2025年12月11日 (木)

問いは見えない壁を見つけたとき生まれてくる そんな環境デザインしている学校があるのだけれど、何せ見えないのだ。。。。

★私たちはそれぞれ多様な壁に囲まれている。一つひとつ丁寧に立ち臨んでも、最初は見える壁ばかりで、きりがない。あるとき、友人と話していると自分が見えていない壁の目の前にいることに気づく。その壁はなかなか厄介。しかもその壁を破壊するのは結構難関だったりする。一瞬友人と途方に暮れる。本に、人に、旅に学ぶって、結局対話の視角を多方面からということなのだろう。対話を続けるとは、そういうことなのかなと。

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★DenotationとConnotationとの相互作用をGooglenotebookLMに描いてもらったけれど、Connotationは暗示的なものではるけれど、むしろ内的メカニズムという意味で使いたいなあと。

★それを見えるシステムにするといろいろ動き出すのだが、それが難しい。つまりそこに見えない壁があるのだ。Denotation的言説で語られる中で、その接点をもっていないConnotation的な言葉では、その見えない壁を破壊できない。

★対話を続けて、その接点。つまり壁にあいている穴を探すのだが、確率は高くない。

★途方に暮れて諦めようかと思うときは何度もあるが、振り返ると、その接点探し、接点づくりの協力者がいるのに気づく。再び探そうなけれ穴をあけようかと。果たして意味があるのか?果たしてどのようなアプローチで?果たして組み立てるデザインはどうすればよいのか?果たしてこれで世界は幸せになれるのか?

★見えない壁を発見する対話の連続と広がりと深さ。発見するまでの多様な問いと発見した壁を壊すための多様な問いと壊した後に創造する多様な問いと。どの問いが効果的か?問いは大切だとよく言われる。

★問いを持っていない人間なんているのだろうか?問いは大切だという場合、効果的な問いの作り方が大事だという含みがあって、怪しげだ。だって、問いの塊が人間の存在そのもので、その塊の中の一つを取り出して問いは大切だというのは、人間の存在を見えなくする見えない壁なのだから。この壁もまた破壊しなければならないとは。。。

★思考停止という言葉もよく語られる。問題は、生きている限り思考停止などしないのに、思考停止しているように見えるのはなぜか?ということ。おそらくDenotationとConnotationを往還できない見えない壁を意識していないとき、思考停止しているように見えるのだろう。Denotation側だけにいるとどこか思考が浅く見える。Connotation側だけにいると、何をやりたいのかわからないという意味で思考停止しているように見える。DとCをつなぐメカニズムは何か?

★このDとCをつなぐメカニズムをつなぐ学びの環境をデザインしている学校がある。すばらしい。だが、そこがどこだと言ったところで、謎?と思われるだけなので、多くの人が宝探しの旅にでてくれることを祈るだけだ。

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2025年12月 7日 (日)

善い<I as WE>を生み出す<私たち>がいる組織を

★学校改革や組織改革などは確かに必要だと思いますが、その大前提は「信頼」です。「私が~私が~」視点で語るのは、あくまで「信頼」が張り巡らされているときに限ります。「信頼」があるときの「私」は<I as WE>だからです。そのような「私が~」と語るとき、実は「私たちが~」と語っているように聞こえるのです。

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★ところが、「信頼」がないとき、「私が~」と語るとき「自分が~自分が~」と聞こえるのです。その声は実は子供たちに対してはマルトリートメントになっているケースもあります。同僚や大人に対してはグレーゾーンハラスメントになっている場合があります。そして、そのようなマルトリートメントやグレーゾーンハラスメントの言動は、「信頼」を徐々に砕いていきます。

★そして、そのようなマルトリートメントやグレーゾーンハラスメントが許されている組織は、悪いWEを作り出してしまいます。マルトリートメントやグレーゾーンハラスメントは、まだ法的対応ができない状況です。ですが度重なれば、事件につながっていきます。その一歩手前の組織の雰囲気の中で、仕事をしたり学びをするのは、辛いはずですが、まだ法的対応ができない状態になっているだけなのだという認識が組織の中で共有されていないのが本当のところなのです。誰かは小さな痛みを抱き続けているのですが、それはまるでかすり傷のように自然治癒がなされるものだぐらいにしか思われていないわけですね。

★実は、メディアの中には、ある一定の職業に対し、グレーゾーンハラスメントの発信を続けているものもあります。虚偽による風評被害を生み出すわけではないのですが、その仕事をしている人たちを鬱屈させる言葉が発信されます。結果的に風評被害に近い影響を与えているのですが、それに気づかない、いやむしろいいことを言っているとか彼らのために言っているのだと思い込んでいるの可能性があります。ちょっと恐ろしい社会現象にまでなっているかもしれません。

★その悪いWEを善いWEに転換させるには、私は信頼している私たちであるという善い<I as WE>を生み出す言動を共有していく必要があります。

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★その言動は自然と生まれるという雰囲気では最近ではなさそうです。そのような言動になっているかリフレクションしたりケアし合う必要が今なのかもしれません。善き<I as WE>を作るコトは、学びや組織マネジメントの最初に行われるだけではなく、常に問い続けられていくことなのでしょう。その学びの改善や組織の改善、学校改革が善き<I as WE>を生み出し、信頼を広げ、新しい価値を共創造しているのかと。。。

※<I as WE>という発想は京都大学の出口康夫教授の哲学にヒントを得ていますが、出口教授が考えているような深さはないので、同じものだとは思わないでください。

★いずれにしても、善き<I as WE>を生み出すPBLを共に創っていく先生方と悪い<I as WE>を生み出さないようにいっしょにがんばっていきたいと思います。その言動を展開していける組織や学校はとても柔剛一体のマインドとテクノロジーに満ちていると思います。

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2025年12月 6日 (土)

文大杉並の新コースの入試のための「プロジェクト審査練習会」が開催

★2026年4月、文大杉並は高等学校に新コースを開設します。「イノベーションリーダーズコース」がそれです。そのコースに入学するための入試は、「プロジェクトのアクション」を通して、思考力や協働力、ポートフォリオを通しての潜在的才能などを審査する全く新しい入試です。

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★12月6日(土)、その「プロジェクト審査練習会」が行われました。いくつかの外部団体の方々といっしょに見学できる機会を頂きました。公開できる範囲でですが、ここに書き留めたいと思います。あくまで、私の感じたことなので、事実は、同校の入試要項などで確かめてください。

★受験予定の生徒は2時間半にわたりプロジェクトに参加する会でした。入試ですから、一般には緊張するものですが、先生方は、プロジェクトの大前提として、心理的安全の雰囲気をうまくデザインしていました。そのデザインは、審査する先生と生徒のコミュニケーションの行為デザインです。

★入試なわけですから、距離が近づきすぎては困りますが、生徒には、入学したら、このような信頼関係を作りながら共にプロジェクトを展開していけるなあと予感させるようなコミュニケーションデザインでした。

★この審査会の日にくるまで、新コースの意味については共有する機会が設けられてきたようでしたから、アイスブレイクのときも、個人で考える行為に没入するときも、対話をするときも、自然体(のようにみえた、本当は緊張していたでしょうが)で傾聴したり表現したりしていました。

★一般の筆記試験では、こんなにハイパフォーマンスで思考に立ち臨み、ディスカッションに声を響かせ、共感に心を震わせ、新しい考えを作り出す3時間余りも集中する経験はできないでしょう。

★イノベーションを生み出すシミュレーションあるいはモデル体験がすでにこのプロジェクト審査練習会から始まっているとは!かなり驚きました。

★プロジェクトは大きく分けて2つの問いが出されました。どちらもトピクは同じですが、いうまでもなく、そのトピクについて身近な範囲で思いめぐらす具体的な問いから、そのトピクを社会の状態を変えるような抽象的なレベルでありながら、なおかつ具体的な構想をデザインする問いでした。

★イノベーションリーダーズコースのマインドと何を社会実装としてDE-SIGNするのか実感できるプロジェクト審査練習会だったと思います。

★文大杉並は、同コースを開設するにあたり、BSICE(文化杉並教育イノベーションセンター)を設置しています。教育現場に根差しながら、授業のプログラム、カリキュラムデザイン、キャンパスのデザインなどを外部の団体や専門家と協働しながら事業を行っていきます。この事業のモデルづくりの役割もイノベーションリーダーズコースはあります。

★ある意味、日本の教育を善い方向に変えていくイノベーションリーダーを生み出すロールモデル機関としてのミッションを担います。

★受験する生徒は、そのミッションに共感して入試に挑みますから、意識や士気が高い生徒が集結しています。そのような生徒がこんなにたくさんいるとは!この高校入試自体、イノベーションの成果でしょう。画期的です。

★とはいえ、授業ではなく、入試ですから、選抜の基準があります。審査する先生方は、ブレスト―ダイアログ―ディスカッション―プレゼンを見守りつつ審査をしていましたから、最後に講評を語りました。

★受験する生徒は。プレゼンを互いに見ることができたし、講評という形で、審査の基準を聴くことができました。したがって、生徒は内面でリフレクションがぐるぐる回っているようでした。

★この新入試やBSICEの仕掛け人である染谷先生(理事長補佐)は、最後に柔らかく同時に本番はもっと期待しているよとエールを送りました。入試本番まで、今回の練習を通して自分の思考方法や対話の方法、何より自分がというより他者の発想を引き出すコミュニケーションができるのかまで必要とされているということを聴き、磨きをかける日々を過ごすことを改めて決意しているようでした。

★イノベーションの力だけではなく、あくまでイノベーションリーダーズの資質能力まで期待されているのです。もちろん、その資質能力は、入学後さらに高めていくのですが、まずは潜在的な可能性をパフォーマンスする必要があるのです。

★心理的安全を楽しみながらも、コンフォートゾーンからチャレンジゾーン、さらにクリエイティブゾーンに自分と仲間がどうやって跳躍できるのか。柔剛一体のマインドと実装スキル。そこまで求められ、それに応える意欲のある生徒がこんなに集まってくるとは日本の未来に希望があるなと感じ入りました。

 

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2025年12月 2日 (火)

工学院の中1のIBL 種を蒔く時期

★昨日、工学院大学附属中学の1年生のIBL授業研究会がありました。同校教頭の田中歩先生の授業です。東京私立中高協会の私学教育研究所の研修委員の一つフュージョン教育研究会のプロジェクトリーダーである田中歩先生が、同研究会の先生方と次期学習指導要領の実施前に、生成AIをパートナーにして生徒が活用する授業の在り方を研究する研究会です。ちょうど、中1が1年間学んできたIBLの学びのまとめの授業ということでした。

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★まとめは何をするのかと思いましたら、リフレクション授業でした。しかも学年全体で学んできた教科や体験学習などを全部結び付ける授業だったのです。どんな「はてな?」を身近な生活と八王子という地域を結び付けた経験から見つけたのかを思いめぐらしていました。おもしろいのは、ICT環境が整っている工学院ですが、最初は今までのトピックの写真を見ながら何を思ったか今思うのか問答が続き、オープンマインドができた段階で、一枚のA4の白紙が配布され、そこに自分が発見したはてな?を書き込む個人で考える時間が設けられました。

★中1の段階では、身近な自分の生活と八王子プロジェクトが中心です。中2になると神戸や鎌倉など、他の自治体でも学びます。政治、経済、産業、医療ケアなど総合的に学ぶのは、八王子プロジェクトと同じです。中3になったら、オーストラリアなどに全員が行きます。文献を調べたり、地域の人や大学の先生などに学び、日常と違うフィールドにでかけるのは同じです。

★しかし、はてな?は経験が拡張されるとまた広がっていくのだから、まだ経験はしていないけれど。経験が広がっていくにしたがって、どんなはてな?が発見できるのか予想するという思考が行われていきました。本に学び、人に学び、旅に学ぶ。学びの基本です。

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★そして、チームに分かれ、ピアラーニングにシフトしました。それぞれどんな「はてな?」を見つけたのか共有する時間です。おもしろかったのは、チームは自分たちでつくりなさいということで、自然にチームができたことです。とにかく田中歩先生は、細かい指示はださないのです。問いもふわっとした問いで、条件は自分たちで考えるという習慣が1年間でできているようでした。

★対話は当たり前で、話し合いながら自分の思いや考えを豊かにしていく。自分の思いや考えなのだけれど、そこには仲間や外で出会った方々の思いや考えかたも融合されています。I as WEとして自分が豊かになっていく実感が大切にされています。

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★そして、最終的には、パソコンに自分の「はてな?」を打ち込んでいきます。Googleクラスルームを活用しているので、すべて田中歩先生は見守ることができます。場合によっては、生徒同士も共有できます。その最中に、田中先生は、自分の「はてな?」や行動の信頼性や効果はどうやって測るのか?問いを挿入しました。いわゆる定期テストのようなスコアではないよなあと生徒はふと立ち止まります。少し意見がでました。

★歩先生は、それを拾って、みんなの考え方はルーブリックという考え方に相当すると投げかけました。工学院はすでにそれを使っているけれど、中1の段階では、それを教え込むことはしないから、まずルーブリックとは何か調べてごらんと。生徒は、パソコンに打ち込みながらも、ちょっとGeminiで調べながら、ああでもないこうでもないと対話しながら、また作業に向かっていました。

★生成AIはプロンプトという実は問いを投げかける作業です。I as WEという自己が、常に問い続けている環境を仕掛けているのが田中歩先生のIBLでした。しかも学年全体の教育活動の体験を丸ごと「省察」する次元のリフレクションを行っていたのです。

★歩先生は、この段階では、とにかくたくさん種を蒔くことですと語りました。棚は小さいけれど、葉や花や果実を生み出す潜在力があるわけで、種が芽吹き、葉を広げ、開花し、実るのは、結局環境と種自身のエネルギーの相互関係性が最適化されるからだということでした。

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2025年11月30日 (日)

2026年中学入試(05)八雲学園 アイビー大学ロードマップシステム構築

★先日、八雲学園の副校長近藤隆平先生と毎年ラウンドスクエア国際会議に生徒と参加しているボッサム先生のお話を伺いました。八雲学園と言えば、昨年、海外大学30合格し、そのうち世界大学ランキング100位以内21人という実績が出て一躍注目されている学校です。そして、今年パブリックアイビー大学の一つペンシルバニア州立大学にはやくも合格しました。80周年に共学化し、C1英語を目指し海外大学にも合格できるグローバルリーダーを育成してきました。そして、アイビー大学ロードマップシステムが完成したのです。

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★今や帰国生からも注目されていますが、一般の中学受験生でもアイビー系列の大学に合格できるロ-マップシステムが上記のようにできているのです。

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★そして、このロードマップを進むにあたり、知性と感性とポジティブシンキングを培う教育の総合力であるリベラルアーツ教育の拡充にチャレンジしてきました。

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★さらに、このリベラルアーツとロードマップの道程で生徒が学ぶ脳内運動は、上記のようなダブル5Eの運動が起こるようにデザインされています。

★ここまでダイナミックでかつ緻密なグローバル教育のデザインが構築されてきたとは圧巻です。とても複雑ですから、私ではまとめきれません。じっくり動画をお聞きください。

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2025年11月29日 (土)

教育言説から抜け出る目で学校選択をすることもときには大切

★教育言説。学校や教育関係者が使う教育の中だけで通用する言葉があります。教育関係者や学校では、疑いもなく使われています。たとえば、絶対評価なんて言葉は、学校や教育領域の外で使われているとしたら、いろいろな問題が起こるでしょう。「絶対」という意味が学校と社会では少し違いますよね。相対評価にしろ絶対評価にしろ、生徒自身が自らを評価し、絶望を希望にかえる努力を抑えてしまう場合もあります。評価とはもちろん改善のためのモニタリングの基準ではありますが、それはそこで終わるのが目的ではないのです。

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★自己効用感とか自己肯定感とかも心理学の言説だったのでしょうが、今では教育言説です。疑いもなく、効用感や肯定感を上げようとします。もちろん大切なことです。しかし、その効用感や肯定感は、相対評価や絶対評価からはなかなか生まれてこないのです。学校評価は、基本客観的と言われています。この客観的という言葉も実は教育や学校で使われるとき、言説になっています。学校教育において、科学的客観性の高いものは意外と少ないのです。本来は質的評価しかできないのに、定量的に評価し、数字になるから客観的だとなりがちです。

★自分はいったい何者なのかを判断するのは、論理的合理的思考だけではないのです。善き雰囲気や審美観的感情や多くの人が国を越えて持っている倫理観みたいな言語化が難しいものもあります。

★それらを感じるには、自分一人だけではできないし、誰かが作った基準に従って自分を知ることもできないはずなのです。ですからできないのだから、それを謙虚に受け入れ、仲間と自然と歴史と本を通して先人と・・・・・対話をしながら自分知っていくのです。主体的というとき、主語は「私が」でしょう。でも本当は「私たちが」という感じかもしれません。

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★リフレクションをしながら、そこは教育言説を改めて問い返している先生方がいる学校があります。そこで学ぶことはもしかしたらハッピーかもしれません。リフレクションすら今や教育言説です。ですから、デカルトのようにあらゆることを懐疑し探究し続ける「省察(meditation)」をしている教師がいる学校を探してみる余裕も必要かもしれません。

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★国語、英語、探究も今や教育言説です。国語は教科書を学ぶことではないし、英語は英検の級を上げるためのものでもないでしょう。探究もスタートアップするためのものではないでしょう。

★もちろん。それはそれで問題ないのですが。言語の意味や探究の意味を生徒自身が自ら複雑な人間の心情や思考、自然のシステムと社会のシステムの複雑な絡み合いなどを紐解いていくスキルやツールを自分の身体に適合させていく環境もまた必要でしょう。未来はもっと複雑になるのです。しかし、一方でその本質を洞察するシンプルな自分の基準やスキル、判断の経験を積み上げていくことなく、外部のツールや情報、テクノロジー、システムに動かされていく疑似アクティブな主体性を行っても、そしてそれを相対評価や絶対評価をしても、その生徒の内側に身体に何が蓄積されるのでしょう。

★教育で使われる言葉が、生徒自身の魂を豊かにしていく糧であるか、生徒自身の魂を小さく押し込めてしまう教育言説になっているのか、見極めることはおそらく重要です。

★あらゆる問題は、教育言説に従う環境で起こっている可能性があるのです。

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AI時代の判断力

★AI時代は、AIにすべて任せるか、AIをサポートの道具として使うのか見極める判断が大切だと言われています。AIと人間が協働して取り組むと、実はAIだけでやるより成果などが劣ってしまうという場合もあるようです。まるで、大人が子供の学びに介入すると思わしくなくなるというのと似ていますね。

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★そこで、そのように見極める「判断」を人間がしていくことが重要になるというわけです。では、その判断はどうやってできるのか?

★基本は、大所高所から眺め、具体的な状況を見定め、近視眼的にならず展望を持ちながらも、いまここで、最優先に状況を改善する道を選択判断する。

★問題は、個人の判断は、主観とその主観が集めた限定的な情報を客観的に扱い、論理的合理的に考えながら、倫理的な価値や審美観的な価値という感情をどうマネジメントするのかも合わせて判断する必要があります。

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★しかし、一方で、社会という組織もまた論理的合理的思考をするし、社会で広がる感情にも対応していく。組織によって主観的な要素もあるし、個人以上に収集集積した客観情報もあります。SNS上では、それがかなかうまくいかないで炎上することがあるわけです。これは、個人の判断と社会の判断がつながることによって、平衡関係を生み出すことがなかなか難しいことを象徴しています。

★なんとか平衡関係をつくりたいのです。そのためには、個人と社会=主観と客観という図式を調整する必要がありそうです。つまり、この思考と感情、主観と客観の座標を個人も組織も持ち、両者が個人と社会という軸と思考と感情という軸で構成する座標系を作り出すと考えてみてはどうかというわけです。これは、京大の出口康夫教授の「WEターン」という発想から考えてみたことです。

★このI as WEという考え方は、アリストテレスが人間は社会的存在だといったときから、ずっとあったのですが、ポスト資本主義にあっては、WEがぬけおちたIというイメージが広がったかもしれません。それにWEのリアルな範囲や関係性が、ギリシア時代、中世、近世、近代、現代ではずいぶん変わりました。

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★立ち戻ってこの座標で考えてみる価値はあるかなと考えています。その座標系でどのような関数方程式を創造するのか。これが最終的な判断方程式になるのではと。判断はIという個人が行っているようでもその背景にはWE(人間だけではなく自然も含める)と相互に関係しあっている。WEとしてのIが判断するメカニズムを構築することが複雑で予測不能なAI時代には必要になりますが、どうやって方程式を生み出すのか?結局省察(デカルトいう意味でのmeditation)付き対話を続けることで。

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2025年11月28日 (金)

2026年中学入試(05)聖学院の教科授業が凄い!

★聖学院と言えば、グローバル×探究教育で有名です。思考力入試など受験生にとってはその象徴でしょう。しかし、聖学院の教育の土台は普段の教科授業です。この教科授業が凄まじいのです。基礎学力の定着のみならず才能が教科授業の中でも開花しているのです。教頭の玉木聖一先生(教育統括部長・理科教諭)によれば、聖学院の先生方はICEモデルを共有してそれぞれの持ち味を生かした授業を行っているというのです。

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★そして、一般的に多くの学校では、教科の授業というと知識と論理をがっちり行うにとどまるのですが、聖学院の場合は、価値を生み出す創造的思考に拡充するExtensionsも意識して行うということです。

★実際、先日1限目と2限目の授業を見学させていただき、どの教科でもどの学年でもそれが貫徹していました。このベースがあるからこそグローバルな視野を拡張できるし、探究的没入ができるのだと実感しました。

★そして驚いたのは、英語と国語の言語的メカニズムが共通しているということでした。ランゲージアーツとしての英語と国語なのだと。知識はまるでGoogleナレッジグラフのような一つの言葉の背景ネットワークを広げていくし、それを論理的に結合して文章として表現しているのです。

★英語の授業でスピーチというのはイメージしやすいですが、国語でも日本語できっちりスピーチを行っているのです。このスピーチのテキストは自分で作るのですが、その構造はトゥールミンモデルに符合していました。

★そしてExtensionsでは、哲学的思考が展開していました。一般に現代文だどは2項対立が整理されればそれでよいのですが、そこから先第三の発想を生み出すワクワクするような授業だったのです。

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★各教科の専門性は違っていますが、知識と論理と創造と三位一体の魂は共通しています。さすがはキリスト教のロゴスがベースの学校です。

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2026年中学入試(04)2030年にさらに輝かしくなる駒女

★2030年に社会はがらりと変わり、教育も大きくっ変わっています。予想ではなく、日々着実に変わっています。その積み重ねによって、2030年はがらりと変わってしまうのは国や自治体や大企業の計画通りという感じでしょう。教育の方はその変化についていけるのか?今までならそのような懸念がすぐに生まれてきたでしょう。しかし、実は少なくとも駒女をはじめとするいくつかの私学教育はその先を歩いていることでしょう。その時教師も生徒もふと振り返ると、国や自治体や大企業が自分たちの後ろを追っているのを見て、驚くかもしれません。

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★そのヒントの一つが、駒女のサイトのページにさりげなくあります。一般に学校のサイトの記事というのは、目に見えるファクトを記録します。そのファクトをつくる人間の思考メカニズムの内容までは書きません。そこは見えない部分なので、難しくなるし、SNSの世界はポピュリズムです。時短優先のお手軽いいね情報かみなが飛びつく話題性のある情報収集という時代です。

★ところが、生成AIの時代になって、調べたいことについて、生成AIにプロンプトを打ち込むと、実は生成AIは超膨大なインターネット内の文字情報を収集してくるのです。現状では動画よりも文字情報が有効です。ですから、そのとき、ファクトの情報しかないと生成AIから得られる情報の深みはないわけです。つまり、広く浅く読まれるために書くというより、本質的な情報を深く知りたいと思う人がプロンプトを入れた時に、その深さが伝わるように書くという行為が徐々に行われるようになってきているのです。

今回の駒女の「中学21WS【中2】「私 × 平和」がスタートしました。」という記事は、この本質的なことをあえて記しておこうという記事ですね。もちろん、難しいことをぶん回したのでは、さすがに誰も読まないので、そのようなことは背景に回して、前面にはわかりやすいように、生徒の皆さんがどういう活動を、どのように考えながら私たちなりの平和を考えていくのかわかりやすく描かれていきます。「ルビンの壺」のようなトリックアートのセンスです。

★探究の手順というプロセスについてもちろん描かれています。何を生み出していくのかコンテンツについても書かれています。そして、大事なことはどのように感じ、思考したのかそこのメカニズムについて書いてあるということです。

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★このメカニズムは、直接書いていませんが「DIKWピラミッド」を使っているということなのです。「データ(Data)」を広く集め、「情報(Information)」として整理し、それをオピニオンとエビデンスなどの根拠で支える「知識(Knowledge)」に転換する。そしてそれをどう広めていくのか「知恵(Wisdom)」を動かすということです。知恵ですから、心情と思考の両方ですね。だから駒女の生徒の表現は共感を生み出すのです。

★生徒の皆さんが生成AIを使って学んでいるということもあります。データサイエンスのこのピラミッドは将来文理融合の基盤となります。データと情報と知識のリテラシーと何より善き生活を全うするには知恵が大切になるからです。そして、この知恵は実は駒女ならではの茶道や弓道や坐禅などと結びつくとものすごいことになります。

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★そのものすごい境地は、IからWEへ人間の精神の大転換へと向かうのです。GAFAMなどの大企業がのどから欲しいほどの精神なのです。さて、このことについては京大の出口教授とあの世界の哲学の第一人者ガブリエル教授が対話しています。彼らの思い描く世界は2030年以降明らかになります。

 

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2025年11月25日 (火)

2026年中学入試(03)工学院大学附属 今年も風が吹く

★11月23日工学院大学附属中学校は、説明会と入試予想問題体験会を行いました。会終了後、田中歩教頭は言葉にメッセージを込めました。グッとくる言葉です。工学院の生徒中心主義の学びの環境がリアルに伝わってきます。このような力がこもった言葉の背景には、前日帰国生入試を行い、海外入試を合わせて、中学は昨年と変わらず、高校は増えたという実感があったからでしょう。

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★多摩エリアで、昨年と変わらぬ勢いがあるということだけでも奇跡的ですが、高校で帰国生入試が増えるということは、いよいよ海外に工学院の魅力が伝わってきたということでしょう。海外から見れば、海外大学にも通用する教育の質があるところは、エリアに関係なく志望校になるのです。物理的距離感が違うので、都心から遠いかどうかはさほどの問題ではないでしょう。魅力的な学校に通うために、住居を考えることができるからです。

★工学院に今年も風が吹いています。田中教頭は海外も国内も生徒のプロジェクトが行われているところを飛び回っています。また自分の学校だけではなく東京の私学のためのプロジェクトのリーダーも務めています。工学院の理念「挑戦・創造・貢献」をご自身が果たしています。

ぜひ田中教頭のメッセージをお読みください。

★田中教頭の話を聞いた受験生の保護者は、次のように感動して、不安な気持ちでいる自分に元気をもらえたと思ったでしょう。受験を結果だけでなく過程として捉え、子どもが課題に向き合いながら成長していく姿勢を大切にするという言葉に励まされ、模試を前向きに受け止める視点に安心を覚えたことでしょう。さらに、工学院での学びが日々の「なぜ?」を積み重ね、確かな力へと変わっていくという説明に、子どもの未来を信じて支えたいという思いが強まったと推察します。

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