が好きだし、未知なる世界に冒険するのが好きな生徒が多く、いっしょに歩いていくのが楽しいのです。もちろん、あるところからは独りで歩いていくのを見守るだけの段階になるのですが。この手が離れていく感じの時、たいていは吉報を贈ってくれることになると静かに期待することになります。

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★そして、同時に学校の先生は、たいへんだなと敬服してしまいます。というのも、私は友人から〇〇大学受験生なんだけど小論文のところだけ手伝ってよといわれたとき、引き受けるだけですから、極めて人数が少ないわけです。ですから、毎回対話ワークショップでできます。

★小論文だけなのですが、結局は、志望理由書や自己推薦書、それから口頭試問のトレーニングも友人と協力して行っていきます。基本的には課題を出して書いてきたものいついて対話するのですから、小論文→口頭試問・面接の部分は毎回行うことになります。

★小論文の書き方やフォームはそんなに難しくはないのですが、一番困るのは、体験が小論文に結びつかない場合が多いのですね。

★一般受験の小論文指導は、この体験はあまり関係ないのですが、総合型選抜入試は、自分の気づきや問題発見によって生み出された価値がカギになってきます。

★その価値に基づいて論理的に展開できるし、批判的思考の視点もそこにあるわけです。もちろん、独りよがりではいけないので、リフレクションして相対化して気づきを自ら生み出すことになる哲学対話は必要です。ある意味モニタリングです。

★となると、予定調和的な体験ではあまりこの自己と世界のかかわりの気づきのインパクトがないわけです。矛盾や痛みを受容できないわけです。その生徒なりの強烈なインパクトがある体験、そこで限界を超える体験をしてきたかどうかは、論文の書き方なんかよりよほど重要です。書きたいことがあれば、実は自然と論理展開をするものです。

★生徒が課題を考え小論文を書いてきたとき、その自分のよってたつ価値と問題になっている論点の背景にある価値の差異を問います。その価値のどちらを優先するのか、そのためにはどういう解決策があるのか、相対化しながら(メタ認知)、論を展開しているかどうか対話していきます。あまりなぜは聞きません。なぜという問いは思考停止になりがちです。語用論的アプローチと構造論的アプローチが中心です。

★そうしていくと、自ずとなぜについては生徒が語りますし。

★それと。添削ではダメなんです。何度も考え書き直して生徒自身が納得するものを自分で仕上げなければなりません。

★しかし、この対話の継続は、学校の先生にはできません。能力の問題ではなく、忙しいからです。

★だから、生徒は自分で哲学するしかないわけです。哲学と言っても、ソクラテスだとかカントだとかハイデッガーだとかレビ・ストロースだとかフッサールだとかマルクス・ガブリエルだとか学ぶわけではありません。

★個人と社会、社会と自然、自分と自分、男性と女性、人間と生物・・・・など対立的なもの(対立するかどうかを発見するところからなのですが)の差異を考え、そこにどんなジレンマがあるのか、それを解決するアプローチとしてどんな方法があるのか考えるわけです。

★事実としての差異とジレンマやパラドクスとしての差異の二重性を考察するわけですが、この差異に気づくには、体験が必要なんですが、超限界体験をしていないとジレンマを見つけるのがなかなかやっかいないのです。

★そもそも自分の顔は自分で見ることができないので、対話が必要になるわけです。ですから、できれば哲学対話ができるメンターが学校の先生の中にいることが大事です。できるだけ、哲学者の名前を出さずに対話できるのが重要です。もっとも哲学科志望者は、それは必要ですが、そうでない場合は、普遍論争が手を変え品を変え今も続いています。近代社会の矛盾もそこから派生しているといっても過言ではないので、その糸口を対話によってつないでいけばよいのです。

★そうそう、今哲学科志望の生徒は必要だと言いましたが、これが一般入試と総合型入試の大きな違いで、学校の先生にとって厄介なところです。総合型選抜は、自分のやりたいことをどの学部や学科で学ぶかまである程度明快にしていくので、専門知識は大学に入ってからにしても、その専門的視座というか素養はもっていないと難しいですね。

★専門的視座というのは、ある課題をその専門的な視座からアプローチできるかということです。わかりやすいのは、法学部ですね。道徳的倫理的視座でのみ語るのではなく、リーガルマインド的発想があるかないかは結構重要です。

★またSFCのような場合は、アプローチが多角的である必要があります。

★一般入試だと、超限界体験も不要だし、哲学対話はいらないし、専門的視座もいりません。まして個人以上の存在であることの価値などに気づく必要もありません。

★もちろん、生徒自身がそういうことに関心をもちながら、一般入試で効率よく学ぶという戦略的な姿勢であればよいわけですが、そういう生徒は50%いないでしょう。

★はたしてそれでよいのか?という思いはあるでしょうが、もともと進路指導やカリキュラムはそのような一般入試用にできているので、総合型選抜入試に現場で対応できないのです。

★それで、哲学対話やPBLによる多様な思考力をトレーニングしたり、超限界体験をリメイクしたりすることができる塾や私のようなところにつながってしまうのでしょう。

★現状、それでよいのですが、学校でできるようにするにはどうしたらよいのか再構築・脱構築したほうが生徒にとってはよいのではないでしょうか。今はZoomなどでオンラインでできてしまうので、通う時間がいらないのですが、学校以外に通いでやっていくとなると、精神的にも身体的にも負荷がかかります。

★それに、専門的視座は、インターンシップでもない限りなかなか身に付きません。論理的思考だけでよいとするらば、慶応義塾大学の一般入試の小論文でよいのです。わざわざFITやAO入試を設ける意味はないでしょう。逆に言えば設定しているわけですから、専門的視座や素養をどこかで身につけてきて欲しいのでしょう。

★では、どうしますか?仮説思考をフル回転してある作業をやります。このときの対話がおもしろいかどうかで、対策の仕方が変わってきます。

★それは何か?は、意外とシンプルで同時に大変な作業であるわけです。

★ですから、学校の先生方は総合型選抜入試はできればやりたくないでしょう。逆にこれに取り組んでくれる先生がたくさんいる学校は、本物です。

★本物はめんどうなんです。目に見えない部分も多々あります。大学に入ってからそういうことはやってよというのも一つの在り方ですが、このような総合型入試に取り組むプロジェクト型の学びの過程を通過してきた学生がのちのち伸びることも活躍することも中原淳教授や溝上慎一教授の調査である程度わかってきていもいます。

★総合型入試(AO入試)を一般入試よりも軽視する教師は、実は効率主義、損得勘定主義なのかもしれません。そういう功利主義がわるいかというとそんなことはまたないのです。価値の違いはよしあしではなく、相対化して見ることが大切です。さてさて、最後は自己決定しなくてはならないのですが、本当に自己決定できるのだろか?もしできるのなら、その学校は共感的コミュニケーションが日常になっている可能性が大です。

★自己決定という名の自己責任論や知らないうちに誘導している抑圧的コミュニケーションが広がっている学校もあるでしょう。AO入試を軽視し一般入試比較優位を唱えているところはそうですね。中学入試でも同じことが言えます。新タイプ入試を軽視し、2科4科入試を優れているとみなす塾や学校は、抑圧的コミュニケーションが日常です。

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世界を変える女子校(06)清泉女学院 世界を変える授業のリノベーション

読売オンライン(2020年8月5日)の記事「学習体制のリノベーションで未来を「生きる力」を育てる…清泉女学院」には、「清泉女学院中学高等学校(神奈川県鎌倉市)は、2021年度から学習体制をリノベーションする。生徒一人一人の「生きる力」を養うことを目的に、土曜日の総合的な学習・探究の時間を充実させて課題解決力を磨き、授業を65分に拡大して思考力・判断力・表現力を高める」とあります。

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(写真は、同校サイトから)

★もともと、論理的・批判的・創造的思考力を重視したカリキュラムを形成し、自然や人間の生命を尊重する学びを形成してきた質の高い教育の評判が高い女子校です。人気も当然高いですね。しかし、偏差値や受験市場での評価に甘んじることなく、そのカリキュラムポリシーを反映したアドミッションポリシーとして、ポテンシャル入試という思考力型入試を行っても来ました。

★2021年は、算数一科目入試も行います。しかし、その入試名は「ステムポテンシャル入試」と呼んでいます。どうやら、計算問題や難しい算数の問題を出題するいわゆる受験算数得意入試とはコンセプトが違うようです。同校サイトにはこうあります。

< 「STEMM」は、science(科学)・technology(科学技術)・engineering(工学)・mathematics(数学)・medicine(医学)の頭文字。「STEMM教育」は、時代が求める人材を養成する教育として、今注目を浴びています。文系理系を問わず、これからの世界では「STEMM」を理解し、人間社会と地球環境との共生にその知恵を応用していくことが不可欠です。清泉では、「サイエンス・ICTプログラム」を、4つのスペシャルプログラムの一つに掲げて歩んできました。理数的思考を得意とするこの入試の合格者が、まずこのプログラムによってその資質を大いに伸ばし、他のプログラムによる学びを加え、変わりゆく時代をより良くしていくのに貢献できる人材となるように導きます。>

★なんて先進的なのでしょう。

★このようなチャレンジを学校全体で取り組んでいくと、自ずと教科書の枠内で授業を展開する45分や50分授業では物足りなくなります。それに清泉はグローバルな学校ですから、海外の高校の教育の情報にも精通しています。生徒自身が問題を発見し、探究し、思考力・判断力・表現力を伸ばしていく授業を展開していきたいという欲求は高まるのは想像するに難くありません。

★姉妹校にインターナショナルスクールもあります。当然IBの情報もシェアしています。

★そういうわけで、土曜日のライフナビゲーションプログラムが、IBのコアカリキュラムであるTOKやEE、CASが組み込まれた分厚いPBL授業になるのでしょう。

★また、教科の授業も65分になるというのは、知識習得→探究→深い思考というサイクルが回るようになるはずです。これはIBがそうなように、教科学習に10の学習者者像のような人間像をリフレクションする時間やTOKのような哲学的対話やエッセイライティングを盛り込むことを想定しているのでしょう。

★それにしても、1998年ごろだったか世田谷学園の理事長・校長故山本慧彊先生は、70分授業を掲げ同学園はしばらく70分授業を行っていました。ニュージーランドの海外研修に行った生徒が、一方通行の授業ではなく、ディスカッションや対話型の授業に感動し、帰国後校長室に詰め寄ったそうです。それを契機に、70分授業に変えたわけです。

★しばらく続いたでしょうが、2001年に山本先生が他界されて以降、どこかのタイミングで元に戻りました。東大にたくさん入れるには、当時は知識習得型の授業が有効だったのでしょう。算数一科目入試も行っていますが、清泉とは対極の算数一科目入試であることはディプロマポリシーが異なるわけですから、当然そうなります。

★そしてそれでよいのです。どちらがいいかわるいかではなく、どの価値を選択するかは自由です。

★学校の教育は一貫性が大切です。いろいろあるより一貫していることが大切です。山本先生の時代は山本先生の精神が貫いていたからそれでよいわけです。今はまた別の一貫性ということなのです。

★そして、清泉は、カトリック精神を貫くとこうなるのではないかというチャレンジなのでしょう。同校サイトに創設者聖ラファエラ・マリアの言葉が紹介されています。

「思いがけない出来事は、人生の妨げと見るのではなく、むしろ、弾みと見るべきだ。海の波が弾んで船を目的地へ運んでいくように、私たちを最終目的地に導くきっかけになるものだ。」(1885年10月4日、黙想の手記)」

★ポストコロナ、2021年の清泉は、まさに聖ラファエラ・マリアの言葉通りになりますね。

★ところで、読売新聞の記事の中に登場している進路指導・研究部長の芝崎美保教諭は、現在かえつ有明の副教頭をしている佐野先生が前職の学校で進路指導部長を担っていた時代のOGだそうです。

★その当時から佐野先生は、偏差値という他人があてがう基準に翻弄され自分を責めることになるような進路指導を打ち砕き、今日も自分を見つけ友人を受容できる安心安全な共感的コミュニケーションを広げ、授業も全学年全クラスアクティブラーニングを行っています。

★手法は違えども、マインドは遠くにいても響き合っているというというのがステキです。カトリックとダライ・ラマと宗教は違いますが、スピリッチャリティとしてどこかつながっているのでしょう。そういえば世田谷学園もダライ・ラマ法王が何度か訪れていますね。

★いずれ世田谷学園も山本彗彊先生のマインドが蘇るかもしれません。

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ポストコロナの大学入試問題(02)同志社大学のAO入試&公募推薦が内的な変化を生む可能性

★同志社大学のAO入試や公募推薦入試は、基本は書類選考→小論文×口頭試問・面接で選抜するシステムで外から見たら今まで通り変わっていないかもしれません。

★書類は、多様な提出フォーマットがあるわけですが、重要なものは、調査書の成績の平均スコア、英語力、志望理由書でしょう。成績スコアは学部学科によって違います。たとえば、法学部だったら、4.0以上、理工学部だったら4.3以上となっています(年度によって変わるので、入試要項を確認してください)。

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★それから、英語力も、慶応のFIT入試とは違って、英検やTOEFLiBTのスコアを証明しなければなりません。もちろん、慶応は、自己推薦書やいろいろなところで自己アピールの基礎要素として自己申告するのは当然ですが、英語が得意でない場合でも挑戦できるという点では少し間口が広いかもしれません。

★ともあれ、同志社の場合、スコアは学部によって違いますが、CEFRでB2は必要になりそうです。B2というのは準1級です。B1の学部ももちろんあります。英検だと2級ですね。

★かくして英語の民間資格試験は、今も昔もAO入試や自己推薦入試で活用されているわけです。選抜システムとして、効率が良いから利用されるわけですね。ところが、オンライン授業が展開されるようになって、今後状況が変わるかもしれません。各大学が独自にCEFR基準でオンラインテストを実施する可能性があります。

★CEFRテストというのは、もともとないわけです。欧州評議会がデザインした言語の世界標準の基準です。それを各民間検定試験やNHKのラジオ講座で活用しているわけです。大学が独自に活用してもなんら問題ありません。

★生徒も、CEFR基準にのっとりながら学習をすすめていくとふと気づくはずです。B2C1となるにしたがって、高次思考が要求されているということに。200語ぐらいのエッセイライティングも必要です。日本語で400字ですよね。

★志望理由書は大学によって違いますが、1000字くらいから2000字くらいですが、要約すると200字くらいになるでしょう。ということは、英語で200語のエッセイライティングは、なかなかのものなのです。

★英語と小論文は、CEFR基準が間にはいることによって、ばっちり結合します。というよりも、CEFRは英語に特化されたものではありません。言語一般の共通基準です。ヨーロッパの発想ですから、言語=思考という感覚ですね。

★立命館や近大だってそうなるのでは?何も同志社に限ったことではないと思われるかもしれません。その通りで、どこもそういう流れになる可能性があるのですが、≪私学の系譜≫の第一世代新島襄の大学だからこそ、それは大いにあり得るということなのです。

★同志社のAO入試や公募推薦は、アドミッションポリシーに新島襄の精神ががっつり入っています。上記の漫画ぐらいは受験生は読むでしょう。その新島襄マインドを貫くと、そういうことになってしまいます。

★もしこれが実現すると、内申点の意味がなくなります。内申点は学力保証というより、実際には学びの姿勢ができているか、GRITの構えが出来ているのかを表象する役割が大きいでしょう。そこはIBのスコアとは違います。

★ところが、CEFRのスコアはIBに近いのです。なおかつ学びの姿勢やGRITも保証します。その学校の基準と世界標準の基準とどちらを優先するか。ここの議論は高校の存在意義にかかわることなので、これ以上は書きませんが、いずれゆさぶられることになるでしょう。

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2020年8月 6日 (木)

和洋九段女子 世界とつながる学校(01)オーストラリア姉妹校とオンライン交流 新しい共通言語

★夏休みに入って、いつもならオーストラリアの姉妹校と現地で交流をしている時期。しかし、このコロナ禍にあって、世界規模でリアルな海外交流は出来ない状態。しかし、和洋九段女子は中1、高1、高2の生徒がオンライン交流をしています。

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(写真は同校サイトから。世界の心の花がパッと咲いたみたいですね。)

★海外交流と言えば、英語力とすぐに思い浮かびます。もちろん、英語力は大切ですが、オンラインになって気づくことは、共通言語は英語以外にもあったということです。

★それは「オンライン」そのものが共通言語だし、これができる環境はまさに「PBL」だったということです。

★英語のスキルとICTスキルとPBLスキルを生徒全員が体得しているからこそ、このような交流がすぐにできるのです。

★互いの国の文化の話し合いだけではなく、自然災害やポストコロナの未来について話し合うことができるのは、すてきではないですか。

★中1などは、まだまだ英語力は万全でなくても、まずは出会ってしまうところからはじめれば、互いに関心を持つことができます。関心をもてば、話したくなるでしょう。何気なく話すのだけれど、絶え間なく話すことはなかなか難しい。

★そうするためにはオープンエンドの問いを投げ合う必要があります。もうこれはPBLの始りです。

★そうそう<interest>は<inter>と<esse>が語源らしいですね。<間>と<存在>。互いの存在の間に生まれるものは、経済的には利益でしょうが、心理的には関心というわけですね。いずれにしても存在と存在が交流すると間に生まれるものがある。そこに興味関心の眼差しが生まれるわけです。

★和洋九段女子の場合は、こうしてつながることによって、その間に新しい世界が生まれるのでしょう。つながる学校の面目躍如です。<well-being>は<inter-being>として個人は個人以上の存在なんだということを互いに共感する時うまれるのでしょう。

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2020年8月 5日 (水)

ポストコロナの大学入試問題(01)慶応義塾大学法学部FIT入試 変更公表から見えるこれからの大学入試問題の変化

7月31日、慶応義塾大学法学部は、FIT入試の変更について発表。

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(写真などは同校サイトから)

★出願や第二次選抜などの日程については、同校サイトや願書を参照してください。ここでは、次の変更点の意味について述べたいともいます。

<新型コロナウイルス感染症の影響にともなう,法学部 FIT 入試に関する主な変更につきまして,以下の通りお知らせします。第 2 次選考について
A方式:「論述試験」と「グループ討論」での選考から、「課題」と「面接」での選考へ変更
B方式:「総合考査」と「面接」での選考から、「課題」と「面接」での選考へ変更>

★パンデミックの今後の第2波第3波などを想定して、ノー3密をつくりにくいリアルな空間で試験は「面接」だけに限定し、最小限にしようというのでしょう。

★もしかしたら、この面接とてオンラインになるかもしれません。慶応は法学部に限らず出願作業はネット環境が充実していなければなりませんから、いざというときは会議システムを活用した全面オンライン入試に移行できるでしょう。

★SFCのAO入試などはすでにそれを想定して、自分とは何者かアピール動画を提出させています。第2波第3波の影響のときには、書類と動画などで代替できるように準備をするというわけです。

★こうなってくると、パンデミックがあろうがなかろうが、今後の総合型選抜入試は、慶応型になっていく可能性があります。だいたいAO入試を最初に始めたのは慶応SFCですから、今回もそのスーパーモデルになるのは当然なのかもしれません。

★そういえば、全学部の一般入試で大学入学共通テストを利用しないのも慶応義塾大学の特徴ですが、これも参考にする大学は多くなるかもしれません。

★さて、こうなってくるとどうなるのでしょう。まずは、総合型選抜入試ですが、「志望理由書」「自己推薦書(法学部のFITB方式は不要です)」と「小論文」「面接」が中心になるのですが、今回の法学部FIT入試のように、「小論文」は「課題」という形式で、自宅で編集作成して提出という形式になっていくかもしれません。

★「面接」は、その「課題」や「志望理由書」「自己推薦書」などに基づいて行われるでしょが、それらをくし刺しする横断的問いを投げられることが想定されます。

★基本は「口頭試問」。ただ、その解答のプレゼンの時に、「志望理由書」に書いてある内容や「自己推薦書」に書いてあることがハイパーループしているかを確かめるでしょう。

★要するに高次コミュニケーションは「一貫性」というオーラが必要なんです。

★この「一貫性」という高次コミュニケーションは、実は「志望理由書」「自己推薦書」「小論文」「面接」の背景に現れてくるものです。慶応義塾大学の場合、このオーラ―が面接担当官である教授陣のオーラと共感共鳴共振するかどうかにかかってきます。

★異彩な才能を有した学生が欲しいのですが、もう一方で共に学んでいく時に気が合うや馬が合うというポイントは大事なことです。同調圧力とは違います。クリティカルシンキングは必要です。しかし、最初からモチベーションを自分で上げられない学生よりは自分でモチベーションをあげることができる学生を選ぶでしょう。もちろん、それでもモチベーションは途中で萎える時もあるんですが、そこはコラボレーションで乗り切ろうという学び方を知っているか知らないかは重要なんです。

★つまり、今流行っているGRIT~「度胸(Guts)、「復元力(Resilience)」、「自発性(Initiative)」、「執念(Tenacity)」~というやり抜く力があるかどうかです。

★もちろん、GRITは鍛えることができるのですが、それは高校までにトレーニングしてきて欲しいというのが慶応義塾大学でしょう。逆にGRITはわが大学で鍛えますというところがあってもいいわけです。

★今まで、一般入試だとここが読めなかったのです。成績がよくても才能があっても、実現力として生かしきれない学生が入学してくるリスクを回避できなかったのです。暗記力ではなく思考力を重視する入試へという流れは、ポストコロナでもう一段明快になります。ロジカル・クリティカル・クリエイティブ思考という高次思考とGRITの両方がある学生と共に研究していきたいというのが大学側の本音でしょう。

★となると、慶応義塾大学のFIT入試やAO入試のようにならざるを得ないのです。一般入試よりAO入試で楽して合格したいというその損得勘定が見えてしまう生徒は少なくとも慶應義塾大学はお断りということになるでしょう。

★でも慶応義塾大学だって一般入試があるじゃんと言われるかもしれません。そうです。FITやAOほどリスクを回避できませんが、それでも簡易ポートフォリオは出願時にネットで打ち込むようにはなっているはずです。得点が近接している場合、参考にするのは言うまでもないですが、おそらく文系の場合は、小論文もあるので、スコアで並べるだけではなく、3者の相関は計算するくらいのことはするでしょう。

★いずれにしても、「課題」提出形式になると、意外や意外、知識も重要になります。調べることができるからです。やはり知識がなければ思考ができないということをいいたいのではないのです。自分の頭の中にある既存の知識だけでなく、リサーチして知識を活用するのは当然ですが、それが思考のハイパーループとしてコネクトしていなくてはなりません。

★それは「面接」でわかります。ああ、カット&ペーストだなあとか血肉になっているなあということはすぐに了解できます。学んだことや創ったこととしてのコンテンツと学び方や論じ方、発信の仕方など知のフォームの耐性もすぐに了解できるのが面接の妙技です。

★結局、慶應義塾大学のFIT入試やAO入試は、普段から多様な人々との対話とメンターとの一対一の対話が必要になります。コンテンツとフォームと高次思考力とGRITをコーチしてくれる教師が必要です。

★逆に言えば、慶応のFITやAO入試で合格している生徒の数が多いということは、このような質の高い対話ができるコーチそしてメンターである教師がたくさんいるということでしょう。PBL授業が必要な理由はこういうところにもあります。

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ノートルダム女学院(05)プレップ総合コースの大切な教育的価値。ルソーの眼差しでみてみると素晴らしいことがわかる。

★8月夏休みに入って、ノートルダム女学院のプレップ総合コースの中学生がアクティブなプロジェクトが動き始めています。その名もスマイル・プロジェクト。1年生は9月、2年生と3年生は10月の発表に向けて動いています。本番に向けて元気に活動している様子が随時facebookで発信されていますが、これも生徒の手によるものです。

★今年はwithコロナの最中ですから、オンライン文化祭です。そこで恒例の演劇を上映するのでしょう。生徒は、キャスト、ダンスアンサンブル、コーラスアンサンブル、舞台美術担当、衣装担当、宣伝・制作担当等々総合的なロールプレイが展開しています。協働でアートを創出しています。まさにプロジェクトですね。

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★宣伝・制作担当の生徒は、iPadやラップトップで、プロジェクトの活動プロセスをSNSで発信し、同時にフライヤーの絵を考えたりしています。そう「フライヤー」なんです。チラシではなく「フライヤー」と表現するのは、やはり重要な意味があります。

★美大や音楽大学で、自分たちの展示会や演奏会の告知をするとき、チラシではなくフライヤーと表現します。それは、フォントから写真、絵、文章まで、一つひとつにメッセージを込めます。また配置によってトータルなメッセージを目に見えないシンボル化をするわけです。すてきな創造的な活動ですね。

★このメッセージを込める活動は、すべてのロールプレイで行われます。楽譜のアナリーゼ、歌詞のアナリーゼ、せりふのアナリーゼ、一挙手一投足の意味、発声の意味などを考え、話し合い、演じるのです。

★これはJ.J.ルソーによると祭りです。どういうことかというと、ルソーは、ジュネーブ市民のために、演劇を鑑賞するだけでは、一方通行的な教授法(instruction)と同様で、あまり市民育成に効果はないのだというのです。そうではなく、多様なロールプレイを行いながらみんなで参加することによってジュネーブ市民はのびのびと自由な感覚をもって育っていくというのでしょう。今でいう“construction”ですね。instructionからconstructionへ。一方通行的な教授法からプロジェクト学習へという同校の教育デザインのコンセプトそのものです。

★そして、笑い。練習や制作、発信活動は真剣そのものでフロー状態(学びの大切な心理状態で、没入している姿をさします)になっています。しかし、日常にもどったとき、その集中した状態から解放されます。この解放されたときに笑いが生まれるとはベルクソンの哲学ですね。

★笑いには、何かから解かれる時のサインです。このような笑いに満ちている学院は、フロー状態になる機会が多いことを示唆しています。まさにプロジェクト活動はフロー状態と笑いのスクランブルです。

★したがって、先生方は、この笑いのサインの意味を見分けることができます。あっ、いつもの笑いと違うな。何かを回避する笑いだ。様子を見てみよう、対話をしてみようとなります。

★そのようなサインは、しかし一方通行の授業だとなかなかキャッチできません。PBL授業だからこそ、気づくチャンスも多いのです。

★ルソーやベルグソンの思想は古いかもしれませんが、気候変動やパンデミックなどの異変があったとき、本来的な生の息吹に導く思想として、その都度顧みられます。

★ノートルダム女学院のプレップ総合の生徒の活躍は、そんな本来的な生の息吹を日々生み出しています。

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2020年8月 4日 (火)

聖学院インパクト(04)GICの竜巻がいよいよ立ち上がる。

★聖学院の児浦先生(21教育企画部長・国際部長・広報部長・数学教諭)とZoom対話をしました。ポストコロナの大きな物語を多くのネットワーク、つまりワールドステークホルダーと紡ぎ、その根源的なマテリアルとしての上質なPBL授業の話をしました。大きな物語と根源的物語のカップリング。その弁証法的(ダイアレクティーク)なダイナミズムの発露がはやくも8月8日(土)に生まれます。

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★それは、児浦先生によると、次のオンライン・イベントです。

 8/8 中高生社会起業家トークセッション開催!
〜次世代から学ぶアフターコロナの社会のつくり方〜
コロナ禍の中でも様々な取り組みを進め、活躍している山口由人君(Sustainable Game代表・聖学院高1年)と佐藤夢奏さん(株式会社まなそびてらこ代表・千代田区立麹町中2年)によるトークセッションを行います。
山口君は中学生の時、佐藤さんは小学生の時に起業し、現在社会起業家として活躍しています。そんな彼らからアフターコロナの社会をつくるためのヒントを学び、コロナ禍における社会の捉え方や活動、学校選びのことなど、今だからできる参加者と共につくりあげるトークセッションを開催します。
●日時:8月8日 14時〜15時半
●対象:中高生・保護者・教育関係者 定員40名
●場所:オンライン(zoom)
●話者:山口由人君(高1)、佐藤夢奏さん(中2)
●司会:児浦良裕(聖学院中高・民間出身教諭)
●費用:無料
●申込:Googleフォームへ入力をお願いいたします。
https://forms.gle/eh6781S7ThKU85aG6
●協力:聖学院高校 Global Innovation Class
https://www.seig-boys.org/global/senior/

★山口由人さんは聖学院在校生、佐藤夢奏さんは麹町中学在校生です。この2人の存在の背景には実に大きな物語が横たわっています。

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★実は、このポストコロナを起業して生きる人々を、落合陽一さんはクリエイティブクラスと呼んでいます。まさにお二人はクリエイティブクラスです。特に聖学院は、21世紀型教育機構のメンバー校ですが、同機構の規約の前文には、SGDsのグローバルゴールズを達成するクリエイティブクラスを育てるという文言があります。落合陽一さんが引用しているリチャード・フロリダ教授の考えを2011年の段階で同機構は共有していました。

★また、それを実現する「ワークショップのアイデア帳」の著書の1人が児浦先生です。新刊の「新・エリート教育」に登場してくる工藤勇一先生は、前麹町中学校の校長でした。ここでも関係が渦巻いています。

★児浦先生と親しい佐野先生や金井先生も、「新・エリート教育」に登場する方々とネットワークを有しています。著者とオンラインセミナーも予定していますね。

★このワークショップやセミナーの向こうにふだんの授業があるのですが、それはみなPBL授業なのです。上記の本に通底するのはプロジェクトですね。時代の大きな物語と授業という根源的な物語が響き合ったとき、竜巻が舞い上がります。

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★そして、この大きな物語のシークエンスは、来春のダボス会議で大テーマ「ザ・グレート・リセット」へつながっていきます。この「ザ・グレート・リセット」というキーワードもリチャード・フロリダ教授に由来しています。

★同会議のサブテーマは「資本主義から才能主義(Taletism)」です。リチャード・フロリダ―教授はクリエイティブ・クラスの要素は3Tだと語ります。Talent、Technology、Toleranceです。クリエイティビティとイノベーションとコンパッションということですね。

★こう置き換えてもいいかもしれません。創造的才能、創造的破壊、創造的対話。

★どうです。山口さんも佐藤さんもまさにクリエイティブクラスですね。ポストコロナは、ファーストクラスからクリエイティブクラスへという経済社会のパラダイム転換が起こるという大きな物語が生まれます。

★そして、この大きな物語が生まれてくる根源的な物語は、ふだんの当たり前のPBL授業なのです。当たり前と言っても、日本では、学校として取り組んでいるところは30%もないでしょう。どうしてわかるのか?コロナ禍における双方向型対面オンライン授業に取り組んだ学校の割合を想起すればわかります。これにシフトできるには、PBL授業の準備ができている学校だからです。

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★それゆえ、この当たり前のPBL授業のクオリティをさらに先鋭化し、いかにアップデートしていくか?そのための仕掛けをデザインしようという話になりました。思考力セミナーを例にアナリーゼしながら、なんだこれは生徒のAO入試/探究総合入試の学び方をモニタリングすることもできるではないかと話が拡張しました。

★ハイパーリンクという深い広がりとハイパーループという思いがけないつながりがどんどん広がるZoom対話となりました。そういえば、児浦先生とは互いに前職時代に会社を越境して交流していました。越境してつながる親和性を出会ったときから共感していたようです。なるほどですね。

★8月8日もおもしろいし、その後に続く、根源的な物語の響きもホンマノオト21で奏でようと思います。乞うご期待♪!

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